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1章:落日の王都
2話:無名の碑
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城の中庭に静かに眠る母は、その碑に名を刻むこともできなかった。それでも、ユリエルは遠征から帰ると必ずここにきて報告している。
ただ、次はいつになるか。それを考えていた。
「兄上、やはりここにいらしたのですね」
不意に、柔らかな声が廊下からした。そちらに目をやると、まるで陽だまりのような温かい笑みを浮かべた少年がいた。
柔らかな栗毛に、大きなクルミ型の瞳は柔らかな新緑のようだ。純粋な心をそのまま形にしたような、優しい少年がそこにはいた。
「シリル」
「僕もそちらへ行ってもいいですか?」
ユリエルの許可を取ってシリルは近づいてくる。そして、ユリエルの隣で同じように瞳を閉じ、手を合わせた。
この弟はとても優しい。いや、母子というべきか。
シリルの母はユリエルの母と親友だった。とても優しい人だった。その為、ユリエルが疎まれる事を悲しみ、母亡きあとは本当の息子のように可愛がってくれた。
ユリエルが王太子となれたのもシリルの母の助力があったからだ。彼女は長子のユリエルが太子となるのが世の習わしだと言って譲らなかった。結果、ユリエルは王太子となったのだ。
そのシリルの母も今は亡い。そしてシリル自身も十五歳となり、成人の儀をすませた。ユリエルの立場は、揺らぎ始めていた。
「兄上、しばらくは王都にいるのですよね?」
閉じていた新緑の瞳が開き、あどけない笑みがユリエルへと向けられる。
それに、ユリエルは苦笑するしかない。謀略にこの子は深く巻き込まれている。それを、今ここでこの子に明かす事は躊躇われた。
だがシリルは心を読み解く事ができる子だ。曇ったユリエルの表情から何かを察したように、表情を曇らせた。
「また、どこかへ行ってしまうのですか?」
「すいません、シリル。また少し離れることになりそうです」
「僕が我儘を言うべきでないのは、分かっています。ですが、兄上は少し忙しすぎます。せっかく戻ってきても一月とここにはいてくださらない。体は大丈夫なのですか? 怪我などはしていませんか?」
優しく気遣うように萎れた声が問う。その優しさは、ささくれた気持ちを優しく包むようだった。
その時、また違う足音が廊下に響いた。体重のある者の、妙に堅苦しい規則的な足音。それは少し急いでいるように思えた。この足音の主をユリエルは知っている。そして、彼がここに来ることも予測していた。
「殿下!」
「グリフィス」
廊下からユリエルを見つけて声をかけた男は、とても険しい顔をしていた。
「殿下、話しを」
「グリフィス、後にしてくれませんか?」
「ですが!」
「グリフィス」
声を荒げるわけではない。だが、ピシャリと言い放つ声には鋭い命令の色がある。大柄な青年はそれ以上なにも言うことができず困った顔で立ち尽くしてしまった。
「兄上、僕は」
「シリル、私に何か用があったのではありませんか?」
さきほどの青年に向けたのとは違う、柔らかく温かな声にシリルはおずおずと頷く。
「あの、お帰りになったと聞いて嬉しくて。お茶をご一緒できないかと」
「いいですね。では、庭に出ましょうか。今頃は薔薇が見頃でしょう」
穏やかに言って、ユリエルはシリルの背に手を回して促した。それに、シリルも戸惑いながら従う。
残された青年は物言いたげだったが、傍を通り過ぎる頃には諦めたように困った顔をして小さく礼を取ったのだった。
◆◇◆
のんびりとした午後のお茶を楽しみ、ユリエルは自室へと戻ってきた。優しい弟との時間は冷たくなった心を解し、温めてくれるようだった。だからだろう、あの子との時間を大切にしたいし、あの子自身を大事に思うのは。
だが、自室の前で待つ人物を見ると自分が何者かを思い出してしまう。まぁ、予測はできていたが。
「お前も律儀ですね、グリフィス」
「殿下、そのような悠長な様子で」
青年の声は困ったような、嘆息混じりのものだった。そしてその表情はとても厳しかった。
この青年の名はグリフィス・ヒューイット。タニス騎士団で一番隊を任される年若い将であり、この国一番の騎士だ。短い黒髪に切れ長の黒い瞳の精悍な顔立ちの青年で、なかなかの美丈夫。その肉体は逞しく、衣服を脱いでも鎧を纏うかのような美しい体をしている。
ユリエルとはそう年が違わず、同じ軍籍にあることからも親交の深い人物である。
「とりあえず、中に入りなさい」
グリフィスを中に入れ、ユリエルは椅子に腰を下ろす。それに倣ってグリフィスも空いている椅子に腰を下ろした。そして、余談など何もなくユリエルに詰め寄るように話しだした。
「殿下、聖ローレンス砦に赴任すると聞きました。事実ですか?」
「さすがに耳が早いですね。その通りです」
「なぜ殿下がそのような不遇を受けねばならないのです! 此度の戦も、貴方の力なくして戦況を覆す事などできなかった。国を守った者を左遷するなど。厚遇を持って迎えられて当然ではありませんか!」
グリフィスは怒りが収まらない様子で声を荒げる。普通ならその怒気に当てられて委縮するだろう。
だが、ユリエルは苦笑した。こうもはっきりと一国の王に対して不満を言う男もそうはいないからだ。
シリルといい、グリフィスといい、ユリエルの傍には自然と気持ちのいい者が多く集まっている。
「落ち着きなさいグリフィス。聞かれていたらお前も不興を買いますよ」
「貴方が落ち着きすぎているのです、殿下。こんなことがまかり通れば兵も士気を下げます。それに、貴方はあまりに不遇を受けすぎている。こんなことが許されるはずがありません」
「私の事は今に始まったことではありませんよ。それに、今お前が不興を買っては困るのです。お前にはシリルを守ってもらわねば」
「守る、ですか?」
ユリエルの言葉に、グリフィスは一度怒りを納めて問い返す。それにユリエルはゆっくりと頷き、険しい顔をした。
「今回の戦い、私は腑に落ちないものを感じています。ルルエ軍の引き際があまりに良すぎる。まるで示し合わせたかのようです。何か裏があるように思えてなりません」
「ですが、何ができるというのです? ラインバール平原を平定しない限り、この国に侵入する事はできないはずです。他の道は行軍には適さない。たとえ侵入できたとしても、少数でこの国を落とす事は不可能では」
「そうなのですがね」
グリフィスの言い分が正しいのは分かっている。両国を隔てる平原にそれぞれ砦を構えている。この道以外、行軍に適した道はない。山道もあるがあまりに厳しく、兵や兵糧を運ぶには不向きだ。
加えて山を越えて町に入る場所には関所がある。不審な者があれば気づくだろう。
それでも何か嫌な予感がするのだ。それが何かと言われると答えようはないが。そして、こうした予感は大抵が当たるものだ。
「何にしても、あの子は自衛ができません。私の目が行き届かなくなれば誰があの子に近づくか分かりません。容易に傀儡となるような子ではありませんが、気持ちのいいことではありません。お前があの子の傍にいて、有事の際には守ってください」
「それは勿論、そのつもりであります。ご安心ください、命に代えてもお守りいたします」
「お前の命を容易に取れる者もいませんね。信じています、グリフィス。必ず、その言葉を守ってください」
最後は苦笑して、ユリエルは頷いた。
「ところで殿下。聖ローレンス砦を守る男の事を、殿下はご存じですか?」
グリフィスの問いに、ユリエルは首を横に振った。名は聞いたことがある。それと一緒に、少しの噂も知っている。
聖ローレンス砦を預かるのは、クレメンス・デューリーという若い男だ。貴族の嫡男であり、聖ローレンス砦を含む領地の領主だった。だが、貴族の世界と水が合わなかったのか騎士となった変わり者と聞く。性格は少々偏屈で、周囲とは壁がある。そういう人物らしい。
「クレメンスという男で、俺の友人です。悪友という方が合っているかもしれませんが。噂ぐらいは聞いたことがおありでしょうか」
「噂ていどでは。ですが、私は噂で相手を評価することはありません。その人物は、どのような男ですか?」
「主に噂通りかと思います。偏屈ですし、付き合いづらい部分もあります。ですが、能力は高いと思います。武というよりは、智として」
「ほぉ」
ユリエルは鋭い笑みを浮かべる。その瞳には明らかな興味と、そして野心が浮かんでいた。
「用兵、諜報の才があるかと思います。先読みの力もあるでしょう。王佐の才、とまで言えるかは分かりませんが」
「お前がそう評価するのなら、そのような才があるのでしょう。お前は他人の評価に手心を加えるような奴ではありませんからね」
グリフィスは少し顔を赤くし、恥ずかしそうに視線を外した。意外な評価だったのだろう。
「武については劣る事はありません。腹を割って話てみてはいかがでしょうか。おそらく、貴方の力になります」
「不穏な事にも乗ってくれそうですか?」
意地悪に笑って問うと、グリフィスは予想通り眉根を寄せる。誠実を体現したようなこの男は、暗い話を好まない。
だが、ユリエルにとっては重要な部分でもある。そのクレメンスという男が有能で、かつ野心家なら取り込みたい。一緒に悪い企みをしてくれる仲間が欲しいところだ。
「……現状に、満足してはおりません。それに、求める国の形もございます。程度にもよりますが、貴方に興味は持つかと思います」
「なるほど、参考にさせてもらいます」
控えめに言っただろうグリフィスの言葉に、ユリエルは満足な笑みを浮かべた。
「それと、よければ俺の馬を連れて行ってください」
「ローランを?」
突然の申し出に、ユリエルは首を傾げて問い返した。
ローランは国一番の名馬ともいえる黒馬だ。逞しい体躯の駿馬で、力も強くなにより動じない。ただ、気性が荒く乗り手を選ぶので今はグリフィスしか乗っていない。
ただ、ローランはユリエルの事も気に入ってくれていて乗せてくれる。ただ、ユリエル自身がローランほどの名馬に乗る必要性がないので、グリフィスに任せているのだ。
「あれは強い馬です。きっと、殿下の思うように動いてくれるでしょう。お使いください」
「お前は?」
「俺はしばらく王都を離れる事はございませんので、乗ってやることがありません。お気遣いなく。俺の代わりに、貴方を守ってくれるでしょう」
これも彼の気遣いかと、ユリエルは頷いて礼を言った。
王都の夜は更けていく。この時、密かに暗雲がこの王都へと忍び寄り、やがて飲みこむとは、誰も気づきはしなかった。
ただ、次はいつになるか。それを考えていた。
「兄上、やはりここにいらしたのですね」
不意に、柔らかな声が廊下からした。そちらに目をやると、まるで陽だまりのような温かい笑みを浮かべた少年がいた。
柔らかな栗毛に、大きなクルミ型の瞳は柔らかな新緑のようだ。純粋な心をそのまま形にしたような、優しい少年がそこにはいた。
「シリル」
「僕もそちらへ行ってもいいですか?」
ユリエルの許可を取ってシリルは近づいてくる。そして、ユリエルの隣で同じように瞳を閉じ、手を合わせた。
この弟はとても優しい。いや、母子というべきか。
シリルの母はユリエルの母と親友だった。とても優しい人だった。その為、ユリエルが疎まれる事を悲しみ、母亡きあとは本当の息子のように可愛がってくれた。
ユリエルが王太子となれたのもシリルの母の助力があったからだ。彼女は長子のユリエルが太子となるのが世の習わしだと言って譲らなかった。結果、ユリエルは王太子となったのだ。
そのシリルの母も今は亡い。そしてシリル自身も十五歳となり、成人の儀をすませた。ユリエルの立場は、揺らぎ始めていた。
「兄上、しばらくは王都にいるのですよね?」
閉じていた新緑の瞳が開き、あどけない笑みがユリエルへと向けられる。
それに、ユリエルは苦笑するしかない。謀略にこの子は深く巻き込まれている。それを、今ここでこの子に明かす事は躊躇われた。
だがシリルは心を読み解く事ができる子だ。曇ったユリエルの表情から何かを察したように、表情を曇らせた。
「また、どこかへ行ってしまうのですか?」
「すいません、シリル。また少し離れることになりそうです」
「僕が我儘を言うべきでないのは、分かっています。ですが、兄上は少し忙しすぎます。せっかく戻ってきても一月とここにはいてくださらない。体は大丈夫なのですか? 怪我などはしていませんか?」
優しく気遣うように萎れた声が問う。その優しさは、ささくれた気持ちを優しく包むようだった。
その時、また違う足音が廊下に響いた。体重のある者の、妙に堅苦しい規則的な足音。それは少し急いでいるように思えた。この足音の主をユリエルは知っている。そして、彼がここに来ることも予測していた。
「殿下!」
「グリフィス」
廊下からユリエルを見つけて声をかけた男は、とても険しい顔をしていた。
「殿下、話しを」
「グリフィス、後にしてくれませんか?」
「ですが!」
「グリフィス」
声を荒げるわけではない。だが、ピシャリと言い放つ声には鋭い命令の色がある。大柄な青年はそれ以上なにも言うことができず困った顔で立ち尽くしてしまった。
「兄上、僕は」
「シリル、私に何か用があったのではありませんか?」
さきほどの青年に向けたのとは違う、柔らかく温かな声にシリルはおずおずと頷く。
「あの、お帰りになったと聞いて嬉しくて。お茶をご一緒できないかと」
「いいですね。では、庭に出ましょうか。今頃は薔薇が見頃でしょう」
穏やかに言って、ユリエルはシリルの背に手を回して促した。それに、シリルも戸惑いながら従う。
残された青年は物言いたげだったが、傍を通り過ぎる頃には諦めたように困った顔をして小さく礼を取ったのだった。
◆◇◆
のんびりとした午後のお茶を楽しみ、ユリエルは自室へと戻ってきた。優しい弟との時間は冷たくなった心を解し、温めてくれるようだった。だからだろう、あの子との時間を大切にしたいし、あの子自身を大事に思うのは。
だが、自室の前で待つ人物を見ると自分が何者かを思い出してしまう。まぁ、予測はできていたが。
「お前も律儀ですね、グリフィス」
「殿下、そのような悠長な様子で」
青年の声は困ったような、嘆息混じりのものだった。そしてその表情はとても厳しかった。
この青年の名はグリフィス・ヒューイット。タニス騎士団で一番隊を任される年若い将であり、この国一番の騎士だ。短い黒髪に切れ長の黒い瞳の精悍な顔立ちの青年で、なかなかの美丈夫。その肉体は逞しく、衣服を脱いでも鎧を纏うかのような美しい体をしている。
ユリエルとはそう年が違わず、同じ軍籍にあることからも親交の深い人物である。
「とりあえず、中に入りなさい」
グリフィスを中に入れ、ユリエルは椅子に腰を下ろす。それに倣ってグリフィスも空いている椅子に腰を下ろした。そして、余談など何もなくユリエルに詰め寄るように話しだした。
「殿下、聖ローレンス砦に赴任すると聞きました。事実ですか?」
「さすがに耳が早いですね。その通りです」
「なぜ殿下がそのような不遇を受けねばならないのです! 此度の戦も、貴方の力なくして戦況を覆す事などできなかった。国を守った者を左遷するなど。厚遇を持って迎えられて当然ではありませんか!」
グリフィスは怒りが収まらない様子で声を荒げる。普通ならその怒気に当てられて委縮するだろう。
だが、ユリエルは苦笑した。こうもはっきりと一国の王に対して不満を言う男もそうはいないからだ。
シリルといい、グリフィスといい、ユリエルの傍には自然と気持ちのいい者が多く集まっている。
「落ち着きなさいグリフィス。聞かれていたらお前も不興を買いますよ」
「貴方が落ち着きすぎているのです、殿下。こんなことがまかり通れば兵も士気を下げます。それに、貴方はあまりに不遇を受けすぎている。こんなことが許されるはずがありません」
「私の事は今に始まったことではありませんよ。それに、今お前が不興を買っては困るのです。お前にはシリルを守ってもらわねば」
「守る、ですか?」
ユリエルの言葉に、グリフィスは一度怒りを納めて問い返す。それにユリエルはゆっくりと頷き、険しい顔をした。
「今回の戦い、私は腑に落ちないものを感じています。ルルエ軍の引き際があまりに良すぎる。まるで示し合わせたかのようです。何か裏があるように思えてなりません」
「ですが、何ができるというのです? ラインバール平原を平定しない限り、この国に侵入する事はできないはずです。他の道は行軍には適さない。たとえ侵入できたとしても、少数でこの国を落とす事は不可能では」
「そうなのですがね」
グリフィスの言い分が正しいのは分かっている。両国を隔てる平原にそれぞれ砦を構えている。この道以外、行軍に適した道はない。山道もあるがあまりに厳しく、兵や兵糧を運ぶには不向きだ。
加えて山を越えて町に入る場所には関所がある。不審な者があれば気づくだろう。
それでも何か嫌な予感がするのだ。それが何かと言われると答えようはないが。そして、こうした予感は大抵が当たるものだ。
「何にしても、あの子は自衛ができません。私の目が行き届かなくなれば誰があの子に近づくか分かりません。容易に傀儡となるような子ではありませんが、気持ちのいいことではありません。お前があの子の傍にいて、有事の際には守ってください」
「それは勿論、そのつもりであります。ご安心ください、命に代えてもお守りいたします」
「お前の命を容易に取れる者もいませんね。信じています、グリフィス。必ず、その言葉を守ってください」
最後は苦笑して、ユリエルは頷いた。
「ところで殿下。聖ローレンス砦を守る男の事を、殿下はご存じですか?」
グリフィスの問いに、ユリエルは首を横に振った。名は聞いたことがある。それと一緒に、少しの噂も知っている。
聖ローレンス砦を預かるのは、クレメンス・デューリーという若い男だ。貴族の嫡男であり、聖ローレンス砦を含む領地の領主だった。だが、貴族の世界と水が合わなかったのか騎士となった変わり者と聞く。性格は少々偏屈で、周囲とは壁がある。そういう人物らしい。
「クレメンスという男で、俺の友人です。悪友という方が合っているかもしれませんが。噂ぐらいは聞いたことがおありでしょうか」
「噂ていどでは。ですが、私は噂で相手を評価することはありません。その人物は、どのような男ですか?」
「主に噂通りかと思います。偏屈ですし、付き合いづらい部分もあります。ですが、能力は高いと思います。武というよりは、智として」
「ほぉ」
ユリエルは鋭い笑みを浮かべる。その瞳には明らかな興味と、そして野心が浮かんでいた。
「用兵、諜報の才があるかと思います。先読みの力もあるでしょう。王佐の才、とまで言えるかは分かりませんが」
「お前がそう評価するのなら、そのような才があるのでしょう。お前は他人の評価に手心を加えるような奴ではありませんからね」
グリフィスは少し顔を赤くし、恥ずかしそうに視線を外した。意外な評価だったのだろう。
「武については劣る事はありません。腹を割って話てみてはいかがでしょうか。おそらく、貴方の力になります」
「不穏な事にも乗ってくれそうですか?」
意地悪に笑って問うと、グリフィスは予想通り眉根を寄せる。誠実を体現したようなこの男は、暗い話を好まない。
だが、ユリエルにとっては重要な部分でもある。そのクレメンスという男が有能で、かつ野心家なら取り込みたい。一緒に悪い企みをしてくれる仲間が欲しいところだ。
「……現状に、満足してはおりません。それに、求める国の形もございます。程度にもよりますが、貴方に興味は持つかと思います」
「なるほど、参考にさせてもらいます」
控えめに言っただろうグリフィスの言葉に、ユリエルは満足な笑みを浮かべた。
「それと、よければ俺の馬を連れて行ってください」
「ローランを?」
突然の申し出に、ユリエルは首を傾げて問い返した。
ローランは国一番の名馬ともいえる黒馬だ。逞しい体躯の駿馬で、力も強くなにより動じない。ただ、気性が荒く乗り手を選ぶので今はグリフィスしか乗っていない。
ただ、ローランはユリエルの事も気に入ってくれていて乗せてくれる。ただ、ユリエル自身がローランほどの名馬に乗る必要性がないので、グリフィスに任せているのだ。
「あれは強い馬です。きっと、殿下の思うように動いてくれるでしょう。お使いください」
「お前は?」
「俺はしばらく王都を離れる事はございませんので、乗ってやることがありません。お気遣いなく。俺の代わりに、貴方を守ってくれるでしょう」
これも彼の気遣いかと、ユリエルは頷いて礼を言った。
王都の夜は更けていく。この時、密かに暗雲がこの王都へと忍び寄り、やがて飲みこむとは、誰も気づきはしなかった。
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