恋愛騎士物語2~愛しい騎士の隣にいる為~

凪瀬夜霧

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21章:主なき騎士団

9話:王都への帰還(船)

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 空が白み始める早朝に港町を出航した船は傷ついた騎士達を運んで一路王都を目指す。この分なら夕刻にも王都隣接の軍港へと寄港できそうだった。

 全員傷のない者はない状態だった。ただ幸いだったのは、ルイーズの容態が悪化しなかったことだ。熱もあるが患部の壊死や変化はなく、脈拍や呼吸も一定の状態で推移している。とりあえず、安定した状態だった。
 ただ、無理をしたコナンは状態が悪化し、現在熱でぐったりとしている。それでも本人に意識はあり、船について直ぐにクリフが縫合をし直した事で出血も止まった。ただ、痕は大きく残るだろうとの事だった。
 屋敷で深い傷を負った者の中には緊張の糸が切れてダウンした者が多かった。特にトビーは太股を大きく刺されていて出血も多かったからか寝込んでいる。

 そうした状況の変化は顕著であったが、同時に安堵したからとも言えた。少なくとも、襲撃に気を張って動く事からは解放されたのである。

◆◇◆

▼ゼロス

「うわぁ、傷だらけだねゼロス」

 船倉の一室で服を脱ぎ、傷を洗い流していたゼロスの背後からボリスが声をかける。そういうボリスも同じくボロボロだ。

「お前もだろ」
「まーね」

 言って、ボリスも上の服を脱いでゼロスの近くに座り、同じように傷を洗い始めた。
 ボリスの傷は全て細かなものだが数が多かった。それはそうだ、突撃するような戦い方をしているのだから。

「手伝おう。背中にも傷がある」
「あっ、本当? やだな、背中の傷って情けない」
「逃げ傷じゃなく背後からの攻撃なんだから気にするな」

 何せ四方八方を囲まれての攻撃では仕方がない。むしろ、よくその状態でこの程度の傷ですんでいるものだ。

「ゼロスはそれ、クラウル様に怒られるんじゃない?」
「ん?」
「肩、けっこう深いでしょ。縫ってもらう?」

 ゼロスは背中側の痛む部分を見て、ふっと笑って首を横に振った。

「クリフも今それどころじゃないだろう。このくらい、縫わなくても平気だ」
「残るよ?」
「宿舎についたら診てもらうさ」

 小さなクリフは今、誰よりも鬼気迫る状態だろう。具合が悪くなった者の面倒を見つつ、コナンとルイーズの容態も診ている。更に船酔いした隊員の面倒も診ているのだから。

「クリフは立派だよね。正直、彼がいるなら多少の無茶も安心してできる」
「止めてやれよ、ボリス。クリフが心労で倒れるぞ」
「ダメかな?」
「危険が無いように立ち回れ。個の勇もいいが、第一は集団での戦いだ。今回は例外だけどな」

 個人の武を誇るなら第五に行けばいい話だ。第一ボリスはなぜ第一師団にいるのだろう。第五師団のほうが性に合っている気がするのに。

「ボリス、お前はどうして第五師団にしなかったんだ?」
「暑苦しそうだったから」
「……なるほど」

 と、言っていいものか。呆れながらも、少しだけ気持ちが分かる気がした。

◆◇◆

▼コンラッド

 一方違う船倉ではハリーが悲鳴を上げていた。

「いったぁぁ!」
「これだけ傷を作れば当然だろう」

 椅子に座ったハリーの上半身を脱がせ、ゼロス達と同じように傷を消毒するコンラッドは呆れていた。傷のない部分がない状態だ。
 同時に苦しくもなる。この傷の一つでも減らしてやれればと思ってしまうのだ。

 不意に、コンラッドの頬に温かな手が触れ柔らかな唇が重なる。驚いて見てしまうと、その先でハリーは切なそうな顔をした。

「そんな顔しないでよ。以後、気を付けるからさ」
「信用ない」
「うわ、酷い!」

 途端に子供っぽい顔をするものだから気が抜ける。コロコロと表情を変えるハリーに、コンラッドは相変わらず振り回されている。
 それでも溢れそうな気持ちがある。誰も見ていないからと、コンラッドはハリーを抱きしめた。

「コンラッド?」
「良かった、お前に大きな怪我がなくて。ごめん、俺がもう少し踏ん張れていれば」

 そうしたら、この傷のいくつかは負わなくて済んだかもしれない。

 だが、ハリーは途端にムッとして腕の中からするりと抜け出してしまう。しっとりとした空気を作っていただけに、コンラッドはポカンと呆けた顔をした。

「バカにしないでよ、コンラッド。俺はコンラッドに守られる程弱くないんだから」
「ハリー」
「俺を守りたいって言うならファウスト様くらい強くなってから言ってよ。それなら俺も諦める」
「それは……善処する」

 流石にファウストほどの実力者となると気が遠くなる。終着点が見えない。
 だが、「できない」とは言いたくなかった。かっこつけではなく、「できない」と思い込む事が嫌だった。

 しっかりと見据えるコンラッドを見てハリーも満足そうに笑う。そして、大人しくコンラッドの腕の中に戻ってきた。

「戻ったら、休み貰えるじゃん」
「あぁ、うん」
「お休み兼ねて、旅行行かない? 温泉とか」
「いいけれど」
「そうしたら、今度こそ俺の事貰ってね?」
「………」

 ハリーが言わんとする事を察して言葉がない。ハリーから勉強用と称した様々な薄い本を借りて読んだが、出来る気がしないのだ。
 それでも、気持ちは確かに高鳴っている。大切な人と過ごす蜜月を思えば、これまでの苦労が多少平気に思える。

「まずは温泉、楽しもうか」
「やった!」

 子供みたいに嬉しそうに笑うハリーを、コンラッドは微笑ましく見守った。

◆◇◆

▼ランバート

 同じ頃、ランバートは大部屋でクリフの手伝いをしていた。

「クリフ、こっちは処置終わったよ」
「ごめんね、ランバートも疲れてるのに」
「平気。俺以上にクリフは大変だろ」

 戦闘に参加していないクリフも今は疲れ果てた顔をしている。彼はずっと衛生兵として傷ついた隊員の治療を行っていた。ルイーズは勿論、コナンの傷も縫合しなおした。他にも必要な隊員の縫合をして、その後のケアや包帯の取り替えなどだ。

 そのせいかクリフも少しヨロヨロしている。船の揺れに合わせて体の軸がぶれ始めている。それを支えながら、ランバートは手伝っているのだ。

「大方落ち着いたし、少し寝てもいいよクリフ」
「そんな。僕は平気だからランバートこそ休んで。っていうか、ランバートも傷の手当てしないと」

 確かにランバートは傷の手当てもそこそこだが、深い傷はない。出血もとっくに止まっている。
 それでもクリフはランバートを座らせると傷の手当てを始める。こうしている間は実にテキパキしている。手元も危なげない。

「クリフは衛生兵が性に合ってるのかな」

 傷を洗い、薄く薬を塗っていくクリフを見ながらランバートは笑う。それに、クリフは少し照れたように微笑んで頷いた。

「僕も皆の役に立てる。最近ようやく、それを実感出来るようになったんだ。これが僕の戦いだって」
「そうだね」

 疲れた顔はしていても充実した様子で周囲を見回すクリフを見て、ランバートも笑う。粗方の治療をしてもらい、服を着直してランバートは立ち上がる。

「俺も手伝うから、適度に休みながらにしよう」
「そうだね」

 気を取り直したクリフの後ろについて、ランバートももう一仕事し始めるのだった。

◆◇◆

▼ファウスト

 船の一室を借り、ファウストは目の前の男と向き合った。
 ダンはどっかりと床に座ったままでファウストを見る。顎に手をやり、しげしげとファウストを眺めるとニヤリと男臭く笑った。

「んな硬い顔すんなって。俺は敵じゃないんだからよぉ」
「いまいちそれが信用ない」
「ぬぉ、意外と酷い」

 まったく、何が冗談で何が本気なんだか。周りにいないタイプで困る。グリフィスでももう少し分かりやすい。
 ダンは豪快に笑う。そしてふと、表情を引き締める。この変わり身にも少しついていけないのだ。

「まぁ、敵じゃねぇってのは本当だ。アンタに言った事も本当」
「ラウルからの報告は聞いている。うちの宰相がお前の主を知っていた」
「あぁ、やっぱな。ラン・カレイユで噂を聞いた時にもしやと思ったんだ」

 先程までの軽さはなくなり、真剣な表情と空気になる。こうなればファウストも真剣に話を聞く。対面に座り、話をする体勢を取った。

「生きていると思っているのか」
「あぁ」
「根拠は」
「教会が主の予言を出してるからな」
「……どういうことだ?」

 話が見えない。疑問に思って問えばダンは真剣な目をする。奥底に燃えるような感情を秘めて。

「うちの主が神の声を聞くってのは知ってるか?」
「あぁ、聞いている」
「その力を欲したのが、何を隠そう教会だったんだよ」

 静かな声はこの男に凄みを与える。ダンの瞳は怒りに燃えていた。

「当時の教会は汚職だなんだが一般人にまでバレて権威は失墜していた。そこで目をつけたのが神の声を聞く王子、つまり俺等の主だ。あの人も警戒心よりも他人でな、広く人を救えるのならと教会を通して人々に神の声を伝えていた」

 それはシウスが語った王太子アルブレヒトの人物像と合致した。

「だが、民の声は教会を飛び越えて主へと向かってな。終いには、次の教皇は主にと言い出す民もいた。それは教会上層部を脅かし始めた」
「利権争いから王太子が邪魔になったのか」
「そういうこった。だからこそ、国王即位の禊ぎの際に俺達近習を殺し、主を隠し死んだ事にした。だが予言が無くなるのは困るってんで、どこぞの女の子を神子に仕立てて主の予言を代弁させてる。教会はその女の子を庇護する事で権威を保ってやがる」

 ドン! と、ダンは自分の膝を強く打つ。痛むだろう程の力に、その怒りが見えたようだった。

「居場所の見当は?」
「わかんねぇ。俺は死んだ事になっちまって国内で動けたのは一年程度だ。キフラス達も探しただろうが、マークされてて動きが制限されちまってる。それに教会はとにかく内部がクソでよ。秘密の施設やらがわんさかだ」
「何をしているんだ、そんな所で」
「昔は貧しい農村なんかから子供を買ってきて、そこで売ってた。教会に出したとなれば世間体も悪くないから、親も口減らしにな。今は敵国から連れてきた子供を集めて売ってやがる。当然、国もグルだ」

 聞いた途端、腹の底から沸くような怒りがこみ上げてきた。自然と空気も重くなった事に目の前のダンは少し驚き、次にニヤリと笑った。

「真人間だねぇ」
「悪いか」
「いんや、助かる。まぁ、そんなもんで人一人を隠す場所には事欠かねぇ。俺達も把握ができなくて参っちまってよ。俺も国内じゃ面が割れてて、おおっぴらにできないんだ。亡霊騒ぎなんざ起こして主が殺されちゃたまんねーからな」

 決まり悪そうに赤い髪をガシガシと掻くダンは、次にファウストに頭を下げる。あぐらのまま拳の手を床につき、深々と。

「俺の部下どもが迷惑を掛けてすまねぇ。ただ、事情は察してやってほしい。あいつらもこんな事、やりたくてやってるんじゃねーんだ。従わなければ主を殺す。そう脅されている。頭さげて済まされねぇ事とは重々承知しているが、分かってやって欲しい」

 そう言われてしまうと、ファウストも考えてしまう。
 奴等がやっている事に怒りはあるし、許しがたいのも確かだ。頭一つ下げられたからと言って許してやれることではない。
 ただ、同じく主に仕える騎士として、彼らの必死さも事情も屈辱も理解はできる。同じ事をされた時、ファウストならどう動くか。何が正解なのか。分からないだろう。

「……おおよそ、許される事ではない」

 ダンの拳に力が入り、今にも床に額を擦りそうになっている。ファウストはその肩に手を置いた。

「だが、同じ騎士として気持ちは理解できる。奴等の戸惑いも、苦しみも、屈辱も焦りも分かる」
「!」

 パッと顔を上げたダンは、緋色の瞳を大きく見開きファウストを見つめる。そして次に、安堵したような力の無い笑みを浮かべた。

「勘違いするな、奴等の罪を許すとは言っていない。あくまでも、情状酌量が見込めるというだけだ」
「ははっ、そこまで期待もしてねぇよ。ただ……分かって貰えた事だけでも嬉しくてよ」

 照れ隠しに鼻の頭を指で擦ったダンは、改めてファウストを見て手を差し伸べた。

「俺でやれる事は全部協力しよう。なーに、奴等の考えそうな事は大方わかる。それに、愚弟を止めてやるのが兄ちゃんの役目だしな」
「キフラスはお前の弟か」
「まったく、出来の悪い弟で困るぜ。ちと、根が真面目すぎてな。遊びがないのはいかん」

 ヘラヘラっと笑うダンは、それでも次に悲しそうな苦笑を浮かべる。指先が、剣の柄を撫でた。

「辛いなら、引導渡してやるのも兄ちゃんの役目だよ」

 呟く様なその言葉に、ファウストまでもがどこか苦しい思いにかられた。

◆◇◆

▼西にて

 作戦の失敗に、彼らの主は苛ついた声を上げた。

「まったく、使えない。これでデイジー様は帝国内部だ、もう戻ってこないぞ!」

 まだ幼いその声に、大の大人が膝を折ったままで聞いた。

「帝国と西の統合? 反吐が出る。そんな事、絶対にさせるものか」

 少年は緑色の瞳に炎を揺らめかせている。そして、膝を折る男達へと声を投げた。

「なんとしてでもデイジー様を殺せ。帝国の仕業にみせかけるんだ、いいな!」
「御意」

 少年の言葉に代表して、ルースは静かに声を発した。


 少年の前から退室した後、ルースはキフラス達に視線を向ける。相変わらずの憂いのある瞳だ。

「してやられてしまいましたね」
「お互い様だろう」
「まぁ、その通りです。読みは合っていましたが、奴等が意外と力をつけている。少々、作戦の修正が必要ですね」

 ルースの言葉にキフラスは頷くが、レーティスやチェルルはあまりいい顔をしなかった。

「今回、かなりの兵力を失いました。少し慎重に事を行わなくてはなりませんよ、ルース」
「えぇ、分かっていますよ。ですが、兵隊などはまたどこででも。何せ予想以上に多くの人間を取り込めましたからね」
「それでも無駄に兵を失うのは」
「レーティス殿はお優しいのですね」

 クスクスッと笑うその表情は、どこか見下したものに見える。「甘いのだ」と言わんばかりだ。

「まぁ、しばらくは動けませんよ。奴等のダメージも深いでしょうが、こちらも奴等の中に飛び込むのは避けたい。いくらなんでも見込みの無い作戦は立てませんので」

 もしも見込みがあるのなら、どれほどの仲間を犠牲にしてもこの男はやる。それがルースという男だ。

「さて、新しく手を考えなければなりませんね。しばらく我々は動きませんが、貴方たちに制限をかけるつもりはございません。私達騎士団と、貴方たちとは手を結んでいるだけの事。ご自由に」

 そう言い残して、ルースは去って行ってしまった。
 後に残されたキフラス達は本当にこれでいいのか分からないまま立ち尽くす。その中で、チェルルが声を上げた。

「俺、一度国に戻って報告上げてくる」
「チェルル?」
「ダンクラート様の事も、報告しないとさ」

 それだけを残して、チェルルも去って行く。

「これで、本当にいいのかな。間違ってるのは分かってるけれど……このままでいいのかな」

 ハクインの言葉に、誰も答えられない。なんとも言えない重苦しい沈黙のみが、彼らを包んでいった。
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