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帝国海軍海上訓練事件
7話:流刑島の現実
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足の手術から数日、熱も下がって状態もひとまず順調。トビーもまだ自由に動けはしないが元気にしている。
そうなると、好奇心たっぷりの視線が沢山なわけだ。
「ねぇ、トビーはどこからきたの?」
「足痛いの?」
「お仕事何?」
島には案外子供がいて、まだ十歳に満たないくらいの子供達がひっきりなしに来る。どうやら仕事の合間に余所者であるトビーに会いに来ているようだ。
「こらお前等! それじゃ怪我が治んねぇだろ!」
「いいって、ステン。外からの客なんて滅多にないんだろ? そりゃ、興味あって当然だって」
漁に出て魚やらを捕ってくる事はあっても長く留守にはしないステンがこれを叱るのだが、トビーとしては納得もできる。何よりまだ左足に力をかけると痛む為、自由に動き回れない。ようは暇なんだ。
「俺は帝国から来た騎士だよ」
「きし?」
「国や、住んでる人に悪い事をする奴を捕まえるお仕事だ」
「強いんだ!」
「まぁな!」
「怪我してんのにな」
「うっせぇステン! これは、なんていうか……油断」
「余計ダメじゃね?」
「うっせぇ!」
この状態だと本当に締まらないし説得力がない。赤くなって否定するとドッと皆が笑う。それはちょっとだけほっとする。
この島の現状はあまり良くない。土地は痩せていて思うように作物は育たない。その為、野菜なんかは他国に買いに行かなければならない。その為の外貨を稼ぐには漁をするわけだ。
幸いこの辺りは豊かな海で魚も豊富だ。だがそこにウェールズが入り込んで荒らしまくっている。聞けばあいつらが荒らす前と比べると漁獲高は減っているらしい。
更に帝国やジェームダルに売りに行っても、ルアテ島の人間が相手とみると足元を見る。いい魚が二束三文で買いたたかれる事もあるし、計算ができないと見ると安く買い叩く。それが現状だ。
「圧倒的に学が足りない」
それが、ステンの懸念事項だ。
「てかよ、お前は帝国公用語も使えるし計算も出来るんだろ? 他はダメなのか?」
「勉強が出来てもここじゃ生きていけねぇからな。それよか漁をしたり、漁具の補修覚えたり、僅かでも農業したり食いもの探したりが優先だ。俺だって、先祖が代々この島の顔役で本島との繋ぎしてるから仕込まれただけだしな」
夜、僅かばかりの汁物を啜りながらの話はこんなことが多い。帝国に比べて圧倒的に足りていない食事のせいか、遊びにくる子供達は皆痩せている。
「ここはそもそも流刑地だ。中には犯罪を犯したんじゃなく、政治的な何かに負けて流れ着いた奴もいる。そうした奴は学があり、言葉も計算も出来た。俺の先祖がそういう奴だったらしくてな、大事だからって仕込むよう言われ続けている」
「そういうのって、お前の家だけじゃないだろ?」
「昔はもっといたな。だが今はいない。今じゃ流刑はなくなって、言葉が話せて計算が出来れば本島でも生活ができる。そうして徐々に減ってた。もしくは廃れていったんだ」
なんとも世知辛い話だ。
だがこの現状を甘んじて受け入れて行くのがいいのか。トビーからするとそれはノーだ。それじゃ未来なんてない。じり貧になっていく。
「……なぁ、ステン」
「なんだ?」
「俺がここで、チビ達相手に文字や計算を教えるのって、ありか?」
問えば、ステンは目を丸くしている。悪い事を言ったのかとちょっと焦ってしまう。
「いや、問題あるならしないけどよ!」
「バカ、ちげーよ! 逆だって!」
大きな声で返した奴が嬉しそうに笑ってガバッと抱きついてくる。みっちりとした筋肉のついた腕がギュッとホールドしてくるのはちょっと苦しいが、何故か安心もできた。
「お前、マジ良い奴だな」
「いや、世話になってるのに何も出来てなくてさ。貴重な薬までもらったし。まだしばらくは動けないから、勉強くらいしか教えてやれないし。ここに遊びに来る奴に、遊びに来てる時間の間だけだけど」
「十分だ。それで何か意識が変われば学ぼうって奴が増えるかもしれない。そうしたら、この島に留まる必要もねぇ。自由に外に出て行けるんだ」
そう、嬉しそうに言うこいつはなんで島を出ないんだろうな。思うけれど、答えも分かっている気がする。お人好しで、見捨てられないんだろうなって。
眠るときは同じベッドで2人、くっついて寝る。何があるってわけじゃない、単純にベッドがこれだけなんだ。
熱がある間は遠慮して囲炉裏の側で寝てたが、熱も下がってくると申し訳なくなって申し出て見た。拒むかと思いきや普通に「んじゃ遠慮なく」と入ってきて驚いたが、二日もすれば慣れた。
筋肉があって体温も高くて、ある程度狭いから必然的にくっついていて、それが心地よく思えてくる。誰かの体温や心音が近いと寝付きが良いらしいが、まさに実感している。
でもこれに慣れると、戻ってから人恋しくなりそうだ。独り寝でいいって、思い続けているってのに。
◇◆◇
翌日から、トビーは早速授業を開始した。
「トビー、今日はなんかするの?」
起き上がって囲炉裏の側に座っているトビーの所に子供達が来る。それを見て、トビーはニッと笑った。
「今日はさ、お前等に字を教えようと思ってさ」
「字?」
分からないという様子で首を傾げた少女の頭を撫でて、トビーは側にあった平らな石版を置く。これに水をつけると一時的だが文字が書ける。
「お前、名前は?」
「エミリー!」
元気に答えた女の子に頷いて、石版に「Emily」と書いて行く。それを少女は不思議そうに見ていた。
「これが、帝国の文字で書いたお前の名前だ」
「うわぁ、凄い! これでエミリーっていうの?」
「あぁ、そうだぞ」
案外嬉しそうにするから笑って頭を撫でると、今度は他の子も一斉に押し寄せてくる。それはちょっと驚きの圧だ。
「なぁ、俺のは!」
「俺も書いて!」
「私も!」
口々に言ってくる子供達の目はどれも輝いている。それを感じたら、無性に嬉しくて悔しくてたまらない。
知りたいとか、学びたいって気持ちはあったんだ。でも現状、そこに行き着く余裕がない。
なんとかしないと。何か一つでもいいからなんとか今を変えないとこの目は曇るんじゃないのか。今、この事を知っているのは俺だけなんじゃないか。
トビーはグッと奥歯を噛んで、次には笑った。
「順番で書くから待てって。そうだ、平らっぽい石持ってきてくれ。そうしたら炭で消えないように書いてやるから。食えない葉っぱでもいいぞ」
「はーい!」
銘々が散っていくのを見送って数分、何人かは直ぐに戻ってきて書いてくれと頼んできた。トビーは全員に冷ました炭で名を書くと同時に、地面に棒で、もしくは石なんかに水で浸した指で書く練習をするように伝えた。自分で書ける方がかっこいいだろと伝えて。
後から来た奴にも同じように言って今日は解散。気づけば空が茜色になっていた。
「帝国で身分証を発行するとき、名前は自分で書くんだ。これが最低限」
ここをクリアできないとまともに生活ができない。見よう見まねでいいから。
それでもこんなことしかしてやれない。まだ半歩踏み出せたかどうかだ。
「ステン、明日の朝とかにどっかで小さめの石を適当に持ってきてくれないか? 明日は簡単な算術を教えたい。幸いあいつら知らない事を知る楽しさはあるみたいだからな。色んな事をちょっとずつ! のわぁ!」
ステンを見ないまま話を進めていると、不意に後ろから思い切り抱きしめられて変な声が出た。妙に力が入って左足が少し痛かった。
「なんだよステン!」
「サンキューな、トビー」
「あ?」
「あいつら、楽しそうだった。あいつら以上に俺達が余裕なかったんだな」
「……」
不甲斐ないって声が聞こえた気がする。でも仕方ないだろ。大人は子供に見えない絶望が見える。生活の事とか、資源の事とか。心に余裕がなくなれば追い詰められるんだ。
後ろに手を回して、硬い髪を撫でてやる。でかい子供に抱きつかれてるみたいで、トビーは笑った。
「ったく、らしくないぞステン。んなこと、誰も責めねぇよ」
「悪い……」
「俺がいる間は俺がやる。小さな事の積み重ねが、あいつらの将来に役立つならいいんだよ。それに俺は今はまだ動けない。本当ならこの恩は働いて返したいんだけどよ」
「返してもらってるって」
ほんと、こいつには懐かれた。でも、悪い気がしないんだよな。
苦笑して、受け入れて、ちょっと笑って。今を笑えるのは多分こいつのおかげだって、トビーは思っている。
◇◆◇
その日から少しずつ、子供を中心に勉強を教えている。
変わったのは、そこに大人も混じるようになったことだ。
基礎をやって、時々ステンの家にあった本を読み聞かせて一週間くらい。ようやく足の腫れも引いて痛みもよくなり、杖代わりの棒を使いながらでも歩けるようになった。
そうしてこの目で見たルアテ島は、荒涼とした島だった。
平らな部分が限られた岩の多い島は、背の低い木や僅かな草は生えているものの圧倒的に緑が少ない。僅かな平地に家を建て、少しずつ開墾したのだろう場所で農業をしている。水はほぼ雨水に頼っていて、島のあちこちに水を貯めるための貯水池が作られていた。
ここから、変わるのか? この島に何があるんだ。何かがあれば変わるのに、トビーではそれが見えない。
焦る気持ちが深くなる。既に情があるんだ。海の資源だけではないものを探さなければ。
「トビー兄ちゃん!」
「エミリー、ノア、トッシュ?」
いつも勉強を習いに来る子供達が山の方から駆けてくる。その手には小さな何かが握られているみたいだった。
「あのね、怪我が良くなったって聞いて」
「おう、サンキュー! まだおっかけっこはできないけどな」
「無理すんなよ、トビー兄ちゃん。これ、お見舞いな」
そう言うと、子供達は握っていた手を開く。それは小さな石だけれど、所々キラキラしていた。
「なんだこれ?」
「綺麗な石でしょ。この島では結構多いんだよ」
「あぁ、山側の洞窟とかに落ちてるんだ。奥に行くのは危険だって事で禁止されてるけれどな」
「小さいのならね、浅い所にも落ちてるの。綺麗だから集めてるんだよ」
確かに綺麗だ。岩にくっついた赤い透明なそれはちょっと見た事のない感じがある。
「有り難うな、お前等」
「えへへ」
ワシワシと頭を撫でると嬉しそうにする。そのまま朝の仕事に向かっていくチビ達を見送って、トビーはステンの手を借りて海の方へと向かっていった。
「ここだ。この辺りに倒れていたんだ」
村のある場所から少し離れた海岸沿いを歩いて向かった先は、トビーが流れ着いていた場所。だから何が出来るってわけじゃないけれど、何となく見てみたかった。
「どんぱちしてた場所から結構あるな」
「まぁな。マジで生きてるとか、ビックリしたぜ」
あの日が既に懐かしく思うくらいにはここでの時間が濃密だ。
海に近づいて、そっとくるぶしくらいまで海水に晒す。冷たい感触が気持ち良く思えた。
――カミーユ
「!」
不意に聞こえた気がした声にビクリと足がすくむ。見下ろして、怖くて慌てて動こうとして尻餅をついた。
「トビー!」
「あ……」
慌てたステンが駆けつけて海から離してしまう。けれどトビーにはまだ感触が残っているような気がした。
左足を掴む血色のない青い子供の手が、ギュッと足首に触れた感触が。
そうなると、好奇心たっぷりの視線が沢山なわけだ。
「ねぇ、トビーはどこからきたの?」
「足痛いの?」
「お仕事何?」
島には案外子供がいて、まだ十歳に満たないくらいの子供達がひっきりなしに来る。どうやら仕事の合間に余所者であるトビーに会いに来ているようだ。
「こらお前等! それじゃ怪我が治んねぇだろ!」
「いいって、ステン。外からの客なんて滅多にないんだろ? そりゃ、興味あって当然だって」
漁に出て魚やらを捕ってくる事はあっても長く留守にはしないステンがこれを叱るのだが、トビーとしては納得もできる。何よりまだ左足に力をかけると痛む為、自由に動き回れない。ようは暇なんだ。
「俺は帝国から来た騎士だよ」
「きし?」
「国や、住んでる人に悪い事をする奴を捕まえるお仕事だ」
「強いんだ!」
「まぁな!」
「怪我してんのにな」
「うっせぇステン! これは、なんていうか……油断」
「余計ダメじゃね?」
「うっせぇ!」
この状態だと本当に締まらないし説得力がない。赤くなって否定するとドッと皆が笑う。それはちょっとだけほっとする。
この島の現状はあまり良くない。土地は痩せていて思うように作物は育たない。その為、野菜なんかは他国に買いに行かなければならない。その為の外貨を稼ぐには漁をするわけだ。
幸いこの辺りは豊かな海で魚も豊富だ。だがそこにウェールズが入り込んで荒らしまくっている。聞けばあいつらが荒らす前と比べると漁獲高は減っているらしい。
更に帝国やジェームダルに売りに行っても、ルアテ島の人間が相手とみると足元を見る。いい魚が二束三文で買いたたかれる事もあるし、計算ができないと見ると安く買い叩く。それが現状だ。
「圧倒的に学が足りない」
それが、ステンの懸念事項だ。
「てかよ、お前は帝国公用語も使えるし計算も出来るんだろ? 他はダメなのか?」
「勉強が出来てもここじゃ生きていけねぇからな。それよか漁をしたり、漁具の補修覚えたり、僅かでも農業したり食いもの探したりが優先だ。俺だって、先祖が代々この島の顔役で本島との繋ぎしてるから仕込まれただけだしな」
夜、僅かばかりの汁物を啜りながらの話はこんなことが多い。帝国に比べて圧倒的に足りていない食事のせいか、遊びにくる子供達は皆痩せている。
「ここはそもそも流刑地だ。中には犯罪を犯したんじゃなく、政治的な何かに負けて流れ着いた奴もいる。そうした奴は学があり、言葉も計算も出来た。俺の先祖がそういう奴だったらしくてな、大事だからって仕込むよう言われ続けている」
「そういうのって、お前の家だけじゃないだろ?」
「昔はもっといたな。だが今はいない。今じゃ流刑はなくなって、言葉が話せて計算が出来れば本島でも生活ができる。そうして徐々に減ってた。もしくは廃れていったんだ」
なんとも世知辛い話だ。
だがこの現状を甘んじて受け入れて行くのがいいのか。トビーからするとそれはノーだ。それじゃ未来なんてない。じり貧になっていく。
「……なぁ、ステン」
「なんだ?」
「俺がここで、チビ達相手に文字や計算を教えるのって、ありか?」
問えば、ステンは目を丸くしている。悪い事を言ったのかとちょっと焦ってしまう。
「いや、問題あるならしないけどよ!」
「バカ、ちげーよ! 逆だって!」
大きな声で返した奴が嬉しそうに笑ってガバッと抱きついてくる。みっちりとした筋肉のついた腕がギュッとホールドしてくるのはちょっと苦しいが、何故か安心もできた。
「お前、マジ良い奴だな」
「いや、世話になってるのに何も出来てなくてさ。貴重な薬までもらったし。まだしばらくは動けないから、勉強くらいしか教えてやれないし。ここに遊びに来る奴に、遊びに来てる時間の間だけだけど」
「十分だ。それで何か意識が変われば学ぼうって奴が増えるかもしれない。そうしたら、この島に留まる必要もねぇ。自由に外に出て行けるんだ」
そう、嬉しそうに言うこいつはなんで島を出ないんだろうな。思うけれど、答えも分かっている気がする。お人好しで、見捨てられないんだろうなって。
眠るときは同じベッドで2人、くっついて寝る。何があるってわけじゃない、単純にベッドがこれだけなんだ。
熱がある間は遠慮して囲炉裏の側で寝てたが、熱も下がってくると申し訳なくなって申し出て見た。拒むかと思いきや普通に「んじゃ遠慮なく」と入ってきて驚いたが、二日もすれば慣れた。
筋肉があって体温も高くて、ある程度狭いから必然的にくっついていて、それが心地よく思えてくる。誰かの体温や心音が近いと寝付きが良いらしいが、まさに実感している。
でもこれに慣れると、戻ってから人恋しくなりそうだ。独り寝でいいって、思い続けているってのに。
◇◆◇
翌日から、トビーは早速授業を開始した。
「トビー、今日はなんかするの?」
起き上がって囲炉裏の側に座っているトビーの所に子供達が来る。それを見て、トビーはニッと笑った。
「今日はさ、お前等に字を教えようと思ってさ」
「字?」
分からないという様子で首を傾げた少女の頭を撫でて、トビーは側にあった平らな石版を置く。これに水をつけると一時的だが文字が書ける。
「お前、名前は?」
「エミリー!」
元気に答えた女の子に頷いて、石版に「Emily」と書いて行く。それを少女は不思議そうに見ていた。
「これが、帝国の文字で書いたお前の名前だ」
「うわぁ、凄い! これでエミリーっていうの?」
「あぁ、そうだぞ」
案外嬉しそうにするから笑って頭を撫でると、今度は他の子も一斉に押し寄せてくる。それはちょっと驚きの圧だ。
「なぁ、俺のは!」
「俺も書いて!」
「私も!」
口々に言ってくる子供達の目はどれも輝いている。それを感じたら、無性に嬉しくて悔しくてたまらない。
知りたいとか、学びたいって気持ちはあったんだ。でも現状、そこに行き着く余裕がない。
なんとかしないと。何か一つでもいいからなんとか今を変えないとこの目は曇るんじゃないのか。今、この事を知っているのは俺だけなんじゃないか。
トビーはグッと奥歯を噛んで、次には笑った。
「順番で書くから待てって。そうだ、平らっぽい石持ってきてくれ。そうしたら炭で消えないように書いてやるから。食えない葉っぱでもいいぞ」
「はーい!」
銘々が散っていくのを見送って数分、何人かは直ぐに戻ってきて書いてくれと頼んできた。トビーは全員に冷ました炭で名を書くと同時に、地面に棒で、もしくは石なんかに水で浸した指で書く練習をするように伝えた。自分で書ける方がかっこいいだろと伝えて。
後から来た奴にも同じように言って今日は解散。気づけば空が茜色になっていた。
「帝国で身分証を発行するとき、名前は自分で書くんだ。これが最低限」
ここをクリアできないとまともに生活ができない。見よう見まねでいいから。
それでもこんなことしかしてやれない。まだ半歩踏み出せたかどうかだ。
「ステン、明日の朝とかにどっかで小さめの石を適当に持ってきてくれないか? 明日は簡単な算術を教えたい。幸いあいつら知らない事を知る楽しさはあるみたいだからな。色んな事をちょっとずつ! のわぁ!」
ステンを見ないまま話を進めていると、不意に後ろから思い切り抱きしめられて変な声が出た。妙に力が入って左足が少し痛かった。
「なんだよステン!」
「サンキューな、トビー」
「あ?」
「あいつら、楽しそうだった。あいつら以上に俺達が余裕なかったんだな」
「……」
不甲斐ないって声が聞こえた気がする。でも仕方ないだろ。大人は子供に見えない絶望が見える。生活の事とか、資源の事とか。心に余裕がなくなれば追い詰められるんだ。
後ろに手を回して、硬い髪を撫でてやる。でかい子供に抱きつかれてるみたいで、トビーは笑った。
「ったく、らしくないぞステン。んなこと、誰も責めねぇよ」
「悪い……」
「俺がいる間は俺がやる。小さな事の積み重ねが、あいつらの将来に役立つならいいんだよ。それに俺は今はまだ動けない。本当ならこの恩は働いて返したいんだけどよ」
「返してもらってるって」
ほんと、こいつには懐かれた。でも、悪い気がしないんだよな。
苦笑して、受け入れて、ちょっと笑って。今を笑えるのは多分こいつのおかげだって、トビーは思っている。
◇◆◇
その日から少しずつ、子供を中心に勉強を教えている。
変わったのは、そこに大人も混じるようになったことだ。
基礎をやって、時々ステンの家にあった本を読み聞かせて一週間くらい。ようやく足の腫れも引いて痛みもよくなり、杖代わりの棒を使いながらでも歩けるようになった。
そうしてこの目で見たルアテ島は、荒涼とした島だった。
平らな部分が限られた岩の多い島は、背の低い木や僅かな草は生えているものの圧倒的に緑が少ない。僅かな平地に家を建て、少しずつ開墾したのだろう場所で農業をしている。水はほぼ雨水に頼っていて、島のあちこちに水を貯めるための貯水池が作られていた。
ここから、変わるのか? この島に何があるんだ。何かがあれば変わるのに、トビーではそれが見えない。
焦る気持ちが深くなる。既に情があるんだ。海の資源だけではないものを探さなければ。
「トビー兄ちゃん!」
「エミリー、ノア、トッシュ?」
いつも勉強を習いに来る子供達が山の方から駆けてくる。その手には小さな何かが握られているみたいだった。
「あのね、怪我が良くなったって聞いて」
「おう、サンキュー! まだおっかけっこはできないけどな」
「無理すんなよ、トビー兄ちゃん。これ、お見舞いな」
そう言うと、子供達は握っていた手を開く。それは小さな石だけれど、所々キラキラしていた。
「なんだこれ?」
「綺麗な石でしょ。この島では結構多いんだよ」
「あぁ、山側の洞窟とかに落ちてるんだ。奥に行くのは危険だって事で禁止されてるけれどな」
「小さいのならね、浅い所にも落ちてるの。綺麗だから集めてるんだよ」
確かに綺麗だ。岩にくっついた赤い透明なそれはちょっと見た事のない感じがある。
「有り難うな、お前等」
「えへへ」
ワシワシと頭を撫でると嬉しそうにする。そのまま朝の仕事に向かっていくチビ達を見送って、トビーはステンの手を借りて海の方へと向かっていった。
「ここだ。この辺りに倒れていたんだ」
村のある場所から少し離れた海岸沿いを歩いて向かった先は、トビーが流れ着いていた場所。だから何が出来るってわけじゃないけれど、何となく見てみたかった。
「どんぱちしてた場所から結構あるな」
「まぁな。マジで生きてるとか、ビックリしたぜ」
あの日が既に懐かしく思うくらいにはここでの時間が濃密だ。
海に近づいて、そっとくるぶしくらいまで海水に晒す。冷たい感触が気持ち良く思えた。
――カミーユ
「!」
不意に聞こえた気がした声にビクリと足がすくむ。見下ろして、怖くて慌てて動こうとして尻餅をついた。
「トビー!」
「あ……」
慌てたステンが駆けつけて海から離してしまう。けれどトビーにはまだ感触が残っているような気がした。
左足を掴む血色のない青い子供の手が、ギュッと足首に触れた感触が。
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