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【クラウル×ゼロス】ゼロスの結婚狂想曲
5話:残火
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翌日、のんびりと起きたゼロスは僅かな違和感くらいでホッとした。結局一晩で三回、互いに求め合った結果だった。それでこのダメージなら上出来だろう。
これも全部、クラウルが丁寧に優しくしてくれたからだ。無理はなかったし、途中休憩も挟んだ。約束を守ってくれたのだ。
ゼロスも終始自分の意識も意志もあった。実はこれは珍しい。いつも二回目の途中くらいから訳が分からなくなる。そうして気づいたら朝というパターンだ。
ただ、今回はこれは嫌だった。
無事に起き上がり、ローブを着てリビングへと向かうとコーヒーのいい匂いがする。キッチンに立つクラウルの背中は少し忙しい。テーブルにはバケットに入ったパンが数種類。
「起きたのか?」
「あぁ、おはよう」
「おはよう。少し待っていてくれ、卵が焼けたら終わりだ」
卵と、ベーコンの焼ける匂いがする。大人しく席に着くと丁度焼き上がったのか、皿に乗ったベーコンエッグが置かれた。コップには牛乳、木製のボールにはサラダがある。
「どうしたんだ、こんなに」
「中央のコテージで用意してもらった。卵だけは冷めてしまうし、この位なら俺でもできるからそこだけな」
「悪い、寝坊した」
「構わない。むしろもっと寝ていてもよかったんだぞ?」
「そんなには寝ていられない」
そもそも早起きの習慣がつく騎士団にいるのだ、休日に寝過ごすだけでもたまにヒヤリとする。寝ぼけながら慌てて着替えて日付を見て、ドッと疲れるなんてのは誰もが経験することだ。
目の前にはクラウルが作った朝食。それを見るゼロスは自然と笑みを浮かべていた。
「美味しそうだ。いただきます」
「あぁ」
焼きたてのパンと、シャキシャキのサラダ。塩味のあるベーコンエッグの黄身は半熟だ。それをパンに絡めて食べ進めるのが好きだ。
「今日は浜に出てみないか? せっかく海水パンツも買っただろ」
「あぁ、そうしようか」
「体は平気か?」
心配そうな表情で聞いてくるクラウルに、ゼロスはフッと笑った。
「まったく問題ない」
本当に、ほぼ問題がないくらいだ。
手早く朝食を食べ、二人で着替えて浜に出た。
それにしてもクラウルに海水パンツなんて似合わないと思ったのは間違いだった。現在、目のやり場に困る。
黒の膝くらいまであるゆったりとした海水パンツ。上半身は裸だが、上に白いシャツを一枚羽織っている。当然前はあけてあるので、引き締まった上半身が明るい陽光の下に晒されている。
思わず自分の体を見下ろして、ゼロスは羽織っているシャツの前を閉めた。
「暑いだろ」
「いい」
「見せてくれないのか?」
「たまに、アンタの隣に並びたくない時がある」
「ははっ、可愛いな」
「腹が立つな」
まぁ、暑いので直ぐに開ける事になるのだが。
そうして二人で波打ち際まで来ると、冷たい海水が足元を濡らす。それが心地よくて、ゼロスはパシャリと蹴り上げた。
「そういえば、泳げるのか?」
「一応は。クラウルも泳げるだろ?」
「泳げるが苦手だ。あまり浮かないからな」
「あぁ……」
その筋肉じゃ浮かないだろうな。とは、流石に言わなかった。
足は浸したが海に入るつもりは二人ともなかった。木陰に腰を下ろし、今は涼んでる。敷物を敷いて、冷たい飲み物を置いて。その膝に、クラウルがごろんと寝転がるからゼロスは驚いてしまった。
「どうした!」
「少し眠い」
「戻るか?」
「ここが気持ちいい。悪いが、少し膝を貸してくれ」
「……いいけれど」
男の膝枕は、気持ちがいいものなのだろうか?
とは思うが、それを口にはしない。それに新鮮だ、クラウルを見下ろすのは。
少し、疲れているだろうか。思えばずっとリードしてくれたし、疲れていてもおかしくない。
黒髪を手で梳くと、彼は目を閉じたまま嬉しそうに笑った。
「くすぐったいな」
「疲れていたのか?」
「いや、気の緩みだ。あまりに平和で、幸せで、楽しくてな。ふと、甘えてみたくなった」
そんな事を邪気のない様子で言われたらどうしたらいいんだ。自然と心臓が早鐘を打つようで、ゼロスは動けなくなった。
「昨夜は、無理をさせなかったか?」
「平気だろ?」
「……抑えがきかなくなりそうで、少し焦った。お前を前にすると俺はいつも余裕がない。年上として少しばかり恥ずかしいが、こればかりは仕方がないかもしれない」
「いつも大人な対応をしているだろ。それに夜の事はお互い様な所があると思う。俺も……拒んでいないんだ」
上を向いたクラウルがふと寂しげに笑って手を伸ばしてくる。少し屈んで受け入れて、そのままそっとキスをした。
「この旅行も、浮かれている。本当はもっとお前に触れたかったのに、勿体なくて半端になって。それで昨日あんなに抱いてしまった」
「触れればよかっただろ。俺も拒まなかったのに」
「勿体なかったんだ。深く触れてしまったらそのまま抱き潰してしまいそうだった。そうしたら翌日、動けなくなるだろ。せっかく二人きりで旅行できているのに、何処にも行けないなんてことになるのは勿体ない」
そんな事を思っていたのか。
知ると、なんだか可愛い。大人の余裕ばかりを見せられるから、この不意打ちは胸にくる。
ゼロスは笑って、額にキスをする。そして黒髪を手で梳いた。
「また、こよう」
「そうだな」
風が心地よく過ぎる。木陰は暑い日差しを適度に遮る。その下で、クラウルは目を閉じたまま本当に寝息を立て始めた。普段ならこんな屋外で無防備に眠るなんてしない。余程疲れていたって自分の安心出来る場所でなければ熟睡なんて出来ない人だ。普段の眠りも浅い方なのに。
「……」
どうしよう、この信頼が既に嬉しい。この人にとってゼロスの居る場所が安心出来る場所になっているということなのだろう。髪を梳いても様子は変わらない。
明日にはこの地を離れる。長い休みは終わってしまう。日常が戻ってくる。それが、なんだかとても嫌になるのだ。
その日の夜は中央のコテージで食事をして、夜に二階へと上がった。天窓のある小部屋に大きな毛布を持ち込み、二人で空を見上げている。柔らかなラグは寝転んでもまったく痛くはない。
王都よりも星が多く見える気がする。その隣にクラウルは座っている。
「痛くないか?」
「野宿慣れしてるから平気だ」
「慣れたくないな」
「逞しいだろ」
苦笑が返ってきて、同じように隣に寝転がる人を感じる。手はそれとなく繋いだ。
「明日には帰るんだな」
「あぁ。帰りたくなくなる」
「俺もだよ」
騎士団に戻ればこの人はまた厳しい顔をする。国を、仲間を守る為に。
でも今のクラウルが本来なんだろう。暗府団長を離れた彼はこんなにも穏やかでよく笑う。甘え、照れたりなんかもして。
もう少しこのまま、一分でも一秒でも長く時間を共に過ごしていきたい。
「気持ちいいな、案外」
「ここで寝るか?」
「流石に体が痛くなりそうだ。ゼロスは眠いのか?」
「眠くない」
というのは、少し嘘だ。本当は少し眠い。だが、寝てしまうのが惜しい。
笑ったクラウルが毛布を引き寄せてそれをゼロスへと掛ける。寝返りを打って此方を見る人は、とても自然な表情を浮かべていた。
「無理しなくていいから、寝てしまえ。運んでやる」
「重いし、いい」
「お前一人くらい平気だ」
「それはそれで腹が立つ」
「相変わらずそういうプライドは高いな」
「俺は男だ」
「分かっている」
楽しそうな声。背中を向けると当然のように腰に腕が回って、背にぴったりと温もりが触れた。
「お前は男で、かっこよくて、頼もしい」
「クラウルに言われてもな……」
「頼りにしている、本当だ。俺の精神面を支えてくれているのはお前なんだ、自信を持ってくれ。お前がいるから、俺は安らぎを得ているんだ」
そんなの、日中の様子を見れば分かった。大きすぎる信頼に少し尻込みしたくらいだ。でも、嬉しいんだ。クラウルに寄りかかってばかりじゃないんだと思えた事が、とても。
温もりは穏やかな眠りを連れてくる。合わさった熱がトロトロと気を緩めてしまう。今日がここで過ごす最後の夜なのに、もう少し起きていたいのに。
意識が少しずつ蕩けて落ちていくのに抵抗しながらも逆らえない。項の辺りにクラウルの息も感じる。それが余計に心地よくて、いつの間にかゼロスの意識は消えていった。
◆◇◆
翌朝、気づくとベッドで寝ていた。けれど背中にはクラウルが張り付いていて、腹にはしっかりと手が回っていた。こういう所が可愛いと思えてしまうのはもう重症だが、これでいいのだ。もう、伴侶なのだから。
それから程なくして二人で起きて荷物を纏め、中央コテージで朝食を取っていると支配人が来て、名残惜しそうな顔をした。
「またいつでもいらしてくださいね」
「あぁ、必ず。とても充実した休みを過ごす事ができた。有り難う」
「とてもご親切にしていただきまして、有り難うございます。また来たいです」
「えぇ、お待ちしておりますね」
にっこりと微笑んだ支配人と握手をして、またくる事を誓って、ゼロスとクラウルは帰路についた。
久々に馬に乗って向かったのは、予定していた町だった。王都へは残すところ半日という距離だが、町についた時には空が茜色になりつつあった。
「予定通りついたな」
「あぁ」
無理をすれば帰れるが、今日はここで一泊していく。明日の昼少し前に王都へと到着予定だ。
だが、その町の入口に知っている姿を見つけたゼロスは足を止め、酷い胸騒ぎを覚えた。
「クラウル様、ゼロス!」
「ランバート」
二人で顔を見合わせる。クラウルは既に仕事の顔をしている。それを見るのがどこか寂しかった。
「どうした、ランバート」
「ここではちょっと。とりあえず宿へ」
制服のまま馬を傍らにするランバートに促されるまま、二人は宿泊予定だった宿へと向かった。
宿に入ってすぐに部屋に。きっちりと窓も扉も閉めてから、ランバートはようやく話し出した。
「実は、不穏な動きがあるとかで」
「不穏な動き?」
視線が険しくなり、眉間に皺が寄る。鋭く緊張する空気はしばらく感じていなかったものだ。
「具体的には」
「……ゼロス、これはまだ俺で止まっている話なんだ。騒ぎが大きくなるとまずい」
「分かっている」
本当に何があったのか、不安が募る。
ランバートは一度息を吐き出してから、改めて言葉を発した。
「陛下への不穏な噂があり、暗府が動いています。実害があったわけではありませんが、今はまだ王子殿下もお小さいので」
「そうか……」
クラウルは何かを悩んでいるようだった。多分、旅の終わりを考えている。
何か事が起こったわけではないが、事が起こってからでは遅いのも確か。それを未然に防ぐのがクラウル達暗府の仕事だ。
ゼロスもこのまま、側にいて欲しいとは思う。別に何処に行くわけでもなかったが、この人にもう少し穏やかに過ごしてもらいたかった。
だが、我が儘を言うわけにはいかない。上官としてかっこいいこの人を最初に好きになった。皆が憧れる暗府団長の背中を一番に押してやるのが、ゼロスの務めではないのか。
「クラウル、戻ってくれ」
「え?」
「何かがあってからでは遅いだろ」
「だが……」
申し訳ない顔をする。ランバートも同じようなものだ。
寂しいのは、確かだ。けれど大丈夫、繋がっている。
「俺では二人に馬で追いつけないだろうし、流石に疲れた。ここで予定通り一泊して、明日戻る。心配しないでくれ」
伝えると、クラウルはやや迷ってから徐に振り返り、ギュッとゼロスを抱きしめる。人前だった。けれどもう、あまり気にはならなかった。ゼロスもクラウルの背中に素直に手を回して抱きしめた。
「明日の昼までに終わらせる。帰ってきたら、残りの休みを一緒に過ごしてくれるか?」
「あぁ、分かった。のんびりと帰るから、しっかり」
「あぁ」
互いの背中を一つトンと叩いて健闘を祈り、離れた。
「悪いな、ゼロス」
「ランバートも、無理するなよ」
「あぁ」
空は茜から濃紺に変わろうとしている。そんな中をクラウルとランバートは王都へ向けて走っていく。やっぱり、クラウルはゼロスに合わせて馬を走らせていた。去って行く彼等はとても早かった。
一人残されたゼロスはグッと腹に力を入れて背を向け、宿に戻って早々に眠りについた。
一人のベッドは、この日なかなか温まらない気がした。
これも全部、クラウルが丁寧に優しくしてくれたからだ。無理はなかったし、途中休憩も挟んだ。約束を守ってくれたのだ。
ゼロスも終始自分の意識も意志もあった。実はこれは珍しい。いつも二回目の途中くらいから訳が分からなくなる。そうして気づいたら朝というパターンだ。
ただ、今回はこれは嫌だった。
無事に起き上がり、ローブを着てリビングへと向かうとコーヒーのいい匂いがする。キッチンに立つクラウルの背中は少し忙しい。テーブルにはバケットに入ったパンが数種類。
「起きたのか?」
「あぁ、おはよう」
「おはよう。少し待っていてくれ、卵が焼けたら終わりだ」
卵と、ベーコンの焼ける匂いがする。大人しく席に着くと丁度焼き上がったのか、皿に乗ったベーコンエッグが置かれた。コップには牛乳、木製のボールにはサラダがある。
「どうしたんだ、こんなに」
「中央のコテージで用意してもらった。卵だけは冷めてしまうし、この位なら俺でもできるからそこだけな」
「悪い、寝坊した」
「構わない。むしろもっと寝ていてもよかったんだぞ?」
「そんなには寝ていられない」
そもそも早起きの習慣がつく騎士団にいるのだ、休日に寝過ごすだけでもたまにヒヤリとする。寝ぼけながら慌てて着替えて日付を見て、ドッと疲れるなんてのは誰もが経験することだ。
目の前にはクラウルが作った朝食。それを見るゼロスは自然と笑みを浮かべていた。
「美味しそうだ。いただきます」
「あぁ」
焼きたてのパンと、シャキシャキのサラダ。塩味のあるベーコンエッグの黄身は半熟だ。それをパンに絡めて食べ進めるのが好きだ。
「今日は浜に出てみないか? せっかく海水パンツも買っただろ」
「あぁ、そうしようか」
「体は平気か?」
心配そうな表情で聞いてくるクラウルに、ゼロスはフッと笑った。
「まったく問題ない」
本当に、ほぼ問題がないくらいだ。
手早く朝食を食べ、二人で着替えて浜に出た。
それにしてもクラウルに海水パンツなんて似合わないと思ったのは間違いだった。現在、目のやり場に困る。
黒の膝くらいまであるゆったりとした海水パンツ。上半身は裸だが、上に白いシャツを一枚羽織っている。当然前はあけてあるので、引き締まった上半身が明るい陽光の下に晒されている。
思わず自分の体を見下ろして、ゼロスは羽織っているシャツの前を閉めた。
「暑いだろ」
「いい」
「見せてくれないのか?」
「たまに、アンタの隣に並びたくない時がある」
「ははっ、可愛いな」
「腹が立つな」
まぁ、暑いので直ぐに開ける事になるのだが。
そうして二人で波打ち際まで来ると、冷たい海水が足元を濡らす。それが心地よくて、ゼロスはパシャリと蹴り上げた。
「そういえば、泳げるのか?」
「一応は。クラウルも泳げるだろ?」
「泳げるが苦手だ。あまり浮かないからな」
「あぁ……」
その筋肉じゃ浮かないだろうな。とは、流石に言わなかった。
足は浸したが海に入るつもりは二人ともなかった。木陰に腰を下ろし、今は涼んでる。敷物を敷いて、冷たい飲み物を置いて。その膝に、クラウルがごろんと寝転がるからゼロスは驚いてしまった。
「どうした!」
「少し眠い」
「戻るか?」
「ここが気持ちいい。悪いが、少し膝を貸してくれ」
「……いいけれど」
男の膝枕は、気持ちがいいものなのだろうか?
とは思うが、それを口にはしない。それに新鮮だ、クラウルを見下ろすのは。
少し、疲れているだろうか。思えばずっとリードしてくれたし、疲れていてもおかしくない。
黒髪を手で梳くと、彼は目を閉じたまま嬉しそうに笑った。
「くすぐったいな」
「疲れていたのか?」
「いや、気の緩みだ。あまりに平和で、幸せで、楽しくてな。ふと、甘えてみたくなった」
そんな事を邪気のない様子で言われたらどうしたらいいんだ。自然と心臓が早鐘を打つようで、ゼロスは動けなくなった。
「昨夜は、無理をさせなかったか?」
「平気だろ?」
「……抑えがきかなくなりそうで、少し焦った。お前を前にすると俺はいつも余裕がない。年上として少しばかり恥ずかしいが、こればかりは仕方がないかもしれない」
「いつも大人な対応をしているだろ。それに夜の事はお互い様な所があると思う。俺も……拒んでいないんだ」
上を向いたクラウルがふと寂しげに笑って手を伸ばしてくる。少し屈んで受け入れて、そのままそっとキスをした。
「この旅行も、浮かれている。本当はもっとお前に触れたかったのに、勿体なくて半端になって。それで昨日あんなに抱いてしまった」
「触れればよかっただろ。俺も拒まなかったのに」
「勿体なかったんだ。深く触れてしまったらそのまま抱き潰してしまいそうだった。そうしたら翌日、動けなくなるだろ。せっかく二人きりで旅行できているのに、何処にも行けないなんてことになるのは勿体ない」
そんな事を思っていたのか。
知ると、なんだか可愛い。大人の余裕ばかりを見せられるから、この不意打ちは胸にくる。
ゼロスは笑って、額にキスをする。そして黒髪を手で梳いた。
「また、こよう」
「そうだな」
風が心地よく過ぎる。木陰は暑い日差しを適度に遮る。その下で、クラウルは目を閉じたまま本当に寝息を立て始めた。普段ならこんな屋外で無防備に眠るなんてしない。余程疲れていたって自分の安心出来る場所でなければ熟睡なんて出来ない人だ。普段の眠りも浅い方なのに。
「……」
どうしよう、この信頼が既に嬉しい。この人にとってゼロスの居る場所が安心出来る場所になっているということなのだろう。髪を梳いても様子は変わらない。
明日にはこの地を離れる。長い休みは終わってしまう。日常が戻ってくる。それが、なんだかとても嫌になるのだ。
その日の夜は中央のコテージで食事をして、夜に二階へと上がった。天窓のある小部屋に大きな毛布を持ち込み、二人で空を見上げている。柔らかなラグは寝転んでもまったく痛くはない。
王都よりも星が多く見える気がする。その隣にクラウルは座っている。
「痛くないか?」
「野宿慣れしてるから平気だ」
「慣れたくないな」
「逞しいだろ」
苦笑が返ってきて、同じように隣に寝転がる人を感じる。手はそれとなく繋いだ。
「明日には帰るんだな」
「あぁ。帰りたくなくなる」
「俺もだよ」
騎士団に戻ればこの人はまた厳しい顔をする。国を、仲間を守る為に。
でも今のクラウルが本来なんだろう。暗府団長を離れた彼はこんなにも穏やかでよく笑う。甘え、照れたりなんかもして。
もう少しこのまま、一分でも一秒でも長く時間を共に過ごしていきたい。
「気持ちいいな、案外」
「ここで寝るか?」
「流石に体が痛くなりそうだ。ゼロスは眠いのか?」
「眠くない」
というのは、少し嘘だ。本当は少し眠い。だが、寝てしまうのが惜しい。
笑ったクラウルが毛布を引き寄せてそれをゼロスへと掛ける。寝返りを打って此方を見る人は、とても自然な表情を浮かべていた。
「無理しなくていいから、寝てしまえ。運んでやる」
「重いし、いい」
「お前一人くらい平気だ」
「それはそれで腹が立つ」
「相変わらずそういうプライドは高いな」
「俺は男だ」
「分かっている」
楽しそうな声。背中を向けると当然のように腰に腕が回って、背にぴったりと温もりが触れた。
「お前は男で、かっこよくて、頼もしい」
「クラウルに言われてもな……」
「頼りにしている、本当だ。俺の精神面を支えてくれているのはお前なんだ、自信を持ってくれ。お前がいるから、俺は安らぎを得ているんだ」
そんなの、日中の様子を見れば分かった。大きすぎる信頼に少し尻込みしたくらいだ。でも、嬉しいんだ。クラウルに寄りかかってばかりじゃないんだと思えた事が、とても。
温もりは穏やかな眠りを連れてくる。合わさった熱がトロトロと気を緩めてしまう。今日がここで過ごす最後の夜なのに、もう少し起きていたいのに。
意識が少しずつ蕩けて落ちていくのに抵抗しながらも逆らえない。項の辺りにクラウルの息も感じる。それが余計に心地よくて、いつの間にかゼロスの意識は消えていった。
◆◇◆
翌朝、気づくとベッドで寝ていた。けれど背中にはクラウルが張り付いていて、腹にはしっかりと手が回っていた。こういう所が可愛いと思えてしまうのはもう重症だが、これでいいのだ。もう、伴侶なのだから。
それから程なくして二人で起きて荷物を纏め、中央コテージで朝食を取っていると支配人が来て、名残惜しそうな顔をした。
「またいつでもいらしてくださいね」
「あぁ、必ず。とても充実した休みを過ごす事ができた。有り難う」
「とてもご親切にしていただきまして、有り難うございます。また来たいです」
「えぇ、お待ちしておりますね」
にっこりと微笑んだ支配人と握手をして、またくる事を誓って、ゼロスとクラウルは帰路についた。
久々に馬に乗って向かったのは、予定していた町だった。王都へは残すところ半日という距離だが、町についた時には空が茜色になりつつあった。
「予定通りついたな」
「あぁ」
無理をすれば帰れるが、今日はここで一泊していく。明日の昼少し前に王都へと到着予定だ。
だが、その町の入口に知っている姿を見つけたゼロスは足を止め、酷い胸騒ぎを覚えた。
「クラウル様、ゼロス!」
「ランバート」
二人で顔を見合わせる。クラウルは既に仕事の顔をしている。それを見るのがどこか寂しかった。
「どうした、ランバート」
「ここではちょっと。とりあえず宿へ」
制服のまま馬を傍らにするランバートに促されるまま、二人は宿泊予定だった宿へと向かった。
宿に入ってすぐに部屋に。きっちりと窓も扉も閉めてから、ランバートはようやく話し出した。
「実は、不穏な動きがあるとかで」
「不穏な動き?」
視線が険しくなり、眉間に皺が寄る。鋭く緊張する空気はしばらく感じていなかったものだ。
「具体的には」
「……ゼロス、これはまだ俺で止まっている話なんだ。騒ぎが大きくなるとまずい」
「分かっている」
本当に何があったのか、不安が募る。
ランバートは一度息を吐き出してから、改めて言葉を発した。
「陛下への不穏な噂があり、暗府が動いています。実害があったわけではありませんが、今はまだ王子殿下もお小さいので」
「そうか……」
クラウルは何かを悩んでいるようだった。多分、旅の終わりを考えている。
何か事が起こったわけではないが、事が起こってからでは遅いのも確か。それを未然に防ぐのがクラウル達暗府の仕事だ。
ゼロスもこのまま、側にいて欲しいとは思う。別に何処に行くわけでもなかったが、この人にもう少し穏やかに過ごしてもらいたかった。
だが、我が儘を言うわけにはいかない。上官としてかっこいいこの人を最初に好きになった。皆が憧れる暗府団長の背中を一番に押してやるのが、ゼロスの務めではないのか。
「クラウル、戻ってくれ」
「え?」
「何かがあってからでは遅いだろ」
「だが……」
申し訳ない顔をする。ランバートも同じようなものだ。
寂しいのは、確かだ。けれど大丈夫、繋がっている。
「俺では二人に馬で追いつけないだろうし、流石に疲れた。ここで予定通り一泊して、明日戻る。心配しないでくれ」
伝えると、クラウルはやや迷ってから徐に振り返り、ギュッとゼロスを抱きしめる。人前だった。けれどもう、あまり気にはならなかった。ゼロスもクラウルの背中に素直に手を回して抱きしめた。
「明日の昼までに終わらせる。帰ってきたら、残りの休みを一緒に過ごしてくれるか?」
「あぁ、分かった。のんびりと帰るから、しっかり」
「あぁ」
互いの背中を一つトンと叩いて健闘を祈り、離れた。
「悪いな、ゼロス」
「ランバートも、無理するなよ」
「あぁ」
空は茜から濃紺に変わろうとしている。そんな中をクラウルとランバートは王都へ向けて走っていく。やっぱり、クラウルはゼロスに合わせて馬を走らせていた。去って行く彼等はとても早かった。
一人残されたゼロスはグッと腹に力を入れて背を向け、宿に戻って早々に眠りについた。
一人のベッドは、この日なかなか温まらない気がした。
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