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7章:懐かしき仲間
4話:戦い方は人それぞれ
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それから毎日、クリフは訓練に参加した。正直、体力訓練は本当に辛くて結局ノルマをこなせなかった。剣の訓練も一年目の隊員と同格程度。とても二年目のハリーやコナンに勝てなかった。
それでも、得意な部分はあった。それはもっと事務的な事で、かつ第四師団が得意でなければならないこと。兵糧の備え、備品の整備や修理、衛生兵としての医療分野。これらにおいて、クリフは他の二年目よりも優秀な知識と行動力を見せた。
ここ最近、夕食が終わってから就寝時間になるまでをクリフは書庫で過ごすことが多くなった。それというのも、読みたい本が沢山あった。保存食を作る為の方法や、野草図鑑、野生動物の捌き方、有毒な生物や植物の知識、野営地での救護に関する本。薬草などの調合。
ロッカーナでもこれらの本を読んだけれど、王都はさすがだった。まずそれらの書籍の量が違う。食い入るように読みふけり、手元のノートに書き残した。そうして時間をずっと費やしていたのだ。
集中すると音に鈍くなる。だからだ、近づく人の気配や音に気づけなかった。
「そんなに食い入るように、何を学んでいるのですか?」
「うわぁぁ!!」
暗い中をランプの明かりだけで本を読んでいたから、背後からかかった声に驚いて素っ頓狂な声を上げる。正直お化けが出たんだと思った。
見上げた先にいたのは、実に楽しそうな顔をするオリヴァーだった。悪戯に成功した、そんな満足そうな笑顔だ。
「オリヴァー様。はぁ……心臓止まるかと思いました」
「おや、意外と小心な事を言いますね。お化けでも出たかと?」
「あははははっ」
恥ずかしく笑えばオリヴァーも笑う。そして、クリフの手元を見つめて瞳を細くした。
「これを、ずっと一人で学んでいたのですか?」
書き付けたノートを取り上げ、見られている。恥ずかしくなって頷いたクリフを、オリヴァーはとても真剣な目で見ていた。
「薬学、野外での食料補給、植物学……毒まで?」
「意外と危険が側にあるように思って。挿絵を見ても、毒のある植物と食べられる植物が似ていたり。危ないと思いますし、万が一毒の方を口にしてしまったら対処する方法を知っていないと危険だと思ったので」
オリヴァーはなおも真剣にノートを見ている。そしてパタンと、それを閉じた。
「……知りたいですか?」
「え?」
「毒の妙技」
「えっ」
柔らかく穏やかに微笑む人の、それは吸い込まれるように怪しく危険な眼差しだった。手が伸びてくる。それに一瞬ビクリと震えたクリフは、それでもオリヴァーから視線を外さなかった。
「毒と薬は裏と表。毒が良薬になる事も、薬が毒となる事もある。これらを知り、制する事は人の命を左右する一つの力となります」
「あの」
「私の家は、代々こうした毒と薬を自在に操り、時に恐怖を、時に安心を与えてきました。今では私ばかりがこれを知りますが……知りたいですか?」
それは誘惑。この人こそが毒を持つ美しい生き物だ。絡めて、たぐり寄せて、敵ならばきっと食われてしまう。けれど。
「オリヴァー様」
「ん?」
「僕はきっと、普通の騎士にはなれません。その強さを持ちません」
クリフは正直な所を隠さずにオリヴァーに伝えた。驚かれるだろうか。思ったけれど、真っ直ぐな視線は簡単にそれを受け入れてくれた。
「正面から戦う力を、きっと僕は持ちません」
「そうですね」
「ですが、出来る戦いはあります」
この数日、クリフは自分のあり方を模索して、そして定めていた。クリフはどうしてもランバートやハリー、ピアースのような戦い方はできない。敵と正面から切り結ぶような戦いはできないんだ。力が足りない。技量も足りない。それを補う事はする。けれど、それよりも即戦力になる方法もある。
「僕は、隊の人が十分に戦えるように食料を確保したり、少しでも疲れを癒やして貰える様なマッサージや、ストレッチを施したり、衛生兵として一人でも多くの人を助けたり。そういう分野では負けません。その力を伸ばしたい」
言えば、オリヴァーは頷いた。
「この数日を見せてもらいました。確かにクリフは戦いに不向きです。コナンもですが、あの子には弓の腕がる。貴方はそれも苦手な様子。ですが、第四は戦う事だけが強さではありません。第一に、隊を飢えさせない事。第二に、兵を殺さない事。この点において、貴方は最良の判断ができます」
「有り難うございます」
「……戦い方は人それぞれなのかもしれませんね」
オリヴァーは言って、クリフの隣に腰を下ろした。
「戦場において、第四は時に誰よりも冷酷でなければなりません」
真剣な眼差しが見据える。それを見て、クリフは真っ直ぐに受け入れた。
「助かる者を優先して助けなければなりません。軽傷など放っておいていいですが、明らかに治療を必要とする者だって優先度合いはあります」
「……助からない者を見捨てる冷酷さが必要なのですね?」
言えば、オリヴァーは静かに頷いた。
「きついものがあります。でも、戦場において冷静にこれらを見極めなければ、助かる命を捨てるかもしれない。一つは助かったはずなのに、治療の遅さから複数失う事だってある。私たち第四師団は、医療府へと引き継ぐまでの大事な瞬間をすくい上げるのです。この判断が出来る者はそう多くはありません。クリフ、貴方にその覚悟はありますか?」
問われれば迷う。だが、やらなければならないのだろう。前を向いて、頷いた。
「やれます」
「友を、仲間を、恋人を、時に見捨てる事になってもですか?」
「!」
その言葉に、息が詰まった。そこまでは考えていなかった。ハリーが、コナンが、ランバートが倒れ、息はあるのにもう助からないだろうと思える怪我だったら。ピアースが、まだ息はあるのに助からないほどの怪我をしていたら。
想像して、怖くて手を握った。その手が震えていた。
「……今年、大がかりな遠征も増えそうです」
「え?」
「どうも騒々しくなるとファウスト様も言っていました。ですが、私たちは国の剣であり、国の盾。逃げる事は許されません。見たくないものを多く見るでしょう。人の死などそのうち日常となるかもしれない。別れに慣れてしまうかもしれない。入団して数ヶ月で、私は死んだ者を仲間として見る事をやめました」
オリヴァーの言葉が重くなる。妙にリアルにクリフは想像した。帰らない仲間を諦める事。変わり果てた人を見る事。そこに、自分が入る事を。
思って、怖くなって、でも唇を噛みしめた。震えは止まらない。けれど、逃げたりへたり込んだりはしたくない。
その様子を見たオリヴァーの瞳が、柔らかく笑みを見せた。
「強いですね。逃げないのですか?」
「……強がりです」
「だとしても、強がりすら出来ない者もいます。想像に負けてしまう者もいます。貴方は今、想像したのでしょ? 仲間を、友を、自分を。それでも、それだけ気丈な目ができる」
とても満足そうなオリヴァーは、クリフのノートを手に取って笑った。
「おいで、クリフ。私の知るものを教えましょう。人を救う為に必要な知識を」
招かれて、手を引かれ、クリフは言われるがままに着替えて、オリヴァーと共に町に出た。
連れてこられたのは、墓地に隣接した教会だった。その奥には教会の者がいて、静かに頭を下げていた。
「あの」
「手袋をして、マスクもね。安全だけれど、絶対ではないから」
言って中に入れば、そこには薄暗い部屋と、手術用のベッド、そして二人の人物が待っていた。
「遅くなりました、エリオット様、ハムレット様」
「オリヴァー、その子は?」
エリオットが驚いた顔をしてクリフを見る。それに、少しだけたじろいだ。
「私の知識を学ばせたいと思いまして、連れてきました。観察だけですが、同席をお願いします」
「へぇ、まだ若いのにね。さーて、それでは本日のお客様を」
栗色の髪をした人が手を叩くと、担架に乗って運び込まれてくるものがある。それが人だと直ぐにわかった。
まだ若い男の人だった。体に痣がある。そしてその肌は血の気を失っていた。
「検死解剖です。こちらにいるハムレット殿は、何かとこうした死体に触れる機会があるそうで、立ち会いと勉強の為にお願いしています」
「エリオットさんはとても綺麗に切除や縫合をするから気に入ってる。だから、特別ね。それに、騎士団に知識が増えるのはランバートの為にもなるし」
「ランバート?」
クリフが声を上げると、栗色の髪の人、ハムレットが顔を上げる。
「知ってるの?」
「ロッカーナで、お世話になりました」
「ランバートの友人です、ハムレット様」
オリヴァーが補足すると、ハムレットは機嫌が良さそうに瞳を細めて笑い、側へと手招いてそこに台を置いてくれた。
「言っとくけど、気分悪くなっても知らないよ。こういう暴行死した奴の中身なんて、大抵が酷いから」
言いながら、三人は手にメスを持ち、頷いた。
とても鮮やかに三人はメスを使い人の中身を暴き出す。血は派手に吹き上がる事はない。でもその色は、まだ生々しかった。思わず口元を抑えたけれど、飲み込んだ。そして、全てを見ていた。
彼らは亡くなった人の体を見て、致命傷はなんだったのか、助かった可能性はあるのか。そんな事を話して調書を読み、どのくらいまでの治療できていたら助かったとか話ていた。
人の命を左右する仕事を願い出た。クリフはそれを、むざと見せられている。オリヴァーはきっとクリフを揺さぶっている。人の死を見せて、惨い様子を見せて、クリフの気持ちを試している。
目を、背けなかった。震えて何もできなくても、逃げはしなかった。自分に出来る強さを見つけるために。
帰り道、エリオットはクリフの話を聞いて少し気遣わしい顔をした。
「そう、衛生兵としての腕を磨くのですか」
「はい」
「とりあえず合格ですよクリフ。逃げないとは、感心です」
オリヴァーも機嫌良く言う。それに、クリフはなんて答えていいか分からなかった。
「クリフ、貴方を兵糧支援と衛生兵に特化した隊員として育てます。エリオット様、空いた時間で構いませんので指南してもらえますか?」
エリオットは穏やかに微笑み、一つ頷く。そしてクリフの頭を一つ撫でた。
「大変ですよ。何よりまず、体力が必要です」
「え?」
「衛生兵は最後まで生き残らなければなりません。人を救う者が倒れては、救える命も救えませんからね。だから最後まで生き残る為の技術を学ばねばなりません」
「それについては私が教えますよ、クリフ。第四師団の訓練の他に、空いた時間で教えます」
「えぇ!」
なんだか一気に大変な事になった。思いながらも、クリフは拳を握りしめる。
決めたじゃないか、これが自分の戦い方だと。
二人を見上げ、立ち止まり、頭を深く下げたクリフは、確かに強く声を上げた。
「ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします!」
これに、エリオットもオリヴァーも頷き、確かに強く肩を叩いた。
それでも、得意な部分はあった。それはもっと事務的な事で、かつ第四師団が得意でなければならないこと。兵糧の備え、備品の整備や修理、衛生兵としての医療分野。これらにおいて、クリフは他の二年目よりも優秀な知識と行動力を見せた。
ここ最近、夕食が終わってから就寝時間になるまでをクリフは書庫で過ごすことが多くなった。それというのも、読みたい本が沢山あった。保存食を作る為の方法や、野草図鑑、野生動物の捌き方、有毒な生物や植物の知識、野営地での救護に関する本。薬草などの調合。
ロッカーナでもこれらの本を読んだけれど、王都はさすがだった。まずそれらの書籍の量が違う。食い入るように読みふけり、手元のノートに書き残した。そうして時間をずっと費やしていたのだ。
集中すると音に鈍くなる。だからだ、近づく人の気配や音に気づけなかった。
「そんなに食い入るように、何を学んでいるのですか?」
「うわぁぁ!!」
暗い中をランプの明かりだけで本を読んでいたから、背後からかかった声に驚いて素っ頓狂な声を上げる。正直お化けが出たんだと思った。
見上げた先にいたのは、実に楽しそうな顔をするオリヴァーだった。悪戯に成功した、そんな満足そうな笑顔だ。
「オリヴァー様。はぁ……心臓止まるかと思いました」
「おや、意外と小心な事を言いますね。お化けでも出たかと?」
「あははははっ」
恥ずかしく笑えばオリヴァーも笑う。そして、クリフの手元を見つめて瞳を細くした。
「これを、ずっと一人で学んでいたのですか?」
書き付けたノートを取り上げ、見られている。恥ずかしくなって頷いたクリフを、オリヴァーはとても真剣な目で見ていた。
「薬学、野外での食料補給、植物学……毒まで?」
「意外と危険が側にあるように思って。挿絵を見ても、毒のある植物と食べられる植物が似ていたり。危ないと思いますし、万が一毒の方を口にしてしまったら対処する方法を知っていないと危険だと思ったので」
オリヴァーはなおも真剣にノートを見ている。そしてパタンと、それを閉じた。
「……知りたいですか?」
「え?」
「毒の妙技」
「えっ」
柔らかく穏やかに微笑む人の、それは吸い込まれるように怪しく危険な眼差しだった。手が伸びてくる。それに一瞬ビクリと震えたクリフは、それでもオリヴァーから視線を外さなかった。
「毒と薬は裏と表。毒が良薬になる事も、薬が毒となる事もある。これらを知り、制する事は人の命を左右する一つの力となります」
「あの」
「私の家は、代々こうした毒と薬を自在に操り、時に恐怖を、時に安心を与えてきました。今では私ばかりがこれを知りますが……知りたいですか?」
それは誘惑。この人こそが毒を持つ美しい生き物だ。絡めて、たぐり寄せて、敵ならばきっと食われてしまう。けれど。
「オリヴァー様」
「ん?」
「僕はきっと、普通の騎士にはなれません。その強さを持ちません」
クリフは正直な所を隠さずにオリヴァーに伝えた。驚かれるだろうか。思ったけれど、真っ直ぐな視線は簡単にそれを受け入れてくれた。
「正面から戦う力を、きっと僕は持ちません」
「そうですね」
「ですが、出来る戦いはあります」
この数日、クリフは自分のあり方を模索して、そして定めていた。クリフはどうしてもランバートやハリー、ピアースのような戦い方はできない。敵と正面から切り結ぶような戦いはできないんだ。力が足りない。技量も足りない。それを補う事はする。けれど、それよりも即戦力になる方法もある。
「僕は、隊の人が十分に戦えるように食料を確保したり、少しでも疲れを癒やして貰える様なマッサージや、ストレッチを施したり、衛生兵として一人でも多くの人を助けたり。そういう分野では負けません。その力を伸ばしたい」
言えば、オリヴァーは頷いた。
「この数日を見せてもらいました。確かにクリフは戦いに不向きです。コナンもですが、あの子には弓の腕がる。貴方はそれも苦手な様子。ですが、第四は戦う事だけが強さではありません。第一に、隊を飢えさせない事。第二に、兵を殺さない事。この点において、貴方は最良の判断ができます」
「有り難うございます」
「……戦い方は人それぞれなのかもしれませんね」
オリヴァーは言って、クリフの隣に腰を下ろした。
「戦場において、第四は時に誰よりも冷酷でなければなりません」
真剣な眼差しが見据える。それを見て、クリフは真っ直ぐに受け入れた。
「助かる者を優先して助けなければなりません。軽傷など放っておいていいですが、明らかに治療を必要とする者だって優先度合いはあります」
「……助からない者を見捨てる冷酷さが必要なのですね?」
言えば、オリヴァーは静かに頷いた。
「きついものがあります。でも、戦場において冷静にこれらを見極めなければ、助かる命を捨てるかもしれない。一つは助かったはずなのに、治療の遅さから複数失う事だってある。私たち第四師団は、医療府へと引き継ぐまでの大事な瞬間をすくい上げるのです。この判断が出来る者はそう多くはありません。クリフ、貴方にその覚悟はありますか?」
問われれば迷う。だが、やらなければならないのだろう。前を向いて、頷いた。
「やれます」
「友を、仲間を、恋人を、時に見捨てる事になってもですか?」
「!」
その言葉に、息が詰まった。そこまでは考えていなかった。ハリーが、コナンが、ランバートが倒れ、息はあるのにもう助からないだろうと思える怪我だったら。ピアースが、まだ息はあるのに助からないほどの怪我をしていたら。
想像して、怖くて手を握った。その手が震えていた。
「……今年、大がかりな遠征も増えそうです」
「え?」
「どうも騒々しくなるとファウスト様も言っていました。ですが、私たちは国の剣であり、国の盾。逃げる事は許されません。見たくないものを多く見るでしょう。人の死などそのうち日常となるかもしれない。別れに慣れてしまうかもしれない。入団して数ヶ月で、私は死んだ者を仲間として見る事をやめました」
オリヴァーの言葉が重くなる。妙にリアルにクリフは想像した。帰らない仲間を諦める事。変わり果てた人を見る事。そこに、自分が入る事を。
思って、怖くなって、でも唇を噛みしめた。震えは止まらない。けれど、逃げたりへたり込んだりはしたくない。
その様子を見たオリヴァーの瞳が、柔らかく笑みを見せた。
「強いですね。逃げないのですか?」
「……強がりです」
「だとしても、強がりすら出来ない者もいます。想像に負けてしまう者もいます。貴方は今、想像したのでしょ? 仲間を、友を、自分を。それでも、それだけ気丈な目ができる」
とても満足そうなオリヴァーは、クリフのノートを手に取って笑った。
「おいで、クリフ。私の知るものを教えましょう。人を救う為に必要な知識を」
招かれて、手を引かれ、クリフは言われるがままに着替えて、オリヴァーと共に町に出た。
連れてこられたのは、墓地に隣接した教会だった。その奥には教会の者がいて、静かに頭を下げていた。
「あの」
「手袋をして、マスクもね。安全だけれど、絶対ではないから」
言って中に入れば、そこには薄暗い部屋と、手術用のベッド、そして二人の人物が待っていた。
「遅くなりました、エリオット様、ハムレット様」
「オリヴァー、その子は?」
エリオットが驚いた顔をしてクリフを見る。それに、少しだけたじろいだ。
「私の知識を学ばせたいと思いまして、連れてきました。観察だけですが、同席をお願いします」
「へぇ、まだ若いのにね。さーて、それでは本日のお客様を」
栗色の髪をした人が手を叩くと、担架に乗って運び込まれてくるものがある。それが人だと直ぐにわかった。
まだ若い男の人だった。体に痣がある。そしてその肌は血の気を失っていた。
「検死解剖です。こちらにいるハムレット殿は、何かとこうした死体に触れる機会があるそうで、立ち会いと勉強の為にお願いしています」
「エリオットさんはとても綺麗に切除や縫合をするから気に入ってる。だから、特別ね。それに、騎士団に知識が増えるのはランバートの為にもなるし」
「ランバート?」
クリフが声を上げると、栗色の髪の人、ハムレットが顔を上げる。
「知ってるの?」
「ロッカーナで、お世話になりました」
「ランバートの友人です、ハムレット様」
オリヴァーが補足すると、ハムレットは機嫌が良さそうに瞳を細めて笑い、側へと手招いてそこに台を置いてくれた。
「言っとくけど、気分悪くなっても知らないよ。こういう暴行死した奴の中身なんて、大抵が酷いから」
言いながら、三人は手にメスを持ち、頷いた。
とても鮮やかに三人はメスを使い人の中身を暴き出す。血は派手に吹き上がる事はない。でもその色は、まだ生々しかった。思わず口元を抑えたけれど、飲み込んだ。そして、全てを見ていた。
彼らは亡くなった人の体を見て、致命傷はなんだったのか、助かった可能性はあるのか。そんな事を話して調書を読み、どのくらいまでの治療できていたら助かったとか話ていた。
人の命を左右する仕事を願い出た。クリフはそれを、むざと見せられている。オリヴァーはきっとクリフを揺さぶっている。人の死を見せて、惨い様子を見せて、クリフの気持ちを試している。
目を、背けなかった。震えて何もできなくても、逃げはしなかった。自分に出来る強さを見つけるために。
帰り道、エリオットはクリフの話を聞いて少し気遣わしい顔をした。
「そう、衛生兵としての腕を磨くのですか」
「はい」
「とりあえず合格ですよクリフ。逃げないとは、感心です」
オリヴァーも機嫌良く言う。それに、クリフはなんて答えていいか分からなかった。
「クリフ、貴方を兵糧支援と衛生兵に特化した隊員として育てます。エリオット様、空いた時間で構いませんので指南してもらえますか?」
エリオットは穏やかに微笑み、一つ頷く。そしてクリフの頭を一つ撫でた。
「大変ですよ。何よりまず、体力が必要です」
「え?」
「衛生兵は最後まで生き残らなければなりません。人を救う者が倒れては、救える命も救えませんからね。だから最後まで生き残る為の技術を学ばねばなりません」
「それについては私が教えますよ、クリフ。第四師団の訓練の他に、空いた時間で教えます」
「えぇ!」
なんだか一気に大変な事になった。思いながらも、クリフは拳を握りしめる。
決めたじゃないか、これが自分の戦い方だと。
二人を見上げ、立ち止まり、頭を深く下げたクリフは、確かに強く声を上げた。
「ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします!」
これに、エリオットもオリヴァーも頷き、確かに強く肩を叩いた。
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