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第一章
第一章-07-
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天々来に戻って来た輝斗たちを、店主の小鉄と美華が出迎えた。海水で濡れた隊服はクリーニングに出すからと早々に美華が回収し、輝斗と忍は地下にあるシャワールームへ直行した。冷えた身体を温めている間、他の者たちは二階で報告書をまとめ、提出を終えた者から帰って行く。
シャワーから戻ってきた輝斗と忍もロッカーに入っている私服に着替えてミーティングルームに戻る頃には、政宗以外残っていなかった。
首にタオルを提げ、輝斗と忍は黙々と報告書をまとめる。
「終わったんで、確認してください」
先に終えたのは忍だった。政宗が確認している間、彼は胸ポケットから煙草を取り出している。隊服に入れていたものは海水でダメになってしまったため、手にしているのは私服の中に入れていたものらしい。任務中、煙草を我慢していたので、早く吸いたいのか火を点けるまでの動作が素早い。
「相変わらず、仕事が早いな」
一通り目を通した政宗は、完璧にまとめられた報告書に目を細める。雑そうに見えて忍は事務仕事もそつなくこなす。態度が悪いだけで彼は優秀な隊員なのだ。
「どうも。隊長、もう帰っていいっすか?」
「はいよ。お疲れさん」
「お疲れっす」
そっけなく答え、忍は軽く一礼すると部屋を出て行った。
「輝斗は、まだかかりそうか?」
「報告書は終わりました。反省文がまだです」
「それじゃあ、先に報告書を受け取ろう」
「分かりました」
席を立ち、政宗のいるデスクまで移動すると報告書を渡す。
「……よし、いいだろう。反省文は明日で構わないから、お前も帰っていいぞ」
「いえ、もう少しだけ残ります」
「そうか。俺は先に帰らせてもらう。お疲れ様」
「お疲れ様です」
報告書を鞄に仕舞い、コートを羽織ると政宗は退出した。
ひとり残った輝斗はソファーに腰を下ろし、ノートパソコンを膝の上に乗せる。たびたび反省文を書かされるが、毎回同じ文言ではひねりがないと注意されてしまう。今回は違う文章を考えなければならない。
「何がいいだろう」
「輝斗」
名前を呼ばれ、顔を上げる。
「幸弘」
帰ったとばかり思っていたので、輝斗は目を瞬かせた。
「まだ残ってると思った」
幸弘はコンビニの袋を提げている。輝斗の傍に寄るとパソコン画面を覗き込んだ。
「三行しか進んでないみたいだけど?」
「『この度は独断行動をして申し訳ありませんでした。反省しています。今後このようなことがないように気をつけます』……それ以外に何があると思う?」
真顔で尋ねる輝斗に、幸弘は苦笑を漏らした。
「それ、いつも書いてるよね?」
「他に思いつかない」
「昔から作文苦手だもんね。貸して……」
幸弘はノートパソコンを自分の方へ引き寄せた。慣れた手つきでキーボードを叩き始める。
「今回の任務状況と、どうして独断行動をしてしまったのか。少し加筆するだけで文字数を稼げると思うよ。……こんな感じかな。どう?」
素早くまとめた幸弘は、画面を輝斗の方へ向けて微笑んだ。
「……完璧だ」
目を輝かせている輝斗に、幸弘を自身の口元へ人差し指を当てる。
「オレが考えたのは内緒だよ」
「分かった。ありがとう、幸弘。助かった」
「どういたしまして」
目を細めた幸弘は、コンビニの袋に手を突っ込んだ。
「輝斗、甘い物好きでしょう? コンビニで新発売のお菓子があったから買ってきたよ」
差し出されたのは、オレンジピールとナッツが練り込まれたチョコレートだ。袋を開けて一粒口に放り込む。ほろ苦いカカオの風味と一緒に甘酸っぱいオレンジの爽やかな香りとナッツの香ばしさが広がった。
「美味しい?」
「ああ」
「そっか」
輝斗は感情を表に出すのが苦手で表情が乏しい。そのため何を考えているのか分からない、と度々仲間たちも困惑していた。
ただひとり、幸弘だけは輝斗の感情の機微を読み取れた。僅かな変化も決して見逃さない。好きなもの、嫌いなものも全部把握している。誰よりも付き合いが長いからこそ、輝斗のことをよく理解していた。
「今日倒した悪魔が言っていた“あの方”って誰だ? 奴らは何を企んでいる?」
「情報が少ないから、今は様子を見るしかないよ」
「もどかしいな……」
輝斗はカーソルを動かし、印刷ボタンを押す。デスク近くにあるプリンターが起動し、反省文のプリントアウトを開始する。ほどなくして全て印刷し終えると席を立ち、反省文をひとまとめにしてデスクの上に置いた。
「そういえば……御堂さんに人工呼吸をしてもらったんだよね?」
「ああ」
無表情で答える輝斗に対し、幸弘は複雑な表情を浮かべている。
「その……人命救助だけどキスしちゃったわけじゃない? 輝斗的には、どういう心境?」
「別に。気を失っていたし覚えていない」
「あ……そうだよね。うん……」
当本人が全く気にしていないので、幸弘もそれ以上尋ねてこなかった。
「反省文の提出も終わったし、帰りがけにカレー食べてかない?」
「チェーン店のか?」
「うん。カレー好きとしては、あそこのチーズカレーが食べたい気分なんだよね。付き合ってくれる?」
「分かった」
パソコンの電源を落とし、戸締まりチェックをする。最後に部屋の電気を消して扉に鍵を掛けた。階段を降り、幸弘おすすめのカレー屋へ向かおうとした瞬間、ポケットに入れていた携帯電話が鳴った。相手を確認すると政宗からだ。
「もしもし?」
『輝斗、すぐに天々来に戻ってほしい。他の隊員にも呼びかけてある』
珍しく早口で慌てている。
「どうかしましたか?」
『北都市が、ほぼ壊滅状態だ』
「――えっ?」
あまりに突然のことで、政宗の言葉を理解出来なかった。
シャワーから戻ってきた輝斗と忍もロッカーに入っている私服に着替えてミーティングルームに戻る頃には、政宗以外残っていなかった。
首にタオルを提げ、輝斗と忍は黙々と報告書をまとめる。
「終わったんで、確認してください」
先に終えたのは忍だった。政宗が確認している間、彼は胸ポケットから煙草を取り出している。隊服に入れていたものは海水でダメになってしまったため、手にしているのは私服の中に入れていたものらしい。任務中、煙草を我慢していたので、早く吸いたいのか火を点けるまでの動作が素早い。
「相変わらず、仕事が早いな」
一通り目を通した政宗は、完璧にまとめられた報告書に目を細める。雑そうに見えて忍は事務仕事もそつなくこなす。態度が悪いだけで彼は優秀な隊員なのだ。
「どうも。隊長、もう帰っていいっすか?」
「はいよ。お疲れさん」
「お疲れっす」
そっけなく答え、忍は軽く一礼すると部屋を出て行った。
「輝斗は、まだかかりそうか?」
「報告書は終わりました。反省文がまだです」
「それじゃあ、先に報告書を受け取ろう」
「分かりました」
席を立ち、政宗のいるデスクまで移動すると報告書を渡す。
「……よし、いいだろう。反省文は明日で構わないから、お前も帰っていいぞ」
「いえ、もう少しだけ残ります」
「そうか。俺は先に帰らせてもらう。お疲れ様」
「お疲れ様です」
報告書を鞄に仕舞い、コートを羽織ると政宗は退出した。
ひとり残った輝斗はソファーに腰を下ろし、ノートパソコンを膝の上に乗せる。たびたび反省文を書かされるが、毎回同じ文言ではひねりがないと注意されてしまう。今回は違う文章を考えなければならない。
「何がいいだろう」
「輝斗」
名前を呼ばれ、顔を上げる。
「幸弘」
帰ったとばかり思っていたので、輝斗は目を瞬かせた。
「まだ残ってると思った」
幸弘はコンビニの袋を提げている。輝斗の傍に寄るとパソコン画面を覗き込んだ。
「三行しか進んでないみたいだけど?」
「『この度は独断行動をして申し訳ありませんでした。反省しています。今後このようなことがないように気をつけます』……それ以外に何があると思う?」
真顔で尋ねる輝斗に、幸弘は苦笑を漏らした。
「それ、いつも書いてるよね?」
「他に思いつかない」
「昔から作文苦手だもんね。貸して……」
幸弘はノートパソコンを自分の方へ引き寄せた。慣れた手つきでキーボードを叩き始める。
「今回の任務状況と、どうして独断行動をしてしまったのか。少し加筆するだけで文字数を稼げると思うよ。……こんな感じかな。どう?」
素早くまとめた幸弘は、画面を輝斗の方へ向けて微笑んだ。
「……完璧だ」
目を輝かせている輝斗に、幸弘を自身の口元へ人差し指を当てる。
「オレが考えたのは内緒だよ」
「分かった。ありがとう、幸弘。助かった」
「どういたしまして」
目を細めた幸弘は、コンビニの袋に手を突っ込んだ。
「輝斗、甘い物好きでしょう? コンビニで新発売のお菓子があったから買ってきたよ」
差し出されたのは、オレンジピールとナッツが練り込まれたチョコレートだ。袋を開けて一粒口に放り込む。ほろ苦いカカオの風味と一緒に甘酸っぱいオレンジの爽やかな香りとナッツの香ばしさが広がった。
「美味しい?」
「ああ」
「そっか」
輝斗は感情を表に出すのが苦手で表情が乏しい。そのため何を考えているのか分からない、と度々仲間たちも困惑していた。
ただひとり、幸弘だけは輝斗の感情の機微を読み取れた。僅かな変化も決して見逃さない。好きなもの、嫌いなものも全部把握している。誰よりも付き合いが長いからこそ、輝斗のことをよく理解していた。
「今日倒した悪魔が言っていた“あの方”って誰だ? 奴らは何を企んでいる?」
「情報が少ないから、今は様子を見るしかないよ」
「もどかしいな……」
輝斗はカーソルを動かし、印刷ボタンを押す。デスク近くにあるプリンターが起動し、反省文のプリントアウトを開始する。ほどなくして全て印刷し終えると席を立ち、反省文をひとまとめにしてデスクの上に置いた。
「そういえば……御堂さんに人工呼吸をしてもらったんだよね?」
「ああ」
無表情で答える輝斗に対し、幸弘は複雑な表情を浮かべている。
「その……人命救助だけどキスしちゃったわけじゃない? 輝斗的には、どういう心境?」
「別に。気を失っていたし覚えていない」
「あ……そうだよね。うん……」
当本人が全く気にしていないので、幸弘もそれ以上尋ねてこなかった。
「反省文の提出も終わったし、帰りがけにカレー食べてかない?」
「チェーン店のか?」
「うん。カレー好きとしては、あそこのチーズカレーが食べたい気分なんだよね。付き合ってくれる?」
「分かった」
パソコンの電源を落とし、戸締まりチェックをする。最後に部屋の電気を消して扉に鍵を掛けた。階段を降り、幸弘おすすめのカレー屋へ向かおうとした瞬間、ポケットに入れていた携帯電話が鳴った。相手を確認すると政宗からだ。
「もしもし?」
『輝斗、すぐに天々来に戻ってほしい。他の隊員にも呼びかけてある』
珍しく早口で慌てている。
「どうかしましたか?」
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