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【リー×ユーイン】ユーインの初恋
3話:リーの正体
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新年三日目、リーは一人で唐蘭茶館を訪れた。だが向かったのは表ではなく、スタッフが出入りする裏口だった。
中に入れば人が忙しく動いている。その中に一人、様子の違う人物がいた。
背はそう高くなく、少しふっくらとした白髪の老人だ。髪は結って紫の巾で包んでいる。彼はリーが入ってきたのを見て、細い目を更に細めて笑いかけた。
「公子、いらっしゃいませ」
「この国でその呼び方は止めてくれないか、爺」
「これは失礼を。ささっ、どうぞ」
そう言って通してくれるのは厨房横に作られた特別な部屋だった。
広さはそうない。だが設えは立派だ。肘掛けのついた木製の椅子は見慣れない彫り込みがされ、テーブルの縁や足にも独特の彫り込みがある。置かれた飾り棚にも同様の装飾がされ、そこには茶器や香炉が並んでいる。
先程の老人が茶を入れるのを受けて、リーは息をついた。
「騎士団はどうですかな?」
「厳しいよ、本当に。この国がいかに強いかを思い知る。兄上にもしっかり進言しておかなければな。帝国に手を出せば軍神が我が国を蹂躙するだろうと」
「それは恐ろしい」
軽く笑うが、そんな軽いものではない。西の大国がいかに強く強固であるか、それは内部に入って初めて分かる事なのだろう。騎士団の結束は固く、また層も厚い。そのトップに立つファウストは実に強い。
「だが、勉強になる。自国に戻ったらこれを参考に軍部を整えていきたいと思える程だ」
「それほどに?」
「あぁ」
その為には誰もが求める王を立てなければならない。だがそれが一番難しいのかもしれない。
リーの祖国、唐は現在内乱一歩手前まできている。それというのも父である皇帝が床に伏しているのだ。
現在皇帝の息子は六人。それらの皇子を産んだ母は二人だ。
唐国には後宮というものがある。そこには多くの女性が集められ、皇帝を慰める。その中でも四妃と呼ばれる妃は強い権力を持っている。
リーには二人の実兄がいる。母は四妃の一人で貴妃と呼ばれる女性だ。厳しい人で決して甘やかさず、子に国の現状や歴史を説いた女性だ。
そして残り三人の皇子を産んだのが徳妃と呼ばれる女性。
ここが反りが合わない。
本当は父である皇帝が皇子のある二人の妃のうち一人を正妃に取り立てれば優劣がついたのだが、この父がそれをしない。どちらもタイプの違う女性で甲乙つけがたいというのが理由なのだが、そのせいで国が荒れる事までは考えていなかったのだろう。
結果、現在皇子同士での次期皇帝争いというのが起こる寸前なのだ。
リーの兄はこの事態を見越して、リーを帝国へと留学させた。留学、という名目で逃がしたとも言える。
兄二人は立派な人物で武人としても誉高いが、一番の武人はリーだった。そのリーに帝国の軍略や訓練を学び、自国へ貢献してくれと言った。その為に留学が明けるまでの五年、なんとか現状を維持すると約束をして。
そうしてリーは貿易商でもある周戒を通じてシウスにコンタクトを取り、皇帝カール四世まで辿り着いてどうにか留学の件を受け入れてもらった。条件は一般隊員として扱う事。そこにおいて特別な扱いをしないこと。そして万が一命を落とした場合の責を負わない事だった。
勿論手土産も持参した。主に唐国の医薬品の卸値についてだ。
長い歴史を持つ唐国では様々な医薬品が研究、開発されている。それは帝国にはないもので、これまではかなりの高値でこれらを売りつけていた。だが今回の事でその値を下げたのだ。
正直、これらを一手に扱っていた周戒はかなりごねた。だがリーはそれを許さず厳命している。違反したら王宮との取り引きも制限すると言えば従うより他にない。金に煩い男ではあるが筋は通す。だからこそ、王宮へも出入りを許しているのだ。
「そういえば、昨日は随分とお可愛らしいお客人とご一緒でしたな」
老人、黄然の言葉に思わず飲んでいた茶がおかしな方向へと入ってむせてしまう。その様子に黄老人はただ笑うばかりだ。
「随分と大切にしておいでのようで」
「見ていたとは趣味が悪い」
「これでも公子のお相手ですからな」
「構わないだろ、別に。俺は女性を娶るつもりはない。兄上達の邪魔にはならない」
この言いように、黄老人は少し寂しそうな顔をした。
皇帝に沢山の妃がいるだけで火種だ。そして公子に妃や子が生れればまたこれが火種。リーはそんな世界の只中にいた。だからこそ敬愛する兄の邪魔になる事をしたくはない。
幸い後宮なんてものを見続けたせいか女性は苦手だ。どれほどに優しげに見えてもそれは表の顔でしかないと思えてしまう。なにせ、女性が女性を蹴落とすような場所にいたのだから。
だからといって男色かと言われると分からなかった。無理に相手を求めるわけでもないし、むしろ独り身のほうがいいようにも思えていた。確実にこの面倒な関係に巻き込むのだから、それは不幸だろうと。
だが今、心は揺れている。ユーインがとても可愛い。彼と話をする時間が心穏やかなのだ。ただ慕ってくれて、静かで……。
「……巻き込んでしまうだろうな」
「当然でしょうな」
「これさえ無ければ、純粋にあの子に好意を伝えられるのだが」
自国の争いにあの優しい子を巻き込む事はしたくない。だが心は求めている。手を引こうと思えば引けるのにそれが出来ない時点でリーの負けだ。
「強くならなければ。あの子を守れるくらいに」
「左様でございますか」
「兄上から報告はあるか」
「つつがなくと。陛下もご存命ですよ」
「それは何よりだ」
残る時間、もっと鍛えなければ。もっと強くならなければ。ファウストのようにとまでは言わなくても、負けない為に。自国の戦争はそれほどに酷い。負ければ自分の命がないばかりではない。恋人や妻もどうなるか分からないのだ。
そんな目にユーインを合わせる事はできない。
「守るべき者を知って、武人はより強くなれる。歴史は真実を教えてくれるな」
残りの茶を飲み干し、リーは立ち上がる。それに、黄老人は丁寧に頭を下げた。
「どうか、僅かな時でも貴方様に穏やかな時が訪れますよう。李春様」
「この国ではリー・ピューだ」
溜息をつきながらも懐かしい名に苦笑して、リーは店を後にした。
END
中に入れば人が忙しく動いている。その中に一人、様子の違う人物がいた。
背はそう高くなく、少しふっくらとした白髪の老人だ。髪は結って紫の巾で包んでいる。彼はリーが入ってきたのを見て、細い目を更に細めて笑いかけた。
「公子、いらっしゃいませ」
「この国でその呼び方は止めてくれないか、爺」
「これは失礼を。ささっ、どうぞ」
そう言って通してくれるのは厨房横に作られた特別な部屋だった。
広さはそうない。だが設えは立派だ。肘掛けのついた木製の椅子は見慣れない彫り込みがされ、テーブルの縁や足にも独特の彫り込みがある。置かれた飾り棚にも同様の装飾がされ、そこには茶器や香炉が並んでいる。
先程の老人が茶を入れるのを受けて、リーは息をついた。
「騎士団はどうですかな?」
「厳しいよ、本当に。この国がいかに強いかを思い知る。兄上にもしっかり進言しておかなければな。帝国に手を出せば軍神が我が国を蹂躙するだろうと」
「それは恐ろしい」
軽く笑うが、そんな軽いものではない。西の大国がいかに強く強固であるか、それは内部に入って初めて分かる事なのだろう。騎士団の結束は固く、また層も厚い。そのトップに立つファウストは実に強い。
「だが、勉強になる。自国に戻ったらこれを参考に軍部を整えていきたいと思える程だ」
「それほどに?」
「あぁ」
その為には誰もが求める王を立てなければならない。だがそれが一番難しいのかもしれない。
リーの祖国、唐は現在内乱一歩手前まできている。それというのも父である皇帝が床に伏しているのだ。
現在皇帝の息子は六人。それらの皇子を産んだ母は二人だ。
唐国には後宮というものがある。そこには多くの女性が集められ、皇帝を慰める。その中でも四妃と呼ばれる妃は強い権力を持っている。
リーには二人の実兄がいる。母は四妃の一人で貴妃と呼ばれる女性だ。厳しい人で決して甘やかさず、子に国の現状や歴史を説いた女性だ。
そして残り三人の皇子を産んだのが徳妃と呼ばれる女性。
ここが反りが合わない。
本当は父である皇帝が皇子のある二人の妃のうち一人を正妃に取り立てれば優劣がついたのだが、この父がそれをしない。どちらもタイプの違う女性で甲乙つけがたいというのが理由なのだが、そのせいで国が荒れる事までは考えていなかったのだろう。
結果、現在皇子同士での次期皇帝争いというのが起こる寸前なのだ。
リーの兄はこの事態を見越して、リーを帝国へと留学させた。留学、という名目で逃がしたとも言える。
兄二人は立派な人物で武人としても誉高いが、一番の武人はリーだった。そのリーに帝国の軍略や訓練を学び、自国へ貢献してくれと言った。その為に留学が明けるまでの五年、なんとか現状を維持すると約束をして。
そうしてリーは貿易商でもある周戒を通じてシウスにコンタクトを取り、皇帝カール四世まで辿り着いてどうにか留学の件を受け入れてもらった。条件は一般隊員として扱う事。そこにおいて特別な扱いをしないこと。そして万が一命を落とした場合の責を負わない事だった。
勿論手土産も持参した。主に唐国の医薬品の卸値についてだ。
長い歴史を持つ唐国では様々な医薬品が研究、開発されている。それは帝国にはないもので、これまではかなりの高値でこれらを売りつけていた。だが今回の事でその値を下げたのだ。
正直、これらを一手に扱っていた周戒はかなりごねた。だがリーはそれを許さず厳命している。違反したら王宮との取り引きも制限すると言えば従うより他にない。金に煩い男ではあるが筋は通す。だからこそ、王宮へも出入りを許しているのだ。
「そういえば、昨日は随分とお可愛らしいお客人とご一緒でしたな」
老人、黄然の言葉に思わず飲んでいた茶がおかしな方向へと入ってむせてしまう。その様子に黄老人はただ笑うばかりだ。
「随分と大切にしておいでのようで」
「見ていたとは趣味が悪い」
「これでも公子のお相手ですからな」
「構わないだろ、別に。俺は女性を娶るつもりはない。兄上達の邪魔にはならない」
この言いように、黄老人は少し寂しそうな顔をした。
皇帝に沢山の妃がいるだけで火種だ。そして公子に妃や子が生れればまたこれが火種。リーはそんな世界の只中にいた。だからこそ敬愛する兄の邪魔になる事をしたくはない。
幸い後宮なんてものを見続けたせいか女性は苦手だ。どれほどに優しげに見えてもそれは表の顔でしかないと思えてしまう。なにせ、女性が女性を蹴落とすような場所にいたのだから。
だからといって男色かと言われると分からなかった。無理に相手を求めるわけでもないし、むしろ独り身のほうがいいようにも思えていた。確実にこの面倒な関係に巻き込むのだから、それは不幸だろうと。
だが今、心は揺れている。ユーインがとても可愛い。彼と話をする時間が心穏やかなのだ。ただ慕ってくれて、静かで……。
「……巻き込んでしまうだろうな」
「当然でしょうな」
「これさえ無ければ、純粋にあの子に好意を伝えられるのだが」
自国の争いにあの優しい子を巻き込む事はしたくない。だが心は求めている。手を引こうと思えば引けるのにそれが出来ない時点でリーの負けだ。
「強くならなければ。あの子を守れるくらいに」
「左様でございますか」
「兄上から報告はあるか」
「つつがなくと。陛下もご存命ですよ」
「それは何よりだ」
残る時間、もっと鍛えなければ。もっと強くならなければ。ファウストのようにとまでは言わなくても、負けない為に。自国の戦争はそれほどに酷い。負ければ自分の命がないばかりではない。恋人や妻もどうなるか分からないのだ。
そんな目にユーインを合わせる事はできない。
「守るべき者を知って、武人はより強くなれる。歴史は真実を教えてくれるな」
残りの茶を飲み干し、リーは立ち上がる。それに、黄老人は丁寧に頭を下げた。
「どうか、僅かな時でも貴方様に穏やかな時が訪れますよう。李春様」
「この国ではリー・ピューだ」
溜息をつきながらも懐かしい名に苦笑して、リーは店を後にした。
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