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1章
6話 特別な人(3)
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◇◆◇
翌日から少し動いてみたが、何の問題もない。それどころか以前より体が軽い感じがする。これが加護の恩恵だというなら嬉しいものだ。
そのまま着替えて食堂に向かうと、一緒に遠征をした先輩達が目をまん丸にした後で駆け込んできて、抱きつかれて団子みたいになった。
「よかった! おま……本当によかった!」
「生きててホント奇跡だぞ!」
「マジで生きてたぁぁ!」
「え? えぇ……」
何事だろうと思っていると、フェリックスとハロルドが苦笑して近付いて、抱きついて泣く先輩をちぎっては投げて救出してくれた。
食事を取って席に連れて行かれて、ようやくクリスは自分に起こったその後のことを知ったのだ。
「俺、死んだと思われたんですか?」
思わず目を丸くして問うと、ハロルドは思い出したのか酷くしょんぼりとした顔をする。
一方現場を見ていないフェリックスは冷静なものだ。
「その時着ていた服や団員の証言を聞くに、死んだと思って十分だろうな」
「あんなの疑わないよぉ。服はズタズタで血がベッタリ。地面も凄い量の血で濡れてて、君の口元も血だらけだったんだもん」
まあ、九割死んでたなんて言えないしな……。
それにしても、その状況でどう誤魔化したんだか。
「ルーク団長が、魔族との戦いとなりクリスが助けてくれた。そこに女神が現れて、奇跡が起こった。って、最初信じられなかったけれど、クリスの傷は綺麗に塞がってるし、血も足りてるし」
ほぼ事実を伝えられていた。
「信じられない証言ではあったが、現場の状況やお前の現状を見るに嘘とも言えない。それに、神は時に奇跡を起こす。尊く強い魂を好むとも聞くしな」
「うんうん、本当に君は勇敢だったしね」
これで信じてもらえたらしい。なるほど、そんな現場を見てしまったらあの反応でも仕方がない。納得したクリスはいつもの倍量を綺麗に食べて部屋に戻った。
部屋に戻るとルークがいて、ちゃんと自分で着替えていた。簡素なチュニックにラフなスラックスでもこの人はちゃんと決まるものだ。
本を読んでいた手を止めて視線を上げた人が微笑むのを、ドキリとして見てしまう。以前ならきっとそれ程は……いや、どうだろう。自信がない。いつからこの人の不意の表情に反応していたんだ?
「食堂行ってたのか」
「はい。なんか、死に戻った気分でした」
「ははっ、そうだろうな。あの現場を見た連中ならそうなる」
軽く笑われ、立ち上がった人が近付いてきてそっと頬に触れる。その手が温かくて、心地よいと思ってしまう。子供扱いするなとか、反発がないわけじゃない。でも今は、この温もりが心地いい。
覗き込むように近付いた唇が触れる。柔らかいそれを受けとめて、不意打ちで驚いている間に離れてしまう。手慣れているようにも感じてムッとしてしまった。
「手慣れてる」
「一応言うが、本気はお前が初めてだぞ」
「遊びはあったんだな……」
いや、噂は聞いていたし、男だから衝動はある。性欲の薄いクリスでさえ、時々どうしようもない欲求にかられて自分で処理するんだ。この人、みるからに性欲は強そうだし。
「娼館とか」
「まぁ、そういうことだ。病気とかないぞ」
「分かってますよ」
もの凄くあっけらかんと言われてしまうと、溜息はついても怒る気は起こらない。何よりこんなことで怒るのは心が狭い。数日前に告白されて、今は自分だけだって言われて、それで十分じゃないか。
十分じゃ……。
離れてしまった人の背中を睨んだクリスはそのままズンズン進んでいく。それに驚いた人の胸ぐらを掴み引き寄せたクリスは、そのまま深く唇を重ねた。
見よう見まねというか、想像でしかないキス。舌が……なんて、下世話な同級生が話していた。舌を、どうすればいいのだろう。分からない。
でもなんだか酷く卑猥な気分にはなる。自分から、冗談じゃないキスを求めること自体がとても。
「っ! んっ、んぅ……っ!」
不意にルークが唇を舐めてきて、そのままスルリと舌が侵入してきて驚いて……頭が、ぼーっとする。絡まった舌が口の中でグチャグチャで、分からない間に痺れるような感覚が背を震わせ、膝が震えてくる。
頭の後ろと腰を抱かれて逃げられないまま深く受け入れたクリスの目に、薄らと涙が浮かんだ。
「こんな日の高い内から、大胆だぞ」
「あの……」
「妬いたのか?」
「っ!」
嬉しそうな声が耳の直ぐ側でして、それにすら震える。くぐもった音が耳を犯すようで、頼りない声が漏れてしまう。
嫌だと思っていた。汚らわしい欲望なんて大嫌いだ。
でも……これはそうじゃない。求められている行為はきっと同じなのに、何かが違っている。
それは目に見えない……『愛』というものなんだろうか。
嬉しそうに笑った人は今度こそ離れてしまう。安堵なのか何なのか分からないまま溜息を付いたクリスは、ふと部屋の端にトランクが二つ置かれていることに気づいて動きを止めた。
「何処か、行くんですか?」
明らかに旅装だ。だが、他からも何処かに行くと聞いていない。ウィルフリードには本当のことを話したらしく、長めの療養期間を言いつかっているらしいからこの機会に旅行……というのも、なくはないが。
気付いた人は手に読みかけの本を持ったまま、あまり気にしない様子で口を開いた。
「明日からタルタバ行くぞ」
「そうなんですか?」
……ん? 『行くぞ?』
普通に受け入れ、ふと言葉尻が気になって見れば、彼は当然という感じでこちらを見ていた。
「お前もだ」
「え?」
「療養かねて温泉でゆっくりしようかと思ってな。申請もしてあるし、荷も準備した。どうせなら遠乗りで行こうと思うが、馬車がいいか?」
「ちょ! 待ってくださいよ!」
そんな予定聞いていない! 確かにまだ療養しろと言われているけれど、体は動くしそろそろ自主訓練しようかと思っていたのに!
けれど、目の前の人はこれを覆す気はないようだ。
「旅行、嫌か?」
「っ」
狡い男の顔でニヤリと笑われて、そんな顔もこの人らしくて狡い。たったこれだけで「嫌」と言えないなんて思ってもみなかった。これが惚れた何とやらなのか。
その様子を見た人が更に笑みを深くした。
「決まりだな」
結局この人に振り回されるのか。
そんな未来が見えたクリスだった。
翌日から少し動いてみたが、何の問題もない。それどころか以前より体が軽い感じがする。これが加護の恩恵だというなら嬉しいものだ。
そのまま着替えて食堂に向かうと、一緒に遠征をした先輩達が目をまん丸にした後で駆け込んできて、抱きつかれて団子みたいになった。
「よかった! おま……本当によかった!」
「生きててホント奇跡だぞ!」
「マジで生きてたぁぁ!」
「え? えぇ……」
何事だろうと思っていると、フェリックスとハロルドが苦笑して近付いて、抱きついて泣く先輩をちぎっては投げて救出してくれた。
食事を取って席に連れて行かれて、ようやくクリスは自分に起こったその後のことを知ったのだ。
「俺、死んだと思われたんですか?」
思わず目を丸くして問うと、ハロルドは思い出したのか酷くしょんぼりとした顔をする。
一方現場を見ていないフェリックスは冷静なものだ。
「その時着ていた服や団員の証言を聞くに、死んだと思って十分だろうな」
「あんなの疑わないよぉ。服はズタズタで血がベッタリ。地面も凄い量の血で濡れてて、君の口元も血だらけだったんだもん」
まあ、九割死んでたなんて言えないしな……。
それにしても、その状況でどう誤魔化したんだか。
「ルーク団長が、魔族との戦いとなりクリスが助けてくれた。そこに女神が現れて、奇跡が起こった。って、最初信じられなかったけれど、クリスの傷は綺麗に塞がってるし、血も足りてるし」
ほぼ事実を伝えられていた。
「信じられない証言ではあったが、現場の状況やお前の現状を見るに嘘とも言えない。それに、神は時に奇跡を起こす。尊く強い魂を好むとも聞くしな」
「うんうん、本当に君は勇敢だったしね」
これで信じてもらえたらしい。なるほど、そんな現場を見てしまったらあの反応でも仕方がない。納得したクリスはいつもの倍量を綺麗に食べて部屋に戻った。
部屋に戻るとルークがいて、ちゃんと自分で着替えていた。簡素なチュニックにラフなスラックスでもこの人はちゃんと決まるものだ。
本を読んでいた手を止めて視線を上げた人が微笑むのを、ドキリとして見てしまう。以前ならきっとそれ程は……いや、どうだろう。自信がない。いつからこの人の不意の表情に反応していたんだ?
「食堂行ってたのか」
「はい。なんか、死に戻った気分でした」
「ははっ、そうだろうな。あの現場を見た連中ならそうなる」
軽く笑われ、立ち上がった人が近付いてきてそっと頬に触れる。その手が温かくて、心地よいと思ってしまう。子供扱いするなとか、反発がないわけじゃない。でも今は、この温もりが心地いい。
覗き込むように近付いた唇が触れる。柔らかいそれを受けとめて、不意打ちで驚いている間に離れてしまう。手慣れているようにも感じてムッとしてしまった。
「手慣れてる」
「一応言うが、本気はお前が初めてだぞ」
「遊びはあったんだな……」
いや、噂は聞いていたし、男だから衝動はある。性欲の薄いクリスでさえ、時々どうしようもない欲求にかられて自分で処理するんだ。この人、みるからに性欲は強そうだし。
「娼館とか」
「まぁ、そういうことだ。病気とかないぞ」
「分かってますよ」
もの凄くあっけらかんと言われてしまうと、溜息はついても怒る気は起こらない。何よりこんなことで怒るのは心が狭い。数日前に告白されて、今は自分だけだって言われて、それで十分じゃないか。
十分じゃ……。
離れてしまった人の背中を睨んだクリスはそのままズンズン進んでいく。それに驚いた人の胸ぐらを掴み引き寄せたクリスは、そのまま深く唇を重ねた。
見よう見まねというか、想像でしかないキス。舌が……なんて、下世話な同級生が話していた。舌を、どうすればいいのだろう。分からない。
でもなんだか酷く卑猥な気分にはなる。自分から、冗談じゃないキスを求めること自体がとても。
「っ! んっ、んぅ……っ!」
不意にルークが唇を舐めてきて、そのままスルリと舌が侵入してきて驚いて……頭が、ぼーっとする。絡まった舌が口の中でグチャグチャで、分からない間に痺れるような感覚が背を震わせ、膝が震えてくる。
頭の後ろと腰を抱かれて逃げられないまま深く受け入れたクリスの目に、薄らと涙が浮かんだ。
「こんな日の高い内から、大胆だぞ」
「あの……」
「妬いたのか?」
「っ!」
嬉しそうな声が耳の直ぐ側でして、それにすら震える。くぐもった音が耳を犯すようで、頼りない声が漏れてしまう。
嫌だと思っていた。汚らわしい欲望なんて大嫌いだ。
でも……これはそうじゃない。求められている行為はきっと同じなのに、何かが違っている。
それは目に見えない……『愛』というものなんだろうか。
嬉しそうに笑った人は今度こそ離れてしまう。安堵なのか何なのか分からないまま溜息を付いたクリスは、ふと部屋の端にトランクが二つ置かれていることに気づいて動きを止めた。
「何処か、行くんですか?」
明らかに旅装だ。だが、他からも何処かに行くと聞いていない。ウィルフリードには本当のことを話したらしく、長めの療養期間を言いつかっているらしいからこの機会に旅行……というのも、なくはないが。
気付いた人は手に読みかけの本を持ったまま、あまり気にしない様子で口を開いた。
「明日からタルタバ行くぞ」
「そうなんですか?」
……ん? 『行くぞ?』
普通に受け入れ、ふと言葉尻が気になって見れば、彼は当然という感じでこちらを見ていた。
「お前もだ」
「え?」
「療養かねて温泉でゆっくりしようかと思ってな。申請もしてあるし、荷も準備した。どうせなら遠乗りで行こうと思うが、馬車がいいか?」
「ちょ! 待ってくださいよ!」
そんな予定聞いていない! 確かにまだ療養しろと言われているけれど、体は動くしそろそろ自主訓練しようかと思っていたのに!
けれど、目の前の人はこれを覆す気はないようだ。
「旅行、嫌か?」
「っ」
狡い男の顔でニヤリと笑われて、そんな顔もこの人らしくて狡い。たったこれだけで「嫌」と言えないなんて思ってもみなかった。これが惚れた何とやらなのか。
その様子を見た人が更に笑みを深くした。
「決まりだな」
結局この人に振り回されるのか。
そんな未来が見えたクリスだった。
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