恋愛騎士物語1~孤独な騎士の婚活日誌~

凪瀬夜霧

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12章:ルシオ・フェルナンデス消失事件

6話:妙案

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 その夜、ランバートは団長だけが集まる会議の場に引っ張り出された。全てにおいて一番話を分かっているのがランバートであるからだ。
 入った途端の緊張感に心臓が絞られるような感覚を覚えて足がなかなか出なかった。普段あれだけ落ち着いて側にいられる面々が放つただならない空気に、気圧されたのだ。

「何をしている。さっさと入ってこい」

 いつもよりも怖い顔をしたファウストに促され、一歩を踏み入れる。肌に感じる張り詰めた空気に、ランバートは上手く舌が回るかも分からない気分だった。

「さて、これで全員そろうた。では、話をまとめよう。まずはランバート、話せ」
「あの、どこから」
「陛下を伴い東地区の視察をした日からじゃ」

 議事進行を行うシウスの鋭さを感じる声にゴクリと喉が鳴る。だが、隣に立ったファウストが背を軽く叩いた事で妙な気負いが抜けた。ただ前を見据え、一つ頷いた。

「陛下と共に東地区の視察を行った日、西の異変を耳にしました。西に行っていた傭兵からの情報ということで、たまたま出会った傭兵ギルドのマスターからの話です」
「なんと?」
「西を拠点としたルシオ派とレンゼール派に異変が起こり、ルシオ派が内部分裂をしている。そうして離れた者がレンゼール派へと流れているという情報です。昨年起こった俺とファウスト様の拉致事件も、実はレンゼール派なのではないか。そうした話です」
「他にはないか」
「内部分裂の際にルシオ・フェルナンデスが行方を眩ませたという話も聞きました」

 クラウルをあえて見る事はしない。彼の思いとカーライルの願いを口にする事はしないと決めた。例えこれでどんな責めを受けたとしても、口にしていい願いではないと判断したのだ。
 だが、それはシウスも分かっていたようだ。鷹揚に頷き、クラウルへと視線を移した。

「西に人を送っておるな。どうじゃ」
「レンゼール派の動きも、ルシオ派の動きもない。それどころか、両方が西からいなくなってしまったような静けさがあるそうだ」
「人がいなくなったって、どういうこと?」

 オスカルの嫌そうな問いに、クラウルは静かに目を閉じる。が、言葉はない。代わりに口を開いたのはファウストだった。

「拠点を西から移したか、息を潜めている。そうじゃなければ、拠点から大量の人を出しての総力戦だ」
「総力戦なんて冗談じゃないよ! 聖ユーミル祭で何しようってのあいつら!」
「ルシオ派は空中分解という可能性もあろう。首領のルシオがいなくなってしまっては、組織を保つ事は難しい」

 そしてレンゼール派は王都に人を忍ばせ、時を待ち続けている。

「西の様子についてはこの通りじゃな。さて、王都の異変はもっと大変ぞ。ランバート」
「はい」

 クラウルがボロを出さないよう、シウスは全部をランバートに話させるつもりらしい。それを感じ、ランバートもクラウルを庇う気持ちがあるからこそ、嫌がらずに報告をした。正直、隣が既に低気圧ではあるのだが。

「このような情報が入ったので、また下町で何かしらの情報が掴めるのではと思い、傭兵ギルドに顔を出すようにしていました。そこで、違う情報を得ました」
「どこからだ」
「東地区にある花街の娼婦です。古い知り合いで、親しく話をする仲です」

 ほんの僅か、隣の人が眉を寄せる。心配させたのかもしれない。思って苦笑した。

「あら、ランバートやらし。花街に知り合いいるんだね」
「騎士団に入るより前の事ですよ。話、進めますよ」
「はい、どうぞ」

 ニヤリと笑い息抜きのネタに使われ、仕切り直しに咳払い一つ。真剣な目をして、ランバートは報告を続けた。

「彼女の所に妙な客が来るというのです。花街に来て、指の一本も触れずに話だけをして帰る客がいるとかで」
「普通じゃない?」
「気位の高い高級娼婦ではありませんよ。やることやるために行く場所で、触れる事もしないなんて妙です」
「そんな場所で、その男は女性に手を触れる事もしなかったんだな?」

 ファウストの言葉に、ランバートは静かに頷いた。

「話を更に聞くと、妙な引っかかりがありました。俺とファウスト様が拉致された事件について詳しかったり、当事者でなければ分からないだろう情報が出たり」
「例えば?」
「あの事件はレンゼール派が行ったんだと。俺達は捕まえた者達からの情報を信じずっとルシオ派の仕業だと思っていたはずです。ここに揺らぎが出たのはつい最近の事。言い切る事ができるのは」
「事情を知っている当事者だけか」

 ファウストは腕を組んで難しい顔をする。ランバートも頷き、先を進めた。

「友人がテロリストに利用されているのではと疑い、こっそり会えないか話して会いに行きました。ですが、怪しい客に会うことはできませんでした。そのかわり、その客が落としていったとおぼしき書き付けが落ちていたので、押収しクラウル様に預けました」

 ランバートがクラウルを見ると、クラウルは頷いて例の冊子を出した。それに、ファウストとオスカルが食いつくように見ている。

「何、この印」
「都の地図だが、何がある」
「この印の家には昨年秋くらいから新たな住人が入っている事がわかった。地方からの就労者だ」
「そんなのなんでわざわざ印つけてるのさ」
「ここに住んでいる住民はみな、不法就労者だ」

 クラウルの言葉に、オスカルの舌が止まる。ファウストも意味を察したように押し黙った。

「確かめたか」
「三分の一程度調べられたが、その全てだ」
「つまり、この印の家に住んでる住人全員が、レンゼール派のテロリストの可能性が高いってこと?」

 うんざりという様子のオスカルが明らかに眉根を寄せる。祭りのパレードを警護するのは彼ら近衛府だ。それを考えると頭が痛いのだろう。

「これで、何人なの?」
「一つの家に二~三人が生活している。多めに見繕って、三百人程度だ」
「三百だって! こんなのが全部いっぺんにパレードになだれ込んだらこっちだって守り切れないよ! 見物人と合わせて大パニック、身動き取れない間に囲まれたらどうにもならない!」

 オスカルの叫びはそのまま彼の焦りと心だ。それに、全員が沈黙する。肯定の意味だ。

「……ユーミル祭、どうにか無しにできないの?」

 しばし考えたオスカルの、それが近衛府団長の決断だと全員が受け取った。珍しく遊びのない真剣な視線が全員を見ている。

「近衛府団長として、この状況じゃ陛下の安全を守りきれない。パレードは危険すぎるし、正直に言えば祭り自体を取りやめるべきだ」
「それは出来ぬ。陛下にとって教会からの支持は捨てられぬ。信仰は民と直結じゃ、教会との円満な関係を保てねば陛下の基盤が危ぶまれる。今は良いが、教会の守護聖人を蔑ろにすれば不満が出よう。それはならぬ」
「治世の基盤を守ったって、陛下本人を守れなきゃどうしようもないだろ!」

 オスカルの怒声と気持ちは、皆にも分かる。シウスだってそれを理解できないわけではないだろう。だが、それでも譲れないのも分かる。カール四世は貴族からは不人気で、民からの支持が高い。政策も民寄りだ。その民は信仰を大切にし、教会との結びつきが強い。その教会とカール四世との間で溝ができれば、民との間にも溝ができかねない。カール四世の治世が先細る可能性が出てきてしまう。
 いがみ合うようなシウスとオスカルを見て、ファウストが溜息をついて例の地図を見つめる。食い入るような視線を向けた後、腕を組んで一つ頷いた。

「こいつらを抑えるのは、騎兵府に任せろ」
「え?」

 思わぬ事にオスカルが顔を上げる。ファウストはニヤリと鋭い笑みを浮かべて頷いた。

「こいつらがパレードを狙うなら、動き出しを捉えられる。騎兵府で当日早朝から張り、動き出しを抑える」
「簡単に」
「一斉に動くだろうから、一斉検挙が可能だろう。家から出てきた所を問答無用で取り押さえる。間違って違う者を捉えた時には俺が謝罪する。これで、危険を減らせるだろう」
「そういう事なら普段の監視は暗府が請け負う。お前以外の者には作戦実行直前まで知らせるな。下手に意識して気取られると逃げられる」
「頼む」

 クラウルとファウストの間で話が決まり、シウスも頷く。それでも、オスカルはまだ唸っていた。

「数は減らせたけどな……。陛下が行かなきゃ儀式は成り立たないし。大聖堂じゃないと儀式って出来ないんだよね?」
「大聖堂じゃないと……!」

 シウスがバンと机を叩いて立ち上がり、目を輝かせて全員を見る。

「できる。できるぞ! この祭りを使って逆に奴らをはめてやる!」
「シウス様?」
「私に妙案がある。陛下の許しと大司祭の協力がいるが、説得してみせる。さすれば陛下は大聖堂に行かずに儀式を執り行う事ができる。そして、パレードと大聖堂を使ってレンゼール派をおびき寄せようぞ」

 それほど都合のいい方法があるのか、ランバートには思いつきもしない。だがかなりの確信があるのだろう。シウスの自信は凄いものだ。

「詳しくはしばし待て。さてランバート、これで火薬の件からも陛下の身を守れるやもしれぬ」
「ちょっと待って! 火薬の件って何!!」

 新たに出てきた問題にオスカルが叫び、クラウルとファウストも顔を見合わせる。ランバートは溜息をついて、フォックスからの情報を全員に伝えた。

「レンゼール派が他国から違法に大量の火薬を買い付けたという話が、商業ギルドのマスターから出ました。量は四十トンです」
「四十トン!! ちょっ、もぉぉぉぉ! バカなんじゃないのあいつら! 何吹っ飛ばすのさそれ! いい加減にしてよぉ、頭が痛いよぉ」

 頭を抱えて蹲るオスカルがあまりに気の毒だ。だが、流石にファウストとクラウルも顔色がない。ただ一人、シウスだけは余裕の顔だ。

「まぁ、狙いが分かり日にちが分かっていればどうにかできるではないかえ」
「出来なかった時は?」
「死ぬ」
「平気な顔して言わないでよ」

 オスカルの言いようはもっともで、全員がこれには頷いた。

「奴らの狙いは陛下だ。火薬を仕掛ける場所は限られる。城か大聖堂なら、大聖堂のほうが仕掛けやすいな」
「左様じゃ。儀式の為に数時間は大聖堂にいる。確実に狙うならそこしかなかろうて」
「大聖堂は古い建物だ。それだけの火薬が一度に爆発すれば全て崩れ去る。石造りの天井の全てが落ちてくる」
「ぺっしゃんこのぐっちゃぐちゃなんて、笑えないな」

 肩を落としたオスカルは、それでも腹をくくったらしい。もうごちゃごちゃと言うのを止めてシウスを見た。

「大聖堂に陛下が行かなくても儀式が出来るのなら、陛下の命は守られるね」
「無論」
「それなら、腹をくくる。もうここまで来たらやるしかない。僕は陛下が好きだからね、あの人の治世の為に命くらい賭けてやる。シウス、ミスらないでよ」
「誰に言っておる、オスカル。私は宰相府のアルヴィースぞ。奴らに花火は上げさせぬ。全て阻止して何事もなかったように終えられねば、騎士団ではない」

 鋭い瞳を向けるシウスに、オスカルも頷く。ファウストもクラウルも、とりあえず笑みを浮かべた。

「他にも懸念事項はあるか?」
「傭兵ギルドから」
「まだあるんだ……。もういいよ、全部まとめて片付けよう。傭兵ギルドが何?」
「傭兵崩れのクズが、レンゼール派に雇われたようです。最低限の倫理すらもないような奴らです。どんな非道もやるでしょう」

 ランバートにとってはこれが一番気になる事だった。

「強いのがいるのか?」
「はい、一人。『ドラクル』と呼ばれる男で、身長は二メートル以上の怪力男で、斧を使います。加虐癖があり、金で何でも請け負うような奴です。俺は直接会ったことはありませんが、話はよく聞きます」

 村を襲って女性や子供を拉致して酷い行いをしたとか、金や農作物を奪って乱暴をしたとか。とにかく傭兵の口によく上がる人物だ。

「誰か顔を知っている奴はいないのか?」
「ジンが見た事があるそうです。明日、似せ絵を頼んでみます」
「あぁ、そうしてくれ」
「さて、話は見えた。この話は全ての準備が整うまでは他言無用。ランバート、お前はしばらくファウストの直下につけ」

 シウスの突然の命令にランバートはついて行けずにポカンとシウスを見つめ、ファウストは睨み付ける様な顔をする。

「どうしてそうなる!」
「ランバートに入ってくる下町の情報は貴重ぞ。地方からの人が多く留まるのは、やはりあの町じゃ。ゆえに、ランバートはいつでも動けるような状態にしておきたい。そして、拾ったものを直ぐに伝えてもらわねば困る。何かある度に第二師団から抜けるのも面倒よ。しばしお前の下で働くがよい」
「勝手だぞ!」
「良いではないか。忙しくて日々の細々した仕事も滞っておる。ランバートに処理してもらえば一石二鳥ぞ。ほぉ、私はなかなか優しいではないか。これも妙案」
「シウス!」

 こんなに怒られると流石にへこむ。ランバートはファウストの服を引いて、頼りなく笑った。

「ファウスト様が嫌でなければ、俺はそれで構いません」
「お前」
「あまりに何度も隊を抜けると皆不審がります。過去に経験もありますから、その実績を買われて一時的に手伝いをする。ユーミル祭までは一週間と少しですし、頷けない話ではありません」

 本当はあまり拒まれたくなかっただけ。拒絶が胸を締め付けるようになったのは、いつからだったか。今はとても不安になっている。
 黒髪をかき上げたファウストは困ったように表情を歪めたが、やがて頷いてくれた。

「では、明日からまた慌ただしい。私は明日の一番で陛下に私の考えを受け入れてくれるよう説得する。終われば教会へと赴くとしよう」
「僕はさっきの話を考慮してもう一度パレードコースを練り直す。コースへの乱入や、有事の際の避難経路と避難指示もいる」
「俺は部下に言って印のあった家の簡単な監視をしておく。悟られないように生活パターンも把握しておく」
「俺は当日の部隊編成を決めておく。だがこれは本格的に決まるまでは他に明かさない。師団長にも言うつもりはない。だから口を滑らせるなよ、ランバート」

 鋭くいわれ、頷く。
 こうしてシウスの妙案が何かを知らないまま、危機を抱えて一同は解散した。
 聖ユーミル祭まで、残り十日ほどとなっていた。
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