恋愛騎士物語2~愛しい騎士の隣にいる為~

凪瀬夜霧

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8章:亡霊は夢を見る

3話:炎の夜

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 今回は東の遠征のように野宿はない。無理をせずに騎士団所有の砦で休ませてもらい、必要な物もそこそこで補給が可能な状態になっている。これだけのバックアップがあるのも王都騎士の強さの一つだ。
 順調に行軍が続くなか、六日目の夜にウェインが第二師団をとりまとめて伝えてきた。

「明日からは隊を二班に分ける。第四との混合班だ」

 それぞれの班分けは既にされているらしく、一班はこのままスノーネルの砦へと向かう。そして二班は消えたネイサンの捜索へと向かうらしい。
 ランバートは一班に入った。遠征や行軍に慣れるために今回初遠征に出されたクリフも一緒だった。

「よろしくね、ランバート」
「こちらこそ、よろしく」

 互いに笑って拳を合わせると、その横合いからいきなり肩を組まれた。驚いて見ればハリーが寂しそうにしている。

「俺だけ二班だって。寂しぃ」
「ハリーは実働の方が合ってるだろ? それに、前の遠征でも動きが良かったからオリヴァー様がそっちに入れたって聞いたぞ」

 呆れて言えばハリーは溜息をついている。とても浮かない顔だ。

「俺、お留守番でも良かったのに」
「階級上がってるし、上司の期待に応えるのだって嫌じゃないだろ」
「そうだけどさ」

 ふて腐れたようなハリーは、なんだからしくなかった。彼は常日頃からスリルのある事が好きだ。遠征や作戦には積極的に参加するし、衛生兵や後方活動よりも殿を好む。そういう性格をしている。
 なのに今回の遠征に限っては終始浮かない様子だ。何かあるのか。

「そう言えば、ハリーは北の方出身なんだっけ?」

 クリフの言葉に、ランバートもそのことを思いだした。知ったのはつい最近だが、そんな事を言っていた。
 ハリーは頷いて、ちょっとだけ重い様子を見せる。話したくない、という感じだった。

「ハリー?」
「……気を付けて、二人とも。北の地には亡霊がいるんだよ」
「亡霊?」

 表情の消えた様子で言うハリーが静かに頷く。苦手なのか、クリフはちょっと逃げ腰になっていた。ランバートだけは真剣に、ハリーを見た。

「かつての王国の亡霊が、今もいるんだ」

 ハリーの言う『亡霊』がなんなのか、どうにも分からない。だが雰囲気が重く、これ以上聞く事を拒まれている感じがした。
 何故か、ハリーが遠くにいる。手を伸ばせば届く場所にいるはずなのに、届かない。拒絶されているような感覚に、ランバートが困惑してしまった。

◆◇◆

 翌朝、ランバートはウェインに連れられてスノーネルへと向かった。ハリー達は最後に目撃のあった港へ直で向かうらしい。砦に入らないのは、今回は砦すらも信用できないからだそうだ。
 「暗府が違和感を覚えるってことは何かある」と、ウェインが教えてくれた。ただ暗府はその「何か」の正体が掴めなければ迂闊な事は言わない。だから今回の報告書は気味が悪いのだという。正体のはっきりしないものを違和感として伝えてきた。伝えようと思った事が、まず異例なのだ。
 そういう事情もあり、ランバートは幾分緊張していた。加えて昨日のハリーだ。「亡霊」とは、何を意味しているのか。おそらくそのままの意味ではない。
 そんな事があってスノーネルの人々はロッカーナと同じく閉鎖的なのか。そう思って身構えていれば、意外とそうでもなかった。迎えた人は皆それなりに明るく、活気もある。それなりに大きな町でもあり、港も近いからか話も上手かった。

「ランバート、少しだけお願いしてもいい?」
「はい」

 砦につく前に、ウェインはランバートを呼んだ。そしてこっそりと小さな声で話し出した。

「町にいって、ネイサンの家を見てきてくれるかな?」
「構いませんが、既に調べてあるのでは」
「そうなんだけれどね。見落としてないか、ちょっとだけ」

 そう言われると断る理由もない。ランバートは頷いて、ふとクリフを見た。

「ウェイン様、クリフも連れて行っていいですか?」
「え?」
「なかなか観察眼の鋭い奴です。俺の気づかない事にも気づくかもしれません」

 少し考えたウェインは頷いた。それに頭を下げ、ランバートはクリフと一緒に町へと向かっていった。

 メイン通りから外れた住居区の小さな家は、主をなくしてひっそりと静まりかえっている。預かっている鍵で中に入れば、中は生活感があまりなかった。物が少ないからだろう。

「とても寂しいね」
「あぁ。だが戻ってくるつもりではあったみたいだ」
「え?」

 ランバートは食材を保存する小さな地下収納の中を覗いた。そこには保存がきく根菜の類いがまだ残っていた。

「戻らないつもりなら、食材も残さないだろ?」
「そうだね」

 クリフも頷き、二人は室内をあれこれ捜し回った。まぁ、きっと暗府が探し回ったのだろうから今更なのかもしれないが。
 そうして一通り見て回ったが、手がかりになるようなものはない。服もそのまま残されているし、ランプの中に油も残っていた。消える意志はネイサンにはなかった。

「どこに行ったんだろうね」
「さぁ」

 硬いベッドにどっかりと腰を下ろしたランバートは、不意に視線を床へと投げた。そしてそこに、不自然な割れ目を見つけた。板の割れ目の角が適度に滑らかになっている部分がある。そこに指を入れて引き上げると、そこからは小さな紙を丸めたものがいくつか入っていた。

「なに?」
「分からない」

 言いながら紙を取り出しテーブルの上に並べる。日付が入っていて、その順番に。

「ねぇ、これって……」

 クリフが紙を見て呟く。それに、ランバートも頷いた。

『拝啓、黒の方
思うような成果は得られませんが、それが妙です。もう少し探ります。お土産に、鱈などいかがでしょうか? 鍋の具材に美味しいですよ』

 一番新しい日付の紙には、このような一文が書かれていた。おそらく、密かに書いたものだ。気になる点と、次の行動をそれとなく。鱈となると、魚。港を指している。

「これによると、どうも砦内部の雰囲気を警戒しているっぽい」

 港での目撃情報を調査している隊員から思うような報告が聞けない。常に異常なし、不審人物の話も聞けないとある。だが、確かに見たという話を港に出入りしている住民から聞いている。この矛盾に疑問を感じている様子だった。
 後は、砦の雰囲気か。遠巻きでよそよそしいのは仕方がない。だが、どうやらそうではない。親しげであり協力的なのに、刺すような視線を感じる。敵意のような。

「どういうことだろうね」
「分からない。ただ、暗府は違和感を捕らえる能力が高いって聞いてる。俺達じゃ分からない程度の引っかかりを多く感じていたのかもしれない」

 今はそれしか言いようがない。だが、間違いとも思えない。

「砦の中に、もしかしたらテロリストの仲間がいるのかもしれない」

 ランバートは紙を丁寧に元に戻して板をはめた。


 遅れて砦へと向かうと、ちょうどウェインが誰かと話していた。その相手を見たとき、ランバートも、そしてクリフも驚いて目を見張った。

「ハリー?」

 思わず呟いたその声に反応するように、その人は顔を上げた。
 整った顔立ちは、どこかハリーに似ていたのだ。白に近い銀の髪に、夜に光る猫の目のような明るい緑の瞳。だが、よく見ると違う。雰囲気は似ているのだが、別人だと判別できた。

「ウェイン様、あちらの二人は?」
「僕の部下だよ。ランバートと、クリフ」

 二人は素早く頭を下げた。だがランバートの表情は険しいままだ。どこか気が抜けないのだ。何か理由があるわけではない。しかも初対面で警戒する要素がないはずなのに、何かだ。
 それはクリフも同じなのか、表情を硬くする。彼は過去の経験などから、危険に対する嗅覚は鋭い。そういうものに引っかかっているのかもしれない。

「二人とも、こちらはユナンさん」
「初めまして。責任者ではありませんが、細かな事をさせてもらっています」
「よろしくお願いします」

 表情を作るのは久しぶりだ。ランバートは心持ち穏やかに微笑んで、ユナンと握手をかわした。

「ウェイン様、任されていた仕事の報告をしたいと思いますが、お時間よろしいでしょうか?」
「あぁ、そうだね。それじゃあ、部屋に行こうか」

 ユナンの側を離れてランバートの隣に並んだウェインとクリフを連れて、ウェインの部屋へと向かっていった。
 ウェインの部屋は荷が広げられないままである。それは少し違和感がある。実際、ロッカーナの時にはさっさと荷を出していた。

「適当に掛けてよ。お茶飲む?」

 明るく言いながら、ウェインは備え付けのペンを三本と紙を用意した。その意図を、ランバートは正しく理解する。そして、頷いた。

「いいですね」

 腰を下ろし、それでも誰も茶を用意はしない。クリフがアタフタしてお茶を淹れようとしたが、ランバートとウェインは止めて引きずって椅子に座らせた。

「あの」
『しっ! 適当に会話しながら大事な事はこっちに書いて』

 走り書きした文面を読んで、クリフは無言のままに頷いた。ネイサンの部屋で見た紙切れを思いだしたのだろう。

 適当に空のカップだけを置いて、全員が音を立てながら手にはペンを持つ。

「砦の様子はどうですか?」
『何か嫌な感じがしますか、ウェイン様』
「うーん、今の所これと言った異変はないよ」
『なんかね、見られてる感じが凄くする。監視されてるみたいで落ち着かない』
「綺麗ですよね。ロッカーナとは違います」
『あの、そんなに警戒しなければならないくらいですか?』
「ロッカーナも綺麗だったよ?」
『少なくとも、不用意な話をここではしたくない。今も視線を感じる気がする』

 みんな口では違う事を言いながら、筆談はとてもスムーズに進んでいく。明るい声で言っているはずなのに、緊張感が凄かった。

「それで、ネイサンの家はどうだったの?」
「これと言って異変はありませんでした」
『食料や衣服がそのままでした。戻ってくるつもりだったのだと分かります』
「そっか……困ったな」
『港からの手紙が最後。ってことは、戻る途中の森の中で行方が分からなくなったのかな』
「砦では、なにか言ってないんですか?」
『調べてないんでしょうか?』
「目撃者も見つけられなかったらしいんだけれどね」
『その辺は第四が調べてる。それを待つしかないかな。他には何か残ってなかった?』
『床板の下に、小さな走り書きのメモが残っていました。全て、砦の違和感を伝えています』

 ランバートが書いた言葉に、ウェインは困った顔をした。そして、一つ頷いた。

「とりあえず、今日は休もうか」
『夕食後、全員にそれとなく気を引き締めるように言っておく。この砦、やっぱり何か変。仲間なのに、僕は全然彼らを仲間だと思えない』

 おそらくウェインのこの筆談が全てだ。ランバートもクリフも頷いた。

「なんにしても有り難うね。二人は一緒の部屋だから、夕飯までのんびりしてて」
「分かりました」

 ランバートは立ち上がり、クリフも立ち上がる。そうして連れだって、用意された部屋へと入っていった。

 その後は、何でもないように過ぎていった。これと言って重要そうな話はなく、騎士団の生活に慣れたかクリフと話ていた。そのクリフの口からハムレットの名が出た時には頭が痛い気がしたが、「衛生兵として極めたい」と真剣に言った彼の目を見るとマイナスではなかったのだろう。
 腹黒く誰にでも本心を明かすような人ではないが、懐に入れた人間に対してはわりと親切になる人だ。あれで面倒見もいい。そして、医者としてはいい腕を持っているのも確か。クリフが学びたい事はきっと、学べるのだろう。
 食事もごく普通にしている間に、ウェインは王都騎士全員に声を飛ばしだ。

「明日は朝から朝礼を行うから、今日はちゃんと休めよ!」
「!」

 これに、一瞬だが場は緊張した。だが、さすがだった。本当に一瞬で、全員が「はい!」と声を揃えた。これには、ちゃんと理由がある。
 今回は砦の内部にテロリストがいるかもしれないと事前に知らされていた。そこで、特別警戒の言葉が決められていたのだ。それが「朝礼」という言葉だ。
 これが出たら全員禁酒。寝る時には靴を脱がず、服も着たまま。剣を抱いて寝るようにという事になっている。
 そうして全員がそれぞれの部屋に戻った。王都の寄宿舎と同じく、隊員の部屋は二階にある。全員が早々に眠る中、ランバートも警戒はしつつ目を閉じた。


 どのくらい経ったのだろうか。ふと鼻が異変を感じた。何かが燃えるような臭いと、耳に爆ぜた音が聞こえる。
 瞬間、一気に頭が覚醒して起き上がり、部屋を飛び出していた。
 一階の周囲は真っ赤になって煙を上げている。さすがに何が起こっているのか理解出来ずに言葉を飲み込んでしまった。

「ランバート!」
「ウェイン様、これは!」

 ウェインは首を横に振り、とりあえず全ての扉を叩いた。ランバートはクリフを揺り起こして、周囲の扉を叩いて隊員を起こして回った。
 だがそこで、おかしな事に気がついた。残っていたのは、王都騎士だけだったのだ。

「まさかだけど……まさかだよね?」

 ウェインは引きつった顔をしている。いっそ信じられないと言わんばかりだ。それはランバートも同じだ。

「砦自体を乗っ取られていた、ということでしょう」
「やっぱり?」

 さすがに青い顔をしたウェインは、手でパチンと自らの頬を叩く。そして気合いを入れて、全員に指示を出した。

「脱出路を開く! 一階には行かず、脱出できる道を探せ!」
「「は!」」

 ウェインも当然走り出した。そして砦の二階から辺りを見回し、そして裏手へとさしかかって下を見た。
 そこには川が流れている。幅はそう広くないが、冬の川だ。どうなっているのか分からない。
 そうこうしている間に、一人の先輩隊員がその辺にあった家具を振りかぶり、下へと投げた。しばらくして炎に揺らめく水面に家具が吸い込まれ、水しぶきを上げた。

「とりあえず、水面は凍ってはいないようです。深さも、すぐ水底というわけではないかと」

 投げた隊員が様子を見て言うのに、ウェインは頷いた。

「誰か軽い奴が飛び込んでくれ。岸がどこか分からないから、泳ぎが得意な奴で頼む」
「では、俺が行きます」

 そう言ったのはハドラーだった。手には繋いだシーツを握り、剣をしっかりと上から紐で縛って流されないようにしている。そしてその前髪は宣言通りパッツンだ。

「俺は泳ぎが得意ですし、体重は軽めです」
「ごめん、ハドラー。頼む」
「は!」

 そう言うと、ハドラーはロープを自分のベルトに結わえ、十分な長さがあるのを確かめてバルコニーの縁に立った。炎の明るさによって僅かに水面は見えるものの、高さはかなりある。建物二階分に加えて、崖の縁に建物が建っているから軽く五メートル以上はあるのだ。
 夜風がハドラーの服を下から舞い上がらせる。僅かに深呼吸をした後、ハドラーは一気に谷底へと飛んだ。
 さすがにウェインとランバートもその行く末を見た。どうなってしまうのか分からない。紐の端は近くの柱に括っているが、果たして無事なのか。
 程なくハドラーの体は水の中に吸い込まれていく。ドキドキして見ていれば、彼は直ぐに水面に顔を上げた。

「十分な深さがあります! このまま岸を探してロープを誘引しますので平気な人は降りてきてください!」
「分かった!」

 残された隊員が頷き、ありったけのシーツをつなぎ合わせて長いロープを作って行く。そして、高さの平気な隊員は次々に下へと飛び降りていく。

「ウェイン様」
「なに?」
「砦の中を出来る限り見回りたいのですが」
「この状況で!」

 ウェインは驚いた顔をしたが、ランバートは譲らずに頷いた。

「砦の人間をどこかに捕らえていたなら、炎に捲かれて死んでしまいます。せめて、いない事だけでも確認できれば」

 言えばウェインはグッと押し黙る。しばらく考えて、でも判断は速かった。

「僕も行く。でもこれだけは約束して。例え見つけたとしても、無理なら見捨てる。第一は僕であり、ランバートだからね」
「分かりました」

 指をビシッと突きつけられて言われた事に、ランバートも同意して駆け出していく。目的は階下、今まさに炎が燃えている場所だった。
 階段を降りた先はまだ炎の勢いも弱かった。そこから直ぐに庭に出る。雪の降るそこはまだどうにか人が通れるくらいには移動ができた。

「どこだと思う?」
「人を沢山入れられる収納力と、頑丈な鍵、多少騒いでも分からない場所」
「食料用の倉庫!」

 迷いなく、二人は食料貯蔵用の倉庫へと走った。幸いそこは中庭に面していて、まだ行くことが出来る。けれど太い閂と南京錠だ。
 ピッキング、というには時間がかかる。近くに何かないかと振り向いた先で、斧を持ったチェスターがクリフと共に追いかけてきてくれていた。

「チェスター!」
「どけ!」

 振り下ろす斧の一撃が南京錠を上から払い落とす。その一撃で落ちた鎖を無我夢中で払いのけ、閂を外した。
 中は静かで、まだ煙の影響などもなかった。そしてそこに、数十人という単位の隊員が薄着のまま縛られ、猿ぐつわをされて転がされていたのだ。

「救出!」

 走ったウェインがナイフで縛っているロープを切り、猿ぐつわを外していく。全員が虚ろな目をしていたが、まだ生きている。クリフとチェスターが人を表に出そうと歩き出すと、外はなおも炎が燃え上がっている。

「こんな人達を川に投げ込む訳にはいかないよな」

 どうしたらいい。そんな焦りがある中、不意に外が騒がしくなった。何かが強く門を叩いている。表門はそれでもびくともしないだろう。ランバートは咄嗟に走り、炎をマントで払いのけながら扉横のレバーを下ろした。
 鎖が回り扉が開く。その先に居たのは今まさに火を消そうとする町の人々だった。

「火事か!」
「早く水を!」
「無事か!」

 そんな事を口にし、手動のポンプ車を引っ張ってきてくれた人々が一丸となって水を掛けていく。その間にも厚手の布を持った人々が倉庫の方へと走り、火を消しながら怪我人の救出をしていく。それを呆然と見ながら、ランバートは思わず座り込んだ。
 さすがに、心臓がバクバクいっている。ほぼ全員が無事だろう。しばらくすると全身ずぶ濡れの隊員が、それでも手に水を汲んだマントを持って消火しようとしている。その様子だけで、全員が元気なんだと分かった。

「ランバート、大丈夫か?」

 チェスターが側に来て、手を差し伸べてくる。それに頷き、ランバートは立ち上がった。

「気が抜けた」
「ははっ、分かる」
「サンキュー、助かった」
「一言声かけろって。走り出したからなんかあると思って追ったんだ」
「お前、最高の友達だ」
「おう、任せとけ」

 ニッと笑ったチェスターと拳をぶつけ合う。そうして消火や救出と忙しい砦から、二人はようやく新鮮な空気の元へと生還したのだった。

◆◇◆

 砦の外に出れば、町の人総出で火を消しに動いてくれている。ランバートは煤けた顔を洗いに、隊員達がずぶ濡れで上がってくる川の方へと降りていった。

「皆さん、大丈夫ですか?」

 まだ川から上がっていない人達に手を貸しつつ、ランバートは顔と手を洗い、口の中をすすぐ。さすがに熱気で口の中も渇いていた。
 その時ふと、夜に見た事のある背を見た気がした。闇に消える白に近い銀の髪。纏うのは、騎士団の制服だ。

「ハリー?」

 いや、違うかもしれない。あのユナンという男の可能性もある。思えばあの男もテロリストだったのだ。本当にそれとなく砦にいて、当然のような顔をしていた。他の隊員も本当に騎士のように整然と振る舞っていたのだ。
 どちらにしても追うべきだ。ハリーは今頃違う場所にいるはず、ここに居るとすれば何か知っているかもしれない。ユナンと名乗ったあの男ならば捕らえるべきだ。
 人影は森の方へと向かっていく。港とこの町の間にある森だ。そこへと向かい、やがて前を行く人物の足は止まった。
 間違いない。僅かに差した月明かりが、その人物をはっきりと浮かび上がらせる。白に近い銀の髪、緑色の瞳。知っている後ろ姿だ。

「ハリー!」

 声をかければビクリとその人物は振り向く。そして、叫ぶようにランバートへと声を投げた。

「来るな!!」
「!」

 その時だ、不意に周囲に人の気配を感じ、ランバートは身構えた。だが、その時にはあまりに多勢だった。数にして百以上いるのではないか。全員が隙がなく、標的をランバートへと定めている。剣に手をやり、突破する方法を考えるが分からない。これだけの人数を疲れた体でやり過ごすのは至難の業だ。

「おや、これはよい獲物がかかりましたね」

 そう言って人の波の中から出てきたのは、砦の表であったユナンという青年だ。綺麗な顔立ちで、白に近い銀髪。緑色の瞳をしたその人物をランバートは睨み付けた。

「お前が」
「どうやら王都の騎士はしぶといらしいですね。無事の生還、おめでとうございます」

 慇懃に礼をしたユナンは薄らと笑みを浮かべる。その目はどこか、ランバートを舐めるようだった。

「やはり、美しいですね」
「は?」
「最初に見た時に、そう思ったのですよ。私の下男にするには丁度いい」

 言っている意味が分からない。ランバートは困惑するが、状況はそれを許してくれない。徐々に人の輪が狭まってくる。剣を持った敵は、これまでのテロリストとは違って隙がない。とても訓練された一団を前に、ランバート一人ではどうすることもできなかった。
 それでもむざとやられるわけにはいかない。剣に手をかけ、足場を固める。一か八か、覚悟を決めたランバートの口元を、不意に誰かが覆った。

「っ!」

 吸い込んだそこに、知らない臭いがした。ふっと、意識が遠のいていく。完全に意識が遠のき倒れる間際、ランバートは悲しそうな顔をしたハリーを見上げた。

「ごめん、ランバート」

 呟いたその声が妙に耳について離れない。僅かな頭痛と激しい睡魔に、ランバートは逆らえずに倒れていった。
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