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十話 俺って本当にクズじゃないのか!
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「王都到着!」
一際大きな関所の門をくぐった俺は、大きな声で目的地到着を喜んだ。凄い人の数だ。凄いお店の数だ。凄く整った綺麗な街だ。
俺の横ではユーリスさんが笑っている。小さな子供を見るような目だ。
「まずはファイを馬屋に返しに行こう」
「はい」
ファイの手綱を引きながら王都の中を歩いていく。関所から近いお店らしく、お別れの時は早く訪れた。
「ファイ、有り難う。元気でね」
お別れの前、俺はファイの顔に手を触れて頬ずりした。ファイも目を細めてスリスリしてくれる。心地よい感触に、離れがたい気持ちたっぷりだ。
「ファイがこんなに人に懐くのは珍しいな。気に入られたね、君」
三十代くらいの馬屋のお兄さんが俺とファイの様子を見て笑っていた。
馬屋を出て、まずは宿屋を確保する事にした。流石王都、簡単に宿も取れた。
あの後の旅は順調だった。俺は何度かユーリスさんに事件の顛末を聞いたけれど、困ったような顔で「聞かない方がいい」というので諦めた。多分、いいことはないだろう。
「昼食を取ったら役所に行こう。そこで登録ができるから」
「はい」
宿屋の一階でも食べられるけれど、せっかくだからと外に出た。美味しそうなパンと軽食のお店を見つけてそこに。オープンテラスの席に座って外を眺めながら食事を頂いた。
役所というのはどこの世界でも一種拒絶的な雰囲気がある。この世界も然りだった。なんていうか……格式? 近寄りがたい。
戸籍に関する受付は一階で、入って直ぐに木製のカウンターが目に入った。仕切り板があり、その一つ一つに受付の人がいる。俺は兎獣人のお姉さんの受付に向かった。
明るい茶色の兎耳がひょこひょこ動いている。童顔なお姉さんで、明るい茶の瞳に黒縁丸眼鏡が特徴的な明るいお姉さんだった。
「こんにちは! 本日は入籍ですか?」
「違います!」
何の悪気もない感じのお姉さんに、俺は顔を赤くして否定した。
あの夜の記憶は曖昧だ。ただ、何をしたのかは覚えている。そりゃ、勢いってものがある。衝動と言ってもいい。何より俺は媚薬に犯されてグズグズで、ユーリスさんはそんな俺が可哀想になってしてくれたんだ。悪い事はない。ないが……恥ずかしいものは恥ずかしい!
「異世界人を保護した。登録をお願いしたい」
俺の隣で手を引いてくれていたユーリスさんが言うと、兎のお姉さんは小さく「まぁ!」と驚いていた。
「異世界人なんて、どのくらいぶりでしょう! さぁ、お掛け下さい。書類は……」
手元の機械のような物を操作している。俺の知っている知識の中ではこれはパソコンに分類される。ちょっと古い形のものだ。
「ごめんなさい、手際が悪くて。異世界から来られた方の登録なんて久しぶりで」
愛想良くニコニコしながら言うお姉さんは、やがて俺の前に四角い粘土板のような物を出した。
「これにお名前と、生年月日と、年齢を書き込んで下さい」
「それだけでいいんですか?」
普通もっと色々書くんじゃないか? 住所とか職業とか。
「異世界から来られた方はまだ色々と定まっていない事が多いので、それだけで大丈夫ですよ」
「あ……」
そうだ、俺って住む場所も仕事も決まってない。
粘土板に付属したペンを手に俺は書類に書き込んでいく。俺は日本語書いてるつもりなのに、実際に書いているのはよく分からないこの世界の言語だ。こんな時にはとても役立つ自動変換機能だと思う。
月白誠、二二歳、九月二四日生まれ。
「ツキシロマコト……マコトさんですね!」
「はい」
「マコトさん、ようこそ!」
満面の笑みで言われ、俺は嬉しくて笑う。その隣で、ユーリスさんも頷いていた。
「マコトさんの保護見届け人はそちらの方でよろしいのかしら?」
保護見届け人? 俺はユーリスさんを見上げる。俺としてはその保護見届け人が何かを説明してほしかったんだけど、ユーリスさんはペンを手にして黙って書類に書き込んだ。
「保護者はユーリス・フェン・フィアンサーユさんですね」
「え? 保護者?」
俺の世界で保護者というと父母とかになるけれど。同じ意味か?
俺の動揺をよそに、お姉さんが本体の機械を操作すると粘土板の文字が光って消えていく。よく見ればこの粘土板にはコードがついていて、本体に繋がっていた。
これ、この世界のタブレット端末かな。
最新なんだか古めかしいのか、よく分からない世界だ。
「まずは登録が終わりました。次に、ステータスの登録をいたします。その魔道具の上に手を置いてください」
「これ?」
手の形に印のついた台のような物がある。俺はその上に手を置いた。すると青白い光の粒子が俺の手を滑るように包んで、再び機械の中に吸い込まれていく。
「ステータスは……」
目の前の粘土板にステータス表示が現れる。その数値に、俺は絶望するしかなかった。
ツキシロマコト 二二歳
レベル:五
体力:三六八
攻撃力:九〇
防御力:一二八
「……これって強いの? 弱いの?」
「この世界の平均的な人間の数値で言うと、五歳児くらいだな」
「……俺って、最弱?」
俺の疑問に答えてくれる人はいなかった。
「だっ、大丈夫! 貴方の保護者さんは高ランクの冒険者で竜人族ですもの、一生養ってくださいますわよ!」
お姉さん、フォローになってないよ。
まぁ、がっかりではあるけれどある程度想定済みというか。そんなに俺、期待してないし。
「でも、経験値を積めばレベルは上がりますし数値も! それに学力などはまた別ですわ! 異世界人の方への支援も手厚いので、ご利用ください」
お姉さんは俺の前にいくつかのパンフレットのような物を出してくる。学術支援学校の案内、職業支援施設の案内、職人修行案内。
「これらの施設をご利用の場合、授業料の貸し付けが可能です」
「貸し付け?」
てことは、無料ではない。それは悩みどころだ。
「はい。卒業後に就職していただき、そこから返してもらう事になります。あっ、でもその間の寮生活費については無料ですわ」
俺は悩んでしまう。一応大学生だけど、そこまで勉強が好きというわけでもない。成績もへーぼんぼん。かといって手先が器用なわけでも、クリエイティブなスキルがあるわけでも、キラリと光るアイディアがあるわけでもない。
やばい、俺本格的に何もできないかも。
「マコトは料理が上手いだろ? そういう道もあるんじゃないのか?」
「そうなのですか! ありますよ、料理人見習いの募集! これは学校ではなく住み込みで修業するので国からお金
を貸し付ける事はありません」
「あぁ……」
なんかそれも、ちょっとではある。料理は好きだけれど、それを仕事にしてしまうのは違う。趣味が義務になると途端に嫌いになってしまいそうだ。俺ってダメだ。
迷う俺の肩をユーリスさんが叩く。そして、とても優しい目をしてくれた。
「これから教会にも行って、スキルを見てもらおう。身の振りを考えるのはその後でもいいはずだ」
「スキル?」
「スキルとは秘められた特殊な能力ですわ。肉体の増強や、魔法に関するもの。他にも特殊なアイテムの生成に関わるものもあります」
そっか、そういうものもあるのか。もしそんな眠れる才能があるなら、いい仕事があるかもしれない。俺は頷いて、そのスキルに賭ける事にした。
「それでは最後にこちらを腕にはめてください」
お姉さんから手渡されたのは見た事のある腕輪。金の輪っかに青い宝石のついたものだ。それを腕にはめるけれど、ぶかぶかだ。落としそうだと思っていると、輪っかは突然キュッと縮んでジャストサイズにピッタリはまった。
「動いても絶対に落ちませんし、サイズが変わっても合わせて大きさが変わります。勿論、お風呂に入っても錆びたり壊れたりしませんわ」
いったいどんな素材で出来ているんだろう。
何にしても俺はこうしてこの世界の人間として、ようやく一歩を踏み出す事ができた。
一際大きな関所の門をくぐった俺は、大きな声で目的地到着を喜んだ。凄い人の数だ。凄いお店の数だ。凄く整った綺麗な街だ。
俺の横ではユーリスさんが笑っている。小さな子供を見るような目だ。
「まずはファイを馬屋に返しに行こう」
「はい」
ファイの手綱を引きながら王都の中を歩いていく。関所から近いお店らしく、お別れの時は早く訪れた。
「ファイ、有り難う。元気でね」
お別れの前、俺はファイの顔に手を触れて頬ずりした。ファイも目を細めてスリスリしてくれる。心地よい感触に、離れがたい気持ちたっぷりだ。
「ファイがこんなに人に懐くのは珍しいな。気に入られたね、君」
三十代くらいの馬屋のお兄さんが俺とファイの様子を見て笑っていた。
馬屋を出て、まずは宿屋を確保する事にした。流石王都、簡単に宿も取れた。
あの後の旅は順調だった。俺は何度かユーリスさんに事件の顛末を聞いたけれど、困ったような顔で「聞かない方がいい」というので諦めた。多分、いいことはないだろう。
「昼食を取ったら役所に行こう。そこで登録ができるから」
「はい」
宿屋の一階でも食べられるけれど、せっかくだからと外に出た。美味しそうなパンと軽食のお店を見つけてそこに。オープンテラスの席に座って外を眺めながら食事を頂いた。
役所というのはどこの世界でも一種拒絶的な雰囲気がある。この世界も然りだった。なんていうか……格式? 近寄りがたい。
戸籍に関する受付は一階で、入って直ぐに木製のカウンターが目に入った。仕切り板があり、その一つ一つに受付の人がいる。俺は兎獣人のお姉さんの受付に向かった。
明るい茶色の兎耳がひょこひょこ動いている。童顔なお姉さんで、明るい茶の瞳に黒縁丸眼鏡が特徴的な明るいお姉さんだった。
「こんにちは! 本日は入籍ですか?」
「違います!」
何の悪気もない感じのお姉さんに、俺は顔を赤くして否定した。
あの夜の記憶は曖昧だ。ただ、何をしたのかは覚えている。そりゃ、勢いってものがある。衝動と言ってもいい。何より俺は媚薬に犯されてグズグズで、ユーリスさんはそんな俺が可哀想になってしてくれたんだ。悪い事はない。ないが……恥ずかしいものは恥ずかしい!
「異世界人を保護した。登録をお願いしたい」
俺の隣で手を引いてくれていたユーリスさんが言うと、兎のお姉さんは小さく「まぁ!」と驚いていた。
「異世界人なんて、どのくらいぶりでしょう! さぁ、お掛け下さい。書類は……」
手元の機械のような物を操作している。俺の知っている知識の中ではこれはパソコンに分類される。ちょっと古い形のものだ。
「ごめんなさい、手際が悪くて。異世界から来られた方の登録なんて久しぶりで」
愛想良くニコニコしながら言うお姉さんは、やがて俺の前に四角い粘土板のような物を出した。
「これにお名前と、生年月日と、年齢を書き込んで下さい」
「それだけでいいんですか?」
普通もっと色々書くんじゃないか? 住所とか職業とか。
「異世界から来られた方はまだ色々と定まっていない事が多いので、それだけで大丈夫ですよ」
「あ……」
そうだ、俺って住む場所も仕事も決まってない。
粘土板に付属したペンを手に俺は書類に書き込んでいく。俺は日本語書いてるつもりなのに、実際に書いているのはよく分からないこの世界の言語だ。こんな時にはとても役立つ自動変換機能だと思う。
月白誠、二二歳、九月二四日生まれ。
「ツキシロマコト……マコトさんですね!」
「はい」
「マコトさん、ようこそ!」
満面の笑みで言われ、俺は嬉しくて笑う。その隣で、ユーリスさんも頷いていた。
「マコトさんの保護見届け人はそちらの方でよろしいのかしら?」
保護見届け人? 俺はユーリスさんを見上げる。俺としてはその保護見届け人が何かを説明してほしかったんだけど、ユーリスさんはペンを手にして黙って書類に書き込んだ。
「保護者はユーリス・フェン・フィアンサーユさんですね」
「え? 保護者?」
俺の世界で保護者というと父母とかになるけれど。同じ意味か?
俺の動揺をよそに、お姉さんが本体の機械を操作すると粘土板の文字が光って消えていく。よく見ればこの粘土板にはコードがついていて、本体に繋がっていた。
これ、この世界のタブレット端末かな。
最新なんだか古めかしいのか、よく分からない世界だ。
「まずは登録が終わりました。次に、ステータスの登録をいたします。その魔道具の上に手を置いてください」
「これ?」
手の形に印のついた台のような物がある。俺はその上に手を置いた。すると青白い光の粒子が俺の手を滑るように包んで、再び機械の中に吸い込まれていく。
「ステータスは……」
目の前の粘土板にステータス表示が現れる。その数値に、俺は絶望するしかなかった。
ツキシロマコト 二二歳
レベル:五
体力:三六八
攻撃力:九〇
防御力:一二八
「……これって強いの? 弱いの?」
「この世界の平均的な人間の数値で言うと、五歳児くらいだな」
「……俺って、最弱?」
俺の疑問に答えてくれる人はいなかった。
「だっ、大丈夫! 貴方の保護者さんは高ランクの冒険者で竜人族ですもの、一生養ってくださいますわよ!」
お姉さん、フォローになってないよ。
まぁ、がっかりではあるけれどある程度想定済みというか。そんなに俺、期待してないし。
「でも、経験値を積めばレベルは上がりますし数値も! それに学力などはまた別ですわ! 異世界人の方への支援も手厚いので、ご利用ください」
お姉さんは俺の前にいくつかのパンフレットのような物を出してくる。学術支援学校の案内、職業支援施設の案内、職人修行案内。
「これらの施設をご利用の場合、授業料の貸し付けが可能です」
「貸し付け?」
てことは、無料ではない。それは悩みどころだ。
「はい。卒業後に就職していただき、そこから返してもらう事になります。あっ、でもその間の寮生活費については無料ですわ」
俺は悩んでしまう。一応大学生だけど、そこまで勉強が好きというわけでもない。成績もへーぼんぼん。かといって手先が器用なわけでも、クリエイティブなスキルがあるわけでも、キラリと光るアイディアがあるわけでもない。
やばい、俺本格的に何もできないかも。
「マコトは料理が上手いだろ? そういう道もあるんじゃないのか?」
「そうなのですか! ありますよ、料理人見習いの募集! これは学校ではなく住み込みで修業するので国からお金
を貸し付ける事はありません」
「あぁ……」
なんかそれも、ちょっとではある。料理は好きだけれど、それを仕事にしてしまうのは違う。趣味が義務になると途端に嫌いになってしまいそうだ。俺ってダメだ。
迷う俺の肩をユーリスさんが叩く。そして、とても優しい目をしてくれた。
「これから教会にも行って、スキルを見てもらおう。身の振りを考えるのはその後でもいいはずだ」
「スキル?」
「スキルとは秘められた特殊な能力ですわ。肉体の増強や、魔法に関するもの。他にも特殊なアイテムの生成に関わるものもあります」
そっか、そういうものもあるのか。もしそんな眠れる才能があるなら、いい仕事があるかもしれない。俺は頷いて、そのスキルに賭ける事にした。
「それでは最後にこちらを腕にはめてください」
お姉さんから手渡されたのは見た事のある腕輪。金の輪っかに青い宝石のついたものだ。それを腕にはめるけれど、ぶかぶかだ。落としそうだと思っていると、輪っかは突然キュッと縮んでジャストサイズにピッタリはまった。
「動いても絶対に落ちませんし、サイズが変わっても合わせて大きさが変わります。勿論、お風呂に入っても錆びたり壊れたりしませんわ」
いったいどんな素材で出来ているんだろう。
何にしても俺はこうしてこの世界の人間として、ようやく一歩を踏み出す事ができた。
応援ありがとうございます!
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