恋愛騎士物語4~孤独な騎士のヴァージンロード~

凪瀬夜霧

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9章:攻め達の妄想初夢

7話:幼い君も愛してる(オスカル)

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 気付いたら、ちょっとだけ知っている雪景色の中にいた。

 さむい……

 自分を抱いてぶるりと震えると、不意に誰かが後ろからマフラーをかけてくれた。

「寒そうですね。風邪を引いてしまいますよ」

 驚いて振り向いた。そこにいたのはエリオットに面差しの似た、十歳くらいの少年だった。
 いや、間違うはずがない。亜麻色の髪を肩くらいにした、綺麗な緑色の瞳の少年は間違いなくエリオットだと言える。
 そしてそんな彼と視線の高さが同じ自分もまた、子供なんだと思う。

「見ない顔ですね」
「そうかもね。ちょっと旅行なんだ」
「もしかして、迷子ですか?」

 首を傾げるエリオットがちょっと可愛い。でも、少し無愛想にも見える。普段あれだけ表情の多いエリオットを見ているから、今の真っ直ぐ表情を変えずに見る姿は見慣れないんだろう。

 思いだした、これは夢だ。そして原因はきっと、寝る前の話だ。

――小さな頃、引っ越したばかりの頃は友達がいなくて寂しかった。

 エリオットとひょんな事から自分達の小さな頃の話になって、こんな事を聞いた。
 彼は父親が亡くなるまでは王都にいたけれど、父親が亡くなってからは母親の実家へと引っ越している。その当初は家の手伝いなどが忙しくて友達がいなかったらしい。
 それを聞いてオスカルは、もっと子供の頃に知り合っていたかったと思ったのだ。

 その願いがそのまま、この夢になっているように思う。

 見るとエリオットの手には木桶があって、一杯に水が入っている。小さな手は寒さで赤くなっていた。

「それ、重そうだね」
「え?」

 木桶を指さしたオスカルに、エリオットは驚いて指さされた先を見る。そして、コテンと首を傾げた。

「別に、重くありません」
「でも、手も真っ赤だし。僕、持つの手伝うよ」
「……重いですよ」
「大丈夫だよ! これでも力持ちだから」

 少し考えたエリオットが溜息交じりに木桶を置いて少し離れた。その場所に意気込んで行ったオスカルが桶の取っ手を持って持ち上げようとしたけれど、それはほんの少し浮くだけだった。

「おっ……もいぃぃぃ!」

 こんなに重たいものをエリオットは持っていたの!

 驚いていると、エリオットはクスッと笑って軽く桶を持ってしまう。
 そう言えば彼は今でも隊員を担いで医務室に連行とかしてる。昔から力が強かったのかもしれない。

「すごいんだね」
「慣れですよ」

 なんか、悔しい。年下の筈なのに。

「……ねぇ、名前教えて」
「? エリオットです」
「僕ね、オスカルっていうの。君の友達になりたいな」

 エリオットは目を丸くして驚いて、次に少し沈んだ顔をした。

「私、やる事が沢山あるんです」
「手伝うよ。そうしたら遊べるでしょ?」
「でも」
「エリオット、遊ぼうよ」

 こんなの子供らしくないよ。それに君だって言ったじゃないか。
――友達が欲しかった。

 エリオットは少し考えている。その頬がほんの少し赤くなっている。

「一人で大変な事は、二人でやればいいんだよ。ほんの少しでもいいからさ」

 差し伸べた手を戸惑いながらも取ってくれる。それがとても、嬉しかったりする。

 二人でエリオットの家に行くと、エリオットは汲んできた水を水桶に入れる。そうして次に箒を持ったから、その手はオスカルが止めた。

「これなら僕も出来るよ。エリオットは次のお仕事して」
「でも」
「いいの! ねぇ、掃除終わったら何しようか?」

 昔から真面目だったのかな? 申し訳なさそうな顔をするエリオットを見るとそんな気がしてしまう。

「雪合戦」
「え?」
「雪合戦がしたいです」

 ほんの少し恥ずかしそう。それほど大きく表情が動いた訳じゃないけれど、ちょっと下に視線を移してボソボソ話す時は大抵、恥ずかしかったり照れたりする時だ。

 それに、雪合戦は一人じゃできない遊びだね。

「いいね、雪合戦! よーし、そうと決まればやるよ!!」

 オスカルの声に、エリオットは少し驚いて目を丸くした後、楽しそうに笑うのだった。

 これでも掃除は得意。教会にいたときは皆で日々の掃除を分担していた。危なっかしい子供以外はある程度の事が出来るように最初に教えられる。
 特にオスカルは几帳面な部分もあって、気にしなければまったくなのに気にし始めると細かい。高い部分の埃を落とし、掃いて拭いて。それが終わると椅子なども綺麗に拭いた。
 その間にエリオットは食器の片付けをしている。台所に立つ背中が見慣れなくてちょっとくすぐったい。

 年を取って引退したら、こんな彼の背中を見る事もあるのだろうか。
 途端に楽しみになってきた。

「掃除おしまい!」
「有り難うございます。とても綺麗ですね」

 出会った頃よりも柔らかく笑うエリオットは、どうやらオスカルに慣れた様子。親しい人に見せてくれる力の抜けた笑顔は、向けられる人を幸せにしてくれる。

「じゃ、遊ぼう!」
「はい」

 コートに手袋、マフラーもつけて外に飛び出したオスカルはエリオットと二人で広場に行く。いつもは寒いの嫌いだけれど、繋いでくれる手が温かいから今日は我慢できる。
 そうして到着した広場は足跡一つない雪景色で、なんだか勿体ない気もする。

「行きましょう」

 そう言って腕を引いて最初に足跡をつけたエリオットは、この辺けっこう大雑把というか。まぁ、見慣れているんだろうな。
 二人で踏み込んだ広場で雪玉を作って、作っては投げる。楽しそうなエリオットが投げる雪玉は心なしかちょっと痛い。そしてオスカルの投げる雪玉よりもヒット率が高い。生まれ持った運動神経の違いが出ているのだろうか。残酷だ。

 最初こそ雪玉をそれぞれ作ってやっていたのに、ヒートアップするにしたがって握りが甘くなり、当たるとすぐにパラパラ崩れる。徐々にただの雪のかけあっこになっていく。
 それでも楽しいのは一人じゃないからかもしれない。

「すっかり雪だらけですね」

 今は雪原のど真ん中に二人で寝転がって空を見ている。ちょっと熱くなった体には心地いいくらいの冷たさだ。

「楽しかったね」
「はい、楽しかったです」

 互いに座り直して、髪についた雪を払っていく。そして次には笑い合っていた。

「こんな風に遊ぶの、久しぶりです」
「ん?」
「……父が亡くなって、こっちに越してきて、忙しくて遊んでいなかったから」

 しょんぼりと、でも笑みも見せるエリオットのこれは強がりに思える。こうしていないと崩れてしまう。そんな寂しくて悲しい顔だ。
 思わず手を伸ばして、頭を撫でる。キョトッとした彼は恥ずかしそうに下を向いた。

「今日は沢山遊ぼうね。きっと楽しいよ」
「はい。でもその前に……」

 キュルルルルルルルル

 二人同時に鳴ったお腹の虫。互いに顔を見合わせて、次には破顔した。

「お腹空いたね」
「家に帰って、ご飯にしましょうか」
「あ、僕も作りたい!」
「はい、お願いします」

 立ち上がり、手を差し伸べるその手を取ってくれる。こんな小さな事がとても嬉しいのは、きっとずっと変わらないんだ。

 エリオットの家について、エリオットはスープを。オスカルはオムレツを作る事になった。
 の、だが……

「あ……」

 どうしても上手くできない。挽肉と、みじん切りにしたタマネギとパプリカ。彩りも綺麗なのに上手に形が作れなくて、結局スクランブルエッグが二人分できただけだった。

 どうしてこういう部分は夢クオリティじゃないんだろう。現実が投影されすぎている。

「どうしたんですか?」

 ヒョイと隣りからフライパンの中を見たエリオットが苦笑している。彼の方は美味しそうなスープの匂いがしている。

「ごめんね、僕上手くできなくて」

 しょんぼりと伝えると、エリオットはおかしそうに笑った。

「大丈夫、十分美味しそうですよ」
「無理しなくていいよ」
「どうして? 貴方が一生懸命作ってくれたものですよ? 美味しいですよ」

 味見もしていないのにわかってるみたいに言う。それに、オスカルはドキドキした。

「味見してないのに?」
「だって、今日は……」

―― 一緒に食べる誰かがいるから。

◇◆◇

 気持ちいい目覚めに、オスカルは隣を見る。ここはアベルザードの家の一室、喧騒を逃れてきたのだ。
 エリオットはオスカルの家族に迎えられて嬉しそうにしていた。そこで子供の頃の話になったのだ。

 それにしても、良い夢だった。あのくらい小さなエリオットとも知り合ってみたかった。そうしたら一緒に遊んだだろう。
 それに、一瞬でもエリオットに寂しい思いなんてさせなかった。

「ん……オスカル?」
「おはよう、エリオット」
「おはようございます」

 寝ぼけたトロンとした瞳、しっとりと汗に濡れた肌、無造作に髪をかき上げる姿。全部が朝から妖艶で困ってしまう。今日は朝から教会に行こうと言っているのに、予定を壊しかねない欲望が湧く。
 やんわりと頬に触れ、親愛のキスをする。応じたエリオットはトロッと甘い笑みを浮かべる。

「なんだか、嬉しそうな顔をしていますね。何かいい事がありましたか?」

 問われたオスカルは片眉を上げる。そしてちょんと額にキスをした。

「とても素敵な夢を見たんだよ」
「夢?」

 首を傾げたエリオットは、けれど次にはくすくすと笑う。

「私もね、ちゃんとは覚えていませんが、とても素敵な夢を見た気がします」
「本当? 奇遇だね」

 同じ夢だったらいいな。なんて、流石に高望みすぎ? それって奇跡みたいなもんだしね。

「さーて、着替えて教会行こうか。その後は、デートしてね」
「はい」

 新年の始まりはとても幸せな時間になるような気がして、オスカルは満面の笑みを浮かべた。
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