奥様は安倍晴明

天羽ヒフミ

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第四十九話

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「案内はもう結構ですよ。妄想を現実と思い込む人に頼みたくありません。ここで失礼しますね。……行こう、史郎。咲」

土御門の想いを妄想と切り捨てた晴明は史郎に腕を絡めてこの場を去るように促した。
普段は外で腕を絡めるような仕草をする女ではない。
史郎は晴明の性格をよくわかっている。
多分、土御門への牽制の意味も含めているのだろうと史郎は考えた。
そんな晴明に手を伸ばす土御門だったが咲によって防がれる。

「穢らわしい。晴明様に触るな」

咲の乱暴なその言葉を最後に土御門と完全に別れた。


それからと言うものの晴明達は予め買ってあった旅行雑誌を片手に公共交通機関を駆使して京都を巡った。
最初こそ不愉快なことがあったものの、久しぶりの京都巡りを三人は楽しむことができた。
あっという間に夜になり、雰囲気のある場所で夕食を摂ることにする。

「京都楽しい~。現代の京都楽しすぎる」

幸せそうにご飯を頬張る晴明はそう言った。
史郎も咲もそんな彼女を微笑ましく見ている。

「一日だけだったけど観光できて良かったな。また来よう」

史郎が柔らかな声で言う。
愛おしい者を見るような目で史郎は晴明のことを見つめていた。

「今度は夫婦水いらずで行ってきてください」

咲は心から思っていることをそのまま伝えた。
単純に以前より仲が深まっているこの夫婦の邪魔になりたくなかったのだ。
すると、晴明がキョトンとした目で咲を見る。
不満げな表情へ顔を変えると食べていた箸を止めた。

「咲も一緒に行こうよ。今更わたしたちに遠慮なんかいらないよ。ねぇ?史郎もそう思わない?」
「晴明に同意見だな。咲が嫌なら無理強いはしないけどよ。俺たち、家族なんだから」
「そうだよ。家族だもの」

珍しく二人の意見が完全に一致した。
咲は驚いたように目を見開く。

「そんな……私はただの式神です……」

泣いてしまいそうになるのを咲は堪える。

家族。家族。家族。――家族。

咲がかつて守りたかったもの。守りたかったけど失ってしまった大事なもの。
自分は妖狐の一族の中でも強い力を持っていたのに。
ある人間達があやかしの存在を認めないと咲の一族を突然襲った。
無論、咲の一族は人間と戦った。生き残る為に戦った。
咲も戦おうとしたけれど、家族に止められて遠くへ逃がされた。
陰陽省が介入しても戦いが収まる事はなかった。

――そうして彼女の一族は滅んだ。誰一人として生き残っていなかった。

彼女は人間を憎んだ。全てを、世界を憎んだ。
憎んで憎んで憎んで――一人ぼっちになった咲は路頭に暮れた。
どこにも彼女に居場所はなかった。
生きる希望も何もない。
このまま自分も家族の元へ行ってしまおう。そう思った時だった。

「何してんの!きみ!」

死のうとした咲をセーラー服姿の一人の少女が止めた。
少女にしてはとても力強くて、強いあやかしである咲が抵抗出来ないほどだった。
後に知った彼女の名前は安倍晴明。当時十三歳。あの稀代の陰陽師であった。
助けられた咲は史郎の家に世話になることになった。
咲から聞いた事情を晴明が晴明して、住まわせて欲しいと頼んだのである。
自分とと同じ施設に世話になることも晴明は考えたのだが、施設には咲が憎む人間が何人もいる。
下手に刺激しない方がいいと判断した晴明は史郎の家を選んだのだ。
史郎の家族は快く咲のことを受け入れて彼女は静かに暮らし始めた。

「ヤッホー咲。ちゃんとご飯食べてる?」

毎日のように晴明は咲に会いに行った。
彼女の心の傷が深い事は咲と話をしていてよくわかったからだ。
死ぬのを止めたのだから責任を持って生きたいと思えるようにしたいと晴明は考えていた。

「……どうして、あなたは、私を止めたの……?」

弱々しく咲が尋ねる。
そんな彼女に晴明はハッキリとした口調で答えた。

「私はさ、前世の記憶がしっかりあるんだよ。だから自分が死んだ時のこともよく覚えてる。……あれは一度経験したら充分。自ら望んで選ぶ結末じゃないのは確かなんだ」
「…………」
「たとえ全てを失ったとしても、生きる意味なんて生きていれば見つけられるものだよ。今は何もかも憎いと思う。でもね、憎しみは時間が解決するものだから。だからきっと大丈夫」
「……そう、かな。そうだと……いい、な」

咲はこの時、初めて涙を流した。
辛かったはずなのにずっと涙を流すことができなかったのだ。
辛過ぎて辛過ぎて涙を流すことさえできなかった。

「あなたも……何かを憎んだことがあるの?」
「……うん。今思えば私はきっと憎しみを抱いていたんだろうね。でも、時間が解決してくれたよ」

そう言って晴明は咲に微笑んだ。


しばらくの間、晴明と会って話をしたりしているうちに咲はかつての活力を取り戻していった。
一族を滅ぼした人間が憎い気持ちが消える事はないけれど、以前のような燃える気持ちはなかった。
時間が解決してくれるという晴明の言葉は本当だったのだと咲は彼女に感謝した。
晴明に何か恩返しがしたいと考えた咲は何かないかと考える。

――安倍晴明はかつて陰陽師だった。なら、自分が式神になればいいのでは?

咲は考え抜いて閃いたのである。
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