恋愛騎士物語2~愛しい騎士の隣にいる為~

凪瀬夜霧

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2章:放浪の民救出作戦

12話:人質救出作戦

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 シウスの小屋から出たランバートは、そのままファウストのテントへとお邪魔した。二人になると多少崩れるファウストも、この時ばかりはずっと団長の顔をしている。

「シウスを襲った奴が、このままあいつを見逃すとは思えない」

 しばらく黙った後で唸るように出た言葉に、ランバートも素直に頷いた。
 おそらくシウスを襲った奴は、最初どちらでもいいと思っていたのだろう。シウスが死んでもフェレスが死んでも結果は同じ。話し合いは成立せず、放浪の民と騎士団の関係は悪化し、最悪戦う事になっただろう。
 だが今は少し状況が違う。毒を受けたのがシウスであるということが大きく関わる。シウスは騎士団の軍事の総司令を司る。テロリストにとっては早めに潰しておきたい人物でもあるはずだ。そんな相手が手負いなら、今潰したいと考えるだろう。
 今回の相手はその謎の襲撃者以外は大した事がない。その人物がいなければ解決は早いと思えた。

「なんとも具合が悪い」
「ファウスト様?」
「遊んでいるようだ」

 そう呟いたファウストの苦い顔は、最近ではあまり見なくなったのに。
 近づいて、そっと手に触れる。黒曜石の瞳が鋭い光で見るのを、ランバートも真っ直ぐに受け止めて頷いた。

「一連の事件全てを襲撃者が指揮しているなら、俺もそう感じます。全てがスリルを楽しむ遊びのように思えます。騎士団が動くまで捕らえた女性を監禁し続けたり、突然解放したり。悪質な遊びをしていて、女性達は上手くいったときの景品のような感覚に思えます」
「同じ印象か」

 意見が一致したことで、今後の展開もおそらく一致するだろう。そのようにファウストの瞳は光って見える。

「ここが手薄になれば、奴はシウスを狙う。シウスもそれを狙ってわざと警備を薄くした。じゃっかん、無謀だが」
「かなり無謀です。シウス様は毒は抜けてもまだ動ける訳ではありません。エルの不思議な力が多少使えるようですが、それでもです」
「襲撃者を確実にこちらに誘導したかったのだろう。奴が襲ってくるとして、拠点の建物に戻るまでには時間がかかる。その時間で確実に、囚われた人々を解放させるつもりでいる」

 ファウストがふと、辛そうな顔をした。頬に手が触れ、ゆっくりと唇が重なる。どこか切なく、苦しそうに触れた。

「シウスを頼む。だが、お前も十分に気を付けてくれ」
「平気ですよ」
「……お前がシウスと同じように苦しむ様を、俺は見たくない。助ける術を持たない事が、一番もどかしい」

 そう言うともう一度、唇が重なった。存在を確かめるような触れ合いは、受けるランバートまで切なく苦しい気持ちにしていく。

「明日で決着をつける。早く王都に戻ろう、ファウスト」
「あぁ、そうだな」

 冷える体を温め合うように寄り添って、ランバートはファウストの腕の中でこの夜を過ごした。

◆◇◆

 翌日、暗くなるタイミングで全体が動き始めた。夜目のきくフェレスの狼がそれぞれの隊を先導していく。ウェインの隊は既に初期位置についているだろう。
 物陰に隠れ、周囲を伺う。建物の外部を巡るように五人ほどがいる。これらをどうにかするところから始まるはずだ。時計を見て、作戦決行まで残すところ数分と迫っている中で、五人いた見張りが減った。おそらくはウェイン隊が様子を見て取り押さえたのだろう。
 今か今かと気が急いている。その中で、夜目にも派手な音が辺りに轟いた。

「派手だな」
「はい」

 砦の窓からも光が漏れるほどの閃光弾。石壁が崩れたのかと思うような音と煙が見える。それに混じって人々の悲鳴と怒号は阿鼻叫喚と言ってもいいほどの騒々しさだ。
 ファウストは手で合図を送り、更に城塞へと素早く近づきその側面張り付いた。正面に大きくある両開きの扉は、側面を適度に隠してくれる。周囲を巡る見張りがいない中では隠れるのに適当だ。
 やがて大慌てで男達が扉を開け放って飛び出してくる。中では未だに「敵襲だ!」「後方がやばいぞ!」という声がしているが、笑えるのがこの声に聞き覚えがあることだ。第二師団がそれっぽく叫んでいるのだ。

「急げ!」
「おら、歩け!」

 わらわらと溢れるように出てきた男達は手にロープを持って引いている。そのロープには複数の女性が手首を繋がれ数珠つなぎにされている。皆が怯え泣いて震えている。ほとんどが十代後半から二十代の女性達だ。
 後方でもう一度閃光弾が光った。合図だ。
 ファウストは男達を囲うように前に出た。側面から突如囲まれたテロリスト達はビクリと立ち止まってガタガタと震える。数人は剣を手にしているが、その切っ先も定まらないほどだった。

「帝国騎士団だ。大人しく降伏するならば命は保証する。だが、抵抗するならば容赦はしない」

 ファウストの静かな声に、震えながらも数人が戦う意志を見せて剣を握り直した。そして、ロープを持つ男もどうにか逃れようと周囲を見回す。

「いいだろう」

 息を吐き、ファウストは剣を抜く。それに、他の隊員も従った。
 先ほどの騒ぎなど序の口という騒々しさとなった。相手は百を少し超える程度だったが、それほどの手練れはいないのだろう。難なく捕らえられていく。後方の砦は裏口から侵入した第二師団が制圧している。挟み込まれたテロリスト達には、もう勝ち目などなかった。
 男達を縛り上げ、同時に捕らえられていた女性達を解放し、怪我や体調不良がないかを確かめている。エルの女性は流石に気丈で、同時に警戒されている。だが中の一人が立ち上がり、ファウストの側にきた。

「貴方がファウストさん?」
「あぁ」

 気の強い瞳をした綺麗な顔立ちの女性だ。肩で切りそろえた白髪に、目鼻立ちがはっきりとしている。瞳の色はやはり薄いが、赤と紫が混じる妖艶な色をしている。

「初めまして、アグライアと申します。兄とセヴェルス様、それにフェレスがお世話になったそうで、感謝いたします」
「え?」

 丁寧に礼をした彼女の言葉に違和感を感じて問えば、可笑しそうに彼女は声を上げて笑った。

「鳥が伝えてくれました。フェレスに今夜の事を伝えるようお願いしたのですよね?」
「では、君が」

 シウスがそのように話していたのを覚えている。砦の中に鳥の声を聞く者がいると。それが彼女なのだろう。

「鳥が大体の経緯を伝えてくれました。まずは兄達のところへお連れください。ここにいる女性達にも、とりあえずは従うように伝えます」
「すまない、お願いできるだろうか」
「勿論」

 背を真っ直ぐに立ち去るアグライアはそのまま、まずはエルの女性達の所へ向かう。警戒していた女性達も事の経緯を知ると僅かに表情を緩め、そして立ち上がった。

「ファウスト様」
「ウェイン、砦の中はどうだ」

 内部を探索していたウェインが後方を差す。そこには怪我をしたのか包帯を巻いた女性や、顔色の悪い女性が数人いた。

「砦の一室に監禁されていたんです」
「背負わせられる状態か?」
「妊婦などはいないと言っていたので、とりあえずは平気かと。奴ら、完全に彼女達を商品として扱ってたみたいです」

 そう言いながら捕らえた男達に向かって子供のようにあっかんべーをするウェインは、一つ頷いてファウストを見る。

「準備ができしだい、女性達は野営地に。男達は森を歩かせて砦へと連れて行きます。ルート、分けますか?」
「そうだな。砦へは俺が連行する。少し遠回りの道を行かせる」

 地図を出して見ていると、ここまで先導していたソルという白狼が側に座った。

「案内してくれるのかな?」

 ウェインがよしよしと撫でているのを、エルの女性達は呆気にとられた顔で見ている。まぁ、分からないでもない。動物好きもここまでくると立派だ。
 ソルはファウストを見つめると、服の裾を僅かに噛んで引っ張る。本当に案内をしようとしている素振りに戸惑うと、エルの女性の一人が遠慮がちに声をかけてきた。

「あの、ついてくるように言っています」
「そうか」

 なおもクンクンと服を引っ張るソルに従って歩き始めると、ゆっくりと前を行き始める。本当に賢い生き物だと、もう何度も思った事を再度思ってしまった。

「テロリストの連行と、女性達の護送に別れる。体力余ってる奴はこのままテロリストの連行を頼む。夜通し歩けば砦へと辿り着くだろう」

 体力に余裕のある第一、第二師団のメンバーが名乗りを上げてくれる。三分の一程度が連行班へと志願してくれたことで、ウェイン達よりも早くその場を後にする事ができた。
 夜の森を数珠つなぎにしたテロリストを連れて歩く。犯人を真ん中に数列組ませ、その周囲を囲んでいる。ファウストは先頭に立ち、辺りを警戒していた。
 そうして一時間程度をかけて三キロほど行った頃、ファウストはその足を止め、周囲を探った。

「ファウスト様?」
「先に行ってくれ」

 視線を感じる。遠くも近くもない…おそらく目視できる範囲でこちらを伺っている視線。それが一点、ファウストを見ている。隊がそのまま脇を通り抜けていくのに、視線は未だ感じている。狙いは、ファウストなのだろう。
 突如闇夜を裂くように雪を踏む音がして、振り向きざまに剣を抜いた。斜めに切り上げた剣と、上から振り下ろされる剣がぶつかって滑っていく。ファウストが後方に飛んだのと同じように、相手もまた後方へと飛んだ。
 夜目に鮮やかな赤い髪の男だ。身なりが整っていて、体躯もいい。明らかにさっきのテロリストとは違う。男は姿勢を整えて、口元に笑みを浮かべた。

「名高い帝国の軍神殿と、こうして剣を交える機会があるとは。戦いを生業とする者にとってこれほど胸躍る事はない」
「何者だ」

 低くい声で問うファウストの前で、男は姿勢を崩さないまま鋭く笑った。

「キフラス。とでも覚えておいて貰えれば十分だ、軍神殿。しがないテロリストだ」

 聞いた事のない名だ。だが、明らかにできる。ファウストはしっかりと足元を確かめ、向き合った。
 夜の森に鋭い剣の音が響き合う。両者は激しく剣を交え、一進一退を繰り返している。キフラスと名乗った男とファウストの戦い方は似ている。だからこそ長期戦となりそうなのだ。
 だが同時に疑問だった。基礎を地でゆくその上にこの男の剣はある。傭兵のような、戦う中で身につけた我流の剣では明らかにない。もっと堅苦しく、だが戦い慣れた者の剣だ。

「お前、元兵士か」

 しかも一般の兵士ではない。洗練されている。
 男は実に真面目な顔をしている。緋色の瞳にはどこかブレのない信念があるようだ。まるで、騎士を見るような。

「お前は」

 男が剣を弾き、距離を取る。酷く歪に笑っている。悔しく辛そうに瞳を眇めながら、口元に笑みを浮かべるそれはランバートにも似ている。ふと暗い部分を覗かせる時に見るそれに似ていた。現状を悔やみ辛く悩みながら、その思いをねじ伏せるように笑うのだ。

「またどこかで会うだろう、軍神殿」

 そう言って森の深くへと姿を消したキフラスの背を、ファウストは追わなかった。向かった方向には野営地も、砦もない。更に言えばそこから先の地図もないのだ。深追いはできない。
 剣をひき、足跡を追って歩き出す。だがその心は暗雲が低く垂れ込むように重く暗いままだった。
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