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5章:すれ違いもまたスパイス
8話:違和感の正体(ベリアンス)
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翌日は安息日で、ベリアンスはゆっくりと起きた。のんびりと準備をして暫くは部屋で過ごしたのだが、どうにも気が逸れてしまってせっかくの読書ができない。
理由は簡単だ、昨日の違和感の正体が分からないから。
元来気になった事は早めに解決したいほうで、小さな事でも引っかかると進まなくなる気性だ。これが感情となると特に厄介なものだ。
セシリアに関しては追い詰められてこの範疇を超えてしまっていたが、今はそんな焦りはない。だがずっと小骨のように引っかかって気持ちが悪い。
開いた本を閉じたベリアンスは、そのままごろりとベッドに横になった。
「まさかここに来て、自分の感情に疑問があるなんてな」
それだけ心にゆとりが出来たのかもしれない。幸い安息日は外出も出来ないしリハビリや訓練も休みで、目一杯時間が余っている。悩む時間くらい幾らでもある。
昔ならこんな怠惰な休日など過ごしていなかったが、今は出来る事も少ないので仕方がない。
目を閉じて、問いかけてみた。アルフォンスとの関係はどのようなものなのか。
信頼はしている。自分の弱みを見せても彼はそれを口外しないし、必要以上に助言したりもしない。ただ穏やかに話を聞き、頷き、必要ならば言葉をくれる。それはとても心地よく、力を抜いて凭りかかっていられるのだ。
プライドも引っかからない。最初に弱い部分を見せたからか、力も抜けた。それに彼はどれだけ弱みを見せてもそれを煩くは言わない。その場限りにしてくれる。
では、この関係性はなんだろうか。友人か、家族的なものか、仕事的なものか。
一番遠いのは仕事の関係。彼とはそんなドライな関係ではないし、料理人と捕虜でまったく関わりはない。実際、仕事の話など何もしない。その姿勢を尊敬しているし、ベリアンスもリハビリの様子などを問われて話す事はあるが、報告ではなく軽い世間話のようなものだ。
友人というのも違和感がある。ダンクラートとは友人だが、あいつにこんな弱みは見せたくない。これでプライドが高く、友人にだってそんな事は言いたくない。いや、友人だからこそ言いたくないのだ。
一番近いのは家族に対する感情だろうか。それでも心配させたくなくて意地を張ってしまう。自分の怪我や窮状は隠したい。
アルフォンスにはこれを隠さなくていい。なんの意地も張らなくていい。辛い事を辛いと言えるし、不安を口にすることも出来る。実際腕が痺れて動かなくなると、彼は察して温めて揉んでくれる。すると楽になる。しかも他の誰かに悟らせないように、二人きりにしてくれて。
「……ダメだ、当てはまる関係を知らない」
自分の中に明確な答えがないとなるといよいよ困った。解決には本を読むか、誰かに問うか。だが、こんなあてのない感情を書籍で探すというのは苦労が多い。少なくとも自分が知っている書籍ではない。
そうなると、誰かに問うのが早いのだが……まさか、アルフォンス本人に問うのも気恥ずかしいと言うか。
「……よし」
こうなれば放置はできない。ベリアンスは立ち上がり、食堂へと向かう事にした。
休日の食堂はいつものように混み合ってはいない。ゆったりとした時間を過ごす隊員が多い。朝食もパンやサラダ、スープ、果物などが並んでいてそれぞれ好きに取るようになっている。
見れば厨房の中も落ち着いているようで、談笑する姿が見られる。
ぐるりと中を見回すと、知っている人物が数枚の書類を見ながら飲み物を飲んでいた。仕事なのだろうが、急ぎではない様子だ。
「ファウスト殿」
「あぁ、ベリアンスか」
書類から顔を上げたファウストは穏やかに迎えてくれる。「少し話が」と言えば、前の席を勧めてくれて書類を置いた。
「珍しいな、俺に話なんて。何か、困った事があったのか?」
「あぁ、いや。生活についてはまったく困っていない。むしろあまりに良くしてもらって、少し心苦しいくらいだ」
捕虜というのはもっと自由がなく、かつ厳しいものだと覚悟していた。実際ジェームダルの捕虜は労働の時間も多く食事も質素、自由時間などほぼ無いようなものだ。それを考えると帝国は随分人道的と言える。
ファウストは苦笑し、「王を含めてお人好しだからな」と言ってくれた。
「だが、そうなると個人的な事か? 確か昨日、ジェームダルから祝い酒と手紙が届いたみたいだが」
「あぁ、それについても感謝している。皆、元気そうで安心した」
「気持ちは平気か?」
「そちらも落ち着いている。それぞれの道を歩み始めたようで、安心した。俺も今できることをしようと思えた」
皆が新しく踏み出し始めたのだから、自分も腐ってはいられない。リハビリと、剣の訓練とをすることで前に進めている気がしている。
だがこの感情も、アルフォンスありきに思える。彼に色々聞いてもらい、励まされ、肯定してもらったことで「これでいいんだ」と思えるようになったのだ。
「では、どうした?」
「……あぁ」
いよいよ疑問そうなファウストに問われ、ベリアンスは一度顔を俯ける。やはりこれを問うのは躊躇いがあるのだ。教えを乞う立場にも関わらず、なかなか口に出せない。アルフォンス相手ならスルリと出てくるだろうに。
もうここから、他人と彼とは違うのだ。だがこの違いの理由が分からない。モヤモヤした気持ちは余計に深まるばかりだ。
ファウストは何も言わずに話し出すのを待ってくれている。急かされないから自分のタイミングで、ベリアンスは遠回しにでも疑問を口にできた。
「実は、困っている。腐りそうな時に支えてくれた相手がいるのだが、その相手との関係は何だろうと疑問に思って……そこから分からなくなってしまったんだ。答えを持っていない、というのが正しいが」
言えば、ファウストは酷く驚いた顔をする。手を止め、マジマジとベリアンスを見ている。その不躾な視線に思わず眉根が寄ると、ファウストはハッとして視線を外した。
「いや、すまない。そんな相談をされるとは予測していなかった」
「あぁ、いや。こちらこそすまない。俺が話を出来る相手も限られているから、貴殿を頼ってしまった」
余所余所しいまではいかないが、事務的な感じのするやり取り。これは言うなれば上司と部下の対応で納得がいく。
居住まいを正したファウストが、真剣にベリアンスと向き直る。そして何やら考えているようだ。
「その相手とは、どんな関係でいるんだ?」
「それとなく、話を聞いてもらっている。焦りがある時や腐りそうな時に気付いてくれて、声をかけてくれるんだ。人前ではなく、それとなく。おかげで最近は焦りも薄らいだように思う。故郷の事も、適度な感情で付き合えているような気がしている」
考えれば考えるほど、この関係は正しい。力んでリハビリをしている時はそれとなく呼んで肩を温め、何かを問うたり咎めたりするのでもなく穏やかにしている。温かな飲み物と、穏やかな時間をくれる。そうなると、自然と話す事ができた。
「だが、親友とも違うんだ。ダンクラートには絶対こんな姿もみせないし、話もしたくない」
「アレはまた特殊だと思うが」
ファウストは苦笑しながらも頷いてくれる。特殊と言われ、落ち着きのない声のデカいがさつな奴を思い出す。
……確かに、少し度の過ぎた部分のある奴かもしれないが。
「だが……そうだな。言える事といえば、他とは違う特別な信頼や感情があるということだろ?」
「他とは違う……」
「どこの誰とも違う特別という意味だ。例えば恋人とか」
「恋人!」
ファウストから出てきた単語にベリアンスが驚いた。途端、心拍が妙に加速したように思えたのだ。
だいたい、恋などした事がない。誰かを特別な感情で見た事がない。恋愛経験もないのだ。
「おかしな事か?」
「いや、だが……相手は男なんだが」
「それを俺に言うのか?」
「……」
眉根を寄せるファウストを見ると、ベリアンスも言葉がない。なぜなら彼の恋人は同性のランバートで、男社会の騎士団では同性恋愛も広く認知されている。
だが、だからといって自分はそうではないと思っていたのだ。
「だが、男を相手にそんな感情を抱いた事は今まで……」
「では、女性に対してのみ恋愛感情を抱いてそのような関係だったのか?」
「……恋愛感情自体が分からない」
ガックリと肩を落としたベリアンスに、ファウストが驚きと気の毒な顔をする。
「まさか、その年齢でまったく経験なし、か?」
「ない」
「遊びや、思春期にも?」
「ない! そもそも貧乏地域の出だぞ、そんなのを相手にする奴がいると思うか」
恥ずかしさで顔が真っ赤になっている。確かに二十歳も過ぎていい年をして、誰かを特別に好きになった事もないなんてどうかとは思う。
何故かダンクラートは女性関係が普通にあった。酒場や発展場に顔を出していた。キフラスも硬そうに見えてまったく経験なしではないらしい。チェルル、ハクイン、リオガンについてはそうした話は聞かないが、現在は相手がいる。
レーティスは家柄もいいし、何よりもセシリアと温かな愛情を育てていた。今も支えてくれているオーギュストと温かな感情を育んでいるらしい。
だが、自分は? 焦って発展場に行く事もなく、思春期のどうしようもない感情は自分を磨く事で昇華した。その後も社交辞令くらいで、女性に対して特別な感情は持っていなかった。
待て、そうなると別に女性だから、男性だからという感覚は持っていなかったんじゃないか?
妙に冷たい汗が背に流れて笑みが引きつった。恋愛対象が女性限定だと思い込んでいたが、必ずしもそうではないと気付くと焦る。
むしろ良く分からない女性よりもアルフォンスの方が信頼しているし、側にいて安堵できる。寄り添う心地よさを知ってしまっている。これは、確実に上位だ。
「俺は、男相手にも恋愛ができる……のか?」
「それを俺に問われても困るが……嫌なのか?」
想像してみる。アルフォンスに抱き寄せられたとしても抵抗はない。それどころか従うだろうし、安らぎを感じる。
肩に触れられる手の動きをくすぐったく感じる事はあるし、後ろを取られても警戒がない。任せられる。
「……まずい、受け入れている」
普通は警戒する。少なくともダンクラートが背後を取ったら確実に足が出るし、まして同じように触れてきたら……気持ち悪くて鳥肌が立つ。絶対にない。
だからといって綺麗な女性が同じ事をしても警戒するし居心地が悪い。セシリアは受け入れられるが、妹だからだ。色のある触れかたをされたら戸惑うし、振り払うだろう。
ではこれは、恋愛感情なのか? 同じ男で年上のアルフォンスに、ベリアンスは安らぎと温もりを感じ身を委ねて、触れられる事すらも心地よいと思っているのか?
想像して、ボンッと頭の中が爆発する様な感じがした。ますます落ち着かなくて席を立ったベリアンスを、ファウストも驚いた顔で見上げた。
「あ……すまない、参考になった! その……この事は誰にも!」
「あぁ、勿論だが」
「ランバートにも!」
「分かっている!」
ファウストまで何故か焦りながら何度も頷いてくれる。
その足で、ベリアンスはアルフォンスを訪ねようと食堂を後にした。
理由は簡単だ、昨日の違和感の正体が分からないから。
元来気になった事は早めに解決したいほうで、小さな事でも引っかかると進まなくなる気性だ。これが感情となると特に厄介なものだ。
セシリアに関しては追い詰められてこの範疇を超えてしまっていたが、今はそんな焦りはない。だがずっと小骨のように引っかかって気持ちが悪い。
開いた本を閉じたベリアンスは、そのままごろりとベッドに横になった。
「まさかここに来て、自分の感情に疑問があるなんてな」
それだけ心にゆとりが出来たのかもしれない。幸い安息日は外出も出来ないしリハビリや訓練も休みで、目一杯時間が余っている。悩む時間くらい幾らでもある。
昔ならこんな怠惰な休日など過ごしていなかったが、今は出来る事も少ないので仕方がない。
目を閉じて、問いかけてみた。アルフォンスとの関係はどのようなものなのか。
信頼はしている。自分の弱みを見せても彼はそれを口外しないし、必要以上に助言したりもしない。ただ穏やかに話を聞き、頷き、必要ならば言葉をくれる。それはとても心地よく、力を抜いて凭りかかっていられるのだ。
プライドも引っかからない。最初に弱い部分を見せたからか、力も抜けた。それに彼はどれだけ弱みを見せてもそれを煩くは言わない。その場限りにしてくれる。
では、この関係性はなんだろうか。友人か、家族的なものか、仕事的なものか。
一番遠いのは仕事の関係。彼とはそんなドライな関係ではないし、料理人と捕虜でまったく関わりはない。実際、仕事の話など何もしない。その姿勢を尊敬しているし、ベリアンスもリハビリの様子などを問われて話す事はあるが、報告ではなく軽い世間話のようなものだ。
友人というのも違和感がある。ダンクラートとは友人だが、あいつにこんな弱みは見せたくない。これでプライドが高く、友人にだってそんな事は言いたくない。いや、友人だからこそ言いたくないのだ。
一番近いのは家族に対する感情だろうか。それでも心配させたくなくて意地を張ってしまう。自分の怪我や窮状は隠したい。
アルフォンスにはこれを隠さなくていい。なんの意地も張らなくていい。辛い事を辛いと言えるし、不安を口にすることも出来る。実際腕が痺れて動かなくなると、彼は察して温めて揉んでくれる。すると楽になる。しかも他の誰かに悟らせないように、二人きりにしてくれて。
「……ダメだ、当てはまる関係を知らない」
自分の中に明確な答えがないとなるといよいよ困った。解決には本を読むか、誰かに問うか。だが、こんなあてのない感情を書籍で探すというのは苦労が多い。少なくとも自分が知っている書籍ではない。
そうなると、誰かに問うのが早いのだが……まさか、アルフォンス本人に問うのも気恥ずかしいと言うか。
「……よし」
こうなれば放置はできない。ベリアンスは立ち上がり、食堂へと向かう事にした。
休日の食堂はいつものように混み合ってはいない。ゆったりとした時間を過ごす隊員が多い。朝食もパンやサラダ、スープ、果物などが並んでいてそれぞれ好きに取るようになっている。
見れば厨房の中も落ち着いているようで、談笑する姿が見られる。
ぐるりと中を見回すと、知っている人物が数枚の書類を見ながら飲み物を飲んでいた。仕事なのだろうが、急ぎではない様子だ。
「ファウスト殿」
「あぁ、ベリアンスか」
書類から顔を上げたファウストは穏やかに迎えてくれる。「少し話が」と言えば、前の席を勧めてくれて書類を置いた。
「珍しいな、俺に話なんて。何か、困った事があったのか?」
「あぁ、いや。生活についてはまったく困っていない。むしろあまりに良くしてもらって、少し心苦しいくらいだ」
捕虜というのはもっと自由がなく、かつ厳しいものだと覚悟していた。実際ジェームダルの捕虜は労働の時間も多く食事も質素、自由時間などほぼ無いようなものだ。それを考えると帝国は随分人道的と言える。
ファウストは苦笑し、「王を含めてお人好しだからな」と言ってくれた。
「だが、そうなると個人的な事か? 確か昨日、ジェームダルから祝い酒と手紙が届いたみたいだが」
「あぁ、それについても感謝している。皆、元気そうで安心した」
「気持ちは平気か?」
「そちらも落ち着いている。それぞれの道を歩み始めたようで、安心した。俺も今できることをしようと思えた」
皆が新しく踏み出し始めたのだから、自分も腐ってはいられない。リハビリと、剣の訓練とをすることで前に進めている気がしている。
だがこの感情も、アルフォンスありきに思える。彼に色々聞いてもらい、励まされ、肯定してもらったことで「これでいいんだ」と思えるようになったのだ。
「では、どうした?」
「……あぁ」
いよいよ疑問そうなファウストに問われ、ベリアンスは一度顔を俯ける。やはりこれを問うのは躊躇いがあるのだ。教えを乞う立場にも関わらず、なかなか口に出せない。アルフォンス相手ならスルリと出てくるだろうに。
もうここから、他人と彼とは違うのだ。だがこの違いの理由が分からない。モヤモヤした気持ちは余計に深まるばかりだ。
ファウストは何も言わずに話し出すのを待ってくれている。急かされないから自分のタイミングで、ベリアンスは遠回しにでも疑問を口にできた。
「実は、困っている。腐りそうな時に支えてくれた相手がいるのだが、その相手との関係は何だろうと疑問に思って……そこから分からなくなってしまったんだ。答えを持っていない、というのが正しいが」
言えば、ファウストは酷く驚いた顔をする。手を止め、マジマジとベリアンスを見ている。その不躾な視線に思わず眉根が寄ると、ファウストはハッとして視線を外した。
「いや、すまない。そんな相談をされるとは予測していなかった」
「あぁ、いや。こちらこそすまない。俺が話を出来る相手も限られているから、貴殿を頼ってしまった」
余所余所しいまではいかないが、事務的な感じのするやり取り。これは言うなれば上司と部下の対応で納得がいく。
居住まいを正したファウストが、真剣にベリアンスと向き直る。そして何やら考えているようだ。
「その相手とは、どんな関係でいるんだ?」
「それとなく、話を聞いてもらっている。焦りがある時や腐りそうな時に気付いてくれて、声をかけてくれるんだ。人前ではなく、それとなく。おかげで最近は焦りも薄らいだように思う。故郷の事も、適度な感情で付き合えているような気がしている」
考えれば考えるほど、この関係は正しい。力んでリハビリをしている時はそれとなく呼んで肩を温め、何かを問うたり咎めたりするのでもなく穏やかにしている。温かな飲み物と、穏やかな時間をくれる。そうなると、自然と話す事ができた。
「だが、親友とも違うんだ。ダンクラートには絶対こんな姿もみせないし、話もしたくない」
「アレはまた特殊だと思うが」
ファウストは苦笑しながらも頷いてくれる。特殊と言われ、落ち着きのない声のデカいがさつな奴を思い出す。
……確かに、少し度の過ぎた部分のある奴かもしれないが。
「だが……そうだな。言える事といえば、他とは違う特別な信頼や感情があるということだろ?」
「他とは違う……」
「どこの誰とも違う特別という意味だ。例えば恋人とか」
「恋人!」
ファウストから出てきた単語にベリアンスが驚いた。途端、心拍が妙に加速したように思えたのだ。
だいたい、恋などした事がない。誰かを特別な感情で見た事がない。恋愛経験もないのだ。
「おかしな事か?」
「いや、だが……相手は男なんだが」
「それを俺に言うのか?」
「……」
眉根を寄せるファウストを見ると、ベリアンスも言葉がない。なぜなら彼の恋人は同性のランバートで、男社会の騎士団では同性恋愛も広く認知されている。
だが、だからといって自分はそうではないと思っていたのだ。
「だが、男を相手にそんな感情を抱いた事は今まで……」
「では、女性に対してのみ恋愛感情を抱いてそのような関係だったのか?」
「……恋愛感情自体が分からない」
ガックリと肩を落としたベリアンスに、ファウストが驚きと気の毒な顔をする。
「まさか、その年齢でまったく経験なし、か?」
「ない」
「遊びや、思春期にも?」
「ない! そもそも貧乏地域の出だぞ、そんなのを相手にする奴がいると思うか」
恥ずかしさで顔が真っ赤になっている。確かに二十歳も過ぎていい年をして、誰かを特別に好きになった事もないなんてどうかとは思う。
何故かダンクラートは女性関係が普通にあった。酒場や発展場に顔を出していた。キフラスも硬そうに見えてまったく経験なしではないらしい。チェルル、ハクイン、リオガンについてはそうした話は聞かないが、現在は相手がいる。
レーティスは家柄もいいし、何よりもセシリアと温かな愛情を育てていた。今も支えてくれているオーギュストと温かな感情を育んでいるらしい。
だが、自分は? 焦って発展場に行く事もなく、思春期のどうしようもない感情は自分を磨く事で昇華した。その後も社交辞令くらいで、女性に対して特別な感情は持っていなかった。
待て、そうなると別に女性だから、男性だからという感覚は持っていなかったんじゃないか?
妙に冷たい汗が背に流れて笑みが引きつった。恋愛対象が女性限定だと思い込んでいたが、必ずしもそうではないと気付くと焦る。
むしろ良く分からない女性よりもアルフォンスの方が信頼しているし、側にいて安堵できる。寄り添う心地よさを知ってしまっている。これは、確実に上位だ。
「俺は、男相手にも恋愛ができる……のか?」
「それを俺に問われても困るが……嫌なのか?」
想像してみる。アルフォンスに抱き寄せられたとしても抵抗はない。それどころか従うだろうし、安らぎを感じる。
肩に触れられる手の動きをくすぐったく感じる事はあるし、後ろを取られても警戒がない。任せられる。
「……まずい、受け入れている」
普通は警戒する。少なくともダンクラートが背後を取ったら確実に足が出るし、まして同じように触れてきたら……気持ち悪くて鳥肌が立つ。絶対にない。
だからといって綺麗な女性が同じ事をしても警戒するし居心地が悪い。セシリアは受け入れられるが、妹だからだ。色のある触れかたをされたら戸惑うし、振り払うだろう。
ではこれは、恋愛感情なのか? 同じ男で年上のアルフォンスに、ベリアンスは安らぎと温もりを感じ身を委ねて、触れられる事すらも心地よいと思っているのか?
想像して、ボンッと頭の中が爆発する様な感じがした。ますます落ち着かなくて席を立ったベリアンスを、ファウストも驚いた顔で見上げた。
「あ……すまない、参考になった! その……この事は誰にも!」
「あぁ、勿論だが」
「ランバートにも!」
「分かっている!」
ファウストまで何故か焦りながら何度も頷いてくれる。
その足で、ベリアンスはアルフォンスを訪ねようと食堂を後にした。
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