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17章:シュトライザー家のお家騒動
1話:前夜のパーティー(ファウスト)
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『幸せよ、私は。貴方がいて、ルカがいて、アリアがいて。そして、父様がいて』
木漏れ日の家で母が紡ぐ幸せそうな言葉を、忘れたわけではない。心からの笑みを忘れる事は無い。
なのにファウストの中では、父の姿は未だにないままなのである。
◇◆◇
九月の始め、ファウストはきっちりとスーツを着て結婚式場併設のホテルへと来ていた。それというのもこの翌日、待ちに待ったルカの結婚式が行われるのだ。
当初は八月の予定だったのだが、諸事情があって準備に手間取りここまでずれてしまった。
その諸事情というのが……
「ごめんね兄様。流石に予想外だったんだ」
申し訳なくファウストへと頭を下げるルカの隣には、婚約者のメロディがいる。その腹部はふっくらと膨らんでいた。
「そんな事はいいんだ。少し驚いたが、喜ばしい事だろ」
白いタキシード姿のルカが少し照れた顔をする。それはとても幸せそうで、ファウストも自然な笑みを見せた。
ルカの婚約者のメロディはもう一年以上一緒に生活し、ルカの仕事を手伝っている。今後も店をできる限り続けていく予定だと、親族の顔合わせと結婚の日取りを決める時に聞いていたのだが……まさかその後、妊娠が発覚するとは思わなかった。
大事を取って安定期に入るまではと様子を見ていたが、合わせてドレスも直さなければならず、それに時間がかかってしまってこの季節になってしまったのだ。
「祝い事に祝い事が重なって、実にめでたいではないか」
「義父上の言うとおり、めでたい事なのだから気にするな。今のところ順調なのか?」
「はい、おかげさまで」
ルカとメロディを囲むように、ファウスト、アーサー、リーヴァイがいる。長身三人に囲まれて小柄なルカは少し苦笑した。
そこに軽い足音と、硬質な足音が近づいてきてファウストはそちらへと視線を向け、そしてとても自然な笑みを浮かべた。
「兄様達! メロディ義姉様!」
「アリア」
「アリアちゃん!」
ファウストの陰からひょこりと顔を出すメロディを見て、アリアはパッと表情を明るくする。そうして近づいたアリアは真っ先にメロディの手を握った。
「色々と、おめでとうございます!」
「有難う、アリアちゃん」
「わぁぁ、お腹大きい。あの、触っても大丈夫ですか?」
「勿論よ」
にっこり笑うメロディの許可を貰い、アリアはおっかなびっくり手を伸ばす。そして大きなお腹を優しく数度撫でた。
「神秘ですわ」
「生まれたら見に来てね」
「勿論です!」
興奮したように頬を上気させたアリアが元気に答える。その後ろで、彼女の主治医であるヨシュアが腰に手を当てて困ったように笑った。
「アリア、元気そうだな」
「元気ですよ。それこそ、前回王都に来てからずっと体力作りやお薬を頑張っていらして。なんでも、こちらに来たらお会いしたい相手がいるそうです」
その相手について思い当たる奴がいる。ファウストは静かに穏やかに頷いた。
「ウルバスか?」
「頻繁にお手紙をやり取りしていらっしゃるようです。あちらも仕事の合間だというのに筆まめでいらして」
「そうなのか」
確かにウルバスはまめな男だが、そんなに親しくしていたとは知らなかった。特に詮索するつもりもないが。
「会う約束も取り付けたらしく、その時に疲れて困らせてしまわないようにと」
「顔色も良くなっているからな。いいことだ」
アリアにとってウルバスとの出会いは良い刺激と結果になっているのだろう。兄として、この二人を静かに見守るつもりだ。色々うるさく言ってしまうが、これについては何も言うまい。
ウルバスは誠実で信頼もできる。癖の強い同期の合間を取り持つ事も、元気すぎるだろう部下をまとめ上げる事もあの男は上手い。本人は自分の事を「平凡」と言うが、あれこそ非凡だと思っている。
アリアに対しても気遣いができていたし、何よりもアリアが懐いている。これは大きな事だ。
「ルカの次はアリアかな?」
「その前にご自身の結婚式ではありませんかな? ファウスト様」
ヨシュアの言葉に、ファウストは苦笑して頷く。そして手に力を入れた。
ここで、父と話をする。今夜、家族だけのパーティーを終えたタイミングでルカにお願いしてある。伝えるのだ、ランバートを裏切れない事を。
「父上」
ルカやアリア、メロディと会話をしていたアーサーに声をかけると、彼は真剣な顔でファウストを見る。そして、しっかりと体ごとファウストに向き直った。
「今夜、パーティーの後にお話があります」
ファウストの目を見て、アーサーは僅かに視線を外す。変わった空気にアリアは心配そうな顔をしたが、リーヴァイとルカが微笑み、アーサーの背中を押した事でまた少し緩和した。
「アーサー、父親じゃろう。しっかりせい!」
「父様、僕も同席するから。兄様もいいよね?」
「あぁ、頼む」
ルカは少し困った顔でファウストとアーサーを見る。結局アーサーは頷くばかりで言葉はなく、ファウストも特にそれを求めなかった。
「さて、パーティーじゃ!」
「メロディとアリアは体に障るといけない。挨拶と乾杯くらいにして、今日は休むといい。三階に部屋をとってある。ヨシュア、隣の部屋に控えてくれるか」
「かしこまりました、アーサー様」
「今日はご一緒の部屋ですね、メロディ義姉様」
「楽しみね」
今日は元からメロディとアリアは早く部屋で休む事になっていた事から、二人で部屋を使う事に決まっていた。内扉で繋がった隣には医師のヨシュアが控える事も想定済み。
何より今夜、何時にルカを解放してやれるか分からない。
明日の結婚式と披露宴にはランバートも出席する事になっている。その時に少しでもいい材料を彼に報告したい。婚約式の笑顔を、揺るぎない本物にしたい。
パーティーが始まる。嵐が訪れるまで、あと二時間。
木漏れ日の家で母が紡ぐ幸せそうな言葉を、忘れたわけではない。心からの笑みを忘れる事は無い。
なのにファウストの中では、父の姿は未だにないままなのである。
◇◆◇
九月の始め、ファウストはきっちりとスーツを着て結婚式場併設のホテルへと来ていた。それというのもこの翌日、待ちに待ったルカの結婚式が行われるのだ。
当初は八月の予定だったのだが、諸事情があって準備に手間取りここまでずれてしまった。
その諸事情というのが……
「ごめんね兄様。流石に予想外だったんだ」
申し訳なくファウストへと頭を下げるルカの隣には、婚約者のメロディがいる。その腹部はふっくらと膨らんでいた。
「そんな事はいいんだ。少し驚いたが、喜ばしい事だろ」
白いタキシード姿のルカが少し照れた顔をする。それはとても幸せそうで、ファウストも自然な笑みを見せた。
ルカの婚約者のメロディはもう一年以上一緒に生活し、ルカの仕事を手伝っている。今後も店をできる限り続けていく予定だと、親族の顔合わせと結婚の日取りを決める時に聞いていたのだが……まさかその後、妊娠が発覚するとは思わなかった。
大事を取って安定期に入るまではと様子を見ていたが、合わせてドレスも直さなければならず、それに時間がかかってしまってこの季節になってしまったのだ。
「祝い事に祝い事が重なって、実にめでたいではないか」
「義父上の言うとおり、めでたい事なのだから気にするな。今のところ順調なのか?」
「はい、おかげさまで」
ルカとメロディを囲むように、ファウスト、アーサー、リーヴァイがいる。長身三人に囲まれて小柄なルカは少し苦笑した。
そこに軽い足音と、硬質な足音が近づいてきてファウストはそちらへと視線を向け、そしてとても自然な笑みを浮かべた。
「兄様達! メロディ義姉様!」
「アリア」
「アリアちゃん!」
ファウストの陰からひょこりと顔を出すメロディを見て、アリアはパッと表情を明るくする。そうして近づいたアリアは真っ先にメロディの手を握った。
「色々と、おめでとうございます!」
「有難う、アリアちゃん」
「わぁぁ、お腹大きい。あの、触っても大丈夫ですか?」
「勿論よ」
にっこり笑うメロディの許可を貰い、アリアはおっかなびっくり手を伸ばす。そして大きなお腹を優しく数度撫でた。
「神秘ですわ」
「生まれたら見に来てね」
「勿論です!」
興奮したように頬を上気させたアリアが元気に答える。その後ろで、彼女の主治医であるヨシュアが腰に手を当てて困ったように笑った。
「アリア、元気そうだな」
「元気ですよ。それこそ、前回王都に来てからずっと体力作りやお薬を頑張っていらして。なんでも、こちらに来たらお会いしたい相手がいるそうです」
その相手について思い当たる奴がいる。ファウストは静かに穏やかに頷いた。
「ウルバスか?」
「頻繁にお手紙をやり取りしていらっしゃるようです。あちらも仕事の合間だというのに筆まめでいらして」
「そうなのか」
確かにウルバスはまめな男だが、そんなに親しくしていたとは知らなかった。特に詮索するつもりもないが。
「会う約束も取り付けたらしく、その時に疲れて困らせてしまわないようにと」
「顔色も良くなっているからな。いいことだ」
アリアにとってウルバスとの出会いは良い刺激と結果になっているのだろう。兄として、この二人を静かに見守るつもりだ。色々うるさく言ってしまうが、これについては何も言うまい。
ウルバスは誠実で信頼もできる。癖の強い同期の合間を取り持つ事も、元気すぎるだろう部下をまとめ上げる事もあの男は上手い。本人は自分の事を「平凡」と言うが、あれこそ非凡だと思っている。
アリアに対しても気遣いができていたし、何よりもアリアが懐いている。これは大きな事だ。
「ルカの次はアリアかな?」
「その前にご自身の結婚式ではありませんかな? ファウスト様」
ヨシュアの言葉に、ファウストは苦笑して頷く。そして手に力を入れた。
ここで、父と話をする。今夜、家族だけのパーティーを終えたタイミングでルカにお願いしてある。伝えるのだ、ランバートを裏切れない事を。
「父上」
ルカやアリア、メロディと会話をしていたアーサーに声をかけると、彼は真剣な顔でファウストを見る。そして、しっかりと体ごとファウストに向き直った。
「今夜、パーティーの後にお話があります」
ファウストの目を見て、アーサーは僅かに視線を外す。変わった空気にアリアは心配そうな顔をしたが、リーヴァイとルカが微笑み、アーサーの背中を押した事でまた少し緩和した。
「アーサー、父親じゃろう。しっかりせい!」
「父様、僕も同席するから。兄様もいいよね?」
「あぁ、頼む」
ルカは少し困った顔でファウストとアーサーを見る。結局アーサーは頷くばかりで言葉はなく、ファウストも特にそれを求めなかった。
「さて、パーティーじゃ!」
「メロディとアリアは体に障るといけない。挨拶と乾杯くらいにして、今日は休むといい。三階に部屋をとってある。ヨシュア、隣の部屋に控えてくれるか」
「かしこまりました、アーサー様」
「今日はご一緒の部屋ですね、メロディ義姉様」
「楽しみね」
今日は元からメロディとアリアは早く部屋で休む事になっていた事から、二人で部屋を使う事に決まっていた。内扉で繋がった隣には医師のヨシュアが控える事も想定済み。
何より今夜、何時にルカを解放してやれるか分からない。
明日の結婚式と披露宴にはランバートも出席する事になっている。その時に少しでもいい材料を彼に報告したい。婚約式の笑顔を、揺るぎない本物にしたい。
パーティーが始まる。嵐が訪れるまで、あと二時間。
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