恋愛騎士物語4~孤独な騎士のヴァージンロード~

凪瀬夜霧

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19章:建国祭ラブステップ

7話:騎士団発、ミスコン決定!

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 そろそろ年末となり、師団長達による年末パーティーの企画出し会議がひっそりと行われている。

「なんか、毎年同じ出し物多くて飽きたねー」

 ウェインは出てきたお題の代わり映えの無さにそんな声を上げる。どうにもマンネリ化している感じなのだ。

「意外と人気が女装なのは何故だ? 俺には理解できん」
「去年は大外れでしたよね。デカくてごつい新人君が当たってしまって、私の衣装もほぼ全滅。唯一入ったのがバレリーナ衣装」
「うちの隊員だっての。あいつ、あの日泣いてたぞ」

 いっそ滑稽に眉毛極太、睫バサバサ、口紅真っ赤にチークピンクの凄いのができたのを思い出した。アレは傷つくだろう。

「案外気に入ってくれているのが、耳なんですよね」
「プチコスプレ感がいいんだろう。外せば直ぐに戻るしな」

 そういうアシュレーはこうした罰ゲームを上手くすり抜けている。何か裏があるのではと詮索してみたが、本当に何もないらしいのだ。

「ミスコンとか、どうですか?」
「オリヴァー、ここにミスはいないよ?」

 僅かに首を傾け顎に手を置いて言ったオリヴァーに、ウェインはコテンと首を傾げた。

「知っていますよ。そうではなく、各師団から一名ないし二名を選び、女装コンテストをするんです。衣装は私の持っている物をレンタルしますし、ヘアメイクなどもしますよ」
「ほぉ? そうなると当然、投票をする事になるな」
「コンテストなので」
「では、景品はどうするつもりだ?」

 アシュレーが問うと、オリヴァーはにやりと笑みを浮かべて机の中から封筒をいくつか取り出してきた。

「旦那様からの頂き物なんですが、私には興味のないものが多くて使っていないのです。このままにしておいても期限が切れてしまいますし、ここは有効活用いたしましょう」

 そう言って封筒を開けて出したのは、色んなもののペアチケットだった。

「一泊二日、ペアスキー旅行。ロッチ宿泊とスキー道具一式のセット」
「温泉宿ディナー付ペア宿泊券!」
「高級レストランでのペア食事券。こりゃ豪勢だ」
「オペラの鑑賞券まである。これ、人気でチケットプレミアでしょ? 異例の二ヶ月ロングランにも関わらず」
「こちらは年始の室内音楽鑑賞券ですね」

 どれもがオリヴァーの旦那、アレックスが投資している事業や関連貴族からの返礼だった。

「これだけいい景品がつけば、食いつく人間はいるのではありませんか?」

 ニヤリと悪い顔で笑うオリヴァーに、全員が思わず頷いてしまった。


 その後、今年は入口でクジを引いてもらい当たりが出た隊員にはケモ耳カチューシャをつけてもらう事などが決まった。
 また、無礼講というのもあって普段言えない事を叫ぶ企画も出た。
 この通達は瞬く間に騎兵府どころか全府に行き渡り、隊員達をざわめかせたのだった。

◇◆◇

「う~ん」

 ウェインはとても悩んでいた。それというのもスキー旅行券が欲しいのだ。しかも場所はアシュレーと初めて思いを通じ合わせた思い出の場所。
 だがそれを手に入れるには女装コンテストに出なければならず、アシュレーは「出るなよ」と釘を刺してきた。

「どうしたんですか、ウェイン様」

 チェスターが首を傾げながら一年目の訓練報告書を提出する。それを生返事で受け取ったウェインは、盛大な溜息をついた。

「女装コンテストグランプリのスキー宿泊券が欲しぃぃ」
「あー、魅力はありますよね」

 チェスターも少し分かるのか、苦笑しながら呟いた。
 それと言うのもあのスキー場、なかなかいい値段がする。前に行った時は偶然にも割引の話を聞いて問い合わせ、あると知って直ぐに申し込んだくらいだ。それでも給料一月分を持って行かれた。

「女装……怒るかな?」
「まぁ……でしょうね」
「だよなぁぁ」

 思い出の場所に旅行に行きたいが、アシュレーがいないと意味がない。しかも喧嘩ではダメだ。
 散々悩んだウェインは、意を決してアシュレーへの直談判を決めた。


 その夜、ウェインがベッドに正座で待っていると、風呂を終えたアシュレーが入ってきてビクリとした。

「ウェイン。どうした?」
「アシュレー」
「ん?」

 怒られる。けれど覚悟は決めた。居住まいを正し、キリッとした顔をしたウェインはベッドの上で額を擦りつける勢いの土下座をした。

「女装大会出たいです! 許してください!!」

 その勢いと気迫に圧されたのか、アシュレーはやや後退。だが直ぐに難しく眉根を寄せた。

「ダメだ」
「どうしても一位の景品が欲しい!」
「お前の女装を他人に見せびらかすのは了承できない」

 腕を組んでガンとして譲らないアシュレーの様子に、ウェインは「ぐぬぬっ」と唸る。だが、どうしても欲しいのだ。この想いだけは伝えなければいけない。

「あそこは僕たちにとって思い出の場所じゃないか!」
「そうだが」
「あそこでスキーしたい! 夜はアシュレーとイチャイチャするんだ!」
「……」

 ウェインの目には見える、アシュレーが揺らいでいるのが。
 もう一押しすれば許可が出るかもしれない。そう睨み、ウェインはなおもお願いを繰り返した。

「アシュレーだって、あそこに思い入れあるだろ? 僕たちが初めてエッチしたのもあそこじゃないか!」
「……」
「頑張るからぁ」
「いや、だが……」

 知り合いのいない、しかも思い出の場所でのお泊まり。この誘惑は意外と強い。だが同時にウェインの女装を他人に見せびらかすのも嫌なのだ。自分だけのものにしておきたい。

「……コンテスト終わったら女装のままお酌するよ?」
「いや……」
「そのまま部屋戻ってさ。その……しても、いいよ?」
「…………」

 丸く大きめな目が上目遣いにアシュレーを見る。既にアシュレーの欲望は陥落一歩手前だというのに、これがうるうる泣きそうなのを見るとどうにも弱かった。

「……わかった」
「やった!!」

 がっくりと疲れ果てて床に崩れ落ちるアシュレーを尻目に、ウェインはベッドの上で飛び跳ねる。その嬉しそうな顔を見ると、どうにも「やっぱダメ」は言えないものだった。

◇◆◇

 そしてここでも、密かに参加を狙っている人物がいた。

「音楽鑑賞券、ですか」

 張り出された女装コンテストの紙を見て、リカルドは考えこんでいた。
 女装というのは恥ずかしいし、正直似合うとも思えない。だが、年始のコンサートは人気が高く末席でもチケットが取れない。実際無理だった。

「チェスターを誘って、その後デートをして、夕食も一緒に」

 その後は宿舎に戻ってお酒を楽しみながら……。

「魅力的です」

 出ようか、出まいか。羞恥心の問題だ。

 その時医務室のドアが開いて、シウスが疲れた様子で入ってきた。

「シウス様、どうなさいましたか?」
「あぁ、リカルド。すまぬが少し寝かせてもらえぬか? 睡眠不足か頭痛がしてな」

 随分珍しい患者にリカルドは驚いた。それというのも、シウスが医務室にくる事が本当に稀なのだ。見舞いや、キアランやマーロウの付き添いにはくるのだが。

「何か、悩みですか?」
「まぁ、そのようなものじゃ」
「差し支えなければ、お伺いしても?」
「なに、大した事ではない。女装コンテストの事じゃ」

 シウスの口から意外な言葉が出た事に、リカルドは更に驚きドキリとした。

「今年は年始の温泉地が軒並みダメでの、諦めておったのじゃ。それが王都から半日の、おあつらえ向きの温泉地の宿泊券が出たであろ? ラウルが出たがったのだが、暗府は本職故コンテストに出れぬと」

 特に女装を得意とする女形は絶対に出せない。なぜなら圧勝なので。

「それで、ラウルが拗ねてしまったのですか?」
「それならば宥めようがあるのだがな。落ち込んでしまって、なんとしようか。だが、片道一日取られてはのんびりとなど出来ぬからの」

 シウスは恋人を甘やかすタイプだ。その為に悩んでいるようだ。
 だがこればかりは……。思っていたのだが、ふと悪い事が浮かんでしまい、リカルドは軽く首を回すシウスを見た。

「あの……」
「ん? どうしたえ?」
「女装コンテスト、出ませんか?」
「……それは、私がということかえ?」

 素直に頷くと、シウスは途端に狼狽えた。仕事では狼狽える姿など見たことがないが、プライベートは違うようだ。

「実は私も、音楽鑑賞券が欲しくて迷っていました。羞恥心との戦いですが、一人でなければ少し勇気が出るかと」
「……なるほどのぉ」

 腕を組んだシウスが何やら悩んでいる。おそらく、迷っているのだろう。

「上位入賞できるかも分からぬが……二人でなら可能性も他より二倍か」
「はい。もしも私が温泉宿を手に入れましたら、シウス様にお譲りいたします」
「では、私が音楽鑑賞券を手に入れたら其方に渡せばよいな?」
「おそらく暗府を除いて女装に耐えうる人間は多くはないでしょう。しかも欲しい物がないと出る人間はいないと思っていい。勝機はあるかと思うのですが」
「そうじゃの。年末のバカ騒ぎに付き合うつもりで、恥はかきすてにしてしまってもよい。それで欲しい物が手に入れば、悪くないかもしれぬな」

 どうやら交渉は上手く行きそうだった。
 軽く笑ったシウスをマジマジと見るが、三十代とは思えぬ目鼻立ちの良さだ。肌も綺麗だし、少し気難しい感じの知的な瞳がまたいいのだろう。何というか、美人だ。

「どうかしたなえ?」
「いえ、改めて見るとシウス様は美しいなと」
「なっ! ばっ、バカを言うな、まったく。其方もさして変わらぬぞ」

 そう言って少し赤くなる人を、リカルドは頼もしい共犯者であり、ライバルとして認識した。

◇◆◇

 ここにも悩める一人の男が、女装コンテストの張り紙を睨み付けていた。

「それ、出るの?」
「オスカル様!」

 背後から声をかけられたルイーズがビクリと反応する。幸い周囲に人はいなくて、ほっと息をついた。

「実は私ではなくて、コナンが出る気でおりまして」
「あー、可愛いよね」
「はい、最高です」
「はいはい」

 そう、完璧なのだ。コナンの可憐さときたら年を経ても変わらない。柔らかな髪に、愛らしい顔立ち。小さな身体に可愛らしいドレスなど、まるで人形のようだ。
 女装した彼に恋をしたルイーズとしては本当に自慢の嫁なのだ。

 だが、それを自分だけが愛でるのがいいのだ。他人に見せびらかすのは、なんだか容認できない。

「いいじゃん、出させてあげれば。彼が出たいって言ってるんだよね?」
「はい。あの子の女装は私だけの宝物で、大事に囲いたいのですが。誰かがあの子の可愛さに心惹かれでもしたら、くびり殺します」
「お前の嫁ってだけでそんな奴いないよ」

 呆れ顔のオスカルが溜息をついた。

「そもそもさ、なんでコナンは出たいわけ?」
「景品になっている、レストランのチケットが欲しいと」
「連れていってあげれば?」
「それでは意味が無いと言われてしまいまして。結婚して二年くらい経ちまして、贈り物をしたいと言われました」

 そんな意地らしい嫁、とても可愛くてたまらない。抱きしめて「気にしなくていい」と伝えながら結局欲望に負けた、そんな夜。

「可愛いじゃん。いいじゃん、出してあげれば」
「ですが……」
「お前の歪んだ愛情で、最高に愛らしいコナンにしてあげたら? これも、愛の共同作業でしょ」

 愛の、共同作業……

 想像してみる。愛らしいコナンにコルセットを嵌める瞬間。少し苦しそうにしながらも健気に「もう少し締めていいです」と言う時の顔。着せるドレスはむしろクラシカルな人形にして、メイクも。ふっくらとした顔に巻き髪のカツラとか似合うだろうな。柔らかく小さな唇にピンクの口紅が似合いそうだ。

「終わったら当然、脱がせながら致すんでしょ?」
「!!」

 想像だけでまずい部分が熱くなってくる。もの凄く困る。

「……変態だよね、ルイーズ」
「否定いたしません」
「潔い変態バカって、僕嫌いじゃないよ」

 呆れながらもそう言ったオスカルに苦笑し、ルイーズは溜息をつく。そして、可愛い嫁の待つ自室へと戻っていった。

 二人の愛の巣、もといルイーズの部屋にはコナンがいて、今日こそはという決意を秘めた目をしている。こういう目、とてもそそる。

「ルイーズさん、お話が!」

 そう意気込んだコナンの手を両手で取ったルイーズは、もの凄く真剣な目で頷いた。

「コナン、君を世界一愛らしいお人形にしてあげよう」
「え?」
「その手伝いを私にさせてくれないか。私の手で、君を美しく飾りたい」

 そしてその夜はいけないお人形さんごっこがしたい。

 伺うようなコナンの目は、そんなルイーズの浅ましい欲望まで見抜いただろう。その全てを飲み込んで、彼はとても嬉しそうに微笑んだ。

「はい! 夫婦の共同作業みたいですね」
「! 必ず優勝しよう!」
「あの、優勝ではなくて三位くらいを狙いたいのですが」

 困ったコナンが小さく笑い、ルイーズをベッドへと座らせて自分は床に膝をつく。首を傾げていると、彼は困った顔でルイーズの股ぐらに触れた。

「!」
「大変な事になっていますね。これなんとかしないと、夕飯行けませんよ」

 慣れた手つきでズボンの前ボタンを外し、熱く滾る部分だけを取り出す。そして愛しそうにそこを撫でる手つきの柔らかさに、ルイーズは暴発寸前だった。

「まずは、収めてしまいましょう。お口でいいですか?」

 可愛い上目遣いにほんのりと染まる頬。その可愛さだけでもうイケる気がする残念なルイーズは早漏疑惑をかけられるくらいあっけなく陥落したのだった。

◇◆◇

 ここにも悩みを抱えた人が一人、黙々と困っている。

「何か、贈りたいが……」

 ベリアンスが見ているのは例の張り紙。その前でしばらく悩んでいる。

 ベリアンスが帝国にきて一年と少しが経った。日々の行いなどは実に真面目。規律も守り、問題行動もない。リハビリもほぼ終えていて、今はエリオットについてレイピアの訓練をしている。今までと違う為に慣れないが、それでも形になりつつある。
 これらの事が評価され、同時にアルブレヒトからの嘆願書もあり、休日の外出と宿舎内での自由を許された。ようは、アルフォンスの部屋に泊まる事が許されたのだ。
 外出も門限厳守で、誰かと一緒という制限はついた。だがその誰かは誰でもよく、アルフォンスとのデートでも構わない。結果、二人での外出がかなうようになったのだ。

 帝国は本当に豊かな国だ。アルフォンスと二人でデートしているとそれをよく思う。活気があって、物も沢山あって。
 アルフォンスは意外にも芸術関係にも明るい。オペラというものに連れて行ってもらったが、色々と説明もしてくれた。あのような経験は今までなく、朗々と響く声と舞台の美しさや迫力、生の音楽に圧倒され、物語に引き込まれた。

 またあのような経験をしたい。だが、あくまで捕虜という立場のベリアンスには持てる金銭はない。どこかに出かけても全てアルフォンスのおごり。それがとても心苦しいのだ。
 更に言うともう少しで二人が思いを交わし身体を交わした記念日がくる。その時にはベリアンスが何かを彼に贈りたい。そう思うのだ。

 だが、捕虜という立場のベリアンスがこのようなイベントに出ていいものか。悩み抜いたベリアンスが訪れたのは、シウスの執務室だった。

 ノックの後、声がかかって部屋へと入ると、シウスはいつも通り仕事をしている。視線がベリアンスへと向けられ、首を傾げられた。

「ベリアンスか。どうした?」
「シウス殿。実は一つ、相談があるのだが」
「相談?」
「俺は、女装コンテストに出てはならないだろうか?」
「!!」

 意を決したベリアンスの訴えに、シウスは大いに動揺した。

「どうした一体!」
「実は、アルフォンスに贈りたいんだ。俺は今何も持たず、外に出れば彼の負担になるばかり。何かを贈る事もできない立場にある。そろそろ、付き合い始めて一年が経つ。その贈り物くらい、自らの手で掴んだものを贈りたいと思うのだ」

 最近、身に染みる。以前も貧乏だと思っていたが、いざ本当に何もなくなると惨めでもある。共に出かけたその食事代くらい、ベリアンスだって出したい。何か彼に贈りたいと思っても、元手がない。その苦しさを、最近よく思うようになった。

 シウスは考えてくれる、とても真剣に。時々彼の飲み会に参加させてもらっているせいか、彼は親身になってくれるのだ。

「その気持ちは、とても良く分かる。来年明けたくらいから、何かしらの仕事をお前にも与えようかとファウスト達とも話している。真面目な者故、宿舎内の事でも何かと仕事はあるだろうと」
「本当か! それはとても助かる」
「じゃが、それでは記念日に間に合わぬのだろ?」

 希望を見たが、そう簡単には行かない。その話し合いが今されているとして、年末までに決まるとは到底思えない。
 肩を落としたベリアンスに、シウスは慌てて声をかけた。

「お前の心はとても良いものだ! 女装コンテストくらい好きにしてよい!」
「! 本当か!」
「皆がお前の事情を知っておる。そして、この一年のお前の頑張りを知っておるよ。今更お前が逃げたりするとは誰も思っておらぬ故、心配するな」
「有難う……本当に、助かる」

 本当に人がいい。この騎士団は捕虜であるベリアンスにも居心地の良い場所になっている。最初は団長や師団長、ランバートが気に掛けてくれた。
 次は料理府の者達が。それは徐々に広がって、今では一声掛けてくれることが多くなった。
 最初こそ戸惑ったベリアンスも、今では少しだけ話をする事ができる。若い者はベリアンスの武勇伝を聞きたがり、とても恥ずかしくくすぐったく感じた。

「衣装はオリヴァーが貸してくれる。髪や化粧も奴がしてくれる故、心配するな」
「それは助かる!」

 結果がどうなるかは分からない。だがアルフォンスに何かを贈りたい。この気持ち一つを大切に握りしめて、ベリアンスはまるで戦場に赴くような気合いを入れるのだった。

◇◆◇

 こうして波乱を呼ぶミスコン。
 だが、年末パーティーを翌日としたこの日、更なる波乱が巻き起こる事となった。

「風邪ですね」
「い゛~や゛~だぁぁ! うぇっふ! げふっ、ごふっ!」
「大人しくしなさい、ウェイン」

 顔を真っ赤にし、鼻水に咳連発のウェインを診察したエリオットが呆れ顔で言う。その側にはオリヴァーとアシュレー、そしてお粥を持ってきたランバートがいた。

「ぜっっだぃ、ミスコン出るぅぅ!」
「バカを言うんじゃありません。こんな状態で人の多い所に行ったら確実に患者を増やします」
「ズーギーィー!!」

 上半身を起こすだけでフラフラするくせに、ウェインは未だに叫んでいる。それというのも、随分スキー旅行にご執心だったらしいのだ。
 気の毒だがこればっかりは医者の言うことを聞かなければならない。ランバートは気の毒にウェインを見た。

「来年同じようなチケットをもらったら、真っ先に貴方に回しますから」
「やらぁ、今期行きだいのぉ」
「我が儘を言うな。そもそもお前が優勝できたかも分からないだろ」
「うぅ……ぐすっ……ずびぃぃぃぃ」

 涙と鼻水で顔が大変な事になっているウェインを見ると、本当に気の毒になってくる。なんとかしてあげられればいいのだが。

「それにしても、ちょっと切りが悪いんですよね」
「どうしました、オリヴァー様」
「例のミスコン、参加者が丁度十名だったのですが。ウェインが棄権となれば九名になるのですよね。まぁ、トーナメントなどではないので構わないのですが」

 切りのいい数字というのは好まれる、ということだけなのだ。

 そこでふと、ランバートは考えてオリヴァーへと向き直った。

「その空いた枠、俺が入っても問題ありませんか?」
「え?」
「え゛?」

 オリヴァーもウェインも少し驚いた顔をする。エリオットは困った顔をした。

「それは、願ったり叶ったりですよ。貴方でしたら完成度も高いですし、私の衣装が問題なく入りますから。ですが、よろしいのですか?」
「何がですか?」
「ファウストに確認を取らなくて大丈夫ですか、ランバート。あの男、言ってはなんですが嫉妬深いですよ?」

 エリオットまでがそんな事を言うが、オリヴァーもアシュレーも頷いている。
 それに、ランバートは苦笑した。

「まぁ、大丈夫ですよ。これだけ俺とファウストの関係が知れているのに、俺に手を出す奴なんていませんよ」
「……それも最もだな」
「ファウスト様の怒りなど、全財産なげうっても返品したいですからね」
「はい。それに、ウェイン様にはとてもお世話になっていますから」
「ランバートぉ」

 鼻の頭を真っ赤にしたウェインは今度は感激の涙を流している。そしてぐしゃぐしゃの顔をランバートの腹筋の辺りに埋めた。確実に色々ついただろう。

「ありがどうぅ」
「でも、俺が一番になれるとは限りませんからね。それだけは覚えておいてくださいね」
「うん!」

 こうしてコンテスト前日、思わぬ伏兵が参加する事となったのである。


 その夜、ランバートは私室でファウストにこの事を話した。多分大丈夫だと思ったのだ。

「なるほど、そういうことか」
「俺、ウェイン様にはとてもお世話になったし、今もなっているから。こんな事で恩が少しでも返せるなら、そうしたいと思うんだ」
「分かった。確かに、恩は少しずつでも返さなければな」

 二人の関係は周知であり公認だ。それもあって、ファウストの嫉妬は最近なりを潜めている。
 今もとても優しく穏やかな瞳で見つめて、笑ってくれている。心地よい空気にランバートも甘えていられる。

「年始になったら、メロディさんの所に行くんだろ?」
「あぁ」
「甥っ子ですもんね」
「ルカの手紙ですら浮かれまくっているのがうかがえる」

 そう言って笑ったファウストもまた、楽しみなのだと分かるものだった。

 メロディとルカの子はアーヴィングと名付けられた。生まれた時から大きかったからか、どっしりしているという。
 メロディの体調は良好で、母乳もしっかり出るとのこと。
 何よりもアーサーがメロメロな様子で、面白いと書いてあった。

「先に宝飾店に行って、お願いしてある指輪のデザインを確認しよう」
「うん」

 これも年始の約束だ。
 指輪の作成をお願いした宝飾店で、二人はイメージをデザイナーに伝えた。まずはそれをデザイン画として数パターン用意し、その中から選ぶ事になる。
 そのデザイン画が出来上がったと、数日前に連絡をもらったのだ。

「ヒッテルスバッハにも顔を出して行こう。挨拶に」
「けっこう忙しいね」
「まぁ、問題はないだろう」

 だが、徐々に結婚へ向けて進んできた感じがある。それが嬉しくて、ランバートは目を輝かせている。


 波乱含みのミスコン前日、それぞれの参加者の落ち着かぬ夜はゆっくりと更けていった。
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