恋愛騎士物語アフター!

凪瀬夜霧

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【チェスター×リカルド】家族になりたい

3話:失踪(チェスター)

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 金を工面しなければ。ふらふらになって立ち上がったチェスターの頭の中はそればかりだった。けれど突然そんな大金は入らない。
 東地区の教会を更に回ってみたけれど、貴族の墓地よりも場所問題は深刻だった。

 寒くて、お腹が空いた。冷静になってみると昨日の夜から食べていない。
 財布を見て、グッと我慢した。今はこのお金だって惜しい。
 フラフラしながら立ち上がったチェスターは行くあてもなく歩き出して……その先で、男性の悲鳴を聞いた。

「誰か! 誰か!」
「!」

 見れば初老の男性が倒れ、手を伸ばしている。その先には男がいて、何かを大切に腕に抱え込んでいる。茶色いボストンバッグだ。
 どれだけ気落ちしていても騎士団の人間だ。チェスターは猛然と走り出し、直ぐに男に追いつくと腕を掴み捻り上げた。
 男の腕からバッグが落ちる。それをチェスターは確保したまま、男を地面へと倒した。そこに倒れていた老人もかけつけて、チェスターに何度も頭を下げた。

「助かります。大切な鞄でして」
「あぁ、いえ」

 当然のことをした。けれど、心の中は晴れない。今こいつを掴まえてもチェスターの窮状を救ってくれるわけじゃない。
 ぎゅぅぅぅぅっ、と腹の虫が虚しく鳴く。それを聞いて、老人は人好きのする笑みを浮かべた。

「よろしければ、我が家へおいでください」
「あぁ、いえ!」
「お腹、空いてらっしゃるのではありませんか? そのくらいのお礼はできますよ」

 そう言われると余計にお腹が空く。胃や腸が捻れるような空腹に耐えかねて、チェスターは老人の誘いを受ける事にした。

 老人の家は西地区にあった。大きくはないが手入れされた家で、若い使用人が一人いる。温かなスープとパン、グリルチキンが出てきて思わずがっついてしまうと、老人はとても微笑ましい様子で笑った。途端、恥ずかしくてチェスターは俯いてしまった。

「すみません」
「いえいえ、いいんですよ。若い子は沢山食べなければ」

 なんだか、人の温かさに触れている。それが嬉しくて、食べながらチェスターはまた泣いてしまう。それに、老人は大慌てで近づいてきた。

「どうしたんだい」
「いえ……」
「……こんな爺でも、話くらいは聞けるよ」
「家の、ことなんで」

 そこまで言うと、老人は気遣わしい様子で手を握ってくれる。皺のある、だが温かい手だった。

「話を聞こう。なに、耄碌しておるのでね、直ぐに忘れるさ」

 にっこりと笑うその優しさに、チェスターはグズグズになりながらも頷いた。
 叔父が亡くなった事。父と叔父の仲が悪い事。家族の墓に入れてもらえない事。個人で墓を建てる程の資金がない事。
 全部を伝えたらどこかスッキリとして落ち着いた。そして老人は深く頷いてくれた。

「辛い事が立て続けにあったのだね」
「すみません」
「お前さんが謝る事なんて何もないさ。だが……百五十フェリスか」

 老人は考える。そして、徐に鞄の中を開けて一つの箱を出した。

「実はこれは、人に渡す為に預け先から引き取ってきたものなんだが」

 そう言って、老人は箱の蓋を開ける。すると中には見た事のないほど大きな青い宝石にダイヤのちりばめられた豪華なネックレスとイヤリングが収められていた。

「うわぁ!」
「これを運んでもらえんかね?」
「え?」
「ワシが運べば一番いいんだが、この年だし。またさっきのような事があったら事だからね」
「……ちなみに、誰に渡すんですか?」
「妻の弟なんだ。これは妻の遺品で、彼女の家の家宝のようなものでね。しばらくはワシが手元に残していたんだが、老い先も短いからの。彼女の家に戻す事にしたんだよ」

 そういう老人の表情は穏やかで、少し寂しげだった。

「お礼はちゃんとする。お前さんの助けになるよ」

 そう言われたら心が揺らいだ。別に悪い事をするわけじゃない。そして今、チェスターはお金に困っている。

「……何処に、運ぶんですか?」

 問いかけに、老人は安心したような笑みを浮かべた。

◆◇◆

 届け先はホーリーという王都から近い港町だった。高価な物を運ぶからと小さな馬車を用意されて、それに証文と割り符を持たされる。代理だから念のためにと。
 一日をかけてホーリーまで辿り着いたチェスターは地図を見ながら指定された家を探す。だが、どうにも周囲の様子が慌ただしい。騎士団の制服を着た人達がうろうろしている。

「おい、それらしい奴はいたか?」
「いや。だが王都からの通達が」

 漏れ聞こえてくる言葉に疑問を持ちつつも、チェスターも頼まれごとの最中だ。それにここは王都から近い大きな港町。何だかんだと小さな問題もある。だからこそ近くに小さいながらも砦があるのだ。

 指定された場所はホーリーの中心からやや離れた一軒家。ごく普通の、だが手入れのされた家だった。
 ノックをすると随分と体格のいい男が出て来てチェスターを睨み付ける。怯みながらも、チェスターは事情を話した。

「あの、王都で頼まれごとをして。ロニーさんで間違いありませんか?」
「あぁ、そうだが?」
「あの、此方を渡せば分かると」

 荷物は一応手元に残したまま、チェスターは証文を男に渡す。男はそれを読んで頷くと一旦家に入り、次に木の割り符を持って戻ってきた。

「預かってるか?」
「はい」

 ポケットから割り符を出すとぴったりと合う。それを見て男ロニーは顎をしゃくってチェスターを家に入れた。
 家の中も簡素だった。とてもあんな凄い宝石を持っていた人の弟とは思えない。違和感はあるのだが、証文も割り符もある。此処を詮索するのは他人のチェスターでは踏込みすぎな気がした。

「品物はあるのかい?」
「あぁ、えっと」

 テーブルの上に箱を出すと、男は無表情なまま頷いて中を改める。観察しているが、とくに表情が変わる事もない。

「……これ、お姉さんの遺品なんですか?」
「ん? あぁ、そうだ。これでも昔はそこそこいい家だったんだよ、こんな物を持てるくらいにな。だがこの時代だ、落ちぶれちまってこれしか残っていない」

 確かにそういう家は多い。チェスターの家も無傷ではないが、父が真面目な性格だから散財もなく生き延びている。

「あの爺さんともお情けの結婚だ。人のいい爺さんだったろ?」
「はい」
「自分も長くないらしくてな、財産分けをしてるんだ。だからこそ、これが俺の所に戻ってきたわけだ。随分不相応なものだが」

 そう言うと、男は小さく笑った。
 思い出したのはあの老人の笑顔だ。気遣わしい顔をしていた。

「あの、お邪魔しました」
「ん? 茶でも飲んで行けばいいだろ」
「あぁ、いえ」

 なんとなく、叔父に会いたくなった。拘っていたけれども、叔父はどうしたいのだろう。不仲だった父のところに入りたいだろうか。肩身の狭い思いをしながらでも。
 多分、そうじゃない。賑やかなのが好きだった。そして、保養所の人達とはとても仲が良かった。
 死んで肩身の狭い思いをするくらいなら、気の合う仲間達と楽しくしていたほうがいいのかもしれない。火葬になってしまうけれど、合葬してもらうのも悪くないかもしれない。
 心に温かなものが戻ってくる感じがあって、チェスターは前を向いた。そしてこのまま保養所に行こうと思っていた。

「だが、今の時間からじゃ野宿だぞ?」
「野宿慣れしてるから」

 言って、チェスターは頭を下げて家を後にしようとした。だが、ドアを開けた途端見知らぬ男数十人が家を囲っていた。

「……え?」

 何が起こっているのか理解するよりも前に、後頭部に強い痛みを感じて倒れた。目眩と、ぬるりとした感触が垂れてくる。殴られたんだと分かるのにもしばらくかかった。

「大人しく甘えておけば楽に死ねたのにな」
「な……っ」

 起き上がろうとしてもふらつく。それに扉の前にも複数の男がいる。今にも飛びかかりそうな奴らを睨んで、チェスターの心はまた暗くなっていった。

「お前、まさか今の話を信じたのか?」
「だ、て……」
「俺も演技が上手くなったな。だが、お前をここから出すわけにはいかない。証人を残すほどバカじゃないしな」

 こんな事を言いながらもロニーの表情は変わらない。腕を掴まれ引き立てられたチェスターは何事か分からないままだ。それでもここにいる奴らがまっとうな奴ではなく、多分目的はあの宝石で、そうなればあの優しげな老人も疑わしくなってくる。加えて、騎士団の慌ただしさだ。

 本当にバカだ……弱って、お金が欲しかったからって確かめもせずに犯罪の片棒担いで。

 こみ上げるように怒りが湧いて、チェスターはロニーの腕を振り払うとそのまま男の横っ面を蹴り倒した。派手な音を立てて倒れたロニーを見た外の男達が騒ぎ立てて入ってくるが、入口は普通の間取りの家。二人並んで入るには狭い。チェスターは入ってくる男を一人ずつ各個撃破していく。顔面を殴り、鳩尾に膝を入れ。
 こんな事容易いのだ、訓練してきたんだから。命のかかった戦いをくぐり抜けてきたんだから。優しくて強い上官が必死に鍛えてくれたんだから。

 こみ上げる涙は虚しく落ちていく。気づいた時、そこに立っている人間はいなかった。皆が倒れ、動かないでいる。呻き声も聞こえるけれど、酷い奴だと顔面血だらけだった。

「はは……」

 自分の拳もボロボロで、あちこち血が出ていた。痛いはずなのに痛みはなくて、全部が虚しく思えてしまう。
 何人か、殺してしまったかもしれない。素手でも相手を重症にできるくらいの訓練は毎日している。特に相手が素人に毛が生えた程度の奴らならもしかしたら……。

「何やってるんだろうな、俺」

 こんな所で騎士団の人間が犯罪の片棒担いで、しかも大立ち回りで一般人をボコボコにして、最悪死んでるかもしれなくて。いや、犯罪者だけれど訓練受けてないような奴らだし、一般人……なのか? まぁ、もうどうでもいい気がする。

 人の親切を信じられなくなってくる。絆なんて、どこにあるのだろう。苦しい時に助けてくれる人なんて、本当にはいないのかもしれない。
 ……いや、いたんだろう。命がけでも助けてくれた仲間が。上官が。なのに今、そこに通じる糸を切ってしまった。
 これが知れればきっと軍法にかけられる。これは明らかに過剰防衛だし、知らなかったとはいえ違法な物を運んだ事実か変わらない。上官の顔に泥を塗った。傷もつけた。最悪退団だ。

 退団……

 しても、もういいのだろう。幸い叔父が亡くなって、治療費を払う必要はなくなった。しがみつく理由はなくなったのだ。

 一瞬、心配そうなリカルドが浮かんだ。途端に胸は苦しくなったけれど、余計に迷惑をかけると思うと振り切れた。

 宝石の入った箱を鞄に入れ直し、その場にあった紙に思うまま書き付けて、自分の手から流れる血で拇印を押した。それを封筒に入れて一緒に鞄に入れたチェスターはフラフラしながらも町に戻り、巡回中の騎士を捕まえた。

「あの」
「え? うわ! 大丈夫ですか?」

 声をかけられた若い騎士が顔面蒼白になっている。思えば顔も血だらけだった。まだちゃんとは止まっていないみたいだし。

「とにかく病院に!」
「あぁ、いや……転んで」
「それでも病院です!」
「いや、急いでて」
「死んじゃいますよ!」

 言われて押し込むようにチェスターは病院へと連れていかれる。そしてそこにいた老医師に治療され、一晩いるように言われてしまった。

 温かなベッドが気持ちいい。食事も食べさせてくれた。深夜、人の気配のなくなった頃に起き上がったチェスターは鞄をそのままベッドの下に押し込み、机の上にはお礼のメモと財布を置いた。五フェリス、全財産だ。
 病室は二階だったけれど、第二師団のチェスターにしたらこんなの容易い。しかも外は雪が降り積もっている。
 難なく窓から飛び降りたチェスターはそのまま町を出ていった。
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