恋愛騎士物語4~孤独な騎士のヴァージンロード~

凪瀬夜霧

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16章:特別な記念日を君に

4話:前夜(ファウスト)

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 ランバートの婚約式の前日、オスカルの誘いでシウスの部屋で飲むことになった。
 正直、予定が狂ったとも言える。今日はランバートと同じ部屋で眠って、明日の朝起きて格好を整えたらプロポーズと思っていたのだ。まぁ、未だに何を言っていいか迷う所なのだが。
 今のところ、ランバートにはバレていないらしい。レイバンやボリス、ラウルやクラウルからも悟っている様子はないと言われた。更に言えばゼロスからは、おそらく自分の誕生日も忘れているとの事だ。
 誕生日を忘れているのは毎年の事だ。おそらく去年祝っていないから余計に頭にないのだろう。

 そんな状態なら、むしろそっとしておく方がいいのではないかとオスカルに言ったのだが、何故か頑なにやると言われた。何を考えているのか分からないが、何かやるつもりだろうとは思った。

 それぞれがパートナーと共にシウスの部屋に集まると、程なく酒盛りが始まる。ランバートはファウストの隣で、いつもよりも早いペースで飲まされている。

「それにしても、ランバートにはうちの愚弟がお世話になったね」

 オスカルが空になったランバートのグラスに酒を注ぎながら話しかけている。側ではラウルやエリオットも笑っている。

「世話だなんて。ジェイソンは今後期待出来る優秀な隊員ですよ」
「そうかな? 怪我して、しかも痴情のもつれで傷開いてなんて情けないよ」
「そういう部分、貴方にもあると思いますけれど」

 エリオットが苦笑するのに、オスカルは知らんぷりをした。

「それにしても、ジェイソンとアーリンが恋人同士になるなんて思わなかったね。なんだか正反対な感じがしたのに」

 ラウルが不思議そうな顔をして言うのに、ランバートは頷く。だがその表情はとても明るかった。

「最初は驚いたけれど、いい組み合わせなんじゃないかな? ジェイソンって、けっこう懐が深そうだし」
「そう? ド直球すぎるおバカだと思うけれど」
「……あの、ジェイソンとアーリン、お付き合いしているのですか?」
「エリオット、相変わらずそっちは鈍感だよね」

 誰が見てもあの二人の間に何かある事は分かる。ジェイソンはアーリンにべったりで好意を隠さないし、アーリンも時々熱っぽい目でジェイソンを見ている。この二人の間に何もないというのが、むしろ無理な雰囲気がある。

「そういえばあの二人の部屋って、元々僕たちが使っていた部屋なんだよね」

 ラウルが言うのに、ランバートが懐かしそうに頷いた。

 ラウルがシウスと結婚して部屋を出て、ランバートは補佐官となって部屋を出た。しばらくは空き部屋となっていたのだが、そこに今ジェイソンとアーリンが入っている。

「色々あった部屋だから、なんだか思い出深くて困るよね。たまに部屋を見たくなっちゃうよ」
「色んな話しをしたからな」
「一緒にお茶したり、編み物もしたよね」
「そんな事もあったな」

 笑い合いながらランバートの酒は進む。それというのもランバートが少し飲むと、オスカルがすかさず減った分を注ぎ足しているのだ。
 何か、ランバートを酔わせて企んでいるのか?
 ファウストがオスカルを睨むと、オスカルは苦笑してこっそり人差し指を唇に持っていく。「黙ってろ」の合図だ。

 そうして一時間も経つと、ランバートの目が少しトロンとしてくる。ファウストにもたれる体もいつもよりも重みがかかっている気がした。

「ランバート」

 それまでずっとクラウルの側で飲んでいたゼロスが、不意にランバートの前に来る。神妙な顔をしているゼロスを、ランバートがぼんやりと見つめている。

「お前の悩み、ここにいる人達に聞いてもらったらどうだ?」
「!」

 ここに来てようやく、ファウストはこの飲み会の主催が誰かを知った。妙な部分ばかりクラウルに似てきたゼロスが、真剣な目をしている。ファウストにも悟られず、おそらくオスカルを引き当てたのだ。実際、クラウルは首を傾げている。

「ランバート、お前の抱えている問題はとても難しい。けれどここにいる人は国の頭脳と言っても過言ではない人達で、更に口も硬い。外に漏れる事はない」

 ランバートは頷くでも、首を振るでもない。ただぼんやりとゼロスを見ている。

「この人達が信頼出来る人達だということは、お前が一番よく知っているだろ?」
「……僕も、それがいいと思う。僕はファウストから聞いたけれど、二人で抱えるには苦しいよ。二人で抱えられないものなら、もっと沢山の人にも一緒に抱えてもらってさ、知恵を絞ったっていいじゃん。解決策なんて出なくてもいいよ。話すだけで楽になるんだから」

 この場にいる皆の視線がこちらへと向かう。ファウストとしては言っても構わない。ファウストの気持ちはほぼ決まっている。父親よりもランバートの方が大事だ。
 けれどランバートが諦めない。何故か頑なに譲ろうとしない。

 なみなみとグラスを満たしていたワインを、ランバートは一気に煽った。そのグラスを少し乱暴にテーブルに戻すと、スッと息を吸った。

「では、誰か教えてくれませんかね? もう俺、どう進んでいいか分からないんですよ」

 張りのある声が訴える音は、なんだかとても痛い。いつもと様子の違うランバートに、その場の全員がオロオロした。

「あの、ランバート?」
「今更ファウストにシュトライザーを継げなんて、酷いと思いませんか? 認めて欲しいと思っていた矢先に、認めてやるから跡取りどうにかしろなんて難題、どうしろっていうんです? 愛人許せるほど、俺、心広くないです」

 一気に吐き出した言葉を、エリオットやシウス、クラウルは正しく理解した。そして皆が顔色を無くしてファウストを見た。
 ただ、頷くしかできなかった。けれどそれだけで十分だった。

「ファウストに愛人をつけると言ったのですか? アーサー様が?」
「そうですよ」
「どうにかできないのか? 養子とか」
「シュトライザー家って、案外ドロドロでした。当主を継いだ途端、弟とかは養子や婿に出して家名から追い出すし。先々代は弟死んでて近い親族いないし。アーサー様一人っ子だし。どこから養子もらえっていうんですか? 俺にシュトライザー家の消した歴史を引っ張り出せって? 無茶を言わないでくれ」

 語尾が荒くなる。これで止めて欲しいのに、オスカルはグラスにワインを注ぐ。それをランバートがグビグビと飲むのだ。

「ファウストには兄がいるであろう? そやつが跡継ぎではないのかえ?」
「血が繋がっていないそうです。アーサー様の子ではないと」
「なんと! とんでもないスキャンダルをこのような場で晒すでないよ」
「知らない。ファウストの兄弟しか自分の子供はいない。そう言うんだから、俺にどうしろっていうの?」
「あの……ルカさんとか」
「マクファーレンの次期当主だよ。そこに生まれる子はマクファーレンの子だし、養子にって言っても何人産んでもらうの? まだ結婚もしてないのに。しかもファウスト機能的には立派だもん。そこ、頼むの?」
「うっ、うーん…………」

 ラウルが困って黙り込む。空いたグラスにゼロスが注いで、ランバートはまたそれを一気に煽った。

「あの、ランバート。そろそろ酒は……」
「大体! ファウストがもっとちゃんと親子の仲を暖めておかないのも悪い!」
「はい!」

 もの凄い勢いでまくし立てられたら、返事はこれしかない。じとりとしたドスの利いた目がこちらを見る。完全に肌が上気した状態で、ランバートは射殺す勢いでこちらを見ている。

「二人とも意地っ張りで、本当に面倒くさい! 色々あったのは分かるよ。嫌いだっていうのも百歩譲ってあったとしてもさ、大人なんだからちゃんとその辺のパイプは維持しておかないとダメだろ! 親子なんだからさ!」
「はい……」
「あっ、マジの説教だ」

 箍が外れたようにランバートの言葉はとまらない。舌を潤すように酒を飲み、飲み込んでいたのだろう事を口にする。
 逆を言えば、普段こんなにもコイツに我慢をさせてしまっていたのだろう。

「ほんと、なんでこんなに似てるんだよあんた達。面倒くさい部分まで似てて」
「ランバート?」
「だから俺、捨てられないんだよ。アーサー様見てると、未来のファウスト見てるみたいで放っておけないんだ。だって、あんたら今すれ違ったら二度と向き合わないだろ。お互い綺麗に存在していなかったみたいな顔するだろ。葬式すら出ないつもりだろ」
「う……」
「うっ、てなんだ!」
「いや、すまない」

 図星過ぎて何も言えなくなった。

 けれどそんなに、似ているのだろうか。ルカやアリアにも言われているが、当人達は否定している。
 けれど改めて指摘されると、確かに似た部分はあるのだと思う。

「未来のファウスト見捨てるみたいで、嫌だ。ちゃんと向き合って、話しろよ。納得できるまで、互いの事話てくれよ。俺の我が儘だってのも分かってるけれどさ、このままじゃ俺不安だし、寝覚めが悪い。アーサー様からファウスト取り上げたみたいで……俺の幸せの裏で孤独になった人がいるなんて、嫌だ」
「いや、あの、ランバート」

 このまま話しが進むと明日にも響きかねない。主にファウストのメンタルの問題で。

「第一さ、ファウストは自分とも向き合えよ」
「俺と?」
「改ざんしてる記憶、あるだろ」
「?」

 ランバートの鋭い視線が、探り出すような感じになる。覚えはない。なのに心臓はドキドキする。まるでランバートの言葉が真実だと言っているようだ。

「幼い時、アーサー様と過ごした記憶がないって? そんなわけないだろ。本当にアーサー様が酷い人ならどうして、ルカさんやアリアちゃんがあんなに懐いてるのさ」
「それは……」
「ファウストの記憶の中の母上は、幸せそうに笑ってるんだろ?」
「……それは」

 ランバートの言うとおりだ。けれどこれについて考えると、胸の奥がザワザワして気持ちが悪いのだ。
 それでもガンガン酒を飲んでいるランバートはこの日、止まるつもりはないらしい。

「俺も自分の記憶改ざんしてた。痛かったし、後悔も多少あったけれど、今は戻って良かったと思ってる。ファウストは、このままでいいのかよ」
「それは……」

 胸の奥にある気持ち悪いこの感じから逃げていたのは確かだし、向き合う必要も無いと思っていた。
 けれどランバートは、違ったのだろう。いつも気に掛けてくれていたのだろう。父親の事、家の事、心の事。

「ほれ、もう一杯飲め」

 シウスがランバートのグラスに酒を注ぐ。それを一気に飲みきったランバートは、ファウストの胸元を握り混んだ。

「好きだよ、ファウスト。色々言うけれど、好きなんだよ。だから、色んな事を諦めてほしくないし、逃げて欲しくないんだ」

 これは、説教ではなくて訴えだった。見上げる瞳が揺れている。不安そうな表情をするランバートを、ファウストはそっと抱き寄せた。

「嫌われたくないんだ。今更、手を離されたら俺はどうしていけばいい? 新しい恋とか、多分無理だ。俺の心は全部ファウストに渡したんだ。そのくらい、大好きなんだよ」
「あぁ、分かってる」
「分かってない! 分かってるなら、俺の気持ち全部受け止めてよ。重いとか、面倒とか思ってない?」
「思ってるわけないだろ!」
「面倒くさいだろ」
「俺以上に俺の事を思ってくれて、嬉しい」
「……俺、ファウストの側にいたい。ファウストと一緒にいたい。この間に誰もいれたくない。愛人なんて持たないで。でも認めてもらいたいし、ファウストの家族も大事にしたい。我が儘かなえて」
「あぁ、わかった。すまなかった、ランバート。俺が不甲斐なくて、苦しい思いをさせて」

 抱きしめる腕の中で、ランバートの体から力が抜けていく感じがあった。瞳が時々、落ちてくる。

「愛している、ランバート。この気持ちが変わる事はない」
「うん、俺もだよ」
「ちゃんと向き合って、話しをする」
「約束だからね」
「勿論だ」
「……捨てないでよ、ファウスト」
「何を捨ててもお前だけは捨てない。お前がいないと俺も、ダメなんだ」

 背中をあやすように撫でながら伝えると、ランバートは眠いのか胸に顔を埋める。そうしてしばらくで、穏やかな寝息が聞こえてきた。

「……悪かったな、気をつかわせた」

 側にいるゼロスとオスカルに伝えると、二人は苦笑する。そしてどういうことかを今まで知らなかった面々も、不安そうな顔をした。

「大丈夫なのか?」
「分からない。だが、俺の気持ちは決まっている。ランバートを手放さないし、一番に考える。まずは父と向き合ってくる」
「うむ、まずはそれじゃな。シュトライザーの家については、私も少し探りをいれよう。もしかしたら何か見つかるかもしれない」
「すまない、シウス」
「なに、ランバートに助けられておる故にな。こやつの幸せを、私も心から願っておるのよ」

 腕の中で完全に寝てしまったランバートは、どこかスッキリとした顔をしている。あどけない寝顔を見ると、妙に心が穏やかになった。

「出過ぎた事とは思いましたが、どうしても今のランバートを知ってもらいたかったのです。ご無礼お許しください、ファウスト様」

 ゼロスが改まった様子で頭を下げる。それに、ファウストは首を横に振った。

「不甲斐ない俺が悪いんだ、お前が謝る事は何もない。有難う、ランバートの事を知らせてくれて」
「いえ、コイツも意地っ張りなのでファウスト様には見せないようにしていたんだと思います。俺もコイツの抱えているものを知ったのはつい最近の事です。そのくらい、コイツは人に見せていない部分があるんですよ」
「そう、だな」

 秘密主義で、色んな事を抱え込む悪い癖。人の事は言えないだろうに。

「明日、素敵な日にしましょうね」

 エリオットが真面目な顔をして言うのに、オスカルも深く頷く。

「あぁ、そうだな」

 ランバートの気持ちを知ることが出来てよかった。事前に考えていたプロポーズは白紙に戻して、今ここにある飾らない気持ちを伝える事をファウストは誓うのだった。
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