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18章:お嬢様の恋愛事情
5話:後悔(アリア)
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目が覚めた時、外は茜色になっていた。暖かなベッドの中、腕には久しぶりに点滴がついていた。
「目が覚めたね、アリア」
「ハムレット、先生?」
ベッドの直ぐ側に人が来て覗き込む。それはつい最近知り合った人の顔だ。
でも、責めるような目は初めてで、とても悪い事をした気持ちになった。
「私……」
「軽い発作。ウルバスが青い顔で担ぎ込んできたよ。なんでも君が監禁された場所からここが一番近かったって。それでも一キロくらいあるのに、凄い早さで走ってきたみたい」
ウルバスに抱えられた温もりを覚えている。けれど同時に怖いウルバスの顔も覚えている。
あれがウルバスの本心? 殴られていたアントニーはどうなったの? トーマスは?
「少し前まで騎士団が忙しくしてたよ。そうそう、アントニーとか言う青年、腕切ったよ」
「え?」
言われて、その事実を理解して、アリアは震えた。青紫になっていたあの腕はウルバスが砕いたものだった。その腕を、切った?
「ちょっと保たなそうだったから、ここで手術した。片方は綺麗に折れてたけど、もう片方はバキバキに砕かれて粉砕しててさ、繋ぐことも出来なかった。あのままだと肘から先が壊死しそうだと判断して切った」
「あの、トーマスさんは」
「あっちも危なかったかな。仲間内でもめて殴られたみたいで、突然頭が痛いって言って意識を失ったんだって。外傷性くも膜下出血。ただ出血がとても少なくて、症状が出るまでに時間がかかったんだね。開頭手術をして血液を抜いて、出血部を縫合したけれど今も意識は戻らない」
大変な事になっていた。そのことにアリアは青い顔をする。
ハムレットはそんなアリアの側に腰を下ろして、少し厳しい目でアリアを見た。
「分かる? 君はもうこのくらいの大事になってしまう存在なんだよ」
「あの……」
「自覚を持つことだね。人を使う事をちゃんと覚えないとダメだよ。知らない人に声をかけられても、直接動いてはいけない。それが出来るのは自衛できる人だけ。不用意な行動や言動が全部被ってくる。今回は吹けば飛ぶような貴族が相手だからもみ消すことは出来るけれど、一人は腕を失い、もう一人は命を失う可能性もまだ残っている」
突きつけるようなハムレットの言葉を、アリアは震えながら受け止めた。受け止めなければいけないことなんだと真剣に感じた。
「私……どうやって償っていけば」
「もらってあげたら? 愛人としてでも、ヒモとしてでも」
「でも、そんな!」
「出来ないなら、償いも同情もしないことだね。綺麗に忘れるのも必要な事だよ」
「でも!」
「中途半端な優しさが一番タチが悪い。面倒は家に任せて、君は少し自分と向き合いなよ。バカみたいに勉強して体痛めつけて何してるわけ? 体直していきたいんじゃないの? 一人で思い詰めて突っ走って、一人で決めて。それで今後も行くの?」
ハムレットが腕を組んで難しい顔をする。それだけでアリアは泣きそうで……実際に泣いていた。
「空回りと、生き急ぎすぎ。深呼吸して、周りを見てごらんよ。君の周りには君の力になりたい人が沢山いるじゃん。差し伸べてくれる手を取る余裕くらい持ちなよ。君、まだ若いんだから」
「私……」
「……ちょっと、言い過ぎたかな。焦る気持ち、僕は少しだけ分かるんだ。僕も小さな頃は体が弱かったから、諦めとかも沢山あった」
「先生も? あの、先生はどうやって直したのですか!」
知らなかった。もしかしたら自分も治るかもしれない。期待を込めて見つめたが、ハムレットは首を横に振った。
「僕のは呼吸器官の病気。君のは心臓。僕は偶然にも投薬で良くなったけれど、君のは手術しなきゃどうにもならないし、その手術だってほぼ成功しない。今の医術ではちょっと難しいね」
「そう……なんですか……」
俯いて手を握って、やっぱり望む未来なんて手に入らないんだと思ったら涙が止まらなくなった。まだあの変な匂いのオイルが利いているのだろうか。
布団の上で手をギュッと握ったままボロボロになくアリアの頭を、ハムレットが優しい動きで撫でてくれる。
「何を諦めたの? お兄様、聞いてあげるよ?」
「私……」
「うん」
「私、好きな人にちゃんと向き合いたい。でも、この体じゃ何も応えられない」
「……そっか。そうだよね、分かるよ。僕もいつ死ぬんだろうって考えてた時は、大事なものを持ちたくなかったから」
手の動きが優しくて、体中の水分が全部出るんじゃないかってくらい涙が出る。堪えていた分が全部出て行く感じがした。
「でもさ、大事なものを持たないと頑張れない事もあるよ」
「え?」
「僕はランバートがいて、ランバートの為に元気にならなければって頑張った。そして今は大事な猫くんと一緒に生きている。怖いかもしれないけど、力になる」
ポッと、心に灯るウルバスの柔らかな笑顔。ブローチをくれたとき、一緒に食事をしてくれている時。またあんな風に一緒にいたい。だから頑張ってきた。実際体力もついて、苦しくならずにいられることがとても多くなった。
「しばらく勉強禁止。君は君の気持ちを見つめてごらん。自由な時間を過ごすように。勿論、外出するときは人をつけること!」
「はい」
その後泣き疲れて眠ってしまうまで、ハムレットは側にずっといてくれたのだった。
▼ファウスト
アリアの事件は発生の報告をシュトライザー家から受け取って三時間後には解決した。
というよりは、強制終了なのだろう。
車輪の跡は幸運にもウルバスが追っていた時点では残っていて、それは郊外の放置された小さな屋敷まで続いていたようだ。
後で調べたが、そこは容疑者の一人であるトーマスの親族が昔使っていた別荘だったそうだ。
容疑者トーマスとアントニーは男爵家の末っ子同士で、社交界に出入りはしているもののあまりパッとしない。そこにアリアが現れ、一目惚れしたそうだ。
だが当然、そんな唐突な恋が成就するはずはない。酒を飲んでこの話をしていた二人はその勢いでシュトライザー家の裏に馬車をつけ、アリアを拉致。郊外の屋敷に監禁して性的暴行を加えようとした。
これが僅かに聞けた容疑者の証言、御者の証言、そして彼らを知る店の者達の証言を合わせた事件の起こりだと思う。
単純に行けばトーマスとアントニーは誘拐監禁と強制猥褻の罪で逮捕。裁判が行われて正当な処分が下る。
だが今回この事件が多少面倒になったのは、助けに入ったウルバスによる過剰防衛。アントニーの腕は肘から下が粉砕状態で細かな骨が周辺組織にも突き刺さり、とても再建できる状態にはなかった。しかもこのままでは肘から下の組織に血液が回らず壊死する可能性まであり、切る事になった。
これはウルバスが発作を起こしたアリアを担いでハムレットの所に駆け込み、事態を知ったエリオットと協議した結果だった。
トーマスもしばらくは話ができたが、突然頭が痛いと苦しみだして意識を失い、そのままハムレットの屋敷で手術が行われ、今も意識がなく、ハムレットの屋敷に入院している。
この件は処分対象になる。騎士団員は例え武器を持たなくても一般人に過剰な攻撃を加えてはならない。相手が徹底的に抵抗したり武器を持っていた場合は別だが、今回はそれに当てはまらない。
いや、当てはまっていても過剰だろう。一方的過ぎる。
これについてウルバスは妙に生気のない表情で「お任せします。お手数掛けます」とだけ言って部屋で謹慎してる。
気にはなるのだが、問題はもう一つあるのだ。
アントニーが持っていたオイルの匂いにランバートが反応した。嫌な臭いだと言うのだ。どうにもスノーネルで使われた薬に似ているそうだ。
気になり、瓶に残っていた液体を持ち帰り、薬に詳しいオリヴァーも一緒になって調べているのだが……どうにもきな臭い事になってきたようだ。
「オリヴァー様の見立てでは、あの瓶に入っていたオイルはスノーネルの薬とは違うもののようです」
調査に加わりながら報告にきたランバートが、ファウストとシウスの前に紙を出す。そこには現段階の薬の効果が書かれていた。
「スノーネルの薬は幻覚剤が主な成分で、使うと一瞬の高揚感や性欲の高まりがありますが、薬が体外に排出されると幻覚、幻聴、被害妄想が始まりやがて廃人となるそうです」
「改めて恐ろしい薬じゃ。早々に規制してよかったわ」
シウスが苦々しい顔でそう呟く。
先の戦争などでスノーネルの薬が度々悪用された事もあり、国は直ぐに生息域を調査し、そこ一帯を制限区域とした。そしてこの薬草を許可のない者が使う事を禁じた。
ただ、まだ分からない事の多い薬草である事も確かで、現在研究者が研究を重ねている。
「一方今回のオイルの成分は少々異なり、幻覚や幻聴の類はみられないとのことです」
「では、何が危ないんだ?」
「このオイルの匂いを嗅ぐとそれだけで、理性がきかなくなります」
「……は?」
それは……どういうことだろうか?
「欲望に勝てなくなると言いますか、深層心理が暴露されると言いますか。精神的な欲求や不安、不満、性格などが理性を切る事で浮き彫りになってしまうんです。自分に自信のない者が使うと更に落ち込み、やがて自死にも繋がったり」
「嫌な薬じゃの」
「欲求が満たされない者が使うと、犯罪だと分かっていても欲求を満たしたい衝動にかられて犯罪を起こしてしまう。憎しみや不満、快楽などを何倍にも強めてしまうようです」
「なるほど……」
ということは、あのオイルをもしも自分が使ったらランバートは危険ということだ。
そんな不謹慎な事を一瞬考えて、ファウストは黙って霧散させた。
「オリヴァー様の話では、この手の効果のある毒は帝国やその周辺諸国にはないそうです」
「そうなのかえ?」
「はい。古いクックの文献にいくつか、こうした効果のある植物の記載があるそうですが……その植物のある国がまた問題といいますか」
「どこだ?」
「……どうやら、サバルド王国の密林にあるようです。彼の国ではこのオイルを『魔薬』と言い、古い密林の民が神事などで今も使っていると言われています」
その国の名を口にした途端、シウスの目が僅かに険しく眇められる。ファウストはそれを、ただ静かに飲み込んだ。
今現在、サバルドの第三王子をひっそりと匿っている。ベルギウスの本邸に身を寄せている王子とその従者に、今のところ脅威はない。
彼の国は今、現国王派と前国王派が対立し、内戦状態だ。商売あがったりらしく、リッツは文句を言っているとランバートが言っていた。
そしてこの国にはもう一人、サバルドと関わる人物がいる。グリフィスは前国王の忘れ形見。帝国に帰依してからは全くそのような素振りも見せない男だが、その容姿は明らかに彼の国の王族そのものだ。見れば一発で分かるそうだ。
そんな複雑な状況、人物を抱えた帝国内で、サバルドの『魔薬』と呼ばれる物が見つかる。その意味は考えたくないものだ。
「最悪、巻き込まれかねんの」
「どうでしょうか。サバルドは流石に遠いですが。外海の国がわざわざここに攻め入りますかね?」
「その言葉をキアランに言ってみよ、あの男は『甘い!』と叫ぶぞ。火種はあり、遠いが手は届くのだ。全くあり得ぬとは言えぬのよ」
シウスが深い溜息をついたとき、ドアが軽くノックされてキアランとウェインが顔を覗かせた。
「失礼します、シウス様。本日の事件の報告書をまとめられる分だけまとめて参りました」
「ファウスト様、現場の検証は終わりました」
「あぁ、ご苦労だった」
それぞれがそれぞれの上司に報告をしにくる。そこでふと、ファウストは心配になって二人に声をかけた。
「悪いが、可能ならウルバスの様子を見てやってくれないか?」
「ウルバスのですか?」
キアランは表情を引き締めたままで問い返す。それに、シウスも僅かに顔を上げた。
「そういえば、様子がおかしかったな。心ここにあらずであった」
「あの男がですか? あまり想像ができませんが」
「今回大変だったみたいだから、疲れたのかもね」
「だが、過剰防衛に出た原因の一つはあのおかしなオイルを吸い込んだせいかもしれないとオリヴァーが言っておりました。あの男がまともな状態であのような事をしたとは考えがたいのですが」
「そうなの!」
ウェインが驚いた顔をして、キアランが呆れる。
確かに理性をそぎ落とす薬が原因の一つになったことは考えられる。そもそもあいつの中にそのような衝動があったことも驚きではあるが。
「今回の事、一週間程度の謹慎と数ヶ月の減俸程度が妥当かと思います。そもそも奴らは罪を犯していて、こちらは救出したのです」
「キアラン、それはこちらの立場に立ちすぎた意見じゃ。過剰であったのは確か。厳正に王を含めて審議し、正式な処分をせねばならぬ。謹慎はそれまでの仮処分じゃ」
「シウス様冷たい」
「内が甘くなってどうする。世に出したくなくば暗府のように上手くやるのだな。まぁ、それも正しいとは言えぬが、大きなものを動かす時には歪む。そこを辻褄合わせをする者もまた、必要なのも確かじゃ」
宰相という立場上、シウスは国の表も裏も知っている。そのバランスを取り、正式な事件として扱うのか、内々に全てを消してしまうのかを判断するのもシウスの仕事の一つ。その中でこいつは本当に頑張って、私利私欲ではないもので動いていると思う。
正直、ファウストはクラウルと話しているとこのバランスや重要度の判断が難しいと感じる。判断を間違い裏が表に響けば、それだけでバッシングの原因になっていく。勿論クラウルがし損じることはないのだが。
「今回の事は既に表に置かれている。今から裏にする事も力業ではできるが、歪むでな。ウルバスには処分を受けてもらうが妥当じゃ。だが、そう酷い事にはせぬよ」
「お願いします。あいつに何かあると我が国の海上に大きな穴が開きます。サバルドの動向も気になりますし、平和になりつつあるとは言え全く何も無いとは言えませんので」
「わかっておるよ」
キアランの言葉にシウスは応え、二人は「ウルバスの部屋に行ってみます」 と言って出て行った。
「ウルバスの事か……少し、引っかかりはするんだがな」
ウルバスの今回の異変は、穏やかで柔和な彼からは想像できないものだった。彼は相手を過剰に痛めつけたり、無抵抗の者を嬲るような事はしない男なのに。
「チャートン家の呪いか?」
「そんなに有名なのか? 全く知らないわけではないが、あまり考えていなかった。あいつ自身の人間性を信じているから」
「あの周辺では有名じゃ。ヴァンパイアの王を倒した家というよりは、呪われた狂気の一族としてな」
「狂気の一族?」
「なんでも、男に多く精神的な異常が出るらしい。生き血を欲してメイドを殺したとか、人肉を食らったとか」
「そんな話が……」
正直ゾッとする。人間の血液なんて臭くてたまらない。錆びた鉄に生臭さを加えたようで到底口になどできない。更に人肉なんて、想像するだけで胃がキュッとする。
「まぁ、話に尾ひれはつきものじゃてな、何が真実か。だが奴の父、そして祖父が異様であったことは確かなようでな」
「ウルバスはそれを継いでいるか?」
「それは分からぬ。私もあの男の人間性を信じておるよ。だが……あやつは心を見せぬ部分があるゆえな」
腕を組んで考えるシウスを見ると、人を見るこいつですら判断が難しいのかと思ってしまう。
「俺は、信じています」
「ランバート?」
「今回の事は驚きましたが、それでも俺は今までのウルバス様が作られた仮面だとは思いたくありません。狂気はあっても、普段もウルバス様だと思っています」
「……そうだな」
何にしてもウルバスの一件をきっちりとしておくこと。ファウストはこの時、このくらいの問題としか思っていなかったのであった。
▼ウルバス
アリアに手を上げた。
ウルバスの思考はそれで埋まり、強い恐怖に全てが止まっている。
アリアを押し倒して、身勝手に感情を押しつけて……挙句の果てに発作を起こさせてしまった。もしも咄嗟にハムレットの事を思い出していなかったら、今頃彼女は……
思うと心臓に冷や水を掛けられたように心底冷えて、頭の中がまた一杯になっていく。
自分のせいだ、自分のせいだ、自分のせいだ、自分ノセイダ!!
大切にしてあげたいと思っている。彼女が笑ってくれたらそれでいい。泣く顔なんて見たくなくて、誰かが彼女を傷つける事に強い憎悪を感じる。
――ソレハ、愛ッテイウノサ。
耳の直ぐ横から声が聞こえるような錯覚。自分の中に巣くうもう一つの衝動。それが嘲るようにウルバスに語りかけてくる。
――何ヲ躊躇ウンダ? 彼女モオ前ガ好キト言ッタダロ?
「黙れ……」
――両思イダロ? 悩ム必要ナンテナイ。
「五月蠅い、黙れ……」
――欲シイダロ? 愛シテクレルソノ手ガ。
「五月蠅い黙れ!」
苛立たしくドンと床を踏む。それでも纏わり付くような錯覚が消えてくれない。いや、より心を蝕むようにそれは甘く囁いた。
――方法ハ知ッテイルダロ?
低く低く忍び笑いながら、それはウルバスに囁きかける。まるで甘い愛を囁くような声音で、ウルバスの心を絡め取るようにしていく。
――欲シイナラ、オ前ダケノ場所ニ閉ジ込メレバイイ。
ドクンと、心臓が重い音で大きく鳴った。
閉じ込める? アリアを? この手で?
――蝶ノ羽ヲムシルヨウニ、手足ヲ縛リオ前ダケノ場所デ愛デレバイイ。
毎日、自分しか知らない秘密の場所に彼女を閉じ込めて、愛を囁いて……自分だけのものに? 世俗から切り離して、誰にも会わせず、あの小さな唇からこぼれるのはウルバスへの言葉ばかり。
――ソウダ、簡単サ。オ前ノ父モ、爺サンモソウシタンダ。
それは……なんて甘美な時間なのだろう。
「!!」
誘惑の声ではない自分の意志が揺らいだ瞬間、ウルバスは絶望を見た。
知っているはずだ、母がどんなに苦しみ、どんな終わりを迎えたかを。それをもたらした父を、嫌悪したはずだ。あんな……愛した人を壊し、殺すような男にはなりたくない。だからだれも好きにならないようにしてきた。友人以上には踏み込ませなかった。
なのに…………よりにもよって大切にと思う相手の一番の脅威が、自分だなんて!
遠ざけなければ。咄嗟にウルバスは剣を抜いて、それを自分の首に押し当てた。何も思わずそれを引けば良かった。
だが、その瞬間に浮かんだのは屈託なく笑いかけてくれるアリアの笑顔だった。
「……っ」
視界が滲む。こんな事、したくない。敵を相手にしても怖いなんて思わなかった。多分それは自分の命など散ろうが残ろうがあまり興味が無かったからだ。でも今は……しがらみができてしまった。
でもその相手を守る為にはこれが一番なんだ。狂った自分が彼女を壊してしまう前に、始末をつけなければならない。欲して、抗えなくなったらきっと求めてしまう。欲望のはけ口に彼女を使ってしまう。
剣を手にして、初めて手が震えた。なかなか、動けなかった。その躊躇いがダメだった。
突如ガチャとドアが開いて、キアランとウェインが何やら話ながら入ってくる。普段からドアに鍵など掛けていなかったし、この二人はよくこの部屋に出入りしているからこれが普通なんだ。
入ってきた二人と目が合って、二人は驚いたように固まった。ウルバスも自分の首に剣を押し当てたまま一瞬固まった。
「あ…………へぁ!!」
「っ!」
止められるわけにはいかない。もうきっと暴走は始まっているんだ。あの廃屋で衝動を止められなかったんだ。もしもアリアが発作を起こさなければ何をしていた? きっと嫌がる彼女を力でねじ伏せて言いなりにしようとした。泣かれて、拒まれて、それでも自分を押し通しただろう。
二人が動き出す前にカタをつけてしまわなければ。ウルバスの手に再度力が入った。そしてひと思いに刃を滑らせようとした瞬間、思いがけない人物がウルバスの腕にしがみついて剣を引き剥がした。
「キアラン!」
「お前、何をしようとしているか分かっているのか!」
「俺はダメなんだ! このままじゃ、きっとアリアちゃんを壊してしまう!」
「そんなはずが無いだろ! しっかりしろバカ者! 貴様、陛下から下賜された剣を自らの血で穢すつもりか!」
キアランの怒声にウェインの金縛りが解けた。動き出す前に、ウルバスはキアランを振り払う。元々腕力などないキアランは簡単に振り払われてよろけて家具に当たり、背を丸くする。
友人だ、心苦しい気持ちは多少あった。頬には僅かに剣が当たったのか赤い筋もある。けれど今のウルバスにはそれに構う余裕などない。再び剣を構える前に、今度はウェインがそこにしがみついた。
「ウェイン!」
「何があったのか分からないけど、落ち着いてよ! 僕、友達が死ぬのなんて見たくないんだ!」
ウェインは小さいがキアランほど楽にいかない。しがみつく腕の力はかなり強いし、元々軽業師のような身のこなしだ。そうしてどうにか彼を振り落とした所で、今度こそ最悪な相手の声が聞こえた。
「おい、なーに騒いでやがんだぁ! 声聞こえ……」
「グリフィス……」
剣を自身に向けるウルバスに、床に転がる二人の友人。それを見たグリフィスが目を丸くしてしばし固まる。だが直ぐに立ち直るのもこの男の強さだ。慌てたようにズカズカ走り寄り、ウルバスを後ろから羽交い締めにしてしまう。
「離せ!」
「んなことできるかよ! バカか!」
「お前に何が分かるんだ! 俺はダメなんだ、もう狂いだしてる。始末しないといけないんだよ!」
「アホか!! んな訳の分からん説明で見てるわけないだろうが!」
ジタジタと暴れてもグリフィスに力で敵うわけがない。臑を蹴ってみたが痛そうな声を上げただけで揺らぎもしない。それどころか一層強い力で羽交い締めにされた。
そのうちにアシュレーが何事かと渋い顔をして来て、驚きつつもドアを閉めてウルバスの手から剣を取り上げキアランとウェインを助け起こしている。
「離せ!」
「ウルバス!」
身を捩るウルバスを押さえ込むグリフィスが疲れて力が緩んできた。だがその時ドアの開く音がして、涼しい顔のオリヴァーが何やらケースを持って現れた。
「おや、やっぱり薬が抜けてませんでしたね」
「オリヴァー、こいつ止めろ!」
「はいはい、分かっていますよ。動かないように押さえていなさいね」
グリフィスがいまいちどしっかりと押さえ込むと、オリヴァーはケースから透明な薬品の入った注射器を取り出し、ウルバスの腕に刺す。それが体に入っていくと、ゆっくりと力が抜けてきた。
「……っ」
力が抜ける。頭がボーッとしてくる。眠ってしまいそうな気だるさも感じる。
ウルバスはそのままズルズルとへたり込み、意識を手放した。
▼ウェイン
何が起こったのか分からない。ウルバスに振り払われて床に落ちたウェインはアシュレーに助け起こされて首をさすった。少し捻ったかもしれない。
「……いったい、何があったんだ?」
少し息の上がるグリフィスは状況が分かっていないみたいに言う。ウェインだって何が起こったのか分からない。けれどウルバスは知らない顔をしていた。いつも余裕そうな笑みを浮かべている人が、追い詰められて余裕のない顔をしていた。
「おそらく、先の屋敷で吸い込んだ薬物の影響が抜けず、マイナス思考に取り込まれたのでしょうね。万が一と思って持ってきた鎮静剤が役に立ちました」
「薬物?」
蹲るキアランを助け起こしながら、アシュレーが怪訝な顔をする。この顔、けっこう怒っている時の顔だ。空気が刺々しい。
「ウェインは覚えがあるのでは?」
「アリアちゃんの拉致事件の現場でしてた、甘ったるい匂いの事? 直ぐに窓開けて換気したけれど、部屋の中が甘くて嫌な感じだった」
現場には二人の男が倒れていて、一人は震えながらひたすら謝っていて、もう一人は失神していた。
その現場はメープルシロップを部屋中にぶちまけて密閉したみたいな甘い匂いが立ちこめていたのだ。
流石にここで検証は無理で、口と鼻を押さえて換気をしたのだ。
オリヴァーはウェインの言葉に頷く。そして今は静かになったウルバスを見下ろした。
「あれは人の持つ欲望や感情を過剰に引きだし、増幅する作用があります。気化しやすく、吸い込むだけでもこれらの作用が働きます。この中に長時間いたので不安には思っていましたが……まさかですね」
「ウルバス、自殺しようとしたんだ! アリアちゃんを壊してしまうって」
ウェインが訴えると、オリヴァーは難しい顔をした。
「深層心理にあるトラウマや記憶、強烈な暗示。そうしたものも引き出してしまうのかもしれませんね」
「ウルバスはこんな事する奴じゃないよ。僕……僕は知ってる。ウルバス、いい奴だもん」
「私もそれを疑ったりしていませんよ。ですが……少なくとも何か、闇があるのでしょうね」
オリヴァーはそう呟いてエリオットを呼びにいく。その間にキアランがようやく起き上がって、痛むのか頭を押さえた。
「っ! ウルバス……止まったのか?」
「キアラン、大丈夫?」
「バカにするな、受け身は人一倍訓練している……頭を少し打ったくらいだ」
とはいえ、軽い脳しんとうを起こすくらいには衝撃があったのだろう。アシュレーがまだふらつきそうな体を支えている。
「呪いになど飲まれやがって、らしくない」
「呪い?」
「……チャートン家の呪いか。ただの噂だろ」
「だと、いいんだがな」
呟いたアシュレーの言葉を、この場にいる誰もが否定できなかった。
ウルバスはそのまま病室に入れられた。起きた時の精神状態が分からないということで軽く拘束具をつけられている。
キアランも頭を打っている事から今日は入院となった。最後に顔を見たときはいつも通りに見えたから、多分大丈夫だと思う。
ウェインはやっぱり少し首を捻っていて、軽い寝違えみたいな感じだった。暖めて楽になったところに、今は湿布を貼っている。
「ウルバス、大丈夫かな?」
一人でいるのがしんどくて、今日はアシュレーの部屋に泊まる事にした。ソファーに座ったまま、ウェインは膝を抱えている。
アシュレーは静かに聞いている。ただその沈黙が重く感じられた。
「僕、何も気づいてあげられなかった。ウルバスは友達なのに、悩んだりしてるの気づいてやれなかったんだ」
情けない気持ちになって顔を伏せると、その頭に大きくて暖かい手がポンと乗った。
「お前のせいじゃない」
「でも! ……でも、情けないんだ。僕いつもウルバスに愚痴聞いてもらったり、悩み相談したりしてるのに。あいつ、黙って聞いてくれて……笑って……っ! 側にいたはずなのに何も気づいてやれてなくて!」
「ウェイン」
「自殺とか絶対にダメだよ! 死ぬのは! 死ぬのは、怖いんだよ?」
思い出すのは、冷たくなっていく体と沢山の後悔。動かなくなる体を感じながら色んな思いがこみ上げて、伝えたい、動きたいと泣きながら願うしかなくなるんだ。
「死にかけた僕だから分かるんだ。後悔ばかりが浮かんでくるんだよ。あの時ちゃんと言えば良かった、こうしたら良かったのにって。伝える力も、動く力もないのにそういう気持ちばかりがあって…………苦しくなるんだよ」
思い出したら胸の奥が締め付けられる。辛くなって……そうしたら、隣のアシュレーが強く抱きしめてくれた。
いつになく痛いくらいの力で抱きしめる腕には必死さがある。感じる手は震えていた。
「俺も、知っている。どれほど慟哭してもどうする事も出来ない悲しみや、怒りや……後悔を」
「っ! ごめんアシュレー、そんなつもりで言ったんじゃないんだ! アシュレーを悲しませたかったんじゃないんだよ」
あの時、アシュレーは本当に怖かったんだと分かる。毎日仕事の時以外はウェインの側で過ごすようになった。夜、同じ部屋で寝るときもうなされて、目が覚めるとウェインの体温を確かめるように触れてきた。
もう大丈夫だって言われてもしばらくは、ウェインを抱いていないと眠れないくらいに不安定になったのだ。
「後悔したんだ、俺も。いつしか恋人という関係に慣れて、お前との時間よりも仕事を優先した。大事にしなければいけない時間や思い出を後回しにした。いつの間にか、時間は有限だということを失念していたんだ。終わりなど、ある日突然訪れるというのに」
「アシュレー」
アシュレーの気持ちが伝わって、ウェインは体を解いて首に抱きつく。そして自分の存在を知らしめるように強く引き寄せた。
「僕はここにいるよ。もうあんなことない」
「あぁ、信じている。だがお前との時間を大事にと思っている。時は無限ではないと、忘れないようにしている」
「僕だってそうだよ。毎日を大事に、後悔しないようにちゃんと伝える事を伝えられるようにしてる」
前よりもっと「好き」も「愛してる」も言うようにした。不満があればそれを口にした。約束は少し怖いけれど、するようにしている。
だからこそ思うのだ。あの時もしウルバスが自殺していたら、きっと後悔したんじゃないかって。何を悩んでいるのか分からないけれど、軽々しく口になんてできないくらい深刻なんだろうけれど、話してほしい。そして一緒に悩めたらいいのにと。
「僕、ウルバスの事殴る」
「は?」
「一発殴って、『命は大事なんだぞ!』って言って、抱きしめて、泣いて……悩み、聞いてやりたい」
素直な今の感情を口にするウェインを、アシュレーはとても穏やかな目で見た。そして柔らかな頭をポンと撫でた。
「お前らしいな」
「うん」
「俺も一発殴ろうか。俺のウェインに怪我させたんだ、当然だろ?」
「えぇ! それは止めろよ、恥ずかしい」
「俺も一人の男だ、大事な者に手を上げられて黙ってなんていないんだ」
「いや、恥ずかしい……。でも、嬉しいか」
絶対させないけれど。
ウェインは照れたように笑い、アシュレーの首に抱きつく。そして小さな声で「有難う」を伝えた。
▼キアラン
念のため一晩を医療府で過ごす事になった。だが、おかしな時間に寝てしまった為に今、眠れないでいる。普段ならばそろそろ睡魔が来てもおかしくはないというのに。
困って、扉を背にいつもと違うベッドに横になっていると、不意にドアが開いた。
驚き、警戒する。騎士団内でおかしな事はないと信じているが根が小心だ、振り向くのが怖いのだ。
しばらくそうしていると入ってきた人物はベッドの側に腰を下ろして、僅かに切った頬の傷をゆっくりと撫でる。
「キア先輩」
苦しげなその声に、キアランは起き上がって振り向いた。そこには憔悴して見えるトレヴァーが座っていた。
「トレヴァー! どうしたんだこんな時間に。そろそろ就寝時……」
「キア先輩」
驚いているキアランを包むように抱きしめるトレヴァーは参っているのだろう。それが伝わって、キアランは広い背をあやすように叩いた。
「どうしたんだ、こんな時間に。何があった」
「怪我、したって聞いて。入院したって」
「念のためだ、大げさだぞ」
伝えたら、余計に腕の力が強くなった。第三師団の連中は揃いも揃って腕力がある。その力で無遠慮に抱きしめられたら多少痛いのだが。
それでも、トレヴァーは弱っているようだから何も言わずに受け入れた。
「俺……ウルバス様の事許しません」
「は?」
唐突に何を言い出すのかと思えば、トレヴァーは必死な顔でそんな事を言っている。キアランは首を傾げてしまった。
「キア先輩の怪我、ウルバス様のせいなんですよね? 貴方を傷つけるなら俺、例えウルバス様でも許しません!」
「はぁ?!」
妙に男の顔でそんな事を言うものだから、キアランは驚いて……ちょっと嬉しかったりもした。恋人に大事にされて嫌がる奴はいないだろう。
だが、そうではない。キアランは困ったように笑い、トレヴァーの胸を押した。
「バカを言うな。お前、ウルバスの事を尊敬しているだろ」
「でも!」
「冷静になれ。俺は大丈夫だ。それに、一応受け身は取ったんだぞ」
「ちゃんと受け身が取れていたら、こんな怪我してません」
「お前、今の一言はウルバスよりも刺さったぞ」
「! ごめんなさい!」
ガバッと頭を下げたトレヴァーの肩を笑いながら叩いたキアランは、ふっと息を吐いた。
「ウルバスは、相当悩んだんだろうな。あんなに追い詰めるまで、一人で抱え込んでいた」
「キア先輩」
「友として、情けないじゃないか。表面の穏やかさしか見ていなかったのかと」
実際、そうだったのだろう。穏やかで柔和で、全体のバランスを取っていたウルバス。誰もが彼の前では警戒を解き、悩みを相談したりしている。自然体のままでいられるのだ。
そんな、全体を考えて振る舞ってくれていた奴が本当は、一番の悩みを抱えていたのだ。
キアランの頭を撫でる手がある。睨み付けたら直ぐに手を引っ込めて、「ごめんなさい」と言う。恥ずかしくてたまらないが……たまになら嬉しいのだが。
「ウルバスという男を知っているつもりになっていた。思えばあいつはいつもこちらの悩みを聞くばかりで、自らが相談する事はなかった。皆と親しくしていたはずなのに、一歩踏み込めた者はなかった。そう、あの男はさせなかったのだろうな」
拒む素振りはなかった。なかったが、皆がやんわりと線引きをされていたのだろう。これ以上踏み込むなと、ウルバスは常に警戒していたのだろう。
その線を越えたのはおそらくただ一人……アリアだけなのだろう。
「これでは友とは言えないな。知人か、同僚か」
「そんな事無いと思います」
「……だと、いいんだがな」
あいつの心が心配だ。化けの皮が剥がれてしまった今、どういう行動に出るのか。
不意に、トレヴァーが頬に手を伸ばす。薄らと引かれた赤い線を覆うように手の平が触れた。
「痛そうです」
「大した事はない。むしろ誇らしい」
「誇らしい?」
「あぁ」
トレヴァーの手の上から自らの手を重ねたキアランは、本当に誇らしいと笑みを浮かべた。
「以前の俺なら、あの時動けなかった。どう頑張ってもウルバスに腕力で勝てないし、剣も持っている。万が一が怖くて動けないまま、目の前で友が自害するのを見ていたかもしれない」
多分、そうなっただろう。剣を持った挙動の危うい人間の側に近づくなんて愚行、以前のキアランなら犯さなかった。例えそれで目の前で友が死んでも、あれは自分のせいじゃないと言い訳を繰り返しただろう。
「だが、動けた。動かなければと思えて、止めたいと願って、その通りに体が動いた」
「どうしてですか?」
「お前だ、トレヴァー。お前と一緒にいて、俺は変われた。情けない自分を捨てて、胸を張れる自分でありたいと常日頃思うようになった。その心境の変化が、あの場面の助けになってくれたように思う」
恋人とは、それほどに偉大だ。あんなに自分に自信がなかったのに、トレヴァーを思うと踏ん張りがきく。回避ばかりを考えていたのに、立ち向かう事を意識し始めた。そして、やれる事をやるようになった。
「俺は、あの時の自分を誇らしく思う。そしてこの変化をもたらしてくれたお前に、感謝している」
「あの……恥ずかしいです」
「俺も恥ずかしいんだ、ちゃんと聞け! いや、その……こんな事でも無いと素直に言えない事もあるんだ。日頃の感謝とか……どれほど思っているかとか……」
触れているトレヴァーの手が熱くなってきた。そして負けないくらい、キアランの手も熱くなっていく。なんて恥ずかしくて……幸せなのだろう。
「トレヴァー」
「はい」
「ウルバスの事、嫌ったりするなよ」
キアランの言葉に、トレヴァーは一瞬抵抗するような顔をして……次には目元を潤ませた。
元来素直な性格だ。こいつに、誰かを恨むなんてことは似合わないしきっと苦しいだろう。そんな事、キアランは望んでいない。
「兄のように慕っているだろ?」
「……はい。入団してからずっと、育ててもらいました。本当の兄よりも俺の事、面倒見てくれて」
「あいつもお前の事を弟のように可愛がっている。その気持ちに嘘はないし、今までのあいつは確かにあいつなんだ。今は……ちょっと、病気みたいなものだ」
厄介なのは特効薬がないことだが。
少し遠くで時刻を告げる鐘が鳴る。この鐘が鳴ると就寝時間だ。
「あ……」
名残惜しそうに声を漏らしたトレヴァーが、離れがたい顔をする。だからキアランは体を離して、ベッドに横になった。
「戻れ」
「でも」
「明日には普通に戻る。それと、この事は他に言うなよ」
「……言いませんよ」
「ウルバスを待っていてくれ。こんな事でヘタれる奴じゃない。少し休養が必要なだけだ」
伝えると、しばらくして気配が遠くなり、「おやすみなさい」と残して消えていく。それを背に感じながら、キアランは遠い月をしばし見上げていた。
「目が覚めたね、アリア」
「ハムレット、先生?」
ベッドの直ぐ側に人が来て覗き込む。それはつい最近知り合った人の顔だ。
でも、責めるような目は初めてで、とても悪い事をした気持ちになった。
「私……」
「軽い発作。ウルバスが青い顔で担ぎ込んできたよ。なんでも君が監禁された場所からここが一番近かったって。それでも一キロくらいあるのに、凄い早さで走ってきたみたい」
ウルバスに抱えられた温もりを覚えている。けれど同時に怖いウルバスの顔も覚えている。
あれがウルバスの本心? 殴られていたアントニーはどうなったの? トーマスは?
「少し前まで騎士団が忙しくしてたよ。そうそう、アントニーとか言う青年、腕切ったよ」
「え?」
言われて、その事実を理解して、アリアは震えた。青紫になっていたあの腕はウルバスが砕いたものだった。その腕を、切った?
「ちょっと保たなそうだったから、ここで手術した。片方は綺麗に折れてたけど、もう片方はバキバキに砕かれて粉砕しててさ、繋ぐことも出来なかった。あのままだと肘から先が壊死しそうだと判断して切った」
「あの、トーマスさんは」
「あっちも危なかったかな。仲間内でもめて殴られたみたいで、突然頭が痛いって言って意識を失ったんだって。外傷性くも膜下出血。ただ出血がとても少なくて、症状が出るまでに時間がかかったんだね。開頭手術をして血液を抜いて、出血部を縫合したけれど今も意識は戻らない」
大変な事になっていた。そのことにアリアは青い顔をする。
ハムレットはそんなアリアの側に腰を下ろして、少し厳しい目でアリアを見た。
「分かる? 君はもうこのくらいの大事になってしまう存在なんだよ」
「あの……」
「自覚を持つことだね。人を使う事をちゃんと覚えないとダメだよ。知らない人に声をかけられても、直接動いてはいけない。それが出来るのは自衛できる人だけ。不用意な行動や言動が全部被ってくる。今回は吹けば飛ぶような貴族が相手だからもみ消すことは出来るけれど、一人は腕を失い、もう一人は命を失う可能性もまだ残っている」
突きつけるようなハムレットの言葉を、アリアは震えながら受け止めた。受け止めなければいけないことなんだと真剣に感じた。
「私……どうやって償っていけば」
「もらってあげたら? 愛人としてでも、ヒモとしてでも」
「でも、そんな!」
「出来ないなら、償いも同情もしないことだね。綺麗に忘れるのも必要な事だよ」
「でも!」
「中途半端な優しさが一番タチが悪い。面倒は家に任せて、君は少し自分と向き合いなよ。バカみたいに勉強して体痛めつけて何してるわけ? 体直していきたいんじゃないの? 一人で思い詰めて突っ走って、一人で決めて。それで今後も行くの?」
ハムレットが腕を組んで難しい顔をする。それだけでアリアは泣きそうで……実際に泣いていた。
「空回りと、生き急ぎすぎ。深呼吸して、周りを見てごらんよ。君の周りには君の力になりたい人が沢山いるじゃん。差し伸べてくれる手を取る余裕くらい持ちなよ。君、まだ若いんだから」
「私……」
「……ちょっと、言い過ぎたかな。焦る気持ち、僕は少しだけ分かるんだ。僕も小さな頃は体が弱かったから、諦めとかも沢山あった」
「先生も? あの、先生はどうやって直したのですか!」
知らなかった。もしかしたら自分も治るかもしれない。期待を込めて見つめたが、ハムレットは首を横に振った。
「僕のは呼吸器官の病気。君のは心臓。僕は偶然にも投薬で良くなったけれど、君のは手術しなきゃどうにもならないし、その手術だってほぼ成功しない。今の医術ではちょっと難しいね」
「そう……なんですか……」
俯いて手を握って、やっぱり望む未来なんて手に入らないんだと思ったら涙が止まらなくなった。まだあの変な匂いのオイルが利いているのだろうか。
布団の上で手をギュッと握ったままボロボロになくアリアの頭を、ハムレットが優しい動きで撫でてくれる。
「何を諦めたの? お兄様、聞いてあげるよ?」
「私……」
「うん」
「私、好きな人にちゃんと向き合いたい。でも、この体じゃ何も応えられない」
「……そっか。そうだよね、分かるよ。僕もいつ死ぬんだろうって考えてた時は、大事なものを持ちたくなかったから」
手の動きが優しくて、体中の水分が全部出るんじゃないかってくらい涙が出る。堪えていた分が全部出て行く感じがした。
「でもさ、大事なものを持たないと頑張れない事もあるよ」
「え?」
「僕はランバートがいて、ランバートの為に元気にならなければって頑張った。そして今は大事な猫くんと一緒に生きている。怖いかもしれないけど、力になる」
ポッと、心に灯るウルバスの柔らかな笑顔。ブローチをくれたとき、一緒に食事をしてくれている時。またあんな風に一緒にいたい。だから頑張ってきた。実際体力もついて、苦しくならずにいられることがとても多くなった。
「しばらく勉強禁止。君は君の気持ちを見つめてごらん。自由な時間を過ごすように。勿論、外出するときは人をつけること!」
「はい」
その後泣き疲れて眠ってしまうまで、ハムレットは側にずっといてくれたのだった。
▼ファウスト
アリアの事件は発生の報告をシュトライザー家から受け取って三時間後には解決した。
というよりは、強制終了なのだろう。
車輪の跡は幸運にもウルバスが追っていた時点では残っていて、それは郊外の放置された小さな屋敷まで続いていたようだ。
後で調べたが、そこは容疑者の一人であるトーマスの親族が昔使っていた別荘だったそうだ。
容疑者トーマスとアントニーは男爵家の末っ子同士で、社交界に出入りはしているもののあまりパッとしない。そこにアリアが現れ、一目惚れしたそうだ。
だが当然、そんな唐突な恋が成就するはずはない。酒を飲んでこの話をしていた二人はその勢いでシュトライザー家の裏に馬車をつけ、アリアを拉致。郊外の屋敷に監禁して性的暴行を加えようとした。
これが僅かに聞けた容疑者の証言、御者の証言、そして彼らを知る店の者達の証言を合わせた事件の起こりだと思う。
単純に行けばトーマスとアントニーは誘拐監禁と強制猥褻の罪で逮捕。裁判が行われて正当な処分が下る。
だが今回この事件が多少面倒になったのは、助けに入ったウルバスによる過剰防衛。アントニーの腕は肘から下が粉砕状態で細かな骨が周辺組織にも突き刺さり、とても再建できる状態にはなかった。しかもこのままでは肘から下の組織に血液が回らず壊死する可能性まであり、切る事になった。
これはウルバスが発作を起こしたアリアを担いでハムレットの所に駆け込み、事態を知ったエリオットと協議した結果だった。
トーマスもしばらくは話ができたが、突然頭が痛いと苦しみだして意識を失い、そのままハムレットの屋敷で手術が行われ、今も意識がなく、ハムレットの屋敷に入院している。
この件は処分対象になる。騎士団員は例え武器を持たなくても一般人に過剰な攻撃を加えてはならない。相手が徹底的に抵抗したり武器を持っていた場合は別だが、今回はそれに当てはまらない。
いや、当てはまっていても過剰だろう。一方的過ぎる。
これについてウルバスは妙に生気のない表情で「お任せします。お手数掛けます」とだけ言って部屋で謹慎してる。
気にはなるのだが、問題はもう一つあるのだ。
アントニーが持っていたオイルの匂いにランバートが反応した。嫌な臭いだと言うのだ。どうにもスノーネルで使われた薬に似ているそうだ。
気になり、瓶に残っていた液体を持ち帰り、薬に詳しいオリヴァーも一緒になって調べているのだが……どうにもきな臭い事になってきたようだ。
「オリヴァー様の見立てでは、あの瓶に入っていたオイルはスノーネルの薬とは違うもののようです」
調査に加わりながら報告にきたランバートが、ファウストとシウスの前に紙を出す。そこには現段階の薬の効果が書かれていた。
「スノーネルの薬は幻覚剤が主な成分で、使うと一瞬の高揚感や性欲の高まりがありますが、薬が体外に排出されると幻覚、幻聴、被害妄想が始まりやがて廃人となるそうです」
「改めて恐ろしい薬じゃ。早々に規制してよかったわ」
シウスが苦々しい顔でそう呟く。
先の戦争などでスノーネルの薬が度々悪用された事もあり、国は直ぐに生息域を調査し、そこ一帯を制限区域とした。そしてこの薬草を許可のない者が使う事を禁じた。
ただ、まだ分からない事の多い薬草である事も確かで、現在研究者が研究を重ねている。
「一方今回のオイルの成分は少々異なり、幻覚や幻聴の類はみられないとのことです」
「では、何が危ないんだ?」
「このオイルの匂いを嗅ぐとそれだけで、理性がきかなくなります」
「……は?」
それは……どういうことだろうか?
「欲望に勝てなくなると言いますか、深層心理が暴露されると言いますか。精神的な欲求や不安、不満、性格などが理性を切る事で浮き彫りになってしまうんです。自分に自信のない者が使うと更に落ち込み、やがて自死にも繋がったり」
「嫌な薬じゃの」
「欲求が満たされない者が使うと、犯罪だと分かっていても欲求を満たしたい衝動にかられて犯罪を起こしてしまう。憎しみや不満、快楽などを何倍にも強めてしまうようです」
「なるほど……」
ということは、あのオイルをもしも自分が使ったらランバートは危険ということだ。
そんな不謹慎な事を一瞬考えて、ファウストは黙って霧散させた。
「オリヴァー様の話では、この手の効果のある毒は帝国やその周辺諸国にはないそうです」
「そうなのかえ?」
「はい。古いクックの文献にいくつか、こうした効果のある植物の記載があるそうですが……その植物のある国がまた問題といいますか」
「どこだ?」
「……どうやら、サバルド王国の密林にあるようです。彼の国ではこのオイルを『魔薬』と言い、古い密林の民が神事などで今も使っていると言われています」
その国の名を口にした途端、シウスの目が僅かに険しく眇められる。ファウストはそれを、ただ静かに飲み込んだ。
今現在、サバルドの第三王子をひっそりと匿っている。ベルギウスの本邸に身を寄せている王子とその従者に、今のところ脅威はない。
彼の国は今、現国王派と前国王派が対立し、内戦状態だ。商売あがったりらしく、リッツは文句を言っているとランバートが言っていた。
そしてこの国にはもう一人、サバルドと関わる人物がいる。グリフィスは前国王の忘れ形見。帝国に帰依してからは全くそのような素振りも見せない男だが、その容姿は明らかに彼の国の王族そのものだ。見れば一発で分かるそうだ。
そんな複雑な状況、人物を抱えた帝国内で、サバルドの『魔薬』と呼ばれる物が見つかる。その意味は考えたくないものだ。
「最悪、巻き込まれかねんの」
「どうでしょうか。サバルドは流石に遠いですが。外海の国がわざわざここに攻め入りますかね?」
「その言葉をキアランに言ってみよ、あの男は『甘い!』と叫ぶぞ。火種はあり、遠いが手は届くのだ。全くあり得ぬとは言えぬのよ」
シウスが深い溜息をついたとき、ドアが軽くノックされてキアランとウェインが顔を覗かせた。
「失礼します、シウス様。本日の事件の報告書をまとめられる分だけまとめて参りました」
「ファウスト様、現場の検証は終わりました」
「あぁ、ご苦労だった」
それぞれがそれぞれの上司に報告をしにくる。そこでふと、ファウストは心配になって二人に声をかけた。
「悪いが、可能ならウルバスの様子を見てやってくれないか?」
「ウルバスのですか?」
キアランは表情を引き締めたままで問い返す。それに、シウスも僅かに顔を上げた。
「そういえば、様子がおかしかったな。心ここにあらずであった」
「あの男がですか? あまり想像ができませんが」
「今回大変だったみたいだから、疲れたのかもね」
「だが、過剰防衛に出た原因の一つはあのおかしなオイルを吸い込んだせいかもしれないとオリヴァーが言っておりました。あの男がまともな状態であのような事をしたとは考えがたいのですが」
「そうなの!」
ウェインが驚いた顔をして、キアランが呆れる。
確かに理性をそぎ落とす薬が原因の一つになったことは考えられる。そもそもあいつの中にそのような衝動があったことも驚きではあるが。
「今回の事、一週間程度の謹慎と数ヶ月の減俸程度が妥当かと思います。そもそも奴らは罪を犯していて、こちらは救出したのです」
「キアラン、それはこちらの立場に立ちすぎた意見じゃ。過剰であったのは確か。厳正に王を含めて審議し、正式な処分をせねばならぬ。謹慎はそれまでの仮処分じゃ」
「シウス様冷たい」
「内が甘くなってどうする。世に出したくなくば暗府のように上手くやるのだな。まぁ、それも正しいとは言えぬが、大きなものを動かす時には歪む。そこを辻褄合わせをする者もまた、必要なのも確かじゃ」
宰相という立場上、シウスは国の表も裏も知っている。そのバランスを取り、正式な事件として扱うのか、内々に全てを消してしまうのかを判断するのもシウスの仕事の一つ。その中でこいつは本当に頑張って、私利私欲ではないもので動いていると思う。
正直、ファウストはクラウルと話しているとこのバランスや重要度の判断が難しいと感じる。判断を間違い裏が表に響けば、それだけでバッシングの原因になっていく。勿論クラウルがし損じることはないのだが。
「今回の事は既に表に置かれている。今から裏にする事も力業ではできるが、歪むでな。ウルバスには処分を受けてもらうが妥当じゃ。だが、そう酷い事にはせぬよ」
「お願いします。あいつに何かあると我が国の海上に大きな穴が開きます。サバルドの動向も気になりますし、平和になりつつあるとは言え全く何も無いとは言えませんので」
「わかっておるよ」
キアランの言葉にシウスは応え、二人は「ウルバスの部屋に行ってみます」 と言って出て行った。
「ウルバスの事か……少し、引っかかりはするんだがな」
ウルバスの今回の異変は、穏やかで柔和な彼からは想像できないものだった。彼は相手を過剰に痛めつけたり、無抵抗の者を嬲るような事はしない男なのに。
「チャートン家の呪いか?」
「そんなに有名なのか? 全く知らないわけではないが、あまり考えていなかった。あいつ自身の人間性を信じているから」
「あの周辺では有名じゃ。ヴァンパイアの王を倒した家というよりは、呪われた狂気の一族としてな」
「狂気の一族?」
「なんでも、男に多く精神的な異常が出るらしい。生き血を欲してメイドを殺したとか、人肉を食らったとか」
「そんな話が……」
正直ゾッとする。人間の血液なんて臭くてたまらない。錆びた鉄に生臭さを加えたようで到底口になどできない。更に人肉なんて、想像するだけで胃がキュッとする。
「まぁ、話に尾ひれはつきものじゃてな、何が真実か。だが奴の父、そして祖父が異様であったことは確かなようでな」
「ウルバスはそれを継いでいるか?」
「それは分からぬ。私もあの男の人間性を信じておるよ。だが……あやつは心を見せぬ部分があるゆえな」
腕を組んで考えるシウスを見ると、人を見るこいつですら判断が難しいのかと思ってしまう。
「俺は、信じています」
「ランバート?」
「今回の事は驚きましたが、それでも俺は今までのウルバス様が作られた仮面だとは思いたくありません。狂気はあっても、普段もウルバス様だと思っています」
「……そうだな」
何にしてもウルバスの一件をきっちりとしておくこと。ファウストはこの時、このくらいの問題としか思っていなかったのであった。
▼ウルバス
アリアに手を上げた。
ウルバスの思考はそれで埋まり、強い恐怖に全てが止まっている。
アリアを押し倒して、身勝手に感情を押しつけて……挙句の果てに発作を起こさせてしまった。もしも咄嗟にハムレットの事を思い出していなかったら、今頃彼女は……
思うと心臓に冷や水を掛けられたように心底冷えて、頭の中がまた一杯になっていく。
自分のせいだ、自分のせいだ、自分のせいだ、自分ノセイダ!!
大切にしてあげたいと思っている。彼女が笑ってくれたらそれでいい。泣く顔なんて見たくなくて、誰かが彼女を傷つける事に強い憎悪を感じる。
――ソレハ、愛ッテイウノサ。
耳の直ぐ横から声が聞こえるような錯覚。自分の中に巣くうもう一つの衝動。それが嘲るようにウルバスに語りかけてくる。
――何ヲ躊躇ウンダ? 彼女モオ前ガ好キト言ッタダロ?
「黙れ……」
――両思イダロ? 悩ム必要ナンテナイ。
「五月蠅い、黙れ……」
――欲シイダロ? 愛シテクレルソノ手ガ。
「五月蠅い黙れ!」
苛立たしくドンと床を踏む。それでも纏わり付くような錯覚が消えてくれない。いや、より心を蝕むようにそれは甘く囁いた。
――方法ハ知ッテイルダロ?
低く低く忍び笑いながら、それはウルバスに囁きかける。まるで甘い愛を囁くような声音で、ウルバスの心を絡め取るようにしていく。
――欲シイナラ、オ前ダケノ場所ニ閉ジ込メレバイイ。
ドクンと、心臓が重い音で大きく鳴った。
閉じ込める? アリアを? この手で?
――蝶ノ羽ヲムシルヨウニ、手足ヲ縛リオ前ダケノ場所デ愛デレバイイ。
毎日、自分しか知らない秘密の場所に彼女を閉じ込めて、愛を囁いて……自分だけのものに? 世俗から切り離して、誰にも会わせず、あの小さな唇からこぼれるのはウルバスへの言葉ばかり。
――ソウダ、簡単サ。オ前ノ父モ、爺サンモソウシタンダ。
それは……なんて甘美な時間なのだろう。
「!!」
誘惑の声ではない自分の意志が揺らいだ瞬間、ウルバスは絶望を見た。
知っているはずだ、母がどんなに苦しみ、どんな終わりを迎えたかを。それをもたらした父を、嫌悪したはずだ。あんな……愛した人を壊し、殺すような男にはなりたくない。だからだれも好きにならないようにしてきた。友人以上には踏み込ませなかった。
なのに…………よりにもよって大切にと思う相手の一番の脅威が、自分だなんて!
遠ざけなければ。咄嗟にウルバスは剣を抜いて、それを自分の首に押し当てた。何も思わずそれを引けば良かった。
だが、その瞬間に浮かんだのは屈託なく笑いかけてくれるアリアの笑顔だった。
「……っ」
視界が滲む。こんな事、したくない。敵を相手にしても怖いなんて思わなかった。多分それは自分の命など散ろうが残ろうがあまり興味が無かったからだ。でも今は……しがらみができてしまった。
でもその相手を守る為にはこれが一番なんだ。狂った自分が彼女を壊してしまう前に、始末をつけなければならない。欲して、抗えなくなったらきっと求めてしまう。欲望のはけ口に彼女を使ってしまう。
剣を手にして、初めて手が震えた。なかなか、動けなかった。その躊躇いがダメだった。
突如ガチャとドアが開いて、キアランとウェインが何やら話ながら入ってくる。普段からドアに鍵など掛けていなかったし、この二人はよくこの部屋に出入りしているからこれが普通なんだ。
入ってきた二人と目が合って、二人は驚いたように固まった。ウルバスも自分の首に剣を押し当てたまま一瞬固まった。
「あ…………へぁ!!」
「っ!」
止められるわけにはいかない。もうきっと暴走は始まっているんだ。あの廃屋で衝動を止められなかったんだ。もしもアリアが発作を起こさなければ何をしていた? きっと嫌がる彼女を力でねじ伏せて言いなりにしようとした。泣かれて、拒まれて、それでも自分を押し通しただろう。
二人が動き出す前にカタをつけてしまわなければ。ウルバスの手に再度力が入った。そしてひと思いに刃を滑らせようとした瞬間、思いがけない人物がウルバスの腕にしがみついて剣を引き剥がした。
「キアラン!」
「お前、何をしようとしているか分かっているのか!」
「俺はダメなんだ! このままじゃ、きっとアリアちゃんを壊してしまう!」
「そんなはずが無いだろ! しっかりしろバカ者! 貴様、陛下から下賜された剣を自らの血で穢すつもりか!」
キアランの怒声にウェインの金縛りが解けた。動き出す前に、ウルバスはキアランを振り払う。元々腕力などないキアランは簡単に振り払われてよろけて家具に当たり、背を丸くする。
友人だ、心苦しい気持ちは多少あった。頬には僅かに剣が当たったのか赤い筋もある。けれど今のウルバスにはそれに構う余裕などない。再び剣を構える前に、今度はウェインがそこにしがみついた。
「ウェイン!」
「何があったのか分からないけど、落ち着いてよ! 僕、友達が死ぬのなんて見たくないんだ!」
ウェインは小さいがキアランほど楽にいかない。しがみつく腕の力はかなり強いし、元々軽業師のような身のこなしだ。そうしてどうにか彼を振り落とした所で、今度こそ最悪な相手の声が聞こえた。
「おい、なーに騒いでやがんだぁ! 声聞こえ……」
「グリフィス……」
剣を自身に向けるウルバスに、床に転がる二人の友人。それを見たグリフィスが目を丸くしてしばし固まる。だが直ぐに立ち直るのもこの男の強さだ。慌てたようにズカズカ走り寄り、ウルバスを後ろから羽交い締めにしてしまう。
「離せ!」
「んなことできるかよ! バカか!」
「お前に何が分かるんだ! 俺はダメなんだ、もう狂いだしてる。始末しないといけないんだよ!」
「アホか!! んな訳の分からん説明で見てるわけないだろうが!」
ジタジタと暴れてもグリフィスに力で敵うわけがない。臑を蹴ってみたが痛そうな声を上げただけで揺らぎもしない。それどころか一層強い力で羽交い締めにされた。
そのうちにアシュレーが何事かと渋い顔をして来て、驚きつつもドアを閉めてウルバスの手から剣を取り上げキアランとウェインを助け起こしている。
「離せ!」
「ウルバス!」
身を捩るウルバスを押さえ込むグリフィスが疲れて力が緩んできた。だがその時ドアの開く音がして、涼しい顔のオリヴァーが何やらケースを持って現れた。
「おや、やっぱり薬が抜けてませんでしたね」
「オリヴァー、こいつ止めろ!」
「はいはい、分かっていますよ。動かないように押さえていなさいね」
グリフィスがいまいちどしっかりと押さえ込むと、オリヴァーはケースから透明な薬品の入った注射器を取り出し、ウルバスの腕に刺す。それが体に入っていくと、ゆっくりと力が抜けてきた。
「……っ」
力が抜ける。頭がボーッとしてくる。眠ってしまいそうな気だるさも感じる。
ウルバスはそのままズルズルとへたり込み、意識を手放した。
▼ウェイン
何が起こったのか分からない。ウルバスに振り払われて床に落ちたウェインはアシュレーに助け起こされて首をさすった。少し捻ったかもしれない。
「……いったい、何があったんだ?」
少し息の上がるグリフィスは状況が分かっていないみたいに言う。ウェインだって何が起こったのか分からない。けれどウルバスは知らない顔をしていた。いつも余裕そうな笑みを浮かべている人が、追い詰められて余裕のない顔をしていた。
「おそらく、先の屋敷で吸い込んだ薬物の影響が抜けず、マイナス思考に取り込まれたのでしょうね。万が一と思って持ってきた鎮静剤が役に立ちました」
「薬物?」
蹲るキアランを助け起こしながら、アシュレーが怪訝な顔をする。この顔、けっこう怒っている時の顔だ。空気が刺々しい。
「ウェインは覚えがあるのでは?」
「アリアちゃんの拉致事件の現場でしてた、甘ったるい匂いの事? 直ぐに窓開けて換気したけれど、部屋の中が甘くて嫌な感じだった」
現場には二人の男が倒れていて、一人は震えながらひたすら謝っていて、もう一人は失神していた。
その現場はメープルシロップを部屋中にぶちまけて密閉したみたいな甘い匂いが立ちこめていたのだ。
流石にここで検証は無理で、口と鼻を押さえて換気をしたのだ。
オリヴァーはウェインの言葉に頷く。そして今は静かになったウルバスを見下ろした。
「あれは人の持つ欲望や感情を過剰に引きだし、増幅する作用があります。気化しやすく、吸い込むだけでもこれらの作用が働きます。この中に長時間いたので不安には思っていましたが……まさかですね」
「ウルバス、自殺しようとしたんだ! アリアちゃんを壊してしまうって」
ウェインが訴えると、オリヴァーは難しい顔をした。
「深層心理にあるトラウマや記憶、強烈な暗示。そうしたものも引き出してしまうのかもしれませんね」
「ウルバスはこんな事する奴じゃないよ。僕……僕は知ってる。ウルバス、いい奴だもん」
「私もそれを疑ったりしていませんよ。ですが……少なくとも何か、闇があるのでしょうね」
オリヴァーはそう呟いてエリオットを呼びにいく。その間にキアランがようやく起き上がって、痛むのか頭を押さえた。
「っ! ウルバス……止まったのか?」
「キアラン、大丈夫?」
「バカにするな、受け身は人一倍訓練している……頭を少し打ったくらいだ」
とはいえ、軽い脳しんとうを起こすくらいには衝撃があったのだろう。アシュレーがまだふらつきそうな体を支えている。
「呪いになど飲まれやがって、らしくない」
「呪い?」
「……チャートン家の呪いか。ただの噂だろ」
「だと、いいんだがな」
呟いたアシュレーの言葉を、この場にいる誰もが否定できなかった。
ウルバスはそのまま病室に入れられた。起きた時の精神状態が分からないということで軽く拘束具をつけられている。
キアランも頭を打っている事から今日は入院となった。最後に顔を見たときはいつも通りに見えたから、多分大丈夫だと思う。
ウェインはやっぱり少し首を捻っていて、軽い寝違えみたいな感じだった。暖めて楽になったところに、今は湿布を貼っている。
「ウルバス、大丈夫かな?」
一人でいるのがしんどくて、今日はアシュレーの部屋に泊まる事にした。ソファーに座ったまま、ウェインは膝を抱えている。
アシュレーは静かに聞いている。ただその沈黙が重く感じられた。
「僕、何も気づいてあげられなかった。ウルバスは友達なのに、悩んだりしてるの気づいてやれなかったんだ」
情けない気持ちになって顔を伏せると、その頭に大きくて暖かい手がポンと乗った。
「お前のせいじゃない」
「でも! ……でも、情けないんだ。僕いつもウルバスに愚痴聞いてもらったり、悩み相談したりしてるのに。あいつ、黙って聞いてくれて……笑って……っ! 側にいたはずなのに何も気づいてやれてなくて!」
「ウェイン」
「自殺とか絶対にダメだよ! 死ぬのは! 死ぬのは、怖いんだよ?」
思い出すのは、冷たくなっていく体と沢山の後悔。動かなくなる体を感じながら色んな思いがこみ上げて、伝えたい、動きたいと泣きながら願うしかなくなるんだ。
「死にかけた僕だから分かるんだ。後悔ばかりが浮かんでくるんだよ。あの時ちゃんと言えば良かった、こうしたら良かったのにって。伝える力も、動く力もないのにそういう気持ちばかりがあって…………苦しくなるんだよ」
思い出したら胸の奥が締め付けられる。辛くなって……そうしたら、隣のアシュレーが強く抱きしめてくれた。
いつになく痛いくらいの力で抱きしめる腕には必死さがある。感じる手は震えていた。
「俺も、知っている。どれほど慟哭してもどうする事も出来ない悲しみや、怒りや……後悔を」
「っ! ごめんアシュレー、そんなつもりで言ったんじゃないんだ! アシュレーを悲しませたかったんじゃないんだよ」
あの時、アシュレーは本当に怖かったんだと分かる。毎日仕事の時以外はウェインの側で過ごすようになった。夜、同じ部屋で寝るときもうなされて、目が覚めるとウェインの体温を確かめるように触れてきた。
もう大丈夫だって言われてもしばらくは、ウェインを抱いていないと眠れないくらいに不安定になったのだ。
「後悔したんだ、俺も。いつしか恋人という関係に慣れて、お前との時間よりも仕事を優先した。大事にしなければいけない時間や思い出を後回しにした。いつの間にか、時間は有限だということを失念していたんだ。終わりなど、ある日突然訪れるというのに」
「アシュレー」
アシュレーの気持ちが伝わって、ウェインは体を解いて首に抱きつく。そして自分の存在を知らしめるように強く引き寄せた。
「僕はここにいるよ。もうあんなことない」
「あぁ、信じている。だがお前との時間を大事にと思っている。時は無限ではないと、忘れないようにしている」
「僕だってそうだよ。毎日を大事に、後悔しないようにちゃんと伝える事を伝えられるようにしてる」
前よりもっと「好き」も「愛してる」も言うようにした。不満があればそれを口にした。約束は少し怖いけれど、するようにしている。
だからこそ思うのだ。あの時もしウルバスが自殺していたら、きっと後悔したんじゃないかって。何を悩んでいるのか分からないけれど、軽々しく口になんてできないくらい深刻なんだろうけれど、話してほしい。そして一緒に悩めたらいいのにと。
「僕、ウルバスの事殴る」
「は?」
「一発殴って、『命は大事なんだぞ!』って言って、抱きしめて、泣いて……悩み、聞いてやりたい」
素直な今の感情を口にするウェインを、アシュレーはとても穏やかな目で見た。そして柔らかな頭をポンと撫でた。
「お前らしいな」
「うん」
「俺も一発殴ろうか。俺のウェインに怪我させたんだ、当然だろ?」
「えぇ! それは止めろよ、恥ずかしい」
「俺も一人の男だ、大事な者に手を上げられて黙ってなんていないんだ」
「いや、恥ずかしい……。でも、嬉しいか」
絶対させないけれど。
ウェインは照れたように笑い、アシュレーの首に抱きつく。そして小さな声で「有難う」を伝えた。
▼キアラン
念のため一晩を医療府で過ごす事になった。だが、おかしな時間に寝てしまった為に今、眠れないでいる。普段ならばそろそろ睡魔が来てもおかしくはないというのに。
困って、扉を背にいつもと違うベッドに横になっていると、不意にドアが開いた。
驚き、警戒する。騎士団内でおかしな事はないと信じているが根が小心だ、振り向くのが怖いのだ。
しばらくそうしていると入ってきた人物はベッドの側に腰を下ろして、僅かに切った頬の傷をゆっくりと撫でる。
「キア先輩」
苦しげなその声に、キアランは起き上がって振り向いた。そこには憔悴して見えるトレヴァーが座っていた。
「トレヴァー! どうしたんだこんな時間に。そろそろ就寝時……」
「キア先輩」
驚いているキアランを包むように抱きしめるトレヴァーは参っているのだろう。それが伝わって、キアランは広い背をあやすように叩いた。
「どうしたんだ、こんな時間に。何があった」
「怪我、したって聞いて。入院したって」
「念のためだ、大げさだぞ」
伝えたら、余計に腕の力が強くなった。第三師団の連中は揃いも揃って腕力がある。その力で無遠慮に抱きしめられたら多少痛いのだが。
それでも、トレヴァーは弱っているようだから何も言わずに受け入れた。
「俺……ウルバス様の事許しません」
「は?」
唐突に何を言い出すのかと思えば、トレヴァーは必死な顔でそんな事を言っている。キアランは首を傾げてしまった。
「キア先輩の怪我、ウルバス様のせいなんですよね? 貴方を傷つけるなら俺、例えウルバス様でも許しません!」
「はぁ?!」
妙に男の顔でそんな事を言うものだから、キアランは驚いて……ちょっと嬉しかったりもした。恋人に大事にされて嫌がる奴はいないだろう。
だが、そうではない。キアランは困ったように笑い、トレヴァーの胸を押した。
「バカを言うな。お前、ウルバスの事を尊敬しているだろ」
「でも!」
「冷静になれ。俺は大丈夫だ。それに、一応受け身は取ったんだぞ」
「ちゃんと受け身が取れていたら、こんな怪我してません」
「お前、今の一言はウルバスよりも刺さったぞ」
「! ごめんなさい!」
ガバッと頭を下げたトレヴァーの肩を笑いながら叩いたキアランは、ふっと息を吐いた。
「ウルバスは、相当悩んだんだろうな。あんなに追い詰めるまで、一人で抱え込んでいた」
「キア先輩」
「友として、情けないじゃないか。表面の穏やかさしか見ていなかったのかと」
実際、そうだったのだろう。穏やかで柔和で、全体のバランスを取っていたウルバス。誰もが彼の前では警戒を解き、悩みを相談したりしている。自然体のままでいられるのだ。
そんな、全体を考えて振る舞ってくれていた奴が本当は、一番の悩みを抱えていたのだ。
キアランの頭を撫でる手がある。睨み付けたら直ぐに手を引っ込めて、「ごめんなさい」と言う。恥ずかしくてたまらないが……たまになら嬉しいのだが。
「ウルバスという男を知っているつもりになっていた。思えばあいつはいつもこちらの悩みを聞くばかりで、自らが相談する事はなかった。皆と親しくしていたはずなのに、一歩踏み込めた者はなかった。そう、あの男はさせなかったのだろうな」
拒む素振りはなかった。なかったが、皆がやんわりと線引きをされていたのだろう。これ以上踏み込むなと、ウルバスは常に警戒していたのだろう。
その線を越えたのはおそらくただ一人……アリアだけなのだろう。
「これでは友とは言えないな。知人か、同僚か」
「そんな事無いと思います」
「……だと、いいんだがな」
あいつの心が心配だ。化けの皮が剥がれてしまった今、どういう行動に出るのか。
不意に、トレヴァーが頬に手を伸ばす。薄らと引かれた赤い線を覆うように手の平が触れた。
「痛そうです」
「大した事はない。むしろ誇らしい」
「誇らしい?」
「あぁ」
トレヴァーの手の上から自らの手を重ねたキアランは、本当に誇らしいと笑みを浮かべた。
「以前の俺なら、あの時動けなかった。どう頑張ってもウルバスに腕力で勝てないし、剣も持っている。万が一が怖くて動けないまま、目の前で友が自害するのを見ていたかもしれない」
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「お前だ、トレヴァー。お前と一緒にいて、俺は変われた。情けない自分を捨てて、胸を張れる自分でありたいと常日頃思うようになった。その心境の変化が、あの場面の助けになってくれたように思う」
恋人とは、それほどに偉大だ。あんなに自分に自信がなかったのに、トレヴァーを思うと踏ん張りがきく。回避ばかりを考えていたのに、立ち向かう事を意識し始めた。そして、やれる事をやるようになった。
「俺は、あの時の自分を誇らしく思う。そしてこの変化をもたらしてくれたお前に、感謝している」
「あの……恥ずかしいです」
「俺も恥ずかしいんだ、ちゃんと聞け! いや、その……こんな事でも無いと素直に言えない事もあるんだ。日頃の感謝とか……どれほど思っているかとか……」
触れているトレヴァーの手が熱くなってきた。そして負けないくらい、キアランの手も熱くなっていく。なんて恥ずかしくて……幸せなのだろう。
「トレヴァー」
「はい」
「ウルバスの事、嫌ったりするなよ」
キアランの言葉に、トレヴァーは一瞬抵抗するような顔をして……次には目元を潤ませた。
元来素直な性格だ。こいつに、誰かを恨むなんてことは似合わないしきっと苦しいだろう。そんな事、キアランは望んでいない。
「兄のように慕っているだろ?」
「……はい。入団してからずっと、育ててもらいました。本当の兄よりも俺の事、面倒見てくれて」
「あいつもお前の事を弟のように可愛がっている。その気持ちに嘘はないし、今までのあいつは確かにあいつなんだ。今は……ちょっと、病気みたいなものだ」
厄介なのは特効薬がないことだが。
少し遠くで時刻を告げる鐘が鳴る。この鐘が鳴ると就寝時間だ。
「あ……」
名残惜しそうに声を漏らしたトレヴァーが、離れがたい顔をする。だからキアランは体を離して、ベッドに横になった。
「戻れ」
「でも」
「明日には普通に戻る。それと、この事は他に言うなよ」
「……言いませんよ」
「ウルバスを待っていてくれ。こんな事でヘタれる奴じゃない。少し休養が必要なだけだ」
伝えると、しばらくして気配が遠くなり、「おやすみなさい」と残して消えていく。それを背に感じながら、キアランは遠い月をしばし見上げていた。
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