恋愛騎士物語1~孤独な騎士の婚活日誌~

凪瀬夜霧

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序章:新たなる日々

4話:最強軍団

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 寄宿舎の構造は、1階は共有スペース、2階は一般隊員の部屋、3階は団長クラスの私室になっている。1階と2階は自由に出入りできるが、3階は団長本人の招きを受けた者しか入る事ができないという。
 1階は食堂、医務室、トレーニングルーム、浴場、会議室、そして各部署の執務室などがある。それらを順に巡り、中庭の修練場と裏手の訓練用の森を少し見学すると、辺りは茜色に染まり始めた。

「じゃあ、食堂に戻ろうか。この時間だとみんないると思うから、僕のグループに紹介するね」

 ラウルは面倒見のよい友人のようにランバートに接してくれる。ランバートも彼なら親友としての関係が築けそうだった。
 食堂は十分なスペースがあるが、それでもそれぞれがグループを作っているので容易には近づけない空気がある。特に今のランバートはまだ部隊での紹介が行われていない。頼りはラウルだけだ。
 食事はセルフ式で、好きな物を好きな量だけ皿に取ってトレーに乗せると、ラウルの後ろについてキョロキョロ辺りを見回す。
 ラウルも同じようだが、やがて目当てのグループを見つけたのか目を輝かせ、そちらへとランバートを誘導し始める。だが、明らかにそっちは場違いな感じがした。
 どんなに辺りが混もうが、そこだけは指定席のようにぽっかりと空いている。そこには既に3人の影がある。どれも今日一度見た人物だが、こんな形で再会することになろうとは思わなかった。

「やっぱり俺、どっか適当に座るから」
「え? なんで? なんか僕、嫌われるような事したかな?」
「いや、そういうんじゃないけど」

 あの空間は特殊すぎて簡単には入る事ができないだろう。それよりもまず、なぜラウルが彼らと一緒の席で食事をする関係なのか、それは知りたい気がする。
 だが、声は意外にも向こうからかかった。

「なんじゃお前ら、そんなところに突っ立っておらぬでこちらに座ればよかろう」

 男性とも女性ともつかない音程の声が、随分と珍しい口調で話しかける。ランバートはそちらに目を向けた。
 そこには、口調と同じく目を引く男が座っている。背中の中程まである真っ白な髪に、眦の切れ込んだ薄い水色の瞳の青年だ。全体が白く、肌も透けるように白い。一見病弱な印象を受けた。随分整った女性的な顔立ちをしているせいか、厳しく冷たい印象を受けてしまう。だが、どうもそれは外見的なものでしかないようだ。
 ニヤリと笑う表情からは新しいおもちゃを見つけた残酷な主のようなものを感じた。

「ほら、ヒッテルスバッハ。お前じゃ。うちのをあまり困らせるでない」

 名指しされればもう捕まったも同じだった。ランバートは諦めて空いている席に腰を下ろす。ラウルが当然のように白髪の青年の隣に座ってしまったので、仕方なくその対面。隣は、今朝の入団式で会った黒髪の青年だった。

「ほぉ、なかなか見栄えがするの。今朝も思ったが、はったりのきく奴よ」

 満足げなその言葉に、ランバートの隣に座る黒髪の男がわずかに顔を上げる。呆れているのか、少しきつい目をしていた。

「僕が欲しかったくらいなんだけれどな。その外見も、才能も、絶対僕の所のほうが活かせるのに。騎兵府なんてもったいない」

 明るくからかうような口調で言う青年もまた、人を引き付ける魅力を持った男だ。
 柔らかなクリーム色の髪が肩の上くらいで遊んでいる。柔らかな顔立ちに似合う、やや目尻の下がった青い瞳は空を写したようだ。ただ、その柔らかな外見に似合わず中身は毒をもっているように思う。何より、絡み好きっぽい。

「誘惑するな。俺のところは万年人員不足なんだぞ。ようやくいい人材が入ったんだ、そう簡単に手放すものか」

 低く冷静な声音は儀式で聞いたほどの威厳はない。だがとても、耳と胸に心地よく染みるような声だった。

「お前達、入ったばかりの奴を囲んで玩具にするな。まずは名乗るのが礼儀だろう。俺達は全員こいつを知っているが、こいつは俺達の名前も知らないんだぞ」

 叱責する低い声音に威嚇され、他の二人は肩を竦める。だが、まだまだ遊び足りないらしくクリーム色の髪の青年が楽しそうに指を鳴らした。

「当ててごらんよ、ランバート。僕達はまだ名乗っていないけれど、有名人だもん。所属と名前、当てられたらご褒美ね」
「お前!」
「面白そうじゃの。自信はあるかえ、ヒッテルスバッハ」

 よってたかって新しい玩具とでも思っているのか、二人の青年は楽しげに笑いランバートに問いかける。ただ、隣の黒髪の男だけは困った顔で二人を睨み付けていた。
 ランバートは二人の様子をジッと観察した。騎士団の情報は規制がかかるから、あまり流れていない。騎兵府は外向きの任務を行っている事から少しは分かるが、他の部署となればほぼ皆無。
 だが、あの儀式に参列していた人たちだ。間違いなく、四府の団長の誰かだ。

 ランバートの口元に笑みが浮かぶ。こう挑戦的に来られたらたまらない。これでも自己顕示欲は人並み以上に強い。そしてそれ以上に、負けず嫌いだ。
 幸い、多少の情報はある。各部署が抱える仕事の特性から、それに求められる適性は見える。これまでの視線、表情、印象、言葉。それらから拾い上げれば当てられる。三分の二の確率だ。
 まずはクリーム色の髪の青年に視線を向ける。揶揄うような口調だが、雰囲気は柔らかく相手に威圧感を与えない。そういう事が癖になるような部署だろう。更にランバートの「外見」を求めた。ならば。

「近衛府団長、オスカル・アベルザード様」

 真っ直ぐに視線を向けて口にしたランバートに、クリーム色の青年、オスカルは驚いたような顔をした。鉄壁の仮面が一瞬でも揺らいだことにランバートは満足する。だがすぐに、心より楽しげな笑みが返ってきた。

「よく知っているね。正解、君は優秀だね」
「有難うございます」
「ほぉ、オスカルは当てたか。では、私はどうだえ?」

 狡猾な光。だがその奥には知性が見える。口数は多いが、この人は自身に通じる情報は先程から出していない。機密情報を扱う部署だ。腰に剣を下げていないことから戦場に出る事が少ないのだろう。頭脳明晰で、他を圧迫する雰囲気もある。交渉事が上手そうだ。

「宰相府団長、シウス・イーヴィルズアイ様」
「ほぉ、よくできた男じゃ。どうだえ? そんなつまらぬ男の下になど行かず、宰相府に来ないかえ?」

 小気味良い笑い声が楽しげに言う言葉は微妙に本気な気がしてランバートは肩を竦めた。戦局を左右する宰相府は多少魅力的だが、そのうち飽きてしまいそうで選ばなかったのだ。

「さーて、では最後。そこで一人渋面を作ってる奴は、誰でしょうか?」

 答えの分かりきったクイズを出すように、オスカルが楽しげに言う。ランバートの視線が自然と、隣の黒髪の男に向く。
 まさに夜を体現したような静かな容貌。切れ長の瞳も、長い黒髪も静寂を思わせる。決して怖いわけではない。いうならば、夜の安らぎを感じさせる。

「そんなの、決まり切っているではありませんかオスカル様。俺は今日、この人から剣を下賜されたのですよ?」

 剣を渡すのはその部署の団長の役目。あの場にいた二人も当然団長だ。そして、騎兵府に所属するランバートに剣を渡した団長ならば、有名すぎるくらいその名を知っている。

「騎兵府団長、ファウスト・シュトライザー様」

 名を呼んだ瞬間、ファウストは妙な顔をした。驚いたような、でも予期していたような一瞬の揺らぎ。感情の波が、とても人間臭く見えた。

「おい、シウス。隊の情報は規制されているんじゃないのか?」

 不機嫌な調子のファウストが言う。一般兵ならばそれだけで背筋が伸びるような低音だが、正面のシウスはまったく動じない。逆に楽しそうに笑う。

「しているぞ。その坊やがそれを超える情報網と洞察力を持っているだけだえ。巷に流れるは精々、団長の名前くらいなものよ。それがどんな人物か、顔を知る者は多くない」
「特にシウスはインドアだからね、知らないよ」
「ヒッテルスバッハ家の情報網なら、どうにか名前くらいは仕入れられるだろうよ。後は私達を観察し、推測したのだろう。そうであろう?」

 話しを振られ、ランバートは困った顔で曖昧に笑った。
 確かにヒッテルスバッハ家の情報網なら、彼らの名前くらい知ることができる。だがそれ以上に、ランバートの持つ情報網は広い。貴族世界だけではなく、酒場や商館の情報もランバートには届く。それを維持するための資金もかかるが、情報はそれ以上の価値があるものだ。
 各部署の特定はここからの情報が参考になった。酒場や商館は人が集まり、非番の騎士も来る。そこから、どの部署にどのような特性があり、どういう人間が多いかを知ったのだ。

「利口な男は嫌いではない。誇ってよいぞヒッテルスバッハ。お前は私を楽しませるに十分な男じゃ」
「有難うございます、シウス様。それでは是非、一つ俺の願いを聞いてもらえませんか?」

 唐突な申し出に、シウスは少し驚いたようだった。だがすぐに視線を定め、口の端を上げた。

「言うてみよ」
「俺は家名で呼ばれるのが嫌いです。よろしければ、ランバートとお呼びください」

 丁寧な礼を取って言う言葉は、それ以上に暗い棘を秘めている。それを感じられないシウスではない。だがその先を向けられた事すらもシウスは楽しかったらしい。声を上げて笑った。

「よいぞランバート。お前は面白い男だ! この私に挑む者などそうはおるまい」

 楽しげなシウスだったが、当のランバートは何かよくないものを引っ掛けてしまった事に今更気づき肩を落とす。それに、隣のファウストが気遣わしい表情で苦笑してみせた。

「悪いのに気にいられたな。まぁ、そう気を落とすな」
「有難うございます」

 とは言え、団長クラスとのパイプは悪くない。求められるものが大きくはなるだろう。信頼ある人間を使いたいのは誰だって同じだ。それに見合う力がないと知れれば切られるが、期待に応え続ければ良好な関係を続けられる。
 退屈を嫌うランバートにとって、こんなにスリリングな事はない。

「さて、シウスにも気に入られた事だし、君には約束通りご褒美をあげないとね」
「褒美なんてオスカル様。俺はそんなのが欲しかったわけではありません」

 一連の流れを楽しんで見ていたオスカルに、ランバートは恐縮したように言う。その言葉は真実で、嘘も偽りも無ければ遠慮でもない。だが、オスカルはランバートを離すつもりはないようだった。

「これから君の歓迎会をしよう。美味しいお酒につまみも用意してさ。いいことに、明日は安息日だしね。シウス、君の部屋を使ってもいいかな」
「あぁ、構わぬ。私もお前ともう少し話がしたい。ラウル、お前も当然来るであろう?」
「はい、ご一緒させていただきます」
「ラウル……」

 こうなると逃げられる気がしなかった。唯一救いだったのが、隣のファウストが「気の毒に」という感情たっぷりに肩を叩いてくれたことだった。
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