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第三十六章
決着
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「さあカーリャ殿。ナディ様を救うのです!」
ノーラが剣を振るいながら叫ぶ。ここでこの男女を助けなかったらアーレグレイの女ではない。姫様も手を叩いて喜んでくれるだろう。
「ナディ様は下がって!」
丘の上では二人のメイドが獅子奮迅の大暴れをしていた。ブリッタは槍で四方を突き上げ、オクタビアが大槌矛を縦横に振り回す。共に強い。肉が貫かれ、粉砕される音に敵の悲鳴が入り交じる。形勢は完全に逆転していた。
「か、カーリャ様あっ!」
淑女であれば悲鳴を上げそうな凄惨な光景だったが、ナディの目には入らない。敵を蹴散らして駆けよってくるカーリャの姿だけに呆然となって、自らも駆け出す。
その時だった。
「このクソ女があっ!」
いきなりナディの身体が衝撃を受けた。つき飛ばされ、倒れ、強い力で引き上げられた。
「動くなあっ! 貴様らあっ!」
ナディの首を腕で締めて拘束したのは敵の主だった。顔が破片で切り裂かれ、肌が爆風で焼かれている。見るも無惨な有り様だが致命傷は負っていない。その修道騎士がナディの首を後ろから締め上げ、剣を突きつけていた。
「動いたらこの女を殺すぞ。武器を捨て――」
そう叫んだ瞬間に横合いから白と灰色の風が修道騎士の顔面に襲いかかった。
「ラージャ!」
カーリャの一声と修道騎士の悲鳴が重なった。この気まぐれな勇者は獣の神速で主の想い人を助けに来たのだ。爪で修道騎士の目をえぐり、耳を牙で喰いちぎる。
新たな深手に悲鳴を上げて修道騎士の剣がナディの首からずれる。締め上げる腕も緩んだ。
「えいっ!」
ナディはその隙を逃さず、渾身の力と気合いで修道騎士の腕に噛みついた。雪豹が乗り移ったかのごとき狂暴な攻撃に、さらに悲鳴があがって締める腕が外れる。ラージャも飛び退いた。
「動かないで!」
次の瞬間には片手で顔をおおって呻く修道騎士にナディが拳銃を向けていた。
「射ちますよ」
カーリャにもらった拳銃だ。ずっとドレスの懐に大事にしまっていたのだ。それを最後の最後に出したのだった。
「こ、この……」
「今度はほぼご自分の事だけを心配なさる状況ですからね」
血を吐きそうなくらいに悔しそうに呻く騎士にナディは冷静に教えてあげた。すでに立っている修道騎士は二人しかいない。傭兵も従兵も地に伏すか逃げ出すかして、残っているのは数人だ。
「あと一つ申し上げると、わたくし、的を外した事はございませんの」
嘘ではない。詳細な説明を省いているだけだ。。
「こ、この、あばずれがああ」
距離は微妙。修道騎士が手を伸ばして振るえば剣がナディに届く。それがわかっているから向こうのカーリャもメイドらもうかつに動けない。残った敵とのにらみ合いになる。
「下品な感想ではなく、ご自分の御希望を教えて下さいな」
弾丸と火薬はカーリャから貰った早合ですでに装填している。それと……あ。
「お仲間も待ちかねておられるようですし」
そう笑ってみせながらも、実はナディは少し焦りながら左手で懐をまさぐる。あった。城で借りてきた火口だ。出す。指だけで蓋を開け、中の火種で短銃の火縄に着火した。
「それともこのたかが女ごときと修道騎士様が相討ちなさいますか?」
危ない危ない。火縄が消えていた。真っ先に気づいていたカーリャが向こうでほっとしている。幸い修道騎士は銃の使用法は知らなかったらしく、向けられた銃口に脅されていてくれたが。
「さあ、どうなさいます。降伏しますか」
そこでナディは左の前髪をかきあげた。隠していた痣が露わになる。
「あぅ……」
知らなかったのだろう。秀麗な娘の顔の半分を占める影に修道騎士も驚いた。ええ、そうよ。見なさい。しっかりとわたしの顔とこの意思を。醜い? おぞましい? ナディはその痣を自分で晒し、両目と共に睨み付けたのだ。
「例え相討ちでもわたしは構いません」
大嫌いだったこの痣。誰にも見られたくない醜い跡。それをナディは脅しの道具に使った。カーリャの為に、生まれて初めて自分の痣に感謝しながら。
「わ、わかった」
修道騎士が折れた。傷の深さも屈辱もナディの気迫と迫力には勝てなかった。握った指を離す。剣が落ちて地に転がった。
「わかればいいのです」
勝った――と思った。ふうと息が漏れる。銃口が無意識に下がった。
それを目の前の敵は見逃さなかった。
「あばずれ!」
両手を突き出してナディに襲いかかろうと――
銃声が鳴り響いた。
「あ……」
声が漏れたナディの目の前で修道騎士の頭が揺れた。何かが飛び散っている。そしてゆっくりとその身体が倒れ、地に崩れ落ちた。
「ナディ殿の髪一筋でも傷つける事はこのわたしが許さん」
静かな声だった。まだ立っている誰の耳にも聞こえた。その皆が目を向けた先で、あちこちに返り血を浴びた秀麗な美貌の少年が右手に短銃を構えて立っている。銃口からは薄い煙が上がっていた。
背に隠し持っていた拳銃を使ったのだ。狙った的との距離は二十歩以上。見事な腕前だった。
この日、イガゴーで発生した決闘騒ぎはこの最後の一発の弾丸で終結したのだった。
ノーラが剣を振るいながら叫ぶ。ここでこの男女を助けなかったらアーレグレイの女ではない。姫様も手を叩いて喜んでくれるだろう。
「ナディ様は下がって!」
丘の上では二人のメイドが獅子奮迅の大暴れをしていた。ブリッタは槍で四方を突き上げ、オクタビアが大槌矛を縦横に振り回す。共に強い。肉が貫かれ、粉砕される音に敵の悲鳴が入り交じる。形勢は完全に逆転していた。
「か、カーリャ様あっ!」
淑女であれば悲鳴を上げそうな凄惨な光景だったが、ナディの目には入らない。敵を蹴散らして駆けよってくるカーリャの姿だけに呆然となって、自らも駆け出す。
その時だった。
「このクソ女があっ!」
いきなりナディの身体が衝撃を受けた。つき飛ばされ、倒れ、強い力で引き上げられた。
「動くなあっ! 貴様らあっ!」
ナディの首を腕で締めて拘束したのは敵の主だった。顔が破片で切り裂かれ、肌が爆風で焼かれている。見るも無惨な有り様だが致命傷は負っていない。その修道騎士がナディの首を後ろから締め上げ、剣を突きつけていた。
「動いたらこの女を殺すぞ。武器を捨て――」
そう叫んだ瞬間に横合いから白と灰色の風が修道騎士の顔面に襲いかかった。
「ラージャ!」
カーリャの一声と修道騎士の悲鳴が重なった。この気まぐれな勇者は獣の神速で主の想い人を助けに来たのだ。爪で修道騎士の目をえぐり、耳を牙で喰いちぎる。
新たな深手に悲鳴を上げて修道騎士の剣がナディの首からずれる。締め上げる腕も緩んだ。
「えいっ!」
ナディはその隙を逃さず、渾身の力と気合いで修道騎士の腕に噛みついた。雪豹が乗り移ったかのごとき狂暴な攻撃に、さらに悲鳴があがって締める腕が外れる。ラージャも飛び退いた。
「動かないで!」
次の瞬間には片手で顔をおおって呻く修道騎士にナディが拳銃を向けていた。
「射ちますよ」
カーリャにもらった拳銃だ。ずっとドレスの懐に大事にしまっていたのだ。それを最後の最後に出したのだった。
「こ、この……」
「今度はほぼご自分の事だけを心配なさる状況ですからね」
血を吐きそうなくらいに悔しそうに呻く騎士にナディは冷静に教えてあげた。すでに立っている修道騎士は二人しかいない。傭兵も従兵も地に伏すか逃げ出すかして、残っているのは数人だ。
「あと一つ申し上げると、わたくし、的を外した事はございませんの」
嘘ではない。詳細な説明を省いているだけだ。。
「こ、この、あばずれがああ」
距離は微妙。修道騎士が手を伸ばして振るえば剣がナディに届く。それがわかっているから向こうのカーリャもメイドらもうかつに動けない。残った敵とのにらみ合いになる。
「下品な感想ではなく、ご自分の御希望を教えて下さいな」
弾丸と火薬はカーリャから貰った早合ですでに装填している。それと……あ。
「お仲間も待ちかねておられるようですし」
そう笑ってみせながらも、実はナディは少し焦りながら左手で懐をまさぐる。あった。城で借りてきた火口だ。出す。指だけで蓋を開け、中の火種で短銃の火縄に着火した。
「それともこのたかが女ごときと修道騎士様が相討ちなさいますか?」
危ない危ない。火縄が消えていた。真っ先に気づいていたカーリャが向こうでほっとしている。幸い修道騎士は銃の使用法は知らなかったらしく、向けられた銃口に脅されていてくれたが。
「さあ、どうなさいます。降伏しますか」
そこでナディは左の前髪をかきあげた。隠していた痣が露わになる。
「あぅ……」
知らなかったのだろう。秀麗な娘の顔の半分を占める影に修道騎士も驚いた。ええ、そうよ。見なさい。しっかりとわたしの顔とこの意思を。醜い? おぞましい? ナディはその痣を自分で晒し、両目と共に睨み付けたのだ。
「例え相討ちでもわたしは構いません」
大嫌いだったこの痣。誰にも見られたくない醜い跡。それをナディは脅しの道具に使った。カーリャの為に、生まれて初めて自分の痣に感謝しながら。
「わ、わかった」
修道騎士が折れた。傷の深さも屈辱もナディの気迫と迫力には勝てなかった。握った指を離す。剣が落ちて地に転がった。
「わかればいいのです」
勝った――と思った。ふうと息が漏れる。銃口が無意識に下がった。
それを目の前の敵は見逃さなかった。
「あばずれ!」
両手を突き出してナディに襲いかかろうと――
銃声が鳴り響いた。
「あ……」
声が漏れたナディの目の前で修道騎士の頭が揺れた。何かが飛び散っている。そしてゆっくりとその身体が倒れ、地に崩れ落ちた。
「ナディ殿の髪一筋でも傷つける事はこのわたしが許さん」
静かな声だった。まだ立っている誰の耳にも聞こえた。その皆が目を向けた先で、あちこちに返り血を浴びた秀麗な美貌の少年が右手に短銃を構えて立っている。銃口からは薄い煙が上がっていた。
背に隠し持っていた拳銃を使ったのだ。狙った的との距離は二十歩以上。見事な腕前だった。
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