Rewind Seven

tasuku

文字の大きさ
57 / 64
番外編

第三章-番外編:不思議な雰囲気のふたり-

しおりを挟む
 雑居ビルの隙間から差し込む朝陽が眩しい。
 サングラスを人差し指で押し上げ、早く建物の中に入ろうと歩くスピードを上げた。
「ふあ……ねむっ」
 中華屋『天々来』にやってきた御堂忍は、あくびをしながら店の裏口に回った。地下へ続く階段を降り、部隊手帳を扉にかざす。認証した扉はカチリと音を立ててロックを解除した。ドアノブを回して中に入ると、忍は真っ直ぐロッカールームへ急ぎ足で向かう。
 中には、先に出勤していた羽鳥と千景が仲良く談笑しながら着替えていた。
「はよーっす」
「おはよう、忍」
「おはよう。眠そうだけど、寝不足?」
 ネクタイを締めた羽鳥が笑顔で挨拶をした横で、上着を羽織った千景がだるそうにしている忍の様子に気づく。
「寝る前に読んだ推理小説の続きが気になって……。結局、最後まで読んじまったっつーか」
 ぼそぼそと答えると、忍は欠伸をした。数時間しか寝ていないので、後で眠気覚ましにラックコーヒーを飲んだ方が良さそうだ。
「分かるなぁ。そういう時ってあるよね。遅い時間だから明日読もうって思うのに、先が知りたくて結局手を伸ばしちゃうんだ」
「そっすね」
 うんうん、と頷いている羽鳥を横目に、忍はロッカーを開けた。
「忍がそこまで読みたいって思う推理小説か……。気になるな。どんな話?」
 興味深そうに尋ねてきた千景に、忍はサングラスを外しながら答える。
「別に、大したことなかったっす」
「そうなの?」
 予想外の回答に、千景はきょとんとした表情を浮かべた。
「途中までの展開は、それなりに面白かったっすよ。けど、オチがつまんねぇ。寝不足になってまで読むもんじゃなかった」
「なるほど。でも、最後まで読んでみないと分からないよね」
 嘆息した忍は私服のジャケットを脱いでハンガーに掛ける。それからシャツのボタンを外していく。
「今日は青色のシャツなんだね。昨日は真っ赤なシャツだったけど、忍はいつもカラフルだなぁ」
 忍のシャツを見つめ、羽鳥は朗らかに笑った。
「……だから何です?」
 寝不足も相まって、今日は特に機嫌が悪い。これ以上話したくないのか、眉間にしわを寄せている忍に対し、羽鳥は気分を害することなく笑顔だ。
「実は洗濯するとき色落ちしないのかなーって、ずっと気になってたんだよね」
「まあ、落ちるっちゃあ落ちますけど。もうダメだなってやつは捨てて買い換えるし」
「やっぱり、そうなんだ。ほら、うちって大家族じゃない? だから色落ちするのと一緒に洗濯したら、大変なことになるんだよね。みんなの服に色が移っちゃうからさ」
 羽鳥の家は兄弟が多い。彼は長男で、下に弟が四人、妹が三人の合計八人家族である。両親は既に他界しているため、羽鳥が養っている。家庭的な一面がある男なので、忍が普段洗濯をどうしているのか気になったのだ。
「醤油やケチャップを零されたときなんか、もう大変で……」
「確かに、しみ抜きが大変そうだね」
 羽鳥の嘆きに、千景が小さく笑う。
「そうなんだ。この間、末っ子がミートソースを零しちゃって……」
 ふたりの会話を聞き流し、忍は着替えを進める。
「……さてと」
 制服に着替え終え、サングラスをかけ直した時だった。
「そうだ、花粉症の薬を飲み忘れてた。任務が始まる前に飲んでおかなくちゃ」
 不意に、羽鳥が呟くと鞄の中をあさり始めた。
「あれ、羽鳥って花粉症だっけ?」
「うん、去年から花粉症デビューしちゃって。そんなに酷い症状じゃないんだけど、薬飲んでないと鼻がムズムズして任務に集中できなくなっちゃうんだよね」
「それは大変だ。でも、薬を飲んだら眠くならない? 確か、鼻炎薬って眠気がなかった?」
「症状は軽いから眠くならない薬だよ。その代わり、喉が渇くんだけど……あっ」
 錠剤を手の平に載せた羽鳥は、ピタリと動きを止めた。
「どうかした?」
「家にミネラルウォーターを忘れてきちゃった」
 困ったな、と呟く羽鳥に、千景は笑みを深める。
「ちょうど、行きがけにコンビニで水を買っていたんだ。飲みかけで申し訳ないけど、どうぞ」
 自分の鞄からミネラルウォーターが入ったペットボトルを取り出すと、羽鳥に渡した。
「ありがとう。ちょっとだけ、いただくね」
 お礼を言うと、羽鳥は薬を口の中に放り込んだ。それから、水を一口飲む。
「……ん。これでよしっと。千景、ありがとう」
「どういたしまして」
 千景はペットボトルを受け取る。
「これって間接キスだね」
「そうだね」
「なっ!?」
 危うく聞き流すところだったが、いきなり何を言い出すのだろう。
 勢いよく振り返った忍は、のほほんとしているふたりを凝視する。
「どこで覚えたのか、弟たちが間接キスだって騒がしくてさ。家でもキスしたってうるさいんだ」
「そういうのが気になる年頃なんだよ」
 クスクス笑いながら聞いている千景は、キャップを開けておもむろに水を口にした。
「……それで、君は僕と間接キスしてドキドキする?」
 意味深な笑みを浮かべる千景に、羽鳥はフッと口元を緩める。
「どうだと思う?」
「ふふっ、どうだろうね」
 お互いを見つめ合っている。
(なんなんだ、この空気……)
 ふたりから視線を逸らし、忍は急いでロッカーに鍵を掛けた。鍵を財布の中に入れ、身体の向きを反転させる。
「そういえば、羽鳥に会ったら言おうと思ったことがあって」
「何?」
「…………」
 まだ何かあるのかよ、と忍は首だけ動かす。
「お誕生日おめでとう。仕事が終わったら、食事でもどう?」
「覚えてくれてたんだ。ありがとう、千景。任務が終わったら、ご飯を食べに行こう」
 満面の笑みを浮かべる羽鳥は、大きく頷いた。
「忍もどう?」
「たまには三人で食事もいいね」
「いや……遠慮します」
 笑顔のふたりに、忍はぎこちなく答える。なんとも言えない空気が漂う中に、長くいられる自信がない。
「そっか。分かった」
「また今度ね」
「お先に失礼します……」
 忍はドアノブに手を伸ばしてから、再び背後を振り返る。
「羽鳥さん、誕生日おめでとうっす」
「ありがとう、忍」
「じゃあ……」
 一礼してから忍は部屋を後にした。扉を閉めてから、重いため息を吐く。
「はああ~~」
 朝から妙に疲れた。
 あのふたりは、ものすごく仲が良い。
(もしかして……?)
 閉じた扉を、まじまじと見つめる。
(いやいや、親友同士だ。変な方に考えるのはやめよう)
 どっちがどっちだとか考えたくない。忍は左右に首を振った後、歩を進める。
(寝不足だから、思考回路がおかしな方に向くんだ。そうだ、そうに違いない。あのふたりは親友だ)
 ミーティングルームに着いたら、ブラックコーヒーを淹れて一息つこう。
 ふたりがロッカールームにいるということは、ミーティングルームには誰もいない。ひとりでのんびりできるチャンスだ。
(よし、急ごう!)
 コーヒーを飲めば、頭もしゃんとするに違いない。それから煙草を吸おう。文句を言う侑李もいない。ひとりの時間を満喫したくて、忍は歩くスピードを上げた。

========================================

※忍の趣味は読書です。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

敗戦国の王子を犯して拐う

月歌(ツキウタ)
BL
祖国の王に家族を殺された男は一人隣国に逃れた。時が満ち、男は隣国の兵となり祖国に攻め込む。そして男は陥落した城に辿り着く。

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

処理中です...