【完結】顔だけと言われた騎士は大成を誓う

凪瀬夜霧

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1章

4話 しばしの休暇を(1)

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 人狼事件は瞬く間に人々の口に上ったが、王命で肝心な部分は伏せられた。現在、教会や研究部署が人を魔物にした魔石の解析などを行っている。
 町の治安維持なども請け負っている第二騎士団は警備を強化し、近衛騎士はあまりに情けない姿を王太子の前で晒す結果となってお叱りを受け、第二騎士団が鬼のように鍛え直している。

 そんな騒々しい中、深手を負ったクリスは強制的に二週間もの休みを与えられて少し暇をしている。
 最初の三日くらいは起き上がるのが精々で疲れやすく、傷は塞がっても失血分は補えない事を痛感した。診察してくれるハロルド曰く「回復魔法は傷を塞ぎ出血を止めるけれど、細かな所までは直しきれない」らしい。ようは一度断たれた筋や筋肉、骨などを正しくそれなりに繋ぐが、内部では細かくまだ傷があり、それらの修復に時間がかかるそう。現在、酷い筋肉痛のような痛みがあるのもこれらしい。
 当然こんな状態で訓練できるわけもなく、どうにかベッドから起き上がり、自分で食事を取り、歩くところまで回復はしても独りぼっちでいる。

「まぁ、私としては助かりますが」

 現在お邪魔しているのは、副団長フェリックスの執務室だ。
 彼は事務仕事も多く、書類整理一つでも人手が欲しいとぼやいていた。手持ち無沙汰なクリスは寝ているのも申し訳なく、座り仕事だからとこちらの手伝いを申し出たのだ。

「体の調子はどうでだ?」
「まだ、何となく体中がギシギシしている感じがします」

 傷は主に上半身、特に胴だったのに腕や足も痛む。それが解せん。
 が、フェリックスは静かな眼差しで頷くばかりだ。

「傷ついた体を治そうと、色んな部分が今は必死になっているのだろう。辛くなったらその場で寝ても構わないからな。今のお前の仕事は体を休めることだ」
「寝過ぎて眠れませんし、働かないという状況が慣れなくて」
「難儀だな。努力家なのも、負けず嫌いも騎士団では悪いことではないが、無理はしないほうがいい。後々祟る」

 そう言いながらもフェリックスは書類に目を通し、時にペンで修正を入れている。それを横目に処理が終わった書類を分類分けし、ファイリングするのが今のクリスの仕事だ。
 そうしていると、不意にドアが開く。そこから顔を出した黒髪を見て、クリスは冷たい視線を送った。

「ノックは人の基本です、団長」
「お前、休まないでここにいたのか」

 腰に手を当て呆れ顔のルークがクリスの手元を見る。そして、その指先が僅かに震えているのを見て溜息をついた。

「フェリックス、こいついつからここで仕事してる?」
「午前中から、一度昼を挟んで今の時間です」

 休憩時間を抜いて四時間程だった。
 それにキツく眉根を寄せたルークが近付いて、いとも簡単にクリスを横抱きにしてしまう。流石に恥ずかしくて顔を赤くし抵抗したが、力の入らない今のクリスでは何のダメージも与えられなかった。

「回収する」
「了解しました。クリス、明日から二時間でいい。休むことが今は大事だ」
「でも!」
「焦る必要はないし、お前はこの第三に必要な人材だ。いいから休め」

 そう言われると、少しだけほっとしたような気がした。

 横抱きにされたままルークの自室まで戻る道中、すれ違う人はギョッとしたり、ニヤニヤしたり。なんの羞恥プレイを味わっているのか分からない具合の悪さに顔は引きつったままだったが、ルークは離してくれなかった。
 それにしても、凄く密度の高い筋肉だ。第二の団長であるガイスは見た目にもゴツく、明らかに筋肉質だとわかる。だがこの人は見た目にはそんなゴツさはない。しっかりとした体だが、太くはないんだ。
 なのに触れているとこの腕がとても強く硬いことがわかる。肩周りも同じだ。だらしない生活をしているが、体は一切そんなことはない。

 何か、悔しい。認めているし、憧れている。舞踏会場で助けられたあの光景は、意識も半ば無かったのに鮮烈で今も瞼の裏に刻まれている。
 なのに素直に陶酔はできなくて……素直じゃない自分の性格のせいだろうなと思っている。

 部屋についてもこの数日、ここは荒れた様子がない。あんなにだらしないルークは別人のように整頓をする。服を脱ぎっぱなしにしないし、空気の入れ換えもする。テーブルの上に読みかけの本が置かれることはあっても、積み上がったりはしない。
 ちゃんとやれば出来る。しなかったのは甘えか?
 そういえば、生家マクレラン家は公爵だった。王妹が義母だ。そんな由緒ある家の出なら、自分のことを自分でなんてしてこなかっただろう。

 なら、今こうして部屋を維持しているのは、誰の為なんだろう。

「腕出せ」
「え?」
「いいから、腕出せ」

 ベッドに寝かされ、布団の上に腕を出して袖をまくる。そうすると、彼は肘から指先にかけてを優しく撫でるようにマッサージをする。体温が高いこの人の手は冷えた体にとても心地よく思えた。

「冷えてるな。無理をするな。あれだけの傷を負えば全身が色んなものを作り出そうとして痛むんだ。魔法はその場での延命でしかないんだぞ」
「そう、なんですね」

 知らなかった。そもそも回復魔法は高い。教会は平民でも時に魔法をかけてくれるけれど、多額のお布施が必要だ。回復魔法が使える医者は貴族相手の治療院にいて、平民は地道に薬や処置で直すしかない。
 クリスの家は一応侯爵だが、母が平民出とあってそんな金は掛けてくれなかった。

「あったかい……」

 この人は回復魔法なんて使えない。でも今、なんだか癒される。痺れは遠のいて、心が落ち着いてくる。
 そんなクリスの頭を、ルークは優しく撫でた。

「人より体温が高いからな」
「……すみません」
「どうした?」
「迷惑をかけているなと」

 本来、この人はこんなことをする立場にない。もっと言えばこんなに気安く話せる相手じゃない。
 実力派揃いの第三騎士団の頂点に立っている人。気高く強く、皆の憧れで、王太子の覚えもめでたい。生家は公爵家だ。
 これが許されているのはこの人が気に掛けてくれるから。優しいからだ。

 一方のルークは何処か面白くない顔をする。少し口を尖らせるような、子供っぽい不満顔だ。

「迷惑だと思っていない」
「そう、ですか」
「早く元気になってくれ。そうしたら、また訓練をつけてやる」
「その前に体力戻さないと」
「そうだな。次の休みに、何処か行くか。散歩がてら、王都を歩くのもいい」
「嫌ですよ。俺、人の視線が嫌いです」
「俺の癒し時間に付き合え。それに、俺がお前の視線を引き受けてやる」

 徐々にウトウトしてきている。指が温かくなって、痺れや痛みが和らいだからだろうか。
 そんな状態で聞く穏やかな声と会話に、クリスの表情は柔らかなものになる。

「余計、人目を引きます」
「それならいっそ、見せつけようか。恋人のふりでもするか?」
「ははっ、任務の延長みたい。でも……悪く、ないかも。恋人いるって……それが貴方だって分かれば……少しは、変な誘いも……」

 減るのかもしれない。

 その最後の言葉を言う前に意識が沈んだ。訪れた眠りは義務的なものではなくて、優しくて、穏やかで……いい夢が見られそうだった。
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