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11章:お忍び散歩
3話:西の暗雲
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日中に食べた焼き鳥がとにかく気に入ったらしいカーライルは、宣言通り肉屋の前で目を輝かせている。焼き鳥を十本ほど買い込み、更にターキーも買った。城に帰る前に秘密の家で食べてから帰るのだと言う。
「今日はすまない。助かった」
「いえ、こちらこそ有り難うございます」
カーライルの気遣いはランバートにとっても嬉しいものだった。やってきたことが無駄ではなかった。そう思えた事と、今後の明るさが見えたからだ。
「なんだか、気が引き締まりました。俺はあの方の為に力を尽くせます」
「そう言ってくれると嬉しいが、無理はするなよ。お前が無理をしたり一人で抱え込むとファウストが悲しむ。いや、苦しむか」
ビルと話しているカーライスから少し離れて見ているクラウルが、そんな事を言う。ランバートはそれに曖昧に笑う。悲しんでくれるなら嬉しいと思っている。それを、悟られないように。
目の前ではカーライルがあたふたしながらお会計を始めた。これも自分でやりたいというので叶えているのだ。見ているだけでその様子は楽しくて、二人は顔を見合わせて笑った。
「リフ?」
不意に脇から声がかかり、思わずそちらを見る。見慣れたスキンヘッドが疑問そうにランバートと隣のクラウルを見ている。
「ジン」
「お前どうしたんだ? そちらの人は」
クラウルはファウストと身長的にそう変わらない。並ぶと多少ファウストが大きいが。しかも双方黒ずくめ。威圧感も変わらない。そんな相手に、ジンは気圧されたようだった。
「まぁ、今の職場関係の人だよ」
「触れんなってことか?」
「そういうこと。ジン、お前はどうしてここにいるんだ?」
クラウルから少し前に出たランバートはジンに問う。そろそろ酒場にも人がくるだろう時間だ。
「ジャンナがビル爺のターキーが食いたいと駄々をこねてるんだよ。暴れるとしゃれにならないからな、あの女」
「ジャンナ戻ってきてるのか」
傭兵ギルドに属す女性傭兵は、最後に聞いたかぎりでは西方面に出ていたはずだ。女性としての魅力もあるのだが、それ以上に男勝りで強い。なかなか良縁に恵まれない原因はそこだ。
「今日戻ってきたんだ。何でも西がきな臭くなってきたらしい」
「西が?」
この話には、クラウルと戻ってきたカーライルも表情を険しくする。特にクラウルの雰囲気は怖い。なんだか刺すようだ。
西は特にテロリストが多く潜伏する、情勢不安な場所だ。一応は帝国に属すが、そうなったのは数年前。仕掛けられた戦争に勝ち、治めた土地だった。
「お前の耳には入れようと思ってたんだがな。ほら、去年お前攫われたって言ってただろ。ルシオ派に」
「あぁ、あれな」
忘れたりはしない、それなりに酷い目にあったのだ。それにこの一件は中途半端な解決となった。結局テロリストが何をしたかったのか、腑に落ちない部分が多かった。
「ジャンナの話じゃ、あれはルシオ派じゃないかもしれないそうだ」
「何だと?」
流石にこれにはクラウルが黙っていられなくなったのだろう。ランバートの背後まできて、ジンを見る。
「すまない、もう少し詳しく聞かせてくれ」
「頼む、ジン」
「あぁ、それは構わんが」
萎縮しながらも、ジンは聞いた話をそのまましてくれた。
「ルシオ派とレンゼール派は不仲だってのは、知ってるよな?」
「あぁ」
ルシオ派はテロリストの中でも穏健派に入る。大きな事はしないが、国の痛い部分をつつき回すのだ。政策を逆手に取った犯罪や、抜け道をつつくような犯罪。経済や商業、政策への打撃は大きいのだが流血はほぼないのが特徴だ。
対するレンゼール派というのは武闘派に属す。大きな反乱や事件を好み、度々騎士団とぶつかっている。ただ、ファウストとしてはこちらの方が助かるらしい。武力には武力で対抗できるからだ。鎮圧してしまえば後は楽なのである。
「なんでも、レンゼール派の働きでルシオ派が内部分裂して、一部がレンゼール派についたらしい。お前の事件も実は、分裂した奴らだったんじゃないか?」
ジンにも「腑に落ちない」と言っていたから、気にしてくれていたのだろう。
だが今驚くべきはそこではない。隣のクラウルがとても怖い顔をしているのだ。いや、余裕のない顔というべきか。
そしてそれはカーライルにも当てはまる。顔が僅かに青くなっている。
「ルシオ・フェルナンデスの所在は、何か言っていたか?」
「あぁ、姿が見えなくなったらしい。レンゼール派に殺されたとか、身を潜めているだけだとか、噂が行き交ってるって話だが真偽は分からない」
「そうか」
それだけを呟き、クラウルは考え込む。その側でカーライルは顔色をなくし、今にも倒れてしまいそうな雰囲気まであった。
何かあるのだろう、この二人とルシオ・フェルナンデスの間には。そうは感じたが、踏み込むべき話ではない。それも感じる。
「ジン、悪いがその周辺の情報が入ったら俺に教えてくれ。奴ら、前の事件の時に何か企んでるみたいだった。この王都で何かしようってなら被害が甚大だ」
「あぁ、分かった」
ジンが約束して肉屋へ向かう。ランバートはクラウルとカーライルを見て一つ礼をした。
「何か分かりましたら、報告します」
「助かる」
「いえ」
騎士団がこの東地区で情報を拾うのは大変だ。まだそこまで互いを受け入れていない。だが、情報が集まるのはここだろう。旅をする者が多く集まる東地区には、それだけ地方の情報や噂が入ってくる。
「大丈夫ですか、カールさん」
「え? あぁ、うん」
「お肉、冷めてしまいますから帰りましょうか」
手に持った焼き鳥を思い出したカーライルが、緩く笑って頷く。決して顔色が戻ったわけではないけれど、心配させまいとしているのは分かった。
ランバートは二人と、待ち合わせをした場所で分かれた。手に持った包みの中から一つを渡し、「今日のお礼」と言ってくれた。それを有り難く受け取り、ランバートは別れた。
それにしても、気になる。レンゼール派が動くとなれば大きな事件になりかねない。人口が密集する王都で暴れると二次被害もあるだろう。聖ユーミル祭まで後一ヶ月と少し、何事もなければいいと願うばかりだった。
◆◇◆
秘密の家に戻ってきても、カーライルは沈んだままだ。温かな焼き鳥を頬張りながらも心はここにない。味が分かっているかも疑問だ。
「クラウル」
「はい」
「ルシオを」
言いかけて口をつぐむ。泣きそうな瞳を見ると、慰めたい気持ちはある。だが、何を言えばいいか。何を言っても慰めにならない気がした。
「西に人を送って調べさせる。詳細が分かれば、知らせる」
「……ルシオ、元気にしてるかな」
力なく笑う姿は痛々しさすらある。いや、痛んでいるのだろう。五年前の事件からずっと、カーライルは懺悔しているのだから。
「クラウル、頼みがある」
「なんだ」
「ルシオを見つけたら、逃がしてやってくれ」
呟くような言葉は切実だ。そしてこれは罪だ。そんな事、カーライルが一番分かっている。
これは皇帝の言葉ではない。カーライル・フランドールという一人の人間の願いだ。
そしてクラウルの願いでもある。
「カール、それは」
「分かっている、罪だとは。だが、私はルシオに生きていてもらいたい。二度と運命が重ならなくてもいい。二度と顔を見られなくてもいい。憎まれ、恨まれたままでもいい。ただ生きていてほしいんだ。私がこの手で彼の命を奪うような事だけはしたくないんだ」
生きたまま騎士団に捕まれば、間違いなくテロリストとして裁かれる。どんな理由があってもテロリストは極刑。それを命じるのは誰でもない、カーライルだ。
「もどかしいものだ。カーライルは彼を助けたいと願っているのに、カール四世は彼を裁かなければならない。あまりに苦しくて、涙も出てこないんだ」
そう言ったカーライルの瞳は言葉のままに苦痛に歪み、流れない涙を流しているようにも見えた。
「今日はすまない。助かった」
「いえ、こちらこそ有り難うございます」
カーライルの気遣いはランバートにとっても嬉しいものだった。やってきたことが無駄ではなかった。そう思えた事と、今後の明るさが見えたからだ。
「なんだか、気が引き締まりました。俺はあの方の為に力を尽くせます」
「そう言ってくれると嬉しいが、無理はするなよ。お前が無理をしたり一人で抱え込むとファウストが悲しむ。いや、苦しむか」
ビルと話しているカーライスから少し離れて見ているクラウルが、そんな事を言う。ランバートはそれに曖昧に笑う。悲しんでくれるなら嬉しいと思っている。それを、悟られないように。
目の前ではカーライルがあたふたしながらお会計を始めた。これも自分でやりたいというので叶えているのだ。見ているだけでその様子は楽しくて、二人は顔を見合わせて笑った。
「リフ?」
不意に脇から声がかかり、思わずそちらを見る。見慣れたスキンヘッドが疑問そうにランバートと隣のクラウルを見ている。
「ジン」
「お前どうしたんだ? そちらの人は」
クラウルはファウストと身長的にそう変わらない。並ぶと多少ファウストが大きいが。しかも双方黒ずくめ。威圧感も変わらない。そんな相手に、ジンは気圧されたようだった。
「まぁ、今の職場関係の人だよ」
「触れんなってことか?」
「そういうこと。ジン、お前はどうしてここにいるんだ?」
クラウルから少し前に出たランバートはジンに問う。そろそろ酒場にも人がくるだろう時間だ。
「ジャンナがビル爺のターキーが食いたいと駄々をこねてるんだよ。暴れるとしゃれにならないからな、あの女」
「ジャンナ戻ってきてるのか」
傭兵ギルドに属す女性傭兵は、最後に聞いたかぎりでは西方面に出ていたはずだ。女性としての魅力もあるのだが、それ以上に男勝りで強い。なかなか良縁に恵まれない原因はそこだ。
「今日戻ってきたんだ。何でも西がきな臭くなってきたらしい」
「西が?」
この話には、クラウルと戻ってきたカーライルも表情を険しくする。特にクラウルの雰囲気は怖い。なんだか刺すようだ。
西は特にテロリストが多く潜伏する、情勢不安な場所だ。一応は帝国に属すが、そうなったのは数年前。仕掛けられた戦争に勝ち、治めた土地だった。
「お前の耳には入れようと思ってたんだがな。ほら、去年お前攫われたって言ってただろ。ルシオ派に」
「あぁ、あれな」
忘れたりはしない、それなりに酷い目にあったのだ。それにこの一件は中途半端な解決となった。結局テロリストが何をしたかったのか、腑に落ちない部分が多かった。
「ジャンナの話じゃ、あれはルシオ派じゃないかもしれないそうだ」
「何だと?」
流石にこれにはクラウルが黙っていられなくなったのだろう。ランバートの背後まできて、ジンを見る。
「すまない、もう少し詳しく聞かせてくれ」
「頼む、ジン」
「あぁ、それは構わんが」
萎縮しながらも、ジンは聞いた話をそのまましてくれた。
「ルシオ派とレンゼール派は不仲だってのは、知ってるよな?」
「あぁ」
ルシオ派はテロリストの中でも穏健派に入る。大きな事はしないが、国の痛い部分をつつき回すのだ。政策を逆手に取った犯罪や、抜け道をつつくような犯罪。経済や商業、政策への打撃は大きいのだが流血はほぼないのが特徴だ。
対するレンゼール派というのは武闘派に属す。大きな反乱や事件を好み、度々騎士団とぶつかっている。ただ、ファウストとしてはこちらの方が助かるらしい。武力には武力で対抗できるからだ。鎮圧してしまえば後は楽なのである。
「なんでも、レンゼール派の働きでルシオ派が内部分裂して、一部がレンゼール派についたらしい。お前の事件も実は、分裂した奴らだったんじゃないか?」
ジンにも「腑に落ちない」と言っていたから、気にしてくれていたのだろう。
だが今驚くべきはそこではない。隣のクラウルがとても怖い顔をしているのだ。いや、余裕のない顔というべきか。
そしてそれはカーライルにも当てはまる。顔が僅かに青くなっている。
「ルシオ・フェルナンデスの所在は、何か言っていたか?」
「あぁ、姿が見えなくなったらしい。レンゼール派に殺されたとか、身を潜めているだけだとか、噂が行き交ってるって話だが真偽は分からない」
「そうか」
それだけを呟き、クラウルは考え込む。その側でカーライルは顔色をなくし、今にも倒れてしまいそうな雰囲気まであった。
何かあるのだろう、この二人とルシオ・フェルナンデスの間には。そうは感じたが、踏み込むべき話ではない。それも感じる。
「ジン、悪いがその周辺の情報が入ったら俺に教えてくれ。奴ら、前の事件の時に何か企んでるみたいだった。この王都で何かしようってなら被害が甚大だ」
「あぁ、分かった」
ジンが約束して肉屋へ向かう。ランバートはクラウルとカーライルを見て一つ礼をした。
「何か分かりましたら、報告します」
「助かる」
「いえ」
騎士団がこの東地区で情報を拾うのは大変だ。まだそこまで互いを受け入れていない。だが、情報が集まるのはここだろう。旅をする者が多く集まる東地区には、それだけ地方の情報や噂が入ってくる。
「大丈夫ですか、カールさん」
「え? あぁ、うん」
「お肉、冷めてしまいますから帰りましょうか」
手に持った焼き鳥を思い出したカーライルが、緩く笑って頷く。決して顔色が戻ったわけではないけれど、心配させまいとしているのは分かった。
ランバートは二人と、待ち合わせをした場所で分かれた。手に持った包みの中から一つを渡し、「今日のお礼」と言ってくれた。それを有り難く受け取り、ランバートは別れた。
それにしても、気になる。レンゼール派が動くとなれば大きな事件になりかねない。人口が密集する王都で暴れると二次被害もあるだろう。聖ユーミル祭まで後一ヶ月と少し、何事もなければいいと願うばかりだった。
◆◇◆
秘密の家に戻ってきても、カーライルは沈んだままだ。温かな焼き鳥を頬張りながらも心はここにない。味が分かっているかも疑問だ。
「クラウル」
「はい」
「ルシオを」
言いかけて口をつぐむ。泣きそうな瞳を見ると、慰めたい気持ちはある。だが、何を言えばいいか。何を言っても慰めにならない気がした。
「西に人を送って調べさせる。詳細が分かれば、知らせる」
「……ルシオ、元気にしてるかな」
力なく笑う姿は痛々しさすらある。いや、痛んでいるのだろう。五年前の事件からずっと、カーライルは懺悔しているのだから。
「クラウル、頼みがある」
「なんだ」
「ルシオを見つけたら、逃がしてやってくれ」
呟くような言葉は切実だ。そしてこれは罪だ。そんな事、カーライルが一番分かっている。
これは皇帝の言葉ではない。カーライル・フランドールという一人の人間の願いだ。
そしてクラウルの願いでもある。
「カール、それは」
「分かっている、罪だとは。だが、私はルシオに生きていてもらいたい。二度と運命が重ならなくてもいい。二度と顔を見られなくてもいい。憎まれ、恨まれたままでもいい。ただ生きていてほしいんだ。私がこの手で彼の命を奪うような事だけはしたくないんだ」
生きたまま騎士団に捕まれば、間違いなくテロリストとして裁かれる。どんな理由があってもテロリストは極刑。それを命じるのは誰でもない、カーライルだ。
「もどかしいものだ。カーライルは彼を助けたいと願っているのに、カール四世は彼を裁かなければならない。あまりに苦しくて、涙も出てこないんだ」
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