Rewind Seven

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第五章

第五章-04-

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 翌日、朝食を済ませた輝斗たちは移動用のワゴン車に乗って中央にあるTJ部隊総本部へ出頭した。
「朝っぱらから車をかっ飛ばして北部から中央まで大移動だ。さすがにくたびれたぜ」
「それは運転した草薙さんの台詞でしょう。御堂さんは移動中、ずっと居眠りしてたじゃないですか」
 自身の左肩に手を置いて左右に首を傾けている忍に、侑李は呆れた眼差しを注いでいる。
「千景さん、長距離運転お疲れ様でした」
「どういたしまして」
 お礼を言う幸弘に、千景は笑顔で応じる。
「昨日、僕は戦闘に参加していなかったからね。能力もそんなに使ってないから、運転くらいお安い御用さ」
「……だとよ?」
「だからって運転中に爆睡します?」
 フフン、と得意げな忍に、侑李はますます顔をしかめる。
「いちいちうるせーな。小猿と違って、こっちは怪我もしてんだ。ちったぁ大目に見ろよ」
 忍の手の甲には包帯が巻かれている。骨には異常はないが、聖たちとの戦闘で痛めていた。
「怪我って打撲でしょ」
「んだとぉっ」
「はいはい、そこまでにしようね。偉い人たちに喧嘩してる所を見られるわけにはいかないだろ?」
 カッとなった忍をなだめながら、羽鳥はそっぽを向いている侑李を見やる。
「チッ」
「はい……」
 大人しくなったふたりに、羽鳥は「よろしい」と笑みを深めた。
「…………」
「輝斗、大丈夫?」
 無言の輝斗を気遣うように、幸弘が話しかける。
「……ああ、問題ない」
「メンタルはどうなんだか」
 忍は首だけを動かして輝斗の方を見た。
「まもなく約束の時間だ。一分でも遅刻すると、上の連中に嫌味を言われるぞ? 小言は聞きたくないだろ?」
 軽い調子で政宗は言うと、歩く速度をあげた。その後を輝斗たちも続く。
 だんだんと近づいてくる建物を見上げ、輝斗は目を細める。
(聖のことを報告しなければ……)
 この先どうするのか、輝斗自身も覚悟を決めなければならない――。

     × × ×

 五階建ての建物は横に広く、ベージュ色の磁器タイルが壁を覆っている。青緑色のドームが特徴的で、とても特殊部隊の本部には見えない。正面玄関は半円形のアーチを描いており、入口には警備をする隊員が左右に別れて佇んでいた。
 輝斗たちは真っ直ぐ見据える彼らの横を通り過ぎ、正面玄関へと足を踏み入れる。
「相変わらず、凄い玄関だなぁ」
 周囲を見回しながら威は呟いた。
 正面玄関を抜けると、綺麗に磨かれた市松模様のフロアーだ。竣工当時から変わらない大理石の床も見事だが、このフロアーの名物は天井にはめこまれた巨大なステンドグラスである。それは天使と悪魔の戦いがモチーフになっていて、太陽の光を浴びて柔らかな光を注いでいた。
「俺、ここ苦手なんだよね」
 本部の厳かな雰囲気に、威は緊張していた。
「オレも……。お堅い感じがして落ち着かないや」
「あ~あ、早く帰りてぇ」
 嵐と忍も苦手なようで、渋い顔をしている。
「ははっ、俺もだ」
「えっ!? 隊長、いつも来てるのに?」
 笑いながら頷く政宗に、威は目をぱちくりさせている。
「顔を合わせて気分がいい連中じゃないからな」
「あ~、確かに」
 正直な政宗の言葉に、威は親近感が沸いた。
「…………」
 先ほどまで忍と言い争っていた侑李が、建物に入った途端に静かだ。それどころか表情が硬いことに気づいた威は不思議そうに横顔を覗き込む。
「侑李くんも本部が苦手?」
「まあ……そうですね。あまり好きじゃないです」
 侑李は少し間を開けてから答えた。
「そっかー。みんな同じだね」
 エレベーター前で待っていると、本部務めの者たちと居合わせた。
「ああ、宗像隊長じゃないか。例の件で呼び出されたのかね?」
 中年の隊員が政宗に気づき、話しかけてきた。
「ええ、そんなところです」
 にこやかな笑顔で応じる政宗に、男は声をひそめる。
「大きな声じゃ言えないが、まさか元候補生がね……。いやはや困ったものだ」
「ええ」
 政宗は適当に相づちを打っている。
「おや?」
 男は侑李に視線を移した。
「侑李くんじゃないか。元気そうだね」
「どうも……」
 軽く会釈する侑李に、男は無遠慮に両手を握り締めてきた。
「高千穂審議官は実に優秀な方だ。私も彼の部下になれたらと、常日頃から思っていてね」
「急ぎ報告しないといけない件があるので、申し訳ありませんが父の話は別の機会にしてください」
 侑李は一方的に話を切り上げた。
「……そうだね。では、お父様によろしくと伝えてくれ」
 苦笑を漏らし、男は名残惜しそうに侑李の手を離した。それから、輝斗たちを見て一笑する。
「宗像隊長には悪いが、きみだったら上層部の子息が集まる部隊へ配属出来たんじゃないか? 今からでも転属するのはどうだろう? なんなら、私が口利きをしても……」
「お気遣い、ありがとうございます。ですが、僕は父に頼らずに自分の力で上を目指したいので結構です」
 きっぱりと断る侑李に、男は頬を引きつらせた。
「志は立派だが、実力だけで出世するのは大変だよ」
「重々承知しています」
「そうか……。まあ、頑張りたまえ」
 これ以上、何を言っても無駄だと悟った男は政宗の方へ向き直る。
「そういえば、宗像隊長。まだきみの部隊に“”はいるのか?」
 侮蔑を込めた言葉に、輝斗たちの纏う空気が変わった。ただひとり、政宗だけが笑みを浮かべている。
「さあ? そのような部下を持った覚えはないですね。誰のことでしょうか」
「名前で呼ぶ必要はないだろう。きみが引き取ったお荷物のことだ。治癒能力ヒーリングのクラフトは珍しいがな。二年前、任務中に悪魔に憑依された女だ。すぐに悪魔を引き剥がしたおかげで命に別状はなかったそうだが、後遺症は残ってるんだろう?」
「ええ、まあ。しかし、今は元気に過ごしていますよ」
 表情を変えずに答える政宗に男は鼻を鳴らした。
「穢れを浴びた身体は長時間の戦闘に耐えられん。そんな半端者は、さっさと除隊させてしまえ。その方が、きみも侑李くんの経歴にも傷がつかないだろう」
美華メイファは大切な仲間です。断じて“数字なし”と蔑まれるような子ではありませんよ」
「隊長の仰る通りです。彼女は信頼できる仲間です」
 政宗に続き、侑李も答える。
「うぐっ……」
 表情こそ笑顔だが、政宗から発せられる威圧感に男は言葉を詰まらせた。
 タイミングよくエレベーターのドアが開く。
「では、我々は地下に用があるので。失礼します」
「あ、ああ……。侑李くん、お父様によろしくと必ず伝えてくれ」
「分かりました」
 軽く会釈をしてからエレベーターに乗り込む。ドアが閉まる寸前で、男の笑顔が冷めた表情に変化した。そして――。
「親の七光りのクソガキが。生意気なこと言いやがって」
 完全のドアが閉まった。
 地下へと降りていくエレベーターの中で、嵐はムッとした表情で口を開く。
「ちょっと、今のなに?」
「侑李くんのお父さんが偉い人だからって、媚び売ってて気持ち悪い。それに美華の悪口も言ってたし」
 珍しく威も嫌悪感をあらわにしていた。
「それなりの血筋と家柄に固執するだけで、大した実力もないからね。残念ながら、現場に出ても足を引っ張ってしまうだろう。出来ることと言えば、ああやって少しでも自分の立場を保証してくれそうな人に近づくことなんだ。仕方ないよ。可哀想だと哀れむくらいがちょうどいい」
 笑みを浮かべているが、千景の纏う空気が冷ややかだ。
「美華のことを、あんな風に言う人は苦手だな」
 仲間を侮辱され、羽鳥も悲しそうな表情を浮かべていた。
「二年前の事故のことを蒸し返すことないのに……」
「美華は悪くない」
 複雑な表情を浮かべる幸弘に、輝斗も同意する。
「おい、小猿。さっきから黙ってるが、あのクソジジイに親の七光りって言われて、なんとも思わねぇのかよ」
「別に。好きに言わせておけばいいんですよ」
 そっけなく答え、侑李は目を伏せた。
(……そんなこと、自分が一番わかってる)
 心の中で呟き、唇を噛んだ。

     × × ×

 幹部たちが集まる場所は、建物の上ではなく地下深くにある。
 TJ本部は、実は地上よりも地下の方が階数が多い。地上にある五階フロアは、市民の悪魔相談窓口と事務職員が中心だ。作戦会議や審議が行われるのは地下にあり、TJ部隊の隊員を断罪する場所は、裁判所と同じく『法廷』と呼ばれていた。
 法廷に到着した輝斗たちは、法壇の前に並ばされた。まるで裁判を受ける被告人になった気分だ。
 壇上には法衣を纏った三人の幹部が座っている。左右の机には書記官と審議官が、ぞれぞれ一名ずつ控えていた。
「報告します。昨日の狼男捜索の際、我々は『破壊者フェアニヒター』と名乗る大悪魔と遭遇しました」
 政宗は彼らに任務時の状況と『破壊者フェアニヒター』と名乗る敵について改めて説明する。
「報告書によれば、八年前に死亡したとされる元TJ候補生・白瀬聖が『破壊者フェアニヒター』のひとりだったそうだな」
 書類に目を通しながら、中心に座る白髪の年老いた男性が尋ねた。獣のような鋭い目をしており、言葉の真意を探るように政宗を見つめている。
「現在分かっているだけでも、白瀬聖の他にマオと呼ばれたオッドアイの青年。そして、憑依者のカオルとヤマトの四人か……。七つの大罪の『色欲ヴォルスト』を司るアスモデウスと契約したのがカオル。『強欲ハープギーア』を司るマモンと契約したのがヤマトで間違いないな」
「はい、そうです」
 今度は左側に座る白髪の女性が口を開いた。
「では、白瀬聖とマオもまた七つの大罪のいずれかと契約しているのでしょうね」
「おそらくは……」
「ああ、なんてことでしょう。よもやTJ候補生が悪魔と契約をするなんて……」
 嘆かわしい、と嘆く女性は目を閉じた。
「候補生とはいえ、身内から悪魔……それも最上級の悪魔が出たということは、決して市民に知られてはなりません」
「まったくその通りですな。TJ部隊の沽券に関わります」
 右側に座る小太りの男が、眼鏡をしきり押し上げながら頷いている。
「奴らは東国オステンに封じられた全ての四凶復活を目論んでいるはずだ。よって、全部隊総出で討つ」
 中心にいる男の朗々とした声が法廷内に響き渡る。
「悪魔を倒すことが我らの使命だ。特に白瀬聖。奴を見つけ次第、即抹殺せよ」
「――っ」
「抹殺……」
 輝斗と幸弘は息を呑んだ。
 男は、ふたりに射貫くような視線を向けた。
「お前たちは白瀬聖と同期であったな。奴と接触した場合は、速やかに前線から離脱しろ」
「何故ですか!?」
「オレたちが、彼と親しかったからですか?」
「そうだ。万が一、奴を逃がすような真似をしてみろ。相応の重い罰を下す。良いな?」
 最も権威ある三人の幹部からの命令だ。逆らうことは許されない。
「……了解しました」
 輝斗は目を伏せ、静かに頷いた。
「はい……」
 幸弘も輝斗と同じような苦い表情を浮かべている。
「話は以上だ」
 一方的に命令を押しつけられただけで終了した。

     × × ×

 本部を出た瞬間、やっと解放された、と威は大きく伸びをした。
「ん~、終わったぁ~」
「はあ……緊張した」
「真ん中に座ってた爺さん、あれは目で殺せる魔眼持ちだな」
 ホッと安堵のため息を吐く嵐の横で、忍は人差し指でサングラスを押し上げながら呟いた。
「書記官も記録を取るだけじゃなくて、いつでもクラフトを放てるように、こちらの気配を探っていたね。自動書記をしながら、同時に術の発動態勢に入っていた」
「でも、相手も千景がいるから警戒していたね」
 羽鳥の言葉に、千景は目を細める。
「僕が相殺するつもりだったのを、向こうも気づいていたんじゃないかな」
「よく言うぜ。あんたが本気出したら、相手が気づく前に術を放って無力化できんだろ」
「ふふっ、忍は僕を買いかぶりすぎだよ」
 小さく笑い、千景はちらりと横目で侑李を見やる。
「僕が警戒していたのは、最長老の魔眼と審議官だよ」
「…………」
 侑李は答えない。地面に視線を落としたまま、黙って話に耳を傾けている。
「あの書記官より、高千穂審議官の自動書記は格上だ。手を動かす素振りさえなかったけど、既に術式は完成していたんじゃないかな」
 それを悟らせないように術で隠蔽していたはずだ、と千景は言う。
「あくまで憶測だけどね」
「……っ」
 グッと拳を握りしめ、侑李は眉を寄せた。
「輝斗、幸弘。そういうことだから、白瀬聖が現れたら、ふたりは離脱してくれ」
 政宗はふたりの傍へやって来ると、おもむろに口を開いた。
「……分かりました」
 暗い表情で承諾するふたりに政宗は背中に触れ、軽く叩く。
「親友を手にかけないよう、上層部なりの温情だろう。さあ、気を取り直して天々来に戻ろうか!」
「温情というより、俺たちが聖を逃がさないようにするためだろう」
 颯爽と歩き出す政宗の背中を見つめながら、輝斗は小さく呟いた。
「うん……」
「輝斗くん、幸弘くん。早くおいでよー!」
 威が笑顔で手招いている。
「行こう」
「ああ」
 幸弘に促され、輝斗は一歩、足を踏み出す。

 ――この手で、聖を殺せるのか?

 その覚悟を、輝斗はまだ決められない。
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