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5章:ルルエ平定
9話:戦場の教会
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石橋が直り、タニス軍はルルエ軍と向き合っている。互いに砦を背にして野営を敷いての布陣に、グリフィスなどは唸っていた。
「一気に攻め込むつもりが、これでは進めません」
リゴット砦と、次のバーナルド砦の間にある平原は現在両軍が睨み合っている状態だ。互いに突破はさせない、そういう心づもりだ。
その時、見張りの兵士が慌てたように作戦指令用のテントへと駆け込んできた。
「報告します! 敵陣に変化あり!」
クレメンスとグリフィスが不審がり、ユリエルは静かに立ち上がる。そうして前線へと場を移動すると、ルルエ軍は中央を円形に空けるようにして半円を描いている。さながら闘技場の半分を人垣で作っているようだった。
「これは!」
「相手は、一騎打ちを望んでいるようですね」
古い戦場のルールだ。相手が一騎打ちを所望して陣形を作る時、相手はそれに応じるのがルール。これを拒んだり、はめるような事をすれば軍の恥。武人として最も恥ずべき行いとされ、以後は悪名が轟く。
ルルエがこの戦法に出たのは予想通りだ。それというのも、ルーカスとタニス王都で出会ったあの日、そのように示し合わせた。
◆◇◆
「……状況は分かった。思ったよりも悪いな」
愛を確かめた翌朝、二人は王の顔で向き合った。体を流した後の姿ではあったが、そうして向き合う表情は王のものだ。
「ハウエル司教という人物を殺させるわけにはゆきません。彼がもしもタニスの手に掛かって死んだなどと言われては、和平への道が閉ざされます」
「これに関しては俺も困る。俺が現教皇を失脚させようとしているのは、知っているな?」
ルーカスの言葉に、ユリエルは素直に頷く。現教皇の確かな謀反を暴き、それを理由にルーカスは教皇の不信任を出す。それを了承させることが、ルルエ平定の第一段階。更にそこからルーカスの意をくみ取るような教皇を立てる事が出来て初めて、ルルエという国は解放される。
「俺がアンブローズを失脚させた、その後釜に据えたいと思っているのがそのハウエルなんだ」
「え!」
状況が更に悪化していく。思わず考え込んだユリエルは、なんとしてでもハウエル司教を救い出さなければならなくなった。バートラムをおびき寄せ、和平のために助けるばかりの問題ではなくなってしまった。彼を失えばルーカスの治世に関わる。
思わず沈み込む、その頭を柔らかく撫でる手に思わず気が緩む。見上げた先で、ルーカスは柔らかく笑みを浮かべていた。
「ユリエル、一人で思い悩むな」
「ルーカス」
「ここで俺と君が出会えた事は、神の加護があったからかもしれない。今ならまだ手を打てる」
「何を、考えています?」
不敵な男の顔をするルーカスを見上げ、ユリエルも笑みを浮かべる。こういう顔をする彼は戦場の彼と同じに見える。普段甘やかす恋人でも、厳しい王の顔でもないその表情をユリエルは信じる事ができた。
◆◇◆
闘技場のように、両国の兵が人垣となり円を作り出す。その前に進み出たのはルーカスだ。彼は馬には乗らずに真ん中まで進み出た。
「まさかルルエ王自らが出てくるとは」
その圧倒的な空気に気圧されるように、クレメンスが唸る。通常こうした決闘に出てくるのは精々が部隊の将軍だ。王自らが進み出るなんてこと、異例なのだ。
「俺が」
そう言って踏み出そうとするグリフィスを制して、ユリエルは前へ出る。
「陛下!」
「王自らが出るのです。私が出ねば不公平というものですよ」
「こんな所で王同士の一騎打ちなどさせられません!」
「タニス王は卑怯な腰抜けだなどと言われては、私は屈辱ですよ」
そう言って、ユリエルは場の中央へと進み出た。
「ルルエ国王、ルーカス。正々堂々、貴殿に一騎打ちを申し込む」
「タニス国王、ユリエル。確かにその申し出を受けました」
そう言って、互いに剣を抜く。緊迫の空気の中、足元を固めるように地をならす。息を吸うことも重苦しい中、ユリエルは静かに一歩踏み出した。
金属のぶつかり合う激しい音が平原へと響いた。両者の剣は強く正面からぶつかり、顔が間近に迫る。騎士の顔をしている。そういうルーカスとぶつかるのは、どのくらいぶりか。胸が痛むと同時に踊る。複雑すぎる感情に胸が震える。
薙ぎ払う力強い剣に逆らわずに後方へと飛べば、ルーカスは追って前に出る。その切っ先が、僅かにユリエルの服を引っかけた。
「!」
声は出さない。だが僅かに見開かれたルーカスの瞳が痛みを訴える。注視できる距離、彼の感情を知るからこそ分かるその変化に、ユリエルの胸は甘く痺れる。そしてその腹を、思い切り蹴り飛ばした。
彼が一つ傷つけるなら、ユリエルは一つ傷を返す。おあいこだ。殺し合いをしているのだから、無事でいられるなんて思っていない。ならば彼が一方的に罪悪感を抱かないようにしたい。後で「あの時はおあいこだった」と笑えるようにしなければ。
ルーカスの口元に笑みが浮かぶ。満足そうなその顔を見れば、切なく甘く苦しくなる。それでもこれは二人が選んだ事。被害を最小限にしつつ、敵を引き寄せ攻め入る理由を作る為に。
「敵襲!!」
一騎打ちが数十分に及ぶ頃、突如タニスの背後から声がかかった。それに、ユリエルもルーカスも手を止めた。
「後方よりルルエ軍接近!」
「そんなバカな!!」
その声が上がったのはむしろルルエ陣営だった。ガヤガヤと兵がざわめくその中で、ルーカスの一喝が場を制した。
「とんだ邪魔が入りましたね」
「そのようだ」
互いに剣を収めた双方は踵を返す。そして、互いに兵を動かし始めた。
「戦いは止めだ! 砦へと戻る!」
「タニス軍、後方の敵を挟撃にて殲滅せよ!」
互いの王が号令を取った事で兵達は動き始める。その中で、ルーカスはユリエルに向かって王の言葉を伝えた。
「何か行き違いがあったようだ。この非礼は後日、埋め合わせる」
その声に頷き、ユリエルは後方を整えるべくリゴット砦へと兵を返しつつ、後方を急襲した敵の殲滅へと当たっていった。
◆◇◆
幸いにして後方を脅かした敵による被害は大したものではなく、取り逃がしはしたが一応の危機は去った。本隊は野営地をリゴット砦へ通じる石橋の辺りまで下げ、そこで更なる作戦会議となった。
「今回後方を脅かしたのは、ルルエ聖教会の持つ聖教騎士団で間違いありませんね」
戦場に残された軍旗には、二頭の獅子が手に剣と十字を持ったエンブレムが描かれている。ルルエ正規軍の軍旗は二頭の獅子が剣と盾を持っている。
「厄介だな。前方の敵ですらも強いというのに、更にはそことまったく別の意志で動く軍があるのは」
グリフィスは苦い顔でそう言う。彼にはクレメンスから、両者の仲の微妙な関係性や、互いに軍を持って別の意志で動いている事が伝えられている。だからこそ、これがルーカスの意志ではないのだと疑わずに話が進む。
「どちらかを叩きたい。が、正面のルルエ王をどうにかするのは至難の業。やはり、密かにここを奪取するのが早いですね」
クレメンスが指し示したのはただ一点。この平原を囲むようにリゴット砦、バーナルド砦と三角形を結ぶそ一角。
「聖オーキン教会」
狙いは改めて定まった。今回の急襲がこの方針に否と言わせなくなった。グリフィスもクレメンスも納得の中、事はユリエルとルーカスの思惑のままに進み出していた。
「一気に攻め込むつもりが、これでは進めません」
リゴット砦と、次のバーナルド砦の間にある平原は現在両軍が睨み合っている状態だ。互いに突破はさせない、そういう心づもりだ。
その時、見張りの兵士が慌てたように作戦指令用のテントへと駆け込んできた。
「報告します! 敵陣に変化あり!」
クレメンスとグリフィスが不審がり、ユリエルは静かに立ち上がる。そうして前線へと場を移動すると、ルルエ軍は中央を円形に空けるようにして半円を描いている。さながら闘技場の半分を人垣で作っているようだった。
「これは!」
「相手は、一騎打ちを望んでいるようですね」
古い戦場のルールだ。相手が一騎打ちを所望して陣形を作る時、相手はそれに応じるのがルール。これを拒んだり、はめるような事をすれば軍の恥。武人として最も恥ずべき行いとされ、以後は悪名が轟く。
ルルエがこの戦法に出たのは予想通りだ。それというのも、ルーカスとタニス王都で出会ったあの日、そのように示し合わせた。
◆◇◆
「……状況は分かった。思ったよりも悪いな」
愛を確かめた翌朝、二人は王の顔で向き合った。体を流した後の姿ではあったが、そうして向き合う表情は王のものだ。
「ハウエル司教という人物を殺させるわけにはゆきません。彼がもしもタニスの手に掛かって死んだなどと言われては、和平への道が閉ざされます」
「これに関しては俺も困る。俺が現教皇を失脚させようとしているのは、知っているな?」
ルーカスの言葉に、ユリエルは素直に頷く。現教皇の確かな謀反を暴き、それを理由にルーカスは教皇の不信任を出す。それを了承させることが、ルルエ平定の第一段階。更にそこからルーカスの意をくみ取るような教皇を立てる事が出来て初めて、ルルエという国は解放される。
「俺がアンブローズを失脚させた、その後釜に据えたいと思っているのがそのハウエルなんだ」
「え!」
状況が更に悪化していく。思わず考え込んだユリエルは、なんとしてでもハウエル司教を救い出さなければならなくなった。バートラムをおびき寄せ、和平のために助けるばかりの問題ではなくなってしまった。彼を失えばルーカスの治世に関わる。
思わず沈み込む、その頭を柔らかく撫でる手に思わず気が緩む。見上げた先で、ルーカスは柔らかく笑みを浮かべていた。
「ユリエル、一人で思い悩むな」
「ルーカス」
「ここで俺と君が出会えた事は、神の加護があったからかもしれない。今ならまだ手を打てる」
「何を、考えています?」
不敵な男の顔をするルーカスを見上げ、ユリエルも笑みを浮かべる。こういう顔をする彼は戦場の彼と同じに見える。普段甘やかす恋人でも、厳しい王の顔でもないその表情をユリエルは信じる事ができた。
◆◇◆
闘技場のように、両国の兵が人垣となり円を作り出す。その前に進み出たのはルーカスだ。彼は馬には乗らずに真ん中まで進み出た。
「まさかルルエ王自らが出てくるとは」
その圧倒的な空気に気圧されるように、クレメンスが唸る。通常こうした決闘に出てくるのは精々が部隊の将軍だ。王自らが進み出るなんてこと、異例なのだ。
「俺が」
そう言って踏み出そうとするグリフィスを制して、ユリエルは前へ出る。
「陛下!」
「王自らが出るのです。私が出ねば不公平というものですよ」
「こんな所で王同士の一騎打ちなどさせられません!」
「タニス王は卑怯な腰抜けだなどと言われては、私は屈辱ですよ」
そう言って、ユリエルは場の中央へと進み出た。
「ルルエ国王、ルーカス。正々堂々、貴殿に一騎打ちを申し込む」
「タニス国王、ユリエル。確かにその申し出を受けました」
そう言って、互いに剣を抜く。緊迫の空気の中、足元を固めるように地をならす。息を吸うことも重苦しい中、ユリエルは静かに一歩踏み出した。
金属のぶつかり合う激しい音が平原へと響いた。両者の剣は強く正面からぶつかり、顔が間近に迫る。騎士の顔をしている。そういうルーカスとぶつかるのは、どのくらいぶりか。胸が痛むと同時に踊る。複雑すぎる感情に胸が震える。
薙ぎ払う力強い剣に逆らわずに後方へと飛べば、ルーカスは追って前に出る。その切っ先が、僅かにユリエルの服を引っかけた。
「!」
声は出さない。だが僅かに見開かれたルーカスの瞳が痛みを訴える。注視できる距離、彼の感情を知るからこそ分かるその変化に、ユリエルの胸は甘く痺れる。そしてその腹を、思い切り蹴り飛ばした。
彼が一つ傷つけるなら、ユリエルは一つ傷を返す。おあいこだ。殺し合いをしているのだから、無事でいられるなんて思っていない。ならば彼が一方的に罪悪感を抱かないようにしたい。後で「あの時はおあいこだった」と笑えるようにしなければ。
ルーカスの口元に笑みが浮かぶ。満足そうなその顔を見れば、切なく甘く苦しくなる。それでもこれは二人が選んだ事。被害を最小限にしつつ、敵を引き寄せ攻め入る理由を作る為に。
「敵襲!!」
一騎打ちが数十分に及ぶ頃、突如タニスの背後から声がかかった。それに、ユリエルもルーカスも手を止めた。
「後方よりルルエ軍接近!」
「そんなバカな!!」
その声が上がったのはむしろルルエ陣営だった。ガヤガヤと兵がざわめくその中で、ルーカスの一喝が場を制した。
「とんだ邪魔が入りましたね」
「そのようだ」
互いに剣を収めた双方は踵を返す。そして、互いに兵を動かし始めた。
「戦いは止めだ! 砦へと戻る!」
「タニス軍、後方の敵を挟撃にて殲滅せよ!」
互いの王が号令を取った事で兵達は動き始める。その中で、ルーカスはユリエルに向かって王の言葉を伝えた。
「何か行き違いがあったようだ。この非礼は後日、埋め合わせる」
その声に頷き、ユリエルは後方を整えるべくリゴット砦へと兵を返しつつ、後方を急襲した敵の殲滅へと当たっていった。
◆◇◆
幸いにして後方を脅かした敵による被害は大したものではなく、取り逃がしはしたが一応の危機は去った。本隊は野営地をリゴット砦へ通じる石橋の辺りまで下げ、そこで更なる作戦会議となった。
「今回後方を脅かしたのは、ルルエ聖教会の持つ聖教騎士団で間違いありませんね」
戦場に残された軍旗には、二頭の獅子が手に剣と十字を持ったエンブレムが描かれている。ルルエ正規軍の軍旗は二頭の獅子が剣と盾を持っている。
「厄介だな。前方の敵ですらも強いというのに、更にはそことまったく別の意志で動く軍があるのは」
グリフィスは苦い顔でそう言う。彼にはクレメンスから、両者の仲の微妙な関係性や、互いに軍を持って別の意志で動いている事が伝えられている。だからこそ、これがルーカスの意志ではないのだと疑わずに話が進む。
「どちらかを叩きたい。が、正面のルルエ王をどうにかするのは至難の業。やはり、密かにここを奪取するのが早いですね」
クレメンスが指し示したのはただ一点。この平原を囲むようにリゴット砦、バーナルド砦と三角形を結ぶそ一角。
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