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【チェスター×リカルド】家族になりたい
6話:葬送(チェスター)
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ラルフが来た翌日、チェスターはリカルドとトレヴァーを連れて馬車を借り、そのまま保養所へと向かった。
所長さんはとても心配して、チェスターを見ると明らかにほっと息を吐いた。そして、叔父の所へと案内してくれた。
改めて見た叔父は、とても静かで笑っている気がした。最初に見た時は余裕がなくて、なんだか寂しそうに思えたのに。
「約束通り二人で会いにきました。改めて、よろしくお願いします」
「え? 先生?」
「貴方がいなくなって、ここに来たのですよ。その時にご挨拶だけさせていただきました。今度は二人でと約束も」
「そう、だったんだ。うわ……俺、叔父さんにも怒られそう」
「怒られて当然だ。まったく」
ラルフが大きな棺を抱えて入ってくる。案外立派で驚いた。
「そんなに立派なの?」
「どうやら叔父さん、俺が送っていた金には手を出していなかったみたいだ。それを葬式代にしてくれって。まぁ、王都に墓を建てるにはまったく足りてないが、このくらいはな」
トレヴァーや職員さんも手伝ってくれて、改めてきれいに肌を拭いたりして棺に収め、一度全員で黙祷をした。用意してくれた花を入れると、なんだか肌色も少し明るくなった気がする。
そのまま手を負傷しているチェスター以外で運び出し、借りていた馬車に無事に運び込んだ。
「それでは、大変お世話になりました」
所長さんや職員さんに頭を何度も下げて、チェスターは馬車の荷台へと乗り込む。御者台にはラルフとトレヴァーが乗った。リカルドも勿論荷台だ。
「これから少しかかります。途中いくつか町を経由して宿を取って、馬車だと三日後くらいに到着になります」
「はい、分かりました。よろしくお願いします」
声をかけてくれるラルフにリカルドが返し、馬車は雪道を走っていく。
幌馬車で、風は遮れても冷気は漏れる。コートの前をしっかりと合わせていると、隣にリカルドが座った。
「叔父さん、笑っていたでしょ?」
「うん。なんか、安心した」
「哀しくありませんか?」
「今はあまり。そりゃ、後悔とかはあるけれどさ……分かっていてくれたのかなって思う」
そう言うと、チェスターは懐から一つの封筒を出した。封もされていない真っ新な封筒にはただ『チェスターへ』とだけ書いてある。
中を読むと、叔父の字でとても短く書かれていた。
『チェスター、お前には俺と兄貴との事で不憫な思いをさせて悪かったな。
なのに、お前はとても素直で明るく、誰かを思いやれる優しい子に育ってくれた。それが、俺にとって何より嬉しい事だ。
騎士になって、お前の話を聞くのは正直心臓に悪いとも思ったが、お前の顔はいつも楽しげで、俺は誇らしい思いだった。
前に話してくれた恋人……リカルドさん、だったか?
会えるなら会ってみたい。だが例え会えなくてもお前が選んだ相手だ、間違いはない。大事にしてあげなさい。お前ならできるだろう。
俺にとってお前はかけがえのない子だ。胸を張って生きるように。俺が死んでもあまり泣くなよ。俺は、俺の人生満足しているんだ。お前は十分にしてくれたよ、チェスター。
有り難う、俺の息子』
胸にじわりと染みるような感情はある。けれどそこに苦しさはない。息子だと言ってもらえる事が嬉しい。まだちょっと寂しいけれど、ちゃんと受け止められる気がした。
隣にリカルドが座る。その肩に、チェスターはそっと頭を寄せた。
「息子だって、言ってくれた」
「よかったですね」
「うん。騎士をしてる俺を、誇らしいって」
「騎士の時の貴方はとてもかっこいいと思いますよ」
「えへへ、そうかな。そう、居続けられるようにしないとな」
バカをした分を取り戻していかないと。心配をかけた皆に、ちゃんと全部終わらせて謝って、そしてお礼を言わないと。何よりリカルドに、ちゃんと伝えないと。
「先生」
「なんですか?」
「俺、先生の事が好きだよ。でも、結婚式とかはちょっと無理そう。お金すっからかんだし」
「そうですね」
リカルドは別に気にした様子もない。穏やかなまま聞いてくれる。それが有り難かった。
「でも指輪はどうにかしたいんだ。頑張ってまたお金貯めるから、もう少し待って欲しい」
「構いませんよ。そして、一つ提案です」
「? なに?」
「折半ですよ、チェスター。私が嫁ぐ訳ではないし、貴方が嫁いでくるわけでもない。立場は対等に。だからそのお金も半分です。いいですね?」
「え! あっ、でも……」
「こら、また悪い癖。世の一般に拘らなくていいんです。私がいいと言うのですから、いいのですよ」
一応旦那のつもりでいたから、出すつもりでいた。けれど……確かに経済的にも給料的にもリカルドの方が上だった。
ちょっとしょんぼり。でも、直ぐに思い直す。今は情けないけれど、ヒモかもしれないけれど、必ずこの人を支えていける男になる。
「お願いします!」
「ふふっ、いいお返事ですね」
柔らかく微笑んだリカルドがふわふわとチェスターの頭を撫でる。それがくすぐったいような、でも心地いいような気がして、チェスターはしばらく甘えて撫でられていた。
◆◇◆
町を経由して辿り着いたロミはなだらかな丘も多く、あちこちにぶどうの木が見える。今はその全てに葉はないが。
「あそこだ」
ラルフのシャトーはその中では小さいほうだが、村を見下ろす少し高い場所にあった。
馬車が石造りの頑丈な家兼ワイン製造所へと入っていくと、そこには屈強な体つきの男が数人いて、手にはスコップを持っていた。
「え?」
「おう、帰ったか。待ちわびたぞラルフ」
「皆さん、有り難うございます」
馬車を止めて降りたラルフが丁寧に頭を下げると、男達はカラカラっと笑う。そして荷台から降りたチェスターを見てのしのし近づいて、バンバンと肩や背中を叩いた。
「いぃ!」
「お前さんがレックスの所のチビ助か!」
「確かに似てるが、ひょろいな!」
「もっと肉食え!」
「え? えっと……」
この人達は? そして叔父とどんな関係が?
訳も分からずいると、ラルフが苦笑した。
「皆さん、近くのシャトーのご主人達だ」
「レックスはよくここに買い付けに来ててな。顔見知りだし酒友だ」
「そんなあいつが身体壊したって聞いた時には、ショックだったな。そんな素振り見せなかったからな」
「俺達は毎日仕事があって長くこの地を離れられなくて、冬に少し顔を見に行くのが精一杯でな。寂しいもんだ」
口々にそう言う男達を見て、チェスターは嬉しかった。叔父は昔の友達が遊びにきてくれると喜んでいた。それは店の常連だとばかり思っていたけれど、この人達もだったのだ。
深く頭を下げたチェスターに、男達は驚いた顔をした。
「生前は、叔父がお世話になりました。皆さんが訪ねてくれて、叔父はとても喜んでいました。賑やかなのが好きな人だったので、とても嬉しかったと思います。有り難うございます!」
伝えると、男達は顔を見合わせて次には優しく笑った。
「俺達も楽しかったさ」
「あぁ。だからこそ、今日ちゃんと見送りにきたんだ」
「さーて、運び出すぞ! 神父はちゃんと起きてるか? 飲んだくれてないだろうな?」
そう言って、皆で棺を担ぎ出していく。それにチェスターも、リカルドも加わった。何故かトレヴァーも。
彼等は事前に早馬の手紙を受け取っていて、今日の準備をしてくれていた。雪も深いのに掘ってくれた。
そこに棺を下ろし、蓋を開ける。叔父は心なしか嬉しそうに見えた。
神父が祈りの言葉を朗々と述べ、聖水を振りかける。用意してくれた花を皆が手向け、祈り、手には十字架を持たせ、渡り賃を入れた。
「なんだ、笑ってやがったなあいつ」
「安心した。苦しんじゃいなかったか」
「あぁ、よかったな。もう辛くもない。あの世で好きな酒がまた飲めるだろうよ」
全員が安心した様子で言って笑う。それに、チェスターも小さく頷いた。
お酒が好きな人だった。食べる事も。でも病気になってお酒は勿論禁止、食べるものも制限されたし、何より食べられなくなっていった。きっと、苦しかっただろう。
でも今頃は、きっと楽しくやっている。そう願うし、心配かけて叔父があの世に行けないなんてことにならないようにしなければ。
不意にポンと肩を叩かれる。リカルドが笑って頷いてくれた。
「土、被せますよ」
「うん」
棺を閉じて釘を打って、そこに皆で土をかけていく。何故かかなり深く掘られていてなかなか埋め終わらなかったが。
「あの、どうしてこんなに深く掘ったんですか?」
問うと、男の一人が頷いて教えてくれた。
「この地方じゃ墓石を建てないんだ。その代わり、綺麗な花の咲く木を植える。それが墓石代わりで、家の守りなんだよ」
「今は冬で季節が悪いが、来年の春には苗木をここに植える。それまでは代わりの丸太を建てておくが」
「そういうことだ。チェスター、そしてリカルドさんもよければ来年の春にまた、ここに来てくれないか。植樹をしたい」
顔を見合わせ、二人で笑って頷いた。それは是非、参加しなければだ。
「さて、辛気くさいのはここまでだ! こっからは楽しく送り出すぞ!」
「酒と飯だ、食べて行きなさい。楽しく陽気に送り出す、これがここいらの葬式だ」
見ると作業用の納屋には女性陣がいて、簡易のテーブルに食べ物を乗せている。そして大きなワイン樽の一つにコックが付けられていた。
「……まさかあの樽、満杯?」
「二時間程度でなくなるぞ。俺の作ったものの中でもいい物を選んだ」
「チェスター、飲み過ぎはいけませんよ?」
「うん、分かった」
ジロリと此方を見るリカルドに、チェスターは首振り人形よろしく何度も頷いた。
◆◇◆
こんなに賑やかな葬式は初めてだった。騎士団ではやはり悔しい思いがあってその日は沈み込むし、すすり泣きも聞こえる。静かなものだが此処は違う。飲んで食べて歌って踊って、まるでお祭りのようだった。
そして彼等の話す話は全部、生前の叔父の話だった。
叔父がここに直接足を運ぶのは年に数回だったが、密に手紙でやり取りをしていたらしい。だからこそ、彼等は叔父をよく知っていた。
それは保養所に入ってからもそうで、筆まめな叔父らしかった。
そして叔父はよく、チェスターの事を自慢していたらしい。できた息子だと。
聞くだけで嬉しいやら恥ずかしいやらで耳が熱くなって、でもやっぱり嬉しくて笑った。リカルドもずっと笑っていた。ほんの少し飲み過ぎたけれど、「これが弔いなら」と許してくれた。
今日はここに泊って、明日帰る事にした。夜になると解散になって少し寂しくて、トレヴァーは気を利かせたのか葬式で仲良くなった隣のシャトーのオヤジさんの所にご厄介になるらしい。
ラルフの家はこぢんまりとはしていたが二階建てで、一階はリビングとダイニング、二階は部屋が二つ。その一つをリカルドと二人で使う事になった。
「……リカルド先生」
「はい?」
「……こんな時に聞くのは少し憚られるのですが……チェスターが叔父の子なのか、父の子なのか、分かる方法はありますか?」
「え……」
ダイニングテーブルに座り温かなお茶を出しての会話にしては重くて、チェスターは固まってしまう。別にもう気にしないし、今更な気もする。
けれどラルフは真剣そのものだ。
「いいよ兄貴、そんなの知らなくても」
「いや、よくない。もしも親父の子だというなら明確にして謝罪させる」
「いいって!」
「よくない! お前はどれだけ辛い思いをした。今回の事もそうだ、大人げがない。頑固は知っていたがここまでくると腹が立つ。不義理を疑うならまずは証明するのが筋だ。それが出来ないのに一方的に罵り拒み、お前を不当に扱うのはおかしい」
ラルフは兄弟の中で一番父の気性を受け継いでいる気がする。そのせいでぶつかり家を出たのも知っている。
逆にメルヴィンは母の気性で穏やかだが、あの人も一本筋が通っている。すり合わせもするが、折れない部分も持っているのだ。
でも、今更謝罪なんていらない。全部が今更だ。叔父は死んで、この地で眠る。きっと毎年集まって酒盛りだろう。叔父も、嬉しいだろう。
「……残念ながら、親子関係を証明するのは難しいと思います」
「以前、叔父の病気が『家族病だ』と仰っていましたよね? チェスターがその病気なら」
「それも難しいのです。叔父さんがその病気であるなら、貴方のお父さんも同じ病気である可能性が高い。兄弟ですから」
「あ……」
「だからこそラルフさんにも検査をお願いしたのです。叔父さんだけの問題ならその疑いのない貴方にまで検査を願い出たりはしませんよ」
「…………待って、それって!」
父もまた、同じ病気である可能性があるのでは?
気づいてリカルドを見ると、彼は静かに頷いた。
「メルヴィンさんに手紙を送って、町の医者に診てもらうようお願いしました」
「……そうですか。妙な事をお願いして、すみません」
ラルフは少し残念そうにする。意気消沈という様子に、チェスターは真剣な顔をした。
「俺はもう、謝罪はいらないんだ」
「……いいのか? 随分な事をされてきたぞ」
「いいよ。それに、今があるしさ」
「?」
「俺、騎士団にきてよかった。最高の仲間と上官がいて、素敵な恋人にも出会えてさ!」
小さな頃はどうして自分ばかりがと哀しかった。少し大きくなって大人の事情を知ると近づかなくなった。思春期には悩んだけれど、叔父はいつも真正面から受け止めてくれた。そして今、大切なものは全部騎士団にある。
この出会いに、この運命に何一つ不満はない。前を向いて歩いていける。
「俺、この人生でよかったんだよ!」
真実なんていらないし、今更認めないだろう。新しいトラブルや諍いの原因になるなら、もういない者と思ってくれていい。
隣のリカルドは笑っている。そして一つ頷いた。
そしてラルフもまた苦笑して「分かった」と言ってくれた。
所長さんはとても心配して、チェスターを見ると明らかにほっと息を吐いた。そして、叔父の所へと案内してくれた。
改めて見た叔父は、とても静かで笑っている気がした。最初に見た時は余裕がなくて、なんだか寂しそうに思えたのに。
「約束通り二人で会いにきました。改めて、よろしくお願いします」
「え? 先生?」
「貴方がいなくなって、ここに来たのですよ。その時にご挨拶だけさせていただきました。今度は二人でと約束も」
「そう、だったんだ。うわ……俺、叔父さんにも怒られそう」
「怒られて当然だ。まったく」
ラルフが大きな棺を抱えて入ってくる。案外立派で驚いた。
「そんなに立派なの?」
「どうやら叔父さん、俺が送っていた金には手を出していなかったみたいだ。それを葬式代にしてくれって。まぁ、王都に墓を建てるにはまったく足りてないが、このくらいはな」
トレヴァーや職員さんも手伝ってくれて、改めてきれいに肌を拭いたりして棺に収め、一度全員で黙祷をした。用意してくれた花を入れると、なんだか肌色も少し明るくなった気がする。
そのまま手を負傷しているチェスター以外で運び出し、借りていた馬車に無事に運び込んだ。
「それでは、大変お世話になりました」
所長さんや職員さんに頭を何度も下げて、チェスターは馬車の荷台へと乗り込む。御者台にはラルフとトレヴァーが乗った。リカルドも勿論荷台だ。
「これから少しかかります。途中いくつか町を経由して宿を取って、馬車だと三日後くらいに到着になります」
「はい、分かりました。よろしくお願いします」
声をかけてくれるラルフにリカルドが返し、馬車は雪道を走っていく。
幌馬車で、風は遮れても冷気は漏れる。コートの前をしっかりと合わせていると、隣にリカルドが座った。
「叔父さん、笑っていたでしょ?」
「うん。なんか、安心した」
「哀しくありませんか?」
「今はあまり。そりゃ、後悔とかはあるけれどさ……分かっていてくれたのかなって思う」
そう言うと、チェスターは懐から一つの封筒を出した。封もされていない真っ新な封筒にはただ『チェスターへ』とだけ書いてある。
中を読むと、叔父の字でとても短く書かれていた。
『チェスター、お前には俺と兄貴との事で不憫な思いをさせて悪かったな。
なのに、お前はとても素直で明るく、誰かを思いやれる優しい子に育ってくれた。それが、俺にとって何より嬉しい事だ。
騎士になって、お前の話を聞くのは正直心臓に悪いとも思ったが、お前の顔はいつも楽しげで、俺は誇らしい思いだった。
前に話してくれた恋人……リカルドさん、だったか?
会えるなら会ってみたい。だが例え会えなくてもお前が選んだ相手だ、間違いはない。大事にしてあげなさい。お前ならできるだろう。
俺にとってお前はかけがえのない子だ。胸を張って生きるように。俺が死んでもあまり泣くなよ。俺は、俺の人生満足しているんだ。お前は十分にしてくれたよ、チェスター。
有り難う、俺の息子』
胸にじわりと染みるような感情はある。けれどそこに苦しさはない。息子だと言ってもらえる事が嬉しい。まだちょっと寂しいけれど、ちゃんと受け止められる気がした。
隣にリカルドが座る。その肩に、チェスターはそっと頭を寄せた。
「息子だって、言ってくれた」
「よかったですね」
「うん。騎士をしてる俺を、誇らしいって」
「騎士の時の貴方はとてもかっこいいと思いますよ」
「えへへ、そうかな。そう、居続けられるようにしないとな」
バカをした分を取り戻していかないと。心配をかけた皆に、ちゃんと全部終わらせて謝って、そしてお礼を言わないと。何よりリカルドに、ちゃんと伝えないと。
「先生」
「なんですか?」
「俺、先生の事が好きだよ。でも、結婚式とかはちょっと無理そう。お金すっからかんだし」
「そうですね」
リカルドは別に気にした様子もない。穏やかなまま聞いてくれる。それが有り難かった。
「でも指輪はどうにかしたいんだ。頑張ってまたお金貯めるから、もう少し待って欲しい」
「構いませんよ。そして、一つ提案です」
「? なに?」
「折半ですよ、チェスター。私が嫁ぐ訳ではないし、貴方が嫁いでくるわけでもない。立場は対等に。だからそのお金も半分です。いいですね?」
「え! あっ、でも……」
「こら、また悪い癖。世の一般に拘らなくていいんです。私がいいと言うのですから、いいのですよ」
一応旦那のつもりでいたから、出すつもりでいた。けれど……確かに経済的にも給料的にもリカルドの方が上だった。
ちょっとしょんぼり。でも、直ぐに思い直す。今は情けないけれど、ヒモかもしれないけれど、必ずこの人を支えていける男になる。
「お願いします!」
「ふふっ、いいお返事ですね」
柔らかく微笑んだリカルドがふわふわとチェスターの頭を撫でる。それがくすぐったいような、でも心地いいような気がして、チェスターはしばらく甘えて撫でられていた。
◆◇◆
町を経由して辿り着いたロミはなだらかな丘も多く、あちこちにぶどうの木が見える。今はその全てに葉はないが。
「あそこだ」
ラルフのシャトーはその中では小さいほうだが、村を見下ろす少し高い場所にあった。
馬車が石造りの頑丈な家兼ワイン製造所へと入っていくと、そこには屈強な体つきの男が数人いて、手にはスコップを持っていた。
「え?」
「おう、帰ったか。待ちわびたぞラルフ」
「皆さん、有り難うございます」
馬車を止めて降りたラルフが丁寧に頭を下げると、男達はカラカラっと笑う。そして荷台から降りたチェスターを見てのしのし近づいて、バンバンと肩や背中を叩いた。
「いぃ!」
「お前さんがレックスの所のチビ助か!」
「確かに似てるが、ひょろいな!」
「もっと肉食え!」
「え? えっと……」
この人達は? そして叔父とどんな関係が?
訳も分からずいると、ラルフが苦笑した。
「皆さん、近くのシャトーのご主人達だ」
「レックスはよくここに買い付けに来ててな。顔見知りだし酒友だ」
「そんなあいつが身体壊したって聞いた時には、ショックだったな。そんな素振り見せなかったからな」
「俺達は毎日仕事があって長くこの地を離れられなくて、冬に少し顔を見に行くのが精一杯でな。寂しいもんだ」
口々にそう言う男達を見て、チェスターは嬉しかった。叔父は昔の友達が遊びにきてくれると喜んでいた。それは店の常連だとばかり思っていたけれど、この人達もだったのだ。
深く頭を下げたチェスターに、男達は驚いた顔をした。
「生前は、叔父がお世話になりました。皆さんが訪ねてくれて、叔父はとても喜んでいました。賑やかなのが好きな人だったので、とても嬉しかったと思います。有り難うございます!」
伝えると、男達は顔を見合わせて次には優しく笑った。
「俺達も楽しかったさ」
「あぁ。だからこそ、今日ちゃんと見送りにきたんだ」
「さーて、運び出すぞ! 神父はちゃんと起きてるか? 飲んだくれてないだろうな?」
そう言って、皆で棺を担ぎ出していく。それにチェスターも、リカルドも加わった。何故かトレヴァーも。
彼等は事前に早馬の手紙を受け取っていて、今日の準備をしてくれていた。雪も深いのに掘ってくれた。
そこに棺を下ろし、蓋を開ける。叔父は心なしか嬉しそうに見えた。
神父が祈りの言葉を朗々と述べ、聖水を振りかける。用意してくれた花を皆が手向け、祈り、手には十字架を持たせ、渡り賃を入れた。
「なんだ、笑ってやがったなあいつ」
「安心した。苦しんじゃいなかったか」
「あぁ、よかったな。もう辛くもない。あの世で好きな酒がまた飲めるだろうよ」
全員が安心した様子で言って笑う。それに、チェスターも小さく頷いた。
お酒が好きな人だった。食べる事も。でも病気になってお酒は勿論禁止、食べるものも制限されたし、何より食べられなくなっていった。きっと、苦しかっただろう。
でも今頃は、きっと楽しくやっている。そう願うし、心配かけて叔父があの世に行けないなんてことにならないようにしなければ。
不意にポンと肩を叩かれる。リカルドが笑って頷いてくれた。
「土、被せますよ」
「うん」
棺を閉じて釘を打って、そこに皆で土をかけていく。何故かかなり深く掘られていてなかなか埋め終わらなかったが。
「あの、どうしてこんなに深く掘ったんですか?」
問うと、男の一人が頷いて教えてくれた。
「この地方じゃ墓石を建てないんだ。その代わり、綺麗な花の咲く木を植える。それが墓石代わりで、家の守りなんだよ」
「今は冬で季節が悪いが、来年の春には苗木をここに植える。それまでは代わりの丸太を建てておくが」
「そういうことだ。チェスター、そしてリカルドさんもよければ来年の春にまた、ここに来てくれないか。植樹をしたい」
顔を見合わせ、二人で笑って頷いた。それは是非、参加しなければだ。
「さて、辛気くさいのはここまでだ! こっからは楽しく送り出すぞ!」
「酒と飯だ、食べて行きなさい。楽しく陽気に送り出す、これがここいらの葬式だ」
見ると作業用の納屋には女性陣がいて、簡易のテーブルに食べ物を乗せている。そして大きなワイン樽の一つにコックが付けられていた。
「……まさかあの樽、満杯?」
「二時間程度でなくなるぞ。俺の作ったものの中でもいい物を選んだ」
「チェスター、飲み過ぎはいけませんよ?」
「うん、分かった」
ジロリと此方を見るリカルドに、チェスターは首振り人形よろしく何度も頷いた。
◆◇◆
こんなに賑やかな葬式は初めてだった。騎士団ではやはり悔しい思いがあってその日は沈み込むし、すすり泣きも聞こえる。静かなものだが此処は違う。飲んで食べて歌って踊って、まるでお祭りのようだった。
そして彼等の話す話は全部、生前の叔父の話だった。
叔父がここに直接足を運ぶのは年に数回だったが、密に手紙でやり取りをしていたらしい。だからこそ、彼等は叔父をよく知っていた。
それは保養所に入ってからもそうで、筆まめな叔父らしかった。
そして叔父はよく、チェスターの事を自慢していたらしい。できた息子だと。
聞くだけで嬉しいやら恥ずかしいやらで耳が熱くなって、でもやっぱり嬉しくて笑った。リカルドもずっと笑っていた。ほんの少し飲み過ぎたけれど、「これが弔いなら」と許してくれた。
今日はここに泊って、明日帰る事にした。夜になると解散になって少し寂しくて、トレヴァーは気を利かせたのか葬式で仲良くなった隣のシャトーのオヤジさんの所にご厄介になるらしい。
ラルフの家はこぢんまりとはしていたが二階建てで、一階はリビングとダイニング、二階は部屋が二つ。その一つをリカルドと二人で使う事になった。
「……リカルド先生」
「はい?」
「……こんな時に聞くのは少し憚られるのですが……チェスターが叔父の子なのか、父の子なのか、分かる方法はありますか?」
「え……」
ダイニングテーブルに座り温かなお茶を出しての会話にしては重くて、チェスターは固まってしまう。別にもう気にしないし、今更な気もする。
けれどラルフは真剣そのものだ。
「いいよ兄貴、そんなの知らなくても」
「いや、よくない。もしも親父の子だというなら明確にして謝罪させる」
「いいって!」
「よくない! お前はどれだけ辛い思いをした。今回の事もそうだ、大人げがない。頑固は知っていたがここまでくると腹が立つ。不義理を疑うならまずは証明するのが筋だ。それが出来ないのに一方的に罵り拒み、お前を不当に扱うのはおかしい」
ラルフは兄弟の中で一番父の気性を受け継いでいる気がする。そのせいでぶつかり家を出たのも知っている。
逆にメルヴィンは母の気性で穏やかだが、あの人も一本筋が通っている。すり合わせもするが、折れない部分も持っているのだ。
でも、今更謝罪なんていらない。全部が今更だ。叔父は死んで、この地で眠る。きっと毎年集まって酒盛りだろう。叔父も、嬉しいだろう。
「……残念ながら、親子関係を証明するのは難しいと思います」
「以前、叔父の病気が『家族病だ』と仰っていましたよね? チェスターがその病気なら」
「それも難しいのです。叔父さんがその病気であるなら、貴方のお父さんも同じ病気である可能性が高い。兄弟ですから」
「あ……」
「だからこそラルフさんにも検査をお願いしたのです。叔父さんだけの問題ならその疑いのない貴方にまで検査を願い出たりはしませんよ」
「…………待って、それって!」
父もまた、同じ病気である可能性があるのでは?
気づいてリカルドを見ると、彼は静かに頷いた。
「メルヴィンさんに手紙を送って、町の医者に診てもらうようお願いしました」
「……そうですか。妙な事をお願いして、すみません」
ラルフは少し残念そうにする。意気消沈という様子に、チェスターは真剣な顔をした。
「俺はもう、謝罪はいらないんだ」
「……いいのか? 随分な事をされてきたぞ」
「いいよ。それに、今があるしさ」
「?」
「俺、騎士団にきてよかった。最高の仲間と上官がいて、素敵な恋人にも出会えてさ!」
小さな頃はどうして自分ばかりがと哀しかった。少し大きくなって大人の事情を知ると近づかなくなった。思春期には悩んだけれど、叔父はいつも真正面から受け止めてくれた。そして今、大切なものは全部騎士団にある。
この出会いに、この運命に何一つ不満はない。前を向いて歩いていける。
「俺、この人生でよかったんだよ!」
真実なんていらないし、今更認めないだろう。新しいトラブルや諍いの原因になるなら、もういない者と思ってくれていい。
隣のリカルドは笑っている。そして一つ頷いた。
そしてラルフもまた苦笑して「分かった」と言ってくれた。
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この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*本編完結しました
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