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第三十三章

悪い予感

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「イガゴーの丘?」

 アンジェラの眉間に微かに皺がよる。良い意味ではないらしい。
「今日、処刑はあったっけ?」
「ございません」
 問われたノーラがきっぱりと答えた。
「さらに決闘の申請も出ておりません」
「やっぱり」
 急に皆の雰囲気が変わったのはナディにもわかった。女達の表情が鋭くなっている。口喧嘩どころではないのは間違いない。
「あ、あのどうかしました?」
 ナディだけが訳がわからない。ふざけて良い空気ではないのは理解出来たが。
「『イガゴーの丘』とはアルトバインでの公的な処刑場なのよ」
 アンジェラがやや硬い声で教えてくれた。
「処刑……」
「あと許可された決闘の場でもあるわ。そこで殺された人の怨霊が出るとかで昼間でも誰も近づきたがらない場所よ」
 おどろおどろしく説明されて悪い予感がナディの心臓をきりりと締め付ける。
「な、何故、そんな所にカーリャ様が……」
「仲良しを呼び出す場所じゃないからね。ろくな意味じゃないわ」
 アンジェラに脅す気はないのだろうが、ナディは震え上がってしまう。思い当たる節がはっきりあったのだ。
「おそらく無申請無許可の決闘あたりでしょうか。ナディ様。カーリャ殿は誰かと揉めていたとかは――」
「あります!」
 ナディは今朝の襲撃の件とカーリャが語った過去の確執について震える声で説明した。
「聖友堂騎士団か。厄介なものを相手に」
 アンジェラが似合わないくらいに苦い顔になる。それがさらにナディの恐怖を煽っていく。
「でもただの自由騎士相手に傭兵まで使って襲うなんて、奴らにしても大袈裟ね」
「カーリャ様はたいそう見目麗しい美少年ですから」
 ノーラの説明にアンジェラはああと納得した。
「痴情のもつれかあ。それは大変だわあ」
 ナディが我に返った程のひどい誤解である。
「カーリャ様はそのようないかがわしい真似はなさりません!」
 最初は自分もそう妄想していたくせに、他人に言われると納得できないわがままナディである。
「気をつけてね。ナディ。男と女もえぐいけど、男同士のもつれはさらに陰湿で臭いわよ」
 ナディが叫んでもアンジェラは聞いてくれない。ノーラ達もうんうんとうなずいている。ひどい。
「とにかくノーラ。お願い。イガゴーに急行して。ナディの男を助けるのよ。兵はいくら使っていいから」
「承知しました。姫様。間に合うかどうかが問題ですので、ここはブリッタとオクタビアをお借りします」
「少数精鋭ね。いいわよ。生殺与奪まで含めて任すわ。急いで!」
 判断が早い。さすがであろう。三人のメイドはもう立ち上がって部屋から出ていこうとしている。
「あ、あの!」
 その背に向けてナディは自分でもびっくりした程の大声で叫んだ。

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