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【チェスター×リカルド】家族になりたい
4話:退団届(リカルド)
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チェスターの叔父が亡くなって数日、リカルドは心配になっていた。
彼と叔父との関係は既に親子のようで、そんな相手が亡くなったのだ。優しくて、少し弱いところもあるチェスターが心配だった。実際報告を聞いた直後、彼の様子はあまりにおかしかった。
それでも帰ってこないのは忙しいからだと思っていた。人が一人亡くなれば何かと手続きが必要だ。墓のこと、葬儀の事。叔父とチェスターの父は不仲だと聞いていたから、喪主としてやる事が多いのだと思っていた。
ファウストから呼び出しを受けたのは、そんなある日だった。
何の理由も告げられないままランバートに呼ばれて騎兵府執務室へと来たリカルドは、そこで見知らぬ隊員とウェインがいる事に気づいて見回した。ファウストはとても深刻そうな顔をしている。そしてそのまま、手にしている封筒をリカルドに渡した。
「あの」
「チェスターから、退団届がきた」
「退団!」
あまりの事に驚いて中を改めたリカルドは言葉もなく立ち尽くした。
それはあまりに乱暴なものだった。紙もその辺にあったものだろう。そこに殴りつけるようにたった一言『私、チェスター・ペインは本日をもって騎士団を退団いたします。ご迷惑をおかけして申し訳ありません』とだけあり、赤黒いもので拇印が押されていた。
「どうして……」
「分からない。だが、どうやら数日前に起こった宝石強奪事件が関わっていそうだ」
「宝石強奪事件? どうして彼がそんなものに」
彼はどんな理由があってもそんな事はしない。何よりその事件は既に解決しているはずだ。
数日前、とある貴族家からサファイアのネックレスとイヤリングが強奪された。銀行に預けてあったものを取り出した所を襲われたのだ。犯人は若く小柄な男だったらしい。
一度は行方を見失ったが事件の翌日、その男は見つかった。その時には初老の男に変装していた。
直ぐに奴のアジトを探したが既に宝石は無く、かわりにホーリーで受け渡しがあるというメモ書きが出て来た。
それで急いでホーリーへと連絡がゆき、その後直ぐに捜索が行われたが、受け渡し相手のアジトについては資料がごっそりと無かった。その為捜索していたが、結果的には宝石は見つかり、犯人グループも捕まった。
宝石は無事に持ち主の元に戻っている。
これが事件のあらましだが、此処の何処にチェスターが関わっているというのか。
「そこにいる隊員が、事件捜索の間に大怪我をした青年に話しかけられて病院へと連れていっている」
「大怪我!」
驚いて青年を見ると、酷く恐縮した様子で頭を下げた。
「大怪我って」
「はい。頭から血が出ていて、顔まで跡があったので驚いて病院に。手もボロボロでした」
「どうしてそんな……」
「これは暗府からだが、どうやら老人に化けた男は人の良さそうな若い男に困っているふりをして宝石を運ばせたらしい。金に困っていたから、報酬を渡すと言って。勿論無事に宝石が相手に渡れば消すつもりだった」
「それがチェスターだと?」
ファウストは静かに頷いた。
それにしても、金に困ってなんて。確かに彼はそんな贅沢はしていないけれどまだ余裕があったはず。いったい、どうして……。
「おそらくお墓や葬儀の事で困ったのではないかと思います」
そう真面目に言ったのはランバートだった。頼りなく見れば、ランバートは静かに頷いた。
「東地区で数日前、やたらと墓や葬儀の事を聞き回っている人物がいたそうです。特徴を聞くと、おそらくチェスターかと」
「不仲なんだっけ。家族の墓って、家長が許可しないと入れないんだよね。墓が決まらないと葬儀が行えない。でも、僕達の給料で個人が墓を持つなんて大変だもんね」
「そんな」
そんな所には思い当たらなかった。リカルドの母も恩師も亡くなったのは村から離れた森の中で、墓など作る場所はいくらでもあった。でもここ王都では土地は有限だ。田舎とは事情が違うのだ。
「宝石が見つかった場所は、チェスターらしい男が入院していた病院のベッドの下。そこには『ご親切に有り難うございます』というメモと一緒に五フェリスの入った財布も置かれていた。そして宝石の入った鞄の中に、この退団届も入っていた」
これを、どんな気持ちで彼は書いたのだろう。基本的にお人好しで、困っている人に手を貸す性格だ。簡単に人を信じて……そんな子がこのような手で裏切られて……きっと、悔しかったに違いない。
叔父の事もそうだ。こんなに追い詰められる程に焦って。当然だ、死体はいつまでも原型を留めていない。せめて形があるうちに葬儀を行いたいと思うのが人の情というものだ。しかも世話になった人なら尚のこと。
でも、墓が決まらないと葬儀も出せないなんて。騎士団は騎士団で墓が用意されている。管理する教会もあり、よほどの偉人以外は定期的に整理されていると聞く。けれどチェスターの叔父は一般人で此処には入れないのか。
「チェスターの様子が心配です。こんな、逃げるように姿をくらませているなんて通常の彼では考えられません。追い込まれて自棄を起こしているのかもしれません」
「そんな! チェスターはそんなこと」
「助けてもらえない、信じたのに裏切られて傷ついて、亡くなった叔父もどうしていいか分からない。自棄を起こすには十分な要素が揃っています。あいつはたまにもの凄く短慮ですからね」
「あるね、そういう所。訓練でも追い込まれたら作戦なしに突っ込んでくるもん。忠犬のくせに、ストレス過多になった途端に簡単にバカな事を選ぶんだから」
真面目なランバートと、困った顔のウェイン。だが、動き出すようだ。
「ファウスト様、捜索は俺が指揮を執ります」
「いいだろう。人数は」
「まずは俺とリカルドさんでチェスターの実家に行って話を聞いてきます。同時に彼の叔父が入院していた保養所にコンラッドとレイバンを行かせて事情を聞き込みします。もしかしたら一度戻っているかもしれません。シウス様とファウスト様の連名で、保養所の所長宛に情報開示を求める書類をお願いします。医療人には守秘義務がありますから、書面という形が一番話しやすいと思います」
「分かった。リカルド」
呼ばれ、ビクリと体を震わせる。ファウストは退団届を握るリカルドの手に重ねるようにして強く握らせ、頷いた。
「それはお前に預ける。チェスターを頼む」
……そうだ、へたり込んでいるわけにはいかない。負けそうな時、チェスターが命がけで引き留めてくれたのだ。あの時の恩を返す時が今にちがいない。
何より彼は言ってくれたのだ。『家族になりたい』と。その言葉を今更違えるなんてこと、したくない。
真っ直ぐ前を見たリカルドの目には強い意志が宿っていた。そして一つ、確かに頷くのだった。
◆◇◆
知らせを受けてコンラッドとレイバンが保養所へと向かってくれた。
その背を見送ってランバートと二人、チェスターの生家を目指した。西地区の比較的浅い場所にあるこぢんまりとした家。そのドアを叩くと直ぐに、穏やかそうな青年が顔を出した。
「はい?」
「すみません、俺は騎兵府補佐官のランバートと申します。此方に、チェスターはおりませんか?」
「おりませんが……」
ランバートが尋ねると、顔を出した青年は驚きと困惑の表情を浮かべる。
「あの、チェスター……弟に何かあったのですか?」
「本日、退団届が出されたのです。理由も分からないので此方も戸惑ってしまって。何かお気づきの事はありますか?」
「退団! どうしてそんな……」
青年は驚きながらも顔色を悪くする。そして室内を確認して、ランバートとリカルドを中へと入れてくれた。
応接室へと通され、お茶が運ばれる。そうして対面に座った彼はまずは深く頭を下げた。
「チェスターの兄で、メルヴィンと申します。弟がお世話になっております」
「こちらこそ、彼とは入団当時から良き友人、良き相棒として切磋琢磨してきました。だからこそこの唐突な事態に驚いています」
正直にランバートが伝えると、メルヴィンは優しげな顔を暗くして俯いた。
「もしかして、なのですが……叔父の死が関わっているかもしれません」
「俺もそう思っています。彼は此処を訪ねたのですね?」
「はい、叔父のお墓と葬儀の事で。ですが、父と叔父とはもう何十年も不仲で、とてもそんなこと出来る状態にないのです。弟もそれを分かっているのですが……頼まなければならない状態に追い込まれていたんだと思います」
俯いたままのメルヴィン。だがリカルドからしたら彼だって、チェスターの窮状を知っていながら助けなかった人だ。それが憎くないかと言われると憎い。
「……どうして、不仲なのですか」
思わず声が出た。メルヴィンの視線がリカルドへと向かうのを感じて睨み付けるように見ると、彼は申し訳なさそうな顔をした。
「チェスターは明るく前向きで、弱い者に手を差し伸べる優しい子です。嫌われる事の方が少ないくらいです。そんな子がどうしてこんなに追い込まれるのです。貴方たちの父親と叔父との間に何があったというのです。死んでも許されないというのですか」
「それは……。あの、チェスターとはどのような?」
「恋人です」
淀みなく答えた事にランバートが驚いて、それ以上にメルヴィンが驚いた。だが、静かに飲み込んだのも分かった。
「私は彼に助けてもらいました。長年の苦しみを受け入れてくれて、それでも側にいてくれて、家族になりたいと言ってもらえたんです。そんな彼を、私も愛しています。だからこそ信じられません。突然失踪して、一方的に退団届を送りつけて。全てが私の知るチェスターとはかけ離れた行動です。何が、そんなにもあの子を追い詰めているのですか」
一気にまくし立てたリカルドは目の前のお茶を飲み干す。そうしてようやく息をついた。
メルヴィンはただただ申し訳なさそうに俯いている。だがやがて意を決したように顔を上げた。
「わかりました、お話します。あまり気持ちのいい話ではありませんし、我が家の醜態ですが、その中にチェスターに通じるものがあれば」
「お願いします」
頭を下げるランバートに、メルヴィンは一つ頷いた。
「父と叔父とは、おそらく昔からあまり合わなかったのでしょう。性格が真逆でした。父は真面目で亭主関白で、厳しくて潔癖で意地っ張りです。それに対して叔父は柔軟で明るく前向きで、多少楽観的な部分はあっても周囲に人の多い人でした。おそらく、父はそんな叔父が羨ましかったのです」
その気持ちはどこか理解できた。リカルドも昔は周囲に人が少なく、そういう関係を煩わしいと思う事で見ないフリをした。だが今は単純に、羨ましかったのだと分かる。望んでも得られないものから目を背けたのだ。
「そんな中、母が父のところに嫁いだのですが……ほぼ、借金のカタでした」
「気が弱いのですよね?」
「可愛く言えばそうなりますが、実際はその程度では収まりません。強く言われると萎縮する母に、父は厳しく当りました。元々お嬢様だったので家の事など不慣れなのに、出来ない事を数え上げて怒り、時には手を上げる事も」
「酷い」
ランバートが厳しく眉根を寄せる。彼がこのような顔をすると強い印象を与える。実際、メルヴィンは申し訳なく小さくなって頷いた。
「それでも嫁の務めだと言って、父は母に子を望み、母は兄と俺を産んでくれました」
「義務に聞こえますが」
「実際、義務だったのでしょう。人と関わる事が苦手で、それを拗らせ続けた父はそうすることでしか母と関われないんだと思います」
酷い話もあったものだ。だが、こういう人は多いのかもしれない。プライドが高く意地っ張りで、自分の非を認めない人間は意外といるのだ。
「流石に疲れ果て、母は父の弟である叔父に相談をしていました。父と違い叔父は朗らかで明るく、どんな話も聞いてくれて、怒ったり笑ったりしてくれます。俺も兄も叔父が好きで、よく相談しに行きました」
「まったく正反対なのですね」
見事に分かれている気がする。これはこれで驚きだ。
メルヴィンも頷き、そしてより表情を硬くした。
「そこで、間違いが起こったらしいのです」
「え?」
「母は父ではなく、叔父が好きでした。そして叔父も母の事を憎からず思っていたのです。たった一度、過ちがあった。これが決定的な亀裂となりました」
「……チェスターは、貴方たちの母と叔父との子だと?」
ランバートは確認するが、それに対するメルヴィンの反応は曖昧だ。首を横に振ったあとには首を傾げている。
「実際は、分からないのです」
「分からない?」
「叔父とそのような関係があったと知った父が激怒して、母を乱暴に抱いたそうです。その後で出来た子がチェスターなので、実際はどちらの子なのか分からなくて」
「見た目などでは?」
「性格は真逆ですが、見た目はそっくりなんです。髪型や皺や目つきで見分けられますが、容姿的な特徴は似通っています」
それではどちらの子なのかなんて判別できない。それでも、彼の父は思い込んだのだろう。不義の子だと。
「チェスターには何の罪もありません。あいつがどちらの子なのかなんて、誰も分からないんです。ですが父は叔父の子だと勝手に判断して辛く当り、決して自分の子とは認めません。更には幼いあの子を殴って大怪我をさせて……祖父母が間に入ってとりなし、危険を回避するためにチェスターを叔父の所に預けたのです」
知らなかった。リカルドは俯き、グッと手を握る。毎日人懐っこい笑みを浮かべて側にいる子が、こんなに辛い境遇の上にいたなんて。そんな事一切思わせなかった。
隣ではランバートも辛そうな顔をする。だが、彼は顔を上げた。
「チェスターは現在失踪しています。どこか、思いあたる場所はありませんか? 思い出のある場所や、憧れのある場所は?」
「家族旅行の記憶もありませんし、叔父も客商売をしていたので思い出のある場所はないと思います」
そこまで言うと、不意にメルヴィンが「あっ」と小さく漏らした。
「俺達の記憶ではありませんが、父がまだ子供だった頃に旅行した場所があります。幼いチェスターは何度もその旅行の話を叔父にせがんでいて、いつか行きたいと言っていました」
「どこです!」
「ロミという場所で、ワイン作りが盛んな場所です。叔父はここでワイン作りの体験をしたのを切っ掛けに酒屋をする事にしたようです。そして俺達の兄がそこでワイン作りをしています」
その情報にランバートは頷いて立ち上がる。それにつられてリカルドも腰を上げる。その後ろで、メルヴィンは震えながらも深く頭を下げた。
「父はチェスターを自分の子だと認めていなくても、俺達には大切な弟なんです。こんな話と対応をした後で信用できないでしょうが、それでも」
「信じます。貴方の言葉の端々には彼を案ずる様子がありました。後の事は任せてください」
「お願いします。叔父の葬儀などについては今、兄と話をしています。父を動かす事はできませんが、父と兄とは不仲で袂を分かっています。そして多分、兄は叔父とチェスターの味方になってくれます」
「有り難うございます。チェスターを見つけたら伝えます」
やり取りを終え、ランバートと一緒に家を出た。そのまま彼は関所へと向かい馬を用意する。そしてリカルドを見て「どうしますか?」と聞いてくる。
迷う事など何もない。リカルドも馬を用意して跨がる。正直得意ではないが、幸い場所は聞いている。置いて行かれても目的地までは行けるだろう。
駆け出す背中を見ながら必死に馬を繰るリカルドの胸はもう、彼の無事をひたすらに願っていた。
◆◇◆
チェスターの叔父が療養していた保養地に着くと、その入口にコンラッドとレイバンがいた。二人は分かっていたようだが、ちょっと驚いていた。
「な? やっぱり来ただろ?」
「流石だよ、レイバン。ランバート、お疲れ」
「読んでたのか」
「ランバートって案外せっかちだからさ。事情を聞き終えたらこっち来るかなって。だって、明らかにチェスター王都には寄らないだろうし」
「何にしても合流出来て良かったよ」
にやにやと笑うレイバンと、ほっとしたように笑うコンラッド。その側でリカルドはもの凄く疲れて馬から下りた。
「お疲れ様です、先生。大丈夫ですか?」
「なんとか……こんなに必死に馬を走らせた事はありません」
騎士の馬術スキルを舐めていたわけじゃない。自分が不出来なのも認める。が、流石にしんどかった。
それでも気になってコンラッドの腕を掴んだリカルドに、コンラッドは怯みながらも笑った。
「えっと、詳しくは保養所で。所長さんには話をしてあります」
ということで、一行はそのまま保養所へと向かうことになった。
保養所の所長という人物と挨拶を交わし、リカルドはランバート達に断りを入れて所長に事情を話し、先に叔父に挨拶させて貰う事にした。
石造りの地下はひんやりとした空気に包まれているが、嫌な気配は何一つない。個室がいくつも並んだ一室に、所長は案内してくれた。
診察台ではなく、ベッド。そこに生前気に入っていたという服を着せられ、胸の上で手を組んで横になっている人物がいる。近づいて見たその様子はとても穏やかで、何かを悔いたり心残りがあったりする様子はなかった。
「丁度、防腐処理が終わりましてね。とはいえそんな立派にはここの施設ではできませんが」
「とても綺麗で、穏やかだと思います」
丁寧な仕事をしているのは、そして心を尽くしてくれているのは分かる。リカルドはそっと近づいて、組んでいる手にほんの少し触れた。
「初めまして、リカルドと申します。チェスターさんとは、良いお付き合いをさせていただいています。本当はもっと早くお会いしたかったのですが、このような形になってしまい申し訳ありません」
伝わっているのではないかと思うのだ。思い出すのは同じ医療府にいるバーニーという医師の事。彼は検死と死体復元を得意としているが、その間中ずっと話しかけている。相手は物言わぬというのに。
疑問に思い聞いた事があった。すると彼は照れ笑いながら「いや、返事がないのは分かっているよ。むしろ返事したら怖いし」と言う。だが次にはとても優しい様子で「でも、伝わっている気がするんだ」とも言うのだ。
あの時はピンとこなかった。でも今は分かると思う。返ってくる言葉はなくても、こちらが伝える言葉は届いているのではないか。そして受け入れられているのではないか。そんな気がした。
「チェスターを、どうかお守りください。必ずあの子を連れ戻します。そうしたら改めて、二人でご挨拶に伺います」
そう伝えて、リカルドは一礼の後に部屋を後にした。
上に戻りランバート達と合流すると、コンラッドとレイバンが神妙な顔をしていた。どうやらかいつまんで話がされたようだった。
「あいつ、平気な顔してとんでもない生き方してたんだね。ちょっと見方変わるかも」
「そんな生い立ちもあって、頼る相手を見失ったんだな。俺達を頼ってくればいいのに」
「金の絡む問題だし、家族の問題という意識が強かったんだろうな。妙な所で頭が硬いというか、パニクると直情的というか。でも、必死だったんだと思う」
これにはリカルドも俯いたままだった。
こんな時ほど頼ってほしかった。友人には言えなくても、恋人である自分には言ってほしかったのだ。頼って欲しかったのだ。お金の面だって少しくらいは力になれた。一般隊員よりは多少、医療府は給与がいい。勿論特殊性が考慮されての手当でほんの少し高いだけだが。
それでも、二人で背負いたかったのは本心だ。家族になるのだから、このくらいなんてことはなかったのに。
「とりあえず、あいつを見つける事だ。コンラッド、レイバン、何か掴めたか?」
「少しね。まず、まだあいつは此処に来ていない。こういう事情だし、このまま叔父さんの遺体を放置はしないと思って張っていたんだけどまだ来てないみたいだね」
「ホーリーから王都までは馬車で一日と少し。徒歩なら二日か三日はかかる。更にこの保養所となれば追加で一日。まだ到着はしないだろう」
「ってことで、町に来る人に話を聞いてみた。そしたら、それらしい特徴の人物がこっちに向かって歩いているのを見たって人がいた」
「本当ですか!」
思わず声を上げると、レイバンは二度ほど頷いた。
「防寒着っていうには薄いし、手と頭に包帯もあったから気になって声をかけたらしい。でも平気だからって言われたとか」
「薄い装備でこの時期に徒歩なんて、自殺行為でしかない。それ、どの辺りだ?」
「この辺」
ランバートが広げた地図にレイバンが指さす。ちょうど王都に近い場所だ。
「こっちから探そう。コンラッドは一応こっちに残って。リカルド先生も。俺とレイバンで此処に続く道沿いを探す。最悪、行き倒れてる可能性もある」
「了解」
足早にランバートとレイバンが出て行くのを見送りリカルドは不安だった。けれど側にいたコンラッドが肩を叩いて頷いた。
「大丈夫、あいつもタフだから」
「ですが」
「信じて待ちましょう」
そう言われるとそれしかない。彼等についていっても足手まといになるのは目に見えている。
リカルドはひたすら祈った。どうかチェスターが無事であるようにと。
彼と叔父との関係は既に親子のようで、そんな相手が亡くなったのだ。優しくて、少し弱いところもあるチェスターが心配だった。実際報告を聞いた直後、彼の様子はあまりにおかしかった。
それでも帰ってこないのは忙しいからだと思っていた。人が一人亡くなれば何かと手続きが必要だ。墓のこと、葬儀の事。叔父とチェスターの父は不仲だと聞いていたから、喪主としてやる事が多いのだと思っていた。
ファウストから呼び出しを受けたのは、そんなある日だった。
何の理由も告げられないままランバートに呼ばれて騎兵府執務室へと来たリカルドは、そこで見知らぬ隊員とウェインがいる事に気づいて見回した。ファウストはとても深刻そうな顔をしている。そしてそのまま、手にしている封筒をリカルドに渡した。
「あの」
「チェスターから、退団届がきた」
「退団!」
あまりの事に驚いて中を改めたリカルドは言葉もなく立ち尽くした。
それはあまりに乱暴なものだった。紙もその辺にあったものだろう。そこに殴りつけるようにたった一言『私、チェスター・ペインは本日をもって騎士団を退団いたします。ご迷惑をおかけして申し訳ありません』とだけあり、赤黒いもので拇印が押されていた。
「どうして……」
「分からない。だが、どうやら数日前に起こった宝石強奪事件が関わっていそうだ」
「宝石強奪事件? どうして彼がそんなものに」
彼はどんな理由があってもそんな事はしない。何よりその事件は既に解決しているはずだ。
数日前、とある貴族家からサファイアのネックレスとイヤリングが強奪された。銀行に預けてあったものを取り出した所を襲われたのだ。犯人は若く小柄な男だったらしい。
一度は行方を見失ったが事件の翌日、その男は見つかった。その時には初老の男に変装していた。
直ぐに奴のアジトを探したが既に宝石は無く、かわりにホーリーで受け渡しがあるというメモ書きが出て来た。
それで急いでホーリーへと連絡がゆき、その後直ぐに捜索が行われたが、受け渡し相手のアジトについては資料がごっそりと無かった。その為捜索していたが、結果的には宝石は見つかり、犯人グループも捕まった。
宝石は無事に持ち主の元に戻っている。
これが事件のあらましだが、此処の何処にチェスターが関わっているというのか。
「そこにいる隊員が、事件捜索の間に大怪我をした青年に話しかけられて病院へと連れていっている」
「大怪我!」
驚いて青年を見ると、酷く恐縮した様子で頭を下げた。
「大怪我って」
「はい。頭から血が出ていて、顔まで跡があったので驚いて病院に。手もボロボロでした」
「どうしてそんな……」
「これは暗府からだが、どうやら老人に化けた男は人の良さそうな若い男に困っているふりをして宝石を運ばせたらしい。金に困っていたから、報酬を渡すと言って。勿論無事に宝石が相手に渡れば消すつもりだった」
「それがチェスターだと?」
ファウストは静かに頷いた。
それにしても、金に困ってなんて。確かに彼はそんな贅沢はしていないけれどまだ余裕があったはず。いったい、どうして……。
「おそらくお墓や葬儀の事で困ったのではないかと思います」
そう真面目に言ったのはランバートだった。頼りなく見れば、ランバートは静かに頷いた。
「東地区で数日前、やたらと墓や葬儀の事を聞き回っている人物がいたそうです。特徴を聞くと、おそらくチェスターかと」
「不仲なんだっけ。家族の墓って、家長が許可しないと入れないんだよね。墓が決まらないと葬儀が行えない。でも、僕達の給料で個人が墓を持つなんて大変だもんね」
「そんな」
そんな所には思い当たらなかった。リカルドの母も恩師も亡くなったのは村から離れた森の中で、墓など作る場所はいくらでもあった。でもここ王都では土地は有限だ。田舎とは事情が違うのだ。
「宝石が見つかった場所は、チェスターらしい男が入院していた病院のベッドの下。そこには『ご親切に有り難うございます』というメモと一緒に五フェリスの入った財布も置かれていた。そして宝石の入った鞄の中に、この退団届も入っていた」
これを、どんな気持ちで彼は書いたのだろう。基本的にお人好しで、困っている人に手を貸す性格だ。簡単に人を信じて……そんな子がこのような手で裏切られて……きっと、悔しかったに違いない。
叔父の事もそうだ。こんなに追い詰められる程に焦って。当然だ、死体はいつまでも原型を留めていない。せめて形があるうちに葬儀を行いたいと思うのが人の情というものだ。しかも世話になった人なら尚のこと。
でも、墓が決まらないと葬儀も出せないなんて。騎士団は騎士団で墓が用意されている。管理する教会もあり、よほどの偉人以外は定期的に整理されていると聞く。けれどチェスターの叔父は一般人で此処には入れないのか。
「チェスターの様子が心配です。こんな、逃げるように姿をくらませているなんて通常の彼では考えられません。追い込まれて自棄を起こしているのかもしれません」
「そんな! チェスターはそんなこと」
「助けてもらえない、信じたのに裏切られて傷ついて、亡くなった叔父もどうしていいか分からない。自棄を起こすには十分な要素が揃っています。あいつはたまにもの凄く短慮ですからね」
「あるね、そういう所。訓練でも追い込まれたら作戦なしに突っ込んでくるもん。忠犬のくせに、ストレス過多になった途端に簡単にバカな事を選ぶんだから」
真面目なランバートと、困った顔のウェイン。だが、動き出すようだ。
「ファウスト様、捜索は俺が指揮を執ります」
「いいだろう。人数は」
「まずは俺とリカルドさんでチェスターの実家に行って話を聞いてきます。同時に彼の叔父が入院していた保養所にコンラッドとレイバンを行かせて事情を聞き込みします。もしかしたら一度戻っているかもしれません。シウス様とファウスト様の連名で、保養所の所長宛に情報開示を求める書類をお願いします。医療人には守秘義務がありますから、書面という形が一番話しやすいと思います」
「分かった。リカルド」
呼ばれ、ビクリと体を震わせる。ファウストは退団届を握るリカルドの手に重ねるようにして強く握らせ、頷いた。
「それはお前に預ける。チェスターを頼む」
……そうだ、へたり込んでいるわけにはいかない。負けそうな時、チェスターが命がけで引き留めてくれたのだ。あの時の恩を返す時が今にちがいない。
何より彼は言ってくれたのだ。『家族になりたい』と。その言葉を今更違えるなんてこと、したくない。
真っ直ぐ前を見たリカルドの目には強い意志が宿っていた。そして一つ、確かに頷くのだった。
◆◇◆
知らせを受けてコンラッドとレイバンが保養所へと向かってくれた。
その背を見送ってランバートと二人、チェスターの生家を目指した。西地区の比較的浅い場所にあるこぢんまりとした家。そのドアを叩くと直ぐに、穏やかそうな青年が顔を出した。
「はい?」
「すみません、俺は騎兵府補佐官のランバートと申します。此方に、チェスターはおりませんか?」
「おりませんが……」
ランバートが尋ねると、顔を出した青年は驚きと困惑の表情を浮かべる。
「あの、チェスター……弟に何かあったのですか?」
「本日、退団届が出されたのです。理由も分からないので此方も戸惑ってしまって。何かお気づきの事はありますか?」
「退団! どうしてそんな……」
青年は驚きながらも顔色を悪くする。そして室内を確認して、ランバートとリカルドを中へと入れてくれた。
応接室へと通され、お茶が運ばれる。そうして対面に座った彼はまずは深く頭を下げた。
「チェスターの兄で、メルヴィンと申します。弟がお世話になっております」
「こちらこそ、彼とは入団当時から良き友人、良き相棒として切磋琢磨してきました。だからこそこの唐突な事態に驚いています」
正直にランバートが伝えると、メルヴィンは優しげな顔を暗くして俯いた。
「もしかして、なのですが……叔父の死が関わっているかもしれません」
「俺もそう思っています。彼は此処を訪ねたのですね?」
「はい、叔父のお墓と葬儀の事で。ですが、父と叔父とはもう何十年も不仲で、とてもそんなこと出来る状態にないのです。弟もそれを分かっているのですが……頼まなければならない状態に追い込まれていたんだと思います」
俯いたままのメルヴィン。だがリカルドからしたら彼だって、チェスターの窮状を知っていながら助けなかった人だ。それが憎くないかと言われると憎い。
「……どうして、不仲なのですか」
思わず声が出た。メルヴィンの視線がリカルドへと向かうのを感じて睨み付けるように見ると、彼は申し訳なさそうな顔をした。
「チェスターは明るく前向きで、弱い者に手を差し伸べる優しい子です。嫌われる事の方が少ないくらいです。そんな子がどうしてこんなに追い込まれるのです。貴方たちの父親と叔父との間に何があったというのです。死んでも許されないというのですか」
「それは……。あの、チェスターとはどのような?」
「恋人です」
淀みなく答えた事にランバートが驚いて、それ以上にメルヴィンが驚いた。だが、静かに飲み込んだのも分かった。
「私は彼に助けてもらいました。長年の苦しみを受け入れてくれて、それでも側にいてくれて、家族になりたいと言ってもらえたんです。そんな彼を、私も愛しています。だからこそ信じられません。突然失踪して、一方的に退団届を送りつけて。全てが私の知るチェスターとはかけ離れた行動です。何が、そんなにもあの子を追い詰めているのですか」
一気にまくし立てたリカルドは目の前のお茶を飲み干す。そうしてようやく息をついた。
メルヴィンはただただ申し訳なさそうに俯いている。だがやがて意を決したように顔を上げた。
「わかりました、お話します。あまり気持ちのいい話ではありませんし、我が家の醜態ですが、その中にチェスターに通じるものがあれば」
「お願いします」
頭を下げるランバートに、メルヴィンは一つ頷いた。
「父と叔父とは、おそらく昔からあまり合わなかったのでしょう。性格が真逆でした。父は真面目で亭主関白で、厳しくて潔癖で意地っ張りです。それに対して叔父は柔軟で明るく前向きで、多少楽観的な部分はあっても周囲に人の多い人でした。おそらく、父はそんな叔父が羨ましかったのです」
その気持ちはどこか理解できた。リカルドも昔は周囲に人が少なく、そういう関係を煩わしいと思う事で見ないフリをした。だが今は単純に、羨ましかったのだと分かる。望んでも得られないものから目を背けたのだ。
「そんな中、母が父のところに嫁いだのですが……ほぼ、借金のカタでした」
「気が弱いのですよね?」
「可愛く言えばそうなりますが、実際はその程度では収まりません。強く言われると萎縮する母に、父は厳しく当りました。元々お嬢様だったので家の事など不慣れなのに、出来ない事を数え上げて怒り、時には手を上げる事も」
「酷い」
ランバートが厳しく眉根を寄せる。彼がこのような顔をすると強い印象を与える。実際、メルヴィンは申し訳なく小さくなって頷いた。
「それでも嫁の務めだと言って、父は母に子を望み、母は兄と俺を産んでくれました」
「義務に聞こえますが」
「実際、義務だったのでしょう。人と関わる事が苦手で、それを拗らせ続けた父はそうすることでしか母と関われないんだと思います」
酷い話もあったものだ。だが、こういう人は多いのかもしれない。プライドが高く意地っ張りで、自分の非を認めない人間は意外といるのだ。
「流石に疲れ果て、母は父の弟である叔父に相談をしていました。父と違い叔父は朗らかで明るく、どんな話も聞いてくれて、怒ったり笑ったりしてくれます。俺も兄も叔父が好きで、よく相談しに行きました」
「まったく正反対なのですね」
見事に分かれている気がする。これはこれで驚きだ。
メルヴィンも頷き、そしてより表情を硬くした。
「そこで、間違いが起こったらしいのです」
「え?」
「母は父ではなく、叔父が好きでした。そして叔父も母の事を憎からず思っていたのです。たった一度、過ちがあった。これが決定的な亀裂となりました」
「……チェスターは、貴方たちの母と叔父との子だと?」
ランバートは確認するが、それに対するメルヴィンの反応は曖昧だ。首を横に振ったあとには首を傾げている。
「実際は、分からないのです」
「分からない?」
「叔父とそのような関係があったと知った父が激怒して、母を乱暴に抱いたそうです。その後で出来た子がチェスターなので、実際はどちらの子なのか分からなくて」
「見た目などでは?」
「性格は真逆ですが、見た目はそっくりなんです。髪型や皺や目つきで見分けられますが、容姿的な特徴は似通っています」
それではどちらの子なのかなんて判別できない。それでも、彼の父は思い込んだのだろう。不義の子だと。
「チェスターには何の罪もありません。あいつがどちらの子なのかなんて、誰も分からないんです。ですが父は叔父の子だと勝手に判断して辛く当り、決して自分の子とは認めません。更には幼いあの子を殴って大怪我をさせて……祖父母が間に入ってとりなし、危険を回避するためにチェスターを叔父の所に預けたのです」
知らなかった。リカルドは俯き、グッと手を握る。毎日人懐っこい笑みを浮かべて側にいる子が、こんなに辛い境遇の上にいたなんて。そんな事一切思わせなかった。
隣ではランバートも辛そうな顔をする。だが、彼は顔を上げた。
「チェスターは現在失踪しています。どこか、思いあたる場所はありませんか? 思い出のある場所や、憧れのある場所は?」
「家族旅行の記憶もありませんし、叔父も客商売をしていたので思い出のある場所はないと思います」
そこまで言うと、不意にメルヴィンが「あっ」と小さく漏らした。
「俺達の記憶ではありませんが、父がまだ子供だった頃に旅行した場所があります。幼いチェスターは何度もその旅行の話を叔父にせがんでいて、いつか行きたいと言っていました」
「どこです!」
「ロミという場所で、ワイン作りが盛んな場所です。叔父はここでワイン作りの体験をしたのを切っ掛けに酒屋をする事にしたようです。そして俺達の兄がそこでワイン作りをしています」
その情報にランバートは頷いて立ち上がる。それにつられてリカルドも腰を上げる。その後ろで、メルヴィンは震えながらも深く頭を下げた。
「父はチェスターを自分の子だと認めていなくても、俺達には大切な弟なんです。こんな話と対応をした後で信用できないでしょうが、それでも」
「信じます。貴方の言葉の端々には彼を案ずる様子がありました。後の事は任せてください」
「お願いします。叔父の葬儀などについては今、兄と話をしています。父を動かす事はできませんが、父と兄とは不仲で袂を分かっています。そして多分、兄は叔父とチェスターの味方になってくれます」
「有り難うございます。チェスターを見つけたら伝えます」
やり取りを終え、ランバートと一緒に家を出た。そのまま彼は関所へと向かい馬を用意する。そしてリカルドを見て「どうしますか?」と聞いてくる。
迷う事など何もない。リカルドも馬を用意して跨がる。正直得意ではないが、幸い場所は聞いている。置いて行かれても目的地までは行けるだろう。
駆け出す背中を見ながら必死に馬を繰るリカルドの胸はもう、彼の無事をひたすらに願っていた。
◆◇◆
チェスターの叔父が療養していた保養地に着くと、その入口にコンラッドとレイバンがいた。二人は分かっていたようだが、ちょっと驚いていた。
「な? やっぱり来ただろ?」
「流石だよ、レイバン。ランバート、お疲れ」
「読んでたのか」
「ランバートって案外せっかちだからさ。事情を聞き終えたらこっち来るかなって。だって、明らかにチェスター王都には寄らないだろうし」
「何にしても合流出来て良かったよ」
にやにやと笑うレイバンと、ほっとしたように笑うコンラッド。その側でリカルドはもの凄く疲れて馬から下りた。
「お疲れ様です、先生。大丈夫ですか?」
「なんとか……こんなに必死に馬を走らせた事はありません」
騎士の馬術スキルを舐めていたわけじゃない。自分が不出来なのも認める。が、流石にしんどかった。
それでも気になってコンラッドの腕を掴んだリカルドに、コンラッドは怯みながらも笑った。
「えっと、詳しくは保養所で。所長さんには話をしてあります」
ということで、一行はそのまま保養所へと向かうことになった。
保養所の所長という人物と挨拶を交わし、リカルドはランバート達に断りを入れて所長に事情を話し、先に叔父に挨拶させて貰う事にした。
石造りの地下はひんやりとした空気に包まれているが、嫌な気配は何一つない。個室がいくつも並んだ一室に、所長は案内してくれた。
診察台ではなく、ベッド。そこに生前気に入っていたという服を着せられ、胸の上で手を組んで横になっている人物がいる。近づいて見たその様子はとても穏やかで、何かを悔いたり心残りがあったりする様子はなかった。
「丁度、防腐処理が終わりましてね。とはいえそんな立派にはここの施設ではできませんが」
「とても綺麗で、穏やかだと思います」
丁寧な仕事をしているのは、そして心を尽くしてくれているのは分かる。リカルドはそっと近づいて、組んでいる手にほんの少し触れた。
「初めまして、リカルドと申します。チェスターさんとは、良いお付き合いをさせていただいています。本当はもっと早くお会いしたかったのですが、このような形になってしまい申し訳ありません」
伝わっているのではないかと思うのだ。思い出すのは同じ医療府にいるバーニーという医師の事。彼は検死と死体復元を得意としているが、その間中ずっと話しかけている。相手は物言わぬというのに。
疑問に思い聞いた事があった。すると彼は照れ笑いながら「いや、返事がないのは分かっているよ。むしろ返事したら怖いし」と言う。だが次にはとても優しい様子で「でも、伝わっている気がするんだ」とも言うのだ。
あの時はピンとこなかった。でも今は分かると思う。返ってくる言葉はなくても、こちらが伝える言葉は届いているのではないか。そして受け入れられているのではないか。そんな気がした。
「チェスターを、どうかお守りください。必ずあの子を連れ戻します。そうしたら改めて、二人でご挨拶に伺います」
そう伝えて、リカルドは一礼の後に部屋を後にした。
上に戻りランバート達と合流すると、コンラッドとレイバンが神妙な顔をしていた。どうやらかいつまんで話がされたようだった。
「あいつ、平気な顔してとんでもない生き方してたんだね。ちょっと見方変わるかも」
「そんな生い立ちもあって、頼る相手を見失ったんだな。俺達を頼ってくればいいのに」
「金の絡む問題だし、家族の問題という意識が強かったんだろうな。妙な所で頭が硬いというか、パニクると直情的というか。でも、必死だったんだと思う」
これにはリカルドも俯いたままだった。
こんな時ほど頼ってほしかった。友人には言えなくても、恋人である自分には言ってほしかったのだ。頼って欲しかったのだ。お金の面だって少しくらいは力になれた。一般隊員よりは多少、医療府は給与がいい。勿論特殊性が考慮されての手当でほんの少し高いだけだが。
それでも、二人で背負いたかったのは本心だ。家族になるのだから、このくらいなんてことはなかったのに。
「とりあえず、あいつを見つける事だ。コンラッド、レイバン、何か掴めたか?」
「少しね。まず、まだあいつは此処に来ていない。こういう事情だし、このまま叔父さんの遺体を放置はしないと思って張っていたんだけどまだ来てないみたいだね」
「ホーリーから王都までは馬車で一日と少し。徒歩なら二日か三日はかかる。更にこの保養所となれば追加で一日。まだ到着はしないだろう」
「ってことで、町に来る人に話を聞いてみた。そしたら、それらしい特徴の人物がこっちに向かって歩いているのを見たって人がいた」
「本当ですか!」
思わず声を上げると、レイバンは二度ほど頷いた。
「防寒着っていうには薄いし、手と頭に包帯もあったから気になって声をかけたらしい。でも平気だからって言われたとか」
「薄い装備でこの時期に徒歩なんて、自殺行為でしかない。それ、どの辺りだ?」
「この辺」
ランバートが広げた地図にレイバンが指さす。ちょうど王都に近い場所だ。
「こっちから探そう。コンラッドは一応こっちに残って。リカルド先生も。俺とレイバンで此処に続く道沿いを探す。最悪、行き倒れてる可能性もある」
「了解」
足早にランバートとレイバンが出て行くのを見送りリカルドは不安だった。けれど側にいたコンラッドが肩を叩いて頷いた。
「大丈夫、あいつもタフだから」
「ですが」
「信じて待ちましょう」
そう言われるとそれしかない。彼等についていっても足手まといになるのは目に見えている。
リカルドはひたすら祈った。どうかチェスターが無事であるようにと。
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