恋愛騎士物語4~孤独な騎士のヴァージンロード~

凪瀬夜霧

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6章:死が二人を分かっても

2話:披露宴(エリオット)

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 滞りなく式が終わり、多くの祝福の中で夫婦となった。
 恥ずかしいような、ムズムズした気持ちで笑い、囃し立てられるように誓いのキスをして。ふわふわと浮き立った気持ちのまま、現在は披露パーティーを行っている。

 披露パーティーと言っても立食式の小さなものだ。歩き回って、色んな人と話したいという希望を叶える為に軽い感じにしてもらった。
 真新しいクロスをかけたテーブルの上にはお酒に料理とケーキも並んでいる。これは料理府が作ってくれたものだ。

「ジェイクとアルフォンス、頑張ってくれたんだね」
「後でお礼を言いにいかないと」

 キラキラとした野菜のジュレ、小さめのサンドイッチなどが並ぶテーブルを見て、オスカルと二人でそんな事を言い合った。

 楽しげな参列の人々が好きに料理を手に歓談している。オスカルは今日の準備をしてくれた近衛府の面々に声をかけにいった。

「エリオット兄ちゃん!」

 元気な声にそちらを見ると、人懐っこい笑顔で義弟ジェイソンが近づいてくる。エリオットもニッコリと微笑んで彼を迎えた。

「ジェイソン」
「本日はおめでとうございます」
「有り難う」

 ペコッと頭を下げたジェイソンはとても嬉しそうにしている。
 少し精悍になった顔立ち、伸びた身長、鍛えられた体。ジェームダルとの戦い前に比べ、一回り大きくなっている感じがあった。

「兄ちゃんとっても綺麗だよ。オスカル兄さん、いいお嫁さん貰ったよな」
「おだてないでください。恥ずかしいやら照れるやらで、落ち着かないのですから」

 ニシニシっと笑うジェイソンに照れるエリオットは、やっぱり落ち着かない。何となく、今日は地に足がついていない感じだ。

 ジェイソンは本来の人懐っこさでエリオットの側にいる。和解してからはむしろ懐かれて、オスカルの機嫌が悪くなるくらいになった。エリオットとしては弟が出来たみたいで嬉しいのだが。
 否、今日からは本当に義弟だ。

「それにしても、お城って凄いんだね。白い制服着てる人達が、近衛府の人?」
「えぇ、そうですよ」
「オスカル兄ちゃんも、普段はこの制服着て城で仕事してるの?」
「えぇ」

 少し遠目に、オスカルは色んな人に声をかけられている。それを見るジェイソンの目は尊敬が見えるもので、嬉しそうにしている。なんだかんだで、オスカルは自慢の兄なのだろう。

「エリオット兄ちゃんも、城で仕事するの?」
「私はほとんど城にはきませんよ。城には城の医師がいますからね。時々情報交換をするくらいで、騎士団宿舎詰めです」
「騎士団宿舎か。楽しみだな」

 そう言ったジェイソンが表情を引き締める。
 来年度の騎士団員募集に、ジェイソンは応募している。本当は今年度にと言ったのだが、戦争が起こった事で周囲が強固に反対して一年遅らせた。
 無事に入団テストをパスできれば、来年には同じ騎士団にくるのだ。

「エリオット兄ちゃん、入ったらよろしくね」
「こら、医者によろしくはないでしょ? 私の世話にならないようにしてくださいね」
「本当だよ、ジェイソン。エリオットに手間かけないようにしないとね」
「わぁ!」

 いつの間にか側に来ていたオスカルが後ろから抱き込むから、驚いて声が出た。息が首筋にかかってくすぐったいし、それとは違うゾクゾクした感じも背を這い上がってくる。

「ちょっと、オスカル!」
「あはは、顔真っ赤」

 とても軽い様子のオスカルが背中からスルリと離れて隣りに並ぶ。そして様子を見ていたらしいランバートとファウストが、同じようにエリオットの側に集まってきた。

「エリオット様、本日はおめでとうございます」
「有り難う、ランバート」
「おめでとう、エリオット、オスカル」
「ファウストも、有り難う」
「残るはファウストとクラウルだね。早く話まとめなよ」
「そう簡単にいくか」

 茶化すようなオスカルに口を尖らせるファウスト。その様子を見て、エリオットとランバートは顔を見合わせて笑った。

「あぁ、ファウスト紹介しとく。僕の弟でジェイソン。来年度の募集にいるから、入れたらよろしくね」

 とても軽い様子で紹介するオスカルに背中を押されたジェイソンは、緊張に顔を赤くして固まっている。右足と右手が同時に出ている。
 見ているファウストは目を丸くして、次には穏やかに笑った。

「あぁ、志願書が届いていたな。随分と熱意溢れる志望動機だった」
「あっ、あの、え……ジェイソンです! よろしくお願いします!!」

 直角になりそうなほど腰を曲げて挨拶をしたジェイソンに、ファウストは驚きつつも笑って「よろしく」と言った。

「オスカル様の弟ってことは、近衛府希望ですか?」
「まさか。兄弟で同じ兵府って、気まずいし嫌だよ。それに、ジェイソンは騎兵府のほうが性に合ってる。僕は面倒見ない」
「お兄さんなのに突き放しますね」
「君はお兄さんにベタベタされて嬉しい?」
「お断りします」

 ランバートが思い浮かべたのは、おそらくハムレットなのだろう。途端に嫌な顔をしてそっぽを向く。それにエリオットは笑ってしまった。

「少し落ち着くだろうが、それでも騎兵府は訓練が厳しい。オスカルの弟でも容赦はしない。大丈夫か?」
「はい、頑張ります!」
「筋はいいのですよ、ファウスト。荒削りではありますが、鍛えがいがあります」
「エリオットが見てるのか?」
「時々ですが」

 首を竦めて言えば、ファウストはニヤリと笑って「楽しみだ」という。ジェイソンには悪いが、いらぬ助言をしてしまったかもしれない。
 今も時々、アベルザードの家に行ってはジェイソンの相手をして鍛錬をつけたりしている。それで感じるものだと、オスカルとは違う強い当たりの剣だ。荒っぽいし隙も多いのだが、筋はいい。何より、本当に剣が好きなんだと分かる。

「エリオット様の推薦となれば、期待できますね」
「あぁ、鍛えてみるか」
「うわぁ、ジェイソンおめでとう。軍神が鍛錬してくれるって。しばらく筋肉痛で動けなくなるよ」
「うっ! でも、嬉しいです。有り難うございます!」

 怯みつつも負けていない。そう思えるキラキラした目のまま、ジェイソンはもう一度頭を下げた。

 そうしていると、ラザレスとセリーヌが連れ立って近づいてくる。その二人にも挨拶をして、ランバートとファウストは側を離れていった。

「どうしたの、父さん?」
「今夜の話をしていたんだが、セリーヌさんとエレナちゃんは家に泊まって貰おうと思っているんだが、二人は今夜は宿舎かい?」

 ラザレスの言葉に、セリーヌは遠慮がちな笑みを見せる。多分、気を使っているのだろう。

「明日には旅行に出ようかと思ってるから、宿舎かな。今仕事してる同期からも、お祝いしたいから夜にって言われてるし」
「分かった。気を付けて行ってくるんだぞ」
「分かってるよ」

 ラザレスが穏やかに笑い、セリーヌもオスカルに「よろしくお願いします」と伝えている。
 その時、会場が少しザワついた。そちらに視線を向ければ、カールがクラウルを連れて会場に入ってきた所だった。

「あれ、陛下? 来たんですか?」
「陛下!」

 もの凄く軽い調子のオスカルとは違い、ラザレスとセリーヌは畏まって最敬礼をしている。だが近づいてきたカールは完全にプライベートの顔をしていて、ラザレスとセリーヌの手を取って顔を上げさせた。

「そのような礼は、この場では不要です。アベルザードさん、ラーシャさん、本日はおめでとうございます。お二人には多く助けられております。私個人は特に、オスカルには助けられています」

 顔を上げるように言われ、とても穏やかに話をするカールには皇帝の威厳はない。だがその声も表情も、妙に染み入るようなものがあった。

「オスカルがいなければ、私は何度も危なかった。その度に退けてくれたのは、オスカルです。城の警備やイベントの設営、私の護衛と仕事の手伝いまで。本当に、助けられています」
「あぁ、いいえ!」
「同時に、彼を危険に晒している事を心苦しく思います。こうして親御さんに直接、日々の感謝を伝えられる日が来て、嬉しく思います」

 しっかりとラザレスを見て伝えるカールの言葉は、今は私人のもの。とても穏やかで、でも誠意を持って伝えるカールを見るオスカルは、少し照れているようだった。

「ラーシャさんにも、感謝を。エリオットがいなければ、今頃多くの騎士団員が命を落としていたでしょう。危険な戦場にも恐れる事なく赴き、敵も味方も、民も治療してくれる彼の力と優しさに、この騎士団は支えられています」

 セリーヌの手を取って真っ直ぐに言うカールを相手に、セリーヌは少し涙ぐんでいる。そしてエリオットは照れと同時に、そのように思ってくれていることに感謝した。

「なかなか親元に帰れないくらい多忙にさせて申し訳ありません。エリオットに頼り切ってしまっているのも確かでして」
「それをこの子が選んでいるのでしょう。言いだしたら聞かない子です」
「それでも今後は、もう少し休むように言いますね」

 最後は茶目っ気のある笑みを浮かべたカールが、オスカルとエリオットを見る。そしてとても嬉しそうな笑みを浮かべた。

「二人とも、おめでとう。何だかんだと忙しくさせてしまって、こんなに式が遅れて申し訳なかったね。本当はもっと昔に話が出ていたんだって?」
「いいのです、陛下。それほど急いでいたわけではありませんので」
「えー、僕は待ってたよ。陛下、部下をこき使いすぎだもん。忙しくってラブラブできないじゃん」

 カールの前だというのに軽い感じで肩を組み、笑っているオスカルをエリオットは軽く睨む。相手を考えろと言いたかったのだが、カールの方はとても楽しそうに笑っていた。

「だから旅行の期間も休みにしただろ? 存分にラブラブでもイチャイチャでもしておいでよオスカル」
「言われなくても。ねっ、エリオット?」
「……はい」

 恥ずかしい。けれど、嫌じゃない。顔を赤くしたエリオットを見て、カールもオスカルもとても楽しそうに笑っていた。


 その夜、シウスの部屋に招かれたエリオット達はそれは大変な歓迎を受けた。

「待っておったぞ、エリオット、オスカル」
「お疲れ様です、エリオット様、オスカル様」

 部屋のテーブル机の上には祝いのワインとシャンパン、それに祝い用の大きなケーキが鎮座している。
 シウスとラウル、そしてゼロスが迎えてくれて、披露パーティー出席者は二次会状態だ。

「まずはケーキ入刀と行こうではないか」
「早すぎるでしょ! まずはシャンパンで乾杯だよ」
「祝砲だな」

 ほとんど式には参加せずカールの護衛をしていたクラウルが進み出て、シャンパンを一本手にする。続いてファウスト、ランバート、シウスとシャンパンを手にすると、それを天井へと向けた。

「我等が友人、オスカルとエリオットの末永い幸せを願って!」

 ポンポン! という小気味よい音が響く。泡が吹き出す前にフキンが当てられ、ラウルとゼロスが用意してくれたグラスに中身を注いでいく。
 皆がグラスを持ったのを確認して、シウスが口上を述べて乾杯の音頭を取った。そうして飲み込むシャンパンは、また味わい深いものだった。

「良い式だったのかえ?」
「とても温かい感じの式でしたよ」

 ランバートが穏やかに伝え、ファウストも頷く。エリオットも笑って頷いた。

「両家の家族も揃ってくれたし、待っただけあったかな」
「オスカル様の姪御さん、とても可愛いですね」
「あげないよ」
「それ、どう返していいか迷いますが」

 既に酔っているオスカルはそんな冗談を言う。その隣で、エリオットは苦笑していた。

「エリオット様の妹さんにも挨拶できました」
「エレナに?」
「武闘派なんですね」
「エレナ……」

 結婚式の会場で、なんて話をしているのだろう。
 ガックリと肩を落としたエリオットに、ランバートは笑った。

「オスカル様の弟さんと、なんだか仲が良い様子でしたね」
「あの二人、いい雰囲気なんだよね。これはお兄ちゃんとして応援してみようかな」
「過剰な応援は拗らせますから、見守る位でいいと思いますけれどね」

 でも確かに、バイロンとエレナはとても自然と話をしていた。エレナがこちらにいる間、王都の案内をしてくれるらしい。案内と言うけれど、デートとも言えるような気がする。

「ジェイソンとも挨拶したからな。筋が良ければいいが」
「あぁ、オスカルの弟か。願書を見た」
「家族と国を守るカッコいい騎士になりたい! だったかの? 最近少なくなった、素直な動機じゃ」

 ファウストが、クラウルが、シウスがそれぞれに笑う。一方のオスカルは「バカっぽい」と多少恥ずかしそうにしている。
 けれどエリオットは、彼らしい素直な動機だと思っている。そしてこういう気持ちをバカにする様な上官は、ここにはいないことも。

「さて、メインじゃ。ケーキ入刀と行こうぞ」

 酒を飲み、楽しくしながらも早めにシウスがそう言ってくれる。それというのも、二人が明日から旅行に出る事を知っているからだ。

 オスカルに手を引かれ、二人でナイフを持ってケーキを切る。そうして切り取ったケーキを皿に乗せ、オスカルが一口分をこちらに差し出す。それを恥ずかしく食べ、同じようにオスカルにもする。甘い物が苦手なのに、嫌な顔一つしないで食べた彼はほんの少し照れた顔をした。

 惜しみない拍手の後でランバートが残りのケーキを切り分け、全員に配っていく。改めて一切れ食べて満足だ。ふわっとしたスポンジに、艶やかなチョコのコーティング。ベリーのジャムも美味しいし、飴細工も繊細で食べるのが勿体ない。

「エリオット、あーん」
「自分で食べてくださいよ」
「僕、甘いの苦手だもん。でも、エリオットが食べさせてくれれば食べる」

 思いきり甘えた様子のオスカルに苦笑して、エリオットは一口分をフォークに乗せる。それを差し出すと素直に食べるオスカルは、どこか可愛くすら思える。

「うわぁ、ラブラブ」
「え」
「多少当てられるな」
「えぇ?」
「シウス、僕にしようとしないでください!」
「多少羨ましいと思っては駄目かえ?」
「駄目です!」

 みんながこの様子をマジマジと見ている事を今更理解して、エリオットは耳まで赤くなる。その隣でオスカルは機嫌良くしていて、いつも以上にくっついていた。

「まぁ、新婚ですから」
「……はい」

 笑いながらフォローしてくれるランバートの言葉に同意して、今日だけはと思うエリオットだった。

「明日から新婚旅行でしたっけ? どちらに行かれるのですか?」

 ゼロスが苦笑しながらお茶を出してくれて、それを飲んで落ち着いた。

「ローベルクです」
「ほぉ、水と音楽の都かえ。羨ましいことぞ」

 オペラが好きなシウスは羨ましそうにそう言う。芸術や音楽を好むランバートもまた、興味がありそうな顔をしている。

 ローベルクは王都から一日程度の所にある町で、水運の都である。
 帝国の大きな川の中程に作られ、人工の水路を要する町だ。それこそ帝国がまだ王国であったころ、周囲にまだ多くの国があった時代はここが物流の中継地であり、大河を通って王都まで運ばれたのだ。
 そうした文化の合流地点であったここは、異文化の匂いも濃い。細い路地裏にひっそりとある店や、独特なガラス細工。そして音楽が有名だ。
 元はここに来る商人などをもてなす為にオペラハウスが作られた事から始まったが、その文化は今もだ。
 オペラだけじゃなく、コンサートも頻繁に行われ、町の広場でもアマチュアの音楽家が歌ったり演奏したり、即興劇をしたり。
 そんな町なのだ。

「お土産話を楽しみにしておるぞ」
「はい」

 笑ったエリオットは、内心苦笑もしている。それというのもこの旅行には、もう一つの目的があるのだから。
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