恋愛騎士物語アフター!

凪瀬夜霧

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【チェスター×リカルド】家族になりたい

5話:家族になりたい(チェスター)

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 ……あれ? 俺、何してるんだっけ?

 ふと浮上した意識がそんな事を思う。目は開いている。白い世界ばかりが映し出されているけれど、それについて何かを思う事はない。ただ痛いくらい冷たかった。

 ……あ、思い出した。叔父さん、迎えにいくんだった。

 不意に浮かぶ人はいつも笑っていた。明るくて、活気があって、力が強くて。ガシガシ頭を掻き回すように撫でるから、いつもボサボサになった。
 寂しかっただろうな、やっぱり。会いに行くととても嬉しそうにしていた。たまに昔の友人が訪ねてくれると言っていた。それがとても嬉しいと。
 もっと、会いに行けば良かった。いつも嬉しそうに話を聞いてくれるから、チェスターばかりが話していた。そして「今の友達を大事にしろ」って毎回言うんだ。
 大事だよ。でも、叔父さんも大事だったんだ。
 悔しい。もしも自分に大金を稼げる才能があれば、叔父さんの側にいてあげられるのに。ランバートの才能の一つでもあれば……思って、止めた。
 知っている、ランバートは確かに才能はある。けれど彼は同時にその才能を伸ばす努力もしている。だからこそ形になる。分かっているんだ、涼しい顔の裏側で凄く大変な訓練を自主的にしているのを。
 じゃあ、努力で何かが変わったのかと言えばそうではない。チェスターだって努力をしてきた。だからこそ今がある。でもコツコツと積み重ねるものであって、飛躍はしない。

 浮かんでくるのは仲間や友達の顔。騎士団は何も聞かずにチェスターを受け入れてくれた。本当なら家もないチェスターの居場所になってくれた。あそこにいて、チェスターはとても幸せだった。叔父の治療費を稼ぐことにあくせくしていたチェスターに夢を見せてくれた。
 でもそれも、今はもうない。戻ったら沢山迷惑をかけるに違いない。騙されてだけれど、犯罪者だ。知りませんでしたで済まされない。お人好しだと言われてきたけれど、本当にそんな自分に嫌気が差す。

 それにしても、寒かった。体は全然動かなかった。そしてふと、雪山訓練の事を思い出した。
 リカルドを助けようとして、逆に助けられた。けれどあの一件でリカルドの苦しみを知る事が出来た。
 側にいたかった。絶望しかなかった西との戦いで、リカルドはとても親切にしてくれた。確かに口数が多い人ではないし、表情も最初は変わらなかった。でもそれでも、愚痴るチェスターの側に嫌な顔ひとつせずにいてくれたんだ。
 だから今度はチェスターがリカルドの支えになりたかった。守ってあげたかった。何よりチェスターも寂しかったんだ。正しい家族というものを知らなかったから。

 今頃、どうしているだろう。驚いているだろう。その後は……怒っただろうな。勝手が過ぎるって。見捨てられたかもしれない。いや、それでいいんだろう。リカルドにまで嫌な思いをさせたくない。
 最近は表情も柔らかくなって、色々話してくれる。それは他の隊員も分かっている。
 だから誰かがあの人を幸せにしてくれる。こんな力の無い、弱い自分よりももっと強くてしっかりした人が支えてくれる。本当は甘えたがりで可愛いあの人を、甘やかしてくれる。

 「俺が先生を幸せにしてあげたい!」
 そう言った自分の声が聞こえる気がする。どの口がそんな事を言えたのだろう。何もないのに。でも……そう思ったんだ。幸せにしてあげたいんだ。幸せになりたいんだ。家族に、なりたいんだ。

「う……ふぅ……ぅ」

 漏れる嗚咽は確かだった。動かないけれど、まだ見えている。諦めるなと言わんばかりにこの世に留まろうとする。
 沢山思い出す。美術館に行った事も、公園も。食べ歩きもしたし、お祭りも見に行った。お酒の量が多いと怒られて最近はあまり飲まなくなった。少しでも側にいたくて部屋に行って、柄にもなく本を読んで過ごした。その時間の温かさを思い出す。凄く寛いでいて、優しくて、幸せな時間だ。

 手が、僅かにもがくように動いた。指先が雪を掴む。足が、前に出ようと雪をかく。肺が凍りそうだ、肌が痛い……でも、このままここで死ねない。

「チェスター!」

 声がした。白一色の世界に黒い足が四本。次には世界がひっくり返って、必死な親友が覗き込んだ。

「ラン……ばぁどぉぉ」
「バカ! ったく!」

 温かなものが身体を包み込んでいる。見ると寒がりなレイバンがコートを脱いで掛けてくれる。

「俺……俺ね……迷惑になるんだぁぁ」

 まだ出るんだと思えるくらい涙が出た。ランバートが抱き上げて馬に乗せて、そのまま走る。その馬上で、チェスターは訴えていた。

「そういう所がバカなんだよ! 何が迷惑だ! お前は騙されただけだろ!」
「誰か殺したかも……」
「殺してない! しかもあっちから手を出してるだろ!」
「俺……俺ぇ…………」
「もういいから、喋るな」

 怒られて、怒られた事が嬉しかったりもして、余計に涙が止まらない。チェスターはずっと泣いて、そのうちに意識が途切れた。

◆◇◆

 目が覚めたのは医療府の病室だった。指の先や足の先に包帯が巻かれている。そして少し痛かった。

「チェスター」

 声がして、そちらを振り向いて凄く後悔した。リカルドはとても怒っていた。

「先生……」
「貴方は、私に何か言うことはないのですか」
「ご……ごめんなさい!」
「許しません」

 グッと奥歯を噛み、目をつり上げる人は凄く怒っていて……次にはギュッと抱きしめてくれた。

「凄く心配しました。どうして、私を置いていなくなるんですか。私は、貴方の家族ではないのですか?」
「あ……」

 そう、だ。家族になりたいと言ったのは、チェスターの方からだった。
 でも……。

「俺じゃ、だめだよ先生。俺、何の力もなかった。俺……俺ね……叔父さんの墓一つどうにかしてやる力も無かった。俺みたいな力のない奴の側なんて、先生ダメになっちゃう……」

 泣きながら縋って声を上げそうになりながら訴えたチェスターだったが、次には痛いくらいにリカルドが抱きしめてくる。そして、初めて聞くような大きな声を上げた。

「バカにしないで下さい!」
「!」

 怒られている。でも、心配されている。離さないと強くなる腕の力が、チェスターには嬉しかった。

「貴方に幸せにしてもらおうなんて、最初からそんなつもりありません。私は医者です。どこでだって生きていけます」
「先生」
「二人で、幸せになるんです。誰かと家族になりたいのではなく、貴方と家族になりたいんです。代用品では意味がないんですよ」

 叩きつけるように伝えてくれる思いで胸が一杯になっていく。情けないのと、嬉しいのと、縋りたいので顔面崩壊くらい涙が出る。ずっと寒くて苦しくて寂しくて……もう誰も助けてくれないんだと思っていた全てが溶けて流れ出たみたいだった。

「家族にしてください、チェスター。私をちゃんと貴方の中に入れてください。貴方の叔父さんのことを含めて、私も背負いますから」
「でも……リカルドぉ……」
「『でも』ではありません。反論など許さない。これに関して私は譲る気などありません。一人で抱え込まなくていいと私に教えてくれたのは、貴方だったはずですよチェスター」

 そう、だったかもしれない。人の死期が見えてしまうリカルドの側にいて、辛い時は辛いと言っていいんだって言った。何も感じないんじゃなくて、嫌な事でも言ってほしいと言った。

「俺……自分で言ったのに……」
「まったくです、バカチェスター。大事な事を忘れないでください」
「俺……俺ね……叔父さんの子かもしれないんだ……」
「えぇ」
「でも、親父の子かもしれなくて……俺ね、家族って分かんないんだ……」

 言えなかった。周りを見て何となく大丈夫だと思ったけれど本当は不安でいっぱいだった。だって、家族だと思っていた人からは拒まれて追い出されて、大好きな人と一緒に過ごしても周囲は叔父と甥として扱う。死んでもまだ、こんな感じなんだと絶望したんだ。そしてそれは、未来の自分にも重なってしまったんだ。
 リカルドはずっと背中を撫でてくれる。そしてとても優しく言ってくれた。

「私だって、母と子の二人でしたよ。助けてくれたのは赤の他人です。家族の温もりなんて覚えがあまりありませんし、まして恋愛は貴方が教えてくれたものです」

 抱き寄せられて見えなかったリカルドの顔が見える。彼もうっすらと目に涙をためていた。

「他人の真似事などいりません。世の一般など必要ありません。私達は私達の形を作っていけばいいんです。心地よいと二人が思えるなら他の誰かに何を言われたっていいではありませんか。これが、私達の家族の形なんですから」
「……うん!」

 抱きついて、わーわーと声を上げて泣いて、涙と一緒に苦しい思いも全部溶け出して流れていく。受け止めてくれる人が頭を撫でてくれて、だからこそもっと泣けて、目玉が溶けるくらい泣いたら凄く疲れて頭が痛くなってしまった。

「……脱水ですね」
「恥ずかしい……」
「まったく」

 言いながら、リカルドは笑って水を飲ませてくれる。少し落ち着いてもいて、そうしたら色んな事が駆け巡った。

「あの……リカルド俺……騎士団辞めたんだ」
「何の話でしょう?」
「え! あの、退団届を」
「それは、これの事でしょうか?」

 そう言うと、リカルドは懐から見覚えのある封筒を出す。思わず「あ!」と言ったチェスターの前で、リカルドは少し意地悪に封筒を振った。

「さて、どうしましょうか」
「あの、それ……」
「騎士団に残りたいですか?」
「残りたい! あっ、でも俺……なんか犯罪に手を貸したかもしれなくて」
「それについては解決し、宝石も元の持ち主のところへ戻っています。犯人も捕まり一件落着。その裏側でおバカなワンコがパニクって強盗団を壊滅させたなんてこと、世の中に出回ってもいませんよ」

 くすくすっと笑うリカルドが暖炉の中に退団届を放り込んでしまう。パチパチッと爆ぜて燃え尽きたそれを見て、チェスターは呆気にとられた。

「事件に加担したかもしれないけれど、あくまで何も知らず善意だった。金銭も受け取っていない。更には強盗団を一人で壊滅させた功績を認め、怪我が治るまでの間大人しく謹慎するように。これがファウスト様からの伝言です」
「俺、ほぼ素人みたいな奴も全力で殴っちゃったけれど」
「そのせいで貴方の手がボロボロじゃないですか。手の骨、ヒビが入っていますよ。それに軽度の凍傷です。治療に一ヶ月程度かかりますから、覚えておきなさい」
「一ヶ月! あの、でもまだ解決していない問題が。叔父さん、そのままで」
「それについても動いていますから、安心なさい。あぁ、この一ヶ月は私の指示に従うようにと、エリオット先生から書状を貰っていますからね」
「え……」

 眠っている間にもの凄い勢いで手が回っている。おののくチェスターに、リカルドは悪戯っぽくはにかんで笑った。

「恋人に心配をかけた罰ですよ」

◆◇◆

 無事に騎士団に戻って来た二日後、もの凄く不機嫌な長兄を前にチェスターはタジタジだった。

「あ……ラルフ兄貴……」
「お前は……どれだけバカなんだ」

 逞しい腕を組み、睨み下ろす父に似た顔立ちの男性。短い黒髪に日に焼けた肌の彼は側に立つリカルドを見て、とても丁寧に頭を下げた。

「うちの弟がお手数をおかけしました」
「いえ、そんなことは! 私の方こそ普段お世話になっております」
「メルヴィンから聞いています。貴方のように立派な立場の方が本当にいいのですか? 言ってはなんですが、こいつは短慮で未熟で甘ったれなうえに報告を怠り、連絡もせず、相談すらできないアホですが」
「あの、そんなに言わなくても……。彼はとても優しくて仲間思いで明るく人懐っこいいい子ですよ」
「お人好しで騙されやすく、浅慮なアホ犬では?」
「…………可愛いですよ?」

 もの凄く苦笑したリカルドの最後の一言が何気に胸に刺さるチェスターだった。
 それにしてもシャトーへと移ったら後はこちらに顔も見せなかった長兄が何故このタイミングで此方に来たのか。首を傾げるチェスターを見て、ラルフは更に溜息だ。

「メルヴィンから聞いた。叔父さん、亡くなったんだろ」
「……うん」
「……知らなくて悪かった。結局お前に全部背負わせた」
「そんな事無い! 叔父さんは俺の家族だから」

 だから何も苦痛ではなかった。むしろ寂しい思いをさせて申し訳なかった。
 俯くチェスターの頭を、ラルフがワシワシと撫でる。叔父みたいな少し乱暴な、頭がボサボサになるような撫で方だ。

「お前の叔父なら俺の叔父だろ。俺にとっても家族だ」
「でも」
「俺をワイナリーに紹介してくれたのは叔父さんだ。その後も自分のシャトーを持つのに口利きしてくれたりしたのも叔父さんだった。俺にとっても大切な人だ」
「そんな事してたの? 知らなかった……」
「なのに、返せてなくてな。シャトーもようやく軌道に乗って恩返しできると思ったんだが……悪い事をしたな」

 気遣わしいこの人の表情というのは覚えがない。何となく見慣れないまま、ずっと頭をポンポンされている。

「叔父さんの墓は俺に任せろ。幸いシャトーだ、土地はある。大好きな葡萄畑が見える場所に墓を建てるさ。それに、お前も来やすいだろ?」
「いいの?」
「勿論だ。この後引き取って馬車で移動する。お前は一緒にこられるか?」

 伺うようにリカルドを見ると、彼は穏やかに頷いてくれた。

「条件があります。まずはちゃんと事情を話してファウスト様の許可証を貰う事。お目付役に一人つけること。それとは別に私を同行する事です」
「え! あの、いいの?」
「貴方は……何度言ったらいいのですか? 貴方の叔父さんは、私にとっても意味のある人です。その方の最後を看取る権利くらい、あってもいいのではありませんか?」
「道理だな。チェスター、お前あの先生をちゃんと捕まえておけ。お前みたいな頼りないのを引き受けてくれる奇特な方だ。逃せば一生チャンスはないぞ」
「分かってるよ! あの、先生。お願いします」
「えぇ、勿論。あぁ、後これは任意ではあるのですが……よければラルフさんも」
「ん?」

 とても気遣わしい様子でリカルドが近づいてくる。そして医者の、真剣な目をした。

「一度、血液検査をしてみませんか?」
「血液検査?」

 チェスターもラルフも突然で声を上げ、顔を見合わせたあとでリカルドを見てしまった。

「貴方たちの叔父さんは、血中の鉄分が多かったのですね?」
「うん」
「この症状について少し気になったので、エリオット先生や他の先生にも聞いてみました。すると、ハムレット先生から気がかりな話を聞いたのです。家族病ではないかと」
「家族病?」

 ラルフは怪訝そうに、チェスターは心配になって問う。リカルドの事も信じているし、エリオットは間違いなく名医だ。そしてランバートの兄であるハムレットは鬼才。そんな人からの情報は、無視するには重たい気がした。

「それはつまり、叔父の症状と似た症状が俺達にも出る可能性が高いと?」
「そうなります。絶対とは言えないのですが、他よりは高い確率で見られるそうです。なので若いうちに検査をしてその傾向があれば、今から治療を開始できます」
「具体的な治療とは?」
「定期的な瀉血です。どうやら食べ物などから血中に、多く鉄分を取り込んでしまうようなのです。この余分な鉄分が臓器へのダメージになりかねない。なので瀉血をして血中の鉄分を強制的に排出させるのです。食事も鉄分の多いレバーや赤身肉、大豆などは摂取を控える。もしくは少量を嗜む程度にしておくことが理想です」
「酒は?」
「控えるのが理想ですが、過度でなければ。全てにおいて過ぎたるは悪しです」

 リカルドの言葉にラルフは腕を組んで考え込む。ワイン作りをしている彼に禁酒は無理がある。
 だが、この話にある程度は理解と納得ができたのだろう。少しして顔を上げて頷いた。

「お願いできますか?」
「いいのですか?」
「知っておく分には助かります。その口ぶりでは画期的な治療というよりは、対症療法しかないのでしょうし。分かっていれば気を遣うことくらいは可能です」
「分かりました。それでは採血をいたしますので」
「あの、先生! 俺の血って、輸血とかに使ってるよな? それは大丈夫なのか?」

 心配になって思わず聞いてしまった。だって、知らなかったとはいえ何かあったら。そう思ったのだ。
 だがリカルドはケロッとした顔をしている。

「それには問題ありません。一時的に鉄分は多くなるでしょうが、むしろ血が足りなくてヘロヘロな人間に輸血するので大いに役立ったかと」
「移らない?」
「そういう話は聞きませんね。血に問題があるのではなく、体質の問題ですから」

 それならよかった。ほっと胸をなで下ろしたチェスターに、リカルドとラルフは笑った。
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