奥様は安倍晴明

天羽ヒフミ

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第四十八話

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そんな日々を過ごしていたある日。
史郎は緑郎に自分の元へ来るように呼び出されていた。
部屋に向かうと婚約者の百合の姿もある。
彼女はなぜなのか泣き腫らしていた。

「父さん。話って何?」
「婚約のことだよ」

緑郎は厳しい表情を崩すことなくそう告げた。
百合が涙を流しながら口を開く。

「お願い申し上げます!婚約を解消になどしないでください!!」

やっぱりそうなるよな、と史郎は考えた。
彼女はおそらく一族の魂胆など知らなかったのだろう。
百合が隠し事ができない性格である事は史郎がよく知っていた。
陰陽省に連行されていないところを見てもそれがわかる。
そうだとしても百合は史郎を殺そうとした一族の娘なのだ。
緑郎にとって仇の娘と言っても差し支えない。
そんな彼女を史郎の婚約者のままにしておくわけにはいかなかった。

「百合ちゃん。俺は父親として史郎を守る義務がある。君に罪がないのはわかっているけれど万が一のためにも君を婚約者にはして置けない。……史郎も、わかるね?」
「少なくとも俺は百合のことを一度も女の子として見たことがないし。婚約解消で問題ないよ」

今の史郎の頭の中は晴明のことしかなかった。
百合のことなんてつい先ほど思い出したくらいだ。
冷たいかもしれないが、それくらい晴明のことを考えていた。

「史郎様……嘘ですよね。私と結婚できなくていいのですか!」
「いいよ。……俺は好きな人と結婚したいからそれでいい」
「……え?まさか史郎様。この私を差し置いて好きな女がいるのですか」

百合が絶望した表情で史郎を見る。
史郎は表情を変えずに答えた。

「百合には関係のない話だよな。……用が終わったのなら父さん、もういいかな。俺、晴明を待たせてるんだ」
「晴……明?」

呆然と百合が呟く。
緑郎は厳しい顔から一転して穏やかな表情で返事をした。

「すまなかったね。多分、晴明がここに居るのも残り少ないからよく教えてもらいなさい」
「わかってる」

史郎はそう言って立ち上がった。
そんな彼に百合は弱々しく言葉をかける。

「ま、待って……どうか……お待ちくださいませ……史郎様……」

その言葉に史郎は返事をしない。もう必要ないと感じたのだ。
一度も元婚約者のことを振り返ることもなく、部屋を出た。
――晴明が自分のことを待っていてくれる。
そう思うだけで心が弾んだ。歩みが速くなる。
百合の様子などはっきり言ってどうでも良かった。

その日から一度も、百合と会うことは一切なかった。





「あと一週間したらお暇しようと思います」

晴明は史郎と史郎の両親にそうはっきりと言った。
この頃、史郎は晴明のケアのおかげでよく眠れるようになった。
うなされるような事はなくなったのだ。
彼も自身の変化には気がついていたので、晴明が間も無くここを去るだろう事は察していた。
自分の役目を終えたから晴明は施設に帰るだけだ。
縁が切れるというわけではない。
けれど今のように家ですぐ会える仲ではなくなる。
それは史郎にとってとても寂しいことだった。

「そうか。本当にありがとう。なんてお礼を返せばいいか」

緑郎が三人を代表して晴明に礼を述べた。
そんな緑郎に対して晴明は穏やかな笑みを浮かべる。

「お礼なんていらないですよ。私は自分のできることをしただけですから」

さも当然のように晴明はそう言う。
けれど史郎は知っている。それが当たり前のことではないということを。
きっとそんな女の子だから史郎は好きになったのだろうと思った。
当然ではないことを当然と言ってのけるそんな強い女の子を好きになった。
沢山の好きが史郎の中を占めていく。

――あぁ。想いが溢れるってこんな気持ちなのかな。

史郎がそう思った時にはごく自然に口にしていた。

「晴明。俺、君のことが女の子として大好きだ」

緋色の瞳を愛おしげに細めて微笑んで史郎はそう言った。
両親の前だと言うのに全く緊張することがなかった。
気持ちを告げた本人はとても穏やかな気持ちだ。
そんな彼に対し、晴明はポカンと口を開けていた。

男として生きていた晴明は男から愛の告白をされた事はない。
女からは度々されていたが、もちろん全て丁重に断っていた。

つまり、前世を含めて告白されたのは初めてだったのだ。

だからこそ晴明は混乱していた。
彼女にも史郎と同様に鋭い観察眼がある。
だから史郎が冗談で言っているのかどうかくらいは見ていればわかった。
本気で言っているとわかったからこそ混乱した。
それでも言うべき言葉は決まっていた。顔を引き締めて晴明は言う。

「そうなんだ。ありがとう」

自分への気持ちへ礼を述べた。告白の返事など一切しなかった。
――どうせ私の家系を知ればこの男は嫌いになるだろう。
そんな気持ちを抑えて彼女はそう言った。

「俺、ずっと晴明のことが好きだって伝え続けるから。結婚してもいいって言ってもらえるまで諦めない」

史郎はそう宣言した。
そして彼は宣言通りに晴明が施設に戻っても施設まで通って自分の気持ちを伝え続けた。
ずっとずっとずっと――晴明が折れるまで伝え続けたのだった。

そうして今に至るのである。
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