恋愛騎士物語2~愛しい騎士の隣にいる為~

凪瀬夜霧

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24話:迷い猫

5話:保護(チェルル)

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 目の前に、ラウル、シウス、そしてダンが姿を現す。全て謀られていたかのようだ。
 そして足元に転がったのはアルブレヒトがくれたお守り。銀が毒を受けて反応し、黒ずんでいく。まるでチェルルの身代わりになったかのように。

「いつから」
「そうさの、もう五日になろうか」
「まさか! そんなに早くどうして嗅ぎつけられるのさ!」

 信じられなくて叫んだチェルルに、シウスはゆっくりと頷いた。

「城の下水が流れる所で、赤毛の少年の死体が上がった」

 その言葉に、チェルルはハッとした。今回唯一殺した少年、だが石をつけたはずだ。

「腰にロープがついていたが、何かに引っかかり浮き上がったのだろう。調べると、一週間も前にバミルゾの書類を提出しにきた少年と特徴が一致した。が、毒殺であった為解剖した」
「解剖!」

 チェルルは驚いた。しないと思っていたのだ。毒の種類にもよるだろうが、死体から腐敗臭とは違う臭いのする物は大抵解剖を嫌う。毒を知る人間は毒の中にはその臭気を取り入れるだけで体に害がある物もあるのを知っている。
 シウスは静かに頷いた。

「お前が以前使った手があったからな。毒の専門家立ち会いの下、慎重に行った。そうしたら赤毛の少年は城で働く小間使いの少年だと分かった。精巧に変装をさせたようだがの」

 それなら、もう随分前に疑われていた。いや、一週間ならちょうどあの少年からシンディへと入れ替わったくらいか。きっと少年の接触者を洗われ、そこからシンディへと繋がったんだ。

「……何も話さない」

 睨み付けるようにチェルルは言った。その目は辛そうに眉根を寄せているダンへと向かっていた。

「その裏切り者がいるなら大方話は聞いているだろ。でも、俺は認めない。俺は国に居づらくなって仲間と傭兵を始めたんだ。そして、ルースが雇った」
「チェルル!」
「全員そうだ! 俺達は傭兵だ!」

 認める事はできない。それだけはできない! 国が背後にいる事が分かれば非は祖国に向く。現在他国を侵略している祖国ジェームダルは周辺国との折り合いもいいとは言えない。そこでこんな事がバレれば、ますます周辺国との溝ができる。苦しむのは力のない人々だ。
 それに、もしもこれがバレたらアルブレヒトの命はない。そう言われている。捕まるくらいなら死ね。それが国王キルヒアイスの言葉だ。
 幸い裏付けるものはない。このお守りはアルブレヒトがくれた物。騎士となり、部隊を任された時にくれた物だ。それも、過去であって現在には直結しないはずだ。

「どこまで、大切な人を悲しませるのさ」

 怒りを押し殺した様な声がする。ラウルが睨み付けながらにこちらへとズカズカ近づいてくる。チェルルが失った強い信念の目をして。そして、チェルルが拾えないままのお守りに触れた。

「ラウル!」
「これをくれた人は、お前の事を案じていたんだろ。高価な材料を使い、心を込めて型を彫り、思いを込めて石をはめ込んで。お前の無事や幸せを願ったんじゃないのか?」

 そんな事は分かっている。『危険な役回りをいつもさせてすまない。せめて、これが受けてくれるように』そう言った人の苦しそうな笑みを忘れた日なんてない。
 だからこそ、その人を救おうとしているんだ!

「分かった様な事を言うな」
「分からない。これを知ったらその人はどんな顔をするの。どんなに悲しむの」
「そんな事分かってるよ!」

 誰かを傷つける事を悲しむ人だ。仲間が傷つくのを我が事の様に悲しむ人だ。優しくて、温かくて、大好きで……大好きな主なんだ。

「分かってるよ、そんなの。悲しんで、苦しんで、そうさせたのは自分だなんて言うに違いないんだ。全ての罪は自分がさせたんだって言う人だよ。じゃあ、どうしろってのさ! 見つからないんだよ! 殺されるかもしれないんだよ! 今だって、生きているのかも分からないんだよ!!」

 何度も何度も疑った。もう生きてはいないんじゃないか。きっと全員がそれを疑ったはずだ。でも、認められなくて……認めたくなくて必死なんだ。
 叫ぶように吐き出したチェルルは目の前のラウルを睨み付ける。そして、手にしたお守りに手を伸ばそうとした。例えこの手についた僅かな分だけでも、弱った今の体なら楽になれるかもしれない。死人に口なしだ。
 けれどそのチェルルの手をラウルははたき落とし、強く手首を掴んで壁に押しつけてしまう。強い力に抵抗する事もできない。それほどに弱っていた。

「生きてるよ!」
「わかんないだろ!」
「お前が信じないで誰が信じるんだ! お前が助けないで誰が助けるんだ!」
「知ったように言うな! 影も形も追えなかったんだ!」

 探さないはずがない。見つけたくて、助けたくて、こっそり国内に戻っては探し歩いた。見つからないように気をつけて、監視がかからないように気を使って。それでも、見つけられなかったんだ……。

「こほっ」

 咳がこみ上げる。興奮からなのか息が切れる。いや、違う。本当は分かっている。環境の整わない場所で毒の生成を行ってきた。そのツケが回ってきている。煙や、僅かに入ったそれらがジワジワと体を冒している。この体はボロボロなんだ。

「お前の主は、生きておるよ」

 知ったような静かな声。主を思わせる白髪。シウスはとても静かにチェルルを見ている。

「ダンから話を聞くに、アルブレヒト兄の身柄を預かっているのはおそらく教会だ」
「教会?」
「なんだ、知らなんだか。お前の主を裏切ったのは教会だ。そこではめられ、ダン率いる親衛隊は奴以外を残して毒殺、アルブレヒト兄は捕らえられたそうな」
「……知らない」

 驚きに目を見開く。てっきりキルヒアイスが途中で襲い、その身柄を抑えたのだと思った。そう思わせるに十分な事をあの男は言っていた。
 ダンを見ると頷いている。最後にアルブレヒトと行動を共にしていた、信じていた元上官だ。彼がアルブレヒトを裏切るとは流石に考えていない。

 なんだか力が抜ける。クラクラしてくる。ズルズルと壁に凭れたまま座り込んだチェルルはこみ上げるような咳を何度かした。ほんの僅か口に広がる錆びたような味が、限界を思わせた。

「チェルル!」
「オリヴァーをここへ!」

 シウスの命にルイーズとコナンが出て行く。それを眺めながら、混乱する頭で色んな事を思った。楽しかった事、嬉しかった事。後はひたすら『ごめんなさい』だ。
 シウスが近づき、矢の突き立った部分の止血をしていく。散々な事をしたはずなのに、躊躇いもなく。疑わないのだろうか、今もまだ殺そうとしていると。

「死ぬな! 諦めてはならぬ! お前の主は生きているのだぞ!」
「わかんないよ、見つけられな……それに俺が捕まったら、今度こそ」
「ありえぬ! 冷静になって考えよ。教会が身柄を預かり利用しておるのだぞ。キルヒアイスと繋がっていたとしても、利用価値のある者をそう簡単に手放すか」
「……あ」

 そうか、それはそうかもしれない。中央教会は腐っている。権威を繋ぐ為にアルブレヒトを使っていた。今も神子姫がアルブレヒトの言葉を神のお告げとして人々に伝え、教会の権威を繋いでいる。
 それでも疑ったのは、五年も探したにも関わらず見つけられなかったから。神子姫の言葉さえ、疑ったから……。

「キルヒアイスにしてもそうだ。お前の上官ベリアンスという者やお前達を押さえ込み、言う事を聞かせるにはアルブレヒト兄の身柄を盾にするより他にない。その切り札を失った瞬間、矛先は自らに向かう。一国を落とせる力ある部隊がそのまま自国へと向かえば国は瓦解する」
「あ……」

 そうだ、どうして冷静にそれを考えなかったんだ。アルブレヒトの存在がなければ従う事もなかった。

「俺、馬鹿……」
「いきなり大切な者を人質に取られ、状況も掴めぬまま高圧的に一方的な態度で脅しつけられれば、人の心は混乱と萎縮によって従わなければならない気がしてくる。人質に取られているという事実に変わりはない故な。しかも定期的に、上手く行かぬ度に上から脅され冷静さを欠いたのだろう。人の心を従わせるには初手が上手く行けば案外簡単な事じゃ」

 静かなシウスの声がすんなりと入ってくる。苦しくて何度か咳をすると、口の中に錆びた味が広がった。

「アルブレヒト兄は、私が尊敬し兄と慕った人じゃ。それに帝国としてもこのままにはしておけぬ。助け出してみせる」
「どうやって」
「こっそりと動ける、諜報が得意な人間はいくらかいる。顔を知られてはおらぬでな。戦ったお前が、その強さを知っているのではないか?」
「……知ってる」

 ラン・カレイユに通じた手が通じない。人の層が厚い。帝国の騎士団は簡単には崩れなかった。それを一番知っているのは、戦ったチェルル達だ。

「だが、案内役は必要ぞ。正体がばれずにジェームダルに潜伏するなんて芸当、ダンに出来ると思うかえ?」
「ははっ、無理」
「だろう? 故に、お前の力が必要じゃ。これほどの変装が出来るお前ならば、いかようにもなろう」

 穏やかに言うシウスの言葉は不思議と入ってくる。まるでアルブレヒトの言葉のようだ。あの人の言葉も不思議と信じさせられた。不安なんて抱かないくらい。

「まずは体を治せ。生きて、お前の主を迎えねばならぬよ」

 優しく髪を梳く手を、拒む気持ちは不思議と失われた。涙が伝って落ちていく。苦しいはずなのに、心の中にあった重しは消えていった。

「ごめん……」

 そんな言葉で許されないのは十分に理解していても、それしか出てこない。口の動く限り、声の出る限り、チェルルはその言葉を繰り返した。
 シウスが、ラウルが、困った様に笑う。そして、ポンと肩を叩いた。

「お疲れ様。よく、頑張ったよ」

 ラウルのその言葉に糸が切れた。ドサリと倒れたまま、チェルルは意識を手放した。
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