奥様は安倍晴明

天羽ヒフミ

文字の大きさ
48 / 55

第四十七話

しおりを挟む
「私たちが予想してた通りね。……良かったら晴明としばらく過ごしてみない?一緒に過ごして一緒に寝るのよ。簡単なカウンセリングってやつ」
「え?そんな、安倍晴明殿に悪いです」

流石の史郎も慌てて遠慮した。
助けてもらっただけで充分感謝している。これ以上迷惑をかけられない。
彼の正面に座る晴明はじっと史郎のことを見つめる。
何か言いたげな瞳だ。やがて晴明は口を動かした。

「子供のくせに遠慮なんかしないでくださいよ、史郎さん。あと、私の事はどうか晴明とお呼びください。敬称とかいらないです」

自分も同じく子供だというのに史郎へ遠慮なくそう言った。

「施設の人には話をして許可はとってるのよ。だから遠慮はいらないわ。あとは貴方達から承諾を得れば晴明をここに置いて行こうと思う」

変わらず優しい眼差しで緑郎と史郎を見つめて葛の葉姫は言う。
どうしてそんなに優しくしてくれるのだろうと史郎は不思議に思った。
そう考えてしまうのも無理はない。
彼にとって向かい側に座る二人は出会って間もないのだ。
お互いに名前は知っていても交流なんて今までなかった間柄。
そんな中だというのに二人は史郎に優しくしてくれる。
幼い史郎にはその理由がわからなかった。

「どうしてそんなに優しいんですか……俺は何も返すことができないのに」

もどかしい気持ちを言葉にした。
二人のおかげで命が助かったけれど史郎は何も返すことができない。
自分はまだ子供だし何もできない。
それが史郎にはとても悔しかった。

「貴方に何かをして欲しくて私は助けたわけではありませんよ。そんなものの為に屋敷を全壊させるわけないじゃないですか」
「でも……」
「史郎さん。貴方は子供なんです。甘えていいんです。子供は周囲に甘えるべきです」

僅か六歳の少女がそう言う。
晴明の言葉に史郎は気持ちが大きく揺らいだ。
――いい、のだろうか。甘えてしまっても。この少女に傷ついた心を託してしまっても。
ギュッとズボンの裾を掴む。
少し考えてみたのち、史郎は言葉にした。

「……お願いできるかな、晴明」

この時初めて史郎は晴明のことを呼び捨てにした。
その呼び方が嬉しかったのだろうか。晴明は笑顔で答える。

「はい。どうかお任せください」

こうしてしばらくの間、晴明は史郎と共に暮らすことになった。




晴明との暮らしは思いの外心地よいものだった。
日中はあやかしの術を教えてもらったり、剣術を鍛えてもらったりした。
夜はうなされている時に優しく言葉をかけてくれたりと様々。至れり尽くせりだった。
こんなに親切にしてもらって申し訳ないという気持ちと同時に晴明と一緒に過ごせる喜びが日を増すごとに大きくなった。
晴明がいない隙に史郎は緑郎に胸の内を話した。

「最近、晴明と一緒にいると心が苦しくなることがあるんだ」
「……どうして?」
「それがわからない。晴明を見るとすごくドキドキするし、このままずっと一緒にいたいって思う。ずっと一緒に居ることができればどんなにいいかって……」
「それはいつからだい?」
「助けてもらった時から。その日からずっと気がついたら晴明のことばかり考えてる。俺、頭がおかしくなっちゃったのかな。父さん」
「史郎も人を好きになる歳になったんだねぇ」

しみじみと嬉しそうに父親はそう語る。
その言葉に史郎は緋色の瞳を大きく見開いた。
――そうか。この気持ちの名前は。

「俺、晴明のことが好きなのかな。父さん」

史郎が漏らした言葉に緑郎は微笑んで答える。

「きっとそうだと思うよ。素敵な女性を好きになれてよかったな、史郎」

この気持ちの名前が恋だと父親と会話をして史郎はようやく気がつくことができた。
そして史郎にとってこれが初恋だった。

晴明のことが好きだと気がついてから史郎はますます自分の気持ちが膨らんでいることに気がついた。
好きで、好きで、好きで。たまらなく好きで。
初めての気持ちにどうしていいのかわからなくなる。
頭の中が晴明のことばかりで他のことが考えられない。
自分の気持ちがコントロールできずにいた。

「史郎さん。最近、顔が赤いですね。どうかしました?体調は悪いそうに見えませんが」

史郎の気持ちを知らない晴明はそう尋ねる。
顔が赤くなるのは晴明を見て気持ちが昂っているせいだ。
そんなことは言えないので代わりに史郎はずっと思っていたことを話した。

「体調は大丈夫。顔が赤いのはどうか気にしないでくれ。……それより今更かもだけど、史郎でいいよ。年上だからって敬語もいらない」
「でも五歳年上にタメ口もどうかと思うのですけど」
「俺が気にしないんだからいいよ。どうか俺に対しても気軽に接してほしい」
「……わかった。これでいい?史郎」

新鮮な口調だった。
いつも礼儀正しく晴明は史郎に対して接してくれていたけれど、史郎はずっと気軽に接して欲しいと考えていた。
どうしてそんなことを考えるようになったかわからない。
ずっとわからずにいた。でも今は違う。
晴明と少しでも近くの距離に位置する男になりたいからだとわかる。
彼女の新鮮な口調に思えわず心臓がドクンと高鳴る。

「そのままの口調でよろしく」

史郎はとても嬉しそうにそう返事をした。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

紅玉楽師は後宮の音を聞く 〜生き残りたい私の脱走計画〜

高里まつり
キャラ文芸
【耳のいい隠れ長公主】✕【したたかな美貌の文官】コンビが挑む後宮の陰謀! 片目が紅い娘・曄琳(イェリン)は訳あって後宮から逃走した妃の娘ーー先帝の血を引く、隠れ長公主。 貧民街で隠れて生活していたのに、ひょんなことから宮廷に舞い戻ってしまった曄琳は、生まれを秘匿し、楽師としてあらゆる音を聞き分けるという特技を活かしながら、宮廷からの脱走を目論んでいた。 しかしある日、後宮で起きた幽鬼騒動の解決に駆り出された先で、運命を狂わされてしまう。 利用できるものは利用します精神の美形の文官・暁明(シャオメイ)と、出生の秘密をなんとか隠して外に出たい曄琳。 二人が後宮での事件を追う中で、母や貴妃の死、過去の出来事が少しずつ絡んで、宮廷の陰謀に巻き込まれていく。契約じみた曄琳と暁明の関係も少しずつ、少しずつ、形を変えていきーー? 曄琳の運命やいかに!

あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ
キャラ文芸
 強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。  充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。 「何故、こんなところに居る? 南条あまり」 「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」 「それ、俺だろ」  そーですね……。  カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

〖完結〗終着駅のパッセージ

苺迷音
恋愛
分厚い眼鏡と、ひっつめた髪を毛糸帽で覆う女性・カレン。 彼女はとある想いを胸に北へ向かう蒸気機関車に乗っていた。 王都から離れてゆく車窓を眺めながら、カレンは振り返る。 夫と婚姻してから三年という長い時間。 その間に夫が帰宅したのは数えるほどだった。 ※ご覧いただけましたらとても嬉しいです。よろしくお願いいたします。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

《完結》錬金術師の一番弟子は国から追われる

小豆缶
恋愛
国一の錬金術師アリエルは、私の師匠であり親代わり。 そんな師匠が、突然国の金を横領して総司令官と駆け落ちした――そんな噂に巻き込まれた一番弟子のミレイユ。 絶対に信じられない。師匠に駆け落ちをする理由がない 理不尽な取り調べに耐え、全てを奪われた彼女は、師匠が残した隠れ家へ逃げ込む。 錬金術の知識だけを頼りに、総司令官が手配した男性レオンハルトはと樹海の生活を始めるミレイユだったが、二人の失踪にレオンハルトも巻き込まれ、命の危険が迫りつつあるのだった。 師匠が残した日記を頼りに、失踪の謎に挑む 錬金術で切り開く未来と、師匠を信じる心。 真実が隠された陰謀の中で、師匠アリエルを巡る愛憎劇が繰り広げられていた

【完結】皇帝の寵妃は謎解きよりも料理がしたい〜小料理屋を営んでいたら妃に命じられて溺愛されています〜

空岡立夏
キャラ文芸
書籍化します! 2月中旬に刊行予定です。 それに伴い、発売と同時にレンタルに切り替わります。 【完結】 後宮×契約結婚×溺愛×料理×ミステリー 町の外れには、絶品のカリーを出す小料理屋がある。 小料理屋を営む月花は、世界各国を回って料理を学び、さらに絶対味覚がある。しかも、月花の味覚は無味無臭の毒すらわかるという特別なものだった。 月花はひょんなことから皇帝に出会い、それを理由に美人の位をさずけられる。 後宮にあがった月花だが、 「なに、そう構えるな。形だけの皇后だ。ソナタが毒の謎を解いた暁には、廃妃にして、そっと逃がす」 皇帝はどうやら、皇帝の生誕の宴で起きた、毒の事件を月花に解き明かして欲しいらしく―― 飾りの妃からやがて皇后へ。しかし、飾りのはずが、どうも皇帝は月花を溺愛しているようで――? これは、月花と皇帝の、食をめぐる謎解きの物語だ。

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

処理中です...