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5章:すれ違いもまたスパイス
7話:祝い酒(ベリアンス)
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室内訓練場の一角で、ベリアンスは汗を流していた。右手には少し馴染んだレイピアがあり、側にはエリオットがついている。
「だいぶ形になりましたね」
「そうだろうか?」
レイピアを降ろし、汗を拭うベリアンスは苦笑する。不安というほどはないが、エリオットの型を見続けていると自分のものは不格好に思えてしまう。
だがエリオットの方は軽く笑い、頷いた。
「無駄な力が抜けて、自然な感じになりました。左腕の痺れや痛みも、最近軽くなったのではありませんか?」
「確かに……」
言われてみて、ベリアンスは痺れの残る左手を握る。リハビリも毎日のようにしているからか、最近は剣を握って訓練をしても痺れが軽減されて動く。前は肩が上がらなくて怠くて仕方がなかったが。
「不必要な力が入ると負荷がかかりますからね。左はバランスを取ったりする事がメインです。ベリアンスさんはセンスもありますから、きっと上達も早いですよ」
「これまでの剣とまったく違う感じがして、まだ慣れないのだが」
水を受け取り飲み込むと、剣を自ら磨く。そして訓練をしていた場所に一礼した。
「レイピアは剛の剣ではありません。ファウストみたいなのとやると押し負けますし、剣自体の強度も高くはありません。その分、しなやかな一撃の美学があります」
「戦いでも役立てるのだろうか?」
「闇雲に戦う、雑な人物ならおすすめ出来ません。殺傷能力は低いので」
やはりそうなのか。思うと今こうしているのがもどかしい。戦える剣を目指しているベリアンスにとって、戦えない剣は不要なのだ。
だがエリオットは軽く笑い、藁で作った人型をセッティングする。そして自らの剣を握ったかと思えば、鮮やかな一撃を左胸に打ち込んだ。
貫かれた人型を呆然と見る。医師としての真面目さ、普段の柔らかさとは違う刺すような瞳を見ると、この人がどうして医師をしているのか疑問に思えてくる。それほど、冴え冴えとした剣技なのだ。
「レイピアの美しさは一撃必殺。相手の急所を躊躇い無く一撃で仕留める事。殺すならば急所を、生かすならば動けないように。乱戦の中でも周囲に注意を払って一度に複数を相手にいないよう体の運びを考えて。そうした感覚を確実に磨いた先に、貴方の求めるものがあると思いますよ」
剣をしまうといつもの柔らかさがある。その変わり身の早さに驚きつつも、ベリアンスはまだまだ学ばなければならない事が多い事を実感していた。
訓練が終わり、汗を流して食堂へ。最近定位置ができた。端の席だが、長くいることが多いから丁度いいくらいだ。
最近は調書などよりも帝国の歴史を読む事に没頭している。これを祖国へと送るつもりはないが、興味深いものではある。
特に主のアルブレヒトが帝国の少数部族であるエルの出だと知ってからは、その歴史や文化を知りたいと思って調べた。
神話から、建国の歴史、その後の事も。同じく宰相のシウスや医療府のリカルドがそこの出だと知ってからは時々話をするようになった。
宰相だったナルサッハの事も遅くなったが理解はした。エルの悲劇と言われた事件の調書を読んで、彼が受けたのだろう苦痛を多少知る事ができた。
報告を綴ったものだが、それだけでも心が痛む思いがある。目の前で家族が殺されたり、散り散りになっていったこと。あてもなくラン・カレイユへ逃れた人々がどのような扱いを受けたのか。その末路はどれも地獄のようだ。
以前、あの男はベリアンスに「墜ちてくれれば」と言っていた。深い絶望の目をしながらも、それ以外を思わせた。
その理由をあの男は語らなかったが、このような人生であったならあの目も納得できる。
だからと言って許せはしないが、憎む相手もない今は呪う気持ちもなくなっている。
「まーた読み物か? あんたも好きだな」
野太い声に顔を上げると、いくぶんこざっぱりとした様子のグリフィスが立っていた。その手には何やら袋がある。
「帰ったのか」
「おうよ。これ、色々土産な」
目の前に置かれた袋に、ベリアンスは懐かしい笑みを浮かべた。
グリフィスの恋人が祖国ジェームダルで行方不明になった。事件に巻き込まれたのだと分かり、急ぎ向かった彼はそのままアルブレヒトの頼みもあって友人ダンクラートの結婚式にも参列してきたらしい。
暫く顔を見なかったが、どうやら帰ったらしかった。
「結婚式は、どうだった?」
思わず聞いてしまい、ベリアンスはその後苦笑する。戦争を起こした国の人質としてここにいるベリアンスは当然、自国に戻る事ができない。友人の結婚式も、見る事はできなかった。
シウスがこっそりと、監視付きで変装をして一目見る事も提案はしてくれたが断った。甘えてはいけないのだと判断した。
何よりこんな中途半端な状態では仲間に顔見せができない。堂々としている事もできないのだ。それではベリアンスが惨めな思いをするだろう。
グリフィスは向かい合うように座り、袋の中身を出す。そこには封筒と、木箱が一つ入っていた。
「式はいいもんだったぜ。姫さん綺麗だった。まぁ、ダンの奴は緊張しまくりで笑ったがな。顔は真っ赤だわ、右手と右足一緒に出てるわ、噛むわ」
「奴らしいな、まったく。これからは人前に出る事も増えるのだから、もう少ししっかりしてもらいたいものだが」
苦笑しながら、ベリアンスは容易に想像のつく光景に笑う。昔から堅苦しいのが苦手な友人は、そういう事を全部ベリアンスに放り投げた。そのツケがきたのだろう。
「まっ、その分姫さんがしっかり者だ。ありゃ、尻に敷かれるな」
「必然だな」
その位がいいバランスだろう。ダンクラートの無茶を止められる女性など稀だ。彼女なら家庭をしっかり守りつつ、彼を支えてくれるだろう。
「他の者も、変わりないだろうか」
「元気になってきたみたいだな。まぁ、それを含めてその手紙だ。お前の様子を話したら、それぞれ手紙を書いてそこに入れてある。心配しつつも、どっか安心したみたいだぜ」
「レーティスは?」
一番心配している相手の名を口に出せば、グリフィスは落ち着いて頷く。その様子だけでも悪い事はないと思えて、どこかほっとした。
「故郷に戻る準備をしてるらしい。オーギュストが側にいてあれこれ手伝ってるが、ありゃ夫婦って感じだな。顔色も良くなって、食事もちゃんとできてるみたいだぜ」
「そうか、よかった」
セシリアを失って、ある意味同じ痛みを味わっただろうレーティスの精神的な回復は、ベリアンスを安心させてくれる。そして彼を側で支えてくれているオーギュストにも感謝している。
「あいつも、あんたの様子を知りたがったぜ。顔色よくなってきたって伝えたら、ほっとしてた。国に戻ったら故郷に寄って欲しいと言付かってきた」
「分かった。言伝、感謝する」
手紙を手にしてしばらく、ベリアンスは封を切らずに側に置いた。今は読む勇気がでなかったのだ。
「その箱は結婚祝いの酒だ。美味かったぜ」
「あぁ、それは楽しみだ。後でいただく」
笑顔で返したベリアンスにグリフィスも笑顔で返し、離れていく。
手にした土産の品々を見て、ベリアンスはふと視線を上げる。その先では忙しそうに働いているアルフォンスがいた。
その日の夜、ベリアンスは土産の品々を持って料理府長室を訪ねた。今日はジェイクが後片付けなどを担当しているから、この時間ならここにいるだろうと分かっての事だ。
ノックをすると案の定、部屋の主はそこにいた。声をかければ快く受け入れてくれるアルフォンスが、すぐに手に持っている袋を目にして招いてくれる。
安心して入り、定位置になりつつあるソファーに腰を下ろしたベリアンスの前にアルフォンスも座った。
「随分な大荷物だな」
「友人の結婚式の土産だ。ワインらしいのだが、一人で飲むのも味気ないから一緒にと思ったんだ」
伝え、箱を開ける。中には祖国のワインが一本入っていた。
「よければ、一緒に飲んでもらえないか?」
明日は安息日で、アルフォンスも朝の当番ではないと聞いている。だからといって料理府に休みはないのだが、多少の朝寝坊が許される事に違いはない。
アルフォンスは穏やかに笑うと立ち上がり、キッチンの方へと向かう。そうして暫くでグラスを二つ、そして今日の夕飯の残りを幾つか持って来てくれた。
「酒だけというのも味気ないからな」
「こんなに沢山いいのだろうか?」
「残しても勿体ないからな。明日俺達の腹に収まるとはいえ、早いうちに食べてしまう方がいいに決まっている」
ジンジャーポークが数枚、アサリの白ワイン蒸し、シーザーサラダに、パンと柔らかなチーズ。全て夕飯の残りだ。
料理府の夕飯や、翌日の仕込み担当の朝食になるらしいが、やはり時間が経つと味が落ちる。その前に食べてしまうのが本当は一番いいんだと、アルフォンスは前にも言っていた。
ワインを開けてグラスに注ぐと、綺麗な色が広がる。赤ワインはまだ若いが、その分口当たりが軽く香りがフルーティーだ。
「若いワインも美味いな」
「結婚式には若いワインを飲むんだ。新しく始める二人の門出だから」
それに年代物が必ずしも美味しいとは思っていない。渋みがあまり得意ではないのだ。
サラダやパンを小さく食べながら、ふと室内を見回す。いつもは整頓されている室内は、今は何やら紙がちらほら散らかって見える。
「この紙は?」
「あぁ、すまない。冬期のメニューをそろそろ詰める時期なんだ」
側にある紙を一枚手に取って渡される。そこには冬に取れる魚を使ったメニューの案が書かれていた。調理方法や合う野菜、価格計算までだ。
「どうしても冬は野菜などが乏しくなるが、ここの奴等を飢えさせる訳にはいかないしな。あれこれ考えているんだ」
「凄いな、これを毎年か?」
「冬は特にシビアにだな。季節感も欲しいし、旬の物は栄養価も高い。野菜も今のうちに保存食を作り置きすれば困らないし、地下の食料庫も満たしておきたい」
ここにある紙の全てが新作レシピだとすると、その数は膨大だ。全てがアルフォンスの物ではないにしても、彼らの努力はやはり並々ならないものがあるのだろう。
「東方から味噌という調味料のレシピが入って、ちょっと楽しみなんだ。習って去年の冬から仕込んでみたんだが、なかなか上手くできた。せっかくだから使ってみたくて根を詰めてしまうんだ」
大変だろうが、料理の事を語る時のアルフォンスはとても楽しそうにしている。本当に好きな事をしているのだと分かる様子に、ベリアンスも穏やかに微笑んだ。
「ところで、それはいいのか?」
不意に指さされた先には、ワインと一緒にしていた封筒がある。グリフィスによれば短い手紙を集めたものだと言っていた。
あの場では、開けられなかった。
「……昔の仲間からの、手紙らしいんだ」
手に取って言えば、アルフォンスは少し気遣わしい目をする。心配している様子に苦笑が漏れる。ベリアンスはこの場で、封蝋を切った。
「すまないが、ここで読んでもいいだろうか。一人ではどうも、読める気がしないんだ」
素直に弱音を口にすれば、アルフォンスは穏やかに笑って頷く。そして静かにワインを飲んでいる。離れもしないが、近づきもしない。側にいるだけで心強く感じながら、ベリアンスは中を開けた。
『ベリアンス様
俺達は王都の教会で孤児の教育や生活の世話をする事にしました。
お城の仕事も手伝いながらですが、頑張ってます。
ベリアンス様も、どうかお元気で。帝国の奴等、案外いい奴が多いですよ。
ハクイン』
一言メッセージのような語り口は彼らしい。あまり飾り気がない、子供のような心を感じる。
『ベリアンス様
俺とハクインは教会で働いています。俺達が神父様から受けた愛情や恩を、今度は返していきたいと思っています。
今はまだ始めたばかりで上手く行かない事もありますが、頑張っています。
きっとあの子達の気持ちを分かってやれるのは、同じ孤児の俺達だから。
国に戻る事があれば、どうか寄ってください。待っています。
リオガン』
普段無口なリオガンは手紙や報告書では案外しっかりと書く。そして素直な心を持っている。この手紙からは穏やかな様子が伝わってきて、ベリアンスはほっとした。きっと彼らはこれ以上、望まぬ戦いをする事はないだろう。
『ベリアンス様
帝国での様子をグリフィス隊長から聞きました。落ち着いてこられたと聞き、ほっとしております。
国は少しずつ前を向くようになってきました。軍部も地方復興の為に動き出し、辺境と言われた地にも少数ながらも部隊を置くことが決まりました。
俺達の故郷も今後、きっと良くなって行きます。
何よりも領主はレーティスですから、安心して任せられると信じています。
いつかまた、貴方の隣で仕事がしたい。その時には昔のように、笑えるようにと願っています。
キフラス』
本当に兄とは似ない弟だ、こんな手紙まで堅苦しい報告書のようだ。
だが、安心もした。祖国は無事に復興への道を進んでいるらしい。アルブレヒトが迅速で、かつ部下が優秀なのだろう。
荒れてしまった地に再び光が戻ってくれることを願っている。そこに自分がいなくとも。
『ベリアンス、元気らしいな。俺は結婚したが……正直実感ねーな。
周囲も元気だぜ。それぞれ疲れたなんて言ってらんないくらい、がむしゃらにしなきゃなんねーしな。
俺もどうにか人前に出てやってるが、やっぱ肩が凝る。お前がいないと俺の仕事は楽になんねーらしい。
ってなことで、できるだけ早く戻ってこいよ』
こいつのは自分の名前も書いてない。相変わらず誤字脱字もあるし、そもそもの文面がいかがなものか。
だが、これがあいつの署名だろうな。むしろダンクラートからきっちりとした手紙がきたら署名があったとしても偽物だと思うだろう。
元気そうだ。そして、あいつに気を使わせてしまっている。懐かしくも、少し申し訳ない思いだ。
『ベリアンス様
いかがお過ごしでしょうか?
私は故郷に戻り、父の跡を継ぐことにいたしました。その準備を、現在しております。
父も先日、亡くなりました。それでも死の間際には間に合い、手を握ってあげることができました。
それでも今は悲しみに負けずにいられます。側に、支えてくれる人がいます。
ベリアンス様にもどうか、心の支えとなる人が現れる事を祈っております。
レーティス』
悲しみと、強さを感じている。勝手だが、ベリアンスはレーティスを義弟のように思っている。妹を介して家族のように思い、そして同じ悲しみを背負った相手。
そんな彼が新たな悲しみにも、立ち向かう姿勢を見せている。オーギュストという人物が側で支えてくれているのだろう。
どうか穏やかに。これ以上、彼の上に悲しみがないように願っている。
『ベリアンス
グリフィスから様子を聞いて、少し安心しました。
お前にはとても辛い思いを長い間、これからも強いてしまう事でしょう。
それでも、私はお前の幸せと安らぎを心から願っています。
今側にいる者は、お前の木漏れ日となってくれるでしょう。穏やかに温かく、悲しみがあろうとも包み込む様に側にある者です。
どうか、大切な者の側に。そして国に戻る時には、穏やかな顔を見せておくれ。
アルブレヒト』
ベリアンスの目はアルフォンスを見る。人の未来を見るアルブレヒトがが予見する「木漏れ日」とはきっと、彼の事だ。それをベリアンスは疑っていない。辛い事も、上手く行かない事も多くあった。でもその度にアルフォンスが側にいてくれた。
不思議だ、親友にも語っていない心の内を話せる相手がいるのだから。
「どうした?」
「いや……故郷の皆はそれぞれ踏み出したようだ。そして俺の事も案じてくれている。有り難い事だ、何一つ守ってやれなかった駄目上司なのに」
自嘲気味に笑うと、アルフォンスは困ったように小さく笑みを見せる。
「部下に慕われる上司であるのは確かなんだ、胸を張っていいことだ」
「過ぎたものに思えている。結局は何も守れず、このざまだしな」
「守られるばかりが仲間ではない。守るばかりが上司ではない。今も慕われているなら、それはいいことだろ。皆、お前の事が好きだということだよ」
苦笑したアルフォンスが席を立って隣りにくる。縮まった距離が温かく感じる。これが心地よく思えるようになってきた。
「帰ったら、顔を出してやることだ。今も手紙を書けばいい。監視、弱くなったんだろ?」
「あぁ」
アルフォンスの言う通り、ベリアンスへの監視は緩まった。
今は朝と夜の監視はなくなり、どこにいるかがはっきりとしていれば多少夜が遅くても咎められる事はない。どうやら自死などを警戒されていたようだ。
手紙の検閲と、休日の王都散策はまだ許可が下りていないが今後は降りるだろうと聞いている。逃亡などの疑いも消えれば、少しずつ自由が出てくる。
「祖国にか……いつになるか分からないが、いつか」
その時には暗い顔などせず、新しく踏み出せた自分を見せたい。ベリアンスは思い、穏やかに微笑んだ。
「アルフォンス」
「ん?」
「有り難う」
「ん?」
改まって向き直り、頭を下げたベリアンスにアルフォンスは驚いた顔をする。飲んでいたワインを置いた彼はこちらへ向き直り、しきりに首を傾げている。
「俺は君に礼を言われるような事をした覚えがないのだが」
「いや、多くしてもらっている。今も、してもらっている。お前がいてくれなければ俺は今ももがいていたんだ。妹の事も、祖国の事も、自分の罪にも追い詰められていた。お前がいてくれて、話を聞いてくれて、感謝している」
帝国にきて何度も過去を振り返り、その度に後悔や虚しさ、焦りを感じていた。もがくように手を伸ばしていたそれを取ったのは、アルフォンスだった。
「誰かに心を預けるなんて、した事がなかった。兄や、上官であり続けたからどうしていいのか分からなかった。だから自然と側にいてくれたことに感謝しているんだ。ただ話を聞いてくれて、感謝しているんだ」
アルフォンスに対してはスルスルと思う事を口にできる。そこに恥じらいや、弱みを晒すような苦痛はない。この人相手に何かを繕う必要はないんだと、自然と思えている。
一方のアルフォンスはほんのりと顔を赤らめ、口元に手を置いて目を丸くしている。恥ずかしそうな様子に、ベリアンスの方が首を傾げてしまった。
「俺は、何かまずい事を言っただろうか?」
「あぁ、いや」
慌ててそう返しながらも、アルフォンスは小さな声で「無自覚か……」と呻いている。困らせたのかと不安に見ていると、それに気付いてやんわりと微笑んでくれた。
「俺は大した事はしていないが、そう言って貰えるのは正直に嬉しく思う。こんな事でよければ、いつでも頼ってくれ」
そう言われ、ベリアンスは申し訳なく頷く。そう言って貰えるのは心強く思えるのだ。まだ心が弱い事はあるし、焦る事もあると思う。不安定な事を自覚しているからこそ、アルフォンスの存在は頼もしい。
だが、ふと冷静になって思ってしまった。この感覚は、なんだろうと。親友に向けるものでも、家族への愛でも、年下の仲間とも違う。もっと大きくて、安堵できて、寄り添っていたいと思える心地よさを感じている。
「どうした?」
「あぁ、いや。なんでもない」
結局この時の感情に答えを出せないまま、ベリアンスはその日を過ごすのだった。
「だいぶ形になりましたね」
「そうだろうか?」
レイピアを降ろし、汗を拭うベリアンスは苦笑する。不安というほどはないが、エリオットの型を見続けていると自分のものは不格好に思えてしまう。
だがエリオットの方は軽く笑い、頷いた。
「無駄な力が抜けて、自然な感じになりました。左腕の痺れや痛みも、最近軽くなったのではありませんか?」
「確かに……」
言われてみて、ベリアンスは痺れの残る左手を握る。リハビリも毎日のようにしているからか、最近は剣を握って訓練をしても痺れが軽減されて動く。前は肩が上がらなくて怠くて仕方がなかったが。
「不必要な力が入ると負荷がかかりますからね。左はバランスを取ったりする事がメインです。ベリアンスさんはセンスもありますから、きっと上達も早いですよ」
「これまでの剣とまったく違う感じがして、まだ慣れないのだが」
水を受け取り飲み込むと、剣を自ら磨く。そして訓練をしていた場所に一礼した。
「レイピアは剛の剣ではありません。ファウストみたいなのとやると押し負けますし、剣自体の強度も高くはありません。その分、しなやかな一撃の美学があります」
「戦いでも役立てるのだろうか?」
「闇雲に戦う、雑な人物ならおすすめ出来ません。殺傷能力は低いので」
やはりそうなのか。思うと今こうしているのがもどかしい。戦える剣を目指しているベリアンスにとって、戦えない剣は不要なのだ。
だがエリオットは軽く笑い、藁で作った人型をセッティングする。そして自らの剣を握ったかと思えば、鮮やかな一撃を左胸に打ち込んだ。
貫かれた人型を呆然と見る。医師としての真面目さ、普段の柔らかさとは違う刺すような瞳を見ると、この人がどうして医師をしているのか疑問に思えてくる。それほど、冴え冴えとした剣技なのだ。
「レイピアの美しさは一撃必殺。相手の急所を躊躇い無く一撃で仕留める事。殺すならば急所を、生かすならば動けないように。乱戦の中でも周囲に注意を払って一度に複数を相手にいないよう体の運びを考えて。そうした感覚を確実に磨いた先に、貴方の求めるものがあると思いますよ」
剣をしまうといつもの柔らかさがある。その変わり身の早さに驚きつつも、ベリアンスはまだまだ学ばなければならない事が多い事を実感していた。
訓練が終わり、汗を流して食堂へ。最近定位置ができた。端の席だが、長くいることが多いから丁度いいくらいだ。
最近は調書などよりも帝国の歴史を読む事に没頭している。これを祖国へと送るつもりはないが、興味深いものではある。
特に主のアルブレヒトが帝国の少数部族であるエルの出だと知ってからは、その歴史や文化を知りたいと思って調べた。
神話から、建国の歴史、その後の事も。同じく宰相のシウスや医療府のリカルドがそこの出だと知ってからは時々話をするようになった。
宰相だったナルサッハの事も遅くなったが理解はした。エルの悲劇と言われた事件の調書を読んで、彼が受けたのだろう苦痛を多少知る事ができた。
報告を綴ったものだが、それだけでも心が痛む思いがある。目の前で家族が殺されたり、散り散りになっていったこと。あてもなくラン・カレイユへ逃れた人々がどのような扱いを受けたのか。その末路はどれも地獄のようだ。
以前、あの男はベリアンスに「墜ちてくれれば」と言っていた。深い絶望の目をしながらも、それ以外を思わせた。
その理由をあの男は語らなかったが、このような人生であったならあの目も納得できる。
だからと言って許せはしないが、憎む相手もない今は呪う気持ちもなくなっている。
「まーた読み物か? あんたも好きだな」
野太い声に顔を上げると、いくぶんこざっぱりとした様子のグリフィスが立っていた。その手には何やら袋がある。
「帰ったのか」
「おうよ。これ、色々土産な」
目の前に置かれた袋に、ベリアンスは懐かしい笑みを浮かべた。
グリフィスの恋人が祖国ジェームダルで行方不明になった。事件に巻き込まれたのだと分かり、急ぎ向かった彼はそのままアルブレヒトの頼みもあって友人ダンクラートの結婚式にも参列してきたらしい。
暫く顔を見なかったが、どうやら帰ったらしかった。
「結婚式は、どうだった?」
思わず聞いてしまい、ベリアンスはその後苦笑する。戦争を起こした国の人質としてここにいるベリアンスは当然、自国に戻る事ができない。友人の結婚式も、見る事はできなかった。
シウスがこっそりと、監視付きで変装をして一目見る事も提案はしてくれたが断った。甘えてはいけないのだと判断した。
何よりこんな中途半端な状態では仲間に顔見せができない。堂々としている事もできないのだ。それではベリアンスが惨めな思いをするだろう。
グリフィスは向かい合うように座り、袋の中身を出す。そこには封筒と、木箱が一つ入っていた。
「式はいいもんだったぜ。姫さん綺麗だった。まぁ、ダンの奴は緊張しまくりで笑ったがな。顔は真っ赤だわ、右手と右足一緒に出てるわ、噛むわ」
「奴らしいな、まったく。これからは人前に出る事も増えるのだから、もう少ししっかりしてもらいたいものだが」
苦笑しながら、ベリアンスは容易に想像のつく光景に笑う。昔から堅苦しいのが苦手な友人は、そういう事を全部ベリアンスに放り投げた。そのツケがきたのだろう。
「まっ、その分姫さんがしっかり者だ。ありゃ、尻に敷かれるな」
「必然だな」
その位がいいバランスだろう。ダンクラートの無茶を止められる女性など稀だ。彼女なら家庭をしっかり守りつつ、彼を支えてくれるだろう。
「他の者も、変わりないだろうか」
「元気になってきたみたいだな。まぁ、それを含めてその手紙だ。お前の様子を話したら、それぞれ手紙を書いてそこに入れてある。心配しつつも、どっか安心したみたいだぜ」
「レーティスは?」
一番心配している相手の名を口に出せば、グリフィスは落ち着いて頷く。その様子だけでも悪い事はないと思えて、どこかほっとした。
「故郷に戻る準備をしてるらしい。オーギュストが側にいてあれこれ手伝ってるが、ありゃ夫婦って感じだな。顔色も良くなって、食事もちゃんとできてるみたいだぜ」
「そうか、よかった」
セシリアを失って、ある意味同じ痛みを味わっただろうレーティスの精神的な回復は、ベリアンスを安心させてくれる。そして彼を側で支えてくれているオーギュストにも感謝している。
「あいつも、あんたの様子を知りたがったぜ。顔色よくなってきたって伝えたら、ほっとしてた。国に戻ったら故郷に寄って欲しいと言付かってきた」
「分かった。言伝、感謝する」
手紙を手にしてしばらく、ベリアンスは封を切らずに側に置いた。今は読む勇気がでなかったのだ。
「その箱は結婚祝いの酒だ。美味かったぜ」
「あぁ、それは楽しみだ。後でいただく」
笑顔で返したベリアンスにグリフィスも笑顔で返し、離れていく。
手にした土産の品々を見て、ベリアンスはふと視線を上げる。その先では忙しそうに働いているアルフォンスがいた。
その日の夜、ベリアンスは土産の品々を持って料理府長室を訪ねた。今日はジェイクが後片付けなどを担当しているから、この時間ならここにいるだろうと分かっての事だ。
ノックをすると案の定、部屋の主はそこにいた。声をかければ快く受け入れてくれるアルフォンスが、すぐに手に持っている袋を目にして招いてくれる。
安心して入り、定位置になりつつあるソファーに腰を下ろしたベリアンスの前にアルフォンスも座った。
「随分な大荷物だな」
「友人の結婚式の土産だ。ワインらしいのだが、一人で飲むのも味気ないから一緒にと思ったんだ」
伝え、箱を開ける。中には祖国のワインが一本入っていた。
「よければ、一緒に飲んでもらえないか?」
明日は安息日で、アルフォンスも朝の当番ではないと聞いている。だからといって料理府に休みはないのだが、多少の朝寝坊が許される事に違いはない。
アルフォンスは穏やかに笑うと立ち上がり、キッチンの方へと向かう。そうして暫くでグラスを二つ、そして今日の夕飯の残りを幾つか持って来てくれた。
「酒だけというのも味気ないからな」
「こんなに沢山いいのだろうか?」
「残しても勿体ないからな。明日俺達の腹に収まるとはいえ、早いうちに食べてしまう方がいいに決まっている」
ジンジャーポークが数枚、アサリの白ワイン蒸し、シーザーサラダに、パンと柔らかなチーズ。全て夕飯の残りだ。
料理府の夕飯や、翌日の仕込み担当の朝食になるらしいが、やはり時間が経つと味が落ちる。その前に食べてしまうのが本当は一番いいんだと、アルフォンスは前にも言っていた。
ワインを開けてグラスに注ぐと、綺麗な色が広がる。赤ワインはまだ若いが、その分口当たりが軽く香りがフルーティーだ。
「若いワインも美味いな」
「結婚式には若いワインを飲むんだ。新しく始める二人の門出だから」
それに年代物が必ずしも美味しいとは思っていない。渋みがあまり得意ではないのだ。
サラダやパンを小さく食べながら、ふと室内を見回す。いつもは整頓されている室内は、今は何やら紙がちらほら散らかって見える。
「この紙は?」
「あぁ、すまない。冬期のメニューをそろそろ詰める時期なんだ」
側にある紙を一枚手に取って渡される。そこには冬に取れる魚を使ったメニューの案が書かれていた。調理方法や合う野菜、価格計算までだ。
「どうしても冬は野菜などが乏しくなるが、ここの奴等を飢えさせる訳にはいかないしな。あれこれ考えているんだ」
「凄いな、これを毎年か?」
「冬は特にシビアにだな。季節感も欲しいし、旬の物は栄養価も高い。野菜も今のうちに保存食を作り置きすれば困らないし、地下の食料庫も満たしておきたい」
ここにある紙の全てが新作レシピだとすると、その数は膨大だ。全てがアルフォンスの物ではないにしても、彼らの努力はやはり並々ならないものがあるのだろう。
「東方から味噌という調味料のレシピが入って、ちょっと楽しみなんだ。習って去年の冬から仕込んでみたんだが、なかなか上手くできた。せっかくだから使ってみたくて根を詰めてしまうんだ」
大変だろうが、料理の事を語る時のアルフォンスはとても楽しそうにしている。本当に好きな事をしているのだと分かる様子に、ベリアンスも穏やかに微笑んだ。
「ところで、それはいいのか?」
不意に指さされた先には、ワインと一緒にしていた封筒がある。グリフィスによれば短い手紙を集めたものだと言っていた。
あの場では、開けられなかった。
「……昔の仲間からの、手紙らしいんだ」
手に取って言えば、アルフォンスは少し気遣わしい目をする。心配している様子に苦笑が漏れる。ベリアンスはこの場で、封蝋を切った。
「すまないが、ここで読んでもいいだろうか。一人ではどうも、読める気がしないんだ」
素直に弱音を口にすれば、アルフォンスは穏やかに笑って頷く。そして静かにワインを飲んでいる。離れもしないが、近づきもしない。側にいるだけで心強く感じながら、ベリアンスは中を開けた。
『ベリアンス様
俺達は王都の教会で孤児の教育や生活の世話をする事にしました。
お城の仕事も手伝いながらですが、頑張ってます。
ベリアンス様も、どうかお元気で。帝国の奴等、案外いい奴が多いですよ。
ハクイン』
一言メッセージのような語り口は彼らしい。あまり飾り気がない、子供のような心を感じる。
『ベリアンス様
俺とハクインは教会で働いています。俺達が神父様から受けた愛情や恩を、今度は返していきたいと思っています。
今はまだ始めたばかりで上手く行かない事もありますが、頑張っています。
きっとあの子達の気持ちを分かってやれるのは、同じ孤児の俺達だから。
国に戻る事があれば、どうか寄ってください。待っています。
リオガン』
普段無口なリオガンは手紙や報告書では案外しっかりと書く。そして素直な心を持っている。この手紙からは穏やかな様子が伝わってきて、ベリアンスはほっとした。きっと彼らはこれ以上、望まぬ戦いをする事はないだろう。
『ベリアンス様
帝国での様子をグリフィス隊長から聞きました。落ち着いてこられたと聞き、ほっとしております。
国は少しずつ前を向くようになってきました。軍部も地方復興の為に動き出し、辺境と言われた地にも少数ながらも部隊を置くことが決まりました。
俺達の故郷も今後、きっと良くなって行きます。
何よりも領主はレーティスですから、安心して任せられると信じています。
いつかまた、貴方の隣で仕事がしたい。その時には昔のように、笑えるようにと願っています。
キフラス』
本当に兄とは似ない弟だ、こんな手紙まで堅苦しい報告書のようだ。
だが、安心もした。祖国は無事に復興への道を進んでいるらしい。アルブレヒトが迅速で、かつ部下が優秀なのだろう。
荒れてしまった地に再び光が戻ってくれることを願っている。そこに自分がいなくとも。
『ベリアンス、元気らしいな。俺は結婚したが……正直実感ねーな。
周囲も元気だぜ。それぞれ疲れたなんて言ってらんないくらい、がむしゃらにしなきゃなんねーしな。
俺もどうにか人前に出てやってるが、やっぱ肩が凝る。お前がいないと俺の仕事は楽になんねーらしい。
ってなことで、できるだけ早く戻ってこいよ』
こいつのは自分の名前も書いてない。相変わらず誤字脱字もあるし、そもそもの文面がいかがなものか。
だが、これがあいつの署名だろうな。むしろダンクラートからきっちりとした手紙がきたら署名があったとしても偽物だと思うだろう。
元気そうだ。そして、あいつに気を使わせてしまっている。懐かしくも、少し申し訳ない思いだ。
『ベリアンス様
いかがお過ごしでしょうか?
私は故郷に戻り、父の跡を継ぐことにいたしました。その準備を、現在しております。
父も先日、亡くなりました。それでも死の間際には間に合い、手を握ってあげることができました。
それでも今は悲しみに負けずにいられます。側に、支えてくれる人がいます。
ベリアンス様にもどうか、心の支えとなる人が現れる事を祈っております。
レーティス』
悲しみと、強さを感じている。勝手だが、ベリアンスはレーティスを義弟のように思っている。妹を介して家族のように思い、そして同じ悲しみを背負った相手。
そんな彼が新たな悲しみにも、立ち向かう姿勢を見せている。オーギュストという人物が側で支えてくれているのだろう。
どうか穏やかに。これ以上、彼の上に悲しみがないように願っている。
『ベリアンス
グリフィスから様子を聞いて、少し安心しました。
お前にはとても辛い思いを長い間、これからも強いてしまう事でしょう。
それでも、私はお前の幸せと安らぎを心から願っています。
今側にいる者は、お前の木漏れ日となってくれるでしょう。穏やかに温かく、悲しみがあろうとも包み込む様に側にある者です。
どうか、大切な者の側に。そして国に戻る時には、穏やかな顔を見せておくれ。
アルブレヒト』
ベリアンスの目はアルフォンスを見る。人の未来を見るアルブレヒトがが予見する「木漏れ日」とはきっと、彼の事だ。それをベリアンスは疑っていない。辛い事も、上手く行かない事も多くあった。でもその度にアルフォンスが側にいてくれた。
不思議だ、親友にも語っていない心の内を話せる相手がいるのだから。
「どうした?」
「いや……故郷の皆はそれぞれ踏み出したようだ。そして俺の事も案じてくれている。有り難い事だ、何一つ守ってやれなかった駄目上司なのに」
自嘲気味に笑うと、アルフォンスは困ったように小さく笑みを見せる。
「部下に慕われる上司であるのは確かなんだ、胸を張っていいことだ」
「過ぎたものに思えている。結局は何も守れず、このざまだしな」
「守られるばかりが仲間ではない。守るばかりが上司ではない。今も慕われているなら、それはいいことだろ。皆、お前の事が好きだということだよ」
苦笑したアルフォンスが席を立って隣りにくる。縮まった距離が温かく感じる。これが心地よく思えるようになってきた。
「帰ったら、顔を出してやることだ。今も手紙を書けばいい。監視、弱くなったんだろ?」
「あぁ」
アルフォンスの言う通り、ベリアンスへの監視は緩まった。
今は朝と夜の監視はなくなり、どこにいるかがはっきりとしていれば多少夜が遅くても咎められる事はない。どうやら自死などを警戒されていたようだ。
手紙の検閲と、休日の王都散策はまだ許可が下りていないが今後は降りるだろうと聞いている。逃亡などの疑いも消えれば、少しずつ自由が出てくる。
「祖国にか……いつになるか分からないが、いつか」
その時には暗い顔などせず、新しく踏み出せた自分を見せたい。ベリアンスは思い、穏やかに微笑んだ。
「アルフォンス」
「ん?」
「有り難う」
「ん?」
改まって向き直り、頭を下げたベリアンスにアルフォンスは驚いた顔をする。飲んでいたワインを置いた彼はこちらへ向き直り、しきりに首を傾げている。
「俺は君に礼を言われるような事をした覚えがないのだが」
「いや、多くしてもらっている。今も、してもらっている。お前がいてくれなければ俺は今ももがいていたんだ。妹の事も、祖国の事も、自分の罪にも追い詰められていた。お前がいてくれて、話を聞いてくれて、感謝している」
帝国にきて何度も過去を振り返り、その度に後悔や虚しさ、焦りを感じていた。もがくように手を伸ばしていたそれを取ったのは、アルフォンスだった。
「誰かに心を預けるなんて、した事がなかった。兄や、上官であり続けたからどうしていいのか分からなかった。だから自然と側にいてくれたことに感謝しているんだ。ただ話を聞いてくれて、感謝しているんだ」
アルフォンスに対してはスルスルと思う事を口にできる。そこに恥じらいや、弱みを晒すような苦痛はない。この人相手に何かを繕う必要はないんだと、自然と思えている。
一方のアルフォンスはほんのりと顔を赤らめ、口元に手を置いて目を丸くしている。恥ずかしそうな様子に、ベリアンスの方が首を傾げてしまった。
「俺は、何かまずい事を言っただろうか?」
「あぁ、いや」
慌ててそう返しながらも、アルフォンスは小さな声で「無自覚か……」と呻いている。困らせたのかと不安に見ていると、それに気付いてやんわりと微笑んでくれた。
「俺は大した事はしていないが、そう言って貰えるのは正直に嬉しく思う。こんな事でよければ、いつでも頼ってくれ」
そう言われ、ベリアンスは申し訳なく頷く。そう言って貰えるのは心強く思えるのだ。まだ心が弱い事はあるし、焦る事もあると思う。不安定な事を自覚しているからこそ、アルフォンスの存在は頼もしい。
だが、ふと冷静になって思ってしまった。この感覚は、なんだろうと。親友に向けるものでも、家族への愛でも、年下の仲間とも違う。もっと大きくて、安堵できて、寄り添っていたいと思える心地よさを感じている。
「どうした?」
「あぁ、いや。なんでもない」
結局この時の感情に答えを出せないまま、ベリアンスはその日を過ごすのだった。
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