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1章:騎兵府襲撃事件
2話:反乱の影(ファウスト)
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クラウルが案内したのは小会議室と呼ばれる小さな部屋だった。円卓があり、十人腰を下ろせば窮屈に感じる程度の広さしかない。
その場所に、宰相府団長シウスの姿もあった。
「戻ったか。被害はどうじゃ」
「二人負傷した。幸い傷は大した事ないが、軍の中に広がる不安は増すばかりだな」
ファウストの重い言葉にシウスも黙り込む。だがそれでは会話ができない。シウスは手元にあるファイルを開き、静かに話し始めた。
「敵は、ルシオ派の人間と分かった」
「ルシオ・フェルナンデス元男爵か」
ファウストの表情が一気に忌々しげに歪む。柳眉がきつく寄せられるとその表情は厳しく険しく、鋭い光を放つようになる。
ルシオ・フェルナンデスは、5年前まではこの国の男爵だった。だが、5年前のカール4世戴冠の際にルシオの父がカールの兄、セシル親王を王位に圧した事で国内は荒れた。
セシル親王はカール4世の兄に当たるが側室の子だ。加えて幼い頃から病弱で、政治よりも芸術に興味を持ちその道を望んでいた。
正室の子であるカールはそんな兄の望みを知っていたからこそ、自然豊かな場所に邸宅を与え、そこで好きなだけ芸術の道を行ける生活を約束した。
当人たちはこれで折り合いがつき、前王もそれに異論はなかった。
だが、当時から政治的手腕を発揮していたカールを御しがたいと踏んだ家臣の一部がこれに反発。本人の意思を無視してセシル親王を王に据えようとした。これによって、国は大きく二つに割れてしまったのだ。
当時の軍の上層部はセシルにつき、現在の軍はカールについた。そして結果は、現在に見る通りだ。
ルシオの父はこの内乱の責任を取って処刑、家は断絶され財産は没収となった。身一つで放り出されたルシオはその後私怨を持ってカールを攻撃する反乱分子の親玉になったのだ。
「ルシオ派は過激派の中では大人しいほうだが、その分狡猾じゃ。確実に痛い所を突いてきよる。力でねじ伏せるのが難しい分、力任せの過激派よりも厄介じゃの」
「奴らは拠点を幾つも持っている。幹部クラスは数人しかいないが、切り捨てる手足は掃いて捨てるほどいる。今ことを起こしているのはこのゴミどもだ。何も知りはしない。目的を知るには幹部クラスを生け捕るしかない」
「容易な事ではないだろう。奴らのやり口は何度か味わったが、嫌な奴等だ。武力制圧に持ち込めない分だけこちらの疲弊が大きい。いつか根絶やしにしなければ気がすまん」
押し殺したファウストの怒気がひしひしと伝わる。それを肌で感じるシウスやクラウルはそれ以上言葉がない。ただ、気持ちは同じようだった。
「すまないファウスト。もう少し待ってくれ」
本当にすまなそうに頭を下げるクラウルを見るとファウストもいたたまれなくなる。それほどに自分が苛立っているのかと思うと、周囲に当たっているようで申し訳なくなってくる。
「お前のせいじゃない、気にしないでくれ。こちらも気を引き締めてかかる。また進展があったら教えてくれ」
そう一言残すのみで、ファウストは二人に背を向けて退室した。
すぐに部屋に戻ろうかとも思ったが、このままの気分ではどうにも眠れそうになかった。そうして結局向かったのは中庭の修練場だった。
夜の修練場は人の気配がない。実際こんな夜にここに来る人間はいない。
だが、そこには人影があった。一人で酒瓶を片手に月を見上げる金の光が目の飛び込んでくる。月光のように、キラキラと。
「お前……」
「やっぱりここに来ましたか、ファウスト様」
意表を突かれたファウストは出迎えたランバートを凝視したまま固まった。彼は軽い笑みを浮かべたまま真っ直ぐにファウストに近づいてきて、酒瓶を一つ押し付けてくる。
「ここで何をしている」
「寝付けなかったので少し寝酒を。せっかく月が綺麗ですし、風が気持ちよかったのでここに。ここが一番、月が綺麗に見えるんですよ」
言われて見上げた空は、確かに綺麗な月が出ている。遮るものがない空は高く、天に輝く月は柔らかな光を注いでいる。
「貴方もどうせ、寝付けなくてきたのでしょ?」
「お前が俺の剣を受けてくれるのか?」
口元に軽く笑みを浮かべたファウストは受け取った酒瓶の栓を抜いて、そのまま口をつける。ランバートは肩をすくめ、困ったような顔をした。
「今日はやめておきます。機嫌悪そうなので、斬られないか心配です」
「お前ならそう簡単に斬られやしないさ。髪の一房くらいですませてやる」
「それって、下手をすれば首が飛ぶじゃないですか」
軽い口調でランバートが言うのに、ファウストは声を上げて笑った。そしてまた一口酒を含む。ランバートがいた修練場の真ん中に腰をおろし、上を見上げた。
抜けるような空は彼と同じ色に輝いている。
「お前の髪はあの月に似ている。陛下も同じ金髪だが、お前のほうが強い色だな」
呟くような言葉に、同じように隣に腰をおろしたランバートが驚いた顔をする。妙な事を言ったかと首を傾げたが、返ってきたのは戸惑ったような表情だった。
「陛下とは一度しかお目通りしておりませんから、なんとも。ですが確か、アイスブロンドだったと思います」
「お前のは見事な色合いだ。強い、月のように」
「では、俺と貴方は相性がいいかもしれませんね。貴方はまるで夜の人だ」
笑みを浮かべるランバートの言葉に、ファウストは顔を向ける。驚きと、多少の喜び。今まで「死神」と呼ばれる事はあっても、このような言葉で表された事はなかった。
「貴方に初めて会った時に、思ったんです。まるで夜の霊王のようだと。静かで、安らかな空気を持つのに覇を感じる。夜を統べる者のようだと」
「お前は面白い事を言うな。そんな事を言う奴は今までいなかった」
「いたとしても、言い出せませんよ。貴方とこんな風に話しをするのは、シウス様達以外だと俺だけじゃないですか」
その事実を突きつけられて、ファウストは寂しく笑った。
ただの隊員であったときはもう少し違った。だが団長となって、周りの反応が徐々に仰々しいものになっていった。近寄りがたい空気を出しているのか、怖がられているのか。どちらにしても、今では気軽に話しが出来る相手は限られている。
「怖がられているからな、俺は」
「違うと思いますよ。行き過ぎた尊敬と憧れでしょう。夢にまで見た憧れの人が目の前にいて、言葉が出ない」
「迷惑なものだな。俺はそんな価値などないのに。事実今だって、無力だ」
口にして、心が沈む。それを誤魔化すようにファウストは酒を口にする。そう大きくない瓶の酒は、そろそろなくなりそうだ。
「ご自分を責めたって、事態は好転などしませんよ」
「お前の言葉は的確で胸に刺さるな。シウスですらもそうは言わないぞ」
「あの人は優しい人ですから」
お前もそうだろ。とは、さすがに言わなかった。ランバートは言葉を選んで口にしている。沈みそうな心に、今はムチを入れたのだろう。
「長くこんなことが続くわけがありません。必ず動く。貴方がすべきことは、動いたその時に的確な働きをすること。敵を逃がさないことです。その為に俺たち駒がいる」
「自分を駒だなんて言うな」
「おや? 俺はそう思っていますけれど。俺という駒をいかに上手く動かすかは、貴方の采配しだい。言っておきますが、俺は俺という駒を動かすプレイヤーは選ぶつもりです。そして俺は、貴方になら動かされたいと思っています」
ランバートは信頼を口にしているのだろうが、今のファウストにはきつい言葉だ。自分が戦う事に関しては躊躇いなどないが、仲間が傷つくことには胸が痛む。まして、こんな風に話す相手だ。もしも自分のミスで彼を死なせてしまったら? そう思うと、既に苦しさを覚える。
だからだろう、睨み付けるような顔をしてしまったのは。
「お前は俺がお前に死ねと言ったら、どうするつもりだ」
「勿論、理不尽な命令はきけません。ですが、それ以外にどうしようもない状況で死地へと言うならば、この命一つくらいは差し上げます」
平然としたその言葉は、ファウストを寒くさせた。更にきつく柳眉が寄る。すると、目の前の男は困ったように弱く笑うのだ。
「勿論、そんな究極の選択をしなくてすむように、貴方なら手を打ってくれると信じていますけれど。でも、必ずなどないから」
「馬鹿な事を言うな。俺の采配に命をかけるなど。お前はもう少し、自分を大事にしろ」
叱りつけるように言うと、ランバートはもっと困った顔をする。だが何故かその表情は少しだけ嬉しそうだった。
「心配してくれるんですか? 感激だな」
「……言ってろ」
残った酒を流し込み、ファウストは腰を上げる。そして、未だ座ったままのランバートに背を向けた。心は落ち着いた。少なくともあのどうしようもない怒りは消えていた。
「俺は俺の存在を、そんなに尊重できないんですよ」
幻聴のような、小さく弱い言葉だった。けれどファウストの耳には確かに聞こえていた。僅かに足を止める。だがそれに返す言葉は見つけられないから、そのまま歩き去った。
その場所に、宰相府団長シウスの姿もあった。
「戻ったか。被害はどうじゃ」
「二人負傷した。幸い傷は大した事ないが、軍の中に広がる不安は増すばかりだな」
ファウストの重い言葉にシウスも黙り込む。だがそれでは会話ができない。シウスは手元にあるファイルを開き、静かに話し始めた。
「敵は、ルシオ派の人間と分かった」
「ルシオ・フェルナンデス元男爵か」
ファウストの表情が一気に忌々しげに歪む。柳眉がきつく寄せられるとその表情は厳しく険しく、鋭い光を放つようになる。
ルシオ・フェルナンデスは、5年前まではこの国の男爵だった。だが、5年前のカール4世戴冠の際にルシオの父がカールの兄、セシル親王を王位に圧した事で国内は荒れた。
セシル親王はカール4世の兄に当たるが側室の子だ。加えて幼い頃から病弱で、政治よりも芸術に興味を持ちその道を望んでいた。
正室の子であるカールはそんな兄の望みを知っていたからこそ、自然豊かな場所に邸宅を与え、そこで好きなだけ芸術の道を行ける生活を約束した。
当人たちはこれで折り合いがつき、前王もそれに異論はなかった。
だが、当時から政治的手腕を発揮していたカールを御しがたいと踏んだ家臣の一部がこれに反発。本人の意思を無視してセシル親王を王に据えようとした。これによって、国は大きく二つに割れてしまったのだ。
当時の軍の上層部はセシルにつき、現在の軍はカールについた。そして結果は、現在に見る通りだ。
ルシオの父はこの内乱の責任を取って処刑、家は断絶され財産は没収となった。身一つで放り出されたルシオはその後私怨を持ってカールを攻撃する反乱分子の親玉になったのだ。
「ルシオ派は過激派の中では大人しいほうだが、その分狡猾じゃ。確実に痛い所を突いてきよる。力でねじ伏せるのが難しい分、力任せの過激派よりも厄介じゃの」
「奴らは拠点を幾つも持っている。幹部クラスは数人しかいないが、切り捨てる手足は掃いて捨てるほどいる。今ことを起こしているのはこのゴミどもだ。何も知りはしない。目的を知るには幹部クラスを生け捕るしかない」
「容易な事ではないだろう。奴らのやり口は何度か味わったが、嫌な奴等だ。武力制圧に持ち込めない分だけこちらの疲弊が大きい。いつか根絶やしにしなければ気がすまん」
押し殺したファウストの怒気がひしひしと伝わる。それを肌で感じるシウスやクラウルはそれ以上言葉がない。ただ、気持ちは同じようだった。
「すまないファウスト。もう少し待ってくれ」
本当にすまなそうに頭を下げるクラウルを見るとファウストもいたたまれなくなる。それほどに自分が苛立っているのかと思うと、周囲に当たっているようで申し訳なくなってくる。
「お前のせいじゃない、気にしないでくれ。こちらも気を引き締めてかかる。また進展があったら教えてくれ」
そう一言残すのみで、ファウストは二人に背を向けて退室した。
すぐに部屋に戻ろうかとも思ったが、このままの気分ではどうにも眠れそうになかった。そうして結局向かったのは中庭の修練場だった。
夜の修練場は人の気配がない。実際こんな夜にここに来る人間はいない。
だが、そこには人影があった。一人で酒瓶を片手に月を見上げる金の光が目の飛び込んでくる。月光のように、キラキラと。
「お前……」
「やっぱりここに来ましたか、ファウスト様」
意表を突かれたファウストは出迎えたランバートを凝視したまま固まった。彼は軽い笑みを浮かべたまま真っ直ぐにファウストに近づいてきて、酒瓶を一つ押し付けてくる。
「ここで何をしている」
「寝付けなかったので少し寝酒を。せっかく月が綺麗ですし、風が気持ちよかったのでここに。ここが一番、月が綺麗に見えるんですよ」
言われて見上げた空は、確かに綺麗な月が出ている。遮るものがない空は高く、天に輝く月は柔らかな光を注いでいる。
「貴方もどうせ、寝付けなくてきたのでしょ?」
「お前が俺の剣を受けてくれるのか?」
口元に軽く笑みを浮かべたファウストは受け取った酒瓶の栓を抜いて、そのまま口をつける。ランバートは肩をすくめ、困ったような顔をした。
「今日はやめておきます。機嫌悪そうなので、斬られないか心配です」
「お前ならそう簡単に斬られやしないさ。髪の一房くらいですませてやる」
「それって、下手をすれば首が飛ぶじゃないですか」
軽い口調でランバートが言うのに、ファウストは声を上げて笑った。そしてまた一口酒を含む。ランバートがいた修練場の真ん中に腰をおろし、上を見上げた。
抜けるような空は彼と同じ色に輝いている。
「お前の髪はあの月に似ている。陛下も同じ金髪だが、お前のほうが強い色だな」
呟くような言葉に、同じように隣に腰をおろしたランバートが驚いた顔をする。妙な事を言ったかと首を傾げたが、返ってきたのは戸惑ったような表情だった。
「陛下とは一度しかお目通りしておりませんから、なんとも。ですが確か、アイスブロンドだったと思います」
「お前のは見事な色合いだ。強い、月のように」
「では、俺と貴方は相性がいいかもしれませんね。貴方はまるで夜の人だ」
笑みを浮かべるランバートの言葉に、ファウストは顔を向ける。驚きと、多少の喜び。今まで「死神」と呼ばれる事はあっても、このような言葉で表された事はなかった。
「貴方に初めて会った時に、思ったんです。まるで夜の霊王のようだと。静かで、安らかな空気を持つのに覇を感じる。夜を統べる者のようだと」
「お前は面白い事を言うな。そんな事を言う奴は今までいなかった」
「いたとしても、言い出せませんよ。貴方とこんな風に話しをするのは、シウス様達以外だと俺だけじゃないですか」
その事実を突きつけられて、ファウストは寂しく笑った。
ただの隊員であったときはもう少し違った。だが団長となって、周りの反応が徐々に仰々しいものになっていった。近寄りがたい空気を出しているのか、怖がられているのか。どちらにしても、今では気軽に話しが出来る相手は限られている。
「怖がられているからな、俺は」
「違うと思いますよ。行き過ぎた尊敬と憧れでしょう。夢にまで見た憧れの人が目の前にいて、言葉が出ない」
「迷惑なものだな。俺はそんな価値などないのに。事実今だって、無力だ」
口にして、心が沈む。それを誤魔化すようにファウストは酒を口にする。そう大きくない瓶の酒は、そろそろなくなりそうだ。
「ご自分を責めたって、事態は好転などしませんよ」
「お前の言葉は的確で胸に刺さるな。シウスですらもそうは言わないぞ」
「あの人は優しい人ですから」
お前もそうだろ。とは、さすがに言わなかった。ランバートは言葉を選んで口にしている。沈みそうな心に、今はムチを入れたのだろう。
「長くこんなことが続くわけがありません。必ず動く。貴方がすべきことは、動いたその時に的確な働きをすること。敵を逃がさないことです。その為に俺たち駒がいる」
「自分を駒だなんて言うな」
「おや? 俺はそう思っていますけれど。俺という駒をいかに上手く動かすかは、貴方の采配しだい。言っておきますが、俺は俺という駒を動かすプレイヤーは選ぶつもりです。そして俺は、貴方になら動かされたいと思っています」
ランバートは信頼を口にしているのだろうが、今のファウストにはきつい言葉だ。自分が戦う事に関しては躊躇いなどないが、仲間が傷つくことには胸が痛む。まして、こんな風に話す相手だ。もしも自分のミスで彼を死なせてしまったら? そう思うと、既に苦しさを覚える。
だからだろう、睨み付けるような顔をしてしまったのは。
「お前は俺がお前に死ねと言ったら、どうするつもりだ」
「勿論、理不尽な命令はきけません。ですが、それ以外にどうしようもない状況で死地へと言うならば、この命一つくらいは差し上げます」
平然としたその言葉は、ファウストを寒くさせた。更にきつく柳眉が寄る。すると、目の前の男は困ったように弱く笑うのだ。
「勿論、そんな究極の選択をしなくてすむように、貴方なら手を打ってくれると信じていますけれど。でも、必ずなどないから」
「馬鹿な事を言うな。俺の采配に命をかけるなど。お前はもう少し、自分を大事にしろ」
叱りつけるように言うと、ランバートはもっと困った顔をする。だが何故かその表情は少しだけ嬉しそうだった。
「心配してくれるんですか? 感激だな」
「……言ってろ」
残った酒を流し込み、ファウストは腰を上げる。そして、未だ座ったままのランバートに背を向けた。心は落ち着いた。少なくともあのどうしようもない怒りは消えていた。
「俺は俺の存在を、そんなに尊重できないんですよ」
幻聴のような、小さく弱い言葉だった。けれどファウストの耳には確かに聞こえていた。僅かに足を止める。だがそれに返す言葉は見つけられないから、そのまま歩き去った。
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