恋愛騎士物語4~孤独な騎士のヴァージンロード~

凪瀬夜霧

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12章:お嬢様のお気に召すまま

5話:シュトライザー家の疑惑(ファウスト)

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 アリアが帰った翌日、ファウストはレストランの個室で客人を待っていた。その心境は、あり得ないほど落ち着かなく、そして緊張していた。

 ランバートとの結婚は、ずっと考えてはいた。「いつかは」と思っていたが、周囲が次々に決めて行くのを見て……それを見て少しだけ寂しそうな顔をするランバートを見て、このままにはしないと決めた。
 勿論、ランバートは誰かの前ではそんな顔はしない。ただふとした時、一人になったほんの一瞬に見せる表情が羨んでいるように見えてしまうのだ。

 進まなければならない。それも、ランバートが望む形で。
 ならば苦手と言い訳をせずに、父とは向かい合わなければならない。ちゃんと伝えなければならない。
 その日をルカとメロディ嬢の、両家の顔合わせのタイミングに合わせたのは他でもない。父と二人きりでは間違いなく喧嘩になって大事な事が伝えられない気がしたからだ。

「おぉ、ファウスト! 待たせたぞい」
「祖父様」

 現れたリーヴァイに席を立ったファウストの表情はとても明るいものだ。にこやかに近づいてハグをして、互いの肩をパンパンと叩く。

「うぉ! 流石に力が強くなったなファウスト」
「祖父様も負けてないさ」
「ふははっ! これでも領地を守り続けた騎士だぞい。まだまだ負けん」
「いつまでもその調子でいてくれよ、祖父様」

 豪快な笑顔の祖父はいつもファウストを元気づけてくれる。ファウストが騎士になろうと決めたのは、少なからずこの祖父の影響があるのだ。

「ところでファウスト、お前さんいい人が出来たらしいじゃないか。水くさいぞ」
「すまん祖父様。だが、俺が言わなくても他から聞いているだろ?」
「噂程度じゃよ」

 そんな事を言うが、アリアもルカもリーヴァイとは頻繁に手紙のやり取りをしている。そんな彼らから聞いていない筈がないのだ。

 そうしていると、個室にもう一人の客が姿を現す。クレーの髪を撫でつけ、厳しい青い瞳をこちらへと向けるその人物と対峙するのはとても、緊張することだった。

「父上」

 自然と表情が硬くなっていく。父アーサーは無言のままだ。
 だがその間を取り持つようにリーヴァイがファウストを捕まえたままアーサーへと近づいていって、纏めて肩を抱いてしまうのだ。

「祖父様!」
「義父上!」
「親子の話でそう硬くなるもんじゃないぞ。がははっ」

 こうなるともう、祖父のペースに両方巻き込まれてしまう。厳しい顔のアーサーですらも表情が崩れてしまう。
 この祖父、ランバートと相性が良さそうなのが怖いところだ。

 何にしても緊張が崩れた。ファウストは頭をかいて二人を席に招き、程なく食事が始まった。
 暫くは和やかに済んだ。当たり障りのない会話が多く、大半がリーヴァイの会話だ。領地で何があったとか、若い頃の武勇伝んとか。既に覚えるくらい聞いている話だが、楽しそうに話すものだから笑って聞いている。

 そうしてメインまで終わった所で、ファウストは重い口を開いた。

「父上、祖父様、今日集まってもらったのは大事な話があるからだ」

 再び、嫌な緊張に心臓が痛くなる。だがそれを押さえつけて、ファウストは言葉を繋げた。

「結婚を、考えている相手がいる」
「……ジョシュアの息子か」
「そうだ」

 重い溜息のような声でアーサーが僅かに顔を下へと向ける。張りつめた空気が、その場を支配するようだった。

「真剣だ! ランバートには公私共に支えられている。あいつ以外、俺の相手はいない。父上、認めてもらいたい。そして可能なら、会ってくれないか?」

 一度会ってはいる。しかもお見合いを潰すために騙す形で。あの時の嘘が本当になった。改めて、今度は本当に、ちゃんと恋人として、そして将来の伴侶として紹介をしたい。それが、ランバートの願いでもあるのだ。

 アーサーは何かを真剣に考えているのか顔が上がらない。厳しい顔のままだ。

「一度会った事はあるだろうが、今度は嘘じゃない。本気で!」
「好きにしろ」
「え?」
「あいつの息子と思うと言いたい事もあるが、度胸が据わっているのも確かだ。悪くない」

 意外な言葉に気持ちが浮上する。こんなに簡単に認めてもらえるとは思わなかった。思わず表情も明るくなる。
 だが、次にアーサーが言った言葉はファウストを突き落とすようなものだった。

「ファウスト、私もお前に話しておきたい事がある」
「なんで、しょうか?」
「お前に、シュトライザーの家を譲る」

 心臓が痛む様に鳴って、時が一瞬止まったようだった。

 家を……しかも公爵家を譲る? それは同時に、騎士を辞めろということか。しかもそうなれば、跡取りの問題も出てくる。ランバートとの結婚を認めると言った後で、子の問題を出すのか。

「なに、を? 家は兄上が!」
「あれは違う!」
「!」

 アーサーの強い声に、ファウストの口は止まった。その時のアーサーの目は、憎しみに燃えるようだった。
 たった一度、母の葬儀で見た父を思い出した。あの時もこんな、憎しみと悲しみを混ぜた顔をしていた。

「シュトライザーの血を継いでいるのは、お前達だけだ」
「それは、どういう……」
「そのままだ。ファウスト、お前がシュトライザーを継げ」

 混乱が酷い。頭が痛くなりそうだ。
 シュトライザーの血を継いでいるのが、自分達だけ? 自分と、ルカと、アリアということか? ならば兄は……あれはなんなんだ。

「……失礼します」

 席を立って逃げるように部屋を出たファウストはパニックのまま、そこに戻る事ができなかった。


▼アーサー

 ファウストが席を立ってしばらく、もう戻ってくる事はないだろう。
 いつかは言わなければならない事だった。だが、このタイミングは間違っただろうか。

「アーサー、だからお前はアレに嫌われるんじゃぞ」
「義父上」

 酒を一口飲み込んだリーヴァイが、ジッとアーサーを見た。

「お前があれを言ってはならんじゃろ」
「今すぐにと言った覚えはありません。騎士なんて、年を取れば辛くなる。もっと年を取って今の私くらいになってからでいい」
「素直じゃないの。危険な仕事に長く就くのは心配じゃと、素直に言えばよかろうに」

 ニヤリと笑うリーヴァイに、アーサーは努めて平静を装って酒を飲み込んだ。

「だが、ファウストに跡取りは酷じゃぞ。アレはもう心に決めた相手がいる。愛した者と無理矢理離される苦しみは、お前が一番よく知っているだろ?」

 途端、鋭くなるリーヴァイの視線は僅かだが責めを含んでいる。この視線は、甘んじて受けねばならない。アーサーが、この人の最愛の娘を奪ってしまったのだから。
 そして知っている。愛した者と無理矢理離されれば心が裂ける。それを、愛しい妻の死んだ日に知った。あの時倒れなかったのは、大切な子供達を毒牙から守らなければという必死な思いがあったからだ。

「子は、後腐れのない娘を用意する。そういう仕事の娘もいる。ジョシュアの息子なら貴族社会のそうした事も理解があるだろう。一度だけ、目を瞑ってもらう」
「そういう事を言っているんじゃない。事情がどうあれ、アレに子を作らせる事が既に無理だと言っているんだ」
「一度限りだ。息子でなくてもいい」
「それが出来なかったからこそ、お前は苦しんだんじゃないのか?」

 ジッと問うような視線を向けられると、胸が痛む。そして、ぐしゃりと髪をかいた。
 愛した人しかいらなかった。他を宛がわれてもその気にはならなかった。ただ一人を求めて、慈しんで……

 そうだ、アレは自分に似ている。ファウストを見ているとどんどん、昔の自分を思い出す。頑固で、愛した者には惜しみない愛情を注ぐ。自分の事など二の次に、相手の事ばかりを考えている。
 そんな者に一時的にでも愛人をというのは、しかも大事な仕事にも言及したのは、やはり失敗だったのだろう。

 だが同時にドロドロとした感情もわき上がる。それはずっと……愛した妻と離された時からずっと抱えている憎悪だった。

「あいつに……あの女の子供にシュトライザーの家は残さない」

 それは普段見せる事のない、憎悪に光る鋭い瞳だった。

「マリアを殺したあの女に残すものは何一つない。その息子にも何も残さない。私の子は、マリアとの間にできた三人だけだ」
「まぁ、その思いは儂も同じじゃがの」

 静かに酒を飲んだリーヴァイもまた、憎しみの見える目をする。だがそれはまだ穏やかで、ほの暗いものを隠している気がした。

「家はファウストに残す。跡取りについては……何か方法を考える。義父上、これでどうだ」
「……ファウストの説得は諦めろ。お前の頑固さが受け継がれているなら、ダイヤモンド並みに硬いぞ。攻めるならジョシュアの息子だ。聞けばジョシュアに似ているのだろ?」
「中身がな」
「ならば柔軟だろう。其奴を説得して、ファウストを動かすのが上策じゃ。愛した者の言葉は悩みながらも受け入れる。昔のお前のようにの」
「……」

 アーサーは複雑な顔のまま頷き、残った酒を飲み干した。


▼ファウスト

 結局、あの後父や祖父に一言帰る事を伝えただけで逃げて来てしまった。それだけ、頭の中は混乱していた。

 ファウストには母の違う兄がいる。シュトライザーの家に引き取られてからずっと苛めてきた兄だ。二言目には「売女の息子」と言われ、いかにシュトライザーの家にファウストが不要なのかを言い聞かされた。
 彼の母親、シュトライザーの正妻という人もファウストには辛く当たった。叩かれる事は勿論で、食事を与えられない事も多かった。部屋に引きこもると外側から鍵を掛けられた事もあった。

 だから、あの家は兄が継ぐものだと思っていた。だからこそ騎士団へ入る事も許されたんじゃないのか? 今更家を継げなんて言われても困る。
 何より、ランバートとはどうなる。一緒になる事を許しながら、家を継げと?

 何より、シュトライザーの……父の血を継いでいるのが自分達兄弟だけというのは、どういうことだ。これが本当なら、あの兄は一体誰の子だ。あの義母は、なんなんだ?

 考える事が多いのに、心は考えたく無いと訴えてくる。その気持ちを抱えたままフラフラと部屋に戻ってくると、部屋に明るいがついている。

 まさかと思った。帰りは明日のはずだ。だが、つけた覚えのない明かりが部屋についているのなら、相手はただ一人だ。

 部屋を開ける。するとそこには会いたい人が寛いだ様子で待っていた。ローブ姿に、湯上がりなのか少し上気した肌。向けられた笑顔は、なんだか懐かしいとすら思えてしまった。

「おかえり、ファウスト。今日、シュトライザー公爵と食事だったんだって?」
「どう、して……」
「案外早くて、ちょっと無理して帰ってきたんだ。ハリーには悪い事しちゃったけどね」

 変わらない笑みで近づいてくるランバートは、心配そうな顔をする。そしてそっと、冷えた頬に触れてくる。温かい手の平が心地よく、体温が戻ってくる気がした。

「どうした? 何かあった? また喧嘩した?」

 不仲なのを知っているから、ランバートは心配してくれる。その気持ちが、今は縋りたい気持ちに変わっていく。
 ローブの体を引き寄せるように抱きしめたファウストは、知らず震えていた。驚いたように身じろいだランバートが、そっと背中に触れてくる。穏やかに抱きしめられる。それが今はとても、心強く感じた。

「おつかれ、ファウスト。今日はゆっくり休もうか。俺も、疲れたからさ」

 そう言ってくれるランバートの優しさに、今は頷いた。いつかは話さなければならない事と分かっていても今だけは、もう少し自分の中で整理ができるまでは、きっと説明もできないのだろうから。
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