32 / 110
2章:王の胎動
20話:命を賭して
しおりを挟む
▼ジョシュ
城の門が開いた事を聞き、ジョシュは静かに頷いた。やはり、勝手の分からない城は使いづらい。おそらく隠し通路などから忍び込まれたのだろう。
「いかがなさいますか?」
青い顔をした将兵が指示を仰ぐ。それに向き直り、ジョシュは苦笑して腰の剣を指で遊んだ。
「僕が行く。あまり抵抗はせず、成り行きを見守ってくれ」
「ジョシュ将軍は?」
「こうなれば一騎打ちだよ。僕が勝てばタニスの王太子を捕らえられる。僕が負けた時には、抵抗せず降伏すること。これは、絶対の命令だ」
ジョシュは一人で廊下を歩き、階段を下りた。丁度城のエントランスを降りていくと、そこに一際輝く銀の光が見えた。
「あぁ……」
なるほど、美しい王子だ。ちょっと怖いくらいかな。
思わず漏れた声に苦笑し、ジョシュはゆっくりと死地へと赴いた。
◆◇◆
▼ユリエル
ユリエルは開門と同時に城へと入った。戦意を失った者は相手にせず、向かう者を払いのけて。
そうして辿り着いたエントランスの上に、一人の青年を見た。鳶色の髪に、同色の瞳の整った顔立ちの青年は真っ直ぐにユリエルを見ている。
ユリエルには確信があった。この人物こそが、ジョシュ・アハルその人だと。
「ルルエ国将軍、ジョシュ・アハル殿とお見受けする」
「確かに。そちらは、タニス王太子ユリエル・ハーディング殿かな?」
問われてユリエルは頷く。周囲はいつの間にか、タニスとルルエが入り混じった状態になっていた。
「降伏を、ジョシュ将軍。既に勝敗は見えているはずです」
「確かにこちらの負けだ。けれど、一発逆転もあるかもしれない」
ジョシュが剣を抜く。それに、ユリエルも構えた。
「貴方を捕えれば面目が立つんだ。何よりここで無条件に降伏しては国に帰れなくてね」
「愚かです。命あっての物種ではありませんか。誇りを守って命を捨てるのですか?」
「守りたいのは、僕のちっぽけな誇りではないんだよ」
構える姿勢を見せられては戦わないわけにはいかない。ユリエルもまた、剣をしっかりと握り直した。
双方激しい衝突だった。ギリギリと刃が鳴るような強い押しに、ユリエルは僅かに後退する。既に散々戦った後だ、疲労も出てくる。
「満身創痍。とまでは行かなくても、疲れているかな。これは勝率が上がった」
ニッと鋭く笑うジョシュはユリエルを後方へと押し、一旦距離を取る。ユリエルはそれに押され、よろりと後ろに下がった。
やはり一筋縄ではいかない。できれば降伏させたかったがそうはできない。生きたまま捕えられればいいが、それもきっと難しい。相手は既に自身など庇っていない。
ぶつかる度、互いの体力は削れていくようだった。ユリエルの剣は鋭くジョシュに迫った。容赦なく傷つけた。
だが、ジョシュの剣もまた負けてはいない。ユリエルの剣を弾くとすぐに反撃に入る。鋭い攻撃はかわすのも危うく、服や皮膚が薄く裂けて赤く染まった。
それでも互いに戦う事を止められなかった。ユリエルの肩には国が乗っている。おそらくジョシュの肩にも同等のものが乗っているのだろう。死んでも譲り合えないものが。
ならば、終わりは見える。より強く願った者の勝ちだ。
「そろそろ、諦めてもらえませんか?」
何合目だろうか。既に分からぬくらい打ち合って顔が近づいて、そんな事を言われる。一旦剣を弾いても、またすぐに近づいた。
「命かかってるので、そう簡単には参りません」
「どちらにいても命なんてない僕からすると羨ましいな。ただ、簡単に引き下がるわけにもいかない。貴方は危険そうだから、ここで消えてもらいたい。祖国の為にもね」
突き崩すようにジョシュは剣を突きだした。ユリエルの胸を狙った剣はそのままガードを突いて僅かに肌を傷つけた。
それと同時に突き出したユリエルの切っ先は、真っ直ぐジョシュの腹部を突き通し、赤々とした血が床を濡らしていた。
「悪い予感は当たるものだね……」
ズルリと落ちるその前に、ジョシュの口に笑みが浮かぶ。その手にはいつの間にか短刀が握られていた。
「っ!」
切っ先が肩口へと埋まる激痛に顔が歪む。痛みは突き抜け、次には熱になる。血が溢れだし、白い服をより鮮やかに染めていく。それでもユリエルは、ジョシュの体を傷の無い腕で引き上げた。
「……部下を、お願いする。降伏するよう、言ったから」
「分かりました」
「あっさり言うね」
「貴方への敬意に対して、私が返せるささやかな事です」
「敬意?」
「民に害を与えなかった」
「あぁ……」
耳を近づけなければ聞こえない声が、微かな音で笑う。鳶色の瞳が、辛そうにユリエルを見ている。
「我らの王が、望まないしね」
そう言った表情は、どこか寂しげだった。
「変だな。貴方はどこか、陛下と似ている」
「え?」
「……会う場所を、間違えたかな。もっと穏やかに出会えていたら、お茶の一杯でも飲めたのに」
瞳が緩やかに閉じていく。いつの間にか集まったルルエの兵が、剣を落として涙にくれた。
「……全員降伏しなさい。命までは取りません」
静かなユリエルの声に、周囲は一層涙に沈む。それを見るタニスの兵もまた、どこかやりきれない顔をしていた。
王都を奪われてから二か月と少し。この日再び王都はタニスの元へと戻ってきた。だが、喜ばしさよりも悲壮感が溢れる、とても静かな終焉だった。
城の門が開いた事を聞き、ジョシュは静かに頷いた。やはり、勝手の分からない城は使いづらい。おそらく隠し通路などから忍び込まれたのだろう。
「いかがなさいますか?」
青い顔をした将兵が指示を仰ぐ。それに向き直り、ジョシュは苦笑して腰の剣を指で遊んだ。
「僕が行く。あまり抵抗はせず、成り行きを見守ってくれ」
「ジョシュ将軍は?」
「こうなれば一騎打ちだよ。僕が勝てばタニスの王太子を捕らえられる。僕が負けた時には、抵抗せず降伏すること。これは、絶対の命令だ」
ジョシュは一人で廊下を歩き、階段を下りた。丁度城のエントランスを降りていくと、そこに一際輝く銀の光が見えた。
「あぁ……」
なるほど、美しい王子だ。ちょっと怖いくらいかな。
思わず漏れた声に苦笑し、ジョシュはゆっくりと死地へと赴いた。
◆◇◆
▼ユリエル
ユリエルは開門と同時に城へと入った。戦意を失った者は相手にせず、向かう者を払いのけて。
そうして辿り着いたエントランスの上に、一人の青年を見た。鳶色の髪に、同色の瞳の整った顔立ちの青年は真っ直ぐにユリエルを見ている。
ユリエルには確信があった。この人物こそが、ジョシュ・アハルその人だと。
「ルルエ国将軍、ジョシュ・アハル殿とお見受けする」
「確かに。そちらは、タニス王太子ユリエル・ハーディング殿かな?」
問われてユリエルは頷く。周囲はいつの間にか、タニスとルルエが入り混じった状態になっていた。
「降伏を、ジョシュ将軍。既に勝敗は見えているはずです」
「確かにこちらの負けだ。けれど、一発逆転もあるかもしれない」
ジョシュが剣を抜く。それに、ユリエルも構えた。
「貴方を捕えれば面目が立つんだ。何よりここで無条件に降伏しては国に帰れなくてね」
「愚かです。命あっての物種ではありませんか。誇りを守って命を捨てるのですか?」
「守りたいのは、僕のちっぽけな誇りではないんだよ」
構える姿勢を見せられては戦わないわけにはいかない。ユリエルもまた、剣をしっかりと握り直した。
双方激しい衝突だった。ギリギリと刃が鳴るような強い押しに、ユリエルは僅かに後退する。既に散々戦った後だ、疲労も出てくる。
「満身創痍。とまでは行かなくても、疲れているかな。これは勝率が上がった」
ニッと鋭く笑うジョシュはユリエルを後方へと押し、一旦距離を取る。ユリエルはそれに押され、よろりと後ろに下がった。
やはり一筋縄ではいかない。できれば降伏させたかったがそうはできない。生きたまま捕えられればいいが、それもきっと難しい。相手は既に自身など庇っていない。
ぶつかる度、互いの体力は削れていくようだった。ユリエルの剣は鋭くジョシュに迫った。容赦なく傷つけた。
だが、ジョシュの剣もまた負けてはいない。ユリエルの剣を弾くとすぐに反撃に入る。鋭い攻撃はかわすのも危うく、服や皮膚が薄く裂けて赤く染まった。
それでも互いに戦う事を止められなかった。ユリエルの肩には国が乗っている。おそらくジョシュの肩にも同等のものが乗っているのだろう。死んでも譲り合えないものが。
ならば、終わりは見える。より強く願った者の勝ちだ。
「そろそろ、諦めてもらえませんか?」
何合目だろうか。既に分からぬくらい打ち合って顔が近づいて、そんな事を言われる。一旦剣を弾いても、またすぐに近づいた。
「命かかってるので、そう簡単には参りません」
「どちらにいても命なんてない僕からすると羨ましいな。ただ、簡単に引き下がるわけにもいかない。貴方は危険そうだから、ここで消えてもらいたい。祖国の為にもね」
突き崩すようにジョシュは剣を突きだした。ユリエルの胸を狙った剣はそのままガードを突いて僅かに肌を傷つけた。
それと同時に突き出したユリエルの切っ先は、真っ直ぐジョシュの腹部を突き通し、赤々とした血が床を濡らしていた。
「悪い予感は当たるものだね……」
ズルリと落ちるその前に、ジョシュの口に笑みが浮かぶ。その手にはいつの間にか短刀が握られていた。
「っ!」
切っ先が肩口へと埋まる激痛に顔が歪む。痛みは突き抜け、次には熱になる。血が溢れだし、白い服をより鮮やかに染めていく。それでもユリエルは、ジョシュの体を傷の無い腕で引き上げた。
「……部下を、お願いする。降伏するよう、言ったから」
「分かりました」
「あっさり言うね」
「貴方への敬意に対して、私が返せるささやかな事です」
「敬意?」
「民に害を与えなかった」
「あぁ……」
耳を近づけなければ聞こえない声が、微かな音で笑う。鳶色の瞳が、辛そうにユリエルを見ている。
「我らの王が、望まないしね」
そう言った表情は、どこか寂しげだった。
「変だな。貴方はどこか、陛下と似ている」
「え?」
「……会う場所を、間違えたかな。もっと穏やかに出会えていたら、お茶の一杯でも飲めたのに」
瞳が緩やかに閉じていく。いつの間にか集まったルルエの兵が、剣を落として涙にくれた。
「……全員降伏しなさい。命までは取りません」
静かなユリエルの声に、周囲は一層涙に沈む。それを見るタニスの兵もまた、どこかやりきれない顔をしていた。
王都を奪われてから二か月と少し。この日再び王都はタニスの元へと戻ってきた。だが、喜ばしさよりも悲壮感が溢れる、とても静かな終焉だった。
0
あなたにおすすめの小説
ノリで付き合っただけなのに、別れてくれなくて詰んでる
cheeery
BL
告白23連敗中の高校二年生・浅海凪。失恋のショックと友人たちの悪ノリから、クラス一のモテ男で親友、久遠碧斗に勢いで「付き合うか」と言ってしまう。冗談で済むと思いきや、碧斗は「いいよ」とあっさり承諾し本気で付き合うことになってしまった。
「付き合おうって言ったのは凪だよね」
あの流れで本気だとは思わないだろおおお。
凪はなんとか碧斗に愛想を尽かされようと、嫌われよう大作戦を実行するが……?
ざこてん〜初期雑魚モンスターに転生した俺は、勇者にテイムしてもらう〜
キノア9g
BL
「俺の血を啜るとは……それほど俺を愛しているのか?」
(いえ、ただの生存戦略です!!)
【元社畜の雑魚モンスター(うさぎ)】×【勘違い独占欲勇者】
生き残るために媚びを売ったら、最強の勇者に溺愛されました。
ブラック企業で過労死した俺が転生したのは、RPGの最弱モンスター『ダーク・ラビット(黒うさぎ)』だった。
のんびり草を食んでいたある日、目の前に現れたのはゲーム最強の勇者・アレクセイ。
「経験値」として狩られる!と焦った俺は、生き残るために咄嗟の機転で彼と『従魔契約』を結ぶことに成功する。
「殺さないでくれ!」という一心で、傷口を舐めて契約しただけなのに……。
「魔物の分際で、俺にこれほど情熱的な求愛をするとは」
なぜか勇者様、俺のことを「自分に惚れ込んでいる健気な相棒」だと盛大に勘違い!?
勘違いされたまま、勇者の膝の上で可愛がられる日々。
捨てられないために必死で「有能なペット」を演じていたら、勇者の魔力を受けすぎて、なんと人間の姿に進化してしまい――!?
「もう使い魔の枠には収まらない。俺のすべてはお前のものだ」
ま、待ってください勇者様、愛が重すぎます!
元社畜の生存本能が生んだ、すれ違いと溺愛の異世界BLファンタジー!
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】
紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※番外編を公開しました(2024.10.21)
生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。
強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない
砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。
自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。
ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。
とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。
恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。
ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。
落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!?
最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。
12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生
【完結】抱っこからはじまる恋
* ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。
ふたりの動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵もあがります。
YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。
プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!
完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
【完結】社畜の俺が一途な犬系イケメン大学生に告白された話
日向汐
BL
「好きです」
「…手離せよ」
「いやだ、」
じっと見つめてくる眼力に気圧される。
ただでさえ16時間勤務の後なんだ。勘弁してくれ──。
・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・:
純真天然イケメン大学生(21)× 気怠げ社畜お兄さん(26)
閉店間際のスーパーでの出会いから始まる、
一途でほんわか甘いラブストーリー🥐☕️💕
・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・:
📚 **全5話/9月20日(土)完結!** ✨
短期でサクッと読める完結作です♡
ぜひぜひ
ゆるりとお楽しみください☻*
・───────────・
🧸更新のお知らせや、2人の“舞台裏”の小話🫧
❥❥❥ https://x.com/ushio_hinata_2?s=21
・───────────・
応援していただけると励みになります💪( ¨̮ 💪)
なにとぞ、よしなに♡
・───────────・
魔王の息子を育てることになった俺の話
お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。
「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」
現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません?
魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL
BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。
BL大賞エントリー中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる