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1章:祝福の家族絵を(エリオット)

2話:胸に沈む苦しさ

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 その日はアベルザード家に一泊させてもらう予定だった。
 夕食後、帰宅したラザレスを交えて男だけで談話室での一時を過ごしている。エリオットの隣ではオスカルが「寒い」と言いながら体をくっつけている。それを見るラザレスの温かな笑みが余計に、エリオットには恥ずかしかった。

「エリオットくん、邪魔なときはそう言って構わないんだよ?」
「あぁ、いえ」
「父さん、邪魔しないでよ。エリオット独占できるのは久しぶりなの」

 そう言われてしまうと何とも反論のしようがない。寒くなると余計に甘えたがりになるオスカルを押しのけて仕事をしてしまった負い目がある。
 ランバートの就任式や、先の戦いで怪我をした隊員達のその後の経過、ついでに遅れてしまっていた秋の健康診断。他の隊員達と手分けをしても忙しかった。

「オスカル兄様って、こんなキャラだったっけ?」
「家族に見せる顔、仲間に見せる顔、恋人に見せる顔には違いがあるということだ、ジェイソン」

 面白そうな顔をしているジェイソンの隣で静かに見守るバイロン。そして冷静な意見にちょっと恥ずかしそうにしたオスカルが、ようやくエリオットから離れた。
 温かかった腕の辺りに突然冷たい空気が触れる。冷たいと感じるのは、エリオットもまたオスカルの熱を心地よく思っていたから。

「オスカル、先方でそんな様子ではエリオットくんの家族を驚かせてしまう。ちゃんとした礼儀でいなければならないよ」

 温かな視線を向けながら、ラザレスは諭すようにオスカルに言っている。「分かってるよ」なんて、子供みたいに拗ねるオスカルが可愛い。思わずクスクスと笑うと、ちょっとだけ睨まれた。まったく迫力のない顔で。

「本当に大丈夫かい? お前は気を抜くと子供みたいな事をするから心配だ。非礼があっては嫌われてしまうよ」
「父さん、僕はこれでも皇帝側仕えの騎士なんだけどなぁ」
「貴方もお父様の前では敵いませんね」

 おかしくて笑いながら言う。だが、途端にラザレスはとても嬉しそうな顔をする。温かく見守る父の顔だ。

「君の事も私は息子のように思っているんだよ、エリオットくん」
「え?」
「君にお父様なんて呼ばれて、本当に息子が一人増えた気分だ。嬉しいよ」
「あ……」

 途端、頬がカッと熱くなる。とても自然に出た言葉に疑問すらなかった。
 肩に腕が回り、引き寄せられる。隣りのオスカルはとてもいい笑顔で、ラザレスを見ていた。

「そのうち本当に息子が一人増えるんだからね」
「ほぉ?」
「彼の家に挨拶に行って、了承を得られたら籍を入れる。そんなに遠い話じゃないよ」

 真っ直ぐ、自信に満ちたオスカルの表情。そこに曇りはなく、どこまでも真剣だ。
 ラザレスも穏やかに微笑んでいる。ジェイソンや、バイロンも。

「式には呼んでおくれ。そして出来れば、エリオットくんのご家族にも挨拶がしたい」
「そんな、気になさらないでください」
「いや、オスカルの親として、そして義理とはいえ君の父となる身として、こうした事はしておきたいんだよ」

 ムズムズと、嬉しいくすぐったさがある。擽ったくて、自然と笑顔になっていく。オスカルの手はしっかりと肩にかかったまま。それに寄り添い、穏やかな時間を感じている。

「そういえば、ジェイソンもそろそろいい年だろ? 仕事探してるの?」

 ふとオスカルの目がジェイソンへと向かう。名指しされたジェイソンは問われ、少し得意になった。

「勿論! 俺ね、来年の騎士団員の募集に応募してみるつもりなんだ」
「……え?」

 エリオットの表情は強張り、急な喉の渇きを感じた。
 来年の応募。確かに、王都だけではなく地方まで広く募集を募る。けれど、それは……。

 オスカルを見ると、難しい顔をしていた。表面上はそれほど変わらない。けれど雰囲気は強ばっている。

「騎士団って、やっぱりカッコいいなって。俺には父様やバイロン兄様みたいな仕事はむいてないし、体動かして剣を振るうのがやっぱり好きなんだ。だから俺も」
「駄目です!!」

 気付けば部屋中に響くような声でエリオットは叫んでいた。
 今年は……今年だけは駄目なんだ。春にはジェームダルとの戦が始まる。当然一年目を前線に送り出すような事はしない。けれどジェームダルは王都からそう離れていない。どちらの国のものでもない荒野を挟んだその先はすぐに敵国。前線を抜けられれば……海を渡られれば王都まで攻め入られる。

 目の前に、西の戦いで死んだ隊員の姿がフラッシュバックする。助ける間もなかった彼らの中に、ジェイソンが混じっていたら。オスカルが、混じっていたら……。

 途端に怖くなった。底のない穴に落ちていくような。体が震える。助けてあげられなかった隊員たちの目がこちらを見ている気がする。「どうして助けてくれなかったんだ」と。

「エリオット兄ちゃん?」
「今は、今年だけは駄目です! お願いです、私は貴方を!」

 貴方を死なせたくない。

 言い終わる前に、大きな手が口元を覆い、目を覆われた。

「駄目、エリオット。機密を漏らすのはいけないよ」
「!」

 耳元でする低い声。それに、ドキリとした。

 戦争の予感をこんなに早く国民に知らせたら、不安が広がる。長く民を不安に置くことになる。だからこそ、隊員でも一部しか知らない。団長、師団長くらいの話だ。少なくとも、騎士団の外部に出す事は禁じられている。

「エリオット兄ちゃん……」
「ごめんね、西の戦いで多くの仲間を失ったから、思いだしたみたい」

 心配そうにジェイソンの表情が歪む。バイロンも気遣わしい顔をした。
 西の戦いの話は広く民にも伝わっている。テロリストの脅威が概ね去った事も。

「エリオットさんは軍医ですから、兄様とは違い忙しいとは思いましたが……まさか前線にいたのですか?」
「前線が一番怪我人でるからね。でも、エリオットのおかげで沢山の仲間が助かったのは本当。亡くなった隊員のほとんどは、現地で死亡が確認された人達が多かったよ」
「そんなん、エリオット兄ちゃんの責任じゃないよ」
「違うよ、ジェイソン。エリオットくんはお前がそのようになるのを恐れたんだね」

 ラザレスの瞳はどこまでも穏やかで優しいまま。泣きそうなエリオットを見つめたまま、静かに頷いている。

「有り難う、エリオットくん。ジェイソンを案じてくれて。だが私は、ジェイソンが望むならその道を進めるようにと願っているんだよ」
「ですが……」
「長い道を歩むのは本人なんだ。その道を、親が引き留めてはいけない。そのかわり、何があっても戻って来たときは受け止める。オスカルを騎士団に出した時、私もステイシーもそう誓いあったんだよ」

 そんな覚悟で、送り出していたんだ。オスカルも少し驚いた顔をしている。穏やかにしているラザレスの瞳は、どこまでも深いものだった。

「ジェイソン、騎士団は厳しいよ」
「オスカル兄様」
「騎士団に入るなら、僕はお前を甘やかさない。僕は団長で、お前は一般隊員だ。兵府が違えば口出しもしない。甘えは許さないよ」

 オスカルの厳しい視線に、ジェイソンは少し戸惑うようだった。
 だがその視線は徐々に落ち着いてくる。そして次には、しっかりとした目で見据え、頷いた。

「うん、覚悟する」
「ちゃんと話し合って決めなさい。まだ、時間はあるからね」
「うん……じゃなくて、はい!」

 はっきりと返事をしたジェイソンに、オスカルは団長の顔で頷いていた。


 その後すぐに「疲れているみたいだから」と断って、オスカルはエリオットを部屋に引っ張ってきた。
 ソファーに座り、息をつく。今になって酷く気持ちに引きずられて、頭が痛いような気がしてきた。

「どうぞ」

 出された水を飲み込み、息をつく。隣りに座ったオスカルがそっと、エリオットの頭を抱いた。

「やっぱり、無理してたんだね」
「え?」

 思いがけない言葉にオスカルを見上げる。彼は苦笑して頷いていた。

「西の戦いと、ランバートの就任式。両方落ち着いてきたから、そろそろ辛くなるんじゃないかなって思ってたんだ」
「それは、どういう……」
「昔から……正確には医療府立ち上げてからエリオット、大きな戦からだいぶ経って元気がなくなってた。どれも、医療府が落ち着いた頃だったから」

 驚いてオスカルを見た。自分でもあまり自覚していなかったのだ。
 でも確かに、今よりもっとテロや他国の侵攻と戦っていた時には夢見が悪く、寝付けずにいた時があったのだ。

「亡くなった隊員を思って苦しくなったりしてるんじゃないかって、前から不安に思っていたんだ」
「それは……自分でも分からなくて。ただ、最近夜中に怖くなって目が覚める事が多くて。夢の内容も覚えていないのに……」

 多くの隊員を見送った。その度に悔しさが胸を占めたのは確かだ。けれどそれに負けてはいられないと気合を入れていたはずなのに……知らぬ間に自らを責めていたのだろうか。
 オスカルが困ったように笑う。額に一つ、そして次には唇にキスが落ちる。不安を消すおまじないのようだ。

「僕たちは葬式で隊員を見送って区切りをつける。けれど医療府の君は葬式の間も、怪我をした隊員の治療や看病、リハビリに駆り立てられてしまう。しっかり別れをしないまま、落ち着くのは何ヶ月も後の事。気が抜けて、無意識に色々思いだしてしまうのかな」

 頭を撫でる優しい動き。それに甘え、エリオットは身を預けた。
 もしかしたら、そういう事もあるのかもしれない。助けられなくて、改善策を夜中まで詰めていることもある。もっといい治療法を、もっと早くできる処置を、薬の開発を。思えばそんな事ばかりを考えている。

「エリオット、一つだけお願い」
「お願い、ですか?」

 顔を上げれば真剣な瞳が迎えてくれる。吸い込まれそうな青を見つめてしまう。

「僕の前では、大丈夫なんて言わないで。気を引き締めている時だって、四六時中じゃ気持ちがもたない。僕の前でだけは、強がりを言わずに甘えて欲しい。そのくらい受け止められない男じゃないつもりだよ」
「オスカル……」
「お願いね、エリオット。君が苦しい顔をしているのを見続けられるほど、僕は強くない。甘えて、頼って、一緒に立ち向かっていく。結婚するんだから、そのくらい肩代わりさせて」

 真剣で、でも優しいオスカルの瞳を見上げ、エリオットはこみ上げて来る涙を止められずにこぼしていた。大丈夫と言い続けてきたけれど、何処かでは苦しさを抱えていたのだろう。次から次へと溢れてくる。
 抱きしめたまま背中をあやすオスカルの胸の中、エリオットは色んな感情を吐き出すように泣き続けていた。
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