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4章:リッツ・ベルギウス失踪事件
1話:リッツ・ベルギウス
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リッツ・ベルギウス。
帝国四大公爵家の次男にして、繊維業を中心に台頭を始めた商人。
外海の国とも取引があり、そこで仕入れた美しい生地を使ってのオーダーメイドはデザインから縫製までを全部自分達で行う拘りっぷり。仕事も丁寧で、デザインも流行のものからクラシカルなものまで扱っている。
加えて冬にはクシュナートから上質の絨毯や毛糸を輸入。毛糸などは直接仕入れて自らの所で編ませ、通常よりも安く質のいいものを販売している。
最近では長く国交のなかったジェームダル王国とも取引があり、帝国では高価な染料の輸入を行っている。それだけに留まらず、ジェームダル王室にも仕立てた服を収めるなど、彼の国でも成功をしつつある。
だが彼は、こうした成功面だけを見ていては半分だ。
彼は貧しい人々こそ引き上げるように商売をしている。クシュナートで仕入れた毛糸を編むのは、冬に仕事がなくなる教会の子供達や貧しい母親だ。それも一つずつ訪問し、一着いくらで買いたたくのではなく、会話をしてできばえを見て、彼みずからが値をつけていく。
縫製で働く女性達も裕福にはしてやれないが、丁寧に事情を聞いて対応をしている。
ジェームダルでも貧しい子供達から染料を買い、対価と食料を渡している。
商売は慈善事業ではない。本人もそれを認めながら手を伸ばす、そんな彼を嫌う従業員はなく、だからこそ離職率は減ってより良い物をと一丸となってプロフェッショナルが育っていく。
そうして育ったプロが、より良い物を生み出して品質を保持し続けるからこそ、リッツの店は小さいながらも客足が増えていくのである。
頃は十月の中旬。
久々にランバートがリッツの店を訪れると彼は忙しげにしている。
「おっ、ランバート悪い、服の確認だよな?」
オーダーの服の入った箱を手にしながら忙しく動くリッツを苦笑しながら見て、ランバートは脇にある椅子に腰を下ろした。
「時間あるから大丈夫。それ、どこ行きだ?」
「ジェームダル。アルブレヒト陛下からのオーダーで、姫さんの婚礼衣装の一つな。見る?」
「見る」
仕上がったばかりでこれから点検なのだろう。箱を丁寧に開けると綺麗な深い青のカラードレスだった。
胸元はボリュームを抑えてスッキリとしたシンプルなもので、白い花が左肩から右へと流れるように縫い付けられている。袖はなく、肩ショルダーにも小さな白い花があしらわれていた。
その分裾は存分に広がる。ふんだんに使われたレースは薄い水色。ドレープが寄った丁寧な仕上げに大胆な大柄の花をあしらい、豪華だがシックな色合いが美しいものだった。
「イシュクイナ姫と言えば、あの綺麗な瞳の色かなと思ってさ。ウエディングドレスはあちらで用意するから、カラードレスを頼まれてたんだ」
「綺麗だな」
「うちのお針子が張り切って作った一点ものだもんよ。胸元の白い花レースから造花まで、全部一枚一枚お手製なんだぜ」
「それはすごい!」
とても手の込んだ作りに満足な顔をしたリッツは、大切そうにドレスを一撫でする。そしてそれをもう一度丁寧に、箱に収めた。
「数日中に直で持ってく。これならアルブレヒト陛下も喜んでくれるよ」
「忙しいな」
「これでもコソコソ密航みたいな事しなくて済むだけいいんだぜ? 河を渡るのは面倒だし、ラン・カレイユ経由すると時間がかかる。国交が結ばれただけ、馬車で行けるようになってホッとしてる。それに、帝国からあっちまでの陸路なら冬も商売できるしな」
部下を呼んで、その場で行き先のラベルと点検済みの印が書き込まれていく。部下の男は丁寧にそれをしまいに行った。
「待たせて悪いな。えっと、結婚式用だよな?」
「そう」
「持ってくる」
違う従者に声をかけると、既に出しやすい場所に用意してあったのかテーブルに箱が出てくる。
それを開けたリッツはとても満足げだった。
「お前からの依頼だったから、すっごく張り切ったんだぜ」
取り出された衣服は、本当に綺麗で溜息が出た。
形自体はクラシカルなものだが、肩の部分と裾に銀糸の刺繍が入っている。色は黒で、襟元や返しはダークグレー。腰の辺りはランバートの体型に合わせて動きづらくない程度に絞ってある。
長年準備をしていたエリオットとオスカルだったが、何かとバタバタして式の運びが進まなかった。互いに団長だとそうなるし、シウスとラウルのように届けだけ出して終わりじゃない。家族の顔合わせの日程などもあったのだ。
そんな二人がようやく、家族の顔合わせも終えて建国祭前に式を挙げる運びとなった。
指輪は彼らが自分達で選び、衣装はオスカルの家が仕立てる事に決まっている。そして少数の親族と友人であるファウストやシウスが列席とあって、カールが城の小さめの会場を提供すると言いだした。
長年仕えてくれたオスカルへの、カールからの結婚祝い。そして城の中ならカールもこっそり参列ができるし、会場の設営などは近衛府が完璧に行える。そういうメリットがあるのだ。
そこに呼ばれたランバートも、これを機会に衣装を新調しようとリッツに相談したのだった。
「期待以上!」
「任せろよ。お前の顔を見た刺繍のおばちゃんなんて、もの凄く血色良くなってたぜ。こんな美人に着てもらえるならって、それは熱心にデザイン選んで丁寧にしてた」
「凄いよな、本当に」
指で刺繍の部分を撫でて、ランバートも満足な顔をする。そして着ているジャケットを脱いで、新しい物を羽織った。
「サイズもぴったりだ」
「あったり前だろ?」
そう言いながらも満足げな顔をするリッツは、同時にとても誇らしげだった。
「お前の婚礼衣装も作ってみたいもんだな」
「その前に自分の仕立てる事になるんじゃないのか?」
「へ?」
「グリフィス様と。お前の浮気がなくなって更に仕事が順調だって、この間ルフランがほくほくしながら言ってたぞ」
「あいつ……」
やや恥ずかしげにしながらもまんざらではない。そんな様子にランバートも笑った。
「幸せそうでなによりだ」
「まぁ、ね」
ジャケットを脱ぎ、リッツに渡す。彼はそれを丁寧に箱に収めた。
「騎士団宿舎に届けさせるか?」
「頼む」
「了解」
そのように箱書きをしたリッツはそれを棚に収める。その頃には外は暗くなっていた。
「そういえば、父が言っていたんだが。近々親父さんに呼ばれてるんだって?」
もののついでみたいに言ったら、思いのほか重たい溜息がリッツから吐き出される。行儀悪く座り、更にテーブルに肘までついた。
「親父が俺達兄弟を呼ぶって事は、ろくでもない事も多いんだよな」
「お前の親父さんは比較的カラッとしてるだろ」
「外面。俺達にはそのノリで突然爆弾落とす。姉貴はまだいいよ、嫁いっちまったもん。でも俺と兄貴はな……怖い」
本当に億劫そうなリッツは、それでも苦笑した。
「まぁ、俺は最初から言うこと言ってるし、親父も兄貴も知ってるだろうからさ。譲らない」
「家、継ぐ気ないんだっけ」
問えばリッツはしっかりと頷いた。
「大きなもんに縛られて商売するのは窮屈だし、俺のやり方はベルギウス家ってものには合わない。親父達に言わせると俺の商売は慈善事業だからな」
「難しいな」
「貴族社会だからな、仕方ない。だからこそ俺は独立して家に頼らずきたんだ。元手もとっくに家に利子つきで返済したし、独立した時点で家のコネも断った。俺はこのまま、このやり方を通したいんだ」
そう語ったリッツの目は自信に溢れたもので、見ているランバートも自然と笑顔で「頑張れ」と応援した。
この日から数日後、リッツはジェームダルへと荷を届けた後で忽然と姿を消す事になる。だがそれは、まだ誰も……犯人すらも知る事のない話だった。
帝国四大公爵家の次男にして、繊維業を中心に台頭を始めた商人。
外海の国とも取引があり、そこで仕入れた美しい生地を使ってのオーダーメイドはデザインから縫製までを全部自分達で行う拘りっぷり。仕事も丁寧で、デザインも流行のものからクラシカルなものまで扱っている。
加えて冬にはクシュナートから上質の絨毯や毛糸を輸入。毛糸などは直接仕入れて自らの所で編ませ、通常よりも安く質のいいものを販売している。
最近では長く国交のなかったジェームダル王国とも取引があり、帝国では高価な染料の輸入を行っている。それだけに留まらず、ジェームダル王室にも仕立てた服を収めるなど、彼の国でも成功をしつつある。
だが彼は、こうした成功面だけを見ていては半分だ。
彼は貧しい人々こそ引き上げるように商売をしている。クシュナートで仕入れた毛糸を編むのは、冬に仕事がなくなる教会の子供達や貧しい母親だ。それも一つずつ訪問し、一着いくらで買いたたくのではなく、会話をしてできばえを見て、彼みずからが値をつけていく。
縫製で働く女性達も裕福にはしてやれないが、丁寧に事情を聞いて対応をしている。
ジェームダルでも貧しい子供達から染料を買い、対価と食料を渡している。
商売は慈善事業ではない。本人もそれを認めながら手を伸ばす、そんな彼を嫌う従業員はなく、だからこそ離職率は減ってより良い物をと一丸となってプロフェッショナルが育っていく。
そうして育ったプロが、より良い物を生み出して品質を保持し続けるからこそ、リッツの店は小さいながらも客足が増えていくのである。
頃は十月の中旬。
久々にランバートがリッツの店を訪れると彼は忙しげにしている。
「おっ、ランバート悪い、服の確認だよな?」
オーダーの服の入った箱を手にしながら忙しく動くリッツを苦笑しながら見て、ランバートは脇にある椅子に腰を下ろした。
「時間あるから大丈夫。それ、どこ行きだ?」
「ジェームダル。アルブレヒト陛下からのオーダーで、姫さんの婚礼衣装の一つな。見る?」
「見る」
仕上がったばかりでこれから点検なのだろう。箱を丁寧に開けると綺麗な深い青のカラードレスだった。
胸元はボリュームを抑えてスッキリとしたシンプルなもので、白い花が左肩から右へと流れるように縫い付けられている。袖はなく、肩ショルダーにも小さな白い花があしらわれていた。
その分裾は存分に広がる。ふんだんに使われたレースは薄い水色。ドレープが寄った丁寧な仕上げに大胆な大柄の花をあしらい、豪華だがシックな色合いが美しいものだった。
「イシュクイナ姫と言えば、あの綺麗な瞳の色かなと思ってさ。ウエディングドレスはあちらで用意するから、カラードレスを頼まれてたんだ」
「綺麗だな」
「うちのお針子が張り切って作った一点ものだもんよ。胸元の白い花レースから造花まで、全部一枚一枚お手製なんだぜ」
「それはすごい!」
とても手の込んだ作りに満足な顔をしたリッツは、大切そうにドレスを一撫でする。そしてそれをもう一度丁寧に、箱に収めた。
「数日中に直で持ってく。これならアルブレヒト陛下も喜んでくれるよ」
「忙しいな」
「これでもコソコソ密航みたいな事しなくて済むだけいいんだぜ? 河を渡るのは面倒だし、ラン・カレイユ経由すると時間がかかる。国交が結ばれただけ、馬車で行けるようになってホッとしてる。それに、帝国からあっちまでの陸路なら冬も商売できるしな」
部下を呼んで、その場で行き先のラベルと点検済みの印が書き込まれていく。部下の男は丁寧にそれをしまいに行った。
「待たせて悪いな。えっと、結婚式用だよな?」
「そう」
「持ってくる」
違う従者に声をかけると、既に出しやすい場所に用意してあったのかテーブルに箱が出てくる。
それを開けたリッツはとても満足げだった。
「お前からの依頼だったから、すっごく張り切ったんだぜ」
取り出された衣服は、本当に綺麗で溜息が出た。
形自体はクラシカルなものだが、肩の部分と裾に銀糸の刺繍が入っている。色は黒で、襟元や返しはダークグレー。腰の辺りはランバートの体型に合わせて動きづらくない程度に絞ってある。
長年準備をしていたエリオットとオスカルだったが、何かとバタバタして式の運びが進まなかった。互いに団長だとそうなるし、シウスとラウルのように届けだけ出して終わりじゃない。家族の顔合わせの日程などもあったのだ。
そんな二人がようやく、家族の顔合わせも終えて建国祭前に式を挙げる運びとなった。
指輪は彼らが自分達で選び、衣装はオスカルの家が仕立てる事に決まっている。そして少数の親族と友人であるファウストやシウスが列席とあって、カールが城の小さめの会場を提供すると言いだした。
長年仕えてくれたオスカルへの、カールからの結婚祝い。そして城の中ならカールもこっそり参列ができるし、会場の設営などは近衛府が完璧に行える。そういうメリットがあるのだ。
そこに呼ばれたランバートも、これを機会に衣装を新調しようとリッツに相談したのだった。
「期待以上!」
「任せろよ。お前の顔を見た刺繍のおばちゃんなんて、もの凄く血色良くなってたぜ。こんな美人に着てもらえるならって、それは熱心にデザイン選んで丁寧にしてた」
「凄いよな、本当に」
指で刺繍の部分を撫でて、ランバートも満足な顔をする。そして着ているジャケットを脱いで、新しい物を羽織った。
「サイズもぴったりだ」
「あったり前だろ?」
そう言いながらも満足げな顔をするリッツは、同時にとても誇らしげだった。
「お前の婚礼衣装も作ってみたいもんだな」
「その前に自分の仕立てる事になるんじゃないのか?」
「へ?」
「グリフィス様と。お前の浮気がなくなって更に仕事が順調だって、この間ルフランがほくほくしながら言ってたぞ」
「あいつ……」
やや恥ずかしげにしながらもまんざらではない。そんな様子にランバートも笑った。
「幸せそうでなによりだ」
「まぁ、ね」
ジャケットを脱ぎ、リッツに渡す。彼はそれを丁寧に箱に収めた。
「騎士団宿舎に届けさせるか?」
「頼む」
「了解」
そのように箱書きをしたリッツはそれを棚に収める。その頃には外は暗くなっていた。
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もののついでみたいに言ったら、思いのほか重たい溜息がリッツから吐き出される。行儀悪く座り、更にテーブルに肘までついた。
「親父が俺達兄弟を呼ぶって事は、ろくでもない事も多いんだよな」
「お前の親父さんは比較的カラッとしてるだろ」
「外面。俺達にはそのノリで突然爆弾落とす。姉貴はまだいいよ、嫁いっちまったもん。でも俺と兄貴はな……怖い」
本当に億劫そうなリッツは、それでも苦笑した。
「まぁ、俺は最初から言うこと言ってるし、親父も兄貴も知ってるだろうからさ。譲らない」
「家、継ぐ気ないんだっけ」
問えばリッツはしっかりと頷いた。
「大きなもんに縛られて商売するのは窮屈だし、俺のやり方はベルギウス家ってものには合わない。親父達に言わせると俺の商売は慈善事業だからな」
「難しいな」
「貴族社会だからな、仕方ない。だからこそ俺は独立して家に頼らずきたんだ。元手もとっくに家に利子つきで返済したし、独立した時点で家のコネも断った。俺はこのまま、このやり方を通したいんだ」
そう語ったリッツの目は自信に溢れたもので、見ているランバートも自然と笑顔で「頑張れ」と応援した。
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