恋愛騎士物語4~孤独な騎士のヴァージンロード~

凪瀬夜霧

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14章:春色アラカルト

6話:コブシの花が咲く頃に1(ラウル)

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 ゼロスの事件が解決した四月の上旬、ラウルは特別な客人を馬車に乗せたまま東の大森林地帯、エルの森へと向かっていた。

「長旅になってすまぬな、ウルズ、バルン」

 馬車に揺られる少女とその付き添いの青年に声をかけたシウスに、少女ウルズは白い頬を僅かに上気させて首を横に振った。

「とんでもないです! まさかお招き頂けるなんて思ってもみなくて、それで……」

 頭から湯気が出そうな彼女は下を向いたモジモジしている。そして隣りにいる青年の腕をギュッと掴むのだ。

 ジェームダルとの戦争が終わって半年ほどが経った。今は三国同盟締結の為の話し合いが行われている。概ねよい方向で話しがつきそうで、後は三国で分ける事になった旧ラン・カレイユをどのようにしていくのかを、現在ヴィンセント中心に話し合われている。

 それとは別に密かに調査、計画されていた事に大きな進展があり、季節も穏やかになった四月、エルの少女ウルズを帝国への客人として招いたのだった。

「そういえば、姫はご健勝かえ?」
「はい! 姫様、ようやくお食事が召し上がれるようになりまして、ほっとしております」
「ん? 食事が出来なかったのかえ? ご病気かなにかか?」
「あぁ、いえ! 実はお子様ができまして、三ヶ月になります」
「なんと! それは喜ばしいことじゃ。後で祝いの品を用立てねばならぬな。それよりも、生まれてからの方がよいかえ?」

 まるで自分の甥や姪が生まれたような嬉しそうな笑顔を見せるシウスの隣で、ラウルは少し複雑な気分だった。当然、そんな素振りは一切見せなかったが。

「まぁ、そのせいでウチの騎士団が何とも言えない雰囲気ですよ。なんせ軍事総長が幸せボケしてますから。キフラスさんが溜息と頭痛で可哀想です」

 ぼんやりと、少し死んだ目をするバルンが溜息をつく。それにもシウスは「多少許せ」と朗らかに伝えた。

 やがて馬車は森の手前の町に到着した。
 ここには色んな思いがラウルにもある。エルの悲劇が始まった場所であり、エルの民が危険に晒され救済に向かう時に泊まった場所。ここで、シウスの過去を聞かされた。

 馬車から降りたウルズは手に抱えるような箱を持って町を見回している。春色の花が咲き、帝国の人とエルの人が普通に行き交う町を。

「エルの人が普通にいます」
「そうさな。そのように徐々に変わっていった」

 静かに言ったシウスの瞳は複雑そうだ。それでも現状を喜ばしいとは思っているのだろう。口元に笑みがある。
 先に立って歩き出す先はいつかの噴水広場。かつては避けるようにされていた対応も、今では受け入れられて他の町と変わらない様子である。
 その噴水広場に、小さな真新しい像が建っている。聖ユーミルが祈りを捧げる像だ。

「この町はほんの半年と少し前まで、エルを拒絶しておった。エルの悲劇が始まった町。ここの住民は皆、己が犯した罪の重さに耐えかね、目を背ける事で生きてきたんじゃ」

 花売りの少女から花を買ったシウスが、像の前にそれを置く。そして地に膝をついて祈りを捧げた。

「ジェームダルとの戦争の際にな、マーロウが無理矢理この町とエルとの和議を結ばせての。それで少しずつ歩み寄りがなった」
「そんな簡単に?」
「……簡単ではなかっただろう。勇気がいることじゃ。だが、どちらかが勇気を持って踏み込んだ結果、ここはかつてのような光景に戻った。この町の住人はエルの作る薬や毛皮が欲しいし、エルはいざという時に駆け込める場所が欲しかった。故に緊急時の対応として接した事が切っ掛けで、徐々に和睦もなったのじゃよ」

 そう、シウスは静かに伝えた。

 ジェームダルとの戦争の時、マーロウがこの地で行った事を知って驚いたけれど、結果はよい方向へと転がっていった。
 エルとこの町の住人との交流は僅かながら始まり、行商がスタートし、子供達が遊ぶようになり、大人に浸透していった。
 シウスは喜んだ、正常な形になったのだと。ただ、起こった事も忘れていない。だからこそ、複雑なのだろう。

「この像は、忘れぬ為のものじゃ。ここであった事を忘れぬように……悲劇を忘れぬように」
「この場所に意味がおありなのですか?」
「……ここに、エルの戦士の首が並んだ。私の父もここに晒されたのじゃ」
「っ! ごめんなさい! 私……」

 ウルズはビクリとして手を口にやり深く頭を下げて謝った。が、シウスは穏やかに笑うばかりだ。

「よいのだよ、もう。過ぎし事じゃ。何を言うても死んだ者は戻らず、我等は前を向かねばならぬ。大事なのは繰り返さぬ事。あのような事が二度と起こらぬようにすることじゃ」

 そう言ってシウスは立ち上がり、ラウルを見てふわりと微笑み頭を撫でた。昔ほど小さくはなくなったラウルの頭は、伸び上がらなくてもキスが出来るくらいの位置にある。

「さて、宿へ案内しよう。今宵はゆるりと体を休め、森へは明日行こう」

 先に立って案内を始めるシウスの後を追うラウル。その心情はどうにも晴れてはくれなかった。


 その夜、シウスと二人部屋のラウルは寝付けずに部屋を出て、いつかの噴水広場へと足を向けていた。
 煌めくような水の輝きは夜ともなれば肌寒く感じる。
 噴水の縁に腰をかけ、目に入れるのはユーミルの像だった。

 この町は変わった。それはいいことだとラウルも思う。遠巻きに見られ、コソコソしていた以前よりもずっといい。それは認めている。
 けれど同時に思うのだ。お前達がした事を忘れたように、何事もなかったように振る舞うのはどうなんだと。

 分かっている、相反していることは。そして現状こそが望ましいことは。

「ダメだな、僕は。素直によかったって言えなきゃいけないのに」
「そうでもないよ」
「!」

 溜息と自己嫌悪に表情を沈め項垂れたラウルの前から声がして、驚いて顔を上げる。見るとシウスが苦笑して、そこに立っていた。

「シウス! あの、ごめんなさい僕……起こしてしまいましたか?」
「いいや、起きていたよ」

 笑って、隣りに座り水に手を浸す。それだけでシウスは楽しそうだ。

「何か、ありましたか?」
「ん? いや……水の精が喜んでおるのよ。町が明るくなったとな」
「え?」
「花の精も楽しげじゃ。前よりずっと居心地がよいとな」

 やはり、いい事だ。それを否定しちゃいけない。自らの気持ちはしまい込まなければならないのだ。

「だが、人の心は複雑じゃ。これでよかったと思う反面、未だ私の心には恨みがましい声が響く。お前達が父を殺した。お前達がバカな事をしなければ、ジェームダルの悲劇も生まれなんだと」

 そう吐き出したシウスを、ラウルは驚いた顔で見た。シウスは綺麗で、あまりこうした言葉を口にしない。それは、出てしまったらその言葉に縛られるからだと彼は以前言っていたから。
 でも、言わなければ溜まるのかもしれない。そうして溜まったものを吐き出したい時があるのだろう。

「あの像は私が建てた。ここで死んだ同胞への祈りも勿論あるが、同時に戒めにしたのだ。お前達のした事を忘れるなと。ここにかつてあった光景を、忘れるなと。意地が悪いだろ?」
「そんな事はありません。貴方の気持ちは僕も思います。なかったことにだけはしないで欲しいと思っています」

 弱々しく微笑むシウスに向き直ったラウルはそっと抱きしめる。そして、シウスの肩に額を当てた。

「貴方は意地悪じゃない。事件に関わっていれば誰だって、恨み言の一つも出るんです。貴方は、大切な場所と人を失ったんですから。多くの人が、運命を狂わせたのですから」

 暫くそうして、互いの体温を分け合うように抱きしめ合っていた。シウスはラウルの肩に、ラウルはシウスの肩に額を当てて無言のまま。
 だがやがて、シウスが顔を上げた。

「……いつまでも、こんな感情を持っていてはならぬな」

 そう言って正面を向いたシウスの顔は、キッパリと切り替えたのか清々しくすらある。そして辺りをぐるりと見回した。

「幼き駄々っ子の私と別れる為、ここに来たのじゃ。かつての呪縛にいつまでも縛られてはならぬ。それが良い変化ならば尚のこと、受け入れて行かねばならぬ。エルの為にも、帝国の為にも」
「……はい」

 ふと優しく笑ったシウスが立ち上がり、ラウルへと手を差し伸べる。ラウルはそれにつかまって立ち上がり、二人並んで宿へと戻っていった。


◇◆◇

 翌日、森の少し奥へと入ると開けた場所に出た。木造の小さな家が数軒建っている。
 そしてそこで、懐かしい人の姿を見つける事ができた。

「フェレスさん! リスクスさん!」
「おう! 良く来たなお前等!」

 相変わらずワイルドな感じを受けるフェレスの隣で、品のいいリスクスが笑みを浮かべている。二人は歩み寄ってラウルやシウス、そしてその後ろにいる二人を迎えてくれた。

「随分復旧が進んだの。これならば今年中に、ある程度目処がつくか」

 辺りを見回し、現在作業中の建物を見てシウスが表情を緩める。エルの若者が中心となり、木を打ち付けたりレンガをつんだりだ。

「あぁ、大分いいぜ。去年の冬の熊騒動がきっかけでいくつかは頑丈な建物にする事にした」
「聞いた。ポリテスの方は沈んではおらぬか?」
「大丈夫ですよ。あの時怪我をした者もすっかりよくなって、今では元気にしています。クリフさん達に礼がしたいと言っていました」
「それは良かったです」

 去年の冬、クシュナート経由でジェームダルへと向かう為にこの森を通った時、人食い熊と戦った。その時に怪我をしたヘメラ集落の人々は、無事に回復してくれたようでなによりだ。

 フェレスの視線が二人の背後で少し気後れしているウルズと、その隣りにいるバルンへと向かう。二人とも少し大きな荷物を背負い、ウルズは視線に少しビクリと震えた。

「そっちがウルズか」

 声をかけ、フェレスが近づいていく。そして大きな手で小柄なウルズの頭をポンと撫でた。

「よく来たな、同胞。歓迎する」
「え? あの……」

 ウルズは戸惑った顔をしてフェレスを見て、シウスを見て、バルンを見る。その誰もが穏やかに温かく笑っている。

「あの、私……」
「森が歓迎していますよ、ウルズさん」

 近づいてきたリスクスも穏やかに笑い、フェレスの隣りに並ぶ。そして戸惑うウルズへと言葉を繋げた。

「よく帰ってきたと、言っています。ここは我々エルという一族の生まれた森。外で生まれ、森を知らなくても、魂はここに通じています。だから、何も気にすることはありませんよ」

 穏やかなリスクスの言葉と表情に、ウルズの表情は次第に柔らかく、そして嬉しげに変わっていった。

「さて、立ち話もなんだ。とりあえず来いよ」

 先導するフェレスに従い、ラウル達は木造の家へと場所を移す事になった。

 荷物を置いたウルズとバルンも席に着き、リスクスの淹れてくれたお茶を飲みながら、シウス達は森の近況から話しが行われた。

「森は平和だし、長年人が少なかったから獣や植物もよく育ってる。建物の建造はボチボチだが、森に負担のないくらいでやってる」
「レンガはどうしておる?」
「町で買う事にしています。森に大きな、しかも火を使う建物は建てられませんから」
「上手くいっているかえ?」
「えぇ。診療所にも通えますし、日中は町で働いている者もいます。セヴェルス達が受け入れ、法が整った事で我々も安心して過ごす事ができます」

 そういうリスクスも森で取れた薬草を薬にして、町で売っているらしい。フェレスも森を通りたい人を護衛する仕事をたまにしているとか。
 本当に、帝国もエルもなく混じり合っている気がして、ラウルは嬉しい気持ちで微笑んだ。

「ところでよ、そっちのデカイ荷物はなんなんだウルズ?」

 部屋の隅に置かれた荷物を視線で差したフェレスに、ウルズは悲しげな笑みを見せる。そして手に持って運んでいた小さな荷を机の上に持ってきて、そっと木箱を開けた。

「っ! なんだよ、これ!」

 それは、人の頭蓋骨と僅かな骨だった。
 ウルズはその骨を優しく見つめる。どこか寂しそうな笑みに、ラウルは彼等が運んできたこれらの人の事を思い出さずにはいられなかった。

「ケユクスという、私の……何になるのでしょうか。母の……母の子で、幼い頃から一緒に過ごしてきました。私にとってはお兄ちゃんのような人です。ジェームダルと帝国の戦争で死んで……家ごと燃えてこれしか残っていなかったんですが、それでもここに埋めてあげられたらと思いまして」

 ラン・カレイユの屋敷を燃やした彼の遺骨は、その後ウルズやバルンが拾ったそうだ。それでも頭蓋骨と、太い骨しか残っていなかった。小さな頃に十分な栄養を取れなかった彼の骨は脆くて細くて、細かな骨は燃えてしまっていたそうだ。
 それでも今回の帰郷を促したアルブレヒトが彼等の為に壺を用意し、ここまで運んできたと聞いた。

「そっちの背負子には他に三人分。ウルズの母親と、その妹。そしてナルサッハ様とケユクスの母親の骨だ。元々の墓から掘り起こして持ってきた。故郷に帰りたいだろうと」

 バルンが背負子を見る。そこには箱が三つあって、その全てが遺骨だった。
 ウルズは懐から大切そうに、袋に入った仮面を取り出す。僅かに飾りのついたそれはナルサッハのものだった。

「ナルサッハ様のご遺体は、アルブレヒト陛下の側にあります。だけど相談したときに、これを遺骨の代わりにと預かりました。故郷の森にも行ける様にと、祈りを込めたと言っていました」

 ウルズとバルン以外の表情は複雑に沈む。
 ラウルにとってナルサッハは明らかに敵だった。彼が戦争を先導したことで、多くの悲劇が生まれた。
 けれどシウス達にとっては同じ悲劇に巻き込まれ、悲劇に悲劇を重ねて亡くなった同胞でもある。思いは複雑だろう。
 それにシウスはナルサッハが息を引き取る時、アルブレヒトと共に側にいたそうだ。アルブレヒトにとってはかけがえの無い大切な人だったに違いない。二人の別れを見守ったシウスは、その後しばらく考え込んでいたようだった。

「……こいつらの居た集落は一番町に近くて、被害が大きくて誰も残っちゃいない」

 フェレスが重く伝え、ウルズは俯いて頷いた。おそらく、予想はしていたのだろう。

「あの……お墓とかも残っていませんか? この森に、受け入れてはもらえませんか?」

 不安そうな瞳が見上げてくる。それに、リスクスがふわりと笑った。

「いいえ、そんな事はありません。フェレス、急ではありますが案内しましょう。彼等もまた、森で生まれ森に帰ってきた者です。皆と再会できたら、嬉しいでしょう」
「……だな」

 フェレスが腰を上げ、リスクスも腰を上げる。そして全員を連れて森の奥へと出かけていった。


 森の奥にある洞窟は、見た目こそ洞窟だが立派な扉がついていた。その扉についている鍵を開けて中に入ると、そこは補強された暗い通路。
 壁際の松明に明かりをつけつつ奥へと向かった一行は、開けたそこに広がった光景に息を飲んだ。

 そこは、共同墓地とでもいえばいいのだろうか。固い岩盤に穴が掘られていて、そこには幾つもの骨が収められている。地下へもドンドン続いていて、壁際の階段を降りる間もそうした穴があった。

「エルは死ぬと大抵がここに収められる。エルの大切な人が眠る場所に、他の者も眠りたいと願ってな」
「大切な人?」

 先頭をいくフェレスは頷き、空いている穴に全員の骨を壺ごと収め、懐から乾燥させた草を数枚出すと皿に入れて、そこに火をつけた。
 空間に清涼な香りが漂う。リスクスは小さなコップに水を入れて穴に収め、シウスが知らない言葉で何かを言っている。おそらく、祈りの言葉なのだろう。

 全員が自然と黙祷する。静かで、辺りは人骨だらけなのに不思議と嫌な感じも怖い感じもしない。ここには悪いものは何もいない。それを確信出来る静寂だった。

 草が燃え切り、皿とコップを片付けたフェレスは何故か更に奥へと一行を案内する。リスクルとシウスは静かな面持ちで、厳粛な感じが漂う。周囲もそれに飲まれるように口数は減り、ただ黙って歩いていた。

「ここから先の事は他言無用だ。争いの原因にもなるからな」

 重苦しい中に現れた扉は、美しいレリーフが施されている。そのドアを開けた先は、円形の綺麗な部屋だった。
 天井や壁が仄かに光っている。見るとそれは石が光っていて、暗いと余計に輝きが増して星空の中にいるような気持ちになる。
 その中央にあるのは、台座に置かれたガラスの棺。そしてそこに横たわっているのは、綺麗な一人の男の人だった。

「え? あれって……アルブレヒト陛下?」
「まさかだろ?」

 戸惑った声を微かに上げるウルズと、それを否定しながらも否定仕切れない様子のバルン。
 ラウルだって驚いた。目の前で横たわっている人はどう見てもアルブレヒトに似ているのだ。

 長く白い髪は腰辺りまであり、年月によって僅かにパサパサしている。肌も白と言うよりは少しくすんでいる。
 だがそれはあまりに綺麗なのだ。生前の姿をそのまま残し、長い睫毛が動いて今にも目を開けそうな、そんな想像を抱かせるものなのだ。

「これが、聖ユーミルじゃよ」
「……え?」
「俺達エルを導いた人。帝国に協力することでこの森を俺達の住み処としてくれた人だ」

 信じられない。聖ユーミルは帝国建国に尽力したエルの賢者。もう千年単位で昔の人だ。その遺体がまだ、こんなに綺麗な状態で残っているなんて。

「ここは涼しいでしょ?」
「え? はい」

 確かにこの墓地はとても涼しく感じる。多分、外気温から数度低いだろう。

「その為、腐敗が進まないのでしょう。当時この森でなくなった聖ユーミルの遺体をここに運んだ事は言い伝えで残っていましたが、特に何かをしたわけではないようです。ミイラにしようとしたわけでも、残そうとしたわけでもない。それでも残っているのは、神の思し召しなのでしょうか」

 もう、そうとしか言えない。これが奇跡でなくて、何が奇跡なのだろう。
 呆然としているラウルの隣で、シウスが小さく笑った。

「秘密ぞ、ラウル。こんな事が万が一教会にしれれば、ユーミルの聖遺骸を求めて教会が押し寄せよう。そんな事は、我等もユーミルも望んではおるまいよ」
「勿論です。僕、とても口が硬いんですよ」

 この静かな場所で、この人は沢山のエルの同胞と一緒に眠っている。それがこの人の幸せなのだろうとラウルも理解して、にっこりと笑って頷いた。

「さーて、戻るか! そろそろアイツも到着してるだろ」
「こらフェレス、ユーミルの前ですよ」
「いいじゃねーか。辛気くさいのはお互い望んじゃいないさ」

 豪快に笑い、フェレス達は一度礼をしてその場所を後にする。上へと戻り、通路を松明を消しながら戻っていく。時間にして三十分ほど滞在していたのだろう。上へと戻ってくると、その入り口に一人の人物の陰があった。

「ポリテスさん! どしてここに?」
「他の奴に聞いたらここだと言っていたからな。その節は助かった。皆元気か? チェルルはどうしてる?」
「はい、皆元気です! チェルルは恋人のところで元気にしているようです」
「あの先生か。あれはくせ者だが、いい先生だな」

 ハムレットが東砦で治療していた時に接点ができたらしく、エルの面々も世話になったと聞いた。ハムレットは確かに独特な人物だが、根はけっこういい人なのだろう。
 何よりその側で幸せそうにしているチェルルを見ると、この考えは間違っていないと思えるのだ。

「ポリテス、早かったの」
「こうして顔を合わせるのは初めてだな、セヴェルス。手紙の件は承知している」

 笑顔で迎えたシウスに、ポリテスは人の良さそうな笑みを見せる。そしてウルズを見つけ、そっと近づいた。

「君が、ウルズだね?」
「え? はい」
「そうか……君の母君達に起こった悲劇は聞き及んでいる。同じエルの者として、痛みに耐えない思いだ」

 膝をついて視線を合わせて接するポリテスに、ウルズはやや俯き加減で頷く。
 ラウルも話しを聞くだけだったが、どれほど苦しかったのだろう。これはもう、当事者しか分からない痛みだったに違いない。
 それでも今、前を向いて歩き出せている彼女はとても強い少女だと思っている。

「あの……」
「そいつは、こっから離れたヘメラ集落っていうエルの集落の若族長のポリテスだ。そして、お前の血縁者だよ」
「え?」

 フェレスの言葉に驚いて顔を上げたウルズは、周囲を見回して、ポリテスをジッと見た。正直この二人は似ていない。ウルズはまったく実感が湧かない感じだった。

「誰か縁者がいないか調べていたのじゃ。エルは案外移動する。母方の方であれば、遠く離れた集落に縁者があるかもしれぬとな」
「そんで、色々調べまわったんだよ。灯台もと暗しってのはこのことだぜ。まさか知り合いにぶち当たるとはな」
「ポリテスの父が貴方の母君の母……祖母? の兄にあたるのです。エルの男は遠く離れた集落から娶る事が多くありまして。貴方の祖母も嫁いできたようです」
「あの、では……本当に?」

 信じられないと言わんばかりのウルズの視線がポリテスを見つめる。それに、ポリテスは微笑んでしっかりと頷いた。

「親父の日記や、長生きな爺様連中にも確認した。確かだよ」
「私……独りぼっちじゃないの?」
「あぁ」

 ウルズの大きな目に、僅かに涙が幕を張っていく。そしてポリテスの首にだきついて、顔を隠して震えていた。

「ここはお前の里でもある。遠く離れても、疲れた時には帰っておいで」
「はい!」

 抱き合って出会いを喜ぶ二人を見るシウスは、穏やかで嬉しそうに笑っている。その隣りにいるラウルもまた、よかったと心から思った。
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