恋愛騎士物語1~孤独な騎士の婚活日誌~

凪瀬夜霧

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9章:帰りたい場所

5話:賑やかな食卓(ファウスト)

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 ランバートからの報告はウェインを通してその夜のうちにファウストまで伝えられた。
 起こった事を聞いて、ファウストは自分の甘さを憎んだりもした。こんな事が起こるならルカの反対など聞かずに常に張り込んでおけばよかった。今回はランバート達が間に合ったが、これ一度で終わるとも限らない。そう思うと落ち着かなくなった。
 翌日の朝議の前、ファウストはシウスにこの案件を伝え、朝議にかけることを申し出た。シウスのほうも頷いてくれたので、この事件については朝議に上げ、他の大臣や陛下も周知の事となった。

「確かに由々しき事態。西地区の治安に関わります」

 現内務大臣アルダス・ジェークスが腕を組んで考える。国内での諸問題を一手に引き受ける彼は商業などに関する違法にも目を光らせる立場にある。この人物が動くと決めればその下の者が動くし、動く必要はないと判断されれば騎士団の独断では動けなくなる。
 ファウストの立場でもそう強く出る事の出来ない事案だ。正直胃の痛い思いで彼の決断を待っていると、組まれた腕が解かれた。

「一度、調べてみましょう。地方からの者なのだな?」
「そのように聞いております」
「地方でも問題を起こしている可能性がある。まずはそこを調べ、地方でも悪質な商売をしているようなら直ぐにでも聴取を行う。それで構わないかな、ファウスト殿」
「お願いいたします」

 本心で言えばまどろっこしい。もっと迅速に動いてもらいたいのが本当だ。内務が動き出したとなれば自暴自棄になって大きな事を起こすかもしれない。そんな思いもある。
 だが大抵は内務の動きを察して逃げ出すか、動きを自粛するのが大抵だ。この際それでもいい。一度王都の内務が目をつけたなら、地方へ逃れたとて手配が回る。易々と商売を再開することはできないだろう。
 それでも心配な事は多く、ファウストはこの日の仕事が終わると直ぐにルカの元へと向かう事にした。

 夕刻、ルカの様子を見に店に行くと随分楽しげな声が響いていた。裏口の戸を叩くと、のぞき戸から青い瞳が覗く。だがその瞳は切れ長の、宝石のように深みのある青い瞳だった。

「ランバート?」
「ファウスト様ですか。どうぞ」

 ふわりと穏やかな笑みに瞳が柔らかくなり、続いて錠が外れる音がする。そうして招かれた室内は、前日の事件など思わせぬ賑やかで温かな光景だった。
 ベージュのエプロンをつけたルカがキッチンに立ち、料理をしながらファウストに「来たの?」と苦笑する。迎えたランバートも黒いエプロンをつけて腕をまくっている。料理をしていたのがうかがえた。
 そしてもう一人、見た事の無いオレンジ色の髪をした少年がキッチンとテーブルの間を往復している。皿やグラスを運び、出来た料理を並べている。突然入ってきたファウストにも驚くことなく明るい笑みを浮かべて頭を一つ下げ、それでも仕事の手を止めていない。

「もう少しで食事ですから、座って待っててください。レオ、もう一人分食器の用意」
「はーい」

 嫌な顔一つせずに楽しげに働く少年がファウストの前に立ち、テーブルへと案内する。そして素早く皿やグラスを用意した。

「いや、ランバート待て。これは」
「それも含めてこれから話しますので、まずは大人しく待っていてください」

 ピシャリと言われてしまうとこれ以上は言えない。大人しく待つしか無くなった。
 白いシャツに黒いエプロンを着けた背中がテキパキと動く。金の髪を一括りにしているのも少し新鮮だ。ほっそりとした首のラインが見えている。
 料理がどんどん運ばれてくる。パンにスープにサラダに魚。それらが彩りよく並ぶ。最後にデカンタの水が注がれて、全員が席についた。

「では、いただきます」
「「いただきます」」

 未だに状況が飲み込めないファウストが、おどおどと挨拶をする。隣にランバート、目の前にルカが座る。そしてルカの隣には謎の少年だ。

「ランバート、まずは彼を紹介してくれ。俺には状況が飲み込めない」

 少しずつ食事を始めていたランバートの手が止まる。そして苦笑しながら一つ頷いた。

「彼はレオ。東地区の教会で孤児として育った子です。年齢は十四歳。今は教会を出て、住み込みの小間使いをしています。丁度昨日でお世話になっていた花街の契約が切れたようで、こちらに入ってもらったんです」
「小間使い?」

 ファウストはまじまじとレオを見る。素直そうな子で、明るく人見知りもない。さっきの働きをみると、仕事にも熱心で意欲的に見えた。
 だがそもそも、なぜこんな話になったのか。ファウストとしてはそこを聞きたいのだ。

「彼には店の掃除などの雑務やお使いの他に、何か起こった時に西砦やジンの所に伝令してくれるように頼みました。俺が出られればいいのですが、捕まらない事もあると思うので」
「花街も西地区も東地区も、ある程度の道はちゃんと把握してるよ。それに俺は小さいから、大人よりも素早く人の間を縫っていける。伝令なら任せて」

 トンと胸を叩くレオをみて、ファウストは驚きながらも笑いかけた。

「昨日のうちにここまで動いてくれたのか」
「静観なんて悠長な事を言っていられないように思えたので。でも今日は穏やかだったようですよ」

 ニッコリと笑うランバートに、ルカも何度も頷く。そして隣のレオを見て嬉しそうな顔をした。

「レオくんはとっても働き者なんだよ。掃除も行き届いてるし、料理の美味しい店や食材の安い店なんかもよく知ってるんだ。お客さんからも笑顔が可愛くて頑張り屋さんだって評判なんだよ」
「ルカさんとってもよくしてくれるから、俺好きだし。それに愛想ならとってもいいよ。伊達に花街の小間使いをしてないんだ。誰にだってにっこり笑顔、商売の基本だよね」

 ニコニコとしているレオの笑みは、だが今は愛想笑いではないように見える。何よりルカが楽しそうだ。ランバートが東地区から連れてきて、ジンとも繋がっているなら少なくとも敵という事もないだろう。
 溜息をつき、大きく動いている事態に苦笑する。心配していたが杞憂だった。いや、そうしてくれたのはランバートだろう。ルカだけなら手も打っていなかっただろう。

「さぁ、食事が冷めてしまう前に食べてください」

 急かされるように言われ、全員が一つの食卓を囲んで慌ただしく食事を始めた。
 食事を終えて食器を片付け、ランバートが動こうとしたのをルカとレオが止めた。話す事もあるのだろうと、察してくれた様子だった。ルカが「作業部屋使っていいよ」というので甘える事とし、ランバートを連れて移動した。

「それで、内務は動きそうなのですか?」

 丸椅子に腰を下ろしたランバートがすかさず聞いてきた。平静を装っているが心配しているのは理解できる。情のある奴だ、ルカを心から案じているのだろう。

「動く事になった。既にアルダス殿が地方へと伝令を出して過去の案件を洗っている」
「悠長ですね」
「いきなり聴取は難しいんだろう。それに、地方で起こった事件を洗い出して一緒に罪に問うつもりでもあるだろう」

 だが問題もある。この事件、加害者の名前が分からない。チェスターとランバートから店に難癖をつけていた男の特徴は聞き出せたものの、名前までは分からない。だから地方の案件も酷似した事例を洗い出すことからだ。

「ブルーノ・シーブルズという男です」
「え?」

 低く、どこか冷気を感じる声が名を告げる。ファウストは反応が遅れて、マジマジとランバートを見た。凍るような瞳だった。深く暗く、冷たく射殺すような。

「今回の案件の黒幕とおぼしき男の名です。ブルーノ・シーブルズという男を追ってください」
「どこからの情報だ」
「レオです。花街の娼婦達の荷物持ちをしている間に聞いたようです」
「間違いないのか?」
「俺も日中少し聞いてまわりましたが、間違いありません。引き抜きをしていた店の店主の名がブルーノでした」

 ならばほぼ間違いなくそいつだ。これをアルダスに伝えればより迅速に事態は進んでいく。そう思うとほっとはする。
 だがそうも言っていられないのがランバートの放つ空気だ。何かあったのかと思わせるただならない空気に、ファウストの視線も自然と険しくなった。

「何かあるのか?」
「いえ。ただ、ルカさんを悩ませたり、危害を加えようという奴が野放しでいるのは気にくわないと思うだけです」

 静かに言って瞳を閉じ、冷たい空気を内に収めたランバートの口を割らせる事は簡単じゃない。それを感じたからこそ、ファウストはそれ以上問わなかった。
 それにしても、ブルーノ・シーブルズ。どこかで聞いた事のある名だ。だが引っかかりを感じるばかりで答えは出ない。なんとも気持ちの悪い感じだった。
 ランバートの門限前に店を出て、人通りの少ないウルーラ通りを進む。その間に、ファウストはもう少し話を聞いていた。

「あのレオという子は、どういう子なんだ?」

 疑うわけでもなく、単純に知りたいと思った。十四歳、仕事をして生計を立てるには幼い年齢に思える。
 ランバートは苦笑して頷いた。

「小さな頃に両親と死別して、教会で育ったようです。十歳を過ぎたくらいから大人達の小間使いをして小遣いを貰うような子で、一年前には教会を出て住み込みで花街にいました。娼婦達の買い物の荷物持ちや配達なんかをしていて、それなりに可愛がられていましたよ」
「辛い思いをしたのだろうな」

 小さな頃に両親を失う。その辛さはファウストも人ごとではない。母親が死んだのが十歳だった。そこから父親に引き取られてシュトライザー家に入ってからは、辛い日々だった。具体的な記憶は曖昧だが、ずっと苦しかった思いがある。少し大きくなっても父とは疎遠だし、義兄は目線すら合わせない。居心地の悪さは野宿以上だ。

「レオは周囲と上手くやれる奴です。それでも、寂しさなどはあったとは思いますが。あいつ、基本笑顔なんです。そうする事で周囲との摩擦が軽減されることを知っているので。嫌いな相手にも、苦手な相手にも愛想良くするんです」
「十四でそんな処世術を身につけなければいけなかったのか」
「あまり悲観的な事ではありませんよ。まぁ、そうする事で自分を守ってきたのも否めませんが。でも、ルカさんのことは本当に好きなようです。昨日の今日でもうあのように嬉しそうにしていましたから」

 思い出したようにランバートは笑う。とても嬉しそうに、気遣う兄のような表情で。

「笑顔の多いレオですが、感情がないわけじゃないんです。嫌いな相手や苦手な相手に向ける笑顔と、好意を持っている相手に向ける笑顔は違うんです。ルカさんに向ける笑顔は本当に嬉しそうです」
「ルカも楽しそうだったな。弟ができたような感覚なのかもしれない。あいつも世話好きというか、面倒見がいいからな。あのレオという少年も変に遠慮しないのがいいのだろう」
「俺としては、ルカさんが嫌じゃなければ事件の後もレオをお願いしたいんですよね。あいつは仕事を選びませんが、花街で男は生きづらい。特に年齢があがれば。だからこそ、契約も一年で一度終わり、次の契約まで時間を空けられるんです」

 ランバートの気遣わしい表情からも、あの少年を案じていることが窺える。そしてファウストも悪くない話に思えるのだ。ルカもずっと一人だから、誰かが側にいれば楽しいだろう。弟子をそろそろ作ろうかとも言っていたし。
 やがて西砦へと到着し、ランバートが去って行く。宿舎に戻るまでの道すがら、ファウストの中ではまだ小さな骨が引っかかったような感覚が取れずにいた。
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