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【クラウル×ゼロス】ゼロスの結婚狂想曲
6話:ゼロスの結婚式
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結局眠れないまま夜を明かし、だいぶ早い時間に宿を後にした。ふと隣を確認してしまうが、そこにクラウルはいない。その事実に打ちのめされるような気がして、そんな事を思う自分に嫌気がして、ゼロスは何度となく溜息をついた。
そうしてトボトボと王都へと戻ってくると、中央関所でランバートが待っていた。その表情はどことなく明るい。それだけでも、昨日の問題が解決したのだと思えて多少気分が浮上した。
「おかえり、ゼロス」
「あぁ、ただいま。上手くいったのか?」
「あぁ、バッチリだ」
悪い顔をして笑うランバートの様子にホッとする。その間に中央関所の隊員が馬を預かり荷物まで運んでくれると言う。首を傾げながらも有り難く申し出を受けた。今月の街警は第一師団だし、申し出てくれたのは後輩だ。気を利かせてくれたのかもしれない。
そうしてランバートと連れだって歩き出した。
「悪いな、出迎えが俺で。他は事後処理でバタついているんだ」
「分かってる、そんな事で文句を言ったりはしない」
「拗ねてないか?」
「拗ねてない」
ニヤリと笑われてそっぽを向いたゼロスを、ランバートは可笑しそうに笑った。
「楽しい旅行になったみたいだな」
「え?」
「いい顔してる」
楽しかった、純粋に。思い出して、ゼロスはふと笑った。
「楽しかったよ」
「それなら、よかった」
ランバートも、もう茶化したりはしない。穏やかに笑って頷いた。
「それと、クラウル様がお前が帰ってきたら宿舎じゃない場所に案内してほしいと言われたんだ。残りの休日を楽しみたいって」
「それは構わないが、あの人も忙しいだろ?」
「元々休みの所を無理言って戻ってもらったから、クラウル様には最低限でいいって皆でさ。そう時間はかからない。指定の場所はこっちだ」
そう言ってランバートは西地区の、少し奥まった方へと案内していく。通り過ぎる町並み、それは少しずつ見覚えのあるものに変わっていく。
何かの予感がある。知っている限り、ゼロスはこの道を知っている。
そうして辿り着いた屋敷は、もう確信だった。
「…………いつからだ」
「何の事だ?」
「お前達、いつから謀ってた」
呆然と立ち尽くすその屋敷は、以前ランバートとファウストの婚約式を行った屋敷だ。元々はカールの母の生家で、今はカールが所有している。
隣の悪友はニヤリと笑う。その顔を、ゼロスは忌々しく睨み付けた。
「謀られる側の気持ちが分かったか?」
「……嫌と言うほどわかった。で、本当にいつからだ」
「クラウル様の長期休暇の話から」
「そんなに最初からか!」
ということは、この長期休暇の話自体が今日この日の準備だったのか? 旅行で浮かれている間に、ランバートもグルになってみんなで。いや、そもそもクラウルは長期休暇をカールから打診されたと言っていた。ということはカールもこの件に絡んでいる。そうでなければこの屋敷は使えない。当然ヴィンセントもグルだ。
「……頭が痛くなってきた」
「俺達に秘密で結婚式挙げるからだ」
「そこも織り込み済みなのかよ」
「グリフィス様が教会の話をすれば、お前は飛びつくと思ったしな。まぁ、確立半々だったけれど」
「当然クラウルもグルだな」
「まぁ、勿論だ」
「はぁぁ……」
本当に、知らぬは己ばかりだったのだ。
ランバートが手を引く。その顔は悪戯っぽい笑顔だったが、邪気はない。だからこそゼロスも強い反発はないのだ。むしろ少し……申し訳なかった。
「俺達も祝いたいんだよ」
「悪かった」
「じゃあ、大人しく観念してくれ」
まったく、その通りなのだろうな。
大人しく屋敷に入ってすぐ、ランバートに連れられて入った部屋には家族みんながいた。母と父、そして兄二人。穏やかな様子で迎える父とは違い、母はどこか涙ぐんでいた。
「ゼロス」
「お袋」
いつもよりめかし込んだ母が近づいて、抱きしめて背中を叩く。これに、ゼロスは申し訳ないような気がしてしまった。祝ってくれる人を無視してしまったような後ろめたさがあった。
側に父もきて、一つ頷く。そして、たった一言だった。
「いいんだな?」
「あぁ」
腹は決まった。だからこそ二人で結婚式も挙げた。
泣く母の肩にそっと手を添えて離したゼロスはスッと背を伸ばし、きっちりと深くお辞儀をした。
「親父、お袋、今まで俺を育ててくれて、感謝している。散々迷惑も、心配もかけたと思う。でも、俺は二人の子供でよかった。勝手ばかりをする俺を叱りながらも見捨てないでいてくれて、有り難う」
伝えると、父はただ頷いて母は泣いた。その後ろで二人の兄もちょっと涙ぐんでいた。
「俺はこれから、クラウルと生きていく。もうフラフラしたりはしないし、自分の事も大事にしていく。だから、心配しないでくれ」
「ちゃんと、向こうのご家族とも上手くやっていくんだぞ」
「たまには帰ってきなさいね。勿論、クラウルさんも一緒にね」
「あぁ、分かってるよ」
笑顔で伝えると、母はハンカチで涙を拭って笑顔を作った。そして、用意してあったのだろう白いジャケットを着せてくれた。
「かっこいいわよ、ゼロス。流石、私の自慢の息子」
「有り難う、お袋」
「嫌ね、突然しっかりして。もう……これ以上泣かせないでちょうだい」
そんな事を話していると、不意にドアがノックされた。出てみるとそこにはクラウルの母であるナディアと、兄のライゼンがいた。
「ゼロスさん、そしてご家族の皆様、ご挨拶に伺いました」
「まぁ、ナディアさん! わざわざ有り難うございます」
母が涙を拭って笑顔を浮かべ出迎えると、ナディアも穏やかに微笑んで一礼する。そしてまず、ゼロスの前に立った。
「ゼロスさん、あの子を選んでくれて有り難うございます」
「え? いえ、そんな! 俺の方こそ迎えて頂けて」
「あの子ね、貴方じゃなきゃ嫌だなんて言うのよ」
「え……」
クスクスと笑うナディアはとても嬉しそうにして、そっとゼロスの胸にコサージュを差してくれた。
「急な話で驚いてね、ちょっと窘めたの。そうしたら頭を下げてそんな事を言うんですもの、驚いたわ。今のタイミングを逃したら今度はいつか分からないって」
「俺が悪いんです! クラウルは俺と籍を入れたいと何度も言ってくれたのに、俺が踏ん切りがつかなくて。彼を不安にさせてしまった俺にも責任があります」
考えればランバート達なんかは何ヶ月……いや、年単位で準備をしてすり合わせをしていたんじゃ。それを考えれば急な話だったんだ。特にライゼンなどは仕事もしている。一日空けるだけでも調整が必要だったに違いない。
にもかかわらずこうしていてくれるのだ。改めて申し訳なく、ゼロスは頭を下げた。
「本当に、有り難うございます。お忙しい中、来て頂けて。にもかかわらずご挨拶が遅れてしまって」
伝えたら、ナディアはライゼンと顔を見合わせ、そして笑った。
「そんな顔をなさらないで、ゼロスさん。今日だけは笑っていてくださいな」
「君が泣くとアレが煩いんだ。二人の祝いの日だからね、今日だけは何も考えずに笑っていてくれ」
温かく迎えてくれるナディアがハンカチを取り出して笑い、ライゼンが肩を叩く。ちゃんと受け入れてくれる。それを感じて、ゼロスは確かに笑った。
少しして、両親や兄弟、クラウルの家族も会場へと向かっていった。控え室にはゼロス一人になる。静かで、なんだか全部が夢のようだった。
そこに黒いタキシードを着た長身の人が入ってきて、申し訳なく笑った。
「酷い奴。これは立派な説教案件だぞ」
「すまなかった、ゼロス」
苦笑しながら近づいてくる人を怒ったりなんてしていない。不思議と心は凪いでいて、全部を受け入れる気持ちができている。
クラウルもそれを分かっているのだろう。ゆっくりと近づいて、そっと抱きしめた。
「これでも抑えてもらったんだ、許してくれ」
「当初の計画は?」
「城のパーティー会場を貸し切り」
「クラウルは立派な仕事をした」
「許してくれるか?」
「怒ってないよ」
思っていたよりも恥ずかしくはなくなっているんだ。らしくないとは思うけれど、こんな事は一生に一度なのだからと割り切れてしまう。
目の前の人は黒の三つ揃えがよく似合う。
「行けるか?」
「あぁ、平気だ」
確かめ合い、クラウルが手を差し伸べてくれる。それに手を重ねて歩き出すその先はいつぞやの明るいサロン。扉の向こうは賑やかな気配がある。
その扉の前には今回の黒幕だろう奴の姿も。
「ゼロス、これ」
「ブーケまで作ったのか?」
ランバートが渡してくれたのは色とりどりのカーネーションとかすみ草の小さなブーケだった。綺麗に丸く束ねられたそれを持たされて多少恥ずかしく思うのだが、ランバートはニッと笑うばかりだ。
「手持ち無沙汰だろ?」
「まったく」
まぁ、もうどうにでもなれ!
開け放たれた扉の向こうは思った以上に賑やかだった。立食なのだろう会場には白いテーブルクロスを掛けられたテーブルと料理、真っ直ぐに敷かれた赤い絨毯、その先には一つの卓があり、白い衣服を着るシウスが立っている。
両サイドから祝福の声をかけられるその中にはカーライルとヴィンセントの姿もあった。
真っ直ぐに進み出るそこには聖書などはない。だがペンと書類が一つあるばかりだ。
「これより、クラウル・ローゼンとゼロス・レイヴァースの人前式を執り行う」
シウスの宣言に周囲が湧く。その只中でゼロスは密かに焦った。人前式ということは……。
「では、新郎新婦より結婚の誓いを立ててもらう」
やっぱりだ!
咄嗟に言葉など出てこない。内心冷や汗の止まらないゼロスだが、クラウルはギュッと手を握り緩く笑みを浮かべる。旅行の時に散々見た、あの幸せそうな笑みだ。
戻ってくるのはあの時に感じていた思い。クラウルと共に生きる誓いを立てた、その時の心だった。
「ゼロス、お前を愛している。この誓いは俺の生涯ただ一度、お前にだけ誓う言葉だ。何があっても、どんな時でも、お前に対する心に偽りを持たないとここに誓う。この言葉を違える時はないと、約束する」
そんな事、改めて誓わなくても分かっている。クラウルの心がずっとここにあることを誰よりも感じているのはゼロスなのだから。
「俺も」
「ゼロス」
「俺も、誓います。貴方から逃げない事を。運命を共にする事を。何があっても貴方を疑わず、貴方の心を疑わない強い心で側にいることを、誓います。貴方の隣を誰にも譲ったりはしない。クラウル・ローゼンの伴侶は俺だと、ここに宣言します」
これが、ゼロスの覚悟だ。
クラウルはとても驚いて、次に凄く嬉しそうに笑い抱き寄せてくる。耳元で少しだけ掠れた「有り難う」の言葉を聞いて、ゼロスの胸も一杯だった。
「両名の結婚に賛同する者は惜しみない拍手を」
湧き上がるような拍手に祝福され、時々指笛の音も響き、中にオンオンという泣き声も聞こえて、ゼロスは改めて皆を見回した。
恥ずかしいと思っていた。晒し者のような気分だった。でも、違うのだ。皆笑っている、嬉しそうに。祝福してくれるのだ、心から。
「多くの拍手を頂き、晴れて両名を夫婦と認めます。ここにいる立会人全てが、二人の今後を見届け、支えます。誓いを違える事のないように」
シウスの言葉に二人は頷きあう。その間に、コンラッドが前に出て愛らしいリングピローに乗った指輪を差し出してきた。
それはまだ作り途中のはずの結婚指輪だった。
「どうして!」
「カール陛下が急かしたから……かな?」
視線を泳がせるコンラッドと、ペロッと悪戯に舌を出すカール。両名を見て口をあんぐりと開けるゼロスだが、目の前のクラウルは全部分かっていたのだろう。苦笑して一つを手に取った。
「どうしてもっと早く作っておかないんだと、怒られたからな」
「職人に無理を言ったのか。申し訳ない」
「だが、いいものが出来た」
左手を取られ、そこにそっと指輪を嵌められる。元々している物の上からしてもあまり違和感はない。それくらい、指に馴染んだ。
「綺麗だ、ゼロス」
そのまま左手の甲に口づけられて体が熱くなる。だが、今ここではそれを言わない。
ゼロスもクラウルの手を取って、そこに指輪を嵌める。ぴったりとはまる手にはお揃いの指輪が光っている。
「……誓いのキスは、どうするのじゃ?」
とても小さな声でシウスが問いかけてくる。これをゼロスが拒み続けている事をクラウルも知っている。苦笑して首を横に振ろうとした、その首にゼロスは腕を絡め、驚いて此方を見たクラウルの唇へと噛みつくようにキスをした。
会場がざわついたのと沸き立ったのが分かる。だがもう開き直ったのだ。恥だなんて思わなくていい、この人は自分のものだ。一度くらいこうして、見せつけたって構わない。特別な日だけ許される、これは誓いだ。この人の隣を誰にも渡さないという宣言だ。
驚いたクラウルの手が腰に周り、しっかりと引き寄せられる。舌を僅かに交えたキスに側に立ったシウスの方が赤い顔をしてあたふたし、ランバートは大いに笑っている。楽しそうに。
「えぇ……と……誓いのキス長いわ!」
取り乱すシウスが怒り、周囲が笑って拍手を贈り、そうなると神聖な雰囲気なんてどこへやらだ。
クラウルが未だに信じられないという顔をしているから、ゼロスはニッと笑った。
「俺の覚悟だ、クラウル」
「惚れ直す」
「当たり前だろ、アンタの伴侶なんだ。大いに惚れて貰わないと俺が困る」
「これ以上惚れたら盲目だぞ。流石に困ってしまう。片時も離れられなくなったらどうしてくれるんだ?」
「その時は俺がアンタの尻を叩いて追い出すさ。ふぬけた旦那なんて御免被る」
「勇ましい。捨てられないようにしなければ」
いつもの二人らしい雰囲気が自然と戻ってきて、互いに笑ってもう一度だけキスをすると、今度こそシウスが「惚気は他所でやれ!」と、当人達の結婚式なのに言う始末。
こうなるともう後は騎士団だ。どこからともなく笑い声が起こり、脇に控えていたランバートとファウストが困った顔でいる。
「まったく。えっと、次はなんであったかの」
「シウス様、結婚証明書の署名です」
「おぉ、そうであったな。では、結婚証明書への記入と拇印、立会人代表にランバートとファウストの署名を貰う」
卓上に置かれた立派な用紙に、サラサラとクラウルはサインをする。続いてゼロスもサインをしようとして、中身を読んで手を止めた。
「待て、これ本物の婚姻届じゃ……」
「勿論じゃ。故に両者の保証人として両家のご家族と、友人代表でランバートとファウストの署名を貰う。両家の方達にはもう書いて貰ったし、ここに書類決裁の印もあるぞ」
そう言って取り出すのは本物の書類通過に使われる印鑑だ。これをシウスが押して城に持っていくと受理される。
まさに今、この時、二人は書類上でも夫婦になるのだ。
「嫌か?」
「緊張で手が震えるだけだ」
本当に、それだけだ。
一度息を吐いて、ゼロスは丁寧に名前を書いて朱肉に指を押しつける。署名の隣に押したのを確認し、立会人代表としてランバートとファウストが同じように署名していく。
そこにシウスが印を押して書類を丁寧にケースにしまい、取りに来た役人に手渡した。
「これを持ってクラウル、ゼロス両名を正式な夫婦として認める。皆、改めて温かな拍手を」
拍手と「おめでとう!」の言葉、フラワーシャワーが降り注ぐ。手を繋いだままクラウルと見つめ合ったゼロスは互いに笑い合い、祭壇の前を降りていった。
◆◇◆
人前式はそのまま披露宴へと変わった。そして現在、ゼロスは何故か涙ぐむカールにやたらとお酌されそうになっている。一国の皇帝が「よ゛がっだねぇ゛」と全ての言葉に濁点がつくほど泣きながらシャンパンの瓶を持って酌待ちだ。どうしたらいい、この状況。
「ゼロス~」
「陛下、まずは落ち着いてください! 俺程度が貴方からのお酌など受けられません!」
「私のお酌は嫌なのぉぉ」
「恐れ多いという意味ですよ!」
隣にいるクラウルは笑っているし、カールの側にいるヴィンセントも笑っているだけで止めない。ポンコツ共め!
「嬉しいよ」
「陛下……」
「クラウルが幸せそうで嬉しい。ゼロス、有り難う」
泣きながら笑顔でこんな事を言われたら、なんだか酌を拒む事が悪い事に思えてくる。一気に飲み干したゼロスを見て、カールは笑って注いでくれた。
「私からもお礼を言いたい。ゼロス、こいつを頼む」
「ヴィンセント様」
「頑固で困る事もあるだろうが、頼む。まぁ、あまり心配もしていないのだけれどね。締まりのない顔をして」
茶化されるクラウルは恥ずかしげだが、その表情はとても柔らかいものだ。
「お祝い、どうしよう。この家いる?」
「いりません」
「じゃあ、領地……」
「いりません!」
「カール、あまりゼロスを困らせてはいけないよ」
家の次に土地ときたものだ。そんなの貰えるか!
これがカールのジョークなのか本気なのか、本当に判断に困る所だった。
「あぁ、譲渡などは冗談だが今夜はこの家を使っていいそうだ」
「え?」
ヴィンセントの言葉にゼロスは驚いた顔でクラウルを見る。クラウルも知らなかったのか、目を丸くしていた。
「初夜ではあるだろ? 宿舎よりはプライベートな時間を過ごせるだろうからね」
「使って。二階の主寝室、整えてあるから」
驚いて見ると、クラウルは苦笑して頷いている。ゼロスもこのくらいならお祝いとして受け取ってもいい気がして、改めて頭を下げて「有り難うございます」と素直に礼を言った。
ヴィンセントとカールが側を離れると、今度はコンラッドとハリーが近づいてくる。クラウルに礼をした後で、ハリーはニヤリとゼロスを見た。
「ゼロス、結婚おめでとう!」
「あぁ、有り難う」
「やっとだよね、ほんと」
「良かったな、ハリー。これでコンラッドと同室申請出せるな」
笑って言うと、ハリーは明らかに顔を赤くした。
結婚や退団で二人部屋の一つが空くと、しばらくの間同室者を募ることがある。現在の同室者と合わないので変えてもらいたいという場合もあるが、ハリー達のように恋人と同室になりたいという意味での申し出も多い。
現在コンラッドと同室のゼロスはこれを機にクラウルと同室になる。そこにハリーは入るつもりなのだ。
「もう出しちゃった」
「まだ俺の荷物あるだろ?」
「ないよ、皆でお引っ越ししたし」
「え!」
いつだ!
「お前が旅行に行っている間に運び出した。荷物が少なくて驚いたぞ」
「コンラッド」
苦笑するコンラッドをほんの少し睨んでしまった。荷を漁られた……という程の物もない。服と本くらいなものだろう。
「俺達も驚いたんだよ、結婚式するから手伝えってランバートから聞かされたの、何日か前だったんだから」
「そうなのか?」
困り顔のハリーにコンラッドも苦笑する。ということは、彼等は旅行の相談をした段階ではこの事を知らなかったのか?
「どうやらギリギリまで秘密にしていたらしい。お前の旅行の話の段階でここまで計画知ってたのは、それこそランバートとレイバン、グリフィス様と団長達だけだったらしい」
「あいつ、どれだけ秘密主義なんだ」
ということは、旅行の時にグリフィスを呼んだドゥーガルドは完全な偶然ということか。お節介な性格だし、可能性はあっただろうが……凄い引きだな。
「部屋への立ち入り許可はクラウル様に頂いていたから、運んでおいた」
「悪かったな」
「なんの。幸せにな」
「お前達もな」
素直に友であり幼馴染みの今後を祝ってやりながら、去って行く背中を見守っている。それからも祝福の言葉を貰う。その中で、苦笑する人が近づいて深々と頭を下げた。
「ご結婚おめでとうございます、クラウル様、ゼロス」
「グリフィス」
彼を真っ先に探していたゼロスも深々と頭を下げる。そして、まずはとお礼を伝えた。
「この度は大変素晴らしい旅行を用意して下さり、有り難うございます」
「おう、気にすんな。こっちこそ騙し討ちにして悪かったな」
「そんな! とても素晴らしいコテージで、ゆっくり出来ました。支配人さんと神父様が、お顔を拝見したいそうですよ」
「あ……そっか。次帰った時には顔を出す」
「はい」
伝えるべき事を伝えると、グリフィスはちょっとバツの悪い顔をして笑った。
「何にしても、おめでとう」
「有り難う、グリフィス」
「よして下さいよ、クラウル様。散々お世話になった貴方に少しでも返せたなら、俺も嬉しいっす」
「十分過ぎるくらいだ」
だろうな、あれだけ緩んでいたら。十分過ぎるくらいリラックス出来ただろう。
今も落ち着いた、穏やかな顔をしている。だが旅行中はもっと力が抜けていた。もっと……言い方はあれだが、ふにゃっとしていた。
あの顔だけは他の人には見せられないだろうな。なんて、ゼロスはひっそり笑った。
「あぁ、ここか。クラウル、ゼロス、おめでとう」
「ファウスト様! 有り難うございます!」
グラスを持ったままでファウストが近づいてくる。だが側にランバートはいない。彼一人だ。咄嗟に探すゼロスに気づいたのだろう、ファウストは苦笑してチョイチョイと会場の目立たない方を指さした。
「今回の事、殆ど全てをランバートが整えていたからな。当日まであれだ」
「そうなんですか?」
遠くに見る彼は嫌がる様子はなく、むしろ活き活きしている。こういう事が好きな奴だったのか。
それにしても、これだけの事を殆ど一人でというのは驚いた。
「してもらってばかりだから、今度はお前を驚かせてやると意気込んでたぞ」
「あ、はは」
「まぁ、勿論祝福の気持ちはあったがな。世話になりっぱなしだったから返したかったんだろう」
「そんなつもりではなかったのですが」
「あいつの気持ちだからな。受けてくれるか、ゼロス」
ファウストの言葉に、ゼロスは素直に頷く。そして一礼して、その場を後にした。
動いてくれている人達への指示がある程度終わったのだろうランバートが、ふと此方を見て苦笑する。ゼロスはグラスを二人分持って、その一つをランバートへと渡した。
「お疲れ」
「疲れてないよ」
「全部裏で糸を引いてたんだろ?」
「楽しかったさ」
そう言って笑う辺り、ランバートの本心だと分かる。壁際の座れる場所へと誘導したゼロスはそこで会場の全体を見回した。
「有り難う」
「いいって、お互い様だ」
「俺達の旅行まで、殆どの奴に話さなかったんだって?」
「秘密を知る人間は少ない方がいいだろ。勿論クラウル様の気持ちが固まっていたから実働をしたんだが、ハリーやドゥーは案外腹芸ができないし」
「確かに」
ゼロスがランバートの結婚式を企画した時も、彼等はとても落ち着かなかった。
「そこんところ、レイバンは良き協力者だったよ」
「グリフィス様には?」
「事情を話したら乗ってくれた。あの人も意外とポーカーフェイスが上手いよ」
「全然気づかなかった」
「そういうものだ」
言って、笑い合う。そのまま少し沈黙があってもまったく気にはならない。そしてふと視線が合い、楽しそうな顔をするランバートを見るとなんとなく考えている事が分かった気がした。
「さて」
「次は誰を祝おうか。か?」
言うと、彼はニンマリと笑う。その後は二人でドッと笑った。
「おーい! ランバートここにいたのか!」
「チェスター」
少し向こうから手を振って近づいてくる忠犬を見つけ、ランバートがニヤリと笑う。その意図をゼロスも感じ、いつまでも置く場所がなく持ったままのブーケに視線を向けた。
「酒がそろそろなくなりそうだけど、どうする?」
「料理もはけるから、そうしたらお終いにする。酒も今あるだけでいいよ」
「了解! ゼロス、おめでとうな!」
「あぁ、有り難う」
まったく邪気のないチェスターの手に、ゼロスは笑ってブーケを置いた。案の定チェスターはその意味を分かっていなくて、首を傾げてランバートとゼロスを見ている。
「なに?」
「やる。リカルド先生にお土産にしろよ」
「マジで! 綺麗だし、先生喜ぶかな。有り難う、ゼロス」
「いいって」
ポンとチェスターの肩をゼロスが叩き、もう片方の肩をランバートが叩く。そして二人でニヤリと笑うのに、チェスターはまったく意味が分からない様子だった。
そのままチェスターの側を離れ、それぞれの旦那の所へと向かう最中、ランバートが堪えきれずに笑った。
「あいつ、意味を知ったらどうなると思う?」
「その前にリカルド先生が分かって顔を赤くすると思うぞ」
「そこまで分からないと思うか?」
「分からないんじゃないか? なにせチェスターだしな」
さて、次は誰がこのおめでたい日を迎えるのか。それは、花嫁のブーケだけが知っている。
そうしてトボトボと王都へと戻ってくると、中央関所でランバートが待っていた。その表情はどことなく明るい。それだけでも、昨日の問題が解決したのだと思えて多少気分が浮上した。
「おかえり、ゼロス」
「あぁ、ただいま。上手くいったのか?」
「あぁ、バッチリだ」
悪い顔をして笑うランバートの様子にホッとする。その間に中央関所の隊員が馬を預かり荷物まで運んでくれると言う。首を傾げながらも有り難く申し出を受けた。今月の街警は第一師団だし、申し出てくれたのは後輩だ。気を利かせてくれたのかもしれない。
そうしてランバートと連れだって歩き出した。
「悪いな、出迎えが俺で。他は事後処理でバタついているんだ」
「分かってる、そんな事で文句を言ったりはしない」
「拗ねてないか?」
「拗ねてない」
ニヤリと笑われてそっぽを向いたゼロスを、ランバートは可笑しそうに笑った。
「楽しい旅行になったみたいだな」
「え?」
「いい顔してる」
楽しかった、純粋に。思い出して、ゼロスはふと笑った。
「楽しかったよ」
「それなら、よかった」
ランバートも、もう茶化したりはしない。穏やかに笑って頷いた。
「それと、クラウル様がお前が帰ってきたら宿舎じゃない場所に案内してほしいと言われたんだ。残りの休日を楽しみたいって」
「それは構わないが、あの人も忙しいだろ?」
「元々休みの所を無理言って戻ってもらったから、クラウル様には最低限でいいって皆でさ。そう時間はかからない。指定の場所はこっちだ」
そう言ってランバートは西地区の、少し奥まった方へと案内していく。通り過ぎる町並み、それは少しずつ見覚えのあるものに変わっていく。
何かの予感がある。知っている限り、ゼロスはこの道を知っている。
そうして辿り着いた屋敷は、もう確信だった。
「…………いつからだ」
「何の事だ?」
「お前達、いつから謀ってた」
呆然と立ち尽くすその屋敷は、以前ランバートとファウストの婚約式を行った屋敷だ。元々はカールの母の生家で、今はカールが所有している。
隣の悪友はニヤリと笑う。その顔を、ゼロスは忌々しく睨み付けた。
「謀られる側の気持ちが分かったか?」
「……嫌と言うほどわかった。で、本当にいつからだ」
「クラウル様の長期休暇の話から」
「そんなに最初からか!」
ということは、この長期休暇の話自体が今日この日の準備だったのか? 旅行で浮かれている間に、ランバートもグルになってみんなで。いや、そもそもクラウルは長期休暇をカールから打診されたと言っていた。ということはカールもこの件に絡んでいる。そうでなければこの屋敷は使えない。当然ヴィンセントもグルだ。
「……頭が痛くなってきた」
「俺達に秘密で結婚式挙げるからだ」
「そこも織り込み済みなのかよ」
「グリフィス様が教会の話をすれば、お前は飛びつくと思ったしな。まぁ、確立半々だったけれど」
「当然クラウルもグルだな」
「まぁ、勿論だ」
「はぁぁ……」
本当に、知らぬは己ばかりだったのだ。
ランバートが手を引く。その顔は悪戯っぽい笑顔だったが、邪気はない。だからこそゼロスも強い反発はないのだ。むしろ少し……申し訳なかった。
「俺達も祝いたいんだよ」
「悪かった」
「じゃあ、大人しく観念してくれ」
まったく、その通りなのだろうな。
大人しく屋敷に入ってすぐ、ランバートに連れられて入った部屋には家族みんながいた。母と父、そして兄二人。穏やかな様子で迎える父とは違い、母はどこか涙ぐんでいた。
「ゼロス」
「お袋」
いつもよりめかし込んだ母が近づいて、抱きしめて背中を叩く。これに、ゼロスは申し訳ないような気がしてしまった。祝ってくれる人を無視してしまったような後ろめたさがあった。
側に父もきて、一つ頷く。そして、たった一言だった。
「いいんだな?」
「あぁ」
腹は決まった。だからこそ二人で結婚式も挙げた。
泣く母の肩にそっと手を添えて離したゼロスはスッと背を伸ばし、きっちりと深くお辞儀をした。
「親父、お袋、今まで俺を育ててくれて、感謝している。散々迷惑も、心配もかけたと思う。でも、俺は二人の子供でよかった。勝手ばかりをする俺を叱りながらも見捨てないでいてくれて、有り難う」
伝えると、父はただ頷いて母は泣いた。その後ろで二人の兄もちょっと涙ぐんでいた。
「俺はこれから、クラウルと生きていく。もうフラフラしたりはしないし、自分の事も大事にしていく。だから、心配しないでくれ」
「ちゃんと、向こうのご家族とも上手くやっていくんだぞ」
「たまには帰ってきなさいね。勿論、クラウルさんも一緒にね」
「あぁ、分かってるよ」
笑顔で伝えると、母はハンカチで涙を拭って笑顔を作った。そして、用意してあったのだろう白いジャケットを着せてくれた。
「かっこいいわよ、ゼロス。流石、私の自慢の息子」
「有り難う、お袋」
「嫌ね、突然しっかりして。もう……これ以上泣かせないでちょうだい」
そんな事を話していると、不意にドアがノックされた。出てみるとそこにはクラウルの母であるナディアと、兄のライゼンがいた。
「ゼロスさん、そしてご家族の皆様、ご挨拶に伺いました」
「まぁ、ナディアさん! わざわざ有り難うございます」
母が涙を拭って笑顔を浮かべ出迎えると、ナディアも穏やかに微笑んで一礼する。そしてまず、ゼロスの前に立った。
「ゼロスさん、あの子を選んでくれて有り難うございます」
「え? いえ、そんな! 俺の方こそ迎えて頂けて」
「あの子ね、貴方じゃなきゃ嫌だなんて言うのよ」
「え……」
クスクスと笑うナディアはとても嬉しそうにして、そっとゼロスの胸にコサージュを差してくれた。
「急な話で驚いてね、ちょっと窘めたの。そうしたら頭を下げてそんな事を言うんですもの、驚いたわ。今のタイミングを逃したら今度はいつか分からないって」
「俺が悪いんです! クラウルは俺と籍を入れたいと何度も言ってくれたのに、俺が踏ん切りがつかなくて。彼を不安にさせてしまった俺にも責任があります」
考えればランバート達なんかは何ヶ月……いや、年単位で準備をしてすり合わせをしていたんじゃ。それを考えれば急な話だったんだ。特にライゼンなどは仕事もしている。一日空けるだけでも調整が必要だったに違いない。
にもかかわらずこうしていてくれるのだ。改めて申し訳なく、ゼロスは頭を下げた。
「本当に、有り難うございます。お忙しい中、来て頂けて。にもかかわらずご挨拶が遅れてしまって」
伝えたら、ナディアはライゼンと顔を見合わせ、そして笑った。
「そんな顔をなさらないで、ゼロスさん。今日だけは笑っていてくださいな」
「君が泣くとアレが煩いんだ。二人の祝いの日だからね、今日だけは何も考えずに笑っていてくれ」
温かく迎えてくれるナディアがハンカチを取り出して笑い、ライゼンが肩を叩く。ちゃんと受け入れてくれる。それを感じて、ゼロスは確かに笑った。
少しして、両親や兄弟、クラウルの家族も会場へと向かっていった。控え室にはゼロス一人になる。静かで、なんだか全部が夢のようだった。
そこに黒いタキシードを着た長身の人が入ってきて、申し訳なく笑った。
「酷い奴。これは立派な説教案件だぞ」
「すまなかった、ゼロス」
苦笑しながら近づいてくる人を怒ったりなんてしていない。不思議と心は凪いでいて、全部を受け入れる気持ちができている。
クラウルもそれを分かっているのだろう。ゆっくりと近づいて、そっと抱きしめた。
「これでも抑えてもらったんだ、許してくれ」
「当初の計画は?」
「城のパーティー会場を貸し切り」
「クラウルは立派な仕事をした」
「許してくれるか?」
「怒ってないよ」
思っていたよりも恥ずかしくはなくなっているんだ。らしくないとは思うけれど、こんな事は一生に一度なのだからと割り切れてしまう。
目の前の人は黒の三つ揃えがよく似合う。
「行けるか?」
「あぁ、平気だ」
確かめ合い、クラウルが手を差し伸べてくれる。それに手を重ねて歩き出すその先はいつぞやの明るいサロン。扉の向こうは賑やかな気配がある。
その扉の前には今回の黒幕だろう奴の姿も。
「ゼロス、これ」
「ブーケまで作ったのか?」
ランバートが渡してくれたのは色とりどりのカーネーションとかすみ草の小さなブーケだった。綺麗に丸く束ねられたそれを持たされて多少恥ずかしく思うのだが、ランバートはニッと笑うばかりだ。
「手持ち無沙汰だろ?」
「まったく」
まぁ、もうどうにでもなれ!
開け放たれた扉の向こうは思った以上に賑やかだった。立食なのだろう会場には白いテーブルクロスを掛けられたテーブルと料理、真っ直ぐに敷かれた赤い絨毯、その先には一つの卓があり、白い衣服を着るシウスが立っている。
両サイドから祝福の声をかけられるその中にはカーライルとヴィンセントの姿もあった。
真っ直ぐに進み出るそこには聖書などはない。だがペンと書類が一つあるばかりだ。
「これより、クラウル・ローゼンとゼロス・レイヴァースの人前式を執り行う」
シウスの宣言に周囲が湧く。その只中でゼロスは密かに焦った。人前式ということは……。
「では、新郎新婦より結婚の誓いを立ててもらう」
やっぱりだ!
咄嗟に言葉など出てこない。内心冷や汗の止まらないゼロスだが、クラウルはギュッと手を握り緩く笑みを浮かべる。旅行の時に散々見た、あの幸せそうな笑みだ。
戻ってくるのはあの時に感じていた思い。クラウルと共に生きる誓いを立てた、その時の心だった。
「ゼロス、お前を愛している。この誓いは俺の生涯ただ一度、お前にだけ誓う言葉だ。何があっても、どんな時でも、お前に対する心に偽りを持たないとここに誓う。この言葉を違える時はないと、約束する」
そんな事、改めて誓わなくても分かっている。クラウルの心がずっとここにあることを誰よりも感じているのはゼロスなのだから。
「俺も」
「ゼロス」
「俺も、誓います。貴方から逃げない事を。運命を共にする事を。何があっても貴方を疑わず、貴方の心を疑わない強い心で側にいることを、誓います。貴方の隣を誰にも譲ったりはしない。クラウル・ローゼンの伴侶は俺だと、ここに宣言します」
これが、ゼロスの覚悟だ。
クラウルはとても驚いて、次に凄く嬉しそうに笑い抱き寄せてくる。耳元で少しだけ掠れた「有り難う」の言葉を聞いて、ゼロスの胸も一杯だった。
「両名の結婚に賛同する者は惜しみない拍手を」
湧き上がるような拍手に祝福され、時々指笛の音も響き、中にオンオンという泣き声も聞こえて、ゼロスは改めて皆を見回した。
恥ずかしいと思っていた。晒し者のような気分だった。でも、違うのだ。皆笑っている、嬉しそうに。祝福してくれるのだ、心から。
「多くの拍手を頂き、晴れて両名を夫婦と認めます。ここにいる立会人全てが、二人の今後を見届け、支えます。誓いを違える事のないように」
シウスの言葉に二人は頷きあう。その間に、コンラッドが前に出て愛らしいリングピローに乗った指輪を差し出してきた。
それはまだ作り途中のはずの結婚指輪だった。
「どうして!」
「カール陛下が急かしたから……かな?」
視線を泳がせるコンラッドと、ペロッと悪戯に舌を出すカール。両名を見て口をあんぐりと開けるゼロスだが、目の前のクラウルは全部分かっていたのだろう。苦笑して一つを手に取った。
「どうしてもっと早く作っておかないんだと、怒られたからな」
「職人に無理を言ったのか。申し訳ない」
「だが、いいものが出来た」
左手を取られ、そこにそっと指輪を嵌められる。元々している物の上からしてもあまり違和感はない。それくらい、指に馴染んだ。
「綺麗だ、ゼロス」
そのまま左手の甲に口づけられて体が熱くなる。だが、今ここではそれを言わない。
ゼロスもクラウルの手を取って、そこに指輪を嵌める。ぴったりとはまる手にはお揃いの指輪が光っている。
「……誓いのキスは、どうするのじゃ?」
とても小さな声でシウスが問いかけてくる。これをゼロスが拒み続けている事をクラウルも知っている。苦笑して首を横に振ろうとした、その首にゼロスは腕を絡め、驚いて此方を見たクラウルの唇へと噛みつくようにキスをした。
会場がざわついたのと沸き立ったのが分かる。だがもう開き直ったのだ。恥だなんて思わなくていい、この人は自分のものだ。一度くらいこうして、見せつけたって構わない。特別な日だけ許される、これは誓いだ。この人の隣を誰にも渡さないという宣言だ。
驚いたクラウルの手が腰に周り、しっかりと引き寄せられる。舌を僅かに交えたキスに側に立ったシウスの方が赤い顔をしてあたふたし、ランバートは大いに笑っている。楽しそうに。
「えぇ……と……誓いのキス長いわ!」
取り乱すシウスが怒り、周囲が笑って拍手を贈り、そうなると神聖な雰囲気なんてどこへやらだ。
クラウルが未だに信じられないという顔をしているから、ゼロスはニッと笑った。
「俺の覚悟だ、クラウル」
「惚れ直す」
「当たり前だろ、アンタの伴侶なんだ。大いに惚れて貰わないと俺が困る」
「これ以上惚れたら盲目だぞ。流石に困ってしまう。片時も離れられなくなったらどうしてくれるんだ?」
「その時は俺がアンタの尻を叩いて追い出すさ。ふぬけた旦那なんて御免被る」
「勇ましい。捨てられないようにしなければ」
いつもの二人らしい雰囲気が自然と戻ってきて、互いに笑ってもう一度だけキスをすると、今度こそシウスが「惚気は他所でやれ!」と、当人達の結婚式なのに言う始末。
こうなるともう後は騎士団だ。どこからともなく笑い声が起こり、脇に控えていたランバートとファウストが困った顔でいる。
「まったく。えっと、次はなんであったかの」
「シウス様、結婚証明書の署名です」
「おぉ、そうであったな。では、結婚証明書への記入と拇印、立会人代表にランバートとファウストの署名を貰う」
卓上に置かれた立派な用紙に、サラサラとクラウルはサインをする。続いてゼロスもサインをしようとして、中身を読んで手を止めた。
「待て、これ本物の婚姻届じゃ……」
「勿論じゃ。故に両者の保証人として両家のご家族と、友人代表でランバートとファウストの署名を貰う。両家の方達にはもう書いて貰ったし、ここに書類決裁の印もあるぞ」
そう言って取り出すのは本物の書類通過に使われる印鑑だ。これをシウスが押して城に持っていくと受理される。
まさに今、この時、二人は書類上でも夫婦になるのだ。
「嫌か?」
「緊張で手が震えるだけだ」
本当に、それだけだ。
一度息を吐いて、ゼロスは丁寧に名前を書いて朱肉に指を押しつける。署名の隣に押したのを確認し、立会人代表としてランバートとファウストが同じように署名していく。
そこにシウスが印を押して書類を丁寧にケースにしまい、取りに来た役人に手渡した。
「これを持ってクラウル、ゼロス両名を正式な夫婦として認める。皆、改めて温かな拍手を」
拍手と「おめでとう!」の言葉、フラワーシャワーが降り注ぐ。手を繋いだままクラウルと見つめ合ったゼロスは互いに笑い合い、祭壇の前を降りていった。
◆◇◆
人前式はそのまま披露宴へと変わった。そして現在、ゼロスは何故か涙ぐむカールにやたらとお酌されそうになっている。一国の皇帝が「よ゛がっだねぇ゛」と全ての言葉に濁点がつくほど泣きながらシャンパンの瓶を持って酌待ちだ。どうしたらいい、この状況。
「ゼロス~」
「陛下、まずは落ち着いてください! 俺程度が貴方からのお酌など受けられません!」
「私のお酌は嫌なのぉぉ」
「恐れ多いという意味ですよ!」
隣にいるクラウルは笑っているし、カールの側にいるヴィンセントも笑っているだけで止めない。ポンコツ共め!
「嬉しいよ」
「陛下……」
「クラウルが幸せそうで嬉しい。ゼロス、有り難う」
泣きながら笑顔でこんな事を言われたら、なんだか酌を拒む事が悪い事に思えてくる。一気に飲み干したゼロスを見て、カールは笑って注いでくれた。
「私からもお礼を言いたい。ゼロス、こいつを頼む」
「ヴィンセント様」
「頑固で困る事もあるだろうが、頼む。まぁ、あまり心配もしていないのだけれどね。締まりのない顔をして」
茶化されるクラウルは恥ずかしげだが、その表情はとても柔らかいものだ。
「お祝い、どうしよう。この家いる?」
「いりません」
「じゃあ、領地……」
「いりません!」
「カール、あまりゼロスを困らせてはいけないよ」
家の次に土地ときたものだ。そんなの貰えるか!
これがカールのジョークなのか本気なのか、本当に判断に困る所だった。
「あぁ、譲渡などは冗談だが今夜はこの家を使っていいそうだ」
「え?」
ヴィンセントの言葉にゼロスは驚いた顔でクラウルを見る。クラウルも知らなかったのか、目を丸くしていた。
「初夜ではあるだろ? 宿舎よりはプライベートな時間を過ごせるだろうからね」
「使って。二階の主寝室、整えてあるから」
驚いて見ると、クラウルは苦笑して頷いている。ゼロスもこのくらいならお祝いとして受け取ってもいい気がして、改めて頭を下げて「有り難うございます」と素直に礼を言った。
ヴィンセントとカールが側を離れると、今度はコンラッドとハリーが近づいてくる。クラウルに礼をした後で、ハリーはニヤリとゼロスを見た。
「ゼロス、結婚おめでとう!」
「あぁ、有り難う」
「やっとだよね、ほんと」
「良かったな、ハリー。これでコンラッドと同室申請出せるな」
笑って言うと、ハリーは明らかに顔を赤くした。
結婚や退団で二人部屋の一つが空くと、しばらくの間同室者を募ることがある。現在の同室者と合わないので変えてもらいたいという場合もあるが、ハリー達のように恋人と同室になりたいという意味での申し出も多い。
現在コンラッドと同室のゼロスはこれを機にクラウルと同室になる。そこにハリーは入るつもりなのだ。
「もう出しちゃった」
「まだ俺の荷物あるだろ?」
「ないよ、皆でお引っ越ししたし」
「え!」
いつだ!
「お前が旅行に行っている間に運び出した。荷物が少なくて驚いたぞ」
「コンラッド」
苦笑するコンラッドをほんの少し睨んでしまった。荷を漁られた……という程の物もない。服と本くらいなものだろう。
「俺達も驚いたんだよ、結婚式するから手伝えってランバートから聞かされたの、何日か前だったんだから」
「そうなのか?」
困り顔のハリーにコンラッドも苦笑する。ということは、彼等は旅行の相談をした段階ではこの事を知らなかったのか?
「どうやらギリギリまで秘密にしていたらしい。お前の旅行の話の段階でここまで計画知ってたのは、それこそランバートとレイバン、グリフィス様と団長達だけだったらしい」
「あいつ、どれだけ秘密主義なんだ」
ということは、旅行の時にグリフィスを呼んだドゥーガルドは完全な偶然ということか。お節介な性格だし、可能性はあっただろうが……凄い引きだな。
「部屋への立ち入り許可はクラウル様に頂いていたから、運んでおいた」
「悪かったな」
「なんの。幸せにな」
「お前達もな」
素直に友であり幼馴染みの今後を祝ってやりながら、去って行く背中を見守っている。それからも祝福の言葉を貰う。その中で、苦笑する人が近づいて深々と頭を下げた。
「ご結婚おめでとうございます、クラウル様、ゼロス」
「グリフィス」
彼を真っ先に探していたゼロスも深々と頭を下げる。そして、まずはとお礼を伝えた。
「この度は大変素晴らしい旅行を用意して下さり、有り難うございます」
「おう、気にすんな。こっちこそ騙し討ちにして悪かったな」
「そんな! とても素晴らしいコテージで、ゆっくり出来ました。支配人さんと神父様が、お顔を拝見したいそうですよ」
「あ……そっか。次帰った時には顔を出す」
「はい」
伝えるべき事を伝えると、グリフィスはちょっとバツの悪い顔をして笑った。
「何にしても、おめでとう」
「有り難う、グリフィス」
「よして下さいよ、クラウル様。散々お世話になった貴方に少しでも返せたなら、俺も嬉しいっす」
「十分過ぎるくらいだ」
だろうな、あれだけ緩んでいたら。十分過ぎるくらいリラックス出来ただろう。
今も落ち着いた、穏やかな顔をしている。だが旅行中はもっと力が抜けていた。もっと……言い方はあれだが、ふにゃっとしていた。
あの顔だけは他の人には見せられないだろうな。なんて、ゼロスはひっそり笑った。
「あぁ、ここか。クラウル、ゼロス、おめでとう」
「ファウスト様! 有り難うございます!」
グラスを持ったままでファウストが近づいてくる。だが側にランバートはいない。彼一人だ。咄嗟に探すゼロスに気づいたのだろう、ファウストは苦笑してチョイチョイと会場の目立たない方を指さした。
「今回の事、殆ど全てをランバートが整えていたからな。当日まであれだ」
「そうなんですか?」
遠くに見る彼は嫌がる様子はなく、むしろ活き活きしている。こういう事が好きな奴だったのか。
それにしても、これだけの事を殆ど一人でというのは驚いた。
「してもらってばかりだから、今度はお前を驚かせてやると意気込んでたぞ」
「あ、はは」
「まぁ、勿論祝福の気持ちはあったがな。世話になりっぱなしだったから返したかったんだろう」
「そんなつもりではなかったのですが」
「あいつの気持ちだからな。受けてくれるか、ゼロス」
ファウストの言葉に、ゼロスは素直に頷く。そして一礼して、その場を後にした。
動いてくれている人達への指示がある程度終わったのだろうランバートが、ふと此方を見て苦笑する。ゼロスはグラスを二人分持って、その一つをランバートへと渡した。
「お疲れ」
「疲れてないよ」
「全部裏で糸を引いてたんだろ?」
「楽しかったさ」
そう言って笑う辺り、ランバートの本心だと分かる。壁際の座れる場所へと誘導したゼロスはそこで会場の全体を見回した。
「有り難う」
「いいって、お互い様だ」
「俺達の旅行まで、殆どの奴に話さなかったんだって?」
「秘密を知る人間は少ない方がいいだろ。勿論クラウル様の気持ちが固まっていたから実働をしたんだが、ハリーやドゥーは案外腹芸ができないし」
「確かに」
ゼロスがランバートの結婚式を企画した時も、彼等はとても落ち着かなかった。
「そこんところ、レイバンは良き協力者だったよ」
「グリフィス様には?」
「事情を話したら乗ってくれた。あの人も意外とポーカーフェイスが上手いよ」
「全然気づかなかった」
「そういうものだ」
言って、笑い合う。そのまま少し沈黙があってもまったく気にはならない。そしてふと視線が合い、楽しそうな顔をするランバートを見るとなんとなく考えている事が分かった気がした。
「さて」
「次は誰を祝おうか。か?」
言うと、彼はニンマリと笑う。その後は二人でドッと笑った。
「おーい! ランバートここにいたのか!」
「チェスター」
少し向こうから手を振って近づいてくる忠犬を見つけ、ランバートがニヤリと笑う。その意図をゼロスも感じ、いつまでも置く場所がなく持ったままのブーケに視線を向けた。
「酒がそろそろなくなりそうだけど、どうする?」
「料理もはけるから、そうしたらお終いにする。酒も今あるだけでいいよ」
「了解! ゼロス、おめでとうな!」
「あぁ、有り難う」
まったく邪気のないチェスターの手に、ゼロスは笑ってブーケを置いた。案の定チェスターはその意味を分かっていなくて、首を傾げてランバートとゼロスを見ている。
「なに?」
「やる。リカルド先生にお土産にしろよ」
「マジで! 綺麗だし、先生喜ぶかな。有り難う、ゼロス」
「いいって」
ポンとチェスターの肩をゼロスが叩き、もう片方の肩をランバートが叩く。そして二人でニヤリと笑うのに、チェスターはまったく意味が分からない様子だった。
そのままチェスターの側を離れ、それぞれの旦那の所へと向かう最中、ランバートが堪えきれずに笑った。
「あいつ、意味を知ったらどうなると思う?」
「その前にリカルド先生が分かって顔を赤くすると思うぞ」
「そこまで分からないと思うか?」
「分からないんじゃないか? なにせチェスターだしな」
さて、次は誰がこのおめでたい日を迎えるのか。それは、花嫁のブーケだけが知っている。
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