特殊スキル「安産」で異世界を渡り歩く方法

凪瀬夜霧

文字の大きさ
23 / 63
【ユーリス編】本編余談

3話:初めての野宿

しおりを挟む
 初めてマコトと野宿をする事になった日、ただテントを出しただけで彼は随分と楽しそうにしている。タープまで張ると「本格的!」と更に喜んでいる。
 どうやらマコトの世界ではテントを張って野外に泊まるというのは特別な事らしく、イベントだと言っていた。同時に、子供の頃の思い出だとも。
 年の半分くらいをテントで生活している俺からすると既になんの感情もなく、ごく普通の生活風景になっているのだが、それでも今日は少し特別に思う。誰かと一緒にテントで寝るというのは、思えば初めての事だった。

 テントの周辺に結界を張り、中で眠る。俺の眠りは少し浅くなっていた。隣で無防備に眠るマコトの寝顔を見ていると、少し落ち着かない感じがした。こうして誰かと野宿をするのが初めてだからだろう。同時に、彼を守らなければと気を張っているからだ。
 とても無防備な寝顔だ。こうして隣にいる男が、多少気があるのだと疑いもしない。なんて愛らしく、そして残酷な仕打ちだろうか。この全幅の信頼を、俺はきっと裏切れない。

 そうして浅い眠りを繰り返していると、不意に草を踏む音が聞こえた。耳を澄ませ、周囲を探る。今出ていくような距離ではないし、不慣れなマコトを一人残してゆくわけにもいかない。この結界は外からの害意を弾きはするが、中からの出入りは簡単にできてしまう。マコトが焦って結界の外に出てしまう方が危険だ。
 やがて樹木を切り裂くミシミシという大きな音がして、マコトは驚いて飛び起きた。恐怖に怯える表情、所在なく彷徨う手が何かを探している。俺はその手をしっかりと握り、ここにいるのだと教えた。

「なっ、なに?」

 目に見えて震え、歯の根も合わないマコトが可哀想だ。思えばここまで一度もモンスターに会ってはいない。こんな事の方が珍しかった。この世界にきて、これがマコトにとって初めてのモンスターだ。怯えても仕方がない。

「片付けてくる」

 このままではのんびりと寝られない。マコトの体力を考えると深い睡眠は必要だ。
 俺は立ち上がり、外を見る。うなり声から狼系のモンスターだろうと推測する。この程度、結界で十分防ぐことができるが問題は数が増える事だ。こいつらは危険と判断したり、狩りをするときに仲間を呼ぶ。そうなると煩い。
 行こうとしたその足を、不意に掴む手があった。見ればマコトが俺の足を掴んで首を横に振っている。震える手が、「行って欲しくない」と全力で主張している。怖いのだろう、当たり前だ、彼の世界ではモンスターなどいなかったのだから。
 震える体をそっと抱き寄せた。カタカタと歯が鳴るほどに怯えている。今にもその黒い瞳から涙がこぼれ落ちてしまいそうなのを見て、俺は改めてこの腕の中にある温かな者を守らなければと思った。

「大丈夫、このテントの周りには結界を張ってある。突破されることはない」
「それなら」

 「行かないで」という言葉が聞こえそうな様子に、俺は立ち上がって入り口へと向かった。そう言われては行きたくなくなってしまうきがした。テントの入り口をめくり上げる。その瞬間に見えたモンスターの姿に、マコトは瞳を更に見開いた。

「怖いなら中にいろ。直ぐに終わるから」

 外へ出た俺を追って、マコトはテントから顔を出している。震えながら、それでもモンスターを見ている。怖いだろうに。

「ウオオオオオオオオオン!」

 咆吼を上げたフレイムハウンドは俺を狩ろうと足を出すが、その動きはまだ拙い。大きさから考えてもまだ若いだろう。だが、それが気になった。このくらいの奴は大抵が群れの中にいる。そこで狩りの方法を学んだりするのだ。一匹でいる事は少ない。

 はぐれたのか?

 群れのボスとぶつかって、群れを追われる奴もいる。所属する群れに異常事態があって混乱してはぐれる、もしくはこいつ以外が全滅したという可能性もある。
 後者であれば厄介だ。モンスターの住み分けられたテリトリーで異変があった証拠だ。それは住まう人間や他の種族が起こしている可能性もあるし、元々ここにいるはずのないモンスターが突如出現した可能性もある。

 厄介な事にならなければいいが。

 俺はフレイムハウンドにトドメの一撃を与えて倒すと、剣を引き抜く。

「まったく、人騒がせだ」

 せっかくの穏やかな夜を騒がせる事態を苦々しく思いながら呟いた俺に向かって、マコトは駆け出してくる。恐怖に震えたまま転がるように俺に抱きつく彼が、とても可哀想で胸が苦しい。

「もう大丈夫だ、マコト」
「ちが……」

 俺は首を傾げる。モンスターなら倒したからと、そういう意味で笑いかけたのだがマコトは未だ震えながら「違うと」訴えている。何か違ったのだろうか。黒い濡れた瞳を見ても、俺には彼の心が見えない。

「怪我」
「ん?」
「怪我、してな」

 その言葉に、俺の胸は熱く滾っていく。まさか、怪我の心配をされているなんて思わなかった。こんなモンスターなど取るに足らないというのに。
 なおもガタガタと震えながら俺の体を確かめるようにしているマコトが、愛しくてたまらない。巡る血の熱さと激しく突き上げるような衝動に、俺は細い体を強く抱きしめていた。

「平気だ、どこも痛くはないよ」
「よか……」
「有り難う、心配してくれて」

 途端、ぽろっと溢れた涙を見て俺の理性は一瞬切れた。
 逃がさないように抱きしめて、そのままキスをしていた。マコトの唇は想像していた通り柔らかくて、その唾液は蜜のように甘い。夢中で唇を吸い、舌を絡めて官能を誘った。匂い立つ誘惑の香りが鼻孔をくすぐりクラクラする。血が沸騰するような熱など感じた事がない。
 間近で見た黒い瞳が熱に濡れ、頬や目尻が上気している。艶めかしく開く唇から、チラリと見える愛らしい舌。幼い果実を刈り取るような背徳感に、俺はふと冷静になった。

「すまない、俺は!」

 マコトは男とこうした行為を行う事に嫌悪があるはず。いや、この蕩けるような表情からは嫌悪は感じ取れないが、それでも躊躇いがあるはずだ。下手をすれば俺に対して恐怖を感じるかもしれない。当然だ、好意を持っていない相手との性的な接触など、慣れた俺でも辟易するし、臆病ならば怖いと思って距離を取りたくなるだろう。
 俺はそれが怖い。もしもマコトに避けられたら。そんな事、辛すぎる。

 手を離し、謝って、衝動を抑えられなかった己のバカさ加減に嫌悪していると、不意にくすくすと笑う声が聞こえた。驚いて見たその先で、マコトはとても柔らかく、穏やかに笑っていた。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果

ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。 そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。 2023/04/06 後日談追加

運悪く放課後に屯してる不良たちと一緒に転移に巻き込まれた俺、到底馴染めそうにないのでソロで無双する事に決めました。~なのに何故かついて来る…

こまの ととと
BL
『申し訳ございませんが、皆様には今からこちらへと来て頂きます。強制となってしまった事、改めて非礼申し上げます』  ある日、教室中に響いた声だ。  ……この言い方には語弊があった。  正確には、頭の中に響いた声だ。何故なら、耳から聞こえて来た感覚は無く、直接頭を揺らされたという感覚に襲われたからだ。  テレパシーというものが実際にあったなら、確かにこういうものなのかも知れない。  問題はいくつかあるが、最大の問題は……俺はただその教室近くの廊下を歩いていただけという事だ。 *当作品はカクヨム様でも掲載しております。

【完】心配性は異世界で番認定された狼獣人に甘やかされる

おはぎ
BL
起きるとそこは見覚えのない場所。死んだ瞬間を思い出して呆然としている優人に、騎士らしき人たちが声を掛けてくる。何で頭に獣耳…?とポカンとしていると、その中の狼獣人のカイラが何故か優しくて、ぴったり身体をくっつけてくる。何でそんなに気遣ってくれるの?と分からない優人は大きな身体に怯えながら何とかこの別世界で生きていこうとする話。 知らない世界に来てあれこれ考えては心配してしまう優人と、優人が可愛くて仕方ないカイラが溺愛しながら支えて甘やかしていきます。

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

悪役令嬢の兄でしたが、追放後は参謀として騎士たちに囲まれています。- 第1巻 - 婚約破棄と一族追放

大の字だい
BL
王国にその名を轟かせる名門・ブラックウッド公爵家。 嫡男レイモンドは比類なき才知と冷徹な眼差しを持つ若き天才であった。 だが妹リディアナが王太子の許嫁でありながら、王太子が心奪われたのは庶民の少女リーシャ・グレイヴェル。 嫉妬と憎悪が社交界を揺るがす愚行へと繋がり、王宮での婚約破棄、王の御前での一族追放へと至る。 混乱の只中、妹を庇おうとするレイモンドの前に立ちはだかったのは、王国騎士団副団長にしてリーシャの異母兄、ヴィンセント・グレイヴェル。 琥珀の瞳に嗜虐を宿した彼は言う―― 「この才を捨てるは惜しい。ゆえに、我が手で飼い馴らそう」 知略と支配欲を秘めた騎士と、没落した宰相家の天才青年。 耽美と背徳の物語が、冷たい鎖と熱い口づけの中で幕を開ける。

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

召喚失敗、成れの果て【完結】

米派
BL
勇者召喚に失敗され敵地に飛ばされた少年が、多腕の人外に保護される話。 ※異種間での交友なので、会話は一切不可能です。

処理中です...