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6章:死が二人を分かっても
おまけ:結婚祝い(エリオット)
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無事にジャミルの治療を終えたエリオットは、ほっと胸を撫で下ろした。
出血の多さと、二カ所深い部分はあったが持ちこたえた。今は静かに眠っている。
元々体力があるのだろう。服を脱がせた体は騎士のように逞しく強健だった。厚い胸板のおかげで襲撃者のダガーは肋骨までも到達はしていなかったし、硬い筋肉のおかげで肩の傷も思ったよりも深くなかった。
だが、それとは違う気になる所見があって、現在考えてしまっている。
「ん……」
僅かな声に、ピクリと動く体。青い瞳がぼんやりと天井を見上げ、次にエリオットを見た。
「あぁ、アンタか……」
「体の具合は、どうですか?」
側に近づいて問えば、軽く指を握ったりして確かめている。多少痛そうだが、動きにぎこちなさはないように思う。
「大丈夫そうだ」
「それはよかった」
穏やかに微笑んだエリオットを見上げる、野性的な青い瞳。だがそこに、昨夜の勢いは見えなかった。
「ジャミルさん」
「なんだ」
「……貴方は、貴族でも、ましてや王族でもない。違いますか?」
エリオットの問いかけに、ジャミルは過剰な反応はしなかった。ただ静かに凪いだ瞳でこちらを見るばかりだ。
「どうして、そう思う」
「貴族や王族の背中に、鞭の跡があるとは思えません」
ジャミルが静かに瞳を閉じて、ふっと息をついた。
「ここは、どこだ?」
「王都の騎士団宿舎です」
「ラティーフは?」
「オスカルがついています。陛下宛の書簡を持っていましたので、明日謁見の予定です。今夜は騎士団宿舎の一室で休むそうです。貴方の側にいると」
「そう、か……では、問題ない」
エリオットの言葉を静かに飲み込んだジャミルから力が抜けたのが分かった。安堵した表情は静かで、昨夜の横暴さすらも消え失せていた。
「俺が、ラティーフ様の従者だ。訳あって身分を入れ替えて秘密裏に帝国に入らなければならなかった。貴殿には無礼な振る舞いも多々あった。申し訳無い」
まるで別人のような口調と雰囲気に驚きながらも、エリオットは頷く。元々それほど怒っているわけではなかったのだし。
それに訳というのは、彼らを襲った奴らの事だろうか。どうも、見た事のない感じだったが。
「なぜ、私に声をかけたのですか?」
「踊っている姿を見て、身のこなしや足の運びに武を見た。相手は相当上手いが、それに合わせる身体能力は素晴らしかった。心得のある者なら、護衛と案内を頼みたかった」
「そう言って貰えれば!」
「どこの誰が、刺客か分からなかった。故に王族の振る舞いで気を引き、連れ帰って事情を説明しようと思ったのだが、大事になってしまった。あの男の気性まで計算に入れていなかった」
王族の芝居をしたまま、振る舞いも崩さないままで接触して連れて行きたかったということか。こちらを知らないとはいえ、無謀な事だ。
「ついていくと思ったのですか?」
「こちらが王族というだけで自国ではついてくる。ましてハーレムに入れてやると言えば女も男も喜んでだ」
「文化の違いを計算に入れてませんね」
「それに気付くのが遅れてしまった。無礼を詫びたい」
「もう、いいですよ」
国が違えば文化が違い、文化が違えば常識が違う。これはまさにそういうことだ。
「今はこれ以上の事は勘弁してもらいたい。俺ごときが言える事は限られているんだ。いずれ、知れる事だと思う」
「分かりました」
「時に、医者先生。この国に俺の様な特徴を持った者は、いないだろうか?」
「え?」
突然の問いかけに、エリオットは言葉を詰まらせる。すぐに一人の青年の顔が浮かんだ。
だが、思った以上に重そうな彼らの事情を知る前に明かす気にはなれないのだ。
「俺のような癖の強い黒髪に、屈強な体つきの……瞳が、金色の人物を知らないか?」
「分かりませんが……そのような人物がこの国に?」
いる。癖の強い黒髪に獣のような金の瞳、頑強そのものの騎士を。
ジャミルは僅かに瞳を伏せて首を横に振る。半ば諦めているという様子だ。
「分からない。だが、いてくれればと思ったのだ。そうした特徴の人物が他国に逃れたという噂があるのだが、確証は何一つないんだ」
「そう、ですか」
グリフィスと目の前の男は特徴が似ている。サバルドという国の特徴らしい。ただ瞳の色だけが違う。
「妙な事を聞いてしまった、忘れてくれ」
苦笑したジャミルはそれ以上は何も言わない。ただ静かに瞳を閉じて、やがて寝入ってしまった。
意識も回復したのなら一般の病室で構わない。ジャミルを運んで出てくると、部屋の前にオスカルがいた。
「お疲れ様。今日は慌ただしかったね」
「お疲れ様です、オスカル」
新婚旅行として取った日程は明日までだが、もう少しゆっくりするはずだった。それが消えてしまい、お互いに苦笑が漏れる。
「ジャミルは平気?」
「えぇ。ラティーフさんは?」
「部屋に案内した。事情、聞いた?」
エリオットは静かに頷く。そして部屋に戻りながら、互いに得た情報を交換しあった。
「やっぱり、グリフィスに関係ありそうなんだ」
話を聞いたオスカルが難しい顔をする。エリオットもまた、同じような顔をした。
「何にしても、彼らの事情を聞いてからだね。最悪、グリフィスには少しの間王都を離れてもらおうか」
「そうですね。望まぬ争いに巻き込まれるのは辛いでしょう。彼も、彼の恋人も」
「でもとりあえず、この話はここまで。さぁ、今日から僕達の部屋だよ」
気付けばオスカルの部屋の前。エリオットの部屋は返却し、今日からオスカルと同じ部屋を使う。それは少しドキドキすることだった。
部屋を開けると二人で選んだ家具がちゃんと配置されている。けれど一つ、見慣れないものがドンと部屋に鎮座していた。
「あの、これ……」
「あぁ、うん。皆からの結婚祝い。クイーンサイズベッド」
ベッドがあった場所に大きく存在感の強い広々としたベッドがある。ちゃんと部屋の色調にあったカバーや寝具をかけられている。
でも……ちょっと下世話だ!
「ほら、僕達であれこれ揃えちゃったからさ」
「ベッドは今までのでもいいかって、言ってたんじゃ」
「あぁ、うん。実は贈りたいから買うなって、シウスに言われてたんだよね」
種明かしをするオスカルの都合の悪そうな顔。隠し事がバレた時の子供の顔だ。
近づいて、腰を下ろしてみる。スプリングがよく、しっかりと体を受け止めてくれる。寝心地も良さそうだ。
「私とオスカルで寝ても、広々としていますね」
「うん、そうだよね!」
「疲れもちゃんと取れそうです」
「うん!」
大事な事を秘密にされていたのは少し困るが、喜ばせたかったという皆の気持ちは確かに受け取った。
エリオットはニッコリと笑ってベッドに寝転がる。するとすかさずオスカルが近づいてきて、覆い被さるようにキスをしかけた。
「このベッドなら、夫婦の時間も快適だね」
悪戯っぽく言われて顔を赤くするエリオットに、オスカルは楽しそうに笑うのだった。
出血の多さと、二カ所深い部分はあったが持ちこたえた。今は静かに眠っている。
元々体力があるのだろう。服を脱がせた体は騎士のように逞しく強健だった。厚い胸板のおかげで襲撃者のダガーは肋骨までも到達はしていなかったし、硬い筋肉のおかげで肩の傷も思ったよりも深くなかった。
だが、それとは違う気になる所見があって、現在考えてしまっている。
「ん……」
僅かな声に、ピクリと動く体。青い瞳がぼんやりと天井を見上げ、次にエリオットを見た。
「あぁ、アンタか……」
「体の具合は、どうですか?」
側に近づいて問えば、軽く指を握ったりして確かめている。多少痛そうだが、動きにぎこちなさはないように思う。
「大丈夫そうだ」
「それはよかった」
穏やかに微笑んだエリオットを見上げる、野性的な青い瞳。だがそこに、昨夜の勢いは見えなかった。
「ジャミルさん」
「なんだ」
「……貴方は、貴族でも、ましてや王族でもない。違いますか?」
エリオットの問いかけに、ジャミルは過剰な反応はしなかった。ただ静かに凪いだ瞳でこちらを見るばかりだ。
「どうして、そう思う」
「貴族や王族の背中に、鞭の跡があるとは思えません」
ジャミルが静かに瞳を閉じて、ふっと息をついた。
「ここは、どこだ?」
「王都の騎士団宿舎です」
「ラティーフは?」
「オスカルがついています。陛下宛の書簡を持っていましたので、明日謁見の予定です。今夜は騎士団宿舎の一室で休むそうです。貴方の側にいると」
「そう、か……では、問題ない」
エリオットの言葉を静かに飲み込んだジャミルから力が抜けたのが分かった。安堵した表情は静かで、昨夜の横暴さすらも消え失せていた。
「俺が、ラティーフ様の従者だ。訳あって身分を入れ替えて秘密裏に帝国に入らなければならなかった。貴殿には無礼な振る舞いも多々あった。申し訳無い」
まるで別人のような口調と雰囲気に驚きながらも、エリオットは頷く。元々それほど怒っているわけではなかったのだし。
それに訳というのは、彼らを襲った奴らの事だろうか。どうも、見た事のない感じだったが。
「なぜ、私に声をかけたのですか?」
「踊っている姿を見て、身のこなしや足の運びに武を見た。相手は相当上手いが、それに合わせる身体能力は素晴らしかった。心得のある者なら、護衛と案内を頼みたかった」
「そう言って貰えれば!」
「どこの誰が、刺客か分からなかった。故に王族の振る舞いで気を引き、連れ帰って事情を説明しようと思ったのだが、大事になってしまった。あの男の気性まで計算に入れていなかった」
王族の芝居をしたまま、振る舞いも崩さないままで接触して連れて行きたかったということか。こちらを知らないとはいえ、無謀な事だ。
「ついていくと思ったのですか?」
「こちらが王族というだけで自国ではついてくる。ましてハーレムに入れてやると言えば女も男も喜んでだ」
「文化の違いを計算に入れてませんね」
「それに気付くのが遅れてしまった。無礼を詫びたい」
「もう、いいですよ」
国が違えば文化が違い、文化が違えば常識が違う。これはまさにそういうことだ。
「今はこれ以上の事は勘弁してもらいたい。俺ごときが言える事は限られているんだ。いずれ、知れる事だと思う」
「分かりました」
「時に、医者先生。この国に俺の様な特徴を持った者は、いないだろうか?」
「え?」
突然の問いかけに、エリオットは言葉を詰まらせる。すぐに一人の青年の顔が浮かんだ。
だが、思った以上に重そうな彼らの事情を知る前に明かす気にはなれないのだ。
「俺のような癖の強い黒髪に、屈強な体つきの……瞳が、金色の人物を知らないか?」
「分かりませんが……そのような人物がこの国に?」
いる。癖の強い黒髪に獣のような金の瞳、頑強そのものの騎士を。
ジャミルは僅かに瞳を伏せて首を横に振る。半ば諦めているという様子だ。
「分からない。だが、いてくれればと思ったのだ。そうした特徴の人物が他国に逃れたという噂があるのだが、確証は何一つないんだ」
「そう、ですか」
グリフィスと目の前の男は特徴が似ている。サバルドという国の特徴らしい。ただ瞳の色だけが違う。
「妙な事を聞いてしまった、忘れてくれ」
苦笑したジャミルはそれ以上は何も言わない。ただ静かに瞳を閉じて、やがて寝入ってしまった。
意識も回復したのなら一般の病室で構わない。ジャミルを運んで出てくると、部屋の前にオスカルがいた。
「お疲れ様。今日は慌ただしかったね」
「お疲れ様です、オスカル」
新婚旅行として取った日程は明日までだが、もう少しゆっくりするはずだった。それが消えてしまい、お互いに苦笑が漏れる。
「ジャミルは平気?」
「えぇ。ラティーフさんは?」
「部屋に案内した。事情、聞いた?」
エリオットは静かに頷く。そして部屋に戻りながら、互いに得た情報を交換しあった。
「やっぱり、グリフィスに関係ありそうなんだ」
話を聞いたオスカルが難しい顔をする。エリオットもまた、同じような顔をした。
「何にしても、彼らの事情を聞いてからだね。最悪、グリフィスには少しの間王都を離れてもらおうか」
「そうですね。望まぬ争いに巻き込まれるのは辛いでしょう。彼も、彼の恋人も」
「でもとりあえず、この話はここまで。さぁ、今日から僕達の部屋だよ」
気付けばオスカルの部屋の前。エリオットの部屋は返却し、今日からオスカルと同じ部屋を使う。それは少しドキドキすることだった。
部屋を開けると二人で選んだ家具がちゃんと配置されている。けれど一つ、見慣れないものがドンと部屋に鎮座していた。
「あの、これ……」
「あぁ、うん。皆からの結婚祝い。クイーンサイズベッド」
ベッドがあった場所に大きく存在感の強い広々としたベッドがある。ちゃんと部屋の色調にあったカバーや寝具をかけられている。
でも……ちょっと下世話だ!
「ほら、僕達であれこれ揃えちゃったからさ」
「ベッドは今までのでもいいかって、言ってたんじゃ」
「あぁ、うん。実は贈りたいから買うなって、シウスに言われてたんだよね」
種明かしをするオスカルの都合の悪そうな顔。隠し事がバレた時の子供の顔だ。
近づいて、腰を下ろしてみる。スプリングがよく、しっかりと体を受け止めてくれる。寝心地も良さそうだ。
「私とオスカルで寝ても、広々としていますね」
「うん、そうだよね!」
「疲れもちゃんと取れそうです」
「うん!」
大事な事を秘密にされていたのは少し困るが、喜ばせたかったという皆の気持ちは確かに受け取った。
エリオットはニッコリと笑ってベッドに寝転がる。するとすかさずオスカルが近づいてきて、覆い被さるようにキスをしかけた。
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