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2章:ロッカーナ演習事件
15話:断罪
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外はすっかり夜の闇に覆われた。
教会の祭壇に上がり、蝋燭に火を灯す。周囲は炎の柔らかな明かりに照らし出された。
「こんな所に教会なんてあったのか。案外、綺麗にしてるんだな」
祭壇にいるエドワードの背後で、何も知らないダレルが呑気な声で言う。そこに罪の意識など一切ない。自分が一人の人間を殺したという罪悪感は微塵もない。
エドワードは静かに燃える心の炎に、身を焼かれる思いがした。
祭壇から見上げたステンドグラスには、古の王が天より王冠を賜る神話の一場面が描かれている。この場所で、永久の愛を誓った。
綺麗な星の夜だった。こっそりとこの場所で落ち合ったロディと手を取って、祭壇の前で誓いの言葉を口にした。指輪を交換し、キスをした。
この場所でだけ、二人は恋人だった。体を重ねたのも、愛を囁いたのも、まだ見ぬ未来を語り合ったのもこの場所だった。
ロディが死んで、エドワードは見えていた道が消えたように思えた。失った悲しみよりも前に、残された絶望が押し寄せた。誓い合った未来が消えて、思い出が追い打ちをかける。彼が死んで、なぜ自分は生きているのか。
そんな事をひたすら、考えていた。
「それにしても、エドワードがオレを助けるなんてな。どういう風の吹き回しだ?」
憎い悪魔は何も知らずに、まだ呑気にしている。逃げ切れると思っているのだろう。誘い込まれたとは思っていない。
「べつに、大したことじゃないよ。騎士団を抜けようかと思ってたから、ついで」
「お前が騎士団を抜ける? 今のままでも上に行けるのにか?」
「やりたい事、見つけられなくてさ。何か他の道を見つけようと思って」
エドワードは振り返らずにそう口にした。平静を保つように注意しながら、獲物を呼び寄せる。十分に距離をつめて、確実にしなければ。
磨かれた祭壇の神器に顔が映り込む。エドワードの顔は、憎しみと悲しみと苦しみとで歪んで、まるで悪魔のようになっていた。
それに気づいても、エドワードは止められなかった。
やっと最後だ。ここまでは準備でしかない。周囲から囲い込むように不安や恐怖を煽り立ててやったんだ。
計算外は王都の騎士が来たことだ。そして、早い段階で目論見がばれ、ダレルがマークされてしまったこと。そして、軍法の話。
このままこの男を軍法にかけるわけにはいかない。ここで、この手で殺さなければ、このやり場のない悲しみと怒りは消えない。軍法は精々が刑務所だ。命まで取るわけじゃない。そんなの手緩い!
「これからなにするんだ、お前?」
「まだ、分からないけれど。でも多分、今よりはいいかな」
「なぁ、それなら組まないか? 俺とお前とで傭兵でもやってさ、一儲けしようぜ。あちこちに反乱分子だっているんだから、傭兵の仕事はゴロゴロしてるはずだ」
まったく無防備な状態で背後まで近づいてくる。エドワードの手が、隠し持っている剣に触れている事にも気づかずに。
至近距離まで近づいたダレルが、ぎょっとした様子で飛び退く。気付かれた瞬間、エドワードは首をめがけて剣を一閃させた。だがその切っ先はほんの僅か届かず、ダレルの衣服が切れた程度だった。
目を見開き、恐怖に引きつるダレルの顔を見るのは愉快だった。ロディも、こんな顔をしたのだろうか。最後の静かな表情しか思い出せない。
「なにす……!」
恐怖に引きつりながらも怒鳴るダレルの目の前に、エドワードは切っ先を突きつけた。表情の動かない、とても冷たい目で見下しながら。
「ロディは、どれ程苦しく、怖かっただろうか」
感情の消えた静かな声で、問いかけるように紡ぐ。静かに一歩、エドワードの足が進む。押されるように、ダレルが一歩後退する。
「優しい子だった。それに、強い子だった。辛くても、笑顔を忘れない子だった」
エドワードの足が一歩進み、ダレルは緊張したように唾を飲みこむ。背は見せず、ジリジリと後退る彼をただ追い詰める。そう大きくはない教会の壁に、あと少しで背がつく。
「何故あの子が、殺されなきゃいけなかった」
「違う! あれは事故」
「事故じゃないだろぉぉぉぉ!」
押し殺していた殺気が弾けて、エドワードは急速にダレルとの距離を詰める。そして、慌てて逃げるその腕に深々と剣を突き立てた。
「ぎゃぁぁぁぁぁ!」
悲鳴を上げて倒れ込んだダレルの腕からは、おびただしい量の血が流れ出る。傷ついて動かない腕を押さえながら這いずるように逃げるダレルの目の前に、エドワードは剣を突き立てた。
「おっ、俺を殺したら、おぉぉぉぉ、お前は罪人」
「そんな心配はしていない。逃げる気もない。元より全部片付けたら、ロディのところに謝りに行くつもりだったんだ」
静かな声は思ったよりも冷たかった。でも、納得だ。すでにこの心は死んでいる。あの子の死と共に死んだんだ。もう温かさなんてあるはずがない。
「色々、心残りはあるけれど。でももう、生きる気もない。早くロディに会いたい」
「あんな弱っちい奴のどこがいいんだ!」
「全てだ」
たった一言だった。
ダレルの目の前から剣が抜かれる。ダレルはそれをマジマジと見ている。向けられた瞳の、色のない顔。それを見下ろすエドワードの頬を、一筋温かなものが流れた。
振り下ろした剣は、ダレルの体を真っ二つにする勢いだった。これで全てが終わるはずだった。こいつを殺して、自分も死ぬつもりだ。死んで、助けてやれなかった事をロディに詫びるつもりだった。
だが、剣は強い力で弾き飛ばされた。力技で飛ばされた剣が、離れた床に突き刺さる。その衝撃に思わず目を瞑ったエドワードが次に見たのは、苦しそうな顔をしたファウストだった。
「ファウスト……様」
「エドワード、もうやめろ。これ以上の罪を重ねる必要はない」
ダレルを背に庇うファウストを見るエドワードの顔が、みるみる憎しみに染まる。怒りがこみ上げてくる。
「ロディを殺したそいつは助けられ、優しかったロディは助からなかった。世の中は理不尽です」
「こんな奴の為にお前が今後の人生を捨てる必要はない。殺す価値などない」
「俺にはあります! 俺には、そいつを殺す意味と必要があるんです!」
強い言葉で言ったエドワードに、ファウストが一歩近づく。だがエドワードは素早く懐から短剣を取り出し、自らの首に押し当てた。
目を見開いて、ファウストの動きが止まった。
「……悔しいけれど、もう疲れました。貴方がそいつの前にいるなら、もう俺には殺す機会はない。そいつから剣を奪った、それで満足しなければなりません」
「よせ、エドワード!」
走り出したファウストよりも早く、短剣を引ける。恐ろしくもないし、躊躇いもない。家を出て、目標だけを見て歩き続けて、大切な人を見つけた。誓った将来はとても輝いていて、幸福だった。そして今、絶望と共に終わろうとしている。
もしも死後というものがあるなら、きっと彼を見つけてまた誓うのだ。
今度こそ、一緒にいよう。もう二度と、離しはしないからと。
短剣を引く、その一瞬。風を切る鋭い音に気を取られた。そして次の瞬間には、エドワードは剣を落としていた。何かが剣を握る手を弾いた。その痛みと衝撃に、庇った手から血が流れた。
「間に……あったぁ」
戸口で息を切らしたランバートが、ずるりと膝をついた。その姿を凝視したエドワードは、飛んできたものを見た。投げる用に作られたナイフが落ちている。手の甲に薄ら傷があるが、刺さったんじゃない。投げられたナイフは的確に、短剣を弾いた。
ファウストがゆっくりと近づき、落ちた短剣を取り上げる。もう抵抗できないのだと悟ったエドワードは、糸が切れたように床に座り込んだ。
「ごめん、ロディ。俺は、復讐すらしてやれない」
「そんな事、ロディは望んでいないと思うけれどね」
新しい声にエドワードは視線を向ける。ランバートよりも遅れて到着したウェインが、エドワードの前まできた。
「ロディは心より君を慕い、愛していた。君の幸せを心から願うような、優しい子だ。そんな子が、今の君を見て喜ぶと思うかい?」
「知った事を」
「これでも知っているつもりだよ。君が忘れた、ロディの優しさについて」
ウェインが懐から、数通の手紙を出してエドワードに渡した。柔らかな文字で書かれた手紙を見て、エドワードは目を丸くした。
「ロディの字……」
「読んでみたら?」
手紙を開くのは、勇気が必要だった。読むのが怖かった。
けれど、この中にロディがいる気がして、会いたくて、会いたくて仕方がなかった。
『親愛なるお母さん
本日、僕はある人と共に残りの人生を歩む決意をしました。相手は、前にもお話したエドワードさんです。
勝手ですが、既に神の前で誓いを立てました。事後になってごめんなさい。
お母さんは僕にお嫁さんを貰って欲しいと思っていたかもしれないけれど、僕はこの人と一緒に生きたいです。この人と描く未来を、見てみたいです。
今年の冬、二人で長期休暇を取る予定です。遅い新婚旅行のつもりなんて、ちょっと恥ずかしいです。けれど今から楽しみで、幸せでいっぱいです。
今度、こっそり会いに行きます。どうしても挨拶がしたいって言ってくれるので。ちょっと恥ずかしいけれど、会ってくれますか?
何の相談もせずに勝手をして、ごめんなさい。でもこれからは沢山、二人で親孝行をします。幸せにもなります。だから、許してください。
体に気を付けて。無理をしないでね。
ロディ』
こみ上げる想いに、涙が溢れた。ロディはいつも控え目で、恥ずかしがり屋で、沢山を語ったりはしなかった。けれどこんな風に、思っていてくれたんだ。
幸せな時間が堰を切ったように溢れだしてくる。冬に一緒に、旅行するんだった。現状が変わらないなら、二人で騎士団を離れるつもりだった。安定すればロディの母親も呼ぶはずだった。
「すまなかった」
静かな声がエドワードを現実に引き戻す。目の前で、ファウストが深々と頭を下げている。軍神と言われ、隊のトップにいる人がただの一般兵に謝罪している。
「ロディの事を、助けてやれなかった。それどころか、その死を今まで調べてもいなかった。軍の上に立つ者として、怠慢だった。そのせいでどれ程の苦しみをお前に与えていたか」
「ファウスト様」
決して頭を上げる事無く、ファウストは言う。その姿に、エドワードは首を横に振った。
「貴方を、恨んだわけじゃ。俺は自分が、許せなくて。知っていたのに止められなかった俺が、憎くて。でも、ただ俺が死ぬんじゃあまりにも苦しくて。それで……」
「あぁ、分かっている。だがそれでも、生きていてくれ。必ず手を打つ。二度と繰り返さないよう、努める。その成果を見届けてもらいたい」
エドワードの視線が、渡された手紙に落ちる。ロディの沢山の気持ちが綴られた手紙。消え去っていた温かな気持ちを思い出させてくれる、思い出が詰まった宝物をかき抱くように強く握り締め、静かに頷いた。
教会の祭壇に上がり、蝋燭に火を灯す。周囲は炎の柔らかな明かりに照らし出された。
「こんな所に教会なんてあったのか。案外、綺麗にしてるんだな」
祭壇にいるエドワードの背後で、何も知らないダレルが呑気な声で言う。そこに罪の意識など一切ない。自分が一人の人間を殺したという罪悪感は微塵もない。
エドワードは静かに燃える心の炎に、身を焼かれる思いがした。
祭壇から見上げたステンドグラスには、古の王が天より王冠を賜る神話の一場面が描かれている。この場所で、永久の愛を誓った。
綺麗な星の夜だった。こっそりとこの場所で落ち合ったロディと手を取って、祭壇の前で誓いの言葉を口にした。指輪を交換し、キスをした。
この場所でだけ、二人は恋人だった。体を重ねたのも、愛を囁いたのも、まだ見ぬ未来を語り合ったのもこの場所だった。
ロディが死んで、エドワードは見えていた道が消えたように思えた。失った悲しみよりも前に、残された絶望が押し寄せた。誓い合った未来が消えて、思い出が追い打ちをかける。彼が死んで、なぜ自分は生きているのか。
そんな事をひたすら、考えていた。
「それにしても、エドワードがオレを助けるなんてな。どういう風の吹き回しだ?」
憎い悪魔は何も知らずに、まだ呑気にしている。逃げ切れると思っているのだろう。誘い込まれたとは思っていない。
「べつに、大したことじゃないよ。騎士団を抜けようかと思ってたから、ついで」
「お前が騎士団を抜ける? 今のままでも上に行けるのにか?」
「やりたい事、見つけられなくてさ。何か他の道を見つけようと思って」
エドワードは振り返らずにそう口にした。平静を保つように注意しながら、獲物を呼び寄せる。十分に距離をつめて、確実にしなければ。
磨かれた祭壇の神器に顔が映り込む。エドワードの顔は、憎しみと悲しみと苦しみとで歪んで、まるで悪魔のようになっていた。
それに気づいても、エドワードは止められなかった。
やっと最後だ。ここまでは準備でしかない。周囲から囲い込むように不安や恐怖を煽り立ててやったんだ。
計算外は王都の騎士が来たことだ。そして、早い段階で目論見がばれ、ダレルがマークされてしまったこと。そして、軍法の話。
このままこの男を軍法にかけるわけにはいかない。ここで、この手で殺さなければ、このやり場のない悲しみと怒りは消えない。軍法は精々が刑務所だ。命まで取るわけじゃない。そんなの手緩い!
「これからなにするんだ、お前?」
「まだ、分からないけれど。でも多分、今よりはいいかな」
「なぁ、それなら組まないか? 俺とお前とで傭兵でもやってさ、一儲けしようぜ。あちこちに反乱分子だっているんだから、傭兵の仕事はゴロゴロしてるはずだ」
まったく無防備な状態で背後まで近づいてくる。エドワードの手が、隠し持っている剣に触れている事にも気づかずに。
至近距離まで近づいたダレルが、ぎょっとした様子で飛び退く。気付かれた瞬間、エドワードは首をめがけて剣を一閃させた。だがその切っ先はほんの僅か届かず、ダレルの衣服が切れた程度だった。
目を見開き、恐怖に引きつるダレルの顔を見るのは愉快だった。ロディも、こんな顔をしたのだろうか。最後の静かな表情しか思い出せない。
「なにす……!」
恐怖に引きつりながらも怒鳴るダレルの目の前に、エドワードは切っ先を突きつけた。表情の動かない、とても冷たい目で見下しながら。
「ロディは、どれ程苦しく、怖かっただろうか」
感情の消えた静かな声で、問いかけるように紡ぐ。静かに一歩、エドワードの足が進む。押されるように、ダレルが一歩後退する。
「優しい子だった。それに、強い子だった。辛くても、笑顔を忘れない子だった」
エドワードの足が一歩進み、ダレルは緊張したように唾を飲みこむ。背は見せず、ジリジリと後退る彼をただ追い詰める。そう大きくはない教会の壁に、あと少しで背がつく。
「何故あの子が、殺されなきゃいけなかった」
「違う! あれは事故」
「事故じゃないだろぉぉぉぉ!」
押し殺していた殺気が弾けて、エドワードは急速にダレルとの距離を詰める。そして、慌てて逃げるその腕に深々と剣を突き立てた。
「ぎゃぁぁぁぁぁ!」
悲鳴を上げて倒れ込んだダレルの腕からは、おびただしい量の血が流れ出る。傷ついて動かない腕を押さえながら這いずるように逃げるダレルの目の前に、エドワードは剣を突き立てた。
「おっ、俺を殺したら、おぉぉぉぉ、お前は罪人」
「そんな心配はしていない。逃げる気もない。元より全部片付けたら、ロディのところに謝りに行くつもりだったんだ」
静かな声は思ったよりも冷たかった。でも、納得だ。すでにこの心は死んでいる。あの子の死と共に死んだんだ。もう温かさなんてあるはずがない。
「色々、心残りはあるけれど。でももう、生きる気もない。早くロディに会いたい」
「あんな弱っちい奴のどこがいいんだ!」
「全てだ」
たった一言だった。
ダレルの目の前から剣が抜かれる。ダレルはそれをマジマジと見ている。向けられた瞳の、色のない顔。それを見下ろすエドワードの頬を、一筋温かなものが流れた。
振り下ろした剣は、ダレルの体を真っ二つにする勢いだった。これで全てが終わるはずだった。こいつを殺して、自分も死ぬつもりだ。死んで、助けてやれなかった事をロディに詫びるつもりだった。
だが、剣は強い力で弾き飛ばされた。力技で飛ばされた剣が、離れた床に突き刺さる。その衝撃に思わず目を瞑ったエドワードが次に見たのは、苦しそうな顔をしたファウストだった。
「ファウスト……様」
「エドワード、もうやめろ。これ以上の罪を重ねる必要はない」
ダレルを背に庇うファウストを見るエドワードの顔が、みるみる憎しみに染まる。怒りがこみ上げてくる。
「ロディを殺したそいつは助けられ、優しかったロディは助からなかった。世の中は理不尽です」
「こんな奴の為にお前が今後の人生を捨てる必要はない。殺す価値などない」
「俺にはあります! 俺には、そいつを殺す意味と必要があるんです!」
強い言葉で言ったエドワードに、ファウストが一歩近づく。だがエドワードは素早く懐から短剣を取り出し、自らの首に押し当てた。
目を見開いて、ファウストの動きが止まった。
「……悔しいけれど、もう疲れました。貴方がそいつの前にいるなら、もう俺には殺す機会はない。そいつから剣を奪った、それで満足しなければなりません」
「よせ、エドワード!」
走り出したファウストよりも早く、短剣を引ける。恐ろしくもないし、躊躇いもない。家を出て、目標だけを見て歩き続けて、大切な人を見つけた。誓った将来はとても輝いていて、幸福だった。そして今、絶望と共に終わろうとしている。
もしも死後というものがあるなら、きっと彼を見つけてまた誓うのだ。
今度こそ、一緒にいよう。もう二度と、離しはしないからと。
短剣を引く、その一瞬。風を切る鋭い音に気を取られた。そして次の瞬間には、エドワードは剣を落としていた。何かが剣を握る手を弾いた。その痛みと衝撃に、庇った手から血が流れた。
「間に……あったぁ」
戸口で息を切らしたランバートが、ずるりと膝をついた。その姿を凝視したエドワードは、飛んできたものを見た。投げる用に作られたナイフが落ちている。手の甲に薄ら傷があるが、刺さったんじゃない。投げられたナイフは的確に、短剣を弾いた。
ファウストがゆっくりと近づき、落ちた短剣を取り上げる。もう抵抗できないのだと悟ったエドワードは、糸が切れたように床に座り込んだ。
「ごめん、ロディ。俺は、復讐すらしてやれない」
「そんな事、ロディは望んでいないと思うけれどね」
新しい声にエドワードは視線を向ける。ランバートよりも遅れて到着したウェインが、エドワードの前まできた。
「ロディは心より君を慕い、愛していた。君の幸せを心から願うような、優しい子だ。そんな子が、今の君を見て喜ぶと思うかい?」
「知った事を」
「これでも知っているつもりだよ。君が忘れた、ロディの優しさについて」
ウェインが懐から、数通の手紙を出してエドワードに渡した。柔らかな文字で書かれた手紙を見て、エドワードは目を丸くした。
「ロディの字……」
「読んでみたら?」
手紙を開くのは、勇気が必要だった。読むのが怖かった。
けれど、この中にロディがいる気がして、会いたくて、会いたくて仕方がなかった。
『親愛なるお母さん
本日、僕はある人と共に残りの人生を歩む決意をしました。相手は、前にもお話したエドワードさんです。
勝手ですが、既に神の前で誓いを立てました。事後になってごめんなさい。
お母さんは僕にお嫁さんを貰って欲しいと思っていたかもしれないけれど、僕はこの人と一緒に生きたいです。この人と描く未来を、見てみたいです。
今年の冬、二人で長期休暇を取る予定です。遅い新婚旅行のつもりなんて、ちょっと恥ずかしいです。けれど今から楽しみで、幸せでいっぱいです。
今度、こっそり会いに行きます。どうしても挨拶がしたいって言ってくれるので。ちょっと恥ずかしいけれど、会ってくれますか?
何の相談もせずに勝手をして、ごめんなさい。でもこれからは沢山、二人で親孝行をします。幸せにもなります。だから、許してください。
体に気を付けて。無理をしないでね。
ロディ』
こみ上げる想いに、涙が溢れた。ロディはいつも控え目で、恥ずかしがり屋で、沢山を語ったりはしなかった。けれどこんな風に、思っていてくれたんだ。
幸せな時間が堰を切ったように溢れだしてくる。冬に一緒に、旅行するんだった。現状が変わらないなら、二人で騎士団を離れるつもりだった。安定すればロディの母親も呼ぶはずだった。
「すまなかった」
静かな声がエドワードを現実に引き戻す。目の前で、ファウストが深々と頭を下げている。軍神と言われ、隊のトップにいる人がただの一般兵に謝罪している。
「ロディの事を、助けてやれなかった。それどころか、その死を今まで調べてもいなかった。軍の上に立つ者として、怠慢だった。そのせいでどれ程の苦しみをお前に与えていたか」
「ファウスト様」
決して頭を上げる事無く、ファウストは言う。その姿に、エドワードは首を横に振った。
「貴方を、恨んだわけじゃ。俺は自分が、許せなくて。知っていたのに止められなかった俺が、憎くて。でも、ただ俺が死ぬんじゃあまりにも苦しくて。それで……」
「あぁ、分かっている。だがそれでも、生きていてくれ。必ず手を打つ。二度と繰り返さないよう、努める。その成果を見届けてもらいたい」
エドワードの視線が、渡された手紙に落ちる。ロディの沢山の気持ちが綴られた手紙。消え去っていた温かな気持ちを思い出させてくれる、思い出が詰まった宝物をかき抱くように強く握り締め、静かに頷いた。
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