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【ユーリス編】本編余談
3話:初めての野宿
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初めてマコトと野宿をする事になった日、ただテントを出しただけで彼は随分と楽しそうにしている。タープまで張ると「本格的!」と更に喜んでいる。
どうやらマコトの世界ではテントを張って野外に泊まるというのは特別な事らしく、イベントだと言っていた。同時に、子供の頃の思い出だとも。
年の半分くらいをテントで生活している俺からすると既になんの感情もなく、ごく普通の生活風景になっているのだが、それでも今日は少し特別に思う。誰かと一緒にテントで寝るというのは、思えば初めての事だった。
テントの周辺に結界を張り、中で眠る。俺の眠りは少し浅くなっていた。隣で無防備に眠るマコトの寝顔を見ていると、少し落ち着かない感じがした。こうして誰かと野宿をするのが初めてだからだろう。同時に、彼を守らなければと気を張っているからだ。
とても無防備な寝顔だ。こうして隣にいる男が、多少気があるのだと疑いもしない。なんて愛らしく、そして残酷な仕打ちだろうか。この全幅の信頼を、俺はきっと裏切れない。
そうして浅い眠りを繰り返していると、不意に草を踏む音が聞こえた。耳を澄ませ、周囲を探る。今出ていくような距離ではないし、不慣れなマコトを一人残してゆくわけにもいかない。この結界は外からの害意を弾きはするが、中からの出入りは簡単にできてしまう。マコトが焦って結界の外に出てしまう方が危険だ。
やがて樹木を切り裂くミシミシという大きな音がして、マコトは驚いて飛び起きた。恐怖に怯える表情、所在なく彷徨う手が何かを探している。俺はその手をしっかりと握り、ここにいるのだと教えた。
「なっ、なに?」
目に見えて震え、歯の根も合わないマコトが可哀想だ。思えばここまで一度もモンスターに会ってはいない。こんな事の方が珍しかった。この世界にきて、これがマコトにとって初めてのモンスターだ。怯えても仕方がない。
「片付けてくる」
このままではのんびりと寝られない。マコトの体力を考えると深い睡眠は必要だ。
俺は立ち上がり、外を見る。うなり声から狼系のモンスターだろうと推測する。この程度、結界で十分防ぐことができるが問題は数が増える事だ。こいつらは危険と判断したり、狩りをするときに仲間を呼ぶ。そうなると煩い。
行こうとしたその足を、不意に掴む手があった。見ればマコトが俺の足を掴んで首を横に振っている。震える手が、「行って欲しくない」と全力で主張している。怖いのだろう、当たり前だ、彼の世界ではモンスターなどいなかったのだから。
震える体をそっと抱き寄せた。カタカタと歯が鳴るほどに怯えている。今にもその黒い瞳から涙がこぼれ落ちてしまいそうなのを見て、俺は改めてこの腕の中にある温かな者を守らなければと思った。
「大丈夫、このテントの周りには結界を張ってある。突破されることはない」
「それなら」
「行かないで」という言葉が聞こえそうな様子に、俺は立ち上がって入り口へと向かった。そう言われては行きたくなくなってしまうきがした。テントの入り口をめくり上げる。その瞬間に見えたモンスターの姿に、マコトは瞳を更に見開いた。
「怖いなら中にいろ。直ぐに終わるから」
外へ出た俺を追って、マコトはテントから顔を出している。震えながら、それでもモンスターを見ている。怖いだろうに。
「ウオオオオオオオオオン!」
咆吼を上げたフレイムハウンドは俺を狩ろうと足を出すが、その動きはまだ拙い。大きさから考えてもまだ若いだろう。だが、それが気になった。このくらいの奴は大抵が群れの中にいる。そこで狩りの方法を学んだりするのだ。一匹でいる事は少ない。
はぐれたのか?
群れのボスとぶつかって、群れを追われる奴もいる。所属する群れに異常事態があって混乱してはぐれる、もしくはこいつ以外が全滅したという可能性もある。
後者であれば厄介だ。モンスターの住み分けられたテリトリーで異変があった証拠だ。それは住まう人間や他の種族が起こしている可能性もあるし、元々ここにいるはずのないモンスターが突如出現した可能性もある。
厄介な事にならなければいいが。
俺はフレイムハウンドにトドメの一撃を与えて倒すと、剣を引き抜く。
「まったく、人騒がせだ」
せっかくの穏やかな夜を騒がせる事態を苦々しく思いながら呟いた俺に向かって、マコトは駆け出してくる。恐怖に震えたまま転がるように俺に抱きつく彼が、とても可哀想で胸が苦しい。
「もう大丈夫だ、マコト」
「ちが……」
俺は首を傾げる。モンスターなら倒したからと、そういう意味で笑いかけたのだがマコトは未だ震えながら「違うと」訴えている。何か違ったのだろうか。黒い濡れた瞳を見ても、俺には彼の心が見えない。
「怪我」
「ん?」
「怪我、してな」
その言葉に、俺の胸は熱く滾っていく。まさか、怪我の心配をされているなんて思わなかった。こんなモンスターなど取るに足らないというのに。
なおもガタガタと震えながら俺の体を確かめるようにしているマコトが、愛しくてたまらない。巡る血の熱さと激しく突き上げるような衝動に、俺は細い体を強く抱きしめていた。
「平気だ、どこも痛くはないよ」
「よか……」
「有り難う、心配してくれて」
途端、ぽろっと溢れた涙を見て俺の理性は一瞬切れた。
逃がさないように抱きしめて、そのままキスをしていた。マコトの唇は想像していた通り柔らかくて、その唾液は蜜のように甘い。夢中で唇を吸い、舌を絡めて官能を誘った。匂い立つ誘惑の香りが鼻孔をくすぐりクラクラする。血が沸騰するような熱など感じた事がない。
間近で見た黒い瞳が熱に濡れ、頬や目尻が上気している。艶めかしく開く唇から、チラリと見える愛らしい舌。幼い果実を刈り取るような背徳感に、俺はふと冷静になった。
「すまない、俺は!」
マコトは男とこうした行為を行う事に嫌悪があるはず。いや、この蕩けるような表情からは嫌悪は感じ取れないが、それでも躊躇いがあるはずだ。下手をすれば俺に対して恐怖を感じるかもしれない。当然だ、好意を持っていない相手との性的な接触など、慣れた俺でも辟易するし、臆病ならば怖いと思って距離を取りたくなるだろう。
俺はそれが怖い。もしもマコトに避けられたら。そんな事、辛すぎる。
手を離し、謝って、衝動を抑えられなかった己のバカさ加減に嫌悪していると、不意にくすくすと笑う声が聞こえた。驚いて見たその先で、マコトはとても柔らかく、穏やかに笑っていた。
どうやらマコトの世界ではテントを張って野外に泊まるというのは特別な事らしく、イベントだと言っていた。同時に、子供の頃の思い出だとも。
年の半分くらいをテントで生活している俺からすると既になんの感情もなく、ごく普通の生活風景になっているのだが、それでも今日は少し特別に思う。誰かと一緒にテントで寝るというのは、思えば初めての事だった。
テントの周辺に結界を張り、中で眠る。俺の眠りは少し浅くなっていた。隣で無防備に眠るマコトの寝顔を見ていると、少し落ち着かない感じがした。こうして誰かと野宿をするのが初めてだからだろう。同時に、彼を守らなければと気を張っているからだ。
とても無防備な寝顔だ。こうして隣にいる男が、多少気があるのだと疑いもしない。なんて愛らしく、そして残酷な仕打ちだろうか。この全幅の信頼を、俺はきっと裏切れない。
そうして浅い眠りを繰り返していると、不意に草を踏む音が聞こえた。耳を澄ませ、周囲を探る。今出ていくような距離ではないし、不慣れなマコトを一人残してゆくわけにもいかない。この結界は外からの害意を弾きはするが、中からの出入りは簡単にできてしまう。マコトが焦って結界の外に出てしまう方が危険だ。
やがて樹木を切り裂くミシミシという大きな音がして、マコトは驚いて飛び起きた。恐怖に怯える表情、所在なく彷徨う手が何かを探している。俺はその手をしっかりと握り、ここにいるのだと教えた。
「なっ、なに?」
目に見えて震え、歯の根も合わないマコトが可哀想だ。思えばここまで一度もモンスターに会ってはいない。こんな事の方が珍しかった。この世界にきて、これがマコトにとって初めてのモンスターだ。怯えても仕方がない。
「片付けてくる」
このままではのんびりと寝られない。マコトの体力を考えると深い睡眠は必要だ。
俺は立ち上がり、外を見る。うなり声から狼系のモンスターだろうと推測する。この程度、結界で十分防ぐことができるが問題は数が増える事だ。こいつらは危険と判断したり、狩りをするときに仲間を呼ぶ。そうなると煩い。
行こうとしたその足を、不意に掴む手があった。見ればマコトが俺の足を掴んで首を横に振っている。震える手が、「行って欲しくない」と全力で主張している。怖いのだろう、当たり前だ、彼の世界ではモンスターなどいなかったのだから。
震える体をそっと抱き寄せた。カタカタと歯が鳴るほどに怯えている。今にもその黒い瞳から涙がこぼれ落ちてしまいそうなのを見て、俺は改めてこの腕の中にある温かな者を守らなければと思った。
「大丈夫、このテントの周りには結界を張ってある。突破されることはない」
「それなら」
「行かないで」という言葉が聞こえそうな様子に、俺は立ち上がって入り口へと向かった。そう言われては行きたくなくなってしまうきがした。テントの入り口をめくり上げる。その瞬間に見えたモンスターの姿に、マコトは瞳を更に見開いた。
「怖いなら中にいろ。直ぐに終わるから」
外へ出た俺を追って、マコトはテントから顔を出している。震えながら、それでもモンスターを見ている。怖いだろうに。
「ウオオオオオオオオオン!」
咆吼を上げたフレイムハウンドは俺を狩ろうと足を出すが、その動きはまだ拙い。大きさから考えてもまだ若いだろう。だが、それが気になった。このくらいの奴は大抵が群れの中にいる。そこで狩りの方法を学んだりするのだ。一匹でいる事は少ない。
はぐれたのか?
群れのボスとぶつかって、群れを追われる奴もいる。所属する群れに異常事態があって混乱してはぐれる、もしくはこいつ以外が全滅したという可能性もある。
後者であれば厄介だ。モンスターの住み分けられたテリトリーで異変があった証拠だ。それは住まう人間や他の種族が起こしている可能性もあるし、元々ここにいるはずのないモンスターが突如出現した可能性もある。
厄介な事にならなければいいが。
俺はフレイムハウンドにトドメの一撃を与えて倒すと、剣を引き抜く。
「まったく、人騒がせだ」
せっかくの穏やかな夜を騒がせる事態を苦々しく思いながら呟いた俺に向かって、マコトは駆け出してくる。恐怖に震えたまま転がるように俺に抱きつく彼が、とても可哀想で胸が苦しい。
「もう大丈夫だ、マコト」
「ちが……」
俺は首を傾げる。モンスターなら倒したからと、そういう意味で笑いかけたのだがマコトは未だ震えながら「違うと」訴えている。何か違ったのだろうか。黒い濡れた瞳を見ても、俺には彼の心が見えない。
「怪我」
「ん?」
「怪我、してな」
その言葉に、俺の胸は熱く滾っていく。まさか、怪我の心配をされているなんて思わなかった。こんなモンスターなど取るに足らないというのに。
なおもガタガタと震えながら俺の体を確かめるようにしているマコトが、愛しくてたまらない。巡る血の熱さと激しく突き上げるような衝動に、俺は細い体を強く抱きしめていた。
「平気だ、どこも痛くはないよ」
「よか……」
「有り難う、心配してくれて」
途端、ぽろっと溢れた涙を見て俺の理性は一瞬切れた。
逃がさないように抱きしめて、そのままキスをしていた。マコトの唇は想像していた通り柔らかくて、その唾液は蜜のように甘い。夢中で唇を吸い、舌を絡めて官能を誘った。匂い立つ誘惑の香りが鼻孔をくすぐりクラクラする。血が沸騰するような熱など感じた事がない。
間近で見た黒い瞳が熱に濡れ、頬や目尻が上気している。艶めかしく開く唇から、チラリと見える愛らしい舌。幼い果実を刈り取るような背徳感に、俺はふと冷静になった。
「すまない、俺は!」
マコトは男とこうした行為を行う事に嫌悪があるはず。いや、この蕩けるような表情からは嫌悪は感じ取れないが、それでも躊躇いがあるはずだ。下手をすれば俺に対して恐怖を感じるかもしれない。当然だ、好意を持っていない相手との性的な接触など、慣れた俺でも辟易するし、臆病ならば怖いと思って距離を取りたくなるだろう。
俺はそれが怖い。もしもマコトに避けられたら。そんな事、辛すぎる。
手を離し、謝って、衝動を抑えられなかった己のバカさ加減に嫌悪していると、不意にくすくすと笑う声が聞こえた。驚いて見たその先で、マコトはとても柔らかく、穏やかに笑っていた。
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