2 / 137
1章:祝福の家族絵を(エリオット)
2話:胸に沈む苦しさ
その日はアベルザード家に一泊させてもらう予定だった。
夕食後、帰宅したラザレスを交えて男だけで談話室での一時を過ごしている。エリオットの隣ではオスカルが「寒い」と言いながら体をくっつけている。それを見るラザレスの温かな笑みが余計に、エリオットには恥ずかしかった。
「エリオットくん、邪魔なときはそう言って構わないんだよ?」
「あぁ、いえ」
「父さん、邪魔しないでよ。エリオット独占できるのは久しぶりなの」
そう言われてしまうと何とも反論のしようがない。寒くなると余計に甘えたがりになるオスカルを押しのけて仕事をしてしまった負い目がある。
ランバートの就任式や、先の戦いで怪我をした隊員達のその後の経過、ついでに遅れてしまっていた秋の健康診断。他の隊員達と手分けをしても忙しかった。
「オスカル兄様って、こんなキャラだったっけ?」
「家族に見せる顔、仲間に見せる顔、恋人に見せる顔には違いがあるということだ、ジェイソン」
面白そうな顔をしているジェイソンの隣で静かに見守るバイロン。そして冷静な意見にちょっと恥ずかしそうにしたオスカルが、ようやくエリオットから離れた。
温かかった腕の辺りに突然冷たい空気が触れる。冷たいと感じるのは、エリオットもまたオスカルの熱を心地よく思っていたから。
「オスカル、先方でそんな様子ではエリオットくんの家族を驚かせてしまう。ちゃんとした礼儀でいなければならないよ」
温かな視線を向けながら、ラザレスは諭すようにオスカルに言っている。「分かってるよ」なんて、子供みたいに拗ねるオスカルが可愛い。思わずクスクスと笑うと、ちょっとだけ睨まれた。まったく迫力のない顔で。
「本当に大丈夫かい? お前は気を抜くと子供みたいな事をするから心配だ。非礼があっては嫌われてしまうよ」
「父さん、僕はこれでも皇帝側仕えの騎士なんだけどなぁ」
「貴方もお父様の前では敵いませんね」
おかしくて笑いながら言う。だが、途端にラザレスはとても嬉しそうな顔をする。温かく見守る父の顔だ。
「君の事も私は息子のように思っているんだよ、エリオットくん」
「え?」
「君にお父様なんて呼ばれて、本当に息子が一人増えた気分だ。嬉しいよ」
「あ……」
途端、頬がカッと熱くなる。とても自然に出た言葉に疑問すらなかった。
肩に腕が回り、引き寄せられる。隣りのオスカルはとてもいい笑顔で、ラザレスを見ていた。
「そのうち本当に息子が一人増えるんだからね」
「ほぉ?」
「彼の家に挨拶に行って、了承を得られたら籍を入れる。そんなに遠い話じゃないよ」
真っ直ぐ、自信に満ちたオスカルの表情。そこに曇りはなく、どこまでも真剣だ。
ラザレスも穏やかに微笑んでいる。ジェイソンや、バイロンも。
「式には呼んでおくれ。そして出来れば、エリオットくんのご家族にも挨拶がしたい」
「そんな、気になさらないでください」
「いや、オスカルの親として、そして義理とはいえ君の父となる身として、こうした事はしておきたいんだよ」
ムズムズと、嬉しいくすぐったさがある。擽ったくて、自然と笑顔になっていく。オスカルの手はしっかりと肩にかかったまま。それに寄り添い、穏やかな時間を感じている。
「そういえば、ジェイソンもそろそろいい年だろ? 仕事探してるの?」
ふとオスカルの目がジェイソンへと向かう。名指しされたジェイソンは問われ、少し得意になった。
「勿論! 俺ね、来年の騎士団員の募集に応募してみるつもりなんだ」
「……え?」
エリオットの表情は強張り、急な喉の渇きを感じた。
来年の応募。確かに、王都だけではなく地方まで広く募集を募る。けれど、それは……。
オスカルを見ると、難しい顔をしていた。表面上はそれほど変わらない。けれど雰囲気は強ばっている。
「騎士団って、やっぱりカッコいいなって。俺には父様やバイロン兄様みたいな仕事はむいてないし、体動かして剣を振るうのがやっぱり好きなんだ。だから俺も」
「駄目です!!」
気付けば部屋中に響くような声でエリオットは叫んでいた。
今年は……今年だけは駄目なんだ。春にはジェームダルとの戦が始まる。当然一年目を前線に送り出すような事はしない。けれどジェームダルは王都からそう離れていない。どちらの国のものでもない荒野を挟んだその先はすぐに敵国。前線を抜けられれば……海を渡られれば王都まで攻め入られる。
目の前に、西の戦いで死んだ隊員の姿がフラッシュバックする。助ける間もなかった彼らの中に、ジェイソンが混じっていたら。オスカルが、混じっていたら……。
途端に怖くなった。底のない穴に落ちていくような。体が震える。助けてあげられなかった隊員たちの目がこちらを見ている気がする。「どうして助けてくれなかったんだ」と。
「エリオット兄ちゃん?」
「今は、今年だけは駄目です! お願いです、私は貴方を!」
貴方を死なせたくない。
言い終わる前に、大きな手が口元を覆い、目を覆われた。
「駄目、エリオット。機密を漏らすのはいけないよ」
「!」
耳元でする低い声。それに、ドキリとした。
戦争の予感をこんなに早く国民に知らせたら、不安が広がる。長く民を不安に置くことになる。だからこそ、隊員でも一部しか知らない。団長、師団長くらいの話だ。少なくとも、騎士団の外部に出す事は禁じられている。
「エリオット兄ちゃん……」
「ごめんね、西の戦いで多くの仲間を失ったから、思いだしたみたい」
心配そうにジェイソンの表情が歪む。バイロンも気遣わしい顔をした。
西の戦いの話は広く民にも伝わっている。テロリストの脅威が概ね去った事も。
「エリオットさんは軍医ですから、兄様とは違い忙しいとは思いましたが……まさか前線にいたのですか?」
「前線が一番怪我人でるからね。でも、エリオットのおかげで沢山の仲間が助かったのは本当。亡くなった隊員のほとんどは、現地で死亡が確認された人達が多かったよ」
「そんなん、エリオット兄ちゃんの責任じゃないよ」
「違うよ、ジェイソン。エリオットくんはお前がそのようになるのを恐れたんだね」
ラザレスの瞳はどこまでも穏やかで優しいまま。泣きそうなエリオットを見つめたまま、静かに頷いている。
「有り難う、エリオットくん。ジェイソンを案じてくれて。だが私は、ジェイソンが望むならその道を進めるようにと願っているんだよ」
「ですが……」
「長い道を歩むのは本人なんだ。その道を、親が引き留めてはいけない。そのかわり、何があっても戻って来たときは受け止める。オスカルを騎士団に出した時、私もステイシーもそう誓いあったんだよ」
そんな覚悟で、送り出していたんだ。オスカルも少し驚いた顔をしている。穏やかにしているラザレスの瞳は、どこまでも深いものだった。
「ジェイソン、騎士団は厳しいよ」
「オスカル兄様」
「騎士団に入るなら、僕はお前を甘やかさない。僕は団長で、お前は一般隊員だ。兵府が違えば口出しもしない。甘えは許さないよ」
オスカルの厳しい視線に、ジェイソンは少し戸惑うようだった。
だがその視線は徐々に落ち着いてくる。そして次には、しっかりとした目で見据え、頷いた。
「うん、覚悟する」
「ちゃんと話し合って決めなさい。まだ、時間はあるからね」
「うん……じゃなくて、はい!」
はっきりと返事をしたジェイソンに、オスカルは団長の顔で頷いていた。
その後すぐに「疲れているみたいだから」と断って、オスカルはエリオットを部屋に引っ張ってきた。
ソファーに座り、息をつく。今になって酷く気持ちに引きずられて、頭が痛いような気がしてきた。
「どうぞ」
出された水を飲み込み、息をつく。隣りに座ったオスカルがそっと、エリオットの頭を抱いた。
「やっぱり、無理してたんだね」
「え?」
思いがけない言葉にオスカルを見上げる。彼は苦笑して頷いていた。
「西の戦いと、ランバートの就任式。両方落ち着いてきたから、そろそろ辛くなるんじゃないかなって思ってたんだ」
「それは、どういう……」
「昔から……正確には医療府立ち上げてからエリオット、大きな戦からだいぶ経って元気がなくなってた。どれも、医療府が落ち着いた頃だったから」
驚いてオスカルを見た。自分でもあまり自覚していなかったのだ。
でも確かに、今よりもっとテロや他国の侵攻と戦っていた時には夢見が悪く、寝付けずにいた時があったのだ。
「亡くなった隊員を思って苦しくなったりしてるんじゃないかって、前から不安に思っていたんだ」
「それは……自分でも分からなくて。ただ、最近夜中に怖くなって目が覚める事が多くて。夢の内容も覚えていないのに……」
多くの隊員を見送った。その度に悔しさが胸を占めたのは確かだ。けれどそれに負けてはいられないと気合を入れていたはずなのに……知らぬ間に自らを責めていたのだろうか。
オスカルが困ったように笑う。額に一つ、そして次には唇にキスが落ちる。不安を消すおまじないのようだ。
「僕たちは葬式で隊員を見送って区切りをつける。けれど医療府の君は葬式の間も、怪我をした隊員の治療や看病、リハビリに駆り立てられてしまう。しっかり別れをしないまま、落ち着くのは何ヶ月も後の事。気が抜けて、無意識に色々思いだしてしまうのかな」
頭を撫でる優しい動き。それに甘え、エリオットは身を預けた。
もしかしたら、そういう事もあるのかもしれない。助けられなくて、改善策を夜中まで詰めていることもある。もっといい治療法を、もっと早くできる処置を、薬の開発を。思えばそんな事ばかりを考えている。
「エリオット、一つだけお願い」
「お願い、ですか?」
顔を上げれば真剣な瞳が迎えてくれる。吸い込まれそうな青を見つめてしまう。
「僕の前では、大丈夫なんて言わないで。気を引き締めている時だって、四六時中じゃ気持ちがもたない。僕の前でだけは、強がりを言わずに甘えて欲しい。そのくらい受け止められない男じゃないつもりだよ」
「オスカル……」
「お願いね、エリオット。君が苦しい顔をしているのを見続けられるほど、僕は強くない。甘えて、頼って、一緒に立ち向かっていく。結婚するんだから、そのくらい肩代わりさせて」
真剣で、でも優しいオスカルの瞳を見上げ、エリオットはこみ上げて来る涙を止められずにこぼしていた。大丈夫と言い続けてきたけれど、何処かでは苦しさを抱えていたのだろう。次から次へと溢れてくる。
抱きしめたまま背中をあやすオスカルの胸の中、エリオットは色んな感情を吐き出すように泣き続けていた。
夕食後、帰宅したラザレスを交えて男だけで談話室での一時を過ごしている。エリオットの隣ではオスカルが「寒い」と言いながら体をくっつけている。それを見るラザレスの温かな笑みが余計に、エリオットには恥ずかしかった。
「エリオットくん、邪魔なときはそう言って構わないんだよ?」
「あぁ、いえ」
「父さん、邪魔しないでよ。エリオット独占できるのは久しぶりなの」
そう言われてしまうと何とも反論のしようがない。寒くなると余計に甘えたがりになるオスカルを押しのけて仕事をしてしまった負い目がある。
ランバートの就任式や、先の戦いで怪我をした隊員達のその後の経過、ついでに遅れてしまっていた秋の健康診断。他の隊員達と手分けをしても忙しかった。
「オスカル兄様って、こんなキャラだったっけ?」
「家族に見せる顔、仲間に見せる顔、恋人に見せる顔には違いがあるということだ、ジェイソン」
面白そうな顔をしているジェイソンの隣で静かに見守るバイロン。そして冷静な意見にちょっと恥ずかしそうにしたオスカルが、ようやくエリオットから離れた。
温かかった腕の辺りに突然冷たい空気が触れる。冷たいと感じるのは、エリオットもまたオスカルの熱を心地よく思っていたから。
「オスカル、先方でそんな様子ではエリオットくんの家族を驚かせてしまう。ちゃんとした礼儀でいなければならないよ」
温かな視線を向けながら、ラザレスは諭すようにオスカルに言っている。「分かってるよ」なんて、子供みたいに拗ねるオスカルが可愛い。思わずクスクスと笑うと、ちょっとだけ睨まれた。まったく迫力のない顔で。
「本当に大丈夫かい? お前は気を抜くと子供みたいな事をするから心配だ。非礼があっては嫌われてしまうよ」
「父さん、僕はこれでも皇帝側仕えの騎士なんだけどなぁ」
「貴方もお父様の前では敵いませんね」
おかしくて笑いながら言う。だが、途端にラザレスはとても嬉しそうな顔をする。温かく見守る父の顔だ。
「君の事も私は息子のように思っているんだよ、エリオットくん」
「え?」
「君にお父様なんて呼ばれて、本当に息子が一人増えた気分だ。嬉しいよ」
「あ……」
途端、頬がカッと熱くなる。とても自然に出た言葉に疑問すらなかった。
肩に腕が回り、引き寄せられる。隣りのオスカルはとてもいい笑顔で、ラザレスを見ていた。
「そのうち本当に息子が一人増えるんだからね」
「ほぉ?」
「彼の家に挨拶に行って、了承を得られたら籍を入れる。そんなに遠い話じゃないよ」
真っ直ぐ、自信に満ちたオスカルの表情。そこに曇りはなく、どこまでも真剣だ。
ラザレスも穏やかに微笑んでいる。ジェイソンや、バイロンも。
「式には呼んでおくれ。そして出来れば、エリオットくんのご家族にも挨拶がしたい」
「そんな、気になさらないでください」
「いや、オスカルの親として、そして義理とはいえ君の父となる身として、こうした事はしておきたいんだよ」
ムズムズと、嬉しいくすぐったさがある。擽ったくて、自然と笑顔になっていく。オスカルの手はしっかりと肩にかかったまま。それに寄り添い、穏やかな時間を感じている。
「そういえば、ジェイソンもそろそろいい年だろ? 仕事探してるの?」
ふとオスカルの目がジェイソンへと向かう。名指しされたジェイソンは問われ、少し得意になった。
「勿論! 俺ね、来年の騎士団員の募集に応募してみるつもりなんだ」
「……え?」
エリオットの表情は強張り、急な喉の渇きを感じた。
来年の応募。確かに、王都だけではなく地方まで広く募集を募る。けれど、それは……。
オスカルを見ると、難しい顔をしていた。表面上はそれほど変わらない。けれど雰囲気は強ばっている。
「騎士団って、やっぱりカッコいいなって。俺には父様やバイロン兄様みたいな仕事はむいてないし、体動かして剣を振るうのがやっぱり好きなんだ。だから俺も」
「駄目です!!」
気付けば部屋中に響くような声でエリオットは叫んでいた。
今年は……今年だけは駄目なんだ。春にはジェームダルとの戦が始まる。当然一年目を前線に送り出すような事はしない。けれどジェームダルは王都からそう離れていない。どちらの国のものでもない荒野を挟んだその先はすぐに敵国。前線を抜けられれば……海を渡られれば王都まで攻め入られる。
目の前に、西の戦いで死んだ隊員の姿がフラッシュバックする。助ける間もなかった彼らの中に、ジェイソンが混じっていたら。オスカルが、混じっていたら……。
途端に怖くなった。底のない穴に落ちていくような。体が震える。助けてあげられなかった隊員たちの目がこちらを見ている気がする。「どうして助けてくれなかったんだ」と。
「エリオット兄ちゃん?」
「今は、今年だけは駄目です! お願いです、私は貴方を!」
貴方を死なせたくない。
言い終わる前に、大きな手が口元を覆い、目を覆われた。
「駄目、エリオット。機密を漏らすのはいけないよ」
「!」
耳元でする低い声。それに、ドキリとした。
戦争の予感をこんなに早く国民に知らせたら、不安が広がる。長く民を不安に置くことになる。だからこそ、隊員でも一部しか知らない。団長、師団長くらいの話だ。少なくとも、騎士団の外部に出す事は禁じられている。
「エリオット兄ちゃん……」
「ごめんね、西の戦いで多くの仲間を失ったから、思いだしたみたい」
心配そうにジェイソンの表情が歪む。バイロンも気遣わしい顔をした。
西の戦いの話は広く民にも伝わっている。テロリストの脅威が概ね去った事も。
「エリオットさんは軍医ですから、兄様とは違い忙しいとは思いましたが……まさか前線にいたのですか?」
「前線が一番怪我人でるからね。でも、エリオットのおかげで沢山の仲間が助かったのは本当。亡くなった隊員のほとんどは、現地で死亡が確認された人達が多かったよ」
「そんなん、エリオット兄ちゃんの責任じゃないよ」
「違うよ、ジェイソン。エリオットくんはお前がそのようになるのを恐れたんだね」
ラザレスの瞳はどこまでも穏やかで優しいまま。泣きそうなエリオットを見つめたまま、静かに頷いている。
「有り難う、エリオットくん。ジェイソンを案じてくれて。だが私は、ジェイソンが望むならその道を進めるようにと願っているんだよ」
「ですが……」
「長い道を歩むのは本人なんだ。その道を、親が引き留めてはいけない。そのかわり、何があっても戻って来たときは受け止める。オスカルを騎士団に出した時、私もステイシーもそう誓いあったんだよ」
そんな覚悟で、送り出していたんだ。オスカルも少し驚いた顔をしている。穏やかにしているラザレスの瞳は、どこまでも深いものだった。
「ジェイソン、騎士団は厳しいよ」
「オスカル兄様」
「騎士団に入るなら、僕はお前を甘やかさない。僕は団長で、お前は一般隊員だ。兵府が違えば口出しもしない。甘えは許さないよ」
オスカルの厳しい視線に、ジェイソンは少し戸惑うようだった。
だがその視線は徐々に落ち着いてくる。そして次には、しっかりとした目で見据え、頷いた。
「うん、覚悟する」
「ちゃんと話し合って決めなさい。まだ、時間はあるからね」
「うん……じゃなくて、はい!」
はっきりと返事をしたジェイソンに、オスカルは団長の顔で頷いていた。
その後すぐに「疲れているみたいだから」と断って、オスカルはエリオットを部屋に引っ張ってきた。
ソファーに座り、息をつく。今になって酷く気持ちに引きずられて、頭が痛いような気がしてきた。
「どうぞ」
出された水を飲み込み、息をつく。隣りに座ったオスカルがそっと、エリオットの頭を抱いた。
「やっぱり、無理してたんだね」
「え?」
思いがけない言葉にオスカルを見上げる。彼は苦笑して頷いていた。
「西の戦いと、ランバートの就任式。両方落ち着いてきたから、そろそろ辛くなるんじゃないかなって思ってたんだ」
「それは、どういう……」
「昔から……正確には医療府立ち上げてからエリオット、大きな戦からだいぶ経って元気がなくなってた。どれも、医療府が落ち着いた頃だったから」
驚いてオスカルを見た。自分でもあまり自覚していなかったのだ。
でも確かに、今よりもっとテロや他国の侵攻と戦っていた時には夢見が悪く、寝付けずにいた時があったのだ。
「亡くなった隊員を思って苦しくなったりしてるんじゃないかって、前から不安に思っていたんだ」
「それは……自分でも分からなくて。ただ、最近夜中に怖くなって目が覚める事が多くて。夢の内容も覚えていないのに……」
多くの隊員を見送った。その度に悔しさが胸を占めたのは確かだ。けれどそれに負けてはいられないと気合を入れていたはずなのに……知らぬ間に自らを責めていたのだろうか。
オスカルが困ったように笑う。額に一つ、そして次には唇にキスが落ちる。不安を消すおまじないのようだ。
「僕たちは葬式で隊員を見送って区切りをつける。けれど医療府の君は葬式の間も、怪我をした隊員の治療や看病、リハビリに駆り立てられてしまう。しっかり別れをしないまま、落ち着くのは何ヶ月も後の事。気が抜けて、無意識に色々思いだしてしまうのかな」
頭を撫でる優しい動き。それに甘え、エリオットは身を預けた。
もしかしたら、そういう事もあるのかもしれない。助けられなくて、改善策を夜中まで詰めていることもある。もっといい治療法を、もっと早くできる処置を、薬の開発を。思えばそんな事ばかりを考えている。
「エリオット、一つだけお願い」
「お願い、ですか?」
顔を上げれば真剣な瞳が迎えてくれる。吸い込まれそうな青を見つめてしまう。
「僕の前では、大丈夫なんて言わないで。気を引き締めている時だって、四六時中じゃ気持ちがもたない。僕の前でだけは、強がりを言わずに甘えて欲しい。そのくらい受け止められない男じゃないつもりだよ」
「オスカル……」
「お願いね、エリオット。君が苦しい顔をしているのを見続けられるほど、僕は強くない。甘えて、頼って、一緒に立ち向かっていく。結婚するんだから、そのくらい肩代わりさせて」
真剣で、でも優しいオスカルの瞳を見上げ、エリオットはこみ上げて来る涙を止められずにこぼしていた。大丈夫と言い続けてきたけれど、何処かでは苦しさを抱えていたのだろう。次から次へと溢れてくる。
抱きしめたまま背中をあやすオスカルの胸の中、エリオットは色んな感情を吐き出すように泣き続けていた。
あなたにおすすめの小説
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
俺は夜、社長の猫になる
衣草 薫
BL
冤罪で職を追われた葵は、若き社長・鷹宮に拾われる。
ただし条件は――夜は“猫”として過ごすこと。
言葉を話さず、ただ撫でられるだけの奇妙な同居生活。
タワマン高層階の部屋で、葵は距離を崩さない鷹宮に少しずつ惹かれていく。
けれど葵はまだ知らない。自分が拾われた本当の理由を。
捨てられた生贄オメガ、魔王城で極上の『巣作り』始めます!~不眠症の魔王様、私のクッションで爆睡して溺愛モードに突入~
水凪しおん
BL
「役立たずのオメガ」として冷遇され、血も涙もない魔王への生贄として捨てられたリノ。
死を覚悟して連れてこられた魔王城は、寒くて硬くて、居住性最悪のブラック環境だった!?
「こんなところで寝られるか!」
極限状態で発動したオメガ特有の『巣作り本能』と、神業レベルの裁縫スキルが火を噴く!
ゴミ同然の布切れをフカフカのクッションに、冷たい石床を極上のラグマットにリフォーム。
すると、不眠症で常にイライラしていた魔王ザルドリスが、リノの作った「巣」のあまりの快適さに陥落してしまい……?
「……貴様、私を堕落させる気か」
(※いいえ、ただ快適に寝たいだけです)
殺されるどころか、魔王様に気に入られ、気付けば城中がリノの虜に。
捨てられた生贄オメガが、裁縫一つで魔王城を「世界一のマイホーム」に変える、ほのぼの逆転溺愛ファンタジー!
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
売れ残りオメガの従僕なる日々
灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才)
※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!
ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。
無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。
【完結】抱っこからはじまる恋
* ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。
完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
BLoveさまの第2回BL小説漫画コンテストで『文が癒されるで賞』をいただきました。応援してくださった皆さまのおかげです。心から、ありがとうございます!
表紙は、ぱくたそ様よりsr-karubi様の写真をお借りしました。ありがとうございます!