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【ファウスト×ランバート】アプリーブに愛を込めて
9話: 赤と黒の命運
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アプリーブの夜は眠らない。
不夜城と呼ばれるこの町はこれからが本番だと言わんばかりに人々の往来も多いが、ここは少し様子が違う。
町の中でも少し深い部分には違法カジノや闇営業の風俗店も多く、トラブルも多い。表向きは小さな屋敷や飲食店に見せかけたこれらの店は、その奥では多くの人の人生を狂わせている。
それでもこれらの場所から人の姿が消える事はない。表にはない刺激を、欲望を、商売を求める人が多い証拠とも言える。
ダーニアの裏カジノもまた、そんな場所に建つ小さな屋敷に紛れていた。
この日、人通りも落ち着いている小さな屋敷の地下は騒然としていた。それというのもここは裏カジノであり、表とは違う法外な金が一夜にして動く無法地帯。同時に、客は結局勝てない仕組みのある場所だった。
そこで大勝ちしている青年がいたのだ。
初めて訪れるという身なりのいい青年を、このカジノの支配人は「いいカモが来た」という甘い考えで通し、現金と高額なチップを交換し、地下へと案内した。
背に流れる月のような金の髪に、海のように深い青い瞳。目鼻立ちがよく、質の良い青に金糸の長衣を纏った青年は辺りを見回し、トランプの台に座った。
「いらっしゃいませ」
まだ若いディーラーがにっこりと迎えてくれるが、場の雰囲気はそんな軽いものではない。今まさにすっからかんに擦られたのだろう男が死んだような顔をしているのだ。
「ブラックジャックは出来るかい?」
「えぇ、勿論ですとも」
にっこりと微笑むディーラーがカードを配ろうとするのを、青年は一度止めた。
「あと、純粋に賭け事のスリルを楽しみたいんだ。いかさまは無しでお願いしたい」
その言葉に、一瞬ディーラーは表情を無くす。それというのもこの店では羽振りの良さそうな客や、気前のいい客にはそれと分からないよういかさまをして、金を巻き上げていたのだ。
青年は鋭い視線に楽しげな笑みを浮かべる。そしてトントンと、自分の袖口を叩いた。
「カードを一枚、忘れてるんじゃないか?」
「!」
その指摘に、ディーラーはギョッとした顔をする。それはこの青年の隣にいる男から金を巻き上げた際に都合の悪いカードを隠した、その一枚だった。
「今回はサービス。次に見つけて俺が指摘した時には、ゲームの結果に関わらずプレイヤーの勝ち。俺が間違っていたら俺のチップはあんた達の物。あんたも一流なら、見抜かれないだろ?」
「……さぁ、何のことだか分かりかねますが。ですが、そのような事があった時にはフェアではございませんので、お客様の勝ちと致しましょう」
どうせ見抜けやしない。ここに拾われ、ひたすらそうした技術を磨く事に邁進してきたのだ。素人ごときに負ける事はない。
そう、ディーラーは高をくくっていた。
「言質は取ったよ」
そうニヤリと、青年ランバートは不適な笑みを浮かべた。
これが三十分程前の出来事。
ランバートも最初のうちは普通にゲームを楽しんでいた。その間はほぼ負け無し。他の客が熱くなっている所でも、ランバートは無理だと思えば降りて損害はほぼ無い状態だった。
それというのも裏社会ではこうした賭け事が好まれる。特にカードは道具が少なく誰とでもやれる。特に情報屋のシンはカードが好きで、賭け事なしで付き合わされ、おかげで鍛えられた。
まぁ、これらが一番得意だったのはハムレットなのだが。興味が無いと言いながら、あの人は手先の器用さを利用してよくいかさまをし、全員がそれに引っかかるとニヤァァと笑うのだ。計画が狂いなく完成したことを喜んで。腹立たしいったらない。
そのうちにそこそこ客も旨みを吸って盛り上がった所で、ディーラーは動いた。カードを配り終え、チェンジを要求する。ランバートの所にもカードは来たが、その瞬間を見逃さなかった。
「今、カードを一枚隠しましたね?」
「え?」
ディーラーは驚いた顔をするが、見逃すはずがない。
すると隣に座っていた顔色の悪い男が立ち上がり、ディーラーのポケットの一つを暴いた。
「あ!」
出てきたのは間違いなくカード、しかもクラブのAだ。男の手元には既にダイヤとクローバーのAがあり、これでスリーカード。危ない所だ。
「いかさまか!」
他の客は怒り任せに声を上げたが、ディーラーの服を探った男は声を荒らげる事はなかった。
「なぁ、あんた」
「俺?」
自分を差せば、男は頷く。その目は必死なものだった。
「あんたがいかさまを暴いたら、客全員の勝ちなんだろ?」
「そう、約束した」
「俺もそこに入っているのか」
そう言われても、男は有り金を全部擦ったのかゲーム自体に参加していなかった。だが、席には座っていた。
考え、ランバートは頷いた。
「俺と一緒に監視してくれるなら、参加者じゃないか?」
「分け前くれるのか!」
「俺への配当金から半分」
「乗った!」
男は声を上げる。そしてディーラーに元本と、元本と同額の配当を払わせ、その半分をランバートは男に渡した。
損はない。ランバートがいかさまを見抜けば場にベットしてある元金が戻るばかりか、同額を親であるディーラーが払う。それはディーラーが一人負けしたからだ。
通常なら場に出し合った額を勝った人間で山分けするのだが、親の一人負けではこうなるのだ。
その後もランバートは純粋な勝ちといかさまを見抜いて見る間に元手を増やしチップの山を作り上げていく。この異常な状況に周囲の客も見物にきて、今では人垣状態だ。
こうなればそろそろターゲットが事態の収拾に来るだろう。少し前から若いディーラーから少し年配の者に変わった。技術は先の男よりも高いがそれでも見抜けないわけがない。そもそも動体視力と観察眼がいいのだ。なにせ普段からアシュレーの容赦の無い剣を見切り、グリフィスの豪腕をかわし、ファウストの剣を避けているのだ。見切るための目は恐ろしく良くなる。
その頃ようやく奥から慌ただしい様子でダーニアが駆けつけた。
彼は若干殺気だっていそうな様子できたが、ランバートを見て動きを止めた。まぁ、この顔ではごまかしはきかないだろうが。
「これはこれは、もしやヒッテルスバッハのご親戚の方でしょうか?」
「本家末弟のランバートです。貴方がここのオーナーで?」
白々しく初対面を装いにっこりと笑ったランバートに、ダーニアも愛想笑いを浮かべる。だが明らかに焦っている。何故ならランバートが今手にしている金額は推定千フェリス。この男の身ぐるみを剥がせる金額だ。
ついでに同じテーブルに着いていた客もおこぼれに預かり予想以上に元金を膨らませた。これでこの客達とランバートが換金を願い出ればこの男は身一つで放り出される。
「うちの者が何かと失礼をいたしました。よろしければ奥で」
「すみませんが、この後は母に呼ばれていまして。こちらを換金して、本日は終わりにしようと思っていた所です」
見る間にダーニアの顔色が悪くなる。それもそうだろう、今去られたら身の破滅だ。
「いや、ですがこんな大金一気にお支払いは少々」
「カジノ法では、客はチップを好きなタイミングで換金し、店はそれに応じなければならないとあるはずですが?」
だからこそ表のカジノではチップ一枚のレートは高くないし、一日の元金に上限がある。これを破って高レートを売りにする裏カジノはリスクも高いのだ。
「払えないなら現金以外で。俺は土地の借用書でも何でも構いませんよ?」
ダーニアの顔が青から赤に変化していく。沸点の低い男は年下のランバートが馬鹿にしたような口ぶりで言うのがお気に召さなかったのだろう。
だからこそ更に煽った。
「それとも、騎士団にて裁判に致しましょうか? 俺は自分の取り分を主張しますので、ほぼ貴方に勝ち目はありませんが」
「ずいぶんな事を言いますなぁ」
低く唸るような声音で睨み付けるダーニアがこの後どう出るかによっては、乱闘騒ぎになる。だがそうなれば客に被害が出るだろう。だからこそ、そこに一石を投じた。
「なんなら、勝負しますか?」
「勝負?」
不意にガスを抜かれた感じで、ダーニアは目を丸くする。ランバートは努めて朗らかに笑い、チップを一枚手に取った。
「ここにある全てのチップと、貴方の持つ土地家屋の権利書なんかを賭けての一点勝負。プレイヤーは、俺と貴方だ」
こちらにはそれほどのダメージはない。今日の元本は先日表のカジノでもうけた金だし、他はここでせしめたもの。元の懐は痛まない。
だがあちらは人生がかかる。土地も家屋も負ければ没収だ。だが勝てばそれらは保証され、更にはこちらの支払いもなくなる。
ギャンブラーなら、選択肢は一つだ。
ダーニアはニヤリと笑った。
「いいですな。それでこそカジノの流儀。乗りましょう」
「そうこなくては」
かくして舞台は整った。
選んだのはルーレット、赤黒賭けだった。まぁ、一発でケリを付けるとなればこれが一番運任せであり、わかりやすい二択だ。
「では、ディーラーはこちらで」
「それはフェアではないだろ? 熟練のディーラーなら狙った場所に玉を落とせると聞く。公平と言うなら客から選ぶべきだ」
言いながらギャラリーを見ると、中に一人うってつけの相手を見つけた。淡い栗色の髪を短く切りそろえ、前髪を長く下ろして目元を隠したいかにも場違いな青年は、こちらの視線を感じてそそくさと逃げようとしている。
「そこの、身なりの一番粗末な青年なんてどうですか?」
「!」
ニヤリと笑って言えば、冬物の雑なコートの背が揺れて止まる。ダーニアもそちらへと視線を向けて直ぐに見つけ、嫌な顔をした。
「誰だ、この場所にネズミを入れたのは」
「まぁ、いいではありませんか。あの身なりの者なら公平でしょう」
「……まぁ、そうでしょうな」
ダーニアが顎をしゃくると、ボーイらしい男が青年を連れてくる。前に降りた前髪で顔などは分からないようにしているが、それでも磨けば光る感じが隠せていない。
彼は小さくなりながらもおどおど落ち着かなくしている。
「いいか、このルーレットを思い切り回して、適当に玉を投げ入れるだけでいい」
「だがぁ、こんなのやったこと……」
「難しい事ではないので、お願いします」
「……」
言えば、青年は玉を手に取りディーラーの席へと移動した。
かくして役者は揃い、ランバートとダーニアはプレイヤー席へと座る。ランバートは大量のチップの代わりに一フェリス金貨を、ダーニアは家紋の入った指輪を場に用意した。
「そ……それでは、いきます!」
どもりながら青年はルーレットを回す。回るそれはそれなりに勢いがあった。
「玉、入ります!」
すっと白い玉が吸い込まれるように落ちていき、ルーレットの外周をカラカラと回っていく。赤か、黒か。これが落ちるまでに賭けなければいけない。
まぁ、もう決まっているが。
「黒」
「わしは赤だ!」
それぞれが赤と黒にそれぞれの印を置く。
徐々に勢いがなくなり玉が落ちてくる。ランバート、そしてダーニアの視線がルーレットの上を凝視し、成り行きを見守る中で白い玉は思わせぶりに動きやがて、コロンと落ちた。
「……黒です!」
ディーラーを務めた青年が宣言し、客がワッと沸いた。その中で全財産を失ったダーニアは項垂れ、従業員はどうしたらいいか分からずにキョロキョロしている。
ランバートは置かれた指輪を取り上げ、笑みを浮かべた。
「これだけの証人の中で、事を覆す事はできませんよ」
「くっ…………こうなれば!」
唸るダーニアが手を上げると、奥から武装した男達が集団で入ってくる。客は悲鳴を上げて逃げ惑うが、ランバートは堂々とその前に立った。
「こいつだ! こいつを始末しろ!」
「まったく、負けて喚く奴は見苦しいな」
動きづらい上着を脱いで軽く体を解して構える。そうする内に一人が飛び出してくるのを見て、ランバートは長い足を鞭のようにその男の側面に打ち込んだ。
「がっ!」
「!」
ぶっ飛んだ男の影から更に数人が襲いかかるが、こんなものは乱取りと変わらない。腕を取って投げ飛ばし、その隙をついて襲ってきた奴は一度かわしてから踵落としで沈めた。腕力はあるが技術は無いそれらの動きはどれも雑だが数がいる。
「囲え!」
すっかり客が逃げた地下ホールの中、十数人に囲まれるのは流石にまずい。一発か二発は貰う可能性が出てくる。
「始末しろ!」
その言葉に一斉に輪を縮めた男達が襲いかかる。狭い中で体を流し、投げ、沈めていくが足場も悪い。
今一人を殴り倒し後ろに下がった、その時足下が妙に沈み込んでバランスを崩し、後ろに倒れそうになってランバートは焦った。倒れた奴を踏んづけたんだ。
「今だ!」
正面に立った奴の手にはナイフがある。それほど深くはないが無防備に受ければ流石に深手となりかねない。どうにか踏ん張るが次には踏んづけた男が足を掴んで動けないようにしてしまう。その間にも影は迫り、ランバートを殺そうという目でナイフを振り下ろした。
その男を後ろから、黒い影が掴み思い切り投げ捨てる。同時に腕も折っただろう勢いの人物はランバートの腕を引いて胸元へと引き入れてしまった。
「大丈夫か?」
甘やかすような声音に場を忘れてしまうが、流石にここで甘い雰囲気を出すのはどうなんだろう……。
というこちらの気持ちに気づいたのか、ファウストは笑って手を離してしっかりと構えた。
「さて、片付けよう。上は騎士団で占拠した」
「了解」
隣り合い、互いに構えたこの二人に勝てる者なんて、居るはずがないのであった。
◇◆◇
かくして裏カジノは占拠され、同時に屋敷の家宅捜索が行われた。そして、ダーニアが交わしただろう数々の違法な取引の書類が見つかった。
これによりフィランダーも逮捕され、砦へと連行されていく。
無事に農園の方も片付いたと連絡があり、これにてアプリーブで起こった違法人身売買の首謀者全員が縛に就いたことになった。
表に出てきたランバートは人影を探していた。おそらくまだ帰っていないとは思うのだが。
そうして見回し、見つけた。みすぼらしいコートと前髪で顔を隠した人だ。
「兄上、きてたんだ。助かったよ」
その声に、顔を隠した人がうざったい前髪を上げる。そして小さく溜息をついた。
「ちょっと気になっただけだから、いいよ」
「それでも助かった。こればっかりは運も大きいから」
そう、こればかりは運だったんだ。本当に素人が何の考えもなく投げ入れたら、玉はどちらに入るか分からない。ある程度見て決める時間はあるが、悠長にしていたら選ぶ前に玉が落ちる。そうなれば賭けられる前に負けが決定だ。
ディーラー選びは大事だった。そこで見つけたのが、みすぼらしく変装したハムレットだった。
彼は興味は無くても交渉を有利に進める為なら余念が無い。シンのギャンブル好きを知って色んな技術を習得した。ルーレットなんて、真っ先に着手したものだ。
そして彼の癖で、黒に入れる事が多い。それをランバートは知っていたのだ。
溜息をついたハムレットが苦笑する。それにランバートも同じく返した。
「これにてお終い。ランバート、新婚旅行の日程残ってるの?」
「少し?」
「もぉ、何してるんだか。僕たちも明日撤収して、予定の宿泊所に行くから」
「んっ、有り難う。兄上も休みなよ」
「休めるわけないだろ? 母上がチェルルを玩具にするんだ。見張ってないと」
「ははっ」
なんて言いながらも、ハムレットは楽しそうに笑って手を振って行ってしまう。
その背後から指示を終えたファウストが近づいてきた。
「ハムレット殿か」
「明日には予定通りの宿泊施設行くって。温泉にマッサージ、運動、食事付き」
「凄いな」
だがそうなれば二人の時間だ。
互いに見合って、穏やかに笑う。ファウストが覆うように、ランバートは向き直って抱き合って、ほんの少し触れるキスをして。
「では明日から、新婚旅行再開かな?」
「残ってる?」
「……三日くらい?」
「あははっ」
本当に、らしいと言えばらしい新婚旅行となったものだ。
でもまぁ、気分はスッキリ良い気持ちなんだろうな。
不夜城と呼ばれるこの町はこれからが本番だと言わんばかりに人々の往来も多いが、ここは少し様子が違う。
町の中でも少し深い部分には違法カジノや闇営業の風俗店も多く、トラブルも多い。表向きは小さな屋敷や飲食店に見せかけたこれらの店は、その奥では多くの人の人生を狂わせている。
それでもこれらの場所から人の姿が消える事はない。表にはない刺激を、欲望を、商売を求める人が多い証拠とも言える。
ダーニアの裏カジノもまた、そんな場所に建つ小さな屋敷に紛れていた。
この日、人通りも落ち着いている小さな屋敷の地下は騒然としていた。それというのもここは裏カジノであり、表とは違う法外な金が一夜にして動く無法地帯。同時に、客は結局勝てない仕組みのある場所だった。
そこで大勝ちしている青年がいたのだ。
初めて訪れるという身なりのいい青年を、このカジノの支配人は「いいカモが来た」という甘い考えで通し、現金と高額なチップを交換し、地下へと案内した。
背に流れる月のような金の髪に、海のように深い青い瞳。目鼻立ちがよく、質の良い青に金糸の長衣を纏った青年は辺りを見回し、トランプの台に座った。
「いらっしゃいませ」
まだ若いディーラーがにっこりと迎えてくれるが、場の雰囲気はそんな軽いものではない。今まさにすっからかんに擦られたのだろう男が死んだような顔をしているのだ。
「ブラックジャックは出来るかい?」
「えぇ、勿論ですとも」
にっこりと微笑むディーラーがカードを配ろうとするのを、青年は一度止めた。
「あと、純粋に賭け事のスリルを楽しみたいんだ。いかさまは無しでお願いしたい」
その言葉に、一瞬ディーラーは表情を無くす。それというのもこの店では羽振りの良さそうな客や、気前のいい客にはそれと分からないよういかさまをして、金を巻き上げていたのだ。
青年は鋭い視線に楽しげな笑みを浮かべる。そしてトントンと、自分の袖口を叩いた。
「カードを一枚、忘れてるんじゃないか?」
「!」
その指摘に、ディーラーはギョッとした顔をする。それはこの青年の隣にいる男から金を巻き上げた際に都合の悪いカードを隠した、その一枚だった。
「今回はサービス。次に見つけて俺が指摘した時には、ゲームの結果に関わらずプレイヤーの勝ち。俺が間違っていたら俺のチップはあんた達の物。あんたも一流なら、見抜かれないだろ?」
「……さぁ、何のことだか分かりかねますが。ですが、そのような事があった時にはフェアではございませんので、お客様の勝ちと致しましょう」
どうせ見抜けやしない。ここに拾われ、ひたすらそうした技術を磨く事に邁進してきたのだ。素人ごときに負ける事はない。
そう、ディーラーは高をくくっていた。
「言質は取ったよ」
そうニヤリと、青年ランバートは不適な笑みを浮かべた。
これが三十分程前の出来事。
ランバートも最初のうちは普通にゲームを楽しんでいた。その間はほぼ負け無し。他の客が熱くなっている所でも、ランバートは無理だと思えば降りて損害はほぼ無い状態だった。
それというのも裏社会ではこうした賭け事が好まれる。特にカードは道具が少なく誰とでもやれる。特に情報屋のシンはカードが好きで、賭け事なしで付き合わされ、おかげで鍛えられた。
まぁ、これらが一番得意だったのはハムレットなのだが。興味が無いと言いながら、あの人は手先の器用さを利用してよくいかさまをし、全員がそれに引っかかるとニヤァァと笑うのだ。計画が狂いなく完成したことを喜んで。腹立たしいったらない。
そのうちにそこそこ客も旨みを吸って盛り上がった所で、ディーラーは動いた。カードを配り終え、チェンジを要求する。ランバートの所にもカードは来たが、その瞬間を見逃さなかった。
「今、カードを一枚隠しましたね?」
「え?」
ディーラーは驚いた顔をするが、見逃すはずがない。
すると隣に座っていた顔色の悪い男が立ち上がり、ディーラーのポケットの一つを暴いた。
「あ!」
出てきたのは間違いなくカード、しかもクラブのAだ。男の手元には既にダイヤとクローバーのAがあり、これでスリーカード。危ない所だ。
「いかさまか!」
他の客は怒り任せに声を上げたが、ディーラーの服を探った男は声を荒らげる事はなかった。
「なぁ、あんた」
「俺?」
自分を差せば、男は頷く。その目は必死なものだった。
「あんたがいかさまを暴いたら、客全員の勝ちなんだろ?」
「そう、約束した」
「俺もそこに入っているのか」
そう言われても、男は有り金を全部擦ったのかゲーム自体に参加していなかった。だが、席には座っていた。
考え、ランバートは頷いた。
「俺と一緒に監視してくれるなら、参加者じゃないか?」
「分け前くれるのか!」
「俺への配当金から半分」
「乗った!」
男は声を上げる。そしてディーラーに元本と、元本と同額の配当を払わせ、その半分をランバートは男に渡した。
損はない。ランバートがいかさまを見抜けば場にベットしてある元金が戻るばかりか、同額を親であるディーラーが払う。それはディーラーが一人負けしたからだ。
通常なら場に出し合った額を勝った人間で山分けするのだが、親の一人負けではこうなるのだ。
その後もランバートは純粋な勝ちといかさまを見抜いて見る間に元手を増やしチップの山を作り上げていく。この異常な状況に周囲の客も見物にきて、今では人垣状態だ。
こうなればそろそろターゲットが事態の収拾に来るだろう。少し前から若いディーラーから少し年配の者に変わった。技術は先の男よりも高いがそれでも見抜けないわけがない。そもそも動体視力と観察眼がいいのだ。なにせ普段からアシュレーの容赦の無い剣を見切り、グリフィスの豪腕をかわし、ファウストの剣を避けているのだ。見切るための目は恐ろしく良くなる。
その頃ようやく奥から慌ただしい様子でダーニアが駆けつけた。
彼は若干殺気だっていそうな様子できたが、ランバートを見て動きを止めた。まぁ、この顔ではごまかしはきかないだろうが。
「これはこれは、もしやヒッテルスバッハのご親戚の方でしょうか?」
「本家末弟のランバートです。貴方がここのオーナーで?」
白々しく初対面を装いにっこりと笑ったランバートに、ダーニアも愛想笑いを浮かべる。だが明らかに焦っている。何故ならランバートが今手にしている金額は推定千フェリス。この男の身ぐるみを剥がせる金額だ。
ついでに同じテーブルに着いていた客もおこぼれに預かり予想以上に元金を膨らませた。これでこの客達とランバートが換金を願い出ればこの男は身一つで放り出される。
「うちの者が何かと失礼をいたしました。よろしければ奥で」
「すみませんが、この後は母に呼ばれていまして。こちらを換金して、本日は終わりにしようと思っていた所です」
見る間にダーニアの顔色が悪くなる。それもそうだろう、今去られたら身の破滅だ。
「いや、ですがこんな大金一気にお支払いは少々」
「カジノ法では、客はチップを好きなタイミングで換金し、店はそれに応じなければならないとあるはずですが?」
だからこそ表のカジノではチップ一枚のレートは高くないし、一日の元金に上限がある。これを破って高レートを売りにする裏カジノはリスクも高いのだ。
「払えないなら現金以外で。俺は土地の借用書でも何でも構いませんよ?」
ダーニアの顔が青から赤に変化していく。沸点の低い男は年下のランバートが馬鹿にしたような口ぶりで言うのがお気に召さなかったのだろう。
だからこそ更に煽った。
「それとも、騎士団にて裁判に致しましょうか? 俺は自分の取り分を主張しますので、ほぼ貴方に勝ち目はありませんが」
「ずいぶんな事を言いますなぁ」
低く唸るような声音で睨み付けるダーニアがこの後どう出るかによっては、乱闘騒ぎになる。だがそうなれば客に被害が出るだろう。だからこそ、そこに一石を投じた。
「なんなら、勝負しますか?」
「勝負?」
不意にガスを抜かれた感じで、ダーニアは目を丸くする。ランバートは努めて朗らかに笑い、チップを一枚手に取った。
「ここにある全てのチップと、貴方の持つ土地家屋の権利書なんかを賭けての一点勝負。プレイヤーは、俺と貴方だ」
こちらにはそれほどのダメージはない。今日の元本は先日表のカジノでもうけた金だし、他はここでせしめたもの。元の懐は痛まない。
だがあちらは人生がかかる。土地も家屋も負ければ没収だ。だが勝てばそれらは保証され、更にはこちらの支払いもなくなる。
ギャンブラーなら、選択肢は一つだ。
ダーニアはニヤリと笑った。
「いいですな。それでこそカジノの流儀。乗りましょう」
「そうこなくては」
かくして舞台は整った。
選んだのはルーレット、赤黒賭けだった。まぁ、一発でケリを付けるとなればこれが一番運任せであり、わかりやすい二択だ。
「では、ディーラーはこちらで」
「それはフェアではないだろ? 熟練のディーラーなら狙った場所に玉を落とせると聞く。公平と言うなら客から選ぶべきだ」
言いながらギャラリーを見ると、中に一人うってつけの相手を見つけた。淡い栗色の髪を短く切りそろえ、前髪を長く下ろして目元を隠したいかにも場違いな青年は、こちらの視線を感じてそそくさと逃げようとしている。
「そこの、身なりの一番粗末な青年なんてどうですか?」
「!」
ニヤリと笑って言えば、冬物の雑なコートの背が揺れて止まる。ダーニアもそちらへと視線を向けて直ぐに見つけ、嫌な顔をした。
「誰だ、この場所にネズミを入れたのは」
「まぁ、いいではありませんか。あの身なりの者なら公平でしょう」
「……まぁ、そうでしょうな」
ダーニアが顎をしゃくると、ボーイらしい男が青年を連れてくる。前に降りた前髪で顔などは分からないようにしているが、それでも磨けば光る感じが隠せていない。
彼は小さくなりながらもおどおど落ち着かなくしている。
「いいか、このルーレットを思い切り回して、適当に玉を投げ入れるだけでいい」
「だがぁ、こんなのやったこと……」
「難しい事ではないので、お願いします」
「……」
言えば、青年は玉を手に取りディーラーの席へと移動した。
かくして役者は揃い、ランバートとダーニアはプレイヤー席へと座る。ランバートは大量のチップの代わりに一フェリス金貨を、ダーニアは家紋の入った指輪を場に用意した。
「そ……それでは、いきます!」
どもりながら青年はルーレットを回す。回るそれはそれなりに勢いがあった。
「玉、入ります!」
すっと白い玉が吸い込まれるように落ちていき、ルーレットの外周をカラカラと回っていく。赤か、黒か。これが落ちるまでに賭けなければいけない。
まぁ、もう決まっているが。
「黒」
「わしは赤だ!」
それぞれが赤と黒にそれぞれの印を置く。
徐々に勢いがなくなり玉が落ちてくる。ランバート、そしてダーニアの視線がルーレットの上を凝視し、成り行きを見守る中で白い玉は思わせぶりに動きやがて、コロンと落ちた。
「……黒です!」
ディーラーを務めた青年が宣言し、客がワッと沸いた。その中で全財産を失ったダーニアは項垂れ、従業員はどうしたらいいか分からずにキョロキョロしている。
ランバートは置かれた指輪を取り上げ、笑みを浮かべた。
「これだけの証人の中で、事を覆す事はできませんよ」
「くっ…………こうなれば!」
唸るダーニアが手を上げると、奥から武装した男達が集団で入ってくる。客は悲鳴を上げて逃げ惑うが、ランバートは堂々とその前に立った。
「こいつだ! こいつを始末しろ!」
「まったく、負けて喚く奴は見苦しいな」
動きづらい上着を脱いで軽く体を解して構える。そうする内に一人が飛び出してくるのを見て、ランバートは長い足を鞭のようにその男の側面に打ち込んだ。
「がっ!」
「!」
ぶっ飛んだ男の影から更に数人が襲いかかるが、こんなものは乱取りと変わらない。腕を取って投げ飛ばし、その隙をついて襲ってきた奴は一度かわしてから踵落としで沈めた。腕力はあるが技術は無いそれらの動きはどれも雑だが数がいる。
「囲え!」
すっかり客が逃げた地下ホールの中、十数人に囲まれるのは流石にまずい。一発か二発は貰う可能性が出てくる。
「始末しろ!」
その言葉に一斉に輪を縮めた男達が襲いかかる。狭い中で体を流し、投げ、沈めていくが足場も悪い。
今一人を殴り倒し後ろに下がった、その時足下が妙に沈み込んでバランスを崩し、後ろに倒れそうになってランバートは焦った。倒れた奴を踏んづけたんだ。
「今だ!」
正面に立った奴の手にはナイフがある。それほど深くはないが無防備に受ければ流石に深手となりかねない。どうにか踏ん張るが次には踏んづけた男が足を掴んで動けないようにしてしまう。その間にも影は迫り、ランバートを殺そうという目でナイフを振り下ろした。
その男を後ろから、黒い影が掴み思い切り投げ捨てる。同時に腕も折っただろう勢いの人物はランバートの腕を引いて胸元へと引き入れてしまった。
「大丈夫か?」
甘やかすような声音に場を忘れてしまうが、流石にここで甘い雰囲気を出すのはどうなんだろう……。
というこちらの気持ちに気づいたのか、ファウストは笑って手を離してしっかりと構えた。
「さて、片付けよう。上は騎士団で占拠した」
「了解」
隣り合い、互いに構えたこの二人に勝てる者なんて、居るはずがないのであった。
◇◆◇
かくして裏カジノは占拠され、同時に屋敷の家宅捜索が行われた。そして、ダーニアが交わしただろう数々の違法な取引の書類が見つかった。
これによりフィランダーも逮捕され、砦へと連行されていく。
無事に農園の方も片付いたと連絡があり、これにてアプリーブで起こった違法人身売買の首謀者全員が縛に就いたことになった。
表に出てきたランバートは人影を探していた。おそらくまだ帰っていないとは思うのだが。
そうして見回し、見つけた。みすぼらしいコートと前髪で顔を隠した人だ。
「兄上、きてたんだ。助かったよ」
その声に、顔を隠した人がうざったい前髪を上げる。そして小さく溜息をついた。
「ちょっと気になっただけだから、いいよ」
「それでも助かった。こればっかりは運も大きいから」
そう、こればかりは運だったんだ。本当に素人が何の考えもなく投げ入れたら、玉はどちらに入るか分からない。ある程度見て決める時間はあるが、悠長にしていたら選ぶ前に玉が落ちる。そうなれば賭けられる前に負けが決定だ。
ディーラー選びは大事だった。そこで見つけたのが、みすぼらしく変装したハムレットだった。
彼は興味は無くても交渉を有利に進める為なら余念が無い。シンのギャンブル好きを知って色んな技術を習得した。ルーレットなんて、真っ先に着手したものだ。
そして彼の癖で、黒に入れる事が多い。それをランバートは知っていたのだ。
溜息をついたハムレットが苦笑する。それにランバートも同じく返した。
「これにてお終い。ランバート、新婚旅行の日程残ってるの?」
「少し?」
「もぉ、何してるんだか。僕たちも明日撤収して、予定の宿泊所に行くから」
「んっ、有り難う。兄上も休みなよ」
「休めるわけないだろ? 母上がチェルルを玩具にするんだ。見張ってないと」
「ははっ」
なんて言いながらも、ハムレットは楽しそうに笑って手を振って行ってしまう。
その背後から指示を終えたファウストが近づいてきた。
「ハムレット殿か」
「明日には予定通りの宿泊施設行くって。温泉にマッサージ、運動、食事付き」
「凄いな」
だがそうなれば二人の時間だ。
互いに見合って、穏やかに笑う。ファウストが覆うように、ランバートは向き直って抱き合って、ほんの少し触れるキスをして。
「では明日から、新婚旅行再開かな?」
「残ってる?」
「……三日くらい?」
「あははっ」
本当に、らしいと言えばらしい新婚旅行となったものだ。
でもまぁ、気分はスッキリ良い気持ちなんだろうな。
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