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6章:二王並び立つ
4話:哀れな男の手記
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深く沈み込んでいただろう。不意、頭を撫でる手がある。見上げれば、随分見ていない顔がジッと見下ろしていた。
「母上?」
膝に頭を乗せられ、頭を撫でられているくすぐったい感覚。それに笑いながら、ユリエルは死んだのだろうと思った。そうでなければ母に会えるはずもない。
「すみません、母上」
道半ばだ。後を引き継ぐ人はいるが、見られない事は悲しかった。大切な人と離れてしまったことは、悔しくてならなかった。
だが母は途端に不機嫌に眉根を寄せて、ユリエルの頭から手をどけた。
「お前の迎えなど、まだ予定にありません」
「え?」
思わず見ていると、母は美しい銀の髪を耳にかけ、腕を組んで見下す。高圧的と取れる姿だが、ユリエルには懐かしい叱る時の顔だった。
「お前があまりに馬鹿をしたから笑いにきたのです。とんだ体たらくですよ」
「申し訳ありません」
「私の無念など晴らそうとするからこうなるのです。罪を本人から認めさせようなど、このような卑小な人間に求めたのが間違いです」
厳しく、そして容赦のない言葉にユリエルは笑った。笑いながら、泣けてきた。この言葉が、この気性が、ユリエルの尻を叩き叱咤激励してきたのだ。
母はなおも困ったように笑い、ユリエルの背後を指さした。
「寝ている暇などありませんよ。お前のすべきことはまだ残っています。まずは、大切な人を諫めなさい。さもなければ彼の王は、国始まって以来の暴君と成り果てるでしょう」
その言葉に、ユリエルは立ち上がった。そして躊躇いもなく背を向け、見える明かりへと歩み出す。
懐かしい思いもあるが、時がくればまた会えるのだ。死と生の狭間になど留まってはいられないのだから。
◆◇◆
ゆっくりと目が開いた。重怠い体は内が酷く痛む気もした。吸い込んだ空気がザラついて、思わず小さく咳き込んでしまった。
「ユリエル!!」
声が、懐かしく思える。必死の形相をした人はそのままユリエルを抱きしめた。
「けほっ」
名を呼びたいのだが渇いた咳が出て上手くいかない。すかさず違う方向から、見覚えのあるお茶が差し出された。
「ルーカス様、これを」
「あぁ」
上手く動かない体を起き上がらせられ、背に手が触れる。そうして飲まされたお茶が染み渡るようだった。
「ルーカス?」
小さいが声が出た。それに何より安堵したのはルーカスなのだろう。苦しい表情が、震える手が、泣きそうなのに涙さえ出ない様子が酷く申し訳なく胸を締め付けた。
言葉もなく抱きしめられ、震える体を感じている。背に手を回したいのだが重くて持ち上がってくれない。だが、感じる体の熱が、感触が、生きている喜びを伝えてくれる。
「死んでしまうと……」
「ごめんなさい」
「許さない」
怒られている事に安堵してはいけないだろう。実際彼には謝っても足りない。強く強く抱きしめてくる腕の中で、ユリエルは穏やかに笑みを浮かべていた。
「ルーカス様、意識が戻ったとはいえユリエル様は弱っています。あまりに強く抱いては息が」
「あぁ」
アルクースが言って、ルーカスはとりあえず離してくれる。そうして見上げたアルクースもまた、だいぶご立腹の様子だ。
「まったく、何してるのさ」
「すみません」
「あのね、死なない事ならごめんで済むけど、死んだら取り返しつかないんだよ。ルーカス様が咄嗟に毒を吐かせたから一命を取り留めたんだからね」
ルーカスを見れば厳しく眉根を寄せている。少しだけ動く手で触れた。温かな手が包むように触れて、ユリエルは頷いた。
「有り難うございます、ルーカス」
「二度と、こんな事は許さない」
「もう、しませんよ」
する理由がない。ベネットが死んで、全てが闇に沈んだ。もう誰もユリエルの命を狙ってはいない。同時に、母の死の真相は分からなくなったが。
その時、ノックの音と共にクレメンスとグリフィス、シリル、レヴィンが入ってきた。そして、起きているユリエルを見て皆が駆け寄ってきた。
「兄上!」
抱きつくように腕に縋り泣くシリルは、逞しい姿ではなく弟に戻っている。それを見るクレメンスとグリフィスも安堵した様子で見下ろしていた。
「無茶も大概にして欲しいものです」
「すみなせん」
「さすがに焦ったんだけど、陛下。血吐いて倒れるとか、どんな毒かと思うでしょ」
まぁ、だろうなとは思った。ユリエル自身、ベネットの死に様を思い出すと恐ろしいのだ。あのような毒は今までなかったはずだ。しかも、どこから侵入したのか分からない。
「毒は、どこから?」
問えば、ルーカスは複雑な顔をして頬を撫でた。
「あの男自身からだ」
「自身?」
「呼気や、吐き出した血だと思う。毒に冒されたそれらが触れたり、吸い込んだ事で冒されたんだ。こんな毒今までなかったんだけど」
困惑を隠せない様子でアルクースは呟く。それに、ユリエルは頷いた。
「毒の大元は、彼が含んだハンカチでした。グラスに毒を塗り込んだ時に使われた物だと判明し、直ぐに処分しました。ベネットの遺体も厚手の袋に入れ、あの部屋から移しておりません。被害者は貴方だけです、陛下」
「距離が近かったし、たっぷりあいつの血を付けられたからね。手の傷も爛れてたけど、戻るって」
見ればベネットのひっかいた辺りに包帯がされている。そこがジクジクと痛む気がした。
「なんにしても、会談は延期だ」
「少し時間を頂ければ」
言った途端、ルーカスが思いきり睨み付けた。さすがの迫力にユリエルも声がなく、「春に……」と延期を承諾した。
なんにしても、これで一応は片づいた。後味も悪いが、これはもう仕方がない。諦めるより他になかった。
周囲の話を聞いて、ユリエルは自分の状態の悪さを再認識した。直ぐに口の中や胃を洗浄されたが昏睡状態が二日続いたらしい。新種の毒であった為に対処法も解毒法も分からないが、即座に行われた洗浄が結果的に一番正しかったようだ。しかも摂取させられた量が少量であった為、こうしてまだ生きている。
目が覚めた今は三日目の夜。体内、特に呼気を吸い込んだ気管支系と、傷つけられた手のダメージは大きいらしい。現にまだ微熱程度はあり、呼吸も苦しくはないが違和感がある。大きく吸い込めばザラついて咳き込んでしまう。
ルーカスはずっと、昼も夜もなく側にいて、手を握り汗を拭き、適度に水を飲ませてと一生懸命世話をしてくれたそうだ。今もずっと、汗で張り付いた髪を撫でてくれている。
「くすぐったい」
いいながら笑えば、ルーカスも徐々に元の表情に戻っていく。険しく憎悪に光る目ではなく、柔らかく案じてくれる恋人の目だ。
「ずっと、そうしていてくれたのですか?」
「あぁ」
耳に触れるように、確かめるように、大きな手が撫でていく。心地よくされて、ふとユリエルは思いだした。
「夢か……あの世に片足をつこんだのか分かりませんが。母に会いました」
言えば、ルーカスは複雑な顔をする。痛みに眉を寄せ、それでも不安を口にしない。そんな顔だった。
「怒られました」
「だろうな」
「私のお迎えは、まだ予定にないそうです。あまりの馬鹿に笑い飛ばしに来たと。とんだ体たらくだと、怒られました」
気持ち良く撫でられて、ユリエルは思い出す。叱責しながら、それでも少し心配そうな母の表情を今でも覚えていられる。あの邂逅は果たして夢だったのか。今ではもう、分かりはしないが。
「強い母だな」
「本当に。気合いが入ります」
昔から、いいことをすれば頭を撫でてくれた。悪い事をすれば尻が赤くなるほど叩かれた。寂しい時には隣にいて、泣きたい時は抱きしめてくれた。口数も少なかったし、言う事が簡潔でちょっと怒った印象を受ける人だったけれど、温かい人だったんだ。
「やるべき事がまだ残っている。寝ている暇はないと言っていました」
「あぁ、その通りだ」
「……貴方を置いて死ねば、貴方は暴君となる。そうも言われました」
「否定しない。実際、君が死んだら俺は先が見えない。怒りや悲しみを抱えた抜け殻など、どう転ぶか分からないからな」
柔らかい手が頬に触れる。そしてそっと、指が唇に触れた。
「キスとかダメですよ。まだ毒の影響が完全に抜けたか分からないのですから」
「問題ない」と、アルクースは言っていた。ベネットから感じた嗅ぎ慣れない異臭もしないし、喀血もない。ただ、著しく弱っているのは本当だからしばらくは重湯に薬草を大量投入した美味しくない物を食べる事になるそうだ。
それでもそっと、指先が唇をなぞる。くすぐったく、心地よい刺激だった。
「夢の中で、母がずっと撫でていてくれました」
「ん?」
「あれは、ルーカスの手だったのでしょうかね?」
夢にしてはリアルだった手の感触。あれは現実の体が感じていたのかもしれない。そう思い、ユリエルは微笑んだ。
「貴方が私を引き留めてくれた。私は、貴方に生かされていますね」
「お互い様だ。俺は君を生かす事で、俺自身を生かしているんだ」
伝えられる言葉を飲み込み、ユリエルは腕に力を込める。さっきよりは体も動く。重いが動かし、ルーカスに触れた。
「私もきっと同じです。貴方が生きていなければ、私も生きてはいられない」
「それならもう、止めてくれ」
「もう、ありませんよ」
ベネットが死んだ今、ユリエルの戦いは既に終わった。国内の調整をしつつ、和平を取り付けて。そこに、命の危機はもうない。
「春までには、体をしっかり治して貴方と向き合います。その時には忍んで行きますよ」
「あぁ、そうしてくれ」
ようやく微笑んだ人が、ユリエルの額に唇を落とす。そのくすぐったい感触に笑って、ユリエルは再び穏やかな眠りに瞳を閉じた。
◆◇◆
寒い季節が終わりを見せ始め、地が芽吹き始めた頃に和平協定は無事に成立した。
ラインバールの砦は既に誰もが通れる場所となっていたが、通行証が必要なくなった。これからは身元が明らかであり、犯罪者でなければ荷のチェックもほぼ無しで通れるだろう。
そして締結後直ぐに、双方の国の技術支援が決まった。
ルルエはタニスに比べて川が多い。治水技術が発達し、同時に造船や港作りが上手い。対してタニスは川は多くなく、夏に雨が降らないと農地に水が不足し、逆に大雨ともなれば川が氾濫する事もあった。
そこで治水技術を学ぶため、若い志願兵が立候補して学びに行く事が決まった。
逆にルルエは農業に不安を持っていた。土地に適した農産物、また品種の改良や田の作り方、肥料の作り方。それらはタニスが得意とするところ。さっそく農地研究をしている者達を数人見繕い、ルルエへと向かわせる事となった。
そして、互いに大切な人の交換をした。ユリエルはジョシュの遺品と遺体をルルエへと返し、ルーカスは女王の幼い弟王子の遺骨を返還した。
戻って来た遺骨を見た教会の司教は涙を流して手を合わせ、民も多く王都の教会に訪れて手を合わせていた。
◆◇◆
「本当に、体はもう大丈夫なんだな?」
今日何度目かと疑いたくなるほどに同じ事を問われ、ユリエルはジロリと睨む。そして、剣の柄を指で遊んだ。
「なんなら一戦、お相手しますよ」
「あぁ、いや」
ルーカスは引き下がり、ユリエルは笑う。そして剣の代わりに、唇で触れた。
毒殺の一件から早数ヶ月がたった。最初こそ辛かったが、迅速かつ適切な処置と治療によってダメージは最低限だっただろう。数週間後には歩き回り、仕事をし始めた。
同時に落ちた体力を戻す事も始め、グリフィスを相手にこれまで以上に剣術を磨いた。おかげで前よりも強くなった気がする。
そして同時に、ベネットの身辺が整理された。屋敷とは別に所有していた小屋の中からは多くの毒草や種、動物が発見された。そしてその効果を、何を混ぜたのかを、何を試したのかを、あの男はひたすら書き残していた。
その研究書はせっかくなのでアルクースに渡した。薬草学に精通した彼なら有効に使ってくれるだろうと思って。
そして同時に、ある物も発見されていた。
「あの男の手記が、見つかったそうだな」
「……」
ユリエルは黙って頷いた。
正直あの手記を読んだとき、怒りに震えた。あまりに自分勝手な男の妄想と思い込みだったのだ。最初から決めつけていたのだ。そんな理由で、母は死んだのだ。
肩に温かな手がかかる。ユリエルはそれに微笑み、手を重ねた。
「ルーカス、今夜中庭で会いませんか?」
「あぁ」
誘えば直ぐに返事が返ってくる。それに頷き、ユリエルはその夜を待つのだった。
その夜、ユリエルは母の墓碑が見えるベンチに腰を下ろしていた。少し温かくなった風が心地よく頬を撫でる。そうして待っていると、ゆっくりと歩み寄ってくる足音が聞こえた。
「待たせたか?」
「いいえ」
隣に腰を下ろした人が、そっと問いかける。それに穏やかに答えたユリエルは、黙って墓碑を見つめた。
「……始まりは、あの男の行き過ぎた恋慕だったようです」
黙っているのも苦しくて、ユリエルは話し出す。懐から小さな手記を取りだして。
「あの男はシリルの母、正妃のエルザ様を遠くに見て、恋をしたようです」
「そのような接触があったのか?」
問われ、ただ首を横に振った。エルザという人は嫋やかで柔らかく、芯のある人だった。不誠実を嫌い、故にユリエルを立てた人だった。そんな人に、秘められた関係などあるはずもない。
「おそらく、その他大勢に微笑みかけて手を振った。それをあの男が勝手に、自分に向けられたのだと思い込んだのです。その程度の事ですよ」
「そんな事で、君や母君は恨まれたのか?」
信じられないというルーカスの顔をチラリと見て、ユリエルはただ頷いた。
「手記にはこうあります。『聖母のようなエルザ様。その夫である国王陛下を魔女が横合いから攫っていった。笑顔を見せるエルザ様もきっと、心の中では泣いておられるだろう。なんて憎らしい女だ』と」
「本当にそんなことが?」
「違いますよ。エルザ様が王家に輿入れするよりも以前から、私の母とは親友でした。自分に子が出来ない事を悩み、母に相談し、そして母ならば第二王妃としても恨みはないと王に進言したのはエルザ様です」
「逆に辛い思いをさせてしまった」と、エルザは泣いてユリエルに謝っていた。優しい人の悲しみは確かにユリエルに届いていた。あの人は父王よりもずっと、母の死を悲しんでくれたのだ。
「では、男の思い込みか」
「あの男はエルザ様とも、私の母とも話した事はありません。私もいることは知っていますが、直接の関わりなどありません。あの男は古く宮中にいた補佐官の一人でしかなかったのです」
だが、常に大臣などの側にいて影に隠れている印象がある。目立つ事を避け、息を殺すように生きていたのだ。
この手記を読むまで、ユリエルはベネットになんの恨みを買ったのかと思っていた。むしろその後ろに更にいるのだと思い、探らせてくらいだった。だが、その後ろなんていやしない。この男は勝手に思い込み、妄想から恨みを募らせ続けたのだ。
「弱いからこそ歪んだのでしょう。実父にも、妹にも虐げられ、常に自らに劣等感を抱き、周囲の目や小さな声が全て自らへ向けられる誹謗だと思い込んだ。そこから来るストレスや憎しみが、私たち母子に向かったようです」
そのような気持ちをこの手記からは感じる。父がいかに自分を醜いと見下したか、妹が無能と罵ったか。宮中でも常に人の目を気にしていた事、コソコソと話す全てが自分を蔑んでいるんだと書いてあった。
ある意味ここまで被害妄想が進むと哀れだった。このような思いを抱えて長く生きていて、あの男は幸せだったのか。
だからこそ唯一、例え遠く大勢に向けたものでも、笑顔を見せるエルザに憧れと恋慕を募らせたのだろう。彼女を守り、悲しませる者を排除する事が自分に課せられた使命であるように、あの男は思ったのかもしれない。
「酷い話だな」
「そう、ですね」
「ユリエル、悩むのか?」
「……この手記、読むと痛むのですよ。私もある意味で孤独でした。理解者である母を失い、父に遠ざけられ、命を狙われ、寄る辺もなくて。ただ私には助けてくれる周囲の者がいました。素直に全てを受け取れなくても、寄せてくれる気持ちはありました。それすらもなかったら、私もこのように歪んだのだろうかと」
グリフィスが、ロアールが、ダレンが、エルザが、シリルが。側にいた人がこっそりとユリエルを支えてくれていた。亡き母の残した志が、ぶれない芯を与えてくれた。そこに添う事で、自分はいられる気がした。
「お前はどうしたって、こんなに歪みはしない」
「そうでしょうか?」
「お前は堂々とした気質だ。隠れて毒殺など、考えないだろ?」
問われ、笑う。それはユリエルが偶然にも強者であったからだ。弱く野心を持てば毒という手を使ったかもしれない。
だが、ルーカスはただ静かに側にいる。この温もりに身を寄せていられる。
「人の縁は、こんなにも大きく温かいのですね」
「あぁ、そうだな」
「此度の戦い、私は得るものが多かったように思います。クレメンス、レヴィン、アルクース、ファルハード、ヴィオ、フィノーラ。彼らを得て、彼らに助けられて、私は自分の小ささを知った気がします。一人ではきっと、ここまで立っていられなかった。果ての見えない目標に、押し潰されてしまいました」
この手記にある哀れな男は手を伸ばす事もせずに内にこもって、憎しみや劣等感を毒という方法で晴らそうとした。この男の歩んできた孤独の道は自分のそれと大きく変わらない。壁一枚程度の隔たりしかないだろう。ほんの少し人に恵まれた、その程度なんだ。
「母が死んでしばらく、私は周囲に疎まれ、触れる者もいなかった。書庫に籠もり、本を読む事でしか時間を潰せなかった。気持ちも尖り、可愛げもなかったでしょう。毒に怯え、何を口にするのも恐ろしく思い、全部が敵のように見えた頃もありました。あの時、ロアールやダレン、グリフィスがいなければ……可愛げのない私に必死に接してくれなければ、私は今頃この男のように周囲の全てを憎み恨み、疎ましく思う人間になっていたでしょうね」
そっと抱き寄せる腕にユリエルは甘えた。瞳を閉じ、温もりに身を寄せて。
「俺は君の臣を大切にすると誓う」
「ん?」
「君をここまで見守って、大切にしてくれた人々を大切に思う。今の君を作っているものを、大切にすると誓う」
優しく言われ、ユリエルはクスクスと笑った。大真面目な顔でなんてことを言うのだろう。
「私も同じ事を誓いますよ」
「ん?」
「貴方の仲間と、貴方の臣を守ります。私の全てをもって、貴方の大切な全てを守ると誓いますよ」
隣り合って、互いに顔を見合わせて、妙に可笑しくなって二人で声を出して笑った。ひとしきり笑って、見つめ合ってキスをした。甘やかす唇に甘えながら、ユリエルは今ある命と未来を感謝し、進んで行くことを改めて誓ったのだった。
「母上?」
膝に頭を乗せられ、頭を撫でられているくすぐったい感覚。それに笑いながら、ユリエルは死んだのだろうと思った。そうでなければ母に会えるはずもない。
「すみません、母上」
道半ばだ。後を引き継ぐ人はいるが、見られない事は悲しかった。大切な人と離れてしまったことは、悔しくてならなかった。
だが母は途端に不機嫌に眉根を寄せて、ユリエルの頭から手をどけた。
「お前の迎えなど、まだ予定にありません」
「え?」
思わず見ていると、母は美しい銀の髪を耳にかけ、腕を組んで見下す。高圧的と取れる姿だが、ユリエルには懐かしい叱る時の顔だった。
「お前があまりに馬鹿をしたから笑いにきたのです。とんだ体たらくですよ」
「申し訳ありません」
「私の無念など晴らそうとするからこうなるのです。罪を本人から認めさせようなど、このような卑小な人間に求めたのが間違いです」
厳しく、そして容赦のない言葉にユリエルは笑った。笑いながら、泣けてきた。この言葉が、この気性が、ユリエルの尻を叩き叱咤激励してきたのだ。
母はなおも困ったように笑い、ユリエルの背後を指さした。
「寝ている暇などありませんよ。お前のすべきことはまだ残っています。まずは、大切な人を諫めなさい。さもなければ彼の王は、国始まって以来の暴君と成り果てるでしょう」
その言葉に、ユリエルは立ち上がった。そして躊躇いもなく背を向け、見える明かりへと歩み出す。
懐かしい思いもあるが、時がくればまた会えるのだ。死と生の狭間になど留まってはいられないのだから。
◆◇◆
ゆっくりと目が開いた。重怠い体は内が酷く痛む気もした。吸い込んだ空気がザラついて、思わず小さく咳き込んでしまった。
「ユリエル!!」
声が、懐かしく思える。必死の形相をした人はそのままユリエルを抱きしめた。
「けほっ」
名を呼びたいのだが渇いた咳が出て上手くいかない。すかさず違う方向から、見覚えのあるお茶が差し出された。
「ルーカス様、これを」
「あぁ」
上手く動かない体を起き上がらせられ、背に手が触れる。そうして飲まされたお茶が染み渡るようだった。
「ルーカス?」
小さいが声が出た。それに何より安堵したのはルーカスなのだろう。苦しい表情が、震える手が、泣きそうなのに涙さえ出ない様子が酷く申し訳なく胸を締め付けた。
言葉もなく抱きしめられ、震える体を感じている。背に手を回したいのだが重くて持ち上がってくれない。だが、感じる体の熱が、感触が、生きている喜びを伝えてくれる。
「死んでしまうと……」
「ごめんなさい」
「許さない」
怒られている事に安堵してはいけないだろう。実際彼には謝っても足りない。強く強く抱きしめてくる腕の中で、ユリエルは穏やかに笑みを浮かべていた。
「ルーカス様、意識が戻ったとはいえユリエル様は弱っています。あまりに強く抱いては息が」
「あぁ」
アルクースが言って、ルーカスはとりあえず離してくれる。そうして見上げたアルクースもまた、だいぶご立腹の様子だ。
「まったく、何してるのさ」
「すみません」
「あのね、死なない事ならごめんで済むけど、死んだら取り返しつかないんだよ。ルーカス様が咄嗟に毒を吐かせたから一命を取り留めたんだからね」
ルーカスを見れば厳しく眉根を寄せている。少しだけ動く手で触れた。温かな手が包むように触れて、ユリエルは頷いた。
「有り難うございます、ルーカス」
「二度と、こんな事は許さない」
「もう、しませんよ」
する理由がない。ベネットが死んで、全てが闇に沈んだ。もう誰もユリエルの命を狙ってはいない。同時に、母の死の真相は分からなくなったが。
その時、ノックの音と共にクレメンスとグリフィス、シリル、レヴィンが入ってきた。そして、起きているユリエルを見て皆が駆け寄ってきた。
「兄上!」
抱きつくように腕に縋り泣くシリルは、逞しい姿ではなく弟に戻っている。それを見るクレメンスとグリフィスも安堵した様子で見下ろしていた。
「無茶も大概にして欲しいものです」
「すみなせん」
「さすがに焦ったんだけど、陛下。血吐いて倒れるとか、どんな毒かと思うでしょ」
まぁ、だろうなとは思った。ユリエル自身、ベネットの死に様を思い出すと恐ろしいのだ。あのような毒は今までなかったはずだ。しかも、どこから侵入したのか分からない。
「毒は、どこから?」
問えば、ルーカスは複雑な顔をして頬を撫でた。
「あの男自身からだ」
「自身?」
「呼気や、吐き出した血だと思う。毒に冒されたそれらが触れたり、吸い込んだ事で冒されたんだ。こんな毒今までなかったんだけど」
困惑を隠せない様子でアルクースは呟く。それに、ユリエルは頷いた。
「毒の大元は、彼が含んだハンカチでした。グラスに毒を塗り込んだ時に使われた物だと判明し、直ぐに処分しました。ベネットの遺体も厚手の袋に入れ、あの部屋から移しておりません。被害者は貴方だけです、陛下」
「距離が近かったし、たっぷりあいつの血を付けられたからね。手の傷も爛れてたけど、戻るって」
見ればベネットのひっかいた辺りに包帯がされている。そこがジクジクと痛む気がした。
「なんにしても、会談は延期だ」
「少し時間を頂ければ」
言った途端、ルーカスが思いきり睨み付けた。さすがの迫力にユリエルも声がなく、「春に……」と延期を承諾した。
なんにしても、これで一応は片づいた。後味も悪いが、これはもう仕方がない。諦めるより他になかった。
周囲の話を聞いて、ユリエルは自分の状態の悪さを再認識した。直ぐに口の中や胃を洗浄されたが昏睡状態が二日続いたらしい。新種の毒であった為に対処法も解毒法も分からないが、即座に行われた洗浄が結果的に一番正しかったようだ。しかも摂取させられた量が少量であった為、こうしてまだ生きている。
目が覚めた今は三日目の夜。体内、特に呼気を吸い込んだ気管支系と、傷つけられた手のダメージは大きいらしい。現にまだ微熱程度はあり、呼吸も苦しくはないが違和感がある。大きく吸い込めばザラついて咳き込んでしまう。
ルーカスはずっと、昼も夜もなく側にいて、手を握り汗を拭き、適度に水を飲ませてと一生懸命世話をしてくれたそうだ。今もずっと、汗で張り付いた髪を撫でてくれている。
「くすぐったい」
いいながら笑えば、ルーカスも徐々に元の表情に戻っていく。険しく憎悪に光る目ではなく、柔らかく案じてくれる恋人の目だ。
「ずっと、そうしていてくれたのですか?」
「あぁ」
耳に触れるように、確かめるように、大きな手が撫でていく。心地よくされて、ふとユリエルは思いだした。
「夢か……あの世に片足をつこんだのか分かりませんが。母に会いました」
言えば、ルーカスは複雑な顔をする。痛みに眉を寄せ、それでも不安を口にしない。そんな顔だった。
「怒られました」
「だろうな」
「私のお迎えは、まだ予定にないそうです。あまりの馬鹿に笑い飛ばしに来たと。とんだ体たらくだと、怒られました」
気持ち良く撫でられて、ユリエルは思い出す。叱責しながら、それでも少し心配そうな母の表情を今でも覚えていられる。あの邂逅は果たして夢だったのか。今ではもう、分かりはしないが。
「強い母だな」
「本当に。気合いが入ります」
昔から、いいことをすれば頭を撫でてくれた。悪い事をすれば尻が赤くなるほど叩かれた。寂しい時には隣にいて、泣きたい時は抱きしめてくれた。口数も少なかったし、言う事が簡潔でちょっと怒った印象を受ける人だったけれど、温かい人だったんだ。
「やるべき事がまだ残っている。寝ている暇はないと言っていました」
「あぁ、その通りだ」
「……貴方を置いて死ねば、貴方は暴君となる。そうも言われました」
「否定しない。実際、君が死んだら俺は先が見えない。怒りや悲しみを抱えた抜け殻など、どう転ぶか分からないからな」
柔らかい手が頬に触れる。そしてそっと、指が唇に触れた。
「キスとかダメですよ。まだ毒の影響が完全に抜けたか分からないのですから」
「問題ない」と、アルクースは言っていた。ベネットから感じた嗅ぎ慣れない異臭もしないし、喀血もない。ただ、著しく弱っているのは本当だからしばらくは重湯に薬草を大量投入した美味しくない物を食べる事になるそうだ。
それでもそっと、指先が唇をなぞる。くすぐったく、心地よい刺激だった。
「夢の中で、母がずっと撫でていてくれました」
「ん?」
「あれは、ルーカスの手だったのでしょうかね?」
夢にしてはリアルだった手の感触。あれは現実の体が感じていたのかもしれない。そう思い、ユリエルは微笑んだ。
「貴方が私を引き留めてくれた。私は、貴方に生かされていますね」
「お互い様だ。俺は君を生かす事で、俺自身を生かしているんだ」
伝えられる言葉を飲み込み、ユリエルは腕に力を込める。さっきよりは体も動く。重いが動かし、ルーカスに触れた。
「私もきっと同じです。貴方が生きていなければ、私も生きてはいられない」
「それならもう、止めてくれ」
「もう、ありませんよ」
ベネットが死んだ今、ユリエルの戦いは既に終わった。国内の調整をしつつ、和平を取り付けて。そこに、命の危機はもうない。
「春までには、体をしっかり治して貴方と向き合います。その時には忍んで行きますよ」
「あぁ、そうしてくれ」
ようやく微笑んだ人が、ユリエルの額に唇を落とす。そのくすぐったい感触に笑って、ユリエルは再び穏やかな眠りに瞳を閉じた。
◆◇◆
寒い季節が終わりを見せ始め、地が芽吹き始めた頃に和平協定は無事に成立した。
ラインバールの砦は既に誰もが通れる場所となっていたが、通行証が必要なくなった。これからは身元が明らかであり、犯罪者でなければ荷のチェックもほぼ無しで通れるだろう。
そして締結後直ぐに、双方の国の技術支援が決まった。
ルルエはタニスに比べて川が多い。治水技術が発達し、同時に造船や港作りが上手い。対してタニスは川は多くなく、夏に雨が降らないと農地に水が不足し、逆に大雨ともなれば川が氾濫する事もあった。
そこで治水技術を学ぶため、若い志願兵が立候補して学びに行く事が決まった。
逆にルルエは農業に不安を持っていた。土地に適した農産物、また品種の改良や田の作り方、肥料の作り方。それらはタニスが得意とするところ。さっそく農地研究をしている者達を数人見繕い、ルルエへと向かわせる事となった。
そして、互いに大切な人の交換をした。ユリエルはジョシュの遺品と遺体をルルエへと返し、ルーカスは女王の幼い弟王子の遺骨を返還した。
戻って来た遺骨を見た教会の司教は涙を流して手を合わせ、民も多く王都の教会に訪れて手を合わせていた。
◆◇◆
「本当に、体はもう大丈夫なんだな?」
今日何度目かと疑いたくなるほどに同じ事を問われ、ユリエルはジロリと睨む。そして、剣の柄を指で遊んだ。
「なんなら一戦、お相手しますよ」
「あぁ、いや」
ルーカスは引き下がり、ユリエルは笑う。そして剣の代わりに、唇で触れた。
毒殺の一件から早数ヶ月がたった。最初こそ辛かったが、迅速かつ適切な処置と治療によってダメージは最低限だっただろう。数週間後には歩き回り、仕事をし始めた。
同時に落ちた体力を戻す事も始め、グリフィスを相手にこれまで以上に剣術を磨いた。おかげで前よりも強くなった気がする。
そして同時に、ベネットの身辺が整理された。屋敷とは別に所有していた小屋の中からは多くの毒草や種、動物が発見された。そしてその効果を、何を混ぜたのかを、何を試したのかを、あの男はひたすら書き残していた。
その研究書はせっかくなのでアルクースに渡した。薬草学に精通した彼なら有効に使ってくれるだろうと思って。
そして同時に、ある物も発見されていた。
「あの男の手記が、見つかったそうだな」
「……」
ユリエルは黙って頷いた。
正直あの手記を読んだとき、怒りに震えた。あまりに自分勝手な男の妄想と思い込みだったのだ。最初から決めつけていたのだ。そんな理由で、母は死んだのだ。
肩に温かな手がかかる。ユリエルはそれに微笑み、手を重ねた。
「ルーカス、今夜中庭で会いませんか?」
「あぁ」
誘えば直ぐに返事が返ってくる。それに頷き、ユリエルはその夜を待つのだった。
その夜、ユリエルは母の墓碑が見えるベンチに腰を下ろしていた。少し温かくなった風が心地よく頬を撫でる。そうして待っていると、ゆっくりと歩み寄ってくる足音が聞こえた。
「待たせたか?」
「いいえ」
隣に腰を下ろした人が、そっと問いかける。それに穏やかに答えたユリエルは、黙って墓碑を見つめた。
「……始まりは、あの男の行き過ぎた恋慕だったようです」
黙っているのも苦しくて、ユリエルは話し出す。懐から小さな手記を取りだして。
「あの男はシリルの母、正妃のエルザ様を遠くに見て、恋をしたようです」
「そのような接触があったのか?」
問われ、ただ首を横に振った。エルザという人は嫋やかで柔らかく、芯のある人だった。不誠実を嫌い、故にユリエルを立てた人だった。そんな人に、秘められた関係などあるはずもない。
「おそらく、その他大勢に微笑みかけて手を振った。それをあの男が勝手に、自分に向けられたのだと思い込んだのです。その程度の事ですよ」
「そんな事で、君や母君は恨まれたのか?」
信じられないというルーカスの顔をチラリと見て、ユリエルはただ頷いた。
「手記にはこうあります。『聖母のようなエルザ様。その夫である国王陛下を魔女が横合いから攫っていった。笑顔を見せるエルザ様もきっと、心の中では泣いておられるだろう。なんて憎らしい女だ』と」
「本当にそんなことが?」
「違いますよ。エルザ様が王家に輿入れするよりも以前から、私の母とは親友でした。自分に子が出来ない事を悩み、母に相談し、そして母ならば第二王妃としても恨みはないと王に進言したのはエルザ様です」
「逆に辛い思いをさせてしまった」と、エルザは泣いてユリエルに謝っていた。優しい人の悲しみは確かにユリエルに届いていた。あの人は父王よりもずっと、母の死を悲しんでくれたのだ。
「では、男の思い込みか」
「あの男はエルザ様とも、私の母とも話した事はありません。私もいることは知っていますが、直接の関わりなどありません。あの男は古く宮中にいた補佐官の一人でしかなかったのです」
だが、常に大臣などの側にいて影に隠れている印象がある。目立つ事を避け、息を殺すように生きていたのだ。
この手記を読むまで、ユリエルはベネットになんの恨みを買ったのかと思っていた。むしろその後ろに更にいるのだと思い、探らせてくらいだった。だが、その後ろなんていやしない。この男は勝手に思い込み、妄想から恨みを募らせ続けたのだ。
「弱いからこそ歪んだのでしょう。実父にも、妹にも虐げられ、常に自らに劣等感を抱き、周囲の目や小さな声が全て自らへ向けられる誹謗だと思い込んだ。そこから来るストレスや憎しみが、私たち母子に向かったようです」
そのような気持ちをこの手記からは感じる。父がいかに自分を醜いと見下したか、妹が無能と罵ったか。宮中でも常に人の目を気にしていた事、コソコソと話す全てが自分を蔑んでいるんだと書いてあった。
ある意味ここまで被害妄想が進むと哀れだった。このような思いを抱えて長く生きていて、あの男は幸せだったのか。
だからこそ唯一、例え遠く大勢に向けたものでも、笑顔を見せるエルザに憧れと恋慕を募らせたのだろう。彼女を守り、悲しませる者を排除する事が自分に課せられた使命であるように、あの男は思ったのかもしれない。
「酷い話だな」
「そう、ですね」
「ユリエル、悩むのか?」
「……この手記、読むと痛むのですよ。私もある意味で孤独でした。理解者である母を失い、父に遠ざけられ、命を狙われ、寄る辺もなくて。ただ私には助けてくれる周囲の者がいました。素直に全てを受け取れなくても、寄せてくれる気持ちはありました。それすらもなかったら、私もこのように歪んだのだろうかと」
グリフィスが、ロアールが、ダレンが、エルザが、シリルが。側にいた人がこっそりとユリエルを支えてくれていた。亡き母の残した志が、ぶれない芯を与えてくれた。そこに添う事で、自分はいられる気がした。
「お前はどうしたって、こんなに歪みはしない」
「そうでしょうか?」
「お前は堂々とした気質だ。隠れて毒殺など、考えないだろ?」
問われ、笑う。それはユリエルが偶然にも強者であったからだ。弱く野心を持てば毒という手を使ったかもしれない。
だが、ルーカスはただ静かに側にいる。この温もりに身を寄せていられる。
「人の縁は、こんなにも大きく温かいのですね」
「あぁ、そうだな」
「此度の戦い、私は得るものが多かったように思います。クレメンス、レヴィン、アルクース、ファルハード、ヴィオ、フィノーラ。彼らを得て、彼らに助けられて、私は自分の小ささを知った気がします。一人ではきっと、ここまで立っていられなかった。果ての見えない目標に、押し潰されてしまいました」
この手記にある哀れな男は手を伸ばす事もせずに内にこもって、憎しみや劣等感を毒という方法で晴らそうとした。この男の歩んできた孤独の道は自分のそれと大きく変わらない。壁一枚程度の隔たりしかないだろう。ほんの少し人に恵まれた、その程度なんだ。
「母が死んでしばらく、私は周囲に疎まれ、触れる者もいなかった。書庫に籠もり、本を読む事でしか時間を潰せなかった。気持ちも尖り、可愛げもなかったでしょう。毒に怯え、何を口にするのも恐ろしく思い、全部が敵のように見えた頃もありました。あの時、ロアールやダレン、グリフィスがいなければ……可愛げのない私に必死に接してくれなければ、私は今頃この男のように周囲の全てを憎み恨み、疎ましく思う人間になっていたでしょうね」
そっと抱き寄せる腕にユリエルは甘えた。瞳を閉じ、温もりに身を寄せて。
「俺は君の臣を大切にすると誓う」
「ん?」
「君をここまで見守って、大切にしてくれた人々を大切に思う。今の君を作っているものを、大切にすると誓う」
優しく言われ、ユリエルはクスクスと笑った。大真面目な顔でなんてことを言うのだろう。
「私も同じ事を誓いますよ」
「ん?」
「貴方の仲間と、貴方の臣を守ります。私の全てをもって、貴方の大切な全てを守ると誓いますよ」
隣り合って、互いに顔を見合わせて、妙に可笑しくなって二人で声を出して笑った。ひとしきり笑って、見つめ合ってキスをした。甘やかす唇に甘えながら、ユリエルは今ある命と未来を感謝し、進んで行くことを改めて誓ったのだった。
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