恋愛騎士物語1~孤独な騎士の婚活日誌~

凪瀬夜霧

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番外編:オリヴァーシリーズ

2話:オリヴァーの友人

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 夜会を抜けたその足で、オリヴァーは地下のバーへとアレックスを誘った。
 ここは会員制で静かなバー。オープンではあるものの、詮索はしない。個室もあるし、密会には適した場所だ。
 オリヴァーはカウンターに座る。隣にはアレックスが。酒を傾け、乾杯を言って一口。既に仮面も外し、二人は素顔のままここにいた。

「改めまして。私はオリヴァー・クックと申します。騎士団に所属しております」
「騎士殿でしたか! だがしかし、あまりそのようには見えません。てっきり役者などをしているのかと」
「顔だけならばそう言われる事も多々あります。実際、私の母は女優をしております」

 口元を軽く隠してクスクスと笑うオリヴァーに、アレックスは申し訳無く笑う。その笑みすらも好ましい。控え目で、眉根が寄ると男らしい精悍さが出てくる。なんて色気のある相手なのか。

「アレックス殿は、どのような方なのでしょうか?」
「あぁ、俺か? 俺は地方貴族で、一年ほど前から王都に住んでいる。貴族というよりは実業家のようなものだ。元手は少ないが、投資などをしている」
「投資、ですか?」

 アレックスは穏やかに笑って頷いた。

「貴族らしい振る舞いはあまり得意ではなくてな。自分が共感できる事業に投資し、上手くいけばフィードバックがある。現在は少し離れた温泉保養地の宿に投資している」
「温泉保養地の宿……ですか?」
「何でも客が老人ばかりで静かすぎるから、恋人達を狙った密室性の高い宿にしたいと話があって、少し。恋人達の密やかな夜というのは、是非とも確保してあげたいだろ?」

 悪戯っぽい目が一つ軽いウインクをする。それに、オリヴァーも笑って頷いた。

「人目があると途端によそよそしい振る舞いをしてしまう事もある。俺や貴方のように特殊な性癖では特に、周囲に見られる事を気にしてしまう。そういう事に気兼ねの無い場所を用意する事もいいだろ?」
「同感です。なんともじれったい人が多い私の周辺の方達には、そうした趣向の場所も必要かもしれませんね」

 アシュレーもウェインと二人きりなら、案外優しくなるかもしれない。まずはウェインがアシュレーの好意に気づく事が出来ないとダメだ。
 それにもう一人、ファウストの事も気になる。ランバートはいい相手に見えるのにどうも頑固すぎて手を引っ込めている。
 第一頑固なあの人が好意を持ち、部屋に招き、世話を焼き、あまつさえ部屋に泊めるのだから十分だ。何を躊躇っているのかが分からない。あんな良い相手はそうはいないというのに。
 深く溜息をついたオリヴァーに、アレックスは首を傾げて様子を見ている。それに気づいて、オリヴァーは苦笑した。

「騎士団は男所帯の寮生活で、生活を共にする事がほとんどなので恋愛事情も様々で。私の友人もまた素直ではない愛情の持ち主でして、見ていてじれったいのです。上手く思いを遂げてもらいたいと願うのですが、簡単ではなくて」
「それは確かに、じれったいな」

 苦笑を深めたアレックスは、ふと何かを思いだしたように隠しを探り、程なく紙を三つ出した。

「これは?」
「俺が出資している例の宿の宿泊券だ。コンセプトが成功していて、若いお客が増えたそうだ。これはその礼として受け取ったものなんだが、よければ」
「そんな、頂けませんよ!」

 驚いて差し出されたものを突っ返そうとしたが、アレックスはそれを更に突っ返してくる。

「タダで貰ったようなものだし、俺には今のところ相手がいない。期日も五月までとなっているから、このままではただの紙くずになってしまう。有効活用してもらえればそれでいい」
「タダって事はないじゃないですか。出資のお礼なのでしょ?」
「その分は現金でのフィードバックがある。これはおまけのようなものなんだ」

 そう言われてしまうと受け取らないのも失礼に思える。受け取って苦笑した。

「このお礼に、私は何をお返ししたら良いのでしょう?」
「では、今度貴方の都合の良い時にデートなどいかがか?」
「デート、ですか?」

 思わぬお誘いに目をパチパチと瞬かせる。一夜を濃厚に過ごす事はあっても、大抵の相手とはその後がない。なんというか、興味を失ってしまう。互いに体と興奮を目的にしている為、目的を果たすと途端に萎えるのだ。
 自分の職業すらも明かさない事がほとんど。だが、アレックスには多少興味がわいている。この人物は趣味を理解し、その上でオリヴァー自身に興味を抱いてくれているから。

「オリヴァー殿は、好物は?」
「甘い物です」
「ケーキやチョコは?」
「勿論」
「俺も甘い物が好きだ。今度、食べに行かないか? ラセーニョ通りに新しく、東方の国の菓子店が出来たのは知っているか?」
「知ってます! 確か、『和菓子』というのですよね? 見た目が美しく繊細で、味もしつこくない独特の食感のある甘味だと聞きました。行きたいとは思ったのですが、行けずにいたのです!」

 思わず身を乗り出して興奮気味にまくし立ててしまう。目の前の人は楽しげに「くくっ」と笑う。それが少し恥ずかしく、顔を赤くしてスツールに座り直して俯くと、ふわりと頭を撫でられた。

「では、そこに行かないか?」
「はい、是非」

 ふわりと柔らかく笑う瞳が、見守られるような温かさを持つ。こんな視線を向けてくれる相手に出会うのは初めてで、オリヴァーは多少戸惑ってしまった。

「あの、私のこれは貴方の目に奇行に映らないのでしょうか?」

 友人達はそういう。オリヴァーも自覚がある。ついつい興奮してしまうと周囲の状況も考えずに思い浮かぶままにまくし立ててしまう。初対面の人間には驚かれ引かれ、知っている友人達にはある種の病気と認識されている。
 だがアレックスは笑って首を横に振った。

「好きなものに対して熱くなる気持ちは、誰もが持っている。貴方はそうした気持ちを誰かに訴えかけたいのだと思える。知ってもらいたい、そういう気持ちもあるように思う。こうして話していても、貴方はちゃんと会話をし、俺の事を気にしている。理性のある人物だと思える。だから、微笑ましく愛らしくは映っても奇行とは思わない」

 胸の奥にグッと響く。次にはドキドキとした感情が浮かぶ。純粋に嬉しい。理解してもらえていることが嬉しいのだ。そしてこんな相手は、今までいなかった。

「アレックス殿、私は今とても嬉しい。私を変人と言わない貴方が、理解してくれようとしている貴方が嬉しい。そして私は、貴方の事をより知りたいと思っています」

 花も綻ぶような笑みを浮かべ、オリヴァーはアレックスを見上げ指で唇に触れた。頬に手を伸ばし、ほんの少し近づいて、拒まないから唇で触れる。重なった部分から痺れるような感覚が背をくすぐる。甘い痺れはちょっとだけ、瞳を潤ませた。

「今は、ここまでにいたしましょう。私は簡単に貴方を手放したくは無いと思っているようです。だからこそ、一晩でさようならにはしたくない。貴方を知って、貴方を感じて、後悔の無い夜が欲しいのです。これは、私の好意の証。そして、次の約束です」
「光栄だ、オリヴァー殿。俺も貴方とはもう少し側にいたい。だからこそ、ここまでにしよう。約束は、次の安息日。時間は十時にラセーニョ通りの銅像の前でどうだろう?」
「お昼を軽くご一緒して?」
「町を歩いて話をしながら次の店へ」
「夜は?」
「気持ちが乗れば夕食を一緒にするまでにしよう」
「その次は、あるのでしょうか?」
「それは次の休みをいかに過ごせるか、ではないかな?」

 互いに微笑み、うなずき合う。オリヴァーは満足だった。少なくとも彼と約束を重ねる間は楽しいと思えるのだから。
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